●
三月某日。晴天の下、卒業を控えた学生達が通う中学校の校庭には、三体の死神型ディアボロの姿が。
「――そこまでだ、死神ども! 間に合った以上は、犠牲など出させはしない!」
校舎の玄関前に群がるディアボロ達の背後から聞こえてくる、千葉 真一(
ja0070)の力のこもった声。
「天・拳・絶・闘、ゴウライガぁっ!!」
彼が校門を越えてヒーローネームを名乗ると、それと同時に四人の撃退士達が前に出て。
「卒業、か……。子供達の未来は守らなければな」
「……卒業、ね」
そう呟くのは、学校に通う子供達を案じる強羅 龍仁(
ja8161)と、ただディアボロ達の方へ視線を向けている天宮 佳槻(
jb1989)。
「死神なんて似合わないし、さっさと倒しちゃいたいわねぇ?」
その隣で学校の校舎を眺めていたエルナ ヴァーレ(
ja8327)は、卒業を控えて未来への希望に溢れているこの場所に死神は似合わない、と言わんばかりに身構える。
「足はついてない、か……」
そんなエルナとはまた違った雰囲気で、落ち着いて死神の姿を確認していた彩・ギネヴィア・パラダイン(
ja0173)が眼鏡に手をかけると、それと同時に真一が全身に力を込めた。
「此処に貴様らの刈れる魂などないぞ、死神ども!」
そして真一はブーストを発動、爆発的な速度で死神達の元へ突撃していく。
すると、玄関前に居る一体の死神を除く、二体の死神が彼の方へと振り向いた。
「――何処を見ているのですか? 俺達の相手をしなければ……穿ちます」
その時、単独で校庭の側面へと回り込んでいた樒 和紗(
jb6970)が壁を越えて校庭の中へ姿を現し、たった一体だけまだ玄関の方へ視線を向けている死神に対し、隼による長距離攻撃を試みた。
放たれた矢は真っ直ぐ死神の元へ飛び、宣言していた通り、その右腕を穿つ。
攻撃を受けた事でようやく和紗の存在に気付いた死神は、残された左腕で鎌を大きく振り上げ、彼女の方へ移動を開始する。
「未来への旅立ちを控えた場所に、死神など……無粋な。早々に消えて戴きましょう」
一体の死神と対峙、状況としては上手く一対一に持ち込んだ和紗は、武器を洋弓に持ち替え、真っ直ぐ前を向く。
「…………」
喋らぬ、喋る事の出来ぬ死神の姿から感じられる、怨念にも似た圧力。
さながらそれは、自分自身に未来が授けられなかった事を恨んでいるかのような――そんな『裏』の存在すらも匂わせていて。
――だが、その次の瞬間だった。
「っ! 姿形だけではない、と……!」
死神が姿を消したかと思えば、それは一瞬にして和紗の背後へ回り込み、振り上げた鎌を振り下ろさんとしていた。
それに咄嗟に反応した和紗は、弓を盾として鎌を受け止めるが、刃先が彼女の頬を掠める。
「距離を詰めれば攻撃を封じれる、と考えたのでしょうが――」
だが和紗は攻撃を受けた衝撃を利用、上手く死神との間に距離を作り、弓を構えて。
「外す訳が無いでしょう!」
そして彼女は矢にアウルを集中、強力な光を纏ったそれを放ち、怨念によって形作られた死神を浄化させるかのように、一体の死神型ディアボロを消滅させた。
和紗が一体のディアボロを撃破した一方、二体のディアボロを引きつけている五人の撃退士達は。
「――そうだ、こっちへ来い」
龍仁は二体の死神が視線を向けてきている事を確認、先に突撃した真一の後方より、楽器による長距離攻撃を行う。
スピーカーより発せられた衝撃波は、向かって左側に居る死神へ命中し、それによって死神達は自ら撃退士達へ向かって移動を開始した。
「Box」
それを確認したギネヴィアは眼鏡をしまい、気配を忍ばせた後、真一の後を追う。
「そういう事だから、現世からの卒業はまだまだ先でいいのよォッ!!!」
同じくエルナはアウルを脚部に集中させ、素早く真一を追走する事で、敵の分断を図るようだ。
「とにかく人間や建物に被害を出さずに天魔を排除、いつもと同じオーダーだ」
一方、冷静に中衛としての位置取りをキープしている佳槻は、八卦水鏡によって自身の周囲に小さな盾を展開、奇襲への懸念を怠らない。
「お前らの相手は、俺達だ! ゴウライ、反転キィィィック!!」
その隙に、向かって左側に居る死神の元へ接近した真一は、宙返りから成る強烈なキックを直撃させ、死神の右半身を吹っ飛ばした。
強烈かつ目立つキックを前にした二体の死神は、揃いも揃って真一に狙いを定め、鎌を振り上げる。
そして正面に居る死神が振り下ろした鎌を上手く回避する真一ではあったが、その隙を突くようにして振り下ろされたもう片方の鎌は避け切る事が出来ず、刃が彼の頬を切る。
「攻撃面ではアテにならないが、回復でなら力になれる筈だ」
