●降り注ぐ火の粉
凛と冷えた空気を裂き、轟音が響き渡る。
サーバントの断末魔、撃退士たちの怒号、研究所を護る障壁に何かが叩きつけられる音、雷撃や炎の爆ぜる音。
戦いの音は研究所の周囲、内部のいたるところから響いている。
研究所の敷地外では、空を飛来するサーバントや迎撃の対空砲火、地から立ち上る煙があちらこちらに見られた。
「人間の研究施設に何の用だってんだか」
喧騒の中を駆け抜けながら、桝本 侑吾(
ja8758)が言葉を零す。
この研究所には、先日の戦いで入手した雫と呼ばれる宝石が今まさに解析されていたところなのだという。
(「雫って、あの宝石、かな?))
青鹿 うみ(
ja1298)は先日の依頼と紫の天使を思い出す。あの時彼女たちが手に入れた宝石も今ここにあるのだ。
撃退士たちが駐車場に到達したのは、車が無残に蹴散らされや電灯が激しい金属音を轟かせつつ倒れるところだった。
目の前の車を避ける事もなく蹴散らしていく猪たち。その数、六。
それを援護するように空を飛ぶ蝙蝠達のさらに向こうには、深紅の鳥が翼に炎を纏わせ飛行している。
「敵……いっぱい……」
でも、好きにはさせない……の、と若菜 白兎(
ja2109)はきゅっと得物を握る手に力を込める。
かつて対峙した騎士団の天使に想いを馳せるのは久瀬 悠人(
jb0684)。
「これだけのサーバントを動かすって事は、多分リネリア辺りだろうな。……また泣きそうな顔でこいつら送りだしたに一票」
その天使は前回もそうだったから。今頃どこかでくしゃみでもしているのだろう。
「強行突破? 敵さん、一体何がしたいんだろうね」
「この敵の動きは陽動だべ。なんでかって言うとオラァの旦那様ぁがささやいてくれたからっちゃー」
緋野 慎(
ja8541)の零した呟きに、御供 瞳(
jb6018)は自信満々に胸を張って答えた。
生き別れたという旦那様がささやいて教えてくれたという、根拠としては首を傾げたくなるものであったが御堂・玲獅(
ja0388)も同じような結論に至ったらしい。
「この敵達は研究所内への突入を試みていますが、突入後何かを奪取する意図は感じられません。本命行動を隠す為の陽動や 研究所や内部の情報収集を兼ねた威力偵察と思われます」
瞳の言葉に補足した上で、提案したのは敵の殲滅。それは、相手に情報を持ちかえらせないために。
白虎と来て今度は朱雀となれば、きっと青龍や玄武もいるのだろう。
共に白虎と戦った仲間たちと同じように、虎落 九朗(
jb0008)はそう考えていた。
「……こいつらと戦ってりゃ、またアンタに会えんのか?」
なぁ、リネリア――。
付け足した言葉は宙に溶け、撃退士たちに気づいた朱雀の甲高い鳴き声に掻き消される。
戦場に紅い風が逆巻いた。
●炎熱の激戦
朱雀の声に応じ、まず撃退士たちの方に飛来してくるのは蝙蝠。
四羽の蝙蝠は複雑な軌道を描きながら、撃退士たちの方へと迫ってきた。
「あっちのほう、お願いっ!」
言葉とともにふと、車の影へと消えていったうみとは対照的に、慎は一歩前へと足を踏み出すと高らかに声を張り上げる。
「天高く名乗りを上げろ! 唯一つ戦場を照らす灯火となれ! 俺は、俺が緋野 慎だ!」
彼の身を包むのは赤、青、金と三色の焔。駆けだした彼の足跡を残すかのように、炎の道が現れた。
「行くぞぉ!」
構えた手には何も持っていない。だが、その手を振り抜くと風を纏う半透明の手裏剣が迫る蝙蝠を貫かんと飛来する。
――キィィィィィッ。
響き渡る超音波。だが、音波の壁を突破した手裏剣は蝙蝠の翼を傷つけ、貫通する。
大きくバランスを崩した蝙蝠に追撃をせんと、再び手に手裏剣を握った慎に朱雀の鳴き声が聞こえた。
「上ですっ!」
玲獅からの声に反応した慎が横へと跳躍すると、先程までいた場所で死角から投下された爆弾が炸裂する。
「いのししさん、くる……の」
自身に投下された爆弾から振りまかれた騒音を振り払い、白兎は車から飛び降りると盾を構え地を走る猪の牙を受ける。
ガンと鈍い音とともに衝撃が白兎の腕へと響く。地を抉りながら弾き飛ばされそうになるのを必死にこらえ、猪の突進を食い止める。
猪の大部分は先程の焔に目を引かれ慎へと殺到しているが、一体が盾で猪を抑えたままの白兎へ背後から迫った。
だが、白兎は動じない。仲間を信じているから、自分の役割を果たすのみ。
