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市街地、大通り。そこで対峙するのは、六人の撃退士と一人の天使。
「折角の戦舞台だ、名を聞いておこうか?」
「……シエルです。シエル・アークライト。戦いの前に名を問われる事になろうとは、思ってもいませんでした」
アスハ・A・R(
ja8432)が名を問うと、シエルはその名を答え、緋色の瞳で彼を見つめる。
「シエル、か。何故、此処へ来た?」
「貴方たちが戦う、その理由を問う為に。もっとも、それだけが理由ではありませんが……」
でもその理由を教える訳にはいかない、とシエルは口を閉じる。
「そうだな……楽しむ為、と言っておこう、か? 楽しい出会いもあるし、ね」
「生死を懸けた戦いが楽しい、と……。いえ、貴方は死ぬつもりが無いからこそ、戦いを楽しめているのでしょうね」
「それに、相手を識ることが出来る……言葉よりも、ストレートに」
実際に刃を交え、その意思を問う事で、何よりも直接的に相手の事を知る事が出来るというのだろう。
しかしそんなアスハの言葉を聞いたシエルは、彼の方から視線を逸らして。
「相手を識る事については、確かに私の求めるところではありますが、それが楽しさと結びつくかと問われれば、何も言えません」
「殺し合う相手に、問い、耳を傾け、言葉を交える。そうして相手を識る事こそが、楽しいと思う、のだが?」
それが楽しさとイコールで繋がるとは言い切れないのか、アスハに問われようとも、彼女は何も答えない。
「なら、こちらからも一つ聞いておこう、か? 何故、理由を聞きたいと思い始めた?」
「…………」
その『理由』を問われるも、シエルはその『理由』が思い当たらないのか、暫く宙に視線を彷徨わせ、剣と盾を構えた。
そんな彼女が次に視線を向けたのは、月詠 神削(
ja5265)。
「……俺が戦う理由とか、教える義理が何処にある?」
「ありません、か。ですが貴方は、何かを抱えているように思えます」
シエルは直感というものか、神削が何らかの『理由』を抱えていると見ているようだが、神削はそれを答えようとはしない。
義理も無く、理由も無い。彼女が問い、彼が答えるその時は、今ではない。
罠、罪、後悔。それぞれが相手に向ける『表』の『裏』では、それらが錯綜し、その人物の『反応』を形作っているのだろう。
「――そこに戦いがあるから、では不服ですか?」
至ってシンプル。されども、もっともらしい理由。
それを述べたのは、マキナ・ベルヴェルク(
ja0067)。
「不服という訳ではありません。むしろ、それが自然な理由なのかもしれません。自ら望んで戦の中に身を置く方が、変わっているのかもしれませんから」
しかし、最近では自ら望んで戦地に赴く事でさえ、変わっているようには見られない、とシエルは続ける。
戦はいつ、終わりを迎えるのか。むしろ戦は増える一方で、休む暇など、どこにも無い。
そんな状況があるからこそ、本来であればおかしいであろう『理由』が『普通』として受け入れられるようになり、それは螺旋のように、泥沼のように戦を拡大し続ける。
「……遍く見渡してみれば良い。何処を見ても戦ばかり、天魔と人の別もなく。戦場など、現世に具現した地獄でしかない」
マキナには、それが堪えられないのだろう。彼女がそう言うまでも無く、シエルはその意思を見透かしたように、瞼を閉じた。
もとよりそこに『逃げる』という選択肢は用意されておらず、彼女たちは戦う事でしか、その先に進んでいく事が出来ない。
天使、悪魔、そして人間。少なくとも、この場に集う彼等にとっては、戦いとはもはや『日常の一部』なのかもしれない。
……逃げたところで、碌な事にはならない。マキナは、そしてシエルは、言葉で表さずとも、その事を知っていた。
「ならば、戦いましょうか。この戦いは、恐らく……戦う理由を得る為の戦いなのかもしれません」
シエルは剣の刃を縦にして、それを撃退士たちへ向ける。
「私では少々役不足かもしれませんが、一手、お相手願います」
夜姫(
jb2550)がその翼を広げ、シエルに挑まんとすると、シエルもまた、その純白の翼を広げた。
「……分かりました、お受けしましょう。問わずとも分かる、その意志を見込んで」
シエルが翼を広げたその瞬間、先程とは明らかに違う威圧感のようなものが、その姿から発せられる。
「該当データ、無し……情報、集めなきゃ」
その威圧感から、飛行すれば叩き落とされる事はほぼ確実と判断したSpica=Virgia=Azlight(
ja8786)は、他の五人の後方へ下がり、狙撃体勢に入る。
だが彼女が呟いた通りで、シエルに関する情報は皆無に等しく、相手がどのような戦術を取ってくるのかという事すらも、不明瞭なままだ。
