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四月某日、廃墟地帯。空は分厚い雲に覆われ、生憎の天気といった状況の中、警察が設置した仮設基地に、六人の撃退士達は居た。
「既に、廃墟地帯の閉鎖は完了しております。ディアボロが出現した地帯には踏み入らないよう、民間人の方々へ注意喚起も行っていますので、問題はありません」
仮設基地のテント内にて状況確認を行った黒須 洸太(
ja2475)に向け、一人の警察官が状況報告を行う。
そしてテントの隅では、依頼主の黒崎凛香がパイプ椅子に座りながら、撃退士達の方を向いていた。
「あのディアボロは一体、何をしようとしているのですか? 出来る事なら、もう一度あの姿を見ておきたいのですが……」
不安そうな表情をしながらそう問いかけてくる凛香の元へ、黒須が歩いて行き、真っ直ぐ向き合いながら口を開く。
「理由は分かりませんが、ボク達がなんとかします。申し訳ありませんが、危険ですので黒崎さんを連れて行く事は出来ません」
「……それもそうですよね、変な事を言ってしまって申し訳ありません。私が危険な場所に身を晒す事は誰も望んでいないでしょうし」
冷静にそう告げた黒須に対し、凛香は落ち着いた様子で頷き、現地へ行く事は出来ないという事を了承した。
彼女は過去にこの地で起きたディアボロ襲撃事故の当事者であり、それもあってディアボロの姿や行動を見れば何かを感じられるかもしれないと考えていたようだが、今は亡き旦那の事を想ってかそれ以上の事を言おうとする様子は無い。
「黒崎さん。少し、旦那さんの事をお聞きしたいのですが、よろしいですか?」
そう言って黒須の背後から姿を現したのは、雫(
ja1894)だ。彼女の隣には、ベアトリーチェ・ヴォルピ(
jb9382)も立っている。
「勿論です。彼は正義感が強く、悪い出来事を放っておけない性分で、以前にこの場所でディアボロ襲撃事故があった時も、最後の最後まで人を助ける為に働きかけていました。その時は私もこの場所に居ましたが、先に逃げるように言われまして」
凛香は穏やかな表情で、されども何処か寂しげに、雫とベアトリーチェに向けて、自分の夫についての事を語り始める。
「私は彼が無事に帰ってきてくれる事を信じて先に逃げ、今この場所に居るように生き延びる事が出来ましたが、人を助ける事を考え過ぎて、彼自身は……」
そこまで言い終えた彼女は、自分の膝下に視線を落とした。
「ディアボロは、あの日に起きた出来事と何かしらの関係を持っていそうだと思ったので、出来る事ならこの目にその姿を焼き付けておきたかったのですが、皆様に迷惑をかけるつもりはありません。私は此処で待っていますね」
再び顔を上げ、そう呟いた凛香。その表情から何かを感じたのか、ベアトリーチェが凛香の方を向き。
「おねーさんは、私達がディアボロ、やっつけるまで待っていて、ね……?」
「ええ、勿論そうするつもりよ。気を遣ってくれて、ありがとう」
気を遣ったようにして声をかけたベアトリーチェに、凛香は優しげな微笑みを向けた。
凛香との会話を終えた三人の撃退士達がテントから出ると、その瞬間にジェラルド&ブラックパレード(
ja9284)の携帯のカメラのシャッター音が鳴り響いた。
そして、その隣では鎖弦(
ja3426)が廃墟ビルの屋上を静かに見上げていた。
「あそこから此方を見据えているのは、物の怪ではないかの?」
廃墟ビルの屋上を指差しながらそう言ったのは、天城 空我(
jb1499)。促されるがままに、テントから出てきたばかりの三人が廃墟地帯の中心にある廃墟ビルの屋上へ視線を向けると、そこから黒い影が撃退士達の方を向いている事が伺えた。
