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某日、市街地の外れに位置する場所にある道場前。
剣士を打ち倒すべくこの場所へ来た五人の撃退士達は、道場の前で腕を組みながら立っている剣士と対峙する。
「……来たか、撃退士達よ。待ち侘びたぞ」
撃退士達を前にするや否や、鞘に納められた刀の柄に右手を当てる剣士ではあったが、それを見た佐藤 としお(
ja2489)が剣士の前へ歩み出て。
「僕は久遠ヶ原学園高等部三年、佐藤としお。まずは貴方の名前を教えて頂けませんか?」
としおの堂々とした挨拶を聞き、フッと笑った剣士は刀の柄に当てた手を下ろした後、彼と向き合っては口を開く。
「私は一正宗だ。私と同じく、尋常に勝負を望む者と出会えたようで嬉しいぞ」
剣士は正宗という名を名乗り、としおが自分との決闘を望んでいると思ったのか何処か満足げな表情をしたが、その時、依頼を受けた訳でも援護要請を受けた訳でも無い鎖弦(
ja3426)が何処からか姿を現し、としおの隣に並ぶようにして正宗と向き合った。
「旨いおはぎ屋があると聞いて来てみれば……全く、因果なものだな」
どうやら鎖弦はおはぎを求めてこの場所へ来ては偶然この現場に遭遇してしまったようだが、天魔を滅する事は自身の存在意義であるとし、彼も戦闘に参戦する事にしたようだ。
「本当は一対一で勝負したいけど、僕一人じゃまだ貴方の相手にはならないでしょう? だから、貴方を満足させる為にも僕達全員で相手をさせてもらいます!」
そしてとしおは、自分を除く五人の撃退士達の方へ視線を遣り、彼自身も含めた六人で正宗との戦闘を行うと宣言する。
「良いだろう、それも一つの戦だ。私が勝つと分かっていても尚、力無き者達を斬る事など、主からの命令でなければそもそもしたくない事なのでな。期待を裏切ってくれるなよ」
恐らく正宗は、剣士としての誇りから、自分よりも強き者と手を合わせる事を望んでいるのだろう。それ故に、主からの命令であろうとも少なからず不満のような感情を抱いているようだ。
自身がこれから手を合わせる事となる撃退士達が強敵である事を願うようにして鋭い視線を向けた正宗は、刀の柄に手を当てた。
「フザけた真似してんじゃねぇぞ、この野郎!」
しかし正宗の背後、道場内に大量の死体が転がっている事を視認した獅堂 武(
jb0906)は、これだけ大量の人間を斬っておきながらも平然とした表情をしている正宗を怒鳴りつける。
「主に忠誠を誓い、主の為に剣を振るう事こそが剣士である私の運命なのだよ。どの時代でもそうだ。武士たる者は主の命令によって動き、主の命令であれば何者が相手でも斬り伏せる。剣士としての誇りも、主の命令に従う上でのみ成り立つものなのだ」
だがそんな正宗の主張を聞いた嶺 光太郎(
jb8405)もまた彼の前へと歩み出た後、面倒くさそうにしながらも正宗と向き合った。
「面倒くさそうな奴だな、おい……誇りとか、疲れねえのかね」
光太郎に続き、今度は若菜 白兎(
ja2109)が彼の前に歩み出て、反論を行う。
「違うの、こんなものは剣士の誇りじゃないの。貴方はただ自分勝手で、強欲なだけ……」
「……そうだな。だが、貪欲に力を求め続けたからこそ、今の私があるのだろう。主の命令が例え私の誇りに反するような物であろうとも、私はそれを受け入れ、任務を遂行しなければならない。それが私に科せられた罰であり、そしてその罰こそが今も私の誇りを生かし続けているのだ」
剣士としての誇りが許さないような弱き者を斬れと命じられても、自分自身の事を咎人と捉えている正宗は、剣士としての誇りを生かし続ける為にその任務を遂行しなければならないと考えているようだ。
