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炎に包まれた市街地、内部。
「それが英雄の力だと言うのなら、とんだ期待外れみたいだな――!」
「ッ!」
救援要請を受けた撃退士六名が現場に駆け付けると、そこでは、沖田雄介がヒーティムに圧倒されていた。
「たった一人で無茶をする……! 沖田さん、ここは僕たちに任せて!」
しかし彼は、自身の役目と信じていた『時間稼ぎ』を上手く成功させたのだろう。
鈴代 征治(
ja1305)の呼びかけを受けた雄介は、傷だらけになりながらも後退。征治たちに向けて頭を下げる。
「……すみません、やっぱり俺には時間稼ぎしか出来ませんでした」
「いえ。その勇気、少し借ります!」
悔しそうな表情を見せる雄介だったが、ヒーティム撃退の任を征治たちに引き渡し、彼は要救助者を救うべく走り出す。
「人助けも英雄の役目だ、頼んだぞ」
「はい!」
すれ違い様に鐘田将太郎(
ja0114)が雄介の背中を押すと、ヒーティムは自身の相手が六人に増えた事を察し、彼等の前に自ら歩み出る。
「久しぶりだな、破壊魔。今回は随分と派手に暴れたな」
「ああ、俺も待ち侘びたぜ。そこらの人間じゃ相手にすらならねえ、やっぱりお前らみたいな相手じゃないとな……!」
将太郎は過去、ヒーティムの存在を突き止めた際に現場に居合わせた一人であり、ヒーティムも彼の姿を覚えていたのか、ニヤリと笑う。
「どうだ、このぶっ壊れた街は。炎は。まだまだ壊し足りねえが、ようやく自分自身の拳でお前らと戦えるとなると、楽しみで仕方がねえ!」
「また、救えなかったのか……。何が英雄だ、私はただのちっぽけな人間でしかない……!」
悪びれず、破壊活動を常とするかのようなヒーティムの振る舞いに、川内 日菜子(
jb7813)は拳を震わせた。
いったい此処でどれだけの命が燃え尽きたのかと考える度に。
力を持っていようが、護りたい一心があろうが、結局は何一つとして護る事が出来なかったと後悔する度に。
「救えぬ事を嘆き、自らを無力な人間と呼ぶか。奴等はただ、自分で自分を守れなかっただけだと言うのに、難しい事だな」
「……黙れ」
彼女の中で、激しく炎が燃え上がる。
「やれやれ……ヴァニタスなんて厄介な相手さぁね」
対話の中で九十九(
ja1149)は自らの立ち位置を確認、ヒーティムを観察しつつ、行動の機会を窺う。
「なら、その力とやらで俺を倒してみたらどうだ? そこまでして誰かを救いたいと願うのなら、仇である俺を圧倒してみろ!」
ヒーティムは日菜子を挑発するかのように言葉を続けるも、しかし彼女は、自身の役割を見失わず。
「黙れ、黙れ、黙れッ!」
その身に炎のアウルを纏い、先行。強烈な蹴りを浴びせようとする。
「……非力と言う割には、随分と楽しませてくれそうだな」
ヒーティムは日菜子の一撃を強烈な物であると判断したのか、その拳に炎を宿し、受けの構えを見せる。
「快楽の為に人を焼き殺す貴様に、何が分かる――!」
そして命中寸前で蹴りを避け、炎を宿した拳を振り抜いた。
拳は日菜子に命中、炎が彼女に向けて放たれ、その身を一瞬にして包み込む。
「けどまぁ、助けなきゃいけない住人はまだまだいるんでねぇ。あんたをどうにかさせて貰うさねぃ」
反撃を受けた日菜子は炎を振り切るように離脱、九十九がそれを援護するように弓を引く。
強き想いが宿る一撃はヒーティムに命中し、絆の力から成る二段目もまた命中するが、ヒーティムはその両方を的確に受け止め、微動だにしていない。
「威力は置いておくにしても、狙いが的確だな……? 普通じゃねえな、アンタ」
