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「お前の騎士としての矜持はよくわかったー」
「( ´∀`)」という顔文字を連想させる表情で、ルーガ・スレイアー(
jb2600)がリネリアの言葉に返した。
「文字通り『上から目線』ですまないが…だから、私らも全力でお相手しよう!」
「はぐれの方っすか。始終戦争か騙し討ちのことしか考えてない悪魔とは違いそうっすね」
羽ばたく彼女を見上げるリネリアの方を見やり、傍らの久瀬 悠人(
jb0684)へと声をかけた桝本 侑吾(
ja8758)。
「あのお嬢さん、あの時のサーバントの飼い主だっけ?」
彼が言うのは先日の戦い。研究所を襲撃してきた紅の不死鳥。
「あぁ、そうっすね、リネリアはアイツらの飼い主です。正確には相棒って感じだと思いますけど」
悠人の返答にま、いいけどさと呟くと侑吾はまっすぐに大剣を構える。
狙うは正面、天使リネリア。
(軍人じゃなく武人か……)
壁のように無骨で重厚な盾を構え、黒須 洸太(
ja2475)は目の前の騎士をそう判定した。
自然と盾を握る腕に力がこもる。
いくら、目の前に居る天使が騎士道を辛抱していようと、襲撃者であり侵略者である事は変わらない。
束ねられた長めの髪を、風になびかせ手に布槍を呼び出し構えた影野 明日香(
jb3801)の横のマキナ・ベルヴェルク(
ja0067)はふと、以前対峙した事のある天使の二つ名を告げる。
「『焔劫の騎士団』――≪皓獅子公≫の仲間の方、ですか。彼は健勝でしょうか?」
幾度か刃を交え、稽古をつけてもらったこともあるあの豪快な天使を、同じ騎士団員であるリネリアが知らないはずはない。
「あー、ゴライアスのおじさまがおっしゃってた撃退士の一人っすか……」
若干歯切れの悪いその回答は警戒されてのことかと思い、自分なりの敬意を抱いていることを付け加えた。
「っと、なんといったらいいか……。最近考え事をされてるみたいっすけど、近いうちに多分また元気になって会えると思うっすよ」
歯切れの悪い理由は別にあったらしい。面白い人間だと聞いているから相手をするのが楽しみだと紫風の天使は笑った。
「では始めましょうか――≪紫迅天翔≫、リネリアさん」
他愛のない話はこれでおしまい。
これから始まるのは戦いだ。お互いに、譲れないものをかけての。
――『偽神』がマキナ、推して参ります。
今、山に烈風が吹き荒れる。
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魚鱗の陣。三角の形をとり、先端を敵に向ける陣形。
それが、今回撃退士のとった布陣だ。この陣形は正面突破に優れており、カバーも効きやすい。
敵が戦闘開始時の横並びのまま攻めてきたのならば、これを撃退するのはもっと容易にできたはずだろう。
そう、天使がもしも正面からかかってきていたら、の場合である。
手筈通り侑吾が横薙ぎに振った大剣から放たれる黒い光の衝撃波。
それはリネリアへとまっすぐ突き進み、それと同時に撃退士たちは進撃を開始する――はずだった。
直撃を受けのけぞる地竜とは対照的に、チリッと小さく音を立て、舞ったのは衝撃波に切り裂かれた数本の紫の髪のみ。
本人はまるで幻だったかのように宙に溶け、姿をくらましてしまった。
「どこに、消えたんだ?」
隠れられるような場所はない。となればこれは恐らく彼女のスキルによるもの。
迎撃するように頭から突っ込んできた地竜を、侑吾は実用に特化した無骨な大剣で、明日香は金剛を編み込んだと言われる布槍で、受け止める。
集中的に狙う予定だった天使の消失。
