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某日、とある山中。
空は厚い雲に覆われており、お世辞にも良いとは言えない天候の中、使徒である零が目撃されたという開けた場所には六人の撃退士の姿があった。
「ちょっとココ寒くなぁい? 冷え過ぎよぉ」
そう言って身震いするのは、Erie Schwagerin(
ja9642)。この場所には先程から冷気が漂っており、神谷春樹(
jb7335)と水無瀬 雫(
jb9544)が前回零と戦った時の情報から、冷気が漂っているという事はこの場所に零が居るという事の証明でもあると六人は考え、彼等は揃って零が現れるのを待つ。
「やっぱり来たみたいね。私がこの場所に居るという情報を流せば貴方達が来てくれるという読みは、どうやら本当だったみたいだわ」
すると、冷気に紛れて撃退士達の前にすっと姿を現したのは、零だった。
彼女は撃退士達の顔を確認しては、見覚えのある顔を二つ見つけ、それを眺めてはふふっと妖美な笑みを見せる。
「一度だけに留まらず、二度も会えるなんてね。これで私は、貴方の正義と言う物を知る事が出来るのかしら……?」
「これが君の望む正義かは知らないけど、僕は正義っていうのは何かを守りたいって事だと思う。弱い人を守りたい、大切な人を傷つけたくない。色々理由を付けたりしても、こういう気持ちが根源だと僕は思うよ」
零が春樹の方へと視線を向けると、彼はそう答えては拳銃を構える。
「もしも君が僕に正義があると思ってくれてるなら、何か何をおいても守りたいものを見つければ少なくとも僕と同じ正義は手に入ると思う」
「成る程、ね……。確かに、貴方の抱いている正義は同じ正義を手に入れられる程に正義としてありふれている、と私は思うわ。だって、弱い人を守りたいって人は星の数程見てきたもの」
だが、春樹の答えに対してそう答えた零は、刀を指でなぞっては再び妖しい笑みを浮かべるが、今度は彼女は雫の方へと視線を向け、そして彼女に刀を向ける。
「散った筈の花が、再び咲く事になるとはね。一度は私に砕かれた筈のその意志、今度は示してくれるのよね?」
「前回は何もできませんでした……護ると、負けないと誓ったのに……。これ以上、皆の足を引っ張る訳には……もう負ける訳には……」
刀を向けられた雫は、以前の戦いで零に負けた事を思い出しては、その悔しさを呟く。
「まだ正義が何かは分かりません、何故零がそれに固執するのかも……。零は、大切と思える誰かはいないのでしょうか?」
――だが雫が零に対してそう問いかけたその瞬間、零の目の色が変わった。
「私は一人よ。大切な人間も、守りたいと思うような人間も居ない」
だからこそ、彼女は『零』なのだ。その名の意味する通りに、彼女は何も持たない空っぽの女。
「一つ聞こうか。君はそもそも、正義は人それぞれにある物だと思うかい? それとも、絶対普遍の何かがあると思うかい?」
それを聞いて零にそう問い返すのは、ベルメイル(
jb2483)。ベルメイルの言葉を聞いた零は一度刀を下ろしては、暫く考え込むような様子を見せた後、息を吐く。
「自分にとっての正義を考えてみる前に、どっちが自分にしっくりくるかを考えてみると良いと思うよ。或いは、どちらが自分にとって都合が良いのかを、ね」
「……そうね、貴方の言っている事はもっともだわ」
だがそこまで言った彼女は、少し間を置いては更に言葉を続ける。
「でも正義が人それぞれにある物だと言うのなら、そもそもの話として貴方の言っている考え方は通用しない。何故ならそれは、正義という言葉を盾にして正当化しようとしている、単なる欲望のような物だからよ」
