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――市街地内部、広場。その中心。
何故か住民が居ない場所を選ぶように、この場所に現れたシエルは、片手剣と盾を構えながら、撃退士六人と対峙する。
「再戦……今度は、負けない」
そう呟き、彼女を撃ち抜く意思を見せるSpica=Virgia=Azlight(
ja8786)だが、シエルは前回と違い、口を閉ざしたまま何も答えない。
「そういえば、『彼女』に会った、が……ふむ、ムラマサの関係者、か?」
アスハ・A・R(
ja8432)の問いを受け、シエルの視線が彼の方へと向けられる。
「……ええ、関係者と言えばそうなりますね。貴方の言う彼女、ポルックスと彼は、厳密に言えば私を守る存在として在りました」
アスハの問いに答えたシエルは、妙な笑みを浮かべた。
「ああ、彼女は今はノヴァと名乗っているのでしたか。でも良いでしょう、予想外の場所から予想外の情報が漏れていた方が、それこそ楽しみが膨らみますから」
何の為にそれを明かしたのか、と問い返す声は無く、一変したシエルの抱く冷たい空気だけが、ただただ不気味に広がり続けるだけ。
――これは、誰かの目を欺く為の『フェイク』なのか。
それとも、これこそが彼女の『本性』なのか――。
「……貴方たちは、己の価値という物について考えた事がありますか?」
話の内容もまた一変し、シエルは六人に向けてそう問いかけた直後、ふーっと長く息を吐いた。
「別段、特には。卑下する訳ではありませんが、価値があると言うのも驕りでしょう?」
マキナ・ベルヴェルク(
ja0067)の答えが何か可笑しかったのか、シエルはまたもクスクスと笑い、その顔を上げる。
――まるで、理由や価値と呼べる物を見失った自分が、存在として無価値であるのだと、皮肉っているかのように。
「始めましょうか……話すだけというのも、貴方たちにとっては退屈なのでしょうから」
シエルは、六人がそれぞれの準備を終えるのを待つように翼を広げ、そして、一気に宙へと飛び立った。
撃退士数名も翼を展開、彼女の後を追うように飛び立つと、シエルは様子見をするように、上空で身構える。
「あぁ、それでも。己が『信念』に於いて言うならば――唯一無二、とは言っておきましょうか」
シエルを追い、接触する事で彼女の拘束を試みるマキナが、付け足すように呟く。
前回戦闘の記憶からだろう。シエルは盾で防御するのではなく、むしろ盾をマキナから離すように回避行動を取り、彼女との接触を回避した。
「価値なんて物、ずっと前に無に帰したわ。過ちを犯した、あの時から」
「……!」
だがその直後、蜃気楼によって身を隠していたエルネスタ・ミルドレッド(
jb6035)による奇襲が刺さり、シエルの翼に彼女の攻撃が命中する。
しかし、奇襲が刺さったと言っても効果は薄く、むしろシエルはエルネスタの存在に気付き、警戒を強めているようだった。
「価値、それは何を以ての価値だ? 所属する組織に貢献すれば、それがそのまま自分の価値か? 今ある世に影響を及ぼせば、それが己の価値か?」
エルネスタの攻撃後の隙を埋めるように、フローライト・アルハザード(
jc1519)が接近、シエルの顔面付近への攻撃を行う。
「そんな物は詰まるところ、他者からの評価に過ぎん。片や英雄、片や殺戮者……よくある事だ」
「ええ。ですが他者からの評価という物からは、どう足掻いても逃げる事は出来ません。むしろそれから逃げる事が出来るのなら、己の価値を考える事など、必要無いのですから」
シエルは、フローライトの攻撃を易々と回避。その答えに自分の考えを返しつつ、剣を構えた。
エルネスタはその内に離脱、再び奇襲の機会を窺っているが、シエルはその剣に光を宿し、大剣までもを重ねるように投影、反撃に出ようとしていた。
「ならば、それを以て答えよう。私の価値は、唯一の信頼に於いて、友の願いを叶えられるか否かだ」
フローライトはシエルの反撃を正面から防御し、その衝撃によって押し返される。
「人に対し、さしたる情は持ち合わせていないが……他ならぬあいつの願いだ、叶えなければならん」
されども、そこまで答えきった彼女を見て、シエルは静かに瞼を閉じ、反撃回避の為に彼女と距離を取ろうとした。
「価値なんて物は、歴史と同じだ。結果や視点でどうとでも変わる。僕は僕、だ……それだけで、十分だろう。他人の値踏みなど、興味ない」
――が、シエルの回避先を狙ってのアスハの射撃により、射撃自体は命中せずとも、一瞬だけだが彼女の動きが止まった。
「何してやがるか知らねぇが、周りに被害を出さないようにしねぇと!」
獅堂 武(
jb0906)が刀印を切ると、澱んだ氣のオーラがシエルを包み込み、その動きを阻害せんと砂塵が舞い上がる。
「翼無き者たち、手が届かぬ故の足掻き。自ら翼を捨てた者は、さて……どのような想いを持っていたのでしょうか」
