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時は八月下旬。まだまだ猛暑が続くこの日、夏妄想コンテストの企画者兼審査員である吉田と竹端は、鬼のように暑いとある空き教室で、二人で並ぶようにパイプ椅子に座りながら長机に向かっていた。
「暑い……暑いッ!」
「と、溶ける……。でも、もうそろそろだよなー?」
誰が来るのかと楽しみにしている竹端を横目に、吉田がパチン、と指を弾いて音を鳴らしてみせると、まず一人目の参加者がドアを開けて審査員の二人の前に姿を現した。
一人目の参加者は、鴉乃宮 歌音(
ja0427)だ。しかし、彼は二人の前に姿を現すや否や、妄想を語るのではなく何処からか小さめのかき氷機を取り出し、クーラーボックスの中に用意されている氷を取り出しては、そしてそれで二人分のかき氷をさっと作り上げる。
「暑いしとりあえず、どうぞ」
「あ、どうも」
何が起こっているのか理解しきれていない吉田は、二つのかき氷を受け取ってはその内の片方を竹端に渡し、そして暑さに負けたのか、それを物凄い勢いで食べ始める。
「美味しいんだけどさー、なんか違くね?」
しかし、吉田がかき氷を平らげるのと同時に竹端もまたかき氷を平らげては疑問を口にした為、かき氷のおかわりを提供してこようとする歌音の前に手を出した吉田は、口を開いて。
「ストップ! 美味しいかき氷だった、それは認めよう。だが、これは夏妄想コンテストだ! かき氷イベントでは無いッ!」
「……ツッコミが入ったところで、如何だろうか。かき氷大食い大会、或いは暑いからこそのアツアツ鍋大食い我慢大会というのは」
吉田が歌音を止めようとしたその瞬間、歌音は至って冷静に言葉を返し、そしてその言葉を聞いた吉田の脳裏に、何かしらの妄想の種が芽生えたようだった。
「やるにあたって、水着必須という環境で。感じてみよう、美女から流れ出す汗を」
「かき氷を食べて頭をキーンとさせつつも笑顔を浮かべる美女の祭典、或いは暑いからこそ鬼のように熱い鍋料理を食べて我慢するというまた別の祭典……! しかし美女達は何にしても水着姿だ、流れ出る汗が光に照らされる事でキラリと輝き、彼女達の魅力を倍増させていくッ!」
歌音の提案を聞いた吉田の脳内では、既に水着美女達の祭典が幕を開けていた。
妄想をスタートさせた事で暴走を始めた吉田の事を竹端が白い目で見ている前で、歌音は更に妄想の種となる情報を吉田に提供する。
「或いは、ファッションコンテストに何か付け加えてみるとかね。ビーチバレーとか、ビーチフラッグとか、尻相撲とか、泥レスとか。想像してみよう、女性同士がもつれ合う姿を」
「クアーッ! 夏にしか出来ないスポーツの中で美女と美女の身体が触れ合い、そしてその度にその柔らかい肉が形を変える! 考えるだけでもタマラン、いっそそれが見たいッ!」
一発目ながらも既に妄想を爆発させている吉田ではあるが、その反面で妄想の種を提供している側の歌音は至って平然とした表情をしているという奇妙な状況の中、竹端は完全に置いていかれたようにして項垂れていた。
「まぁ、どんな企画を提出するにしろ、課題はやろうね。一応上級生だから、忠告」
「ハイ」
だが、全てをひっくり返したようにして放たれた歌音の一言を聞いた吉田は一瞬にして真顔に戻り、そしてそれを見た歌音もまた、妄想の種を与え切ったと判断して教室を後にしていった。
「次の挑戦者よ、入られぃ!」
歌音が教室を出て行った後、竹端と共に深呼吸をした吉田が次の参加者を大声で呼ぶと、静かにドアを開けては二人目の参加者が竹端と吉田の前に姿を現した。
「……あのぅ」
「おや、貴女は……!?」
二人目の参加者とは、何故かしっかりと上着を着込んでいる月乃宮 恋音(
jb1221)の事だ。吉田は恋音が以前の妄想コンテストに参加していた事を覚えていたらしく、眼鏡をかけなおしては一瞬にして真顔になる。
(これは、ヤバい予感がする……!)