しかし、正宗がそう主張しようとも譲ろうとはしない白兎は、言葉を続ける。
「……だから私は、仲間を護るっていう自分への誓いを以て、貴方の誇りを打ち砕いてみせるの」
彼女の言葉を聞いた正宗は組んでいた腕を下ろし、抜刀の構えを見せた。
「さてと……久しぶりに、目ぇ覚ましていきますか」
刀を構え、黒風と共に解放された力を纏った十三月 風架(
jb4108)は、正宗を迎え撃つ姿勢を見せる。
「……貴様に言われずとも、わかっている。本気で行くぞ」
愛刀である白皇と会話し、漆黒のアウルを解放させた鎖弦は、刀を構え、誰よりも早く先陣を切って正宗に正面から突っ込んでいく。
「行くぞ! 誓いを以て私の誇りを打ち砕かんとする者よ、私を斬り伏せてみせよ!」
鎖弦が正面から走って来るのを見て、刀を構えた正宗もまた彼を迎え撃つ為に、疾風の如き速さで鎖弦の方へと突っ込んでいく。
すると、鎖弦は正宗との距離が詰められるや否や、刀を瞬時に振り抜き、刀に纏わせた風を撃ち出す。
「風の技か、面白い……!」
竜巻のように渦を巻きながら迫ってくる風を見た正宗は、自身もまた刀を一気に振り抜き、凄まじい威力を持った風の刃を放つ。
そして撃ち出された風と風は衝突し、相殺され、風を突破した鎖弦と正宗は刀をかち合わせた。
正宗はそのまま鞘を左手で持ち、右手に握っている刀で鎖弦の刀を弾き返した後、後方よりとしおが放った弾丸を的確に弾き落とす。
鎖弦に続き、彼の後方から飛び出した風架が素早く刀を振り下ろすが、正宗は鞘で彼の刀を受け止めては反撃をするようにして刀を振るい、風架を後退させる。
そして正宗はそのまま流れるように刀を鞘に納めようとするが、鎖弦や風架の後ろから光太郎が鞭でそれを弾いた為、正宗は納刀する事を諦めて息を吐いた。
「……成る程、確かにこれは相手にとって不足無しだ」
「まだこんなもんじゃねぇぞ!」
だがその時、鎖弦達の近くで刀印を斬った獅堂が四神結界を発動し、正宗を含めた剣士達の周囲に結界を張る。
「随分と厄介な真似をしてくれるな……しかし、貴様の太刀筋は中々の物と見た」
そう言った正宗は風架に視線を向け、正宗が風架に狙いを定めた事を見逃さなかった白兎は彼にアウルの鎧で援護を行うが、その瞬間に一歩退いては目にも留まらぬ早さで刀を鞘に納める正宗。
そして疾風の如き速さで風架の懐に飛び込んだ正宗は瞬時に刀を振り抜き、風を放つ。至近距離であったが故に風架はそれを回避する事が出来ず、彼は大量の砂利と共に上空へと打ち上げられた。
「この戦で勝利を得るのは私の刀か、それとも貴様の刀か――」
刀を下げた正宗は、上空へ打ち上げられた風架の元へと跳び上がり、そのまま刀を振り抜かんとする。
「そう簡単にはやらせません!」
としおは回避射撃を試みるものの、風刃によって巻き上げられた砂利によってとしおは風架と正宗の姿を正確に把握する事が出来ず、正宗の刀に弾丸を命中させる事に失敗する。
「参るぞ!」
「ッ……!」
力強く振り抜かれた刀を風架は爪で受け止めたものの、一撃で防御態勢を崩されてしまい、流れるように一回転して繰り出された二連撃目が彼の胴を切り裂く。
「その程度か、若き剣士よ!」
そして正宗は刀を振り下ろし、風架を斬るのと同時に彼を叩き落とす。
自身の身体をクッションにして風架を受け止めるべく走っていた白兎ではあったが、風架が叩き落とされるまでに移動が間に合わず、風架はそのまま地面に叩きつけられ、それと同時に大量の砂利が巻き上がった。
「大丈夫、すぐ治療するの……!」