ぶつかるまで後わずか――。
「ランパード、ドつけ!」
側面からぶつかるだけの時間はない。主人の命を受け、白銀の鎧を持つ紅瞳の竜が猪に頭から突っ込んでいく。
――ゴキンッ。
白銀の鎧同士がぶつかり、激しい金属音を立てる。
騎竜を猪にぶつからせた悠人は、衝撃で後方に弾き飛ばされる相棒を足場に飛びあがった。
つっと、額から真っ赤な血が流れ顔を伝い流れていく。
……痛い。すごく痛い。
自信と体力を共有する召喚獣で、突撃を得意とするサーバントに頭から突っ込んだのだから。
だが、それは猪の側にとっても同じだったらしい。鎧に着いた角はへし折れ、衝撃を振り払うように頭を振っている。
完全に動きを止めた今なら――。
背後で騎竜が還っていくのを感じながら、落下の勢いを生かし右手の剣を無防備な猪の背へと突き立てる。
悲痛な悲鳴を無視し、着地すると左手を一閃。悲鳴は不自然に途絶えると、そのまま猪は地に伏し動かなくなった。
九朗から清らかな光が放たれ悠人を包んだ直後、戦場に深紅の渦が走る。
炎で形成された羽を巻き込み渦巻く熱風は悠人と侑吾を飲み込み走り抜けていく。両手で顔を庇うものの焼けつく風は二人の体を焼き焦がした。
自身の愛刀を支えに崩れ落ちそうな体を支える二人を玲獅の放つ癒しの力が後押しする。立ちあがった二人へと再び白兎と九朗から癒しの光が飛んだ。
「ん……?」
顔を上げた侑吾は、攻撃を全くしてこない蝙蝠がいる事に気づく。
その蝙蝠達は援護をする際以外は建物付近を――。
「あいつら、多分偵察用だ」
言葉にすると同時に剣を振り抜く。
フルスイングで振るわれた大剣から漆黒の剣圧が空を裂き蝙蝠へと到達し、胴に深々と傷をつける。
再び朱雀から甲高い声が上がった。攻撃後の隙を狙おうとサーバント達が侑吾を狙うが――。
蝙蝠の一羽が陣形を乱して突出している。忍び寄ったうみがぶつけた靄に纏わりつかれ、音波による周囲把握に支障が出ているらしい。
その個体がふらふらと測定用プール傍の機材倉庫近くへと寄ってしまったのが運の尽き。
雫保管場所、と荒々しく書かれた張り紙が揺れ、倉庫の窓から飛び出す小柄な影。
流れる水のように穏やかなアウルを纏った大剣を肩越しに振りあげた瞳が、哀れな犠牲者へと大剣を振り下ろす。
「旦那様ぁ、見える、見えるっちゃよ〜っ!」
空中で翼を大きくはばたかせ蝙蝠は回避を試みた。そのままであれば大剣の一撃は確実に空振りをする軌跡を描いていたが、唐突にその斬撃が伸びた。
少し緩く持て、耳を済ませた瞳の耳に届いた気がする敬愛する旦那様からの指示により振るわれた斬撃は的確に蝙蝠の翼を斬り落とす。
「足止めする……の」
猪の一撃を大剣で留めながら、白兎は連撃を仕掛けようとする猪の足元へと流星のように尾を引く光を放つ。
夜空に瞬く星々のようなその煌めきは渦巻きながら、猪を取り囲み正常な判断力を奪い去ってしまう。
他の猪たちも九朗の呼びよせた流星の雨、陰に潜んだうみが時折現れては放つ影の束縛に阻まれ思うように動けない。
上位サーバントを含む多数のサーバント達を相手に、撃退士たちは互角に戦いを続けていった。
一進一退の攻防。それを打破するきっかけを作ったのは九朗だった。
「さぁて、ちょっと大人しくしててもらうぜ」
言葉にするとともに、彼の足元から無数の光条が地を駆ける。
輝く光の軌跡は直線と曲線をくみ上げ、複雑な魔法陣を書きあげた刹那、陣は眩い光を放った。
それは、敵の技を封じる術式。
「今が好機ですっ!」
気配を消していたうみが突如現れ、朱雀からもっとも離れていたボンバーバッドの影を縫いとめる。
防衛の音波も期待できない以上それを防ぐ手立てはなく、為すすべもなく縫いとめられた蝙蝠に炎が牙を向く。
「今だ! この時を……この瞬間を待っていたんだぁ!」
煌めく焔の残光に紛れ、影に潜んでいた慎がうみの動きに合わせるように再び炎を纏う。
全身にまとった火焔は腕へと集まり、眩い深紅の輝きとなった。
「緋炎閃!」
掛け声とともに解放された緋の閃光は、一筋の道標のように周囲を照らし人に仇為す者たちを焼き尽くす。
うみに捕縛されていた蝙蝠は閃光に表面を丹念に焦がされ地に堕ち、もう一羽の蝙蝠も翼を焼かれることとなった。
朱雀と対峙していた侑吾は、明らかに翼を焼かれた蝙蝠を気にかける火焔の神鳥に声を駆ける。
「行かなくていいのか? 届かないだろ」
