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廃墟地帯、犯人と思わしき人物が居るとされる廃建造物前。
そこでは依頼者の二寺蒼、沖田雄介と六人の撃退士が合流していた。
「お、いつかのレッドさんやったっけ? 相変わらずかっこええ事しとるみたいやなぁ〜♪」
「……!」
雄介の姿を見たゼロ=シュバイツァー(
jb7501)が彼に声をかけると、雄介は驚いたように言葉を詰まらせた。
何故ならゼロは、過去に雄介と少年を救出した撃退士の内の一人であり、その出来事があったからこそ、彼は今こうしてこの場所に立っているのだ。
「――お陰様で、ですよ。あの時助けられていなければ、こんな事をする気にもなってないでしょうから」
雄介はゼロに向けてお礼のような言葉を述べた後、廃墟の方へ視線を向けて。
「ですがそれだからこそ、今回の敵も何としてでも倒さないと。絶対に、これ以上被害を増やさない為に」
「まぁ、落ち着け。打ちのめしたい気持ちも分かるが、まずは犯人の動機を知るべきだ」
鐘田将太郎(
ja0114)の言葉を聞いた雄介は、納得したように肩から力を抜いて、護衛対象である蒼の隣に立つ。
それから八人は廃墟内部、薄暗い部屋の中へ突入。雄介と蒼が六人の後ろに下がると、それを待ち侘びていたかのように、二体の三つ首のケルベロスが姿を現した。
「めっちゃでかい犬やなぁ……俺好みやわ。せやけど、しつけのなってへん駄犬は要らんなぁ?」
今にも襲い掛かってきそうな形相をしているケルベロスを前に、雅楽 灰鈴(
jb2185)がニッと笑う。
「……見た限りだと、これは強そうな相手ですね」
黒井 明斗(
jb0525)はケルベロスの獰猛な姿を見て、そう呟くも、五人の姿を見回して息を吐く。
「ですが、問題はありませんね。片付けてしまいましょう」
此処に集っている撃退士は明斗も含め、実力者が揃っている為、何の問題も無いと判断したのだろう。
だがケルベロスは、その瞬間に六人の行動を待つ事を止め、三つの頭を動かし始めた。
それを開戦の合図と受け取ったのか、六人はそれぞれの力を解放、行動を開始する。
「――咲け、雷菊。目障りな炎はかき消しとかんとな!」
ゼロはその身に雷を纏い、尋常ならざる速度で右側のケルベロスに接近、強烈な一撃を叩き込もうとする。
ケルベロスはサイズに見合わぬ速度で身体を動かし、命中寸前でゼロの一撃を回避するが、その瞬間、二体のケルベロスは分断されたと言える状態になった。
そこから将太郎、灰鈴はもう片方のケルベロスの元へ駆け出し、二手に分かれての本格的な戦闘が開始される。
「放し飼いなんて、マナーがなってないね……犬にはリードが必要だよ」
ゼロと入れ替わるようにケルベロスの元へ詰め寄ったアサニエル(
jb5431)は、聖なる鎖を生成、それによってケルベロスの身体を上手く縛り付ける。
聖なる鎖で縛り付けられたケルベロスは身動きが取れなくなるが、即座にアサニエルの方へ首を向け、燃え盛るブレスを吐き出した。
攻撃直後だったアサニエルはそれを回避する事が出来ず、ブレスを正面から受ける事となったが、彼女にとっては大したダメージになっていない。
「――!」
ケルベロスは攻撃を受けた事に加え、身動きが取れなくなった影響から怒り狂い、アサニエルに更なる攻撃を仕掛けようとしている。
――が、明斗がアサニエルの隙をカバーするようにケルベロスと彼女の間に入り込み、敢えて真正面から攻撃を仕掛けていく。
明斗の攻撃はケルベロスの胴体に直撃し、彼の目的通り、ケルベロスは怒りの矛先をアサニエルではなく、明斗の方へ向け始めた。
