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とある夏の日の、高速道路入り口。そこでは、高速道路を封鎖するようにして設置された防壁型サーバントと風の技を操る剣士である一正宗が、任務を受けてこの場所へ赴いてきた六人の撃退士と向き合っていた。
「やはり、来たか。待ち侘びたぞ」
「誇りがどうのこうの……何だか面倒臭そうな人ですねえ」
だが、六人の撃退士を前にしてそう声をかけてくる正宗に対し、エイルズレトラ マステリオ(
ja2224)が呆れたようにしてそう呟いては、彼の一族の術者が代々使役していたという召喚獣の一体を召喚する。
その召喚獣は同種の平均的な個体よりは小さいようだが、それでも、エイルズレトラの事を見守る瞳は親の如き深い慈愛に満ちていた。
「壁の向こうには鬼が出るか、蛇が出るか……」
そんなエイルズレトラの隣では、雫(
ja1894)が防壁型サーバントの方へと視線を向けながら、その壁の向こう側には何があるのかと予想を巡らせている。
「壁を護る騎士付きか。壁の向こうに何か在るのか無いのか、壊せば判るがさて」
正宗の方へと軽く視線を向けては雫と同じようにサーバントの方へと視線を向け、そう呟いては腕を組む獅童 絃也(
ja0694)。防壁型サーバントが展開している大規模なシールドのような物によって内部が偵察不可能になっている以上、今はまだその奥に何があるのかを知る者は居ない。
「意味不明な壁に、それを守る裸単騎のナイト。ただのマヌケか、これ自体が何かの策か。一体どうなんでしょうね?」
「……さて。それは、戦えば分かる事だ」
だが、刀を持ちながらも撃退士の動きを待っている正宗に対し、柚島栄斗(
jb6565)がそう問いかけると、正宗ははっと笑っては両手で刀を構えた。
「先ずは、使徒を退かせないといけませんね。此処で貴方の風を絶たせてもらいます」
正宗が刀を構えたところを見た夜姫(
jb2550)は、その背に闇の翼を展開させては上空へと飛び立ち、空から正宗の事を見下ろすような形で移動を開始する。
「どうやら、今日も今日とて一対一の尋常な勝負を望む者は居ないようだな。少々残念な話だ」
撃退士六人全員が自身にとっての敵となる事を認識した正宗は、諦めたようにして首を振るが、それを見た鳳 静矢(
ja3856)は、正宗の方へと紫色のアウルの霧を纏っている刀を真っ直ぐ向けて。
「人の身をやめて得た力は、どの程度の物か。貴様の刃がどれ程か、見せてみろ!」
「……良いだろう。貴様がそれを望むのならば、な」
静矢の言葉を聞いた正宗が刀を平らに構えると、彼の周囲で強力な風が渦を巻き始めた為、それを戦闘開始の合図と汲み取った六人は、予め打ち合わせていた通りの布陣で戦闘を開始する。
そして絃也と雫が一直線に防壁型サーバントの元へと迫っていく事を確認した正宗は、二人に向けて風刃を放つべく刀を振り抜かんとするが、料金所付近に身を潜めている栄斗がそれを見逃さず、遠距離から正宗の狙撃を試みる。
「……あんたを、蜂の巣にします」
嗜虐的な笑みを浮かべながら狙撃銃の引き金を引き、弾丸を発射する栄斗ではあったが、正宗は自分の元へと飛んでくる弾丸の存在に気付いては即座に反応を示し、風を操る事でその弾丸をいとも容易く弾いた。
しかし、栄斗の放った弾丸に気を取られていた正宗が前を向くと、既に彼の正面には静矢とエイルズレトラ、更にはその頭上に夜姫が迫って来ていた為、正宗は素早くサーバントの近くまで後退し、壁に背を預けるような形で刀を真っ直ぐ構える。
「貴様らがどの程度の力を有しているのかは分からんが……相手をしている余裕は無さそうだ」