その瞬間、シエルは構えた盾に光を宿し、舞い上がった砂塵を武の元へ跳ね返した。
跳ね返された砂塵は武に襲いかかり、彼は若干の傷を負うも、致命打には成り得なかったようだ。
「多種多様な意味、理由が存在し、価値までもが存在している。しかし価値に於いては、結局のところは、周囲の者が抱くイメージによって決まる物と思っていましたが――貴方たちは、そうは思っていないようですね」
武に攻撃を反射し、そこから一気に落としてしまおうと考えたのだろう。シエルは剣と盾を構え直し、武の方へと視線を向けた。
「ロックオン……撃ち落とす」
しかし、そのタイミングでSpicaが地上から狙撃を行い、不意打ち的に放たれた弾丸が、シエルの元へ一直線に飛んでいく。
シエルは着弾寸前でそれに気付き、咄嗟の回避を試みるも、弾丸が彼女の腕を掠めた。
「今の私はただの抜け殻……ありふれた幸福を享受する事もおこがましい。贖い続け、償い続けていればいい。愚かな私に、どうか罰を与えてくれと……乞い願ってやまないの」
Spicaの射撃がシエルに命中した直後、即座にエルネスタがシエルに接近、追撃を仕掛ける。
「……無に帰したというその価値は、果たして本当にこの世界から消えてしまったのでしょうか」
そんなエルネスタの声を聞くよりも先に、その声に声を返すよりも先に、最初に受けた奇襲以来、ずっと警戒し続けていたのか――
「けれど、死ぬ事など尚の事許されない――だから、こうして戦火に身を投じている。これ以外に、償い方を知らないから」
「ある意味で同じ、なのかもしれませんね。今の私と、貴女は」
――シエルは確かに、見える筈の無いエルネスタの『姿』をその紅い瞳で捉え、光を宿した盾を構えていた。
厳密に言えば、シエルの瞳には何も映ってはいないのだろうが、彼女は気配でエルネスタの動きを察知し、その場所を正確に捉えていた。
「結局のところ、見失っているのでしょう。何もかもを」
エルネスタの追撃は、咄嗟に構えられた盾によって受け止められ、反射された衝撃が彼女に襲いかかる。
地に落ちるとは行かないまでも、自らの刃が自らに突き刺さるのと同等――少なくない傷を彼女は負う事となった。
「逃がさない……全弾、持って行って」
Spicaの射撃が更に、即座に積み重ねられるも、シエルは素早く回避行動を取り、その弾丸を舞うように回避する。
「私達は一から始めなければならない、全てを見つめ直すところから。見失った物を取り戻し、自分が真に求めている物を探し出すところから」
射撃を回避した直後、シエルは盾を消滅させ、片手剣を両手で構え直した。
「人の世に平穏を……故、貴様らが邪魔だ」
そのタイミングを見計らったように、フローライトが再び正面から、彼女の顔面付近への攻撃を行う。
だがシエルは再びそれを回避、両手で構えた剣を大きく振り抜いて、フローライトを後退させた。
「人の世――否、この世に平穏は無く、しかし、平穏が無いからこそ世界は動き続ける」
立て直しを図ろうとしたシエルの見せた、僅かなモーションまでもを見逃さず、彼女の背後に向け、アスハが先読み射撃をする。
アスハの射撃に気付いたシエルはその場に留まり、弾丸を回避した後、視線を彼の方へ向けた。
「お互い、同じ手は通じんだろう? 戦乙女の本気を見せてくれ、シエル」
シエルの視線が向けられている事を確認した後、PDWを肩にかけ、本気を出すように挑発するアスハ。
「フフッ……」
あどけなさの残る顔には似つかない、妖美な笑みを見せたシエルは、両手で剣を構えたまま息を吐いた。
「他者との激突をも是とし譲れず、轢殺して尚突き進む祈り。ならばそれには翻して、それだけの『価値』があると言う事でしょうから」
アスハの挑発によってシエルの動きが止まっている隙に、マキナが再び彼女の拘束を目的として接近すると。
「己が戦う理由も見出せず、己の価値も定まらない。駒としてなら、さぞ楽でしょうね。今の貴女の剣はその強さを別にして軽い、何も込められていない刃で倒せる等と、甘く見過ぎです」
マキナの言葉を聞いたシエルは、マキナと接触する寸前――恐らく一ミリ程度の距離まで彼女が迫った時、尋常ならざる速度で、宙返りをするように彼女の頭上を取った。
「我らが根本は破壊であり、破壊は万物を無へ帰す。光天の名の下に降臨するは、破壊を司る二の刃――」
シエルがその言葉を口にした途端、片手剣は光となって消滅し、大剣が影としてではなく、刃として実体化を始める。
「――覚醒せよ。この者たちに破壊をもたらす為に」
そして。大剣が大剣としての形を得る瞬間、シエルが纏っていた光は波となって放出され、マキナを地上へと叩き落とした。
「私の意思とは別に言うなれば、私がこの剣を握るのは、主の望まぬ物を破壊し尽す為。それは戦乙女とも違う、アークライトとしての命」