「見掛け倒しじゃなくて、今度は歯ごたえのある連中なら最高なんだけどねェ……♪」
ケルベロスが明斗に気を取られている隙を利用し、ケルベロスの右側面へ回り込む黒百合(
ja0422)。
彼女は手にした巨槍に光を宿し、ケルベロスの頭部を薙ぎ払う。
すると、槍が命中した一番右の頭部は、そのあまりの威力に文字通り消滅し、ケルベロス本体にかなりのダメージを与えていく。
――とは言えど、さすがに三つ首は伊達ではないらしく、残った二つの首は先程と違い、暴れるような形で激しく動き始めた。
「こちとら足場には困らんで、スピードがお前だけの特技やと思うなよ?」
それを確認したゼロは、翼を利用して天井に足を着き、天井を足場のように使う事で勢いをつけての滑空攻撃を狙う。
ゼロは残る首の内、中央にある首を狙うも、ケルベロスは身動きが取れないなりに回避を試みたのか、鋭い一撃は胴体に直撃した。
そのままゼロは跳び返り、次の攻撃を狙うが、ケルベロスは既に限界が近付いてきているようで。
「……良い位置にいるね、遠慮しないで貰っとくれよ」
アサニエルは将太郎と灰鈴が抑えているケルベロスまでもをその視界に捉え、一気に畳みかける為にも、二体同時攻撃を仕掛ける。
大きく振りかぶってから放たれた光の槍は、既に重傷を負っているケルベロスの胴体を貫通、その先に居るもう一体のケルベロスに向けて一直線に飛んでいく。
しかし、そちら側のケルベロスは槍を素早く回避し、結果としては二体同時攻撃には至らなかった。
だが集中攻撃を受けているケルベロスは既に限界らしく、最後の足掻きというものか、正面に位置取り続けている明斗に向け、執念の噛みつきを見せる。
「そういう事なら、このまま落としてしまいましょう」
明斗は敢えてその噛みつきを受け、攻撃後の隙を狙い、反撃を直撃させた。
「ワン、ツー、スリィー♪」
明斗の反撃によって釘付けになっているケルベロスを狙い、黒百合が再接近。
「ぎゅ、としてドカーン♪」
そして彼女が先程と同様の一撃をケルベロスに叩き込むと、予想以上に粘っていたケルベロスだったが、完全に撃破されたようだった。
一方、二手に分かれた後の将太郎と灰鈴は。
「ヒーローには背中預けれる仲間が居るねん、犬っころの狩りなんかに負けへんわ」
将太郎より先行し、真っ向からケルベロスの元へ突っ込んでいく灰鈴。
彼女の姿を見たケルベロスは唸り声を上げた後、三つの頭を灰鈴の方へ向け、ブレスを吐き出した。
灰鈴はブレスの回避を試みるが、真正面から放たれた事もあって回避が間に合わず、燃え盛るそれが直撃する。
「……動き止めねえと、だな」
灰鈴が先行している間に瓦礫に身を隠した将太郎は、彼女の動きを見ながら、如何にケルベロスの行動を阻害するか考え込む。
ケルベロスはブレスを放った後も灰鈴の動きを追っているが、彼女は瓦礫を踏み台にして宙へ飛び上がった後、ケルベロスに向けて頭上から呪縛陣を展開する。
展開された呪縛陣はケルベロスをその中に捕らえ、結界によるダメージを与えていくも、その動きを封じるには至らなかったようで。
ケルベロスは受けたダメージを物ともせず、呪縛陣を放った後で無防備になっている灰鈴の動きを追い、俊敏な動きで彼女に噛みつこうとしていた。
「隙を突こうったってそうはいかねえ、俺等の方が上なんだよ!」
だが、そこで将太郎が瓦礫の陰から飛び出し、ケルベロスの背後から強烈な一撃を叩き込む。
ケルベロスが灰鈴に気を取られていた事もあり、彼の一撃はケルベロスに直撃し、その巨体を弾き飛ばした。
強烈な一撃を受けた事でケルベロスは行動を起こす事が出来ず、その時間を利用して、将太郎と灰鈴がケルベロスの元へ駆け寄り。
