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とある日の、願いの丘へと続いている山中。ディアボロの特性の関係上、日没を待ってから出発する事にした撃退士六人と依頼者である西田義文は、道無き道を進み、願いの丘を目指していた。
義文は懐中電灯を手に撃退士達の前を進み、途中で道に迷わないようにしっかりと案内を行っている。道無き道と言われる通り、彼等は道標も何も無い上に整備すらされていない木々の生い茂った山の中を徒歩で登っているのだ。
「西田さん、少しよろしいですか?」
「ん、どうしたんだ?」
黙々と山を登り続ける中、義文の隣に並んだ鈴代 征治(
ja1305)が、義文と願いの丘に関連する事を問いかけようとする。
「西田さんは、何故この場所に来ようと思ったのですか? 何か願い事が?」
「……そうだな、あの場所は俺にとって特別な場所だからだろう。昔は、カミさんやちび助を連れて良く来たもんだ。それに、願い事もあると言えばある」
義文の言う「ちび助」とは、とある事情により彼の元から離れて行ってしまった幼き頃の息子の事であり、義文は過去の事を思い出すようにしながら、改めて前を向く。
「だがまぁ、今はそんな訳にもいかないんだけどな。物騒な化け物も出るご時世だ、そもそもこの場所に来ようと思う人も全く居なくなっちまった」
過去は、戻っては来ない。それと同じように、彼が自身の家族を連れてこの場所を訪れる事も、二度と無いのだろう。
義文はこれ以上何も言おうとはせず、征治も質問をするタイミングを失ってしまった為、黙って道案内を続ける事にしたようだが、彼等の後に続いている鷹群六路(
jb5391)は、辺りを見回しては緊張したような表情をして。
「願いの丘、か……なんかロマンチックですよね、星空が綺麗に見えて……それってつまり真っ暗っつーコトで……」
彼にとってこのような真っ暗なシチュエーションというのは少し苦手らしく、怯える事は無いもののソワソワと緊張しているような状態になっているが、彼の隣を歩いている瑞枝 螢(
jc0139)が六路の様子を見ては刀を手に持った。
「大丈夫です。霊などが出てきても、私がこの刀で一刀両断にしますから」
願いの丘に巣食う影を祓う事を目的とした彼女は迷いない表情で六路に向けてそう言った後、再び刀をしまっては前を向いた。
それから暫く歩き続けた七人は、道無き道を抜けて広場へと続いているボロボロの道を進み、願いの丘の入り口に到着する。
「それじゃ、此処からは任せたぞ。俺は足手まといになるだけだろうから、身を隠しておく」
撃退士達にディアボロ退治を任せた義文は、懐中電灯を手に願いの丘から少し外れた場所で身を隠す事にしたようだ。
そして義文が身を隠した事を確認した六人は、ナイトビジョンを持っている者はナイトビジョンを着け、暗闇に目を慣らす事の出来る者は暗闇に目を慣らした後、広場の中へと踏み入っていく。
すると、広場の中心――広場へ踏み入った撃退士達の目の前に、人の姿形を模った影のようなディアボロが自ら姿を現す。
だが、ディアボロは撃退士達を確認するや否や六人を嘲笑うような仕草を見せた後、攻撃等を行う事もなく、すっと暗闇の中に姿を溶け込ませた。
「どんな面してる天魔か知らないけど、私がケシズミにしてやるわ」
姿を隠したディアボロに向け、阻霊符を使用しながら言葉を投げかけた六道 鈴音(
ja4192)。そして、彼女の隣で翼を広げたアヴニール(
jb8821)は、夜の空へと舞い上がる。
「我は、上空から敵の動きを観察するかのう。そして、出来る限り敵の動きを皆に伝えるようにするのじゃ」
アヴニールは上空から広場全体を見下ろすようにして、ナビの役割を果たす事にしたようだ。
その旨を了承した他の撃退士達は、出来る限り姿を現したディアボロに対応出来るような立ち位置に陣取った後、鈴音と六路、剣崎・仁(
jb9224)と螢の組み合わせで背中合わせになり、背後を取られないように警戒を強めていく。
「姿が見えないのは、少し厄介ですね……」
そして姿をくらましているディアボロの奇襲を警戒した征治は精神を研ぎ澄ませ、姿を隠しているディアボロの大体の居場所を探る。
「どうやら、あの影は暗闇に紛れながら辺りを素早く動き回っているようです。大体の場所は分かりますが、はっきりとした場所はまだ掴めません」
姿を闇に隠したまま止まる事無く辺りを動き続けているディアボロの正確な場所を掴めずとも、大体の動きを把握出来ている征治は、その旨を他の撃退士達に伝えた後、警戒を続ける。
「空からも、敵の姿は見えないのう」
「それなら、頼んだわよっ」
アヴニールも敵の姿を捕捉出来ていない事を知った鈴音は、幼きヒリュウを召喚しては空に飛び立たせ、視覚共有で少しでも敵の動きを見逃さないように対策を強めた。
