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四月某日。晴れ渡った青空の下、クマ型ディアボロの討伐任務を受けた六人の撃退士達は、小学校へ来ていた。
「はい、分かりました。すぐに呼びますので、少々お待ちくださいませ」
情報収集をするべく、小学校の窓口で男子児童を呼ぶ事にした緋野 慎(
ja8541)とアヴニール(
jb8821)に向けて、小学校の事務員が頭を下げる。
「お話と言う事ですし、すぐそこにある会議室の中へどうぞ」
二人は窓口のすぐ近くにある会議室で待つように促され、会議室の中心に置かれている大きな机を囲むようにして置かれたパイプ椅子に腰を下ろした。
そして、暫くすると会議室のドアがノックされ、目撃者と思われる男子児童と、その担任と思われる男性教員が姿を現し、二人と向かい合うようにしてパイプ椅子に腰を下ろす。
「クマの事を聞きたいんだってな? 何でも聞いてくれよ、山の中でしっかり見たからさ!」
活発そうな雰囲気を持っている男子児童は、特に恐怖心等を抱いている様子もなく、緋野とアヴニールに向けてそう言った。
「それじゃ、早速聞かせてもらうよ。そのクマって、どんな感じの見た目をしてたのかな?」
「なんか普通のクマって丸っこい感じだけど、結構かっこいい感じだったよ。そんで、爪がめっちゃ長いんだ!」
緋野の質問に対し、男子児童は少し興奮した様子でクマの外見を説明する。そして男子児童の隣では、教員が地図のような物を机の上に広げ、その近くに数本のペンを置いた。
「山に行ったのは、何時ぐらいだったのじゃ? 正確な時間は分からないであろうし、大体で構わないがの」
「えっと、確か学校が終わった後だったから……おやつの時間の前ぐらい?」
アヴニールは男子児童が時間を正確に把握していない事を先読みしたようにして問い掛け、そして男子児童もまた、その流れに沿うようにして首を傾げる。
「恐らく、午後二時半過ぎだと思われます。学校が終わり、山までの距離を考えるとそのぐらいの時間になると思われますので」
男子児童が首を傾げながら必死に思い出そうとしている横で、男性教員が小さな紙のような物に何かを書きながら、ぱっと答えを出した。
「では、クマと出会った場所は分かるかの?」
アヴニールが男子児童に問い掛けると、男子児童ではなく男性教員が緋野とアヴニールの前に山周辺の地図を差し出し、男子児童に大体の場所を説明するように促した。
「えっとな、確かこの辺だよ。山って言ってもあんまり高くないからさ、ちょっと歩くだけで山の真ん中に着いちゃうんだ」
男子児童は山の入り口とされているフェンスがある部分から山の中腹までを、指でなぞるようにして説明した後、得意気にクマ型ディアボロの見た目について話しだすのだった。
同時刻、小学校図書室。緋野やアヴニールと同じように、礼野 智美(
ja3600)と御堂 龍太(
jb0849)が図書室の職員から話を聞いていた。
「山は、どのようになっているのですか? 木々がどれぐらい生い茂っているのか、などを教えて戴けると嬉しいのですが」
「空からでは山の中が見えない程に間隔が狭く木が生えていますね。なので、実際に山の中へ入った人しか詳しい事は分からないのです」
一つの机を囲むようにして向かい合う三人。礼野が文具セットを用いて白地図のような物を作りながら丁寧に質問すると、職員は申し訳無さそうに頭を下げた。
「なるほどね。それを踏まえて聞くけれど、山の中に開けた場所はあるの?」
「開けた場所……確か、かなり昔から使われなくなってしまいましたが、キャンプ場のような場所があったと思います。地図で言うと……そう、この辺りです」
御堂の質問には心当たりがあったのか、職員は礼野が作っている白地図に描かれている、山の中腹部分を指差した。
「ここだけは木が無かった筈ですよ。雑草等は生えてしまっているかもしれませんが、木が無い事は今も昔も変わらない筈です」
職員からの情報を聞いた御堂と礼野は一度顔を見合わせた後、白地図に開けた場所の情報を書き記していく。
「では、もう一つ。この山の中に洞穴のような物があるかどうかは分かりますか?」
礼野が重ねて質問するも、職員は何も知らないらしく、首を横に振る。それを踏まえた上で、礼野と御堂は白地図の完成を急ぎ始めた。
そして礼野と御堂が白地図の作成を行っている机からそう離れていない場所にある本の貸し出しカウンターでは、人に扮した状態のフィーネ・ゾルダート(
jb3163)が聞き込みを行っていた。
「被害が出る前に対処したいので、ご協力をお願いします。山の中にはクマのような動物が住めそうな洞穴や、開けた場所はありますでしょうか?」
「洞穴等はありませんが、開けた場所は一箇所だけある筈です。少しお待ちください」
そう言って図書室のカウンターを担当している職員は、小さなメモ用紙のような物に素早く山の地形を描き、簡略化された地図を完成させる。