チラリと雫達の方へと視線を向けてはそう呟いた正宗は、今はサーバントの護衛よりも自分の身を案じる事が最優先であると判断したようだ。
だが、その間に正宗の前にまで接近したエイルズレトラは影分身によって自分の分身を出現させ、そして他の撃退士や自身の召喚した召喚獣と共に正宗の包囲を行う。
中でも静矢は雫と正宗の射線上に立つような形で身構えている為、それを見た正宗は、静矢を突破しなければどう足掻いても雫達を阻止出来ないと判断し、瞼を閉じては息を吐く。
しかし、そうした正宗はそれならそれで、と言わんばかりに刀の柄を握る手に力を込めながら、鋭い眼光を静矢の方へと向ける。
「……貴様は何が為に刀を握り、敵を斬る? 己の名誉か、それとも己が生きる為か。貴様は戦う者として、どのような生き方を望んでいるのだ?」
だが、正宗が静矢に問いをかけている間にも素早く立ち回っていたエイルズレトラが、正宗の側面を取っては彼の元へと接近し、そしてアウルで生成されたカードを至近距離で爆発させようとしていた。
「貴様とて、何の考えも無しに私の元へ来た訳ではないのだろう?」
「戦う者としての生き方? 考えたこともありませんねえ。僕にとって、人生とは戦う事そのものですから」
エイルズレトラの行動に反応しては彼の方へと刀を構えながら振り向き、そう問いかける正宗ではあったが、エイルズレトラは正宗の問いかけにそう答えた後、即座に至近距離でカードを爆発させる。
しかし正宗は強力な風を纏っている刀でその爆発を防御し、エイルズレトラの懐へ素早く飛び込んでは刀を振り抜かんとする。
「人生とは戦う事、か……それも一つの答えだな」
だが、そう言っては刀を一閃させようとする正宗の行動を見切ったエイルズレトラもまた、自分そっくりの人形を作り出してはそれを身代わりにする事で、正宗の攻撃を的確に回避しては素早く距離を取った。
そしてエイルズレトラと入れ替わるようにして正宗の元へと接近した静矢は、その刀にアウルの力を込めて強力な一撃を放とうとする。
しかし静矢の攻撃に反応した正宗もまた、刀により一層強い風を纏わせては全力で彼の刀を弾き返し、勢い良く衝突した刃と刃が火花を散らす。
「強者との戦いも楽しい、自分がどこまで通じるか知りたいのもある。だがそれ以上に……私は、アウル持たぬ人々を護る為に剣を振るっている」
「人を護るべくして、敵を斬る……か。だが所詮、我々は奪う者でしか無いという事を忘れるな!」
睨み合い、正宗に向けてそう言い放った静矢に対し、正宗は彼に向けて言葉を返してはもう一度刀を振り下ろさんとする。
しかしその瞬間、上空より夜姫が、自らの魔力を雷の形に作り変えては放出し、それを手足に纏わせながら突っ込んで来ようとしていた。
それに気付いた正宗はそれを見切ったようにして夜姫の攻撃を刀の表面で受け流しては、自身の足元に風刃を放つ事で半ば強引に夜姫と静矢を後退させる。
だが、二人が後退させられるのと同時に防壁型サーバントの元へと到達した雫と絃也。
防壁型サーバントと向き合った雫は、全身を循環しているアウルを、邪神をその身に宿しているが如き魍魎の様な形に変化させ、その上で禍々しい紅い光を放つ力を宿している武器を大きく構えては、防壁型サーバントに向けて強力な一撃を放つ。
彼女の放った技が乱れ雪月花と名付けられているように、その一撃は美しくも凶悪なまでの威力を発揮しており、防壁型サーバントが自身の肉体の表面に展開している薄いシールドを易々と打ち破ってはサーバントの肉体に大きなヒビを入れ、防壁その物を大きく揺らがせる。
「これでは数分も持ちそうに無い、か……だがそれならば、足掻くだけ足掻いてくれよう」