だがそんな中、何処からか不気味な笑い声のような物が聞こえてきて、そして一人だけ誰とも背中を合わせていない征治の背後にディアボロが突然姿を現し、右腕部分を大きな爪のような形に変化させては彼に斬りかかろうとする。
しかし、生命探知によってディアボロの居場所を把握していた征治は、咄嗟に振り向いてはワイヤーを緊急活性化し、ディアボロの爪を受け止めた。
「征治の背後に敵が現れたのじゃ!」
受け止めた爪を征治が押し返すのと同時にアヴニールが撃退士全員に向けてディアボロが出現した事を呼びかけると、月明かりを頼りにディアボロの場所を捉えた六路は、征治に攻撃が当たらないようにディアボロの側面へと回りつつ。
「火遁・火蛇、撃ちまーす!」
そして混乱を防ぐ為に自身の行動を声に出した彼は、ディアボロに向けてアウルの力で呼び出した炎を放つ。
だが、声を出した事が裏目に出たのか、ディアボロはいとも簡単にそれを回避し、何処か笑っているような様子を見せた。
しかし、ディアボロが攻撃を回避した事によって生まれた隙を突くようにして、仁が的確にマーキングを撃ち込む事で、更にディアボロの位置を正確に把握出来るようにしていく。
マーキングを受けたディアボロは、攻撃の矛先を仁に向けようと彼の方へ視線を向けたが、その間にディアボロの背後を取った鈴音。
「燃え尽きろ! 六道呪炎煉獄!!」
彼女が放つのは、紅蓮の炎と漆黒の炎が束なった、六道家に伝わる炎の魔術最大奥義。
放たれた業火は瞬く間にディアボロの元へ到達、その全身を炎の中へ呑み込んだ。
「闇に紛れぬ間に、一気に畳みかけましょう!」
炎に包まれ、熱によって身体の自由を奪われたディアボロに追撃を加えんとするのは、螢だ。彼女は鞘に納められた刀を手にディアボロの懐へ素早く潜り込んでは、鞘から一気に刀を振り抜き、鋭い一閃でディアボロの右腕を斬り落とす。
「暗くて静かで過ごしやすかったんだろうけど、この場所を大切に思ってる人もいるんだ……だから、明け渡してもらうよ!」
螢に続き、槍を構えてはディアボロの正面から薙ぎ払い、仲間の方へとディアボロを追い詰めていくように槍を何度も振り続ける征治。そして、ディアボロがアヴニールの真下に到達したその時。
「これで、トドメじゃ!」
アヴニールは雷を剣の形に変化させ、それを片手にディアボロの直上から急降下を行う。
そして、彼女は滑空の勢いをそのままに雷の剣でディアボロを頭から真っ二つに切り裂き、人の姿形を模った悪夢のようなディアボロを撃破したのだった。
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ディアボロを撃破した撃退士達が個々自由に行動する中、鈴音は一人、戦闘中は身を隠すと言っていた義文の姿を探していた。
「西田さ〜ん、もう大丈夫です。どこですか〜?」
「ああすまない、此処だ。良くやってくれたな、ありがとう」
鈴音が義文の事を呼ぶと、彼は自ら鈴音の元へと姿を現した後、ディアボロを倒してくれた事について礼を述べた。
「ところで西田さんは、なんでこんな時間に此処へ来ようと思ったんですか?」
義文が何故暗くなってからこの場所に来ようと思ったのか疑問に思った鈴音は、それに関する事を彼に問いかけるが、義文は黙って鈴音に空を見上げるように促しては自分も空を見上げた。
「此処は、この通りで星空が綺麗に見える場所だ。夜にこの場所へ来れば、満面の星空が俺達を迎えてくれる。苦労してまで夜に来ようとしたのは、こういう事なのさ」
(戦闘に集中していて気付かなかったけど、確かに星空が綺麗ね……)
頭上に広がっていたのは、満面の星空。鈴音は戦闘に集中していた為に、それこそ今この時点まで星空に気付く事は無かったが、キラキラと輝く無数の星々を前に、肩の力を抜いてじっくりとその星空を眺め始めた。
「ココって、西田さんのとっておきの場所だったりするんですか?」
「ああ、昔から何度も良く来ているのさ……それこそ、カミさんにプロポーズしたのも此処だったからな」
彼は決して自分の妻と息子が自分の元から離れていってしまった理由こそ話そうとはしないが、自分がこの場所へ来た時の事を思い出しながら、息を吐く。
すると、義文の話を聞いた鈴音は、空で輝く無数の星に向け、自身の姉と幼馴染の姿を脳裏に思い浮かべながら、手を合わせる。
(お姉ちゃん……と、ついでにアイツが怪我無く元気でいられますように)
星空に願いを込める鈴音の邪魔をしては悪いと思った義文は、彼女の隣から離れていき、願いの丘で星空を見上げている撃退士達の後ろ姿を眺めながら、何処か満足気な表情をした。
「君も、星空が好きなのか?」
「ああ。俺は……何故か分からないけど、星空が好きなんだ」
そして義文は、自身の近くに居た仁の隣へと歩み寄って行き、彼に声をかけた。
仁は星空を見上げながら義文の質問に淡々と答え、今度は彼の方から言葉を続ける。
「……お前は? 何か特別な感情でも?」