ディテクターバッドがあの一羽しか残っていない以上、何としてでも死守せねばならない。
回復のためにそちらへと飛行する朱雀の背に向け、侑吾が大剣を振りかぶる。
漆黒の爆弾による振動に晒され傷ついても彼は揺るがない。間に合わぬと悟ったか、朱雀が一際大きく羽ばたくと、火焔の奔流を侑吾に向け吹きつける。
侑吾が渾身の力で振り切った大剣から放たれる真空波は正面から火焔の奔流へとぶつかり、そして――。
真空波は焔を薙ぎ払い目標の蝙蝠を真っ二つにすると同時に、朱雀の体に深々と切り裂いた。
ぐらりと、朱雀の体が傾く。
羽ばたきが止まり、朱雀は地へと徐々に引かれて行った。
だが、傷口から激しく炎を吹きださせると再び空高く飛翔し撃退士たちを睥睨する。
朱雀の瞳には明らかな怒りが浮かんでいた。
「危ないっ!」
一斉攻撃の直後、ある程度まとまっていた撃退士たちへと朱雀から隕石が降り注ぐ。
真っ赤に熱され、煙を上げる隕石がうみたちにぶつかろうとする瞬間、二つの影が割り込んだ。
白蛇が描かれた盾を掲げた玲獅と大剣を水平に構えた侑吾は、降り注ぐ隕石を得物で、或いはその身で全て受け止めきる。
それをサポートするように悠人の蒼き竜が強固なオーラを展開していた。
「ありがとうございますっ。氷だって、あるんだよっ!」
戦いに寄る熱ですっかり暑くなった空気を裂くように透き通った氷の刃が飛来し、最後に残った蝙蝠を貫く。
おそらく、これ以上続けたところで勝ち目はないと判断したのだろう。
貫かれた蝙蝠が動かなくなったのを確認し、朱雀は空高く跳びあがり撤退を開始した。
残ったわずかな猪たちも、消耗しているとはいえまだ余力を残した撃退士たちにかなうはずもなく。
「これで最後だべ。おら、やったっちゃよ、旦那様ぁ」
最後の一体を瞳が斬り伏せ、撃退士たちは北西から侵入したサーバント部隊を全て撃破する事に成功した。
●火種は消えず
「終わった、か」
剣を片手で下げたまま、侑吾がぼんやりと空を見上げながら呟く。
少なくとも付近の戦いも一度決着はついたらしい。先程までの喧騒がうそのように静まっていた。
「お怪我は大丈夫ですか?」
「手当……するの」
玲獅と白兎が回復をして回り、傷を受けた撃退士たちを癒していく。
幸い、戦闘に支障が出るほどの重大な怪我を負ったものは出ずに済んだようだ。
「んー……」
こちらもまたぼんやりと朱雀が飛んで行った方向を見つめ続けている悠人の近くに九朗が近づいて行く。
回復のおかげか、額の出血はもう止まっているようだ。
「四国で動いてる天使、って事は騎士団か……」
「リネリア、来てんだろうなぁ」
先程の朱雀を見て確信した。彼女のサーバントが来ているらしい以上、きっと本人もこのあたりにいるのだろう。
一度戦っただけだが、性格はある程度分かっている。ともすれば自身よりサーバントを大事にしたがる彼女がサーバントと共に出てこないという事は、今回はそうできない事情があるということ。
「次は、ここに天使たち自身がくるかもしれませんね」
明るさを少しひそめ、うみも会話に加わった。
騎士たちが組織だった動きをしているとすれば、単騎で勝手な行動を取るわけにはいかないというのも頷ける。
「いったん、もどろっか」
慎の言葉に、撃退士たちは一度休息を取りに戻っていく。
どこか自分と似ていたあの天使。再び相対する機会はきっといつかあるはずだから。
●残り火は雷へ
「偵察隊は全滅、っすか……」
研究所から離れた空を飛行しながら、純白の翼を背中に生やした紫髪の少女が呟いた。
彼女が抱きしめているのは深紅の鳥。
護衛対象だった偵察隊は全滅し、不死の力を持つはずのその鳥さえも深い傷を負っていた。
「『雫』が今どの部屋にあるかにプラスして、増援の経路まで調べきれるはずだったんっすけどね……」
探査に放った蝙蝠達は帰ってこなかった。唯一つかめたのは恐らく西半分のどこかだろうということ程度。
油断はなかった。前回相手をして、ただでは勝てない相手だとわかっていたから。
だから、入念に準備を重ねて挑んだというのに……。
リネリアの視線の先には8名の撃退士たち。見知った顔も、知らない者もいるが、おそらく久遠ヶ原の生徒。
「バル、兄貴……未熟者で申し訳ないっすよ……」
きゅっとチュエさんを抱きしめ、出陣するであろう大切な人へと辛うじて手に入れた情報を伝えに行く。
羽ばたいた翼から数枚の羽根が散った。