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某日、某所。
突如投下された双子型サーバント、その片割れである蒼の個体の討伐要請を受け、そこに集った五名の撃退士。
彼等を待ち受ける形で立ち塞がった蒼のサーバントは、銃の形をした巨大な腕をあげ、左右にゆらゆらと揺れる。
「偽神の為にも、終焉らせるとする、か」
同行する手筈だったが、結果として此処には来る事の出来なかったマキナ・ベルヴェルク(
ja0067)の為にも、とアスハ・A・R(
ja8432)はサーバントの前に歩み出て、構える。
すると、サーバントもまた、その巨大な銃身からフシュウ、と蒸気のようなものを噴かせ、身構えたようだった。
「なんか……やってきそう……。こういう場合……先制攻撃……ジャスティス……」
それを受け、ベアトリーチェ・ヴォルピ(
jb9382)は誰よりも早く行動を開始し、ヒリュウを召喚。
自身はサーバントからの攻撃を受けないであろう場所に位置取りながら、ヒリュウを出来る限り高い場所まで飛翔させ、敢えて真正面から突撃させる。
「遠距離攻撃主体の相手となると、相性は悪いですね。出来るだけ早い段階で距離を詰めてしまいたいものです」
ヒリュウがサーバントに向けて突撃している間、雫(
ja1894)は他の撃退士と同様に構え、突撃のタイミングを窺う。
――それから僅かな沈黙を挟んだ後、サーバントはその巨大な銃を上げ、おもむろにヒリュウへの射撃を行った。
轟音と共に放たれた蒼の弾丸は、瞬く間にヒリュウに迫り、それを貫かんとする。
「かかった……つまり隙だらけ……。先手必勝……ゴーゴー……」
しかし、ベアトリーチェは的確なタイミングでヒリュウに弾丸を回避させ、囮役として相手の行動を誘発させる事に成功した。
「……抑えは頼んだ、期待している」
アスハが水無瀬 雫(
jb9544)に声をかけると同時、ベアトリーチェを除く四人は揃って前進を開始、サーバントが囮に注意を向けている間に接近を試みる。
「はい、任せてください。絶対に抑えてみせます!」
先輩であるアスハの期待に応えんとする、水無瀬。
彼女が囮役を引き継ぐ形で正面からの接近を試みている間、先行した雫は回り込み、銃がついていない方の側面から攻撃を試みる。
だが、サーバントの反応速度は予想以上に早く、反応がギリギリ間に合った程度のレベルではあるが、雫の攻撃を回避。素早く銃口を向け、反撃に転じようとする。
「技を模倣しようが、在り方を真似ようが……空っぽの入れ物である以上、敵う道理はない」
そんな状況へ介入したのは、アスハだった。
彼は零の型で瞬時にサーバントの側面へ回り込み、異界より呼び覚まされた何者かの腕によって、サーバントの身体を拘束する。
「あらァ、もしかして動けない感じィ……? なら早速、叩き込ませてもらうわねェ♪」
そこへ黒百合(
ja0422)が接近すると、彼女は圧倒的な威力を孕んだ一撃をサーバントに叩き込む。
拘束によって移動が制限されている状況下、サーバントはむしろ防御に転じるという意味では反応速度が高まっていたようだが、銃身で黒百合の一撃を防御したところで大した意味は無く、そのまま吹っ飛んでいく。
ひたすらに強固であろう銃身にも関わらず、その表面にはヒビが。
それに何らかの反応を示したのか、サーバントは空中で一回転した後、着地。黒百合に向け、即座に射撃を行う。
轟音と共に一発目の弾丸が放たれた後、蒸気が噴き出し、二発目の弾丸も射出。
二発の弾丸は真っ直ぐ黒百合の元へ迫りつつあったが、彼女を守るような形で突如、水柱が出現。弾丸を両方、吸い込んでいく。