彼女の狙いに最初に気付くことができたのは上空から周囲を警戒していたルーガだった。
他の班との連絡を兼ねていたため、周囲――とくに後ろも確認していたのだろう。
「あっ後ろからなんかきてるンゴ」
振り返った撃退士たちは、巨大な真鍮色の鎖を振りかぶるリネリアの姿を目撃することになる。
正面からの戦いが不得手ならば、隠密性と機動力を生かし挟み討ちを。
もしここで鋒矢の陣を選択していたのならば、リカバリーは困難なものになっていただろう。
だが、今回の陣計は魚鱗。立て直しはいくらでもできる。
――ちっ。
本人にとっても無意識の小さな小さな舌打ちとともに、洸太はリネリアの方へと盾を掲げたまま突っ込む。
味方への被害を減らすために、火力を次へとつなげるために。
――ギィン
金属と金属の触れあうような音を響かせ鎖は止まり、消滅する。
例え巨木であっても数本まとめて薙ぎ払うほどの威力を持った一撃を受けてなお、狙われた回復手、明日香は揺るがない。
「軽い攻撃、それで全力?」
腕を軽く振り、衝撃のせいか軽く残るしびれを振り払うと再び布槍を構え問う。
「規格外の堅さっすね。さすが学園の撃退士っす」
洸太も明日香も無傷とはいかないものの、見事に防がれた事を確認したリネリアは再び気配をくらませた。
さらに――。
ヒュンと空気を切り裂く音が響く。
「あっ何か戦場外から撃ってくるやついるし!」
口調からは想像がつかないが、ルーガは憤慨していた。
正々堂々を信条とする彼女にとって、騎士でありながら反撃できない位置から水を差してくるなどという行為は、到底許せるものではない。
背中に突き刺さった矢を引き抜きつつ、他の天使たちへ対応している撃退士の一人連絡を取る。
射手を早期発見できれば戦いを優位に進める事が出来るだろう。
手始めに伝えるのは周囲にある高台。
両方の戦場を捉えるためには、ある程度高さのあるところから見下ろさなければ不可能だろう。
方向を見極めるため第二射に備える。
飛来した矢は撃退士たちが来た方向にある森から放たれているようだ。
「崖下を12時の方向とすると4時の方向からきてるー」
ルーガは手短に連絡役へと方角を告げる。射手を早期に発見するために。
「後ろから飛んでくる矢に気をつけるんだ」
連携を取ろうと動く地竜を侑吾は武器を叩きつけ吹き飛ばす。
吹き飛ばされた地竜は別の竜へとぶつかり横転するが、別の竜がカバーをするように前へ出ると同時に頭部を低くし突っ込んでくる。
悠人の駆る騎竜が雄叫びと共に翔け、地竜へとぶつかった。
辺りに響き渡るゴキンという鈍い音。突撃を受けた地竜はたまらず後方へと弾き飛ばされる。
「いつかもやってたよな、それ」
「そうっすね。あのときよりは痛くないですけど」
目の前に主がいるだけあって、以前よりもサーバントたちの統率は取れている。
ふと、悠人は再び現れたリネリアを視界に捉えた。
見つけにくくなっているとはいえ、攻撃の際はさすがに目立つ。
「……桝本さん」
「ん?」
手にした双剣を握り直し、悠人はそばにいた侑吾に声をかける。
「援護、お願いしときますよ」
「まぁ、気をつけてな」
返事を聞くと再び騎竜を駆り、まっすぐリネリアの元へ。
「悪い、ランパード。かなり無茶させる」
その言葉に相棒は小さな唸り声で応じた。
向こうもどうやらこちらの接近に気付いたらしい。展開しようとしていた地からの鎖を取りやめ、こちらに向け鎖を伸ばしてくる。
まっすぐに駆けているこの状態では避けられず、案の定騎竜が鎖に絡め取られるが、その時にはすでに悠人は竜を足場に空中に飛び出している。
「同じ手は食わないっすよ?」
今回、鎖を持たないほうの手には投げやりをちゃんと準備してある。
