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六月某日。木野未来救出任務を受けた六人の撃退士達は、千葉県某市にあるマンション前の駐車場で騎士型サーバント二体の存在を確認していた。
そんな騎士の前に堂々と歩み出たのは、織宮 歌乃(
jb5789)、ロベル・ラシュルー(
ja4646)、そしてエイミィ・楠武(
jc0122)の三人だ。三人は揃って武器を構え、二体の騎士の注意を引くようにしながら、それと向き合う。
この三人は、木野未来を救出する為にマンションへ向かわんとする他の三人が迅速に行動を行えるように、駐車場に陣取っている二体の騎士を引き付けるという重要な役を担っている。故に、わざと敵の前に姿を晒し、マンションへ直行する三人に注意が向かないようにしているのだ。
「それじゃ、駐車場の二体はお願いするわねぇ」
そう言って深紅の翼を広げたのは、Erie Schwagerin(
ja9642)。彼女はマンションへ直行する救出班の一人であり、飛行してそのままマンション三階の通路へ向かおうという算段らしい。
「出来るだけ、急がないとねェ……」
マンション三階部分の通路に騎士の影のような物が見える事を確認した黒百合(
ja0422)もまた、Erieと同じように翼を広げ、二人揃って空へと舞い上がる。
そして空からマンション三階へ一直線に向かっていく二人に続き、ケイ・リヒャルト(
ja0004)は気配や足音を消し、騎士に気付かれないようにしてマンションへ向かっていったようだった。
「……さて。どちらが先に倒れるか、やってみようじゃないか」
Erieと黒百合、そしてケイがマンションへ向かっていった事を確認したロベルは、その場で阻霊符を使用した後、軽く息を吐く。
一方、二体の騎士は剣と盾を構えながら一歩ずつ慎重に三人との間合いを詰めようとしている為、それを見た織宮は、紅き破魔の鋭刀を平らに構えて。
「お相手願います、無粋な騎士。姫君の命を渡す訳にはいきませんので……」
そして彼女は、自ら素早く騎士との間合いを詰め、手にした刀を振り下ろした。だがサーバントとは剣で織宮の刀を的確に受け止め、そして押されぬように力を入れ返す。
織宮は刀の柄を握る手に更なる力を込めた後、剣を強く弾き、剣を弾いた事で生まれた隙を突くようにして、呪いの鮮血を纏った刀を一閃させた。鮮やかな赤色の刃は美しい軌跡を描きながら騎士の甲冑を切り裂かんとしたが、層の厚い甲冑を一撃で斬り飛ばす事は出来ず、甲冑の脇腹部分に傷を入れる。
しかし、攻撃こそ浅手だったものの、その一撃によって生まれた傷からは呪血が侵入していき、騎士の身体を蝕んでいく。
織宮と騎士が渡り合っている一方で、もう片方の騎士は空を飛んでマンションへと向かうErie達の後を追おうとしたようだったが、勢い良くハンマーを振りながら接近してくるエイミィに気付き、盾を構える。
「ボクの強さを、その眼に焼きつけろ!」
ハンマーを大きく振り回しながら騎士に突っ込んだエイミィは、遠心力の加わった強力な一撃を食らわせようとしたものの、騎士はそれを盾でしっかりと受け止め、盾にめり込んでいくハンマーを押し返そうと全身に力を込める。
「正面の敵に気を取られてると、足元がお留守だぜ?」
だがそれを隙と見たロベルがエイミィの後方よりソニックブームを放ち、騎士の膝にそれを命中させていく。そして膝に攻撃を受けた事で体勢が不安定になったサーバントは、力任せに盾でハンマーごとエイミィを押し返して後退させる。
また、その横でもう一体の騎士と剣を交えていた織宮も大きく振り抜かれた剣を回避する為に素早く後退し、自然な流れで撃退士三人と騎士二体が向き合うような形で、間に距離が置かれた。