妄想に関する情報が纏められた書類を恋音から受け取った吉田は、過去の記憶を思い出しては、いよいよ夏妄想コンテストが暴走を始める事に気付く。
そして、少し間を置いた後、恋音は審査員二人の前で上着を脱いでは薄手の白いワンピース姿になり、妄想に関する会話を開始する。
「……この例で分かる通り、夏の魅力の一つは、他の季節では見えない部分が見える事だと思うんですぅ……」
「フム、確かに。水着やら何やらがある通り、夏は色々と軽くなりますからな」
恋音の説明を聞いた吉田は、ワンピース姿になった事で色々と体型が目立っている状態の恋音を凝視しながら、納得したようにして頷いた。
「それで、その最たる物が水着姿とかそういうラフな服装、と言う事ですな。竹端よ、実に良い物だな!」
「書類はすごい読み易いのに、色々とヤバいなーやっぱり……!」
恋音が作った書類に目を通しては納得し続ける二人は、他の季節では見られない姿に関する事に納得しつつ、体型を気にしていたりUVケア等に関する事を気遣っている女性の姿を思い浮かべては、妄想をエスカレートさせていく。
「…………」
「で、次が……天魔関連の特殊な状況での妄想……?」
自身も妄想を膨らませているのか、静かにしている反面で少しずつ表情等がエスカレートしていっている恋音を横目に、吉田は次の妄想に関する情報に目を通しては首を傾げた。
「触手、海洋生物系……洗脳系、抑圧解放系の敵の出現……!? 確かにこれは、人間同士ではありえない所謂特殊系の夏妄想ッ……!」
吉田はそれらの単語を目にしては更なる妄想を行っていくが、触手がダメなのか、竹端はゲッソリとした表情を見せる。
「……それが現実化し易い側面も、夏の妄想の特性だと思うんですねぇ……」
だが、吉田は決して表現出来ないような方向へと妄想を進めて行ってしまっている為、それを見た竹端は吉田に鋭い頭突きを入れ、それを受けた吉田は正気を取り戻したようにして前を向いた。
「ギャップ、特殊系……実に素晴らしきかな! 堪能出来ました、感謝ッ!」
恋音に向け、妄想を終えた吉田が頭を下げると、彼女は何処か満足したようにしては教室を出て行った。
教室内はやはり夏の暑さによって蒸されたような状態になっているが、それでも吉田と竹端はまだまだいけるといわんばかりに揃ってドアの方を向いて。
「「次の夏妄想を、見せてくれェー!」」
そして二人が揃って大声で次の参加者を呼ぶと、丈がかなり短い浴衣を着た二人の少女が姿を現す。
入室してきたアムル・アムリタ・アールマティ(
jb2503)とハルシオン(
jb2740)は、二人揃ってチョコバナナを変にいやらしく食べており、そして更に腕を組んで密着しながら審査員二人の前まで歩いて来ようとしている為、吉田と竹端は揃いも揃って修羅の如き表情を見せた。
「んむぅっ。アムルぅ、行儀が悪いのじゃ。もっとこう、上品にじゃな……むぐっ」
(これは、ツッコめない……! ヤバい……!)