そんな様子を見た正宗は、完全に割り切ったようにして、その視線を雫と自身の射線上に立っている静矢の方へと向けた。
しかし、雫に続いて練気を済ませた絃也もまた、力強い震脚を行っては肘撃、靠撃の順で防壁型サーバントに強力な攻撃を行い、防壁型サーバントの肉体に、雫の一撃と同等とは行かないまでもヒビを入れる。
だが、防壁型サーバントの防衛へ向かうよりも以前に自身が包囲されている事を理解している正宗は静矢に向け、言葉を投げかける。
「我々は所詮、戦って何かを奪う事でしか生きる事が出来ないのだ。一度は砕かれた私の誇りもまた、結局は戦の中でしか通用しない物。故に、若き剣士よ――私の攻撃を、凌ぎ切れるか!」
そう言った正宗は、その場で跳び上がっては壁を踏み台にして弾丸の如きスピードで静矢の元へと急接近し、そして至近距離で静矢の足元に風刃を放つ。
至近距離で放たれたが故に静矢は風刃を回避する事が出来ず、静矢はそのまま宙に打ち上げられては、彼の元へと跳び上がっては刀を構えた正宗と再び睨み合う。
「この風が貴様に運ぶのは、名誉か――或いは、死か!」
正宗はそう言いながら強い風を纏っている刀を振り抜こうとするが、遠距離から正宗の事をしっかりと捉えている栄斗はそれを見逃さず、狙撃銃の引き金に指を当てて。
「はい、その攻撃カットです」
そして彼の放った弾丸は正宗の刀に命中し、それによって威力の弱まった正宗の一閃に静矢が刀をかち合わせる事で、風神三連撃の一撃目を凌ぐ。
刃と刃が衝突するのと同時に火花が散り、静矢は宙に浮き上がっている状態にも関わらず何とか体勢を保とうとしては、口を開いて。
「人々を護り抜くという己が意思の為に剣を磨き、振るう……それが私の戦い、生き方だ!」
正宗に向けてそう言い返した静矢は、絶え間なく振り抜かれた正宗の刀を再び弾き返すが、静矢の言葉を聞いた正宗は何処か満足気な笑みを浮かべる。
「その志、実に見事。だが、私も剣士だ! 己の誇りの為に、我が主の為に、刀を振るわせて戴く!」
そして正宗はそのまま目にも留まらぬ速さで刀を振り下ろし、静矢はその攻撃に反応する事が出来ず、彼は三連撃目の攻撃を受けてそのまま地面に叩き落とされた。
「戦う者としての生き方、ですか……。そうですね、今の私の生き方は自己満足の為の自己犠牲、でしょうか? この命に代えても、仲間を守るだけです」
だが、静矢が叩き落とされるのと同時に夜姫が正宗の背後から、自らの血と魔力で作り出した黒い雷を武器に纏わせては、それを光をも斬り裂く速さで一閃させようとする。
「さすがに上空では分が悪いか……!」
夜姫の攻撃に反応した正宗は身体を捻っては刀を振るう事で直撃を防ぐが、それでも衝撃によって弾かれ、正宗は防壁型サーバントへ攻撃を行っている雫達の背後に落下した。
それを好機と見た正宗は即座に体勢を立て直し、雫と絃也の元へと突っ込んで行くが、一方で絃也と雫は、防壁型サーバントのヒビの入っている部分を破壊するべく、同時に強烈な一撃を加えようと呼吸を合わせる。
「壁の向こうには何があるのか、それを確かめさせてもらおうか」
そして絃也がそう言っては同時攻撃が行われた瞬間、ヒビの入っていた部分に大きな穴が開くのと同時に、サーバントが展開していたシールドが一瞬にして消滅した。
「くっ、潮時か……」
防壁型サーバントの機能が停止した事を確認し、雫と絃也が正宗の方へと振り向くと、正宗はそう呟いては二人の前で立ち止まり、刀を下ろす。
「その一撃は、並の者では到底扱えそうにないのだがな。一体貴様は、その裏にどのような信念を秘めているのだ?」