二回の斬撃と叩き落としを受けた風架の意識は少し遠退いていこうとしていたが、駆け寄ってきた白兎の祈りによって彼はなんとか意識を保ち、空から降り注いだ淡青色のアウルを受けて少しだけ傷が癒された。
一方で、三連撃を終えて着地し、撃退士達との間に距離を置くべく後退しようとする正宗ではあったが、着地の隙を捉えた鎖弦が正宗の元へと詰め寄り、刀を振り下ろす。正宗は鎖弦の刀を的確に刀で受け止め、緊迫した状況の中、彼と視線を合わせた。
「誇りか……くだらんな。所詮貴様も俺も、戦いの中でしか生きられぬ殺戮兵器なだけであろう?」
「確かに、私はそうなのだろう。戦の中で敵を斬り、主に忠誠を誓わなければ誇りを持つ事すらも許されない。だが、その中でも持ち続けている誇りこそが私の生き方を示している。誇りを持ち続けている事こそが、私が剣士である事の証明なのだ!」
そう言って鎖弦の刀を力強く打ち返した正宗は刀を平らに構え、反撃の機会を伺う。
だがその時、鎖弦の後方からとしおが射撃を行い、正宗は反射的にその弾丸を鞘で弾こうとするが、弾丸を受けた鞘の中心部分が少しずつ溶け始めた事を受け、正宗はとしおの方へと視線を遣る。
「それが無いと技が出せない様ですね?」
「……小癪な真似を。だが、その程度では私の技を破る事は敵わんぞ」
しかし何らかの策があるのか、正宗は表情を変えず、そのまま先程までと同じように刀と鞘を構える。
その一方で、三連撃を受けて深手を負ってしまった風架は一度正宗との間に距離を置き、白兎からの治療を受けていた。
「無茶はダメなの。治療するから少しだけ我慢して欲しいの」
「ありがとうございます。でも、次の攻撃の隙を狙って足止めを狙ってみるつもりです」
ヒールによる治療を受けた風架は即座に立ち上がり、心配そうな表情をしている白兎を横目に、戦っている撃退士達の元へと復帰を急ぐ。
「させねえよ……大人しくしてろ」
そんな中、一度撃退士達との間に距離を置いて刀を鞘に納めようとする正宗の側面に回り込んだ光太郎は正宗の足元に炸裂符を投げ、移動を阻害する。
更に獅堂が光太郎の攻撃に続いて素早く正宗の正面から斬りかかろうとした為、正宗は後退する事を諦めて刀で獅堂の刀を受け、それを打ち返した。
「もはや風を封じる器も必要無し、か……。良いだろう」
そう言った正宗は鞘を上空に投げては跳び上がり、宙で刀を鞘に納めては、鞘に納められた状態の刀をそのまま振り抜いた。
すると、としおの銃撃によって溶けかかっていた鞘は粉々に砕け散り、先程よりも数倍強い風を纏った刀が姿を現す。正宗はそのまま折り返すように刀を一閃させて風を放ち、放たれた風刃は一瞬の内に獅堂の足元へ着弾、獅堂は咄嗟に乾坤網を使用する事によって衝撃を和らげたものの、風は彼を砂利と共に上空へ打ち上げた。
上空でニヤリと笑った正宗は、着地するのと同時に獅堂の元へと急接近、刀を両手で構えながら振り抜こうとする。
「全部見えてんだよ!」
乾坤網によって衝撃を和らげた事で比較的身体の自由が効く獅堂は、空中で素早く体勢を立て直し、振り抜かれた最初の一閃を手甲でいなす。
正宗はそのまま獅堂を斬ろうとするが、今度は正確に狙いを定めたとしおが弾丸を正宗の刀に命中させる。
「今度こそはやらせませんよ、絶対に!」
としおの援護を受けて二連撃目を刀でいなした獅堂は、三連撃目の一撃を繰り出さんとする正宗を前に、刀印を斬って闘刃武舞を発動した。
「何……!?」
「此処は俺の間合いだ、コノヤロウ!」
招来した無数の剣が演舞を行う事で正宗の三連撃目を弾くだけでなく、そのまま正宗を打ち落とした獅堂は無事に着地し、再び武器を構える。
また、打ち落とされた正宗は咄嗟に体勢を立て直したものの、隙を狙って接近した鎖弦が、アウルで形成された雷を纏った刀を瞬時に一閃させ、正宗の肩を切り裂く。