「理由、でしたね。強くなる為、というのもその一つですが、共に戦う仲間を、そして力無き人々を守る為です」
夜姫は己の抱く理由を述べた後、その翼で飛び立ち、シエルの頭上を取り、行動の阻害を狙う。
「何故に、人々を守るのです?」
「守りたい理由は、武人として力無き者を襲う事を嫌悪しているという、ただの個人的で勝手な理由です。まぁ、本当はそれだけではありませんが」
シエルに問い返され、夜姫が答える。彼女の脳裏に浮かぶのは、亡き妹の姿。
「……そうですか。なら、更なる強さが必要なのも、納得です」
しかしその瞬間、シエルが微かな笑みを浮かべて。
「無礼の無いよう、現時点で出せる全力で挑ませて戴きましょうか」
そして次の瞬間、彼女は今までの姿からは想像も出来ないような速度で飛び立ち、夜姫を、押し上げるような形で地上から引き離していく。
「ロックオン……戦闘、開始」
それを確認したSpicaは、上空に居るシエルに標準を合わせ、狙撃を行う。
彼女が引き金を引くのと同時に放たれた弾丸は、一切の迷い無く、シエルに向けて飛んでいく。
「邪魔はしないで戴きましょう。その弾丸、貴女にお返しします」
だがシエルは即刻、盾に光のコーティングを施し、その弾丸を盾で受ける。
……すると、どうだろう。Spicaが放った弾丸と同等どころか、威力こそ半分程度にまで落ち込んでいるが、盾と弾丸が接触したその瞬間、Spicaの目の前に弾丸が転送されて。
「っ……」
そして、Spicaの身体を撃ち抜いた。
絶対に避ける事の出来ない、光による反撃。これがシエルの操る、光天の技の一端。
「……それはそうと、こちらだけ答えるのも不公平ですし、貴女の理由も聞かせて戴きましょうか。ついでに、今回現れた目的についても」
夜姫は魔力を雷に変換、放出したそれを手足に纏わせ、シエルを迎え撃つような形で、雷の如き一撃を叩き込もうとする。
「命令を受けて動いているに過ぎない、理由は探している途中。それだけ答えておきます」
しかし、シエルは雷の如き一撃を受け流し、その隙を突いて夜姫の懐に潜り込んだ。
「狙いは正確に。そして相手がどのような戦いを得意とするのか、冷静に分析する事が必要です。その意志、ただの一度で折れるとは思いませんが……今は、落ちて戴きましょう」
シエルが構える剣に、また別の『剣』と思われるような影が重なる。
魔力で生成されているであろうその影は、剣である事に間違いは無いのだろうが、今、彼女が構えている剣の本体よりもかなり大きく、力の大きさが窺える。
それを更に増強させるように、光の粒子が『大剣』の影に集まり始め、シエルはそれを一閃、夜姫を斬る。
夜姫はその一閃を受け止めようとするが、投影された二本の刃を受け切る事が出来ず、深い一撃を受けて意識を失い、地上へ落下した。
「では、ここからは地上戦ですね。その力、見せて戴きましょう」
夜姫を落としたシエルは地上へ降り立ち、翼を出したまま、地上戦へ移ろうとする。
「……互いに信念を抱くなら、言葉は不要。下手な言葉は、愚弄にしかなりません」
そのタイミングでマキナはシエルの元へ接近、盾を構えた彼女を前にしようとも動じず、拳を突き出した。
「戦う事で相手を問う、と……?」
シエルは盾に光のコーティングを施し、マキナの拳を受け止める、が。
「……!」
拳による一撃はマキナへ反射され、彼女もある程度のダメージを受けたが、拳と盾が接触したその瞬間、幾方向から現れた黒焔の鎖がシエルを捕らえた。
彼女は終焉を希求する者。戦場に於いて、彼女は終幕を求めて摧き、そしてそれを滅ぼす。
――それ故に、彼女は偽神と呼ばれるのだろう。
彼女の抱く不変の信念、それは即ち、障害の総てを轢殺し、直進し続ける事。その求道こそが、彼女の信念に他ならない。
「彼女から怒られそうな児戯だが、な? 受けてみろ」
マキナの一撃に続き、一瞬でシエルの側面に接近したアスハは、アウルで魔具を変質させ、それによって生み出された氷の太刀を振り抜かんとする。
氷上を滑るかのような素早い踏み込み、隙が極めて少ない、回避困難なその一閃。
「……あの女性の使う技に、似ていますね」
アスハのその姿を見て、シエルが呟く。
だがアスハがその太刀を一閃させ、鎖に拘束されている彼女を斬ると、その身体を凍り付かせ、自由を奪い去った。
「今の内に、可能な限りの治療を行っておく」
シエルが行動不能になっている時間を有効活用、戦況の安定化を図るべく、神削がマキナへ治療を行う。
送り込まれたアウルの光がマキナの傷を癒し、攻撃の反射による負傷こそ治療出来たようだが、それでも全快には至らない。
「貴様らゴミは、この地上から綺麗サッパリ塵も残さず滅殺する。其処を動くな」
行動不能になっているシエルの元へ、アウルを身に纏った蘇芳 更紗(