だがそのタイミングで、駆け付けてきた龍仁がライトヒールを発動、瞬時に真一の傷を癒した。
「…………」
引き続き、真一の方へ視線を向ける死神。
しかしその背後には、気配を消していたギネヴィアが回り込んでおり、まだ無傷の死神に対し、魔具を『神虎』に変異させた上で至近距離からの攻撃を仕掛ける。
ギネヴィアが手をかざすと、それと同時に放たれる念動波。念動波は死神を掴み上げ、行動の自由を奪った。
「こっちから行く手間が省けたわねっと!」
ギネヴィアが上手く奇襲を成功させた事に続き、身動きが取れない死神の正面に立ったエルナは、鬼神一閃でその胴体を切り裂く。
「これで一体、持って行けるか」
そこへ畳みかけるように、死神の周囲に砂塵を巻き起こさせる佳槻。
巻き起こされた砂塵は死神を呑み込み、それを徐々に石へと変化させ、粉々に打ち砕いていった。
「――死神の脅威など、勇気の輝きで討ち払って見せるぜ!」
ギネヴィア、エルナ、佳槻が連携して片方のディアボロを撃破した事で、既にかなりのダメージを受けている死神と一対一に近い状況を作り出した真一。
彼はイグニッションを発動、脚にアウルを集中させる事で、そこに太陽の輝きを宿した。
「……!」
だが死神とて、ただでは終わらせないというつもりなのか、瞬時に真一の背後へ移動、鎌を振り上げた。
振り上げられた鎌は太陽の光を受け、鈍く光るが、その輝きは『希望』という言葉に置き換えるには程遠く、やはりそれが『怨念』の塊であるという事を表しているようで。
「予想はしてたが、本当にそう来るか……!」
真一はそんな死神の鎌を素早く回避、体勢を立て直し、宙へ跳び上がって。
「だがこれで終わりだ! ゴウライ、バスターキィィィック!!」
「…………」
光を纏った脚から繰り出される、トドメの一撃。
心なしか、それを前にした死神は自らが浄化される事を受け入れるかのように、真っ直ぐそれを見つめていた。
「Take a break,neighbor」
死神が全て打ち倒された事を確認したギネヴィアは、そう言って眼鏡をかけ直し、校舎の方へ視線を向ける。
「終わったようですね、行きましょう」
そこへ和紗が合流、校舎内へ向かおうとするが、彼女の頬に傷がある事を確認した龍仁は、それをライトヒールで癒して。
「子供の前へ行くのだから、傷は癒しておかねばな」
それは龍仁なりの気遣いというものなのか、治療を受けた和紗は龍仁に向けてお礼を述べ、今度こそ校舎へと向かう事に。
●
中学校、玄関前。六人がそこへ辿り着くと、安全を確認した黒瀬信志が扉を開けて姿を現し、それに続いて見崎フユカもまた、姿を見せた。
「大丈夫……ですね」
信志がフユカは無事である、という事を視線で示すと、和紗はふっと笑みを見せた。
「……ずっと、見てました。貴女達が戦ってるところを、死神を浄化していくところを」
だが彼女の笑みを見たフユカは淡々と、何も恐れていないかのように、そんな言葉を述べる。
フユカはこのような状況を見慣れているかのように、動揺を一切見せていないが、しかしその裏には何か訳がありそうで。
「時は流れ、それに従って全てが変わっていく。だから私は、見ておきたかったんです。この戦いも、そして……死神が消えゆく様も」
フユカのその言葉には、様々な感情が込められているような――それこそ言葉にならない、不思議な重みがあった。
「少し、話を聞かせてもらえるか? 見てきた物の一端を」
「……はい」
佳槻が彼女の前に歩み出て、そう問いかけると、フユカは静かに頷く。
「人が死にゆく様、そして天魔たちが死にゆく様。私はそれを何度も、こうして見慣れてしまう程に見てきましたが、それらは全て同じようで、全て違う物でした」
彼女がディアボロを前にしようとも、そして撃退士達の戦いを前にしようとも動じていない、それら全ての原因。
「ですが、それらを見る中で思ったんです。未来を奪われた事を嘆き、悲しみながら死んでいく者。そして今、貴方達が戦っていた死神と同じように、何も言わぬまま消え去っていく者。彼等が思い描いていた未来とは、一体何なのか……と」
――そう。彼女、見崎フユカは、未来というその『不確定な何か』の在り方を見失っていたのだ。
人間が百人居れば、思い描かれる未来もまた百通り存在していて、それと同じように、未来を奪われた時の絶望もまた百通り存在している。
「……聞かせてください。未来とは、一体何なのですか?」
そう問いかけてくるフユカの澄んだ瞳の裏には、それこそ『未来』という物を見失ってしまう程にたくさんの『死』が焼き付けられている。
「君に夢はあるか? 信じたい未来と希望はあるか?」
「夢、ですか……?」