「護るが為の緋刀と、騎士の剣。どちらがより綺麗で、どちらがより強い願いを宿しているか……いざ尋常に、勝負致しましょう」
そして、騎士に向けて真っ直ぐ刀を構えた織宮。
駐車場で騎士二体を引き付けている三人が一呼吸置いている裏で、マンションへ直行した三人もまた、ようやく三階の通路へ到達したようだった。
深紅の翼で飛行し、外から直接滑り込むようにしてマンション三階の通路に着地したErie。彼女が視線を向けた先には、丁度通路を進もうとしている騎士の姿が。
だが幸いにも、未来が居るとされている部屋の場所はErieの背後、この通路の奥に位置している為、騎士を此処で食い止める事が出来れば未来に危害が及ぶ事は無いだろう。
そしてErieと騎士が向かい合った事を確認した黒百合は、少しマンションの通路から離れた位置で滞空し、SR-45を構える。
しかし黒百合とケイの存在に気付いていない騎士は、正面に居るErieに気を取られ、無防備にも見える彼女を打ち倒そうと剣を構えながら走り出す。
「ふふっ、なるべく早めに倒してねぇ? 私、守りは薄いからぁ」
そう呟いたErieの前に、剣を大きく振り上げた状態の騎士が迫るが、その瞬間に階段を上り終えたケイが騎士の背後を取り、装甲を溶かす効果のある特殊なアウルの弾を騎士の背中に撃ち込んだ。
命中した弾丸は騎士の鎧を少しずつ錆び付かせるようにして蝕んでいき、その強度を確実に落としていく。背後から撃たれた事でケイの存在に気付いた騎士は、その場で剣を振り下ろさずに盾を背中に背負う事で背後からの銃撃を防ごうとしたようだったが、一連の動作に遅れが生じた騎士を見て、Erieがふっと笑みを見せる。
そして彼女が現界させたのは、純潔を司ると言われる白銀のユニコーン。ユニコーンは銀の雷を纏ったその清き角で、盾を背中に回してしまったが為に正面からの攻撃を防ぐ事が出来なくなったサーバントの甲冑の胴体部分に大きなヒビを入れる。正面から攻撃を受けた事で行動不能に陥った騎士は、その場で膝を着いた。
「…………」
行動不能に陥った騎士はもはや黒百合にとって絶好の的でしか無く、ニヤリと笑った彼女は、スナイパーライフルの引き金を引いて黒い霧を纏った弾丸を発射する。
その弾丸は的確に騎士の頭部を撃ち抜き、そして兜を粉々に粉砕した。
――兜が破壊された騎士の頭部には、もはや『頭』と言える物も何も無く、騎士の甲冑だけが意思を持って動いていたのだという隠された事実を明白にしていく。
「……あら、まだ立ち上がれるのね。不気味だわ」
だが、兜を撃ち抜かれても尚立ち上がろうとする騎士。不気味に動き続ける甲冑を前にしたケイは、黒百合に続いて黒い霧を纏った弾丸を発射、騎士の右腕を撃ち砕く。
しかしやはりそこにも『中身』は無く、更なる隙が生まれた事を確認したErieは、再び先程と同じようにユニコーンを現界させ、今度は甲冑にヒビを入れるだけに留まらず、その胴体部分に正面から大きな穴を開ける事で再び行動不能に陥らせた。
既に頭部と胴体、更には右腕までもを撃ち抜かれた騎士に止めを刺すようにして、黒百合は騎士の胴体に向けて発砲、甲冑の左肩部分を破壊する。
そして黒百合の攻撃を受けた騎士の甲冑は、まるで今まで甲冑を着ていた中身が消え去ったようにしてその場でバラバラに崩れ落ち、動かなくなった。
先程まで滞空していた黒百合は通路の手すりに着地し、ケイと共に今度は駐車場で戦い続けている二体の騎士へ銃口を向ける。
黒百合とケイ、そしてErieがマンション三階を制圧した頃、駐車場では一進一退の攻防が繰り広げられていた。
