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某日。六名の撃退士、並びにシエルが千葉県北東部・山奥へと向かう最中。
「おっ、来たね? おねーさん、ちょっと待ちくたびれたよ。でも本当によく来てくれた、君たちが探しているのは私ではない事は分かっているけどね」
何処からともなく、右腕が大剣のような形をしている紅髪の天使が現れたかと思えば、七人を歓迎するように彼女は言う。
「シエルちゃんも、予定通り来てくれたね」
紅髪の天使が意味有り気にそう言うも、シエルは彼女の事を知らないのか、怪訝そうな表情を見せる。
「ああそうか。いやぁごめんごめん、悪気は無いんだ。許してね」
引き続き一人で一方的に喋り続ける天使だったが、彼女は一体、何を目的としてこの場所に現れたのか……それは未だ定かではない。
「無駄だとは思いますが、貴女は何者ですか? 何の目的があって此処へ来たのですか?」
「そうだね。端的に言えば、私は自分の立場を守る為の、口実を作る為に君たちと戦いに来た。後は好奇心かな。勿論、私に敵意は無いよ? だから全て答えよう。ただ単純に、ちょっと時間稼ぎをさせて欲しいだけさ」
雫(
ja1894)が問うと、彼女は答え、大剣を七人に見せる。
「それと、何者かという質問に関しては、そうだね。堕天使狩りと言ったところかな? 本来であればシエルちゃんがその対象になるんだけど、カストルの妹だからね。この場に於いては、私の立場は気にしなくて良い」
そんな、さながら全てを知っているかのような口振りで続ける天使の前に、鈴代 征治(
ja1305)が歩み出て。
「こんにちは、おねーさん。後々の為に、お名前をお聞きしても?」
「おっと、ごめんごめん。これも私のうっかりだね」
征治の問いに対して謝る天使ではあったが、暫し悩むような仕草を見せた後、溜め息を一つ。
「いやね? 私が満足出来るぐらいに良い戦いをしてくれたら、名前を教えてあげよう――とかそんな事を考えてたんだけど、何というか、この状況は私が押し付けてるようなものだしさ? フェアじゃないと思ってね」
すると天使は、改めるように、七人に向けてお辞儀をした後。
「周りからは私は、アルファと呼ばれている。アルファ・ハート、これが私の名前だと思う。きっとね」
アルファと名乗った彼女は、曖昧な答えと共にニヤッと笑い、大剣の形をしていた右腕を瞬く間に長銃へと変化させる。
「α型生体兵器。これは私の名前から取られたものなのか、それとも、これから私に名前がつけられたのか。まぁそんな事はどうでも良い、見覚えがあるかどうかという話だよ」
「何処かで見たような武器腕、だな……? 知り合いか、シエル?」
その武器を見て、アスハ・A・R(
ja8432)がシエルに問うも、彼女は首を横に振る。
「ただ、この女性の事かは分かりませんが、右腕を武器とした天使の話は聞いた事があります。記憶の限りでは――」
しかし、彼女らしき人物の情報は記憶していたのか、シエルはその特徴を六人に向けて話す。
「――たぶんそれは私の事だね、というか私の事だ。その話をシエルちゃんに聞かせたのは、カストルかポルックスのどちらかだろう?」
そしてシエルの情報が事実であると肯定するように、アルファは頷いた。
「さて、前置きが長くなってしまったね。君たちが急いでいるのは分かってるし、私を満足させてくれたのなら、すぐにでも道を開けよう」
彼女は右腕を大剣の形に戻すと、それを七人に向け、前準備をするように促す。
「あれだけでは終わらないと思っていましたが……貴女があの双子を作った天使ですか」