そんなフユカの問いに真一が問い返すと、彼女は若干戸惑ったような反応を見せて。
「もし無いのなら、それを捜して欲しい。そして夢があるのならば、それを護る為に俺は戦う」
「……考えた事もありませんでした。ずっと、目の前の事だけ見ていたので」
「そうだな。在り来たりな事しか言えないが、未来はまだ何も決まっていない。不安もあるだろうが、勇気を出して踏み出せば、道は必ず開ける」
真一の言葉を聞き、フユカが俯いていると、親心という物か、龍仁が続けてそう言った。
彼は表情にこそ出していないが、死という物に慣れきっているフユカの姿を見て、密かに心を痛めていたのだろう。
――子供には笑っていて欲しい。そんな龍仁の想いが、在り来たりながらも真っ直ぐなその言葉を紡ぎ出したのかもしれない。
「取り返しがつかない事以外は、まあ大体やり直しが効きます。時間は有限ですが、その制限時間が分からないのであっては、急いでもしょうがないですしね」
龍仁に続いてフユカに向けられたギネヴィアの言葉もまた、その通りなのだろう。
「本当に見ておいただけならば、記憶は薄れ、いつか消え去っていく。しかしそれを真剣に思った事、考えた事があるのなら、それらは積み重なって未来の自分になる事だろう」
「未来の自分に……?」
そんな佳槻の言葉を聞いたフユカは、今まで自分が見て来た事、そしてその度に考えてきた事を思い出すように、顔を上げた。
「ふふふっ、そんなに不安なら占ってあげようか?」
「……占いですか?」
「そうよ、ちょっと待ってね」
思い詰めているフユカの緊張を解す為か、タロットカードをぱらぱらと動かし始めたエルナ。
「んー……。悪い男に、注意……? 的な……?」
「……えっ?」
「ま、まぁ、人生楽しみなさいって! 占いなんて、大体は当たらないんだから!」
エルナの答えを聞き、フユカが本気で驚いたような表情を見せた為か、彼女は焦ったようにそれを誤魔化した。
「当たらないのに、占うんですか? ふふっ……面白いです。こんな事は、して戴いた事が無かったので」
だがそれが結果的に吉となったのか、年齢相応――とは言い難いが、フユカはようやく笑顔を見せた。
「……今までは過去と目の前の事しか見ていなかったから、こうやって笑う事も出来なかったんでしょうか。自分がそうならないように、それを考える事だけで精一杯で」
しかし、彼女はようやく笑う事が出来たからこそ、今までの自分の在り方という物を見つめ直すように、不安そうな表情を見せる。
「……?」
――だがそんなフユカの頭を、和紗が無言で優しく撫でて。
人の温もりという物はやはり安心感を生み出す効果があるのか、頭を撫でられたフユカは、自然と和紗の方を向いていて。
「春は、旅立ちに良い季節ですよね。見崎には……俺達には、可能性という物が溢れています」
和紗の言う、可能性。
それは誰しもが持っているもので、全員がそれを輝かしい物へと変化させる事が出来るという訳ではないが、しかしそれでもその『可能性』は、『希望』という言葉に置き換えるには相応しい物だった。
「子供で頼りない俺達ですが、その分、未来は自由に描ける。だから見崎も、日常の様々を絵具に、伸びやかな絵を描いて下さい」
和紗の言葉は、各々の言葉は、しっかりとフユカの心に届いていたのか。
「…………」
フユカは何も喋らず、ただ真っ直ぐ和紗の方を向きながら、微笑んでいた。
そこに先程まであったような『裏』は伺えず、ようやく彼女は『希望』という物を見出したかのように、前を向いていて。
「……はい。私も描いてみます、自分なりの未来という物を。今はまだ分かりませんが、いつかきっと形になるように」
彼女が描く『未来』。それは彼女自身にも、そして撃退士達にも分からない物だが、それがいつか形になるように。この場所を旅立つ者達が、しっかりと未来を描けるように。
この言葉には、まだ見ぬ未来へのそんな希望が込められているのだろう。
――その証拠に、六人の言葉を受け、ようやく未来という物と向き合う事に成功したフユカは、晴れ晴れとした表情をしていた。
「きっと、描ける……よね? 頑張るね、お母さん……」
下を向き、自身の両手を見つめているフユカの頬を、つーっと一滴の涙が伝っていく。
今まで凍り付いていた彼女の心が温もりを取り戻し、それによって溢れ出した涙には、様々な願いと希望が込められていた。
――もうすぐ春が訪れ、彼女達はこの学校を旅立つ事になる。
その旅立ちを確かな物にしたのは、この場所で勇敢に戦った六人であり、その記憶はフユカの心の支えとして、これからも彼女と共に行く事だろう。
六人が救出に成功したフユカへ、そして旅立つ者達へと贈られたこの『希望』が、いつまでも色褪せないように――。