しかし九十九の目論み通り、ヒーティムは狙いを彼に切り替え、脚部に炎を纏わせていた。
「英雄だかなんだか知らねえけど、やろうとしている事は結局、殺し合いじゃねえか」
その刹那、カイン=A=アルタイル(
ja8514)がヒーティムの死角を取り、至近距離からショットガンを撃つ。
状況的にも命中は確実かと思われたが、ヒーティムは命中直前で咄嗟に回避。すぐさま受け身を取り、体勢を立て直した。
「数も不利なんでね、最初から分かってんだよ……!」
彼は複数の相手と戦い慣れているのか、或いはその読みが的中したのか。
炎を纏う足で地面を蹴り、爆速でその場を離脱。瞬く間に九十九の元へ接近し、踵落としを決めようとしていた。
「確かに此処へ来るのが遅れたせいで、失われた命があります。だからこそ、もうこれ以上は失わせません!」
だが、それに反応した川澄文歌(
jb7507)はアウルの力で鎧を作り出し、九十九の援護を試みる。
九十九は踵落としを前に、回避すべきかと過去の経験から若干の迷いを抱くも、それは不可能と判断。
正面からそれを受け、どうにか持ち堪えようとするが、その一撃は彼にとってはかなり重いもので。
「重いか? だがもう一発ッ!」
続く攻撃も回避に転じる事が出来ず、九十九は拳を受けて吹っ飛ばされる。
文歌の支援によって、九十九はどうにか意識を保つ事に成功するも、連撃によって受けた傷は重く、後が無い状況へと追い込まれる。
「俺は沖田と違って英雄に興味ねぇが、てめぇを許せないのは同じだ。てめぇがやらかした事、てめぇの身体に叩き込んでやる!」
しかし、そのタイミングで将太郎がヒーティムに追いつき、力を込めての一閃を当てにいく。
ただヒーティムは追撃、或いは援護が来ると読んでいたのか、すぐさま防御態勢に転じ、将太郎の一撃を受け流す。
更に、攻撃を受け流しただけでは終わらず、攻撃後の隙を突いて一発、将太郎に拳を叩き込んでいった。
「一人ひとりの力は弱くても、皆でならっ!」
だが、撃退士側も一歩たりとも譲らぬ動きを見せる。
将太郎の攻撃によって生まれた隙を突くように、文歌が絆の力を利用しての二連撃を放ったのだ。
想いが、絆の力が乗せられた二連撃であっても、ヒーティムはそれらを正面から受け止め、大したダメージにはならない。
「預かった想いと、人間の底力と、撃退士の絆がお前を倒す!!」
そこへ征治が、更に繋げるように二連撃を狙う。
単調な一発目の袈裟斬りをヒーティムは上手く受け流すが、二発目の受け流しは間に合わず、その一撃を拳で受け止めようとする。
しかし征治の一撃はヒーティムの防御を押し崩し、多少なりともだが、有効な一手と成り得た。
「英雄だの正義だの悪だの、そんなのどうでもいいさね。自分の意思でやりたい様にやり切る事が、うちにとっては一番の事さぁねぃっと」
前衛がヒーティムの注意を引き付け、攻撃によって押している間、九十九と文歌は再び敵との距離を取り、位置取りを行う。
「想い、絆、底力。中々強力だな、正面から押し崩しに来るとは」
ヒーティムは前衛に包囲され、下手に動けばむしろ隙を晒す事になると判断したのか、その場から動かず、受けの姿勢を見せる。
「……どうして人の命を、私の想いを容易く踏み躙るか!」
故に、これ以上の好機は無いと踏んで。
日菜子が再び先行、先程受けた炎にも負けぬ、炎を纏っての蹴りを以て、自らにとっての敵を打ち砕かんとする。
「お前たちが真に力を持つ人間ならば、何度でも立ち向かってくるからだ――!」
それは彼にとっての『選定』なのだろう。