対する悠人はいまだに空中。翼を持たぬ人の身であれば、空中での方向転換は不可能な――はずだった。
悠人を迎撃するように突き出された槍の一突きは何もない空間を貫いたのみ。
何故、と驚くリネリアが上を見上げると、太陽を背に落下してくる悠人。
彼は先ほど召喚を解除したはずの紅眼の竜に乗っていた。
主人の危機を察した地竜が口に岩を含み落下してくる悠人を迎撃せんとそちらを向く。
「援護、頼まれたからな」
侑吾の持つ大剣に文字通りぶん殴られ、地竜に吐きだされた岩は悠人をとらえることなく崖に激突する。
「これはおまけだ」
よろめく地竜を下から上へと逆袈裟に切り裂く。
すでに攻撃を受け、損傷をしていた地竜はそのままゆっくりと倒れると、もう動き出す事は二度となかった。
侑吾の活躍により妨害なく乗せ振り下ろされた悠人の二刀は、リネリアを斬りつける。
「やっぱ強いわ、お前」
流石騎士様だな、と悠人は付け加える。確かに当てたはずの一閃には手ごたえがなかったのだ。
案の定、切り裂かれたリネリアの姿が歪むと、一歩ほどしか離れていないところに無傷の状態で現れる。
「いやいや、使う気ではいたっすけど、この技を使うのは久しぶりっすよ」
回避に特化しているリネリアにとって、重い一撃を受ける事はピンチにつながる。
つまり、ピンチ用の切り札を切ったということは、そこまでしてでも避けたい重みを撃退士たちの攻撃が持っているということを意味していた。
戦場外から狙撃を繰り返していた射手からの援護射撃が止み、しばらくたってなお決着はつかない。
あれ以降、リネリアの切り札は何度か切らせることに成功したものの、まだ撤退に踏み切らせるほどの大きな傷は与えられていない。
サーバントもまだ一体残っており、主人と連携し攻撃を仕掛けてくる。
各々の持つ回復手段はもうとっくに全て使い切った。
それでもなお、ここまで撃退士たちが持ちこたえることができたのは、全員がそれぞれのするべきことをこなした結果だろう。
しかしその中で、とうとう悠人が倒れた。
召喚獣は主人と体力を共有する。独自の策を用い、幾度となく回避をすることに成功したものの、ついに限界だったらしい。
意識を失い倒れる悠人を、蒼い燐光を零し還っていくエルダーが最後まで主人を護るように羽を広げていた。
しかし、彼のストレイシオンによる防御効果は撃退士たちの継戦能力を確かに大きく上げていたのだ。
「そろそろ、諦めた方がいいんじゃないっすか?」
対する天使が告げる。
だが――。
(焦ってる……?)
その声にほんのり滲むものに明日香は気づいた。
これほど攻撃しても落とせないことに、天使も若干焦っているのかもしれない。
好機は、思いのほか早く訪れる事になる。
姿を現すリネリア。
次の攻撃のために移動していた彼女が現れたのは期せずして洸太の目の前だった。
「やっば……!?」
いくら騎士といえど、リネリアの潜行が無限に続くわけではない。
彼女の焦りは、今まではサーバントとの連携の中で行っていた掛け直しのタイミングを狂わせた。
今さら掛け直そうとしたところでもう、遅い。
洸太の掲げた腕から放たれた衝撃波は彼女の集中をかき乱し、練り上げようとしたスキルを阻害する。
――パリ。
甲高い音を立て、亀裂がリネリアの周囲を走る。
それが粉々に砕け散ると、今まで視認しづらかった天使の姿ははっきりと捕捉出来た。
どこか忌々しげな表情で、言葉ではなく鎖を以てリネリアが反撃する。
絡め取られた洸太はそのまま空高く高く飛ばされ、そして――。
地面へと頭から叩きつけられる。いくら強度があるとはいえ、これほどの間攻撃を受け続ければ累積したダメージは相当なもの。
リネリアは攻撃後の隙に狙いを定めた明日香が駆けよってくるのを確認し、距離を取ろうと試みる、が。