「さっさと片付けさせてもらうぞ、面倒な事になる前にな」
ケルベロス二体の連携を断つ事はもとより、それを撃破する事が本来の目的である為、相手が気絶している間に出来る限りのダメージを与えておくべきと判断したのだろう。
将太郎は行動不能になっているケルベロスに力を込めた一撃を叩き込み、その首を一つ、撃破する。
「首三つもあってそのザマなん? あったま悪いねんなぁ……?」
もはやこの状況に持ち込めば将太郎と灰鈴の方が圧倒的に有利であり、その間に灰鈴は鳳凰を召喚、ケルベロスの退路を完全に塞ぐ。
それから数秒経った頃、ケルベロスは唐突に、かつ素早く起き上がり、正面に立っていた将太郎に喰らい付こうとする。
――しかし、そのタイミングで別サイドからアサニエルの放った槍が飛来し、ケルベロスは噛みつきを即中断、槍を回避した。
「今度はそっちが隙だらけだな、避けられると思うなよ!」
将太郎は即座に体勢を立て直した後、回避行動を取った事で無防備になっているケルベロスに対し、先程と同じく全力の薙ぎ払いを仕掛ける。
将太郎の言葉の通り、ケルベロスはその状態から回避行動を取る事は不可能と判断したのか、残った二つの首を使って攻撃に攻撃をぶつけ、彼の薙ぎ払いを上手くいなした。
もう片方のケルベロスが猛犬のような動きをしている事とは対照的に、此方のケルベロスはどうにも落ち着いた行動を見せている。
「そんならもう少し、時間稼がせてもらうわ。逃がさへんで、逃げる事も無いんやろうけどな」
その差を確認した灰鈴は大鎌を構え、ケルベロスの足元を一薙ぎする。
攻撃後の隙を突いた一薙ぎはもはや回避不可能であり、大鎌はケルベロスの後ろ足を切り裂くも、ケルベロスがその場に倒れ込む事は無かった。
だが攻撃を積み重ねてきた事もあり、撃破には至らずとも、ケルベロスはかなり消耗しているようだ。
「――小細工無しでの殴り合いは楽しいなぁ♪ さぁワン公、お前は俺を楽しませてくれるんか?」
その時、もう一方のケルベロスを撃破したゼロが疾風迅雷の如き速さで現れ、雷を纏っての一撃をケルベロスに叩き込む。
ゼロの一撃がケルベロスの胴体に直撃した途端、命中した箇所から雷が迸り、電撃はさながら菊のように咲き誇った。
「お待たせしました、もう心配はありませんよ」
そんな彼に続くように、明斗や他の二名も合流。
明斗は一先ずの治療として灰鈴に小さなアウルの光を送り込み、彼女の傷を癒した。
「もういっちょォ♪ ぎゅ、としてドカーン♪」
一方、ゼロの攻撃によってダウンしているケルベロスの元へ歩み寄った黒百合は、手にした巨槍に光を宿し、それを一気に振り下ろす。
もはや抵抗する事も出来なかったケルベロスは、そんな彼女の一撃によって完膚無きまでに破壊され、敵となる相手はどちらも完全に撃破されたのだった。
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戦闘終了を受けて明斗は持ち得る力を治療に回し、全員の傷を完全に癒すが、そのタイミングを見計らったようにして、奥の部屋から物音が響いてくる。
石が地面に落ちるような音、そして何かが砕かれるような音……。そこに『自分』が居るのだと、自ら八人に示すように。
「――良いぜ、入ってきな。番犬をこんなに軽々とぶっ倒しちまったんだ、その力も本物って事だろ」
すると今度は、奥の部屋から男の声が聞こえてきて、それを聞いた八人がそのまま奥の部屋へ進んでいくと。
「アンタたちが俺を追ってるっていう奴等だろ? 良く来たな」
そこに居たのは、雄介と同年齢――外見に限っては十八ぐらいに見える青年。
彼は巨大な瓦礫の上に座りながら、八人を見下ろすような形でそんな事を呟いた。