人の数だけ正義があると言うのなら、人の数だけ欲望もまた存在している。
そのように、正義という物は結局のところは正義という空っぽの言葉を使う事でそれを正当化しようとしているだけの、欲望の現れでしかないのだ。
では何故、それを知っている零が未だに正義に固執しているのか。何故彼女が、正義を欲しているのか。
空っぽの言葉に中身を求めるという、まるで彼女自身が温もりを求めているその様と似たような行為を、何故彼女はひたすら繰り返しているのか。
「正義、か。強いて言うなら……継いだ『蒼』に恥じぬ事、かな。逆に問おう、レイ。キミにとって悪とは、許せない事とは何だろう、か?」
だがその時、アスハ・A・R(
ja8432)がベルメイルに続いてそう問いをかけると、零は額に手を当てては、空を見上げた。
「人間、天使、悪魔……」
「……人の数ほど別の正義はあるのだろうが、俺にとって正義とは愛する人を守ることだ。俺には愛する家族や女性がいる。俺はそれを守り、恩を返す」
空を見上げては何かを思い出したようにしてそう呟く零に対し、己の正義を語るのは久井忠志(
ja9301)。
しかし、それを聞いた零は薄ら笑いを浮かべては撃退士達の方へと冷たい視線を向け、深く息を吐いた。
「羨ましいわね……貴方達は自分にとっての中身を持っていて。私には何も無い、私は何も与えられなかった。だから、私は……」
そこまで言った零は刀を片手で構えてはその刃に冷気を纏わせた為、撃退士達は揃って身構えては零の攻撃に備える。
「私は、それを手に入れられるまで戦い続ける……ッ!」
その瞬間、零はバックステップを踏みながら一、二、三と刀を振って三発の氷の刃を雫に向けて撃ち出す。
雫は零の動きに反応しては二発の刃を素早く回避するものの、一発だけタイミングをずらして撃ち出された刃が彼女の足に命中し、命中したその部分を凍り付かせた。
「なら、僕はそれを止めるまでだ」
零の行動を見た春樹はマーキング弾を撃っては零の動きを掌握しようとするものの、前回の戦闘の経験からか、零は即座に氷の壁を生み出してはマーキング弾を打ち消す。
「……ま、この手のテーマは考え始めると泥沼だからね。今答えられなければ次までの宿題にしておこうか」
だが、ベルメイルは零が生み出した氷の壁が消え去るタイミングを見計らって素早い射撃を行い、それを見た零は即座に回避行動を取ったものの、完全にそれを回避する事は出来ず弾丸が腕を掠める。
他の五人が零を追い詰める為に追撃を続ける中、ようやく氷が溶けた事で身動きが取れるようになった雫は、前回の無念を晴らす為にも前線復帰を急ぐ。
「さて、今度は俺が問おう。あんたは誰かを愛したことはあるか? 守りたいと思った者はいないか?」
「……答える必要は無いわ」
怒りからか、忠志の問いを聞いた零の瞳は青く透き通るような美しい色に変色しており、零はそのまま繰り出された忠志の攻撃を素早く回避しては、体勢を立て直す。
「満たされん、と言うのなら……満足するまで徹底的に付き合おう、か!」
「望むところよ」
忠志に続くようにしてアスハはニヴルヘイムによる近接攻撃を仕掛けるものの、零はいとも簡単にそれを回避し、舞うようにして地面に着地する。
だが忠志とアスハの攻撃はフェイクのような物で、零が着地した場所は、Erieが魔法を命中させるには絶好のポジションだった。
「正義正義って……ばかばかしい。自分勝手なエゴを聞こえの良いように言い換えただけじゃないの、欲望や渇望と何の違いがあるのよ」
正義という言葉を嫌っている彼女は、そう言っては零の方へと視線を向け、閃電を纏う車輪を放つ。