そしてフィーネはそれ受け取り、職員に向けて頭を下げたのだった。
――それから数十分程度の時間が過ぎた頃。休み時間を告げるチャイムが校内に鳴り響き、外で遊ぶ為か、大勢の児童達が学校の昇降口に集まっていた。
そんな中、昇降口付近にまた別の人だかりが出来ている。その人だかりの中心で児童に囲まれながら話をしているのは、炎蜂(
jb9327)だ。
普段この小学校には居ない存在である彼女は、瞬く間に児童達の好奇心の的となったのだ。
「あなた達は、学校の近くにある山に行ったりはするんですかー?」
しかし、そんな児童達と遊んでいる中でも炎蜂はクールに、情報収集に繋がるであろう質問をする。
「最近はなんか山に行っちゃいけないって先生達が言ってるんだけど、行くよー! なんかね、良くわからないけど声が遠くまで聞こえるの!」
原理は不明だが、木が生い茂っている筈の山の中でも声はしっかりと遠くまで届くらしく、それによって児童達にとっては格好の遊び場になっているようだ。
炎蜂はそんな豆知識にも思える情報を頭の片隅に入れ、児童達との遊びを続けるのだった。
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午後、山の入り口として設置されているフェンス前。情報収集を終えた撃退士達は、手に入れた情報を共有した後、礼野が作成した白地図を利用しながら大まかな作戦会議を進めていた。
「それなら、俺達B班はこっち側から捜索してみるよ。空からの捜索は無理って事も考えて、慎重にいかないとだね。俺達がディアボロと遭遇したら、俺が炎身を使って開けた場所までディアボロを誘導するから、俺の名乗りが聞こえたらそれを合図に合流して欲しいんだ」
山の中で唯一の開けた場所である旧キャンプ場は、奇跡的にも捜索範囲内に存在しており、ディアボロと遭遇した場合はそこに誘導してから戦闘を始めると言う事で、意見が合致している。
そして緋野、御堂、アヴニールから成るB班は、クマが潜んでいると推測される範囲の東から捜索を始める事を伝え、身支度を開始した。
「分かった。それなら、俺達A班は西から捜索する。もし此方がディアボロと遭遇した場合、俺がホイッスルを吹き鳴らすから、それを合図として元キャンプ場に集まろう」
B班に対し礼野、フィーネ、炎蜂から成るA班は、範囲の西から捜索を開始するという。そして礼野の言葉を聞いたB班は、互いの健闘を祈るようにして、山の中へ突入していく。
「私達も行きましょうか、被害が出る前に対処しましょう」
「そうですねー、私達も急ぎましょー」
フィーネ、炎蜂も身支度を整え終わり、作戦会議に使用した白地図をしまった礼野達A班も、B班に続いて山の中へ駆け込んでいった。
――山の中は木々や雑草が生い茂り、枯れ草や枝等が地面を覆い尽くす程に散乱している。そして落ち葉の陰から姿を覗かせる木の根、更には地面が湿っている事も有り、途轍もなく足場は悪い。
そんな山の中で、A班は周囲と頭上を注意深く見渡しながら、爪痕や足跡等を重点的に探していた。情報収集によって洞穴が無い事は確定している為、かなりの集中力を痕跡探しに費やせている。
「……見当たらないな。こっちには居ないみたいだ」
「こっちも見当たりませんね、ダメです」
木や足元、自分の周囲を見渡してもディアボロを見つける事が出来なかった礼野は、特殊な走法を利用して木の上から遠くまで視線を遣っている炎蜂の方に声をかけるも、彼女もまた、真剣に捜索しているにも関わらずディアボロの姿を見つける事は出来ていない。
「わたくしの方も、痕跡は見当たりませんでした。念の為に洞穴があるかどうかも確認してみましたが、手がかり無しです」
礼野と炎蜂から少しだけ距離を置き、捜索範囲外まで念入りに手がかりを探し回っていたフィーネも、何の手がかりも入手出来なかったようだ。
再び集まった三人は、今度は纏まって捜索範囲の中心に向け、歩を進めるのだった。
そして同時刻。捜索を進めていたB班は、早速二体のクマ型ディアブロを発見し、木の陰に身を隠しながら誘導開始のタイミングを伺っていた。
「クマってのは相当足が速いからね……はい、これでよし!」
御堂が杖を構えながら意識を集中させると、何処かから吹き寄せた風が緋野の足元で渦を描き、彼の足を包み込む。
「我らは慎の後に続く、安心して移動して欲しいのじゃ」
「うん、分かった。行くよ!」
誘導開始をする直前になり、アヴニールが気遣ったように声をかけると、忍術書を抱えた緋野は安心したようにして微笑んだ後、ディアボロから見える位置に生えている木の上に素早く登り。
「天高く名乗りを上げろ。俺が、緋野 慎だ!」
緋野が大声で名乗り上げた瞬間、彼の身体は赤、青、金色から成る炎に包まれ、二体のディアボロは圧倒的なその存在を即座に視野に捉え、揃って緋野に飛びかかろうとする。