「やれやれ、また面倒なのが出てきたねぇ」
「ま、番犬と戦った後ならそういう反応も仕方ないわな。でもよ、あんだけ派手にやってたんだ……アンタたちも、戦いとか好きなんじゃねえのか?」
アサニエルが彼の姿を見てニッと笑うと、彼は何かを期待するように、彼女たちに問い返す。
「――挨拶代わりや。お前は楽しませてくれるんか?」
ゼロは敢えて直球的に答えを返さず、黒い羽を彼に向けて投げる。
「楽しむって言うのが戦いとか破壊を指してるんなら、そうだな……きっと俺もアンタを楽しませられると思うぜ? それこそ燃え尽きちまう程に、な」
彼はゼロから受け取った羽を八人に見せつけるように持つと、その瞬間に拳に炎を宿し、手にした羽を灰に変えてしまった。
「俺はヒーティムだ。こうやってアンタたちと直接話したくて、ずっとうずうずしてたのさ……」
そしてヒーティムは瓦礫の上から飛び降り、八人の前に立つ。
「お前、破壊が好きなのか?」
「ああ、勿論さ。破壊、戦い……あの熱い感覚を味わえるのは、それらが一番手っ取り早いからな」
将太郎の問いに即答したヒーティムだったが、今は戦うつもりは無いけどな、と注釈を挟む。
「そうだな。俺も好きだが、お前みたいなやり方は好きじゃねえ。真正面から堂々と挑む主義なんでね」
「まぁ、そう言われても仕方ねえわな。でもそれは、アンタたちをおびき出す為だったんだぜ?」
将太郎の言葉を聞いて徐々に熱が高まってきているのか、ヒーティムはディアボロをけしかけていた理由を口にする。
「俺は熱い物が何よりも好きだ。それだけじゃない、あのおっさんも熱い物が好きだからこそ、俺にこんな面倒な事をさせていたんだ」
彼の言う『おっさん』がどのような人物なのかは分からない。しかし、彼の背後に何者かが居る事は確かなのだろう。
「戦い、破壊……それだけで十分に熱いけどな、それじゃまだ足りねえんだ。俺は、俺達はもっと熱い物が欲しい。もっと熱い何かが、もっと燃えさせてくれる何かが欲しい!」
ヒーティムはニヤリと笑いながら、これから先に控えているであろう戦いに、既に意識を向け始めている。
そんな彼の姿を見た明斗は、言葉を口にしないまでも、必ず倒すと言わんばかりの視線をヒーティムに向けていた。
「貴方ァ、強いのかしらァ……?」
「さて、な。特にあんな無茶苦茶な事をするアンタからしてみればな。でも、殴り合う分には相手になると思うぜ?」
黒百合が問いかけると、ヒーティムは拳をゴキゴキと鳴らす。
「もし強かったら、今度は一緒に遊びましょうよォ〜♪」
「良いぜ、実際に殴り合わねえと何も始まらねえしな?」
「あ、今は駄目よォ? だって私は、縛りプレイだしィ……」
意気揚々と返事をしたヒーティムだったが、そんな黒百合の言葉を聞いて、ゲラゲラと笑い始める。
「ハハハハッ、あれで何か条件付きだったってのか。全力出したらどうなっちまうのか、むしろ見たくなっちまうじゃねえか」
そこまで言い終えたヒーティムは、唐突に彼等に背を向け、瓦礫に上に飛び乗って。
「次は文句無しの殴り合いが出来そうだからな、仕切り直しといこうぜ。期待してっかんな!」
そう言って彼は、素早く何処かへ去って行ってしまった。
「……絶対に倒してやる」
雄介が拳を震わせると、今まで壁に凭れかかっていた灰鈴が立ち上がり、彼の前を横切る。
「俺は俺の手の届く場所に居る人さえ護れたら、それでええ」
「それは、何でだ?」
「皆のヒーローやのうて、大切な人のヒーローで居れたらええねん。ほら、帰るで」
灰鈴の一言で雄介は何かを考え始めたようだったが、事件の犯人を突き止めるという目的は文句無しに達成した為、八人はこの場所から撤退する事にしたのだった。