「それが人間の本質という物よ。正義という言葉の中身は空っぽで、欲望と渇望を正当化する為に人はそれを――っ!」
Erieの言葉を聞いた零は、氷の壁を生み出してはそう言葉を返したものの、零に迫り行く車輪は氷の壁を粉砕し、彼女の左腕に直撃した。
「それでも貴女達は、私に抗う……自分の意志を貫き通す為に。だからこそ私は、私自身も正しいと思えるような正義を見つける為に、強い意志を持っている貴女達に挑み続けるわ。その裏に、何があろうとも……!」
零が動かす事の出来なくなった左腕を押さえながらそう言った瞬間、辺りに強い冷気が発生し、零は白く霞み始めた撃退士達の視界から姿を消し去った。
「その意志を示してみなさい、私に負ける訳にはいかないというその強い意志を!」
だがその次の瞬間には、零は敢えて狙っていたようにして雫の正面に姿を現し、強い冷気を纏った刀を一気に振り抜こうとしていた。
しかし、雫は即座にその行動に反応してはバックステップを踏みながら氷の壁を生み出し、零の氷刃一閃を正面から受け止める。
「私の剣が鈍ったのか、それとも貴女が成長したのか……でも貴女のその意志は、本物みたいね」
零は雫に完全に攻撃を受け止められたと判断しては、即座に彼女との間に距離を取ろうとするものの、それを見た春樹はバックステップを踏んでいる零の足に向け、射撃を試みる。
だが零は即座に氷の壁を生み出す事で春樹の攻撃を打ち消し、ベルメイルもまた春樹に続いてクイックショットによる追撃を試みるものの、零はベルメイルの攻撃に対しても氷の壁を使う事でそれを無力化した。
「思い出したくもない事を思い出す事になろうとは……厄介な話だわ」
しかし、忠志は零が氷の壁を生成している隙を突いては彼女に接近し、それを見た零は忠志の方へと視線を向けてはそう言葉をかける。
忠志はその言葉を聞きながらも、零に対して揺るがぬ意志の下に攻撃を行うが、零は忠志の攻撃を見切っては素早くそれを回避し、冷たい視線を彼の方へと向け続ける。
「前回の意趣返しと行こう、か! シズク」
だが忠志の攻撃はアスハが攻撃を行う為の誘導だったのか、アスハは零に対して双銃を用いた射撃を行い、それに即座に反応した零は氷の壁を生み出してはアスハの放った弾丸を打ち消す。
「天を穿つ魔の牙となりて、敵を滅してください、穿天・水牙!」
しかしその次の瞬間、アスハの攻撃に続くようにして雫が零の懐に飛び込み、水の牙で氷の壁を打ち砕いてはそのまま零の身体を貫こうとしていた。
零は雫の攻撃に反応しては刀を構え、その刀身で攻撃を受け止めようとするものの、雫の作り出した水の牙は止まる事無く零の刀を真っ二つにする。
「あの人からもらった刀が折れた……?」
「欲望と渇望の中に沈みなさい、正義という馬鹿馬鹿しい幻想を抱いたまま」
零の刀が折れ、彼女が雫との間に距離を取ろうとするのと同時にErieが攻撃を仕掛けようとしていた為、それを見た零は咄嗟に冷気を生み出しては、その中に身を隠す。
零の意志の現れとも言える刀は折れ、もはや今の彼女が持っているのはその冷たさと虚無感だけ。
――正義という、空っぽの言葉。正義という言葉の裏に巣食う、欲望と渇望。
しかしそれでも正義という言葉に自分なりの意味を見出している撃退士達は、その疑問を刃としてぶつけてくる零に対しても屈する事無く、己の剣を振るい続けている。
「折れた刀で、私だけの意志で何が出来るのか……。私にとっての正義は何なのか、私はそれを何としてでも探し出さないといけない……!」
すると、冷気の中から姿を現した零は二体の分身と共に忠志に狙いを定め、三方向からの同時攻撃を仕掛けようとしていた。