「既に居場所がバレていて、更には待たれているみたいだし、罠を仕掛けている暇は無さそうだ♪ やれやれ」
写真撮影に利用していた携帯電話をしまいながら諦めにも似たような言葉を発したジェラルドではあったが、彼の横に黒須と雫が立ち、改めてビルの屋上を見据える。
「既に民間人の隔離は完了していて、この一帯に誰かが立ち入ってくる可能性は無いみたいです。戦闘中に民間人の方々が立ち入ってくる事への懸念は必要ありませんね」
黒須の報告を聞いたジェラルドは、幾度か頷いた後、ゆっくりと歩き始める。
「……残された人達の為にも、急いで騒動を収めましょう」
雫も、ジェラルドの後に続くようにして歩を進める。それを見た他の四人も二人の後に続き、閉鎖区域の中にそびえ立つ廃墟ビル付近へ急ぐのだった。
廃墟ビルの前に広がっている、少しだけ開けた場所からディアボロの方を見上げた光纏状態の撃退士達は、各個武器を構え、戦闘準備を始める。
ジェラルドの身体は、陽炎のように揺らいでいる赤黒い闘気に包まれ、その隣で大剣を構えている雫もまた、同じように精神を集中させていた。
「ナウマク・サマンダ・バザラダン・カン……不動倶利伽羅剣!」
真言を唱えた黒須の手の中には炎に包まれた剣が実体化されており、彼がそれを地面に突き刺すと、周囲には焔が舞い始める。
また、その隣で髑髏を撫でていたベアトリーチェの頭上には、幼きヒリュウが召喚されていた。
「彷徨いながら、お前は何を思う……俺は、何を願う……」
ビルの上から撃退士達を見下ろすようにして立っているディアボロと向き合うようにして、鎖弦は小太刀二刀を構えながら、ディアボロに何かを問うように呟く。
「さあ、参られよ! 拙者はどこにも行かぬ。ただ、この刃にて御主と相討ち合うだけよ!」
風を纏った天城が、ディアボロを待ち受けるようにして声を上げると、ディアボロはその誘いに乗るようにして両手の刃を大きく広げながら、かなりのスピードで廃墟ビルの壁を駆け下り始めた。
その目に捉えているのは、剣を構えている天城だ。ディアボロはビルの側面を駆けた後、壁を蹴って弾丸の如き速さで天城に迫りゆく。
そして、回転するようにしながら刃で斬りつけようとするディアボロを見た天城は、敢えてその刃を弾くような行動をとらず、自分の急所を斬られぬように少しだけ立ち位置をずらしてそのまま剣を構え続けた。
「痛みの覚悟は一瞬あれば超えられる、己がこの身を剣として自分を捨てて戦える者にはッ!」
ディアボロの刃はそのまま天城の脇腹を抉るようにして刺さったが、天城が腕を掴んで自分の動きを拘束しようとしている事、そして周囲で多数の撃退士達が構えている事から瞬時に危険を察知したディアボロは、即座に刃を抜き取って、天城を壁のように蹴り飛ばす事でビルの壁に跳ね返っていく。
「幽幻、長代行。鎖弦……参る」
ディアボロがビルの壁に跳ね返った事を確認した鎖弦は、その後を追うようにして素早くビルの側面を駆け上がり、僅かな隙を見せたディアボロに斬り込んでいく。
だが、ディアボロは鎖弦の小太刀二刀を自らの二本の刃で受け止めた。その濁った瞳は鎖弦の方に向けられ、鎖弦もまた黒狼の如き鋭い視線をディアボロに向ける。
刃と刃がぶつかり合った事で両者の動きが止まった一瞬はとても長く、悪戯に時間が引き伸ばされているような錯覚を抱くようではあったが、その凍りついた一瞬を切り裂くようにして黒須の突撃銃から放たれた数発の弾丸はディアボロの身体に命中し、更なる隙を作り出す。
小太刀を押し進め、刃を押し崩さんとする鎖弦を相手にしていては危険だと判断したのか、ディアボロは不安定な体勢から壁を蹴って宙に舞い上がり、一時的な逃走を図る。