「……与えられた役目は果たします。自らのやり方で、確実に」
水柱を出現させたのは水無瀬で、少し遅れての接近となったが、冷気に変質させたアウルを飛ばし、サーバントへの追撃を試みる。
しかしサーバントは連続しての攻撃にも動じず、ただ淡々と、銃身を自らの盾として扱い、それを防御。
「その巨大な銃は盾としても機能するようですね……早急に斬り落としたいものです」
立て直しの隙は与えまい、と雫が再接近し、回り込むように銃がついている腕への攻撃を狙うが、サーバントは防御体勢のまま雫の方へ向き直り、またも銃身から蒸気を噴かせた。
雫はサーバントの行動の怪しさを理解していたが、至近距離、睨み合う形での対峙になっているが故に、回避や防御に転ずる事は出来ず。
直後、サーバントは銃口を雫の身体に突きつけると、そこから壁を作るように衝撃波を噴出させ、雫を弾き飛ばした。
「囮は……必要……無さそう……。なら……援護射撃……ガンバルゾー……」
弾き飛ばされた雫は、至近距離で受ける事となった衝撃波により、身体の一部が凍結。
行動の自由を奪われる事となったが、そこでベアトリーチェがヒリュウの召喚を解除し、遠方より援護射撃を行う。
追撃に転じようとしていたサーバントだったが、ベアトリーチェの援護射撃を視認し、防御を継続。銃身によってそれを無効化するも、防戦一方の状況となる。
「それなりに反応速度はあるようだが、避け切れる、か?」
そこへ更なる追い打ちを狙い、アスハはアウルで氷の太刀を形成。氷上を滑るが如く、瞬く間に踏み込み、高速の斬撃を見舞う。
サーバントは銃身での防御を行った直後で、踏み込みへの対応が出来ず、刃を直に胴体で受ける。
氷の太刀による斬撃で凍傷を受ける事こそしなかったものの、胴体部分にある程度の損傷を負う事となり、サーバントはそれから逃れるように巨大な銃身を振った。
そうする事でアスハとの距離を広げる事には正解したが、入れ代わり立ち代わりで、黒百合が死角より接近。
先程、強烈な一撃を受けた事で警戒を強めていたのか、サーバントは彼女の気配を察知。振り向くのと同時に、自ら黒百合に接近していき、銃を水平に構える。
「久々に小細工無しの戦闘なんだからァ、ちょっとだけ、面白い事をさせてもらうわねェ?」
そのままサーバントが黒百合の懐に潜り込み、反撃が決まるかと思われた……が。
黒百合は、自身の影に隠れるように尻尾を出現させ、それをドリル状に変化、纏っているアウルを高速回転させる。
それにより、黒百合は武器での直接攻撃に見せかけて、尻尾ドリルでの不意打ちに成功。やはり圧倒的な威力を持つ一撃により、サーバントの胴体を抉る。
しかし、サーバントとてただでは済まないと言うのか、胴体を抉られようともそのまま銃口を黒百合に突きつけ、彼女を衝撃波で弾き飛ばした。
更にサーバントは、即座に体勢を立て直して着地した黒百合に狙いを定め、轟音と共に二連射撃。
黒百合は易々とそれをバックラーで受け流したが、胴体を抉られながらも淡々と攻撃を仕掛けるその姿は、若干の狂気すらも感じさせる。
「……何を目的としてこのサーバントが作られたのかは分かりませんが、もしあの方の真似をしようとしているのなら、侮辱以外の何物でもありません。即刻、撃破されるべきです」
だが、攻撃の手を休める必要性は一切存在しておらず、水無瀬は背後より、サーバントの注意を引く為に冷気のアウルを放つ。
サーバントは胴体を抉られた影響か、それに反応を示す事すらせずに被弾するも、一切動じず、彼女の方へゆっくりと振り向く。
「――あららぁ。見に来たかと思えば、こっちもボッコボコにやられちゃってるねぇ」