チョコバナナを食べ進めているハルシオンの姿を見た吉田は、何か『イケナイモノ』を感じたのか、竹端と揃って硬直する。
「ハルちゃん、射的やってかない?」
すると、チョコバナナを食べ終えたアムルは吉田と竹端を夜店の店主に見立て、夜店の射的で遊ぶ妄想を二人で体現し始めるようだった。
「ほいっ、代用品だ」
それを見た吉田は何処からか筒状の何かを取り出し、そしてそれを射的用の銃に見立てて妄想を捗らせてもらおうと些細な気遣いを見せる。
だが、それを受け取ったアムルが筒を銃のように構えると、机の上に乗せられた彼女の胸は重みによってむにゅりと潰れ、そして胸元が肌蹴ている事から、途轍もない破壊力を発揮した。
「ぬわっ! こ、これ、アムル。集中出来ぬではないかぁっ」
そしてアムルが『擬似射的』を終えてハルシオンに銃の代用品を渡すと、ハルシオンはそれを構えようとするが、彼女の背後からアムルが抱き付いては射的のやり方等を教えようとしている為、ハルシオンは集中するに集中出来ないような様子を見せる。
更には、アムルがさり気なくハルシオンの身体を弄る等の『イチャイチャ』を行った為、それを見た吉田と竹端は、反応を示すよりも以前にその強烈な破壊力によって真顔になっていた。
だが、それらのアクションを終えた二人はほっと一息吐くのかと思いきや、アムルがハルシオンを『何処か』へ誘うような形で教室を出て行こうとする。
「待つのじゃアムルぅ!? こ、此処では許し、あ、あ、あぁぁ〜っ♪」
「……!?」
ハルシオンは目を白黒させながら、アムルに連れられて二人揃って教室を後にするが、そんな二人の様子を見た吉田と竹端は顔を見合わせて。
「絶対お持ち帰りだな、アレ……」
「定番というか、何というかだなー。まさかそこまでキッチリ入れてくるとは思わなかったよな……」
アムルにハルシオンがお持ち帰りされたであろうと予想した二人は、何故か教室のドアに向け、二人揃って手を合わせるのだった。
「さて、気を取り直していこう」
「そうだなー、これからだ」
吉田が気を取り直したようにしてそう言うと、竹端も軽く首を回しては夏妄想コンテストの終盤に臨む姿勢を見せる。
「では、次の妄想はどれ程の物かッ! カモンッ!!」
そして吉田がパチン、と指を弾いて音を鳴らすと、教室のドアを開けて一人の青年が審査員二人の前に姿を現した。
「それでは、妄想がどれ程の物かを示させて戴きましょう! 私がオススメする夏の妄想は、ズバリ男と女のひと夏のアバンチュール!!」
「ウェルカム、我々は君を待っていた!」
そう言って勢い良く妄想を始めたのは、袋井 雅人(
jb1469)だ。彼もまた一番最初に行われた妄想コンテストの参加者であり、吉田は彼の事を覚えていたのか、その妄想に耳を傾け始める。
「夏休みで両親の実家に里帰りして、久しぶりに会ったら色々成長していたイトコと! そして夏の海で高波に飲まれて溺れているところを浮き輪の少女に助けられて、その子と! 更には夏祭りで初対面なのになぜか意気投合してはしゃいでしまった浴衣の少女と! そんな魅力的な少女達とのめくるめくHを想像してみて欲しい!!」
「「ウオアアアー!」」
素晴らしい、実に素晴らしいではないか。色々成長して魅力的になっていたイトコ、そして海に遊びに来ていた浮き輪少女、更には夏祭りで初対面にも関わらずはしゃぎ合ってしまう程に元気な浴衣少女の三点が揃っている。
そこを詳しく妄想すると何処からか鉄拳制裁が飛んでくる為、途轍もない反応を示した竹端と吉田の妄想にはモヤがかかっているが、それでも素晴らしい事には間違いない。
「更に、ひと夏のアバンチュールを経験するのは自分だけじゃありませんよ。皆経験がある筈、夏休み前には無邪気に少年少女の顔で笑っていたクラスメイトが、夏休みが終わって久々に会ったら色気のある大人の男女の顔をするようになっていたことが……!」