「……ディアボロは、空中で叩き落とされて這い蹲るとお似合いだよ?」
髑髏を撫でながらそう呟いたベアトリーチェ。何故なら、ディアボロが舞い上がった先にはヒリュウが待ち構えていたからだ。
ディアボロは待ち構えていたヒリュウに打ち落とされてそのまま真下に落下したが、受身を取るようにして素早く起き上がり、その場で刃を構えながら体勢を立て直した。
「貴方はそれだけ攻撃を受けても尚立ち上がり、人を傷つける事を望むのですか!」
ディアボロに正面から迫りゆくのは、大剣を構えた雫。彼女の言葉に何らかの衝撃を受けたのか、刃を構えたまま動きが止まったディアボロを、雫は大剣で大きく薙ぎ払うようにして斬りつける。
大剣の薙ぎ払いを受け止めるべく、刃に刃をぶつけたディアボロではあったが、あまりの威力に刃は二本とも斬り飛ばされ、ディアボロ本体も衝撃によって大きく後退していく。
「残念だったね、ボクは全てお見通しだよ。きみの動きが早いなら……止めれば良いよね♪」
天才的な観察眼を利用し先回りを行っていたジェラルドは、死神が鎌で首を刈り取るが如く、その高機動力の要となっているディアボロの踵を斧で切り裂いた。
「龍を宿せし者よ、手を貸せ。多少の無茶は得意であろう? 俺がディアボロを打ち上げる、その隙にやれ」
ディアボロの動きが止まった事を確認した鎖弦は、天城に向けてそう言い残した後、漆黒のアウルを纏いながら一直線にディアボロの懐目掛けて走りゆく。
駆ける鎖弦の姿は狼の姿と重なり、辺りにはその遠吠えが響き渡った。
「契約に従い、我に従え。高原の王。来たりて走れ! 来たりて奔れ!」
天城が剣を構え、詠唱を開始すると、彼が纏っていた風はその刀身に流れ行き、刀身を中心として渦を巻き始める。
「祖は唯過ぎ去る者。終る事無き嵐を纏い、絶える事無き刃を成さん」
渦を巻いていた風はいつしか超高速回転をし始め、辺りを吹き抜けようとする風すらもその中に巻き込んでいく。刀身を中心として圧縮されたその風は、朱く染まり始めていた。
そしてそのタイミングと合わせるようにして、ディアボロの懐に潜り込んだ鎖弦がディアボロを上空に向けて大きく蹴り上げ、その身体を舞い上がらせた瞬間。
「紅き翼と成り、汝と我の刃持て、均しく滅びを此処に与えん!」
舞い上がった瞬間を捉えた天城は、風を纏いし剣を大きく振り抜き、朱い真空波の渦を放出した。
放たれた渦は一瞬にしてディアボロを喰らい、その身体を切り刻んだ後、何処かへ吹き抜けていく。そして風が吹き抜けた後、静寂に包まれた廃墟の地面に落下したディアボロは、動く事も無く息絶えたのだった。
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ディアボロの討伐を確認し、撃退士達が仮設基地に戻っていく中、ジェラルドはディアボロの亡骸を携帯電話のカメラに収めていた。
ディアボロは何処か安らかな表情しており、一見すると心地よく眠っているように見える程だった。
「…………」
そしてそんなジェラルドの隣に、鎖弦が歩み寄って来て、静かにディアボロの亡骸を見下ろす。
「ん、戻らないのかい?」
「俺は後で戻る。気にしないでくれ」
ジェラルドが問い掛けると、鎖弦はそう答えた為、ジェラルドは鎖弦に触れるべきではない理由があるのだと察してその場を後にした。
「ディアボロは人が魔に堕ちた姿……か。逆の立場ではあるが、きっと……俺とお前は似ているんだろうな」
鎖弦は一人、その場で腰を下ろし、刃が切り落とされたディアボロの腕にそっと触れながら、何かを思い詰めたように呟く。
兵器から人へと導かれた自分自身、そして人からディアボロへと堕ちたと思わしきこの存在。彼はその姿を自分自身の姿と無意識に重ね、一人、想いに耽るのだった。