ヒーティムは回避ではなく、日菜子の一撃を真っ向から受ける事を選択し、彼は選択通り、その場を動かずに一撃を受け止めた。
彼の纏う炎と彼女の纏う炎が衝突し、それは爆炎となって、辺りを真っ赤に染め上げる。
「……ちっ、やるな!」
その一手を制したのは、日菜子。
彼女の蹴りを受けたヒーティムは、比較的大きなダメージを受け、そのまま反撃に転じようとする。
だが、日菜子とて負けじと受けに転じ、反撃の拳を反発の拳で以て相殺した。
日菜子は炎によって多少の負傷こそ許したものの、反撃までもを防がれた事でヒーティムはバックステップを踏み、離脱を試みる。
「……そんなに暴力が好きか? 糞野郎」
その瞬間、カインは一種の自己暗示法を利用した上で接近、着地したばかりのヒーティムの脚部に水面蹴りを叩き込もうとする。
しかしヒーティムは着地の体勢から素早く回し蹴りを放ち、それを相殺。連続攻撃を狙っていたカインの懐に飛び込み、拳を突き出した。
カインは咄嗟に拳を防御するも、炎の拳によって軽く負傷。狙いを打ち砕かれてしまう。
「こっちも格闘が主体なんでな、殴り合える間合いでペースを譲るつもりは無い。暴力というよりは破壊行為その物が好みだな、お前たちのようなヤツらが来てくれるんでよ……!」
ヒーティムの渇望の根本的な部分にあるのは恐らく、自身を満足させ、より熱くさせる程の『強者』と戦う事だ。
九十九はカインの支援をするべく、絆の力を利用しての二連射を放つ。
一発目はヒーティムの反応が間に合わずに直撃し、二発目は防御されるが、そのどちらも有効な一手とは成り得ない。
「遠距離が苦手なら、アウトレンジから攻撃を仕掛けさせてもらいますっ!」
だが、支援として見るなれば、それらの行動全てが大きな価値を持つ。
九十九に続いて文歌もまた、絆の力を利用しての二連撃。
初段を防御され、二発目も防御されたかと思ったその瞬間、ヒーティムの拳に炎が宿り。
「悪いな。俺は一方的にやられるだけの、つまらない戦いをする気は無いんだよ!」
そして彼が指を鳴らすや否や、拳に宿った炎が解放され、文歌の足元から火柱が上がる。
火柱は文歌の肉体を一瞬で呑み込み、致命的なダメージを負わせるも、彼女はどうにか踏み止まって。
「私は撃退士であると同時にアイドルです。私では力無く、英雄足り得ないかもしれない。でもアイドルは、倒れる訳にはいかないんですっ!」
「……ほう、随分と面白い事を言うじゃねえか。やるだけじゃねえ、やられる覚悟もあるって事だな?」
文歌がその意志を示すと、ヒーティムは脚部に炎を纏わせ、彼女と九十九の元へ、再び突っ込もうとする。
「英雄じゃねえが、俺の攻撃、喰らいやがれ!」
しかし、ヒーティムが構えを見せたタイミングで将太郎が突撃。
力を込めた掌での一撃を叩き込み、吹っ飛ばす事で、彼の構えを見事に打ち崩した。
「残念ながら、長々とお楽しみに付き合うつもりはないんですよ!」
更に、連携を繋げる事こそ叶わなかったものの、征治が吹っ飛んでいくヒーティムの元へ接近し、渾身の二連撃を叩き込む。
ヒーティムは一発目こそ受け止めたが、歯が軋む程の力が込められた二発目を受け止める事が出来ず、再び吹っ飛ばされる。
「やりやがる、やってくれやがる……! やっぱりそこら辺のヤツらとは違う、随分と熱くさせてくれんじゃねえか!」
吹っ飛ばされたヒーティムは着地、体勢を立て直しているが、その隙に九十九が小さな旋風を以て、文歌の傷に処置を施す。
そしてヒーティムの前に立ち塞がるのは、温度障害を振り払った日菜子。
「壁を壊さん事にはその先の相手も壊せないって事か。そういう事ならやってやるさ、この拳で以て――!」
