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五月某日、商店街。そこには、救援部隊として送り込まれてきた六人の撃退士が居た。
その内の一人である仁良井 叶伊(
ja0618)は、スーパーの陰から、ゾンビに気付かれないように消臭スプレーを使って人の匂いを消した後、現地が全体的にどうなっているのか偵察を行っている。
沖田雄介が15体のゾンビに追いかけられていた時と比べ、その二倍程度に数が増えているものの、ゾンビ達は揃いも揃ってスーパーのドア前で群れを作っているようだ。
ドアに向けて手を振り下ろし、下ろされたシャッターに衝撃を与えようとしているゾンビも居れば、無意味にドアを爪で引っ掻こうとしているゾンビも居る。それらの行動は、型にはめたような「動く死体」の行動と言えよう。
その一方でスーパーの反対側、ゾンビ達の群れの背後に位置する場所では、偵察を行っている仁良井を除いた五人の撃退士達が戦闘の準備を行っていた。
そして全員の準備が整ったと判断した青戸誠士郎(
ja0994)は、魔法書を片手に前へと踏み出し、もろ肌脱いで。
「今から助けに行きます! 貴方は子供を守り切ってください!」
青戸が大声でスーパーの中に居る沖田に向けて呼びかけると、その声と人間の匂いに反応したゾンビ達は、青戸の思惑通り、揃いも揃って彼の方に振り向いた。
「ほな、暴れますか!」
「まずは二人の救出に向かうでござるよ」
青戸の行動によって戦いの火蓋が切って落とされると、ゼロ=シュバイツァー(
jb7501)とエイネ アクライア(
jb6014)が漆黒の翼を広げ、天高く舞い上がる。
そしてゾンビ達の頭上を通り抜けるように真っ直ぐスーパーの入り口を目指して移動を開始すると、ゾンビ達も例に漏れずして、雪崩れるように青戸の方へと移動を開始した。
「さぁ、ヒロインのお姉さんが助けにきたわよ!」
そう言って阻霊符を使用したのは、六道 鈴音(
ja4192)。ゼロとエイネが飛び立った事を確認し、活気のある声かけを行った彼女は、押し寄せてくるゾンビ達に向け、手をかざし。
「くらえ、六道冥闇陣!」
そして鈴音が発声するのと同時に、押し寄せてくるゾンビ達の前を塞ぐようにして黒い霧のような物が発生する。
だが、そんな物はお構いなしと言わんばかりに進行を続けるゾンビ二体が霧の中へ突っ込むと、突然ゾンビは霧の中で硬直し、石化したように立ったまま動かなくなった。
動く死体が地面に倒れ込んで眠る事こそ無いものの、どうやらそれと同じような効力が発生しているようだ。
しかし、ゾンビが二体程度硬直したところで後続のゾンビ達がぞろぞろと歩み寄ってきている為、鈴音に続いて青戸はその場で三つ首のストレイシオンを召喚し、手にした魔法書から雷の玉を放つ。
放たれた雷の玉は正面に居るゾンビに目がけて一直線に飛んでいき、一撃でその頭を吹き飛ばした。
また、その上空からエイネが絨毯爆撃の如くゾンビ達に向けて死招天使の羽根を降らす事で攻撃を行っていると、群れの中の一部のゾンビがエイネとゼロを捕まえようとその場で飛び跳ね始めたようだった。
「良い加減に諦めなさい、その手が届くような相手ではありません」
雫(
ja1894)はエネルギーを刀身に集中させたフランベルジェを振り抜き、エイネとゼロを捕まえようと足掻き続けるゾンビに向け、黒い光の衝撃波を撃ち放った。
その衝撃波は射線状に居たゾンビを貫通するように二体撃ち抜き、その胴体を消し飛ばしたが、撃ち抜かれた穴を埋めるようにして、即座に後列のゾンビが迫り来る。
「援護します、下がってください」