「さぁ、逃げるわよ!」
木の上から降り、足元に気を付けながらも移動を開始した緋野に続き、御堂とアヴニールも全力でその後を追い始める。
緋野は山の中で育った事もあり、軽々しい身のこなしで障害物を避けながら旧キャンプ場を目指す。そして彼はディアボロとの距離がある程度離れる度に忍術書を開き、時々攻撃を加えるようにして誘導を続ける。
――それからも誘導しながらの攻撃を繰り返し、旧キャンプ場に出た三人は、緋野に釣られて開けた場所に姿を晒しだした二体のディアボロと向かい合い、武器を構えた。
それと同タイミングでA班の三人もキャンプ場に駆けつけ、礼野は緋野と並ぶようにしてディアボロと向かい合い、フィーネはアヴニールと共にディアボロから距離を取る。そして、炎蜂は奇襲を狙っているのか、木の上に身を隠しているようだ。
「覚悟は、出来ているみたいだな」
そう呟いた礼野が刀を平らに構えると、その瞬間に彼女の身体は金色の炎を纏った。そして、礼野はそのまま精神を集中させ始める。
「私達は後方から援護します!」
前衛から距離を取っていたフィーネとアヴニールは揃って闇の翼を展開し、空高く舞い上がった。
「誘導出来たからには手加減無しだ、畳み掛けるよ」
敵の注意を引きつけながら戦うべく、忍術書をクローに切り替えた緋野は、勢いが弱まっている炎を再び強めて。
「あたしも後ろから援護するわね」
敵の注意が緋野と礼野に向いていると判断した御堂は、二人の後ろに下がり、杖の先に意識を集中させる。
そしてその瞬間、二体のクマ型ディアボロは完全に同じタイミングで飛び出し、鋭く長い爪を鈍く光らせながら礼野と緋野に飛びかかる。
だが礼野はその動きを見切ったようにして、素早く攻撃を回避した。それと同じように緋野も素早く攻撃を回避して、体勢を立て直す。
そして体勢を立て直した彼は、攻撃を回避された事によって出来た一瞬の隙を突くようにして、ディアボロの腕をクローで切り裂いた。
「グルルァァ!」
再び爪を振りかざそうとするもう片方のディアボロに向け、礼野は深く腰を落としながら刀を真っ直ぐ構え、烈風の如き速さで懐に突撃する。そしてそれを受けたディアボロはあまりの衝撃に押し飛ばされ、遠くの木に衝突した。
「待たせたわね、行くわよ!」
緋野の攻撃を受け、身の危険を察知したのか距離を取ろうとするディアボロを逃がさんとばかりに、御堂の杖の先端から放たれた風の刃がディアボロの胴体に直撃する。
更には上空より、フィーネの霊符から生まれ出た白馬の幻影のような物が飛来し、攻撃を受けて怯んでいるディアボロに追撃を加えていく。そして、真紅の剣を構えた炎蜂が遠くの木からディアボロの背後に飛び降り、鋭い一閃を加えた。
「トドメじゃ!」
ディアボロの直上にて大剣を構えていたアヴニールは、降下の勢いを利用しながらディアボロ目掛けて一直線に大剣を振り下ろし、それを一刀両断にした。
そしてそれと同タイミングで、木に衝突してから起き上がったもう一体のディアボロは、体勢を整える為か木の上に飛び乗って逃げ去ろうとしたものの、緋野はそれを見逃さずに忍術書から手裏剣を放って撃ち落とす。
隙を見た礼野は刀を構えながら素早くディアボロとの間合いを詰め、刀でディアボロの首筋を斬ろうとするも、力任せに振られたディアボロの爪によって攻撃が弾きかえされてしまう。
だが、礼野の後ろからは掌に札のような物を持った御堂が駆けつけ、御堂がその札をディアボロに向けて投げつけると、札は爆発を起こしてディアボロに致命傷を与えていく。
「援護しますわ!」
フィーネが上空から放った薄紫色の光の矢は、それと全く同タイミングでアヴニールの拳銃より放たれた弾丸と共に一直線にディアボロへ飛んでいき、直撃した。
攻撃を受けたディアボロは声を発する事も出来ず、その身体を無理やり起こそうとするが、緋野が掌にアウルを集中させながらその懐に飛び込み。
「これで、最後だ!」
掌に形成された緋色に輝く球状のアウルをディアボロの身体に押し当てると、そのアウルは太陽の如き輝きを放ちながら一瞬の内に膨張し、爆発を引き起こした。
そしてディアボロは立ち上がる事もなく、二体のクマ型ディアボロは撃退士達によって倒されたのだった。
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下山した撃退士達が山の入り口で顔を合わせる事になったのは、なんと小学校の校長だった。
「無事に、終わったようだな」
校長は全てを察したように呟いた後、撃退士達に向けてクールな笑みを向ける。
「きっとこれは、君達の知性が山の守護者であった熊の知性を上回ったと言う事なのだろう。その輝かしい知性に、賞賛を。君達によって、この地の平穏は守られたのだから」
クールに、されども感情の込められた賞賛を受けた撃退士達は、改めてディアボロとの戦いに勝利した事を実感したのだった。