剣を振り下ろされては打ち返し、打ち返しては刀を振り下ろす。どちらの刃がより綺麗で、どちらの刃がより強い願いを宿しているのかを競うように、接戦を繰り広げる織宮と騎士。
騎士の剣を強く打ち返した織宮は流れるような動作で刀を振り抜き、騎士の兜に傷を付けたものの、怯む事無く攻撃を受けた騎士もまた剣を振り抜き、織宮の頬に浅い傷を負わせていく。
そしてその横で、相変わらず勢い良くハンマーを振り回しているエイミィは、石火の如き速さでハンマーを振り、威力の高い一撃で騎士を大きく後退させた。
「直線……よし」
接近戦を行わずに二体の騎士が直線上に並ぶ瞬間を狙っていたロベルは、ここぞとばかりに渾身のエネルギーが込められた剣を振り抜き、封砲を放つ。
織宮と対峙していた騎士は咄嗟に盾で封砲を防ぐが、エイミィに打ち飛ばされていた騎士は盾を構える事も出来ず、そのまま封砲を受けた衝撃で地面を転がった。
「――護りたいと、救いたいと祈る刀の一途な鋭さ、ご覧に致しますよ」
織宮は騎士が攻撃を盾で防いでいる瞬間を見逃さず、平らに構えた刀の刃に再び呪いの鮮血を纏わせ、盾を持つ手とは反対方向から刀で刺突する。
その一撃は、先程傷を付けた甲冑の脇腹部分を貫き、そこに風穴を開けた。
そして更にはマンション三階部分からスナイパーライフルを構えていた黒百合が騎士の兜を的確に撃ち抜いて破壊、その隣で封砲を受けてからようやく立ち上がろうとしていた騎士の背中も同じようにケイがロングレンジショットで射撃し、甲冑の背中部分にヒビを入れていく。
「もう一発、行くぞ」
未だに騎士が直線上に並んでいる事を確認したロベルはもう一発封砲を放ち、兜を砕かれた事で織宮の前でふらついている騎士の甲冑をバラバラに崩し、エイミィに反撃を行う為に体勢を整えようとしているもう片方の騎士もまた、うつ伏せに倒れ込ませる。
「バラバラにしてやる!」
そして、ロベルが地面に倒した騎士の直上から、石火の如き速さでハンマーを振り下ろすエイミィ。
ヒビの入っている甲冑に命中したその一撃は、文字通り甲冑を粉々に砕き、騎士を全滅させたのだった。
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騎士の全滅が確認され、未来が居るとされる部屋のドアの前に立ったErieを始めとする三人。
突然部屋に押し入っても未来が怯えてしまうだろうと気を遣ったErieは、ドアの郵便受けを開き、そこから未来に向けて言葉をかける事にしたようだ。
「未来ちゃ〜ん、いるぅ? 撃退士が救助に来たわよぉ〜」
声をかけたものの、室内から声が返ってくる気配は無い。だが、Erieの声に気付いたのか、未来と思われる人物の足音が近づいてくるのだけは聞いて取れる。
「私達は撃退士、未来ちゃんの事を助けに来たのよォ……サーバントは倒したからァ、もう大丈夫ゥ……」
続けて、ドア越しに声をかける黒百合。声の主が撃退士である事や、今までこの通路をうろついていたであろうサーバントを撃破したという事を聞いたからか、中からドアの鍵を開けるようなカチャリと言う音が聞こえてくる。
そして、言葉が返ってくる事こそ無かったが、中から数回ドアがノックされた為、それを返事と受け取った黒百合達はドアを開け、室内へ入っていく。
「――サーバントという事は、あの金属音は化け物が鳴らしていたのね。助けて戴いておきながら申し訳ないのだけれども、お母さんの居場所を聞いても良い?」
予想以上に冷静に三人の撃退士と向き合った未来は、まず最初に淡々と母親の居場所を問う。
「未来ちゃんのお母さんは、警察署で待っているわよォ……未来ちゃんの事を心配しながらねェ……」