封砲を撃った事で隙が生じている雫の前に素早く入り込んだのは、先程まで偵察を行っていた仁良井だ。
護符を持った状態の手を、目の前に居るゾンビを薙ぎ払うようにして一閃させると、先程雫が放った衝撃波と同じような衝撃波が撃ち放たれ、迫り来るゾンビ三体を撃ち抜いた。
「……こうして見ると、随分と数が多いんやな」
そんな中、スーパー入り口の上空に到着し、スナイパーライフルを構えたゼロは、揃いも揃ってスーパーの反対側に居る撃退士達の方へと進行しているゾンビの群れを見て、軽く息を吐く。
「ま、俺は暴れるだけや」
ゼロはそのまま自分の真下、未だにスーパーのドアに張り付いているゾンビ二体を頭上から確実に撃ち抜き、地上に降り立つ。
「聞こえまっかレッド? とりあえずその子連れて屋上まで上がってもらえますか?」
そしてドアを隔てた建物の中に居る沖田に向け、意思疎通で誘導を試みる。
「ヒーロー装ってその子を励ましてるみたいでしたんで、俺達も乗らせてもらいますわ。せやから、合流してからはレッドという事でお願いします。俺はブラックを名乗りますんで」
沖田がゼロの言葉に了承したのか、ドアを内側から何回か叩く音が聞こえてきた為、ゼロは鎌を構えて。
「さぁ、黒鴉のShowTimeや」
ゼロの存在に気付いてのそのそと戻ってくるゾンビ三体を前に彼は、鎌を鈍く光らせながらニヤリと笑みを浮かべたのだった。
ゼロとエイネが沖田とのコンタクトを図っている頃、スーパーの反対側では、絶え間なく押し寄せるゾンビ達との戦闘が続けられていた。
「まとめてケシズミにしてやるわ、六道赤龍覇!!」
鈴音が右手を天に掲げ、掛け声を発すると、固まって移動をしていたゾンビ四体を囲むように、地面に赤い円が浮き上がる。
そしていつしかその赤い円は真紅の龍へと変化し、その龍が空に駆け上がるかのような火柱が、範囲内に居たゾンビ四体を焼き尽くし、文字通り消し炭同然にした。
だが、四体のゾンビが消し炭になろうとも未だに無数のゾンビ達が蠢き、呻き声を上げながら歩み寄ってきている。
「行け、ストレイシオン!」
青戸がストレイシオンに先陣を切らせ、命令を受けたストレイシオンが群れから飛び出た一体のゾンビを魔法で吹き飛ばすと、その衝撃で周囲に散ったゾンビの残骸の中を突っ切って青戸が飛び出し、手にした双鉄扇の内の片方をゾンビの眼前で開く事で動きを一瞬だけ止めた後、その隙を突いてもう片方の扇でゾンビの首を薙ぎ、斬り飛ばす。
しかし、近接攻撃を仕掛けた青戸に他のゾンビが群がろうとしている為、スーパーの入り口をゼロが制圧している事を遠目に確認した雫は、フランベルジェを両手で構えて。
「離れなさい!」
そして彼女がフランベルジェを振り下ろすと刃から衝撃波が放たれ、大地を這い、三日月のような軌道を描いた衝撃波が、青戸を取り囲もうとするゾンビの内の二体を切り裂く。
だが、雫がフランベルジェを振り下ろした同タイミングで、また別の方向からもゾンビが歩み寄り、青戸を捕えようとしているのを見た仁良井は、先程と同じように護符を持ちながら手を一閃させ、黒い光の衝撃波で二体のゾンビの上半身を吹き飛ばした。
またその一方、青戸達が戦闘を行っている同タイミングで、スーパーの屋上では、ゼロとエイネが沖田との合流に成功していた。
「うっし……もう降りて良いぞ」
沖田は三隅隆太を背負いながら屋上まで来たらしく、隆太を自分の足で屋上に立たせると、ゼロとエイネの方に向き直った。
彼は自らの手で応急処置を行ったのか、顔に絆創膏が貼られていたり、脚に包帯が巻かれているが、予想されていたよりも平然な表情をしている。
「お兄ちゃん、あの二人は誰……?」