「自身が納得の行く終わり方を求めて生きて行く事……。望むのは平穏な日常を取り戻して刃を置く事だけど、心半ばで命を落としてしまうかも知れませんが」
正宗の問いかけに対し、雫がそう答えると、正宗は彼女の言葉を聞いては息を吐いて。
「……難しい話だな」
「だけど、私は戦いを求めて戦う戦鬼は認めない。死を撒き散らし、破壊するだけで何も生み出さない歩みは、死んでいないだけで生きているとは言わない」
雫が正宗に向けてそう言い切ると、正宗は満足気な表情を浮かべてはふっと笑い、そして雫と絃也の方へと背中を向ける。
「やはり……強さの裏には、断固たる生き方のような物があるのだな」
そう呟いた正宗は疾風の如き速さで、高速道路から撤退していく。
夜姫は正宗が撤退していく方向を上空から確認し、そして正宗の姿が見えなくなった事を確認した上で、防壁型サーバントの奥へ視線を向ける。
すると、どうやらこのサーバントが機能停止するのと同時にもう一体のサーバントも撃破されていたようで、高速道路内部に展開されていたシールドは完全に消滅していた。
それを確認した六人は高速道路内部へ突入、偵察を試みるが、高速道路内部には何も無く、そして見る限りでは何かが行われていた痕跡すらも無いようだった。エイルズレトラは他の五人よりも若干先行して何らかの危険物が無いかどうかの確認も行うが、やはりおかしな物は一切仕掛けられていない。
「やはり、これは何かの陽動……?」
現状を確認し、この戦闘の裏に何かがあるのではないかという事を考え始める栄斗ではあったが、その一方で向かい側からサーバントを撃破した別部隊が突入してきた事を確認した静矢は、事が終わった事を確認し、調査班の到着を待つのだった。
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「すまない、待たせたな。此処からは、俺達が調査を進めよう。ご苦労だった」
それから暫くして、サーバントが撃破されたという連絡を受けた黒瀬信志が調査班を連れて現地へ到着し、他の六人の撃退士から引き継いで現場の調査を開始する。
だが、信志を含めた調査班による細部にまで及ぶ調査を行っても、やはり高速道路内部には何の変化も無く、そもそもこの防壁型サーバントを設置して高速道路を剥離したという行動自体が『フェイク』であった事が判明した。
「……此処まで大規模な行動がフェイクとは。一体、奴等は何を目的としてこのような行動を取ったんだ?」
栄斗が考えていたように、この戦闘の裏には何かしらの意図がある事を察した信志は頭を悩ませるが、それでもこの作戦の真意に近付くべく、完全に機能が停止したと思われる防壁型サーバントの調査を進める為に、サーバントの元へと歩み寄ってはそれにそっと手を伸ばす。
「――!」
だが彼がサーバントに触れたその瞬間、彼の脳裏に、彼が前線から退く原因となった『罪の記憶』がフラッシュバックし、彼は頭を押さえた。
「一体、何が――!?」
自分の身に一体何が起きたのかと混乱する信志ではあったが、その次の瞬間に彼は何らかの気配を感じ、後ろに振り向く。
そしてその気配の原因を捉えた信志は咄嗟に刀を取り出し、超遠距離から飛来した『何か』を斬り落とした。
武器を握った信志の瞳は紅く染まり、狂気を帯びていたが、彼はそれ以上の事はせずに軽く頭を振っては武器をしまい、地面に落ちている何者かが放った矢を確認しては、警戒を続けながらも調査を進める事にしたようだった。
「主よ、あの者ならば……我々の実験に耐え得るかもしれないな」
だが、一瞬ではあるが表に出る事となった信志の撃退士としての力と、その内に秘めたる狂気を見ていた正宗は、何処かからニヤリと笑いながら、そう呟いたのだった。