「すごく、すごく複雑な気分だ……複雑な気分だが、だがそれが良い……!」
雅人の妄想を聞いて大体の事情を察した吉田は、一瞬だけ微妙な表情を見せたが、しかしそれでもそこから溢れ出る魅力に負け、妄想を推し進めていく。
「それに気がついてしまったら、夏休みの間に彼らはどんなHの経験をしたのか、絶対に妄想してしまうはずですよ! そうではありませんか!?」
「うむ、その通りッ! 妄想によって我々もその幸せの欠片を手にするのだ!」
雅人と吉田の妄想は留まる事を知らず、夏らしく素晴らしい妄想をした彼等は、二人揃って肩を並べては口を開いて。
「ええ、今こそ声を大にして皆の前で言いましょう! 妄想は最高なんだと!」
「ああ、妄想は正義であると叫んでみせようッ! フゥハハハー!」
そして完全に意気投合した二人は妄想の素晴らしさを胸にゲラゲラと笑い始めるが、それを見た竹端は先生に見つからないかどうかの不安で冷や汗を流したのだった。
それから暫くして、雅人が退散した後に最後の参加者を待っていた二人は、事前に言われていたパイプ椅子と水の入った洗面器を用意しては身構えていた。
「さて、これでラストだな竹端よ……!」
「ラストはラストで、良い妄想が見れると思うぜー!」
期待に胸を膨らませる二人が最後の参加者を呼ぶと、ドアを開けて姿を現したのは、一人の浴衣美女だった。
「……夏の輝く太陽も良いですが、傾く陽の中、俺と夕涼みは如何ですか?」
そう言ってパイプ椅子に座っては、水の入っている洗面器の中に足を入れる樒 和紗(
jb6970)。
「此処は、庭を臨む縁側。貴方は俺の隣に座わり、一緒に水を張った盥に足を浸しています」
綺麗系の妄想であると察した吉田と竹端は、静かに妄想を膨らませていきながらも、和紗の説明に耳を傾ける。
「……少し風があるとは言え、まだ暑さは残っていますね。貴方も、そう思いませんか?」
ちりんちりん、と僅かな風に揺れては音を鳴らす風鈴。和紗はのんびりと団扇で隣に座っている貴方に風を送りつつ、時折、うなじの後れ毛を気にする仕草を見せて。
そしてふと悪戯心を起こした彼女は、足で水を蹴りあげ、貴方に水をかけてはくすくすと笑ってみせた。
「そいっ」
実際に水をかけられているのは吉田だが、妄想を破壊するべきではないと判断した彼は、反撃を行うようにして、足元に用意されていた水入りバケツから水をすくっては、和紗にそれをかける。
その挙句、びしょ濡れになり、水で和紗の身体に所々張り付いた浴衣。濡れた事で魅力を増した彼女の胸元には、隣に座っている貴方の視線が注がれていた。
「あの、和装の時は下着はつけないものですから……」
視線に気付き、頬を赤らめては恥ずかしそうにそう呟いた彼女。
火照った頬を鎮める為に、団扇をぱたぱたと扇ぐ彼女の姿もまた、映えると言えるだろう。
「完璧ですね……素晴らしき夕涼みの妄想。変態系の妄想も良いですが、こういうのも良いッ……!」
「ちなみに、残念ながら今は和装用の下着をつけていますが、お二人が夏を感じられたなら幸いです」
感服したようにして拳を震わせる吉田に対し、そう言って頭を下げる和紗。だが、それでも吉田と竹端は満足したような表情をしている為、ふっと微笑んだ和紗は、静かに教室を後にしていくのだった。
「実に、実に素晴らしかったな……!」
「だなー、満足だ!」
そして夏妄想コンテストを終えた二人は、教室の中で余韻に浸っていたが、二人は揃いも揃って何かに気付いたようにして顔を見合わせて。
「でもよ、竹端。ぶっちゃけ、俺達……もう変態名乗れなくね?」
「レベル高いよなー、俺も完敗だと思うわ……」
相変わらずレベルの高い妄想を体感する事となった吉田と竹端は、そんな事に気付いてしまったが故に、燃え尽きたようにして片付けを行っていたという。