だが、隆太は背中に翼を持つゼロとエイネに怯えているのか、沖田の陰に隠れている。
「久遠戦隊がはらーれんじゃー、登場にござる!」
エイネが堂々と戦隊名を名乗ると、沖田の陰に隠れていた隆太が目を丸くし、二人に興味を持ったのか自ら姿を現した。
「……撃退戦隊あうるれんじゃー、とかの方が良かったでござろうか? あ、拙者、かれー大好き黄色でござる!」
「おう……? んで、イエローの隣に居るのがブラックだ。安心して良いぞ、二人は俺の仲間のヒーローだ」
沖田とゼロは苦笑しながらもエイネに調子を合わせると、隆太は魅かれるようにエイネとゼロの前へ歩み寄って。
「か、かっこいい……! 本物のヒーローだ!」
隆太にとって、この絶望的な状況下で自分達の事を救いに来てくれた二人の事はまさに『ヒーロー』に見えているのだろう。
すっかり警戒を解いた隆太はゼロとエイネを見て目を輝かせているが、沖田と隆太の安否を確認したゼロとエイネは二人に背を向けて。
「何にしてもご苦労さんでした、後は俺らに任せといてくださいな。俺らがゾンビを片付けるまでその子の事、頼んます」。
隆太が少し名残惜しそうな表情をしていた為、それを見たゼロはふっと微笑んでみせて。
「ほな、光より疾い闇……とくとご覧あれ」
そして翼を大きく羽ばたかせたゼロとエイネは、今もゾンビと戦い続けている仲間の元へと戻っていくのだった。
沖田とのコンタクトを取る事に成功し、ゼロとエイネが合流を図ろうとしている中、スーパーの反対側でゾンビ達を引き付けている撃退士達は、順調にゾンビの数を減らしつつあった。
その数、残り10体未満と言ったところだろう。最初はわらわらとひしめき合っていたゾンビの群れも、その規模が小さくなってきている。
「随分と数が減りましたね、もう少しです」
それでも撃退士の方へと進行を続けるゾンビ達を見た雫は、フランベルジェを構えた。
そしてその時、上空より黒い影が地上に降り立つ。大鎌を構えたゼロだ。
彼は着地するや否や、鎌を目にも留まらぬ速さで一閃させ、目の前に居たゾンビを真っ二つに斬り飛ばす。
振り抜かれた鎌の軌跡には、漆黒に染まる三日月の様な残像が残っているものの、ゼロはその残像が消えるよりも早く更に奥のゾンビとの距離を詰め、身体を回転させるようにしてゾンビの首を鎌で刈り取りながら、再びその翼で上空へと舞い上がっていく。
しかし、再び舞い上がろうとするゼロの足に、一体のゾンビが噛り付かんとばかりに跳び上がろうとした。
「死角は俺とストレイシオンが補います!」
だが、跳び上がろうとしているゾンビの足元に青戸が足払いを加え、ゾンビを地面に倒れ込ませる。
地に倒されても尚起き上がろうとするゾンビだったが、空から無数の紙の刀のような物が降り注ぎ、その肉体を地面に打ち付けた。紙の刀を放ったのは、ゼロの後方より続いてきたエイネ。
「……炎閃で良く燃えるでござろうか?」
何かを閃いたようにして上空で方向転換を行った彼女は、その手に刀を握り、そして鞘から刃を一閃させた。
振り抜かれた刃が纏っていた炎は矢となって地上に居るゾンビに飛んでいき、その身体を焼き焦がす。
「そういう事なら、もう一回!」
鈴音が再び右手を天に掲げると、龍が空に駆け上がるが如く立ち上った炎柱が二体のゾンビを消し炭へと変化させる。
そしてその炎を潜るようにしてゾンビとの間合いを詰めた青戸もまた、ゾンビの足を薙いで横転させ、ストレイシオンとの連携攻撃で一体のゾンビを華麗に葬り去った。
「終わらせましょう、最後です」
雫が地をなぞるようにフランベルジェを引き、そしてそのまま勢い良く振り上げると、三日月の様な形をしたエネルギー波が大地を這うようにしてゾンビを縦に切り裂く。