ja8374)が接近、棒状にした布槍での攻撃を行う。
しかし攻撃としては、シエルには殆ど効き目が無いようで、更紗は布状にしたそれを、彼女の腕に絡みつかせた。
「見え見えの挑発ほど、効き目の無いものはありません。ですがお陰様で、目が覚めました……!」
その瞬間、シエルの視線が鋭くなり、鎖と凍結を打ち破った彼女は、布槍を振りほどき、上空に飛び立って強引に離脱を図る。
「戦乙女の二つ名、無駄にはしません」
宙を舞った彼女がそう呟いた途端、光の粒子が彼女の身体を包み込み、身体の傷の殆どを消し去っていく。
「……ですが、貴女は違うようですね。少なくとも、今はまだ」
治療を終え、着地したシエルの元へ、マキナが迫る。
突き出された拳を前に、彼女の攻撃を防御すれば再び拘束されると考えたシエルは、それを寸前で回避、体勢を立て直そうとする。
「戦女神の、模造品が……戦乙女を、屠る……」
だが立て直しの隙を与えず、彼女に狙いを定めたSpicaが、狙撃を行う。
もはや現状からでは回避、防御は不可能と考えたのか、シエルはその着弾地点を予測、そこに光の粒子を集中させた。
「……滑稽な、話」
感情の無い、殺戮を行う為に作られた機械のように、Spicaが弾丸の命中を確信する。
そこに『敵』が居るから戦い、かつての志を忘れず、更なる高みへ上ろうとする彼女の弾丸。
「戦女神の模造品、殺戮を行う為の機械……いえ、人形と呼んだ方が良いでしょうか。光天の加護を受ける私を屠る事は、そう容易くはありません」
それは命中こそしたものの、着弾地点に集中した光が弾丸の威力を弱め、シエルは殆どダメージを受けていないようだった。
「ならば、本気で、ぶつかって来い……こんなものでは、ないだろう?」
マキナ、Spicaの攻撃にシエルが意識を向けている間に、彼女の側面を取ったアスハは、雪村と呼ばれる刀を基に氷の太刀を形成、再び高速の斬撃を仕掛ける。
「Valkyrieとしての私と、本気でぶつかり合う事をお望みですか……」
その言葉を聞いたシエルの目の色が変わり、盾が光となって消えたその瞬間、彼女が構えている剣に大剣の影が重なる。
光の粒子がその影の力を増幅させ、それを両手で構えたシエルは、アスハの一閃に合わせ、投影された『光刃』を振るう。
氷の太刀と光の刃が接触、周囲に衝撃が走るや否や、アスハが振り抜いたそれは粉々に砕け散り、投影されていた光刃もまた、光となって消えていった。
「……やはり、貴方の攻撃を打ち破る事は出来ても、この程度では、貴方に傷をつけるには至りませんか」
シエルは盾を呼び戻し、先程から動かぬ戦況を見て、考え込む。
「戦況が安定する事に越した事は無い、それが最重要だ」
自分達の主目的が『偵察』である以上、これ以上の負傷者を出さずに戦う事が最重要だと考え、神削はSpicaにアウルの光を送り込み、治療を施す。
「……ん、ありがと」
Spicaすらほぼ全快になっている状況を見たシエルは、軽やかに宙返りをして、撃退士たちとの間に距離を取る。
「何処を見ている、貴様の相手はわたくしだ」
自分達の姿をシエルが見回している事を確認した更紗は、自ら前に出て、注意を引きつけるように布槍での攻撃を仕掛けた。
「自ら前に出てくる者、それは即ち、私の攻撃を受け切れると自信を持っている者という事になります。その挑発に乗っていては、貴女の思う壺ですし、流させて戴いたのですが」
槍として突き出された布槍を易々と回避するシエルだったが、その戻り際に、更紗は布状に戻したそれで拘束を狙う。
「……まぁ、良いでしょう。それで貴女の考えている事を聞き出せるのであれば」
するとシエルは、今まで盾を構えていた左腕を自ら差し出し、そこに布槍を絡みつかせたではないか。
「戦う理由だと? 貴様らが気ままに作るゴミの一掃が、戦う理由だ」
それを聞いたシエルは、布槍を振りほどこうとしないまま、冷たい視線を更紗に向ける。
「他者の力を利用せんと戦争一つ出来ん、貴様らゴミ製造機の殲滅も、ついでだが理由の一つだ」
「……殲滅、ですか。ならその前に、手を打っておかなければいけませんね」
そう呟いたシエルの剣に、光の粒子が集中し始める。
更紗が布槍でシエルを拘束しているという事は、逆に捉えると、シエルを拘束している限り、更紗は動けないという事になる。
シエルはその考えから、拘束されている左腕を引き、引き寄せられるように更紗の懐へ潜り込んで。
「小細工をせずに真っ向から戦えるよう、今出せる全力を。ですが拮抗していますので、退散させて戴きます」
そして彼女は、光を纏った剣を振るい、光の波動を放った。
更紗がそれを咄嗟に防御すると、シエルはその隙に空へと飛び立ち、姿を消していった。
神削は戦闘終了を受け、ここで出来る可能な限りの治療を負傷者へ施し、気絶者を連れ、撤退していくのだった。