各々が戦闘態勢に移行する中、水無瀬 雫(
jb9544)が問いかけると、アルファは「そうだよ」と即答する。
双子のようなサーバント二体が一体ずつ投下され、そして撃退士の手によってそれらが一体ずつ撃破された時の事。
水無瀬はそれが、性能実験にしても不自然であると感じ、また別の思惑があるのではないかと読んでいたらしく、今回の戦闘に繋がる事もまた、予想していたようだ。
「そちらさんも随分と複雑な事情があるみたいだが……まぁ、俺らにとっちゃ関係無いな。とりあえず邪魔だから帰ってくれや」
しかし、この部隊に於ける本来の目的は彼女との戦闘ではない。
向坂 玲治(
ja6214)はアルファの前に出て、七人の幻影騎士結界を展開しながら、交戦する姿勢を見せる。
「ごめんごめん、でも退屈はさせないからさ。少しだけ、おねーさんと遊んでって?」
わざとらしくポーズを取ったアルファだが、自分自身で痛々しさを覚えたのか、すぐに大剣を構え直して。
「それを望むのならば、応えましょう。敵意が無いのなら、戦意で」
「うんうん、分かってくれたようで何よりだ。ありがとう、ならば私も手は抜かない」
そんなマキナ・ベルヴェルク(
ja0067)の言葉は、彼女にとって素直に嬉しい言葉らしく、目の色が変わった。
「では、始めようか。シエルちゃんの言っていた通り、私は攻め以外は苦手でね。迷惑をかける分、先は譲ろう」
七人に先手を譲るというのは本当らしく、大剣を構えたまま動じないアルファだが、雫は敢えて様子見を続ける。
「……行きます、今の私に出来る事は少ないですが」
そこでシエルがマキナに軽く合図を送った後、手にした大剣に光を宿し、圧倒的機動力で先陣を切る。
一瞬にしてアルファに接近、大剣を振るうシエルだったが、アルファは大剣でそれを易々と受け止め、僅かな揺らぎも見せない。
「つまらない、とは言わせません。これが最良の判断であると、そう信じたからには」
だが、シエルはそのまま宙を舞い、頭上を過ぎるのと同時、マキナが続けてアルファの元へ詰め寄る。
流れるような連携、故にアルファは受けの体勢を崩す事が出来ず。むしろそれこそが最良の判断であると断じる彼女に、マキナの一撃が刺さる。
「おっと、受けても結構痛いかな……?」
圧倒的強度を誇る大剣による防御をも貫通し、終焉を内包せし一撃は、アルファへ直接的なダメージを与えていく。
「受けが不利なら、はて。まぁ一択か」
アルファは呟き、マキナの動きを目で追っていた。
「此方は複数。先手を譲ればこうなる筈だ、が?」
そこでマキナの離脱を援護するように、アスハが無数の蒼い槍を降らせる。
「ふーむ。連携も良し、か」
無差別爆撃とも取れる槍の雨を、アルファは大剣で防御し続けながら、やはりその目でマキナやアスハの動きを追い続けている。
その様子からして、マキナの一撃によってようやく大剣の防御を貫けたレベルらしく、彼女は平然としたまま。
「本当なら斬り返したかったんだけど、仕方ない」
するとアルファは瞬時に右腕を長銃に変形させ、その瞳でマキナの姿を完璧に捉えた。
そのままアルファが長銃を構えると、マキナの周囲に印のようなものが淡く浮かび上がり、彼女に狙いが定まった事を物語っているようだった。
「獲物は絶対に逃がさない、ってね」
彼女が弾丸を発射すると、もはや発射と同時と言える程の速さで着弾、浮かび上がっていた印をガラスのように打ち砕く。
「しんどいからあんまり受けたくはねぇが……そのまま通してやるほど人が良くないんでな」
しかしそれを、マキナの代わりに玲治がカバーし、必中の弾丸を受け止めた。