そして広大な駐車場にただ一体、最後に残されたゾンビの足を仁良井が矢で射抜くと、その直上からゼロが滑空の勢いを利用して鎌を振り下ろし、最後のゾンビを撃破したのだった。
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ゾンビの残骸が隆太の目に触れぬように、と仁良井が簡易的な後始末を行っている中、スーパーのドアを開けて駐車場に姿を現した沖田雄介と三隅隆太。
ゼロは黒い羽根だけを残して去って行ってしまったようだが、五人の撃退士が二人の元へと歩み寄り、無事に保護していた。
「よく頑張りましたね。もう大丈夫ですよ」
隆太の前で膝を着き、目線を合わせながら隆太の頭を撫でる青戸。彼もまた隆太にとってのヒーローの一人であり、初めて見るストレイシオンに少々怯えながらも、警戒する事はなく戯れている。
そしてその一方で沖田は、隆太達と少し離れた場所で、改めて鈴音の応急処置を受けていた。
「随分と無理をしたのね。でも、もうこれで大丈夫!」
「申し訳ない、俺が変に一人で行動を起こしたばかりに」
応急処置を終えて微笑む鈴音に対し、申し訳なさそうに頭を下げる沖田だったが、雫が彼の元に歩み寄って、口を開く。
「もっと胸を張って良いんですよ。少なくとも貴方は、あの少年を恐怖から救い、命を助ける為の一端を担ったヒーローなんですから」
彼女の励ましの言葉は沖田の心に響いたのか、一瞬だけ彼は笑顔を見せたものの、再び自分の足元に視線を落とす。
「胸を張って良い、と言われてもこのザマだからさ。新米の割にヒーローを装ったり、出過ぎた真似をしすぎたよ」
「……ですが、力の強い者がヒーローに相応しいのなら、天魔陣営はヒーローだらけですよ?」
苦笑した沖田ではあったが、その苦笑に返ってきた雫の言葉を聞き、彼は顔を上げる。
「私は力の有る無しではなく、泣いている人の涙を止める事が出来る人をヒーローと呼ぶのだと思いますよ。貴方があの少年にした様に」
雫が指差した方に視線を遣ると、そこには憧れのヒーローと出会った事で笑顔になっている隆太の姿があった。
「ねえ、お兄ちゃ……ううん、レッドさん」
そしてすっかり元気を取り戻した隆太が、レッド――沖田の元へ駆け寄ってくる。
「僕も、いつかヒーローになれるかな? レッドさんみたいに、かっこいいヒーローに!」
無邪気な笑顔を見せる隆太を前に、沖田は自分の掌を見つめて。
「三隅さんにとって沖田さんはヒーローなんですよ。絶望的な状況を掻い潜って自分の事を救いに来てくれた、唯一無二のヒーローなのだと思います」
雫の言葉通り、隆太にとって沖田は、自分を窮地から救い出してくれた唯一無二のヒーローなのだ。
ゾンビの群れに追われながらも隆太の事を見捨てようとはせず、そして最後まで傍に居続け、彼を守り抜いたのだから。
「……それでも俺が誰かを救えた事には変わりない、か」
ぐっと拳を握り締めた沖田は、隆太の前で膝を着き、目線を合わせて。
「きっとなれるさ、正義を信じる心があるのならな。相手がどれだけ強大であろうとも、自分の正しいと思った事を貫き通せば、ヒーローとして皆を守る事が出来る。俺がそうしたように、いつかお前もヒーローとして誰かを守ってやりな」
そして隆太の頭を優しく撫でた沖田の表情は、晴れ晴れとしていた。
「うん、きっといつかヒーローになれるように頑張るよ! ありがとう!」
こうして沖田雄介と六人の撃退士達は、一人の幼い子供の命、そしてその笑顔を守り抜いたのだった。
自分を救い出してくれたヒーロー達の事を、この『小さなファン』は、いつまでも覚えている事だろう――。