「そうだな、俺はいつでもこの星々の事を忘れないようにしようと思っている。時が流れるに連れ、人々は綺麗な星空を眺める事も、そして輝く星々に願いを込める事もしなくなってしまったからな」
時の流れとは非情な物で、人が古来から夜間は星々に見守られてきたという事実すらも、少しずつ消し去っていく。
都会からはこのような満面の星空を眺める事は出来ないし、この場所もいつかは願いの丘と呼ばれる事も無くなってしまうのかもしれない。
……だから、義文はそんな「当たり前の事」を、時が流れても尚忘れないようにしようとしているのだ。
「そう言えば、願い事をするのには、人が居ちゃ邪魔だな。お前の願いや想い、届くといいな」
空を見上げ、何かを願っているような義文の姿を見た仁は、彼に言葉をかけた後、地面に座りながら星空を見上げているアヴニールの隣へと歩み寄って行き、大の字に寝転がった。
「どうしたのじゃ?」
「いや。少し、星について話そうと思ってな」
寝転がった仁の顔を覗き込むアヴニールではあったが、仁の返答を聞き、再び星空を見上げては、彼の星の解説に耳を傾ける。
(……星は、いつ見ても綺麗じゃのう)
アヴニールと仁は以前も星を共に眺めた事があるようだが、その時も星空が綺麗だったという。
仁の解説を聞きながら、彼女は未だに逢えぬ両親や執事、そして大切な家族の無事と笑顔を星空に願って。
「仁は、星に何を願ったのじゃ?」
「願い事……か」
アヴニールに問われ、一度は口を閉ざした仁ではあったが、彼は星の輝きを全身で受けながら、ふっと自分の願い事を脳裏に思い浮かべる。
「俺は、こんな星明りがずっと見られれば良いと思う」
「……そうじゃな。また来たいのじゃ」
仁の願いを聞き、ふっと微笑んだアヴニールは、彼と共に様々な想いを胸の内に秘めながら、再び空を見上げたのだった。
そしてまた別のところでは、征治が星を見上げては自身の彼女の事を思い浮かべ、他の撃退士達と同じように願いを星に込めている。
(……これからも彼女さんとずっと仲良く、二人一緒に幸せに過ごしたいですね)
歳月を経てこの身体が無くなろうとも、二人で幸せにいられるように。ハッピーエンドの後にも、この物語が続いていくように。
そんな想いを星に乗せ、征治はこの場所には居ない彼女の事を想う。
「夜空に願うこと、ねェ……なんも思いつかねェな」
その一方で、久遠ヶ原に来る前も人界に来る前もそれなりに楽しく、それなりに不満だったと感じている六路は、今も昔と変わらずそんな日常を送っている事から、特に願う事も無いまま夜空を見上げた。
しかし、それでも流れ星を見たいと思っている六路。そんな彼は、ふと神頼みでもしないと到底叶いそうにない事を思い出し、それを星空に願う事にしたようだ。
「はぐれ悪魔になった事、早めに母ちゃんが許してくれますよーにー」
彼がそう願った瞬間、キラリと一筋の流れ星が空を駆けた。それを見て六路は目を丸くしたが、その隣で同じようにその流れ星を見ていた螢は、星空に願いではなく決意を込めて。
(真の強さを。力でも、剣でもなく――心の強さを、護る為に私はもっと強くなります)
強い願いほど自らの努力によって叶えたいと思っている彼女は、小さな事でも小さな光でも感謝出来ることや、そのありがたさを忘れないでおきたいと願い、この丘と、この丘を伝えようとした義文に対し、礼を込めた。
そして、一人で離れた場所から撃退士達の後ろ姿を眺めていた義文は、次々と星空に願われているであろう願い事の事を思い浮かべながら、ふっと微笑む。
「どうか、覚えていて欲しい。この場所の事を、そしてこの場所で見た星空の事を。君達がこの星空に込めた願い事が、いつか叶うように」
人が願いを流れ星に乗せるという、古来より続けられてきた行為の事を人々が忘れないように、この場所に巣食っていた悪夢を打ち倒してくれた撃退士達の願いが叶うように、義文もまた星空に願いを乗せて。
「……時が流れ、人々や世界が変わろうとも、この場所から眺める星の輝きは変わっちゃいない。それと同じように、俺が眺めている星空をお前達も何処かで眺めていてくれるという事を、俺は願っているよ」
義文が胸元から取り出したのは、若かりし頃の彼と彼の妻、そして彼の息子が写っている写真の入れられたロケットペンダント。
今は彼の元には居ない、遠いところに居る大切な人の事を思い浮かべながら、彼は星空を見上げた。
今は若い撃退士達がいつか大人になった頃、この場所の事を思い出し、そして今日この日に願った事を思い出してくれるように。時が流れ、世界が大きく変わろうとも、いつまでも夢を持ち続けてくれるように。
様々な決意を胸に抱き、様々な想いを胸に抱いた七人の願い事を乗せた流れ星が、彼等の見上げる星空に零れ落ちて。
零れ落ちた流れ星は、キラリと一瞬の輝きを放った後、軌跡を描きながら星の海を駆けていくのだった――。