そして鎖弦の攻撃に合わせるようにして射撃を行ったとしおだったが、正宗は素早く反応して弾丸を弾き落とし、一歩後退する。
「今度こそ、行きますよ」
だが、後退の隙を狙うようにして正宗との距離を詰めた風架が、足元に零した自らの血を円錐状に伸ばし、枝分かれさせながら正宗の胴体を刺し貫いた。
「赤の風は死神の力、血を操り命を刈り取る力也」
風架の言葉が意味する通り、血針に貫かれた正宗は身体の自由が効かず、その場で釘づけにされたような状態に陥る。
その隙を見た白兎が風架にライトヒールをかけると、獅堂と光太郎が流れるように追撃を行い、正宗の身体を切り刻んでいく。
「実に良い、私はこのような戦いを望んでいたのだ……! だが風神の奥義を基とし、私が追い求めた風の奥技を打ち破る事はそう簡単ではないぞ!」
強靭な精神力の下、血針を打ち破った正宗は瞬時に撃退士達と距離を取り、刀を振り上げた。
振り上げられ、天に掲げられた刀の周囲で風が渦を巻き始め、そしてそれはいつしか竜巻の如き強大な渦となる。
「……これを受け止められるか、若き剣士達よ」
刀を構えた正宗は撃退士達に向け言葉を投げかけるが、それを諸共せず白兎が正宗の前へと歩み出て、仲間を護るという誓いを胸に立ち塞がった。
「行くぞ、受けてみよ! 我が奥技を!」
そして正宗が刀を振り下ろすと同時に放たれるのは、彼の奥技である、一式・真空波。
強大な竜巻を一本の曲線に凝縮したような真空波は、当たった物を切り刻みながら破壊するだけの威力を持っているが、真空波に対してとしおはダークショットを、獅堂は闘刃武舞を放ち、更に光太郎が炸裂符を投げる。
「眠れ、誇り高き風神の剣士よ……貴方の魂、黒風の死神が貰い受けましょう」
三人の攻撃によって威力の弱まった真空波に正面から突っ込んでいく鎖弦と風架。鎖弦の雷刃と同時に風架が天叢雲凶蛇を放つと、真空波は彼等の前で相殺され、それを見た正宗は刀を下ろし。
「……私の技も、この程度という事か」
「これで、終わりなの!」
正宗に対し、武器を素早くツヴァイヘンダーに持ち替えた白兎は、全力でそれを振り下ろし、正宗の左眼を斬る。
左眼を斬られた正宗は、何処か満足気な表情をし、膝を着くのだった。
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「正宗敗れたりっ!」
としおが正宗の方を指差しながら宣言すると、正宗はそれを受け入れたようにして頷いては刀を下ろしたまま立ち上がり、彼等に背中を向けた。
「……君達の誓いや誇りもまた、本物だったのだろう。故に私は敗れた。出来る事なら死ぬまで斬り合いたいのだが、それは許されないようなのでな」
正宗は撃退士達の戦いを称賛したが、何処か遠くへ視線を向けた彼は溜め息を吐き、そして鎖弦と風架の方へ視線を向ける。
「修羅の道を生きる者と、黒き風の剣士。そして、私の連撃を凌ぎ切った者。いつか再び手合わせを願えるだろうか」
だが、正宗がそう言っている間に白兎が怪我を負った者達の治療を急いでいるところを見て、彼はふっと笑った後。
「私がこの場を去るという事は、君達に自らの誇りを打ち砕かれた事を認めるという事だ。私は好敵手である君達六人の姿を忘れはしない、いつか私が君達を斬るまではな」
そう言い残した正宗は、疾風の如き素早さでこの場所を去っていく。
そして白兎の治療を受け、戦闘中に負った傷を癒しきった撃退士達もまた、この場所を後にするのだった。
なお、鎖弦はおはぎを求めてこの場所へ来たにも関わらず正宗との決闘に参戦してしまった為、結局おはぎは売り切れで入手できなかったという――。