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戦いを終え、六人の撃退士達が仮設基地のテントに帰投すると、凛香は撃退士達に向かってお辞儀をする。
「やっつけたから……お参り、行ける、よ……」
お辞儀をしている凛香の傍に歩み寄ったベアトリーチェが、凛香の事を見上げるようにしながらそう言うと、凛香はふっと微笑みながら、ベアトリーチェの髪を軽く撫でる。
「ありがとう、これでもう安心だね。私も、あの人の所に報告に行かなくちゃ」
穏やかな表情でそう言った凛香の元に、今度はジェラルドが歩み寄り、何かの写真が表示された携帯電話の画面を見せていく。
「これは……ディアボロ、ですか?」
「うん、必要かと思ってね♪ 戦いの最中に連れて行く事は出来なかったけど、これなら見れるよね」
ジェラルドから携帯電話を受け取った凛香は、写真に収められたディアボロの姿を確認しては、表情を揺らがせる。
「……なんだか、ようやく苦しみから解放されたみたいに思えてしまいますね。あの日は、苦しみながらお亡くなりになった方も沢山いらっしゃったそうですから。その痛みや苦しみが、刃を形作っていたようにも思えてしまいます」
安らかな表情で眠るディアボロの写真、そして斬り飛ばされてから地面に突き刺さった状態の刃の写真を見た凛香は、しんみりとした様子でそう呟いて。
「姿を隠さずにいたのは、自らを討滅して欲しかったからかも知れませんね」
写真を眺める凛香にそう語りかけた雫。それを聞いた凛香は、静かに頷いた。
「望まずに生み出されて、無理やり暴れさせられる事へのせめてもの意趣返しだったのでは無いでしょうか」
「苦しいが故に、でしょうか。でもそれなら、こんな安らかな表情をして眠っているのも頷けます」
凛香は携帯電話をジェラルドに返し、テント内に置かれた机の上にある花束を手に持った。
「どういう事情があるにせよ、必要なのは祈る墓だけですからね。何にしても、これで落ち着くでしょう」
「ふふっ、確かにそうですね。眠りを妨げてはいけませんから。では、私はお参りに行ってきますね。報告しないと」
黒須の言葉に笑顔を返した凛香は、そのままテントを出ようとするが、雫に呼び止められて。
「私も、ご一緒させて戴いてもよろしいでしょうか」
「ええ。私がこうしてお参りに行けるのは、皆様のお陰ですから」
雫もまた事前に用意してあった花束を手に持ち、凛香のお墓参りに同行する事に。その近くでは、ジェラルドが「うんうん」と笑顔で頷いていた。
凛香と雫がテントを出ると、撃退士達もその後に続き、最終的に総出で墓参りに向かうのだった。
そして、凛香の旦那が亡くなった場所とされる廃墟。
廃墟前の地面には先程の戦闘で斬り飛ばされたディアボロの刃が一本突き刺さっており、凛香はその刃に歩み寄っては手を合わせた。
「貴方達が受けた痛みを私は知らない。でも、私は貴方達が生きていた事を忘れずに生きていく。だから、安心して眠って……もう、大丈夫だから」
刃に向けてそう呟いた彼女は、刃の傍に花束を供え、雫と入れ替わるようにして一歩下がる。
「……安らかに眠って下さい。残された人達も、貴方達との思い出を胸に前に歩み出しますよ」
雫もまた、凛香と同じように刃に向けて言葉をかけた後、その傍に花束を供えた。
凛香は晴々とした表情で、雲の隙間から青空が覗き始めた空を見上げながら、口を開く。
「私、あなたの分まで生きるから……だから、安心して見守っていて」
空の彼方から見守っているであろう亡き夫に向けて言葉を捧げた彼女の目元からは、一雫の涙が零れ落ちたのだった。