「続けて全力で行きますよ、攻め切る為にもね!」
玲治のカバーを挟んで射撃直後、若干の硬直を見せたアルファの元へ、征治が詰め寄る。
左腕に光、右腕に闇。二つのオーラを纏った彼は、射撃からそのまま長銃を盾にしたアルファに、混沌の一撃を叩き込む。
加速と体重、五体全てを利用したその一突きは、長銃での防御をものともせず、アルファ本体への強烈な一撃となった。
「全力ね、良いじゃん良いじゃん。かなり効いたよ、だからお返しだ!」
だが。アルファは攻撃を受けて距離を取ろうとするどころか、むしろ征治の懐に潜り込み、彼の身体に銃口を突き付けての密着射撃に出る。
初段、重く響く衝撃波が征治の防御を押し崩し、二段目に高い威力が込められた弾丸を発砲。
防御を是としない強烈な二連射撃は、そのまま征治を弾き飛ばし、少し離れた場所に落下させる。
「先程から貴女の行動を見ていましたが、シエルさんに何か特別な思いが有るようですが?」
そんな攻撃直後を狙い、様子見をしていた雫が接近。跳躍しての重く鋭い一撃を狙う。
「カストルの妹だし、ちょっと興味があって……ねッ!?」
質問に答えつつ、長銃を大剣に切り替えての防御に転じたアルファだったが、さしてダメージは受けないまでも雫の一撃が響いたらしく、よろめいている。
「何にせよ、俺らには関係の無い話だ。このままお帰り願うぜ」
玲治は、意識が朦朧としているアルファの真正面に立つと、武器ではない彼女の左腕に直接攻撃を行い、有効打を与えていく。
「私は、カストルと縁のある方々を決戦の舞台へ送り届けなければなりません。障害となるならば、退けさせてもらいます」
玲治の一撃によって意識を取り戻したアルファだったが、水無瀬の追撃への対応は間に合わず、足への攻撃が直撃する。
しかし、彼女は一切動じぬままに、体勢の立て直しを急いでいるようだった。
「正直、敵本体よりも厄介な能力を持ってますからね……破壊出来るなら破壊させてもらいます」
元々の機動力が低い事も相まって、攻撃を命中させる事は容易いと判断。
雫は水無瀬と入れ替わる形で接近し、燃焼によって粉雪のように舞うアウルの中、花を舞い散らせるが如き一閃を放つ。
そんな彼女が狙ったのはアルファ本体ではなく、α型生体兵器。
当然の如く彼女の一閃は大剣に直撃するが、その高い威力を以てしてもヒビ一つ入らず、武器の圧倒的強度を物語る。
「この子を狙うっていう発想は面白い。面白いんだけど、コレを壊すには、それこそ私を此処で仕留めるぐらいの気概が無いとダメだよ?」
アルファは大剣を構え、雫の元へと一歩、前へ踏み出す。
「貴女が私の事を知っているのなら、この一手も知っている筈……!」
そこへシエルが後方から剣波を放ち、防御を続行させ、雫の離脱を援護する。
「であるのなら、恐らく貴女に一番通じるであろう一手で応えるまでです」
更に雫と入れ替わりで前に出たマキナは、先程も有効な一手となった、終焉の一撃を叩き込まんとする。
「そうだね、それは間違いなく私に対しての有効打になる。しかし、最初からそうであると分かっているのなら、私もやる事を変えるまでだ」
するとアルファは、大剣を長銃に変化させたかと思いきや、真っ向からマキナの元へ突っ込んでいく。
終焉という渇望、その具現たる幕引きの一撃はアルファに直撃。だがアルファはそのままマキナに銃口を突き付け、至近距離での二連射撃を行った。
当然の如く初段はマキナに直撃し、衝撃波が彼女の動きを停止させるも、二段目はすかさず玲治がカバー。
負傷こそしたものの、玲治のアシストによって、マキナへの強烈な反撃は回避した。
「行動の正確性は高い。が、先程からその場を動けていないようだ、な?」