純白で華麗、見る者全ての視線を釘付けにする程の美しき輝きを放つ剣身。
されども不気味で冷たいその刃は、今までに葬り去ってきた幾多の魂をも寄せ付けぬように、冷徹に透き通っていた。
「今一度、問わせてもらいましょう。貴方たちの抱く価値とは、何なのですか」
重みを一切感じていないのか、シエルは軽々と片手で大剣を振り、そしてそれを両手で構えた。
「己の価値、なぁ。こちとら誰かが笑顔でいられるように踏んばるだけだ、そいつが護れりゃあ問題無しだし。それ以外には興味はねぇな」
武はそんなシエルに向け、ショットガンを利用しての射撃を繰り返し、弾幕を張ろうと試みる。
だが、シエルは数段速くなった動きで易々と弾丸全てを回避、動きを慣らすように身体を捻った。
そうして回避行動を取ったシエルを移動先で待ち受けていたのは、エルネスタ。
完全に不意を突いての奇襲――になる筈だった一撃は、何故か動きを見せぬシエルの翼に命中するも、やはり有効打とは成り得ない。
「見出せる気はする、されども今はまだ見出せていない。軽い刃で何処まで足掻けるか、付き合って戴きましょうか」
その直後。シエルは片手で大剣を振り抜き、反撃を仕掛けるが、エルネスタは『天蠍』を一時的に解放する事で、彼女の反撃を回避した。
「もし違うと言うのなら、問うばかりでなく貴女の答えを示して欲しい。でなくば総て、無為でしかない」
「全てが真実で、全てが偽りである。千差万別の考えに満ちているのですから、これもまた事実でしょう。ただ世界には、見えているだけの理由と価値しか存在しない訳ではありません」
シエルは翼を消さぬまま地上に降り、マキナとアスハに自ら挟み込まれる。
「……言葉ばかりでは退屈でしょうね。ですが今回までは、このペースにお付き合い戴きます」
彼女の紅い瞳が捉えたのは、アスハの姿。
すると、次の瞬間には彼女はアスハの元へ接近しており、大剣を両手で振りかざしながら、ニヒルな笑みを浮かべていた。
そして振り抜かれた、魔力と光に満ちた大剣は、アスハの肉体を深く切り裂き、意識までもを奪い去りかねない致命的な一撃を彼に与える。
「……だが、少なくとも戦いたい、と思うぐらいには、君は価値があるのか、な?」
しかし、それでもアスハは意識を保ち、シエルの前に立ち続ける。
「貴方は私に何を望み、どのような戦いを求めるのか。一度述べれば、私はきっとそれを映し出す……貴方にとっての私の価値を視覚化するように」
さすがに彼が倒れない事は予想していなかったのか、シエルはそう呟き、即座に彼の元から離脱した。
だがそんな彼女の元へマキナは、性質として魂の吸収が付与された黒焔を放ち、黒焔は彼女の魂を喰らわんとする。
「ですがそれは最もつまらない事でしょう、何故なら全てが貴女たちの思い通りになってしまうのですから」
シエルは大剣を構え黒焔を防ごうとするが、焔は大剣ごと彼女を蝕み、マキナの傷を癒していく。
「価値……必要って、される……。だから、頑張る……。そうしてたら、勝手に……価値は、ついてくる」
Spicaの述べる、必要とされるから価値があるという一説に関してもまた、事実である。
「……っ」
黒焔に蝕まれた事でシエルは怯み、力が込められたSpicaの近接攻撃は命中したかと思われた、が。
命中寸前でシエルは素早く足を引き、彼女の一撃を回避。そして引いた足を今度は前に出して、自らの反撃だけを命中させようとしていた。
しかしSpicaとて反応は劣っておらず、攻撃に失敗した時点で即座に離脱し、シエルの反撃を空振らせた。
「何故に戦乙女なのか、何故に今此処に居るのか。問い続ける中で、少しずつ……霞んでいるまでも、先は見えてきたような気がします」
シエルを追って着地したフローライトは、自らに意識を向けていない彼女の注意を引く為に、正面に立ちながらも鞭で側面から攻撃を仕掛ける。
シエルはそれを大剣で即座に受け止め、フローライトの方へ視線を向けたかと思うと、彼女の懐に潜り込もうとした。
「アルねぇに怪我なんざさせねぇ!」
だがそんな二人の間に武が割り込み、刀印を切って五芒星描く事で、シエルを弾き飛ばしたではないか。
強制的に弾き飛ばされた事で一瞬だけ困惑した表情を見せたシエルに、蒼い巨狼の頭部を思わせる形状のアウルを片腕に宿したアスハが迫る。
それはシエルを喰いちぎり、己の血肉にせんとするが、予想に反してあまり大きなダメージにはなっておらず、彼の傷を多少癒す程度に留まった。
「……可能な限りの責務は果たせたでしょう。仕切り直させて戴きます、今度は己の答えを持った上で」
さすがにダメージが蓄積してきたと判断したのか、シエルはアスハの一撃を受けた途端に離脱、この場から姿を消し去った。
どうやら彼女の目的は時間稼ぎだったらしく、責務を果たしたと言っていたが――時間をかなり稼がれたとは言えど、六人は一先ずの目的を達成し、その場から撤退する事にしたのだった。