そんな撃退士五人とサーバントの戦いを遠方より眺める者が、一人。
凍結によって未だ行動を起こす事の出来ない雫を見て、若干満足そうな表情を浮かべたかと思えば、再び首を傾げ、ううんと黙り込む。
「胴体……抉れてる……ブロークン……。なら……当てるだけで……倒れる……」
その一方で、ベアトリーチェは状況を有利に運ぶ為に、牽制射撃を実行。
サーバントは相も変わらず銃身での防御を行うが、彼女の読み通り、胴体を抉られた事によって体勢が安定しない。
「散り際ぐらいは美しく、ってね。せっかくカストルとポルックスが集めてくれたデータが無駄になっちゃうから、一発ぐらい、お見舞いしちゃいな?」
それを見た『女』が指をパチンと鳴らすと、サーバントは銃身から蒸気を噴かせ、深く腰を落とした。
サーバントがその『標準』に捉えたのは、ベアトリーチェと水無瀬。
「……何か、大きい一撃でも狙っているのでしょうか。警戒した方が良さそうですね」
今までとは違う、強烈な一手に備えた『構え』にも取れるその行動。
雫はそこから大技が来ると読み、他四人に呼びかけ。それを受けた黒百合とアスハは様子見に転じ、ベアトリーチェは逃走準備、水無瀬はその場で受けの構えを取る。
雫自身も凍結を打ち破り、銃を無力化する為に接近を開始するも、サーバントは巨大な銃をズシリと構え、全身に力を込めたようだった。
「誰かを想う心も、そして信念すらも持てないようなただの眷属に、彼女たちを超える程の一撃を放てるとは思えません」
それを見ても一切動じず、正面から受け止める覚悟で構えている水無瀬に向け、サーバントは一瞬の溜めを挟んだ後、蒼色のレーザー砲を放った。
夜空を駆ける流星の如く、瞬時に延びたレーザー砲は、水無瀬もろともベアトリーチェを呑み込まんとするが、彼女はダッシュで射程外に逃れ、砲撃の硬直を利用するように距離を詰めていく。
「あの二人に比べればこの程度の攻撃、どうという事はありません!」
一方、正面からレーザー砲を受けた水無瀬は、氷の障壁でそれを防ぎつつ、無理やりサーバントへの接近を試みる。
「貴様程度には勿体ないが……切り刻め!」
そしてレーザー砲の発射と同時に、サーバントの側面へ零の型で踏み込んだアスハ。
彼はその手中より、生成された二つの『蒼月』を放出。サーバントを切り刻むが、相手はレーザー砲を放出したまま動じない。
「止まったまま動かないって言うならァ、そのまま吹っ飛ばしてあげるわねェ♪」
しかし、そこに黒百合がアスハの姿と被せる形で封砲を放つと、黒い光の衝撃波がサーバントの銃を穿ち、大穴を開けた事でレーザー砲が強制停止された。
「あんなスキルを連発されたら、辺り一面、焼け野原になりそうですね……」
レーザー砲の停止と同時、雫が銃と腕の境目に、蒼く冷たい月を連想させるような斬撃を放ち。
燃焼されたアウルが粉雪のように舞う中で、巨大な銃をサーバントの腕から切断。完全なる無力化に成功する。
「眷属の攻撃は、ここまでのようですね」
繋げるように水無瀬が足への攻撃を行うと、サーバントは簡単に体勢を崩し、もはや反撃どころか防御も出来ない状態に陥って。
「ここまできたら……フェンリル……ドーンで……トドメを刺す……」
諸々の間に死角に回り込んだベアトリーチェが、フェンリルを召喚して全力の体当たりを指示すると、サーバント本体も動作を停止し、撃破に成功したのだった。
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双子型サーバント、蒼の個体の撃破から、暫くして。
「――別の地点に投下されていた、紅の個体の撃破も確認されています。貴女がたと合わせ、迅速な対応、本当に助かりました」