ガシャリと、響く鎖の音。
血の海に沈んだまま、洸太はまだ消していなかった断罪の鎖を右腕で力強くつかむ。
「君に守りたいものがあるように、僕に『も』あったからね。これもお互い様だ」
「嘘……っ!?もうとっくに限界は超えてるはずっすけど」
顔をあげることすら叶わず俯いたままで、それでも半ば執念に近い形で鎖をつかむ洸太の様子には、さすがのリネリアも驚きを隠せない。
「ここで、死んでもらう」
初めて聞くような底知れぬ怨嗟を帯びた声に竦み、片手を鎖にとられていたのもあり、明日香の布槍はリネリアの反対の腕をからめとることに成功する。
「そっちが逆に絡め取られるなんてね。……今よ」
「よーしっ!」
明日香の言葉に応じたルーガ。
「ルーガちゃんのドーン★といってみよーお!」
最後に残った一発の封砲。すでに使われたものでその威力の恐ろしさは十分に知っている。
リネリアは慌てて断罪の鎖を解除。
右手が自由になったのを確認し慌ててかろうじて後方へと下がろうとするが間に合わない。
爆発音。
地面に叩きつけられた衝撃波は盛大に土埃を巻き上げ辺りを覆う。
「い、今の危なかったっす……」
最後の最後まで切り札を取っておかなかったのならば、今頃直撃を受けていた事だろう。
「最初にそーゆーことしたのは、お前らだからなー」
土埃の上からルーガの声が聞こえる。
そういうこと、それは――。
不意に背中に当てられた手。
土埃が晴れ行くなか振り返るとそこにいたのは黒焔の翼を背負う銀髪の少女。
明日香がリネリアを絡め取った際、ルーガには見えていたのだ。
背面へと回り込もうとするマキナの姿が。
「これで終わりにいたしましょう」
――この戦いに終焉をもたらすために。
マキナの右手が黒焔を纏う。
彼女が渇望する『終焉』。それを形にせんとする幕引きの一撃。
長期に及ぶ戦いで蓄積した傷は少なくなく、しかし彼女はそれを意に介さず、ただ拳を叩きこむ。
渇望の果てにあるであろう安息を信じるが故に。
長く続いた戦い。その終わりを告げたのは――。
獅子公の防御をも突破した黒焔の一撃だった。
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盛大に吹き飛ばされた天使が地を転がり受け身を取る。
「私はこう見ても、義侠心はあるほうなのだ」
立ち上がった天使に地に下りたルーガが声をかける。
「だから、悪いがとっとと逃げ帰ってくれよー……そうすれば、怪我した奴らを早く連れて帰れるからなー!」
「それに、その状態じゃもう無理でしょ?」
明日香もまたルーガの言葉に続ける。
せき込んだリネリアが口元を抑えた手は、大量の真っ赤な血がついていた。
「そう……っすね」
残るサーバントも最後の一体。さすがにこれほど時間をかければより多くの増援が着てしまう可能性は十分にある。
「……お言葉に甘えて今回は撤退するっすよ」
悔しいっすけど。確かに天使はその後にそう付け加えていた。彼女の羽に泥をつけた者は、悪魔でさえもなかなかいないだろう。
羽を散らし天使とサーバントが去った後、撃退士たちは倒れていた者たちの様子を確認する。
皆かなり損傷を受けているものの、再起不能なほどの傷を負ったものは誰一人としていなかった。
倒れた悠人の元へと侑吾が近づいていく。
「生きてるか?」
「あぁ、なんとか大丈夫っすよ……」
どうやら、全ての戦場で天使を退ける事が出来たらしい。
洸太も自力で身を持ちあげると崖に寄りかかり深くため息をつく。もう少しすれば、救護のための人員がこの山道へとやってくる事だろう。
足早に雲が通り過ぎていく蒼い空を見上げた撃退士たちを穏やかな風が包んでいた。