恐らく、これが彼の全力なのだろう。
解き放たれた力は炎となり、炎となった力は彼の全身を包み込んで、日菜子に対して神速の七連撃を叩き出す。
「……私はただ、真っ直ぐあろうとした」
その初段を日菜子は、反発の拳によって相殺し。
「ただそう在ろうとするだけでは何にもならないぞ! その意志を以て、お前は何をする!」
二段目は、九十九の放った矢が紫紺の風へと変化し、その拳の軌道を変化させるも、頬を掠めて。
「力さえあれば人を、命を護れると思っていた……!」
だが三、四段目と続く拳を、日菜子は反発の拳によって相殺していく。
拳と拳が衝突する度に炎が放たれ、日菜子はその身を徐々に焼かれていくが、決して屈しようとはせず。
「それで護れなかったからと、お前は――!?」
五段目を、再び九十九の支援を受けながら、日菜子が拳で打ち返す。
「なのに、貴様はッ……」
続く六段目、拳を打ち返された事でヒーティムが繰り出した回し蹴りを、彼女は的確に防御して。
「貴様はぁぁぁーーーッ!!」
そして最後の一撃、互いに渾身の力を込めての一撃が、正面から衝突する。
「一人で全部受け止めやがるとはな……全く、どうなってやがる」
炎に幾度と身体を焼かれた日菜子ではあるが、神速の七連撃を全て受け止められた事で、ヒーティムは反射的に彼女と距離を取ろうとする。
しかし、そんなヒーティムの元へカインが素早く接近し、再びの連撃を狙う事で離脱を阻止する。
カインは初段を防御され、素早く二段目の攻撃へと繋げようとしていたが、ヒーティムは決して連続攻撃を許さず、炎を宿した拳で彼を吹っ飛ばす。
「多くの人の想いの具現である私が倒れたら、希望が失われてしまうから。辛くても笑顔で、何度でも立ち上がりますっ!」
だが文歌が反撃後の隙を狙い、絆の力を宿しての二連撃、最後の一発を叩き込もうとする。
ヒーティムは二連撃を的確に防御、体勢を立て直して反撃へ移ろうとするが、日菜子が更なる追撃を狙う。
鼓動の如く、強弱を繰り返す炎のアウルを宿しての一撃は、威力こそ十分だが、ヒーティムはきわどいタイミングでそれを受け流し、反撃の矛先を日菜子へと向けようとして。
「そのままやれると思うな。もう一発、喰らいやがれ!」
最終的に、将太郎が繰り出した、目にも留まらぬ速さの一撃の防御へと転じる。
ヒーティムは防御こそ成功させたが、その威力までは計算していなかったのか、防御すらも押し崩す程の勢いに吹っ飛ばされた。
「連携が、人の力がここまで強力とはな。これなら小癪な真似をせずとも、随分と……いや、十分過ぎる程にやり合えそうじゃねえか」
吹っ飛ばされた彼は着地して、満足そうにニヤリと笑うが、そんな彼の元へ、光と闇のオーラを腕に宿した征治が詰め寄り。
「これで、終わりだ――!!」
混沌の片鱗を宿すその一撃を以て、ヒーティムを捻じ伏せた。
「……俺の負けか、こりゃおっさんにも良い土産話が出来たな」
撃退士の絆と底力を味わい、正面からのぶつかり合いに負けた事を認めたヒーティムは、やはり満足気にそう呟いてから、炎の力でこの場を離脱する。
「救出、手伝うか。あいつたぁ、また相まみえる事になるかもな」
脅威となる存在の排除に成功した事を確認、将太郎は踵を返し、救出作業へと向かって行く。
「間に合わなくてごめんなさい……。せめて、これから助けられる命は精一杯守りますから」
その一方、文歌は救う事の出来なかった人々の元へ歩み寄り、目を閉じさせてから黙祷を捧げる。
そんな様子を見た九十九は、別働隊へ消火活動への移行を要請しながら、戦場となったこの場所を後にするのだった。