民間人の誘拐を行ったサーバントたちの殲滅を狙い、追って送り込まれてきた別働隊の女性撃退士は、双子型の片割れに関する雫の問いに答える。
「しかし本当に、この二つのサーバントは見た目が瓜二つですね。大剣と銃、武器の違いはありますが、どちらも右腕が武器になっていて、さながら姉妹のようにも見えます」
「……姉妹、ですか」
女性撃退士の言葉を聞いて、雫は何かが思い当たったように呟く。
「このサーバント、本来であれば二体同時に運用すべきなのでは……? 互いの欠点を補い、長所を伸ばす事も可能になって、一筋縄ではいかなかった筈……」
彼女の推測は、事実としてそうなのだろう。
今回、彼女たちが相手をした蒼の個体。これは近接攻撃への対抗手段に乏しく、包囲された上で攻撃を受けた事で、あっさりと撃破されてしまった。
だが、ここに近接戦特化の紅の個体が合わさったのなら――。そこまで考えれば、既に答えは明白だろう。
「……別々の場所で運用した意味が判りませんね。目的は私達の撃破ではなく、時間稼ぎだったという事でしょうか?」
サーバントが投下された目的は撃退士たちの殲滅ではなく、時間稼ぎ。
雫の推測が事実であるか否かは不明だが、双子が双子として運用されず、結果として容易に撃破されたというこの状況は、何かしらのメッセージになっている可能性も否めない。
「ロットハール先輩に、氷の天使と使徒、四国の秘書官……。先輩だけでなく、私も不思議と蒼には縁があるのかもしれませんね」
ただ、サーバントが無事に撃破された事は唯一無二の事実なのだ。
過去に幾度と対峙したノヴァと零の事を思い浮かべ、今回もまた『蒼』を相手にした事から、不思議な縁を思い描く水無瀬。
「……この製作者には、そのうち教えてやらんとな」
そして彼女と同じように、縁のある二人の事を思い浮かべながら溜め息を吐くアスハ。
「でも……結局……周りには……誰も居なさそう……。これで……オールオッケー……」
周囲の確認を終え、脅威となる存在が完全に居なくなった事を報告したベアトリーチェは、別働隊が行動開始するのと同時、他の四人と共に撤退しようとする。
「――いやねぇ、私が美味しく戴きたい獲物チャンは、こんな可愛らしい女の子たちじゃないんだよね」
そんな彼女たちを、再び遠方から『女』は眺めていた。
「ちっこい女の子が言ってた通りで、双子は本来、こうやって運用する物じゃないんだ。でも何でバラバラに使ったかって、そりゃ理由は単純さ」
彼女は紅色の長髪を靡かせながら、大剣の形をした右腕を撫で、フン、と笑う。
「私はねぇ、弱い敵が相手と勘違いして姿を現した堕天使チャンを追いかけたいんだよねぇ。キャー、あの子可愛いー! って堕天使でもない女の子と遊ぶのも良いんだけど、これ以上変な事すると怒られるからさ……」
女はキャピキャピと一人で謎のはしゃぎを見せた後、溜め息を吐いた。
「んー、でもまた収穫ゼロだからね。マイナスだけの完敗だよね。そこそこの自信作だったんだけど、バラバラに使ったらさすがにコロッと倒されちゃったし。まいったまいった」
彼女は今度は「あははー」と笑うと、紅の個体が倒された時と同じように、五人に背を向けて。
「ただね。おねーさん、ちょっと楽しみなんだよね。自信作ちゃんたちを簡単に倒した皆なら、いつかは私とも遊んでくれるかも……なんて」
何処か嬉しそうな表情を浮かべた彼女は、しかし「でも今回は私の負けだよー」と一人で喋りながら、遠くへ姿を消したのだった。
撃退士への敵意は皆無にも思える彼女が敵として立ち塞がる日は、いつか訪れるようで、訪れないのかもしれない――。