「お母さんが居なくなる前まで私は熱があったから、先に逃げたのね。それなら良かったわ。重ねて聞くけれど、サーバントとは一体なんなの? 金属音の正体は?」
未来の言っている金属音とは、騎士が動く際に甲冑の可動部分の金属が鳴らすカチャカチャという音の事だろう。
だがサーバントの正体を知らない彼女は、その音の正体が一体何なのかすらも知らないのだ。彼女はただ一人でこの部屋に籠っては不気味に鳴り響く金属音を聞いて、怯えていただけ。
「通路をうろついてた騎士の事ねぇ。中に人が居ない甲冑が武器を持ちながら一人で彷徨っていたみたいだけど、私達が全部倒したわぁ」
「……そう」
金属音を鳴らしていたサーバントの正体を知った未来は、何故自分が騎士の亡霊のようなサーバントに殺されそうになっていたのかという事に疑問を抱き、不安そうな表情をしながら視線を落とした。
「大丈夫、騎士はもう居ないから安全よぉ。でも、怖かったでしょうねぇ」
言葉や仕草には出していないものの、未来が恐怖心からか唇を微かに震わせている事を確認したErieは、ふっと暖かなアウルを拡散させ、未来の不安を少しでも和らげようとする。
すると、多少は緊張や不安が解れたのか、軽く息を吐いて呼吸を整えた未来は、再び顔を上げた。
「サーバントは私達が倒したし、未来のお母様も心配しながら待っているわ。何にしても、一先ずは安心して大丈夫ね。未来の命を狙う敵はもう居ないから」
ケイは未来に向けて優しく声をかけるが、その一方で、未だに様々な感情が脳内で渦巻いている未来は、もしもの可能性について考え始める。
――もし仮にケイ達が素早く騎士を撃破する事が出来ず、騎士がこの部屋に到達していたらどうなっていたのか。そんな不安が一瞬未来の脳裏を過ったものの、命の恩人を前にしているという事を思い出し、言葉を留めた。
更にその瞬間、ドアを開けて他の三人の撃退士達も室内へ入ってきた為、未来は安心したような表情を見せた後。
「お母さんの元へ、連れて行って戴けますか」
「ああ、任せておけ」
ようやく揃った六人の撃退士達に向けて未来が声をかけると、ロベルがそれに応答し、続けてエイミィが未来の前へ歩み出て。
「大丈夫? 怖かったよね? 怪我は無い?」
そして、元気が良く未来に声をかけるエイミィ。彼女の言葉は未来に安心感をもたらしたのか、未来は黙って頷き、母の待つ警察署へ移動する事にしたようだった。
そして、未来の母親である木野初美が待っている警察署の一室に到着した撃退士達は、未来と母親を再会させ、二人の姿を見守る。
「怪我は、体調は!? 大丈夫なの!?」
「……うん、大丈夫。すっかり良くなったみたい」
救出を待っている間も、母親として気が気でなかったのだろう。相変わらず冷淡に、淡々と返事をした未来を強く抱き締め、その背中を擦る。
「良かった、本当に……」
「お母さん、痛い。少し離れて」
しかし、未来が声をかけようとも決して離れようとはしない母親を見て、彼女は諦めたようにして息を吐きながら、自身の母親を抱き締め返す。
「…………」
――もし撃退士達の到着が少しでも遅れていたら、自分は殺されていたのかもしれない。こうして母親と再び顔を合わせる事も出来なかったかもしれない。
一人で恐怖に駆られていた時の事を思い出した未来は、それでも自分は撃退士達に助けられ、今もこうして生きているのだという事を実感し、安心感からか一滴の涙を零す。
「……ありがとう、心配してくれて」
そして心配してくれていた自身の母親と六人の撃退士達に向けて、静かに感謝の言葉を呟いた未来。
彼女は、これからも自身の母親と共に二人で支え合いながら生きていく事になる。撃退士達に救われたこの命と、与えられた温もりを心に抱きながら――。