――マキナの攻撃が直撃し、反撃を阻止した事で、追撃もまた確実に命中する。
アスハは攻撃を当てる事を意識し、異界より無数の腕を呼び出そうとする、が。
「おねーさん、ちょっと調子に乗っちゃおうかな……?」
アルファは先程の連携から、今回もまた連携に繋がると読んでいたらしく、アスハのモーションを確認して即座に銃撃。
それによりアスハの行動を中断に持ち込んだ直後、長銃を大剣の形に変化させ、その瞳でアスハの姿を捉えた。
――この瞳からは逃れる事は出来ない。そう言わんばかりにアルファは、先程までとは一転して圧倒的な速さでアスハの元へ接近し、追撃する。
「何処ぞの天使の怨みのこもった一撃に比べれば……足りん、な」
アスハは咄嗟にアルファの追撃を防御し、むしろこれを好機と読んだのか。
「あっ、もしかしてこれヤバい……? おねーさん、本当に調子に乗り過ぎた?」
アスハの右腕にアウルが集中、回転式弾倉が付いた巨大なバンカーが形成されたのを見て、アルファは冷や汗を流した。
「この理想……遠く叶わぬと知っても尚、諦めはしない!」
タイミングを見計らったようにシエルが大剣を掲げると、アスハの形成したバンカーに光が宿り。
「……撃ち貫く!」
防御すらも撃ち貫く、切札の一撃がアルファに直撃した。
しかしその負荷によって大爆発が起こり、アスハ自身にもダメージが及ぶが、アルファはあまりの威力にその場で倒れ込んでいる。
「おっと、まだまだですよ……! そうでしょう!?」
この一手から一気に畳みかけるべく、征治は倒れているアルファに向け、身体を捻り一回転しての大きな薙ぎ払いを放つ。
「いやーッ!?」
アルファは地面を転がり、無理やり体勢を立て直す事でどうにか大剣での防御を成功させるが、性質が攻撃的に変化している闇のアウルは、彼女の防御をも貫通した。
更なる致命打を受け、もはや後が無いアルファは、大剣で大きく薙ぎ払う事で周囲の撃退士を払い除けようと試みる。
「……悪いな、そちらさんのやる事もこっちは見てるんだ」
だが、そこですかさずアルファの懐に潜り込んだ玲治が、盾による殴りつけで彼女の薙ぎ払いを阻止。
振りの大きい一撃を阻止された事で生じた隙を突き、追撃を命中させる。
「単純な威力は高くとも、しかし『重み』はありません。ならば恐れる必要も無い、叩き込みます!」
玲治の追撃によってよろけているアルファの右腕へ、水無瀬が全力の一撃を叩き込む、と。
彼女はそのままバランスを崩して倒れ、かなり消耗している様子が見て取れた。
「まっ、待った待った! 降参、こうさーん!!」
そこへ雫が更に追撃を仕掛けようとすると、アルファは焦ったように降参を宣言し、ゆっくりと起き上がった。
「……もう一度、問います。貴女の目的は何ですか?」
雫が問うと、アルファはおもむろに口を開き。
「忠告があるんだ。カストルは絶対に倒す事って。立場上、私たちからすれば、シエルちゃんに近いレベルで彼は、もはや『敵』にも等しい」
本来であれば彼女が折を見て『始末』すべきところを、撃退士たちとシエルに任せる為に、この戦闘で『口実』を作ったらしい。
「決して、彼を救おうなどとは考えない事だね。それは彼の為でも、そして君たちの為でもある」
そこまで言い終えた彼女は、戦闘に付き合ってくれた事へのお礼を述べた後、去り際に言う。
「……もしも彼が生きていたら、その時は私が彼を殺しに行くと思う。覚悟はしておいてね」
彼女はそのまま去っていったが、しかし、その裏に込められた意味は深く。
「やれやれ。とんだ前哨戦になっちまったぜ」
玲治は得物を担ぎ直しながら、一つ嘆息するのだった。