「正義を探し出し、それを私の中身とする為に。正義を探し出し、私という存在を構築する為に……!」
「構わん、俺ごとやれ」
折れた刀を右手で構えながら分身と共に忠志に突っ込んで行く零ではあったが、それを見た忠志は防御の構えを取りながら、Erieにそう声をかける。
「なら行くわよ、今度こそ」
それを聞いたErieは即座に忠志と彼を囲む三体の零に狙いを定めては、深淵に形を与え、破滅の空間を呼び出す。
零はErieが味方ごとその術の中に巻き込むとは思ってもいなかったのか、彼女は収縮していく空間にその身を捕らえられる。
響く音すら逃がさず、範囲内の物を全て押し潰さんとする破滅の空間は、零本体とその分身、そして忠志までもを襲う。
苦痛に表情を歪め、破滅の空間が消え去った後もその重圧に身体を縛られ続けている零は、残された力で撃退士達との間に素早く距離を取り、そして刀を構える。
「これでダメなら、私はまた貴方達に挑む事になるのでしょうけど……それでも私の意志を、私が歩んできた道をその身に刻みなさい」
零は解放した冷気を一本の巨大な刃の形に集約させ始め、その刃に彼女が辿ってきた過去から成る様々な感情を注ぎ込んでいく。
「強烈だね。5100度の炎で受け止めてあげよう」
それを見たベルメイルは拳銃の銃口を氷の刃の方へと向け、眼鏡をかけ直してはそれに対抗する姿勢を見せる。
すると、彼に続いて五人の撃退士達もまた各々の技を武器に氷の刃に立ち向かい、零の意志を打ち砕かんとしていた。
「……貴方が今、何処に居るのかは分からない。再び肩を並べる事が出来るのかも分からないし、貴方からもらった刀は折られてしまった。でも貴方から教えてもらったこの技で、自分なりの正義を追い求めてみる事にするわ。これまでも、これからも」
零は、その脳裏に『師』の姿を思い浮かべて。
「受けなさい。一式、絶対零度――!」
そして零が折れた刀を振り抜くのと同時に、巨大な氷の刃が放たれた。
それに対抗するようにして放たれた春樹のダークショットは氷の刃にヒビを入れ、それに続いて呼び出されたErieの破滅の空間が氷の刃のヒビを全体に拡大させる。
そこから更に続けて忠志の攻撃とベルメイルのブーストショット、もとい5100度の炎が氷の刃を止め、雫の水神招来、蛇の姿をした水の様なアウルが氷の刃を粉々に打ち砕いた。
「戦うだけが、正義を見つける術でもないと思う、ぞ?」
仲間が絶対零度を打ち砕いてくれる事を信じて零の懐に飛び込もうとしていたアスハは、力を使い果たして立ち尽くしている零に対して三日月状の蒼刃、蒼月を放ち、そのまま彼女を戦闘不能に追い込んだ。
「おっと待ちな、トドメはさすがに止めてくれないかな」
――しかしその瞬間、何処からか聞こえてくる女の声。
「ノヴァ……なんで、此処……」
「アンタに死なれちゃ困るからだよ、こっちは一応自分の力を払ってやってんだ」
力の入っていない声で零が『ノヴァ』という名前を呟くと、何処からか紫色の髪が印象的な女が姿を現しては、零の事を担ぎ上げて撃退士達の前から去って行こうとする。
「まぁ、何だろうね……アタシの事を追ってでもこのアホの子を殺したいって言うなら止めはしないけど、それならアタシも容赦しないからね。死にたくなけりゃ、手を出さないでおきな」
撃退士達に向け、忠告のような言葉をかけたその女は、零が操っていたそれよりも数倍強い冷気を発生させては、瞬く間にこの場所から去って行ってしまった。
零がノヴァと呼ぶ、正体不明の女。零が追い求める、正義の中身。
それに対する撃退士達の正義が一体どのような結末を導き出すのかは、まだ冷気によって覆い隠されているのかもしれない――。