●遭遇戦
廃屋を飲むかのように絡みついた蔦は青々とした葉を広げ、まだ蒸し暑い風を受けひらひらと揺れている。
崩れかけている門柱も、庭に散乱したゴミも以前に来た時のままだった。
「また玩具みたいなの、か。それはともかく、まずは助け出さないとだね」
鮮やかな桃色の髪をかき上げ、ソフィア・ヴァレッティ(
ja1133)は廃屋を見遣る。
どうやらディアボロたちは内部の探索に戻っているようで、庭にその姿はない。
「状況的には芳しくない……ですが、やれるだけやってみますか……」
それに応えるように、仁良井 叶伊(
ja0618)が返した。
生命探知を使用し、廃屋の様子を探っていたは虎落 九朗(
jb0008)顔を上げ、仲間達に目標の場所を告げる。
奥の建物内部に3つの動く反応、庭に転がる冷蔵庫に1つ反応があった。
その一つの反応、おそらく救出対象のアキラだと思われる方を見て、虎落はかつてに思いを馳せる。
(「廃屋は危険なんだから遊びに行くってのは止めて欲しいもんだよな……うん、すげえブーメランだけど」)
まずは少年の安全を確保するのが第一、散乱するゴミに驚きながら日向 迅真(
ja5095)は周囲を警戒しつつ進む。
「ゴミ屋敷だったのか不法投棄が原因なのか……、とにかく今の俺達にはいい迷惑だぜ!」
これだと目星をつけた冷蔵庫はまでもう少し、血のような沸き立つ赤の光纏を展開し阻霊符を発動していた神喰 茜(
ja0200)は油断なく周囲を警戒する。
(「あー……この暑いときにまったくもう……」)
ふと、感じたのは僅かな殺気と風を斬る音。
反応できたのは恐らく同じく刀の使い手だからこそ。
――キィン。
甲高い音を立て、八岐大蛇と艶のない黒塗りの忍刀がぶつかり合う。
神喰の視線の先にあったのは暗い覆面の下に爛々と輝く赤の双眸。
初撃が防がれたのを知るや否やくるりと跳躍し、距離を取った忍者は下がり際に苦無を投擲する。
飛来する苦無を刀で打ち落としながら鮮やかな深紅の髪を眩い金に変え、深紅の燐光を纏いながら神喰は忍者の方へと距離を詰めた。
阻霊符で撃退士たちの侵入を知ったディアボロたち、忍者が現れたということは――。
「こっちも来たようですね。……ともかくアキラ君の安全が最優先です。戦いに酔ってそれを忘れないようにしないといけませんね」
廃棄されたゴミの影から飛び出してきた黒犬の刀をかざした大剣で受けつつ楊 礼信(
jb3855)が言う。
楊はぐっと手に力を込め、冷蔵庫から離れるように黒犬を押しのけた。
――ケラケラケラケラ!
甲高い笑い声が聞こえると同時に茶色の毛並みをした忍犬のぬいぐるみが吹き飛んで行く。
受け身を取った茶犬のもとに降り注ぐのは雑多なゴミ。
「悪い子はいねがー、ってかぁッ?ケラケラケラ!」
笑い声の主、革帯 暴食(
ja7850)は戦いの際に敵の隠れ場所となるであろうゴミを文字通り蹴散らしながら冷蔵庫の方へと向かう。
そっと冷蔵庫の扉を開き、中をぎょろりと除きこむとひぃっ、と小さく悲鳴が上がった。
アキラが完全に開いた扉から見たのは全身に口のような模様を浮かび上がらせた拘束服姿の女性。
それはまさに――。
「う、うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい、ごめんなさい……」
おそらく天魔と勘違いしたのだろう。
ある意味では彼女の思惑通りビビったアキラへと黒田 京也(
jb2030)が声をかける。
「いやいや、俺達は味方だ。おう、もう大丈夫だぜ」
そっと手を差し出すとその大きな掌に少年の小さな掌が重ねられた。
そのまま力を込め外へと引っ張り出すと周囲の様子を見回す。
どうやら、予定通りディアボロ達を足止めすることができているらしい。
「あーっと?こうだったか?」
どこか不慣れな手つきだったが正確に暗い青色をした龍を召喚する。
傍で小さくすげぇという声が聞こえると、彼は小さく親指を立て応じた。
●総力戦
――ガキン。
牽制にと神喰が蹴りだした懐中電灯の残骸を小太刀一振りで斬りはらい、首を目がけて忍者は刀を振り下ろす。
その一太刀を最小限の動きで避け、浅く頬が斬られたのを気にも留めず刀を振るう。
目視することすらも困難な一撃は小太刀にそらされ忍装束を裂くにとどまった。
――強い。
口元に浮かべた笑みが一層強くなる。
お互い一対一で当たっていたら勝てる相手ではないのかもしれない。
だが――。
バチバチと轟音を響かせながら空を雷が裂く。
ソフィアの放った一矢の稲妻は回避すると同時に一度ゴミの山に紛れようとした忍者を正確に射抜く。
命中した個所からはぶすぶすと黒い煙があがり、どこか焦げたようなにおいが漂った。
後衛が厄介だと判断したのだろうか。
その一撃を受け、目から紅い光をなびかせながら忍者が手をふり下ろすとソフィアの足元の地面が爆発したかのように土砂を吐き出す。
砂埃を巻き起こし、体に叩きつけられる土砂の奔流を両手かざし受けた。
視界が開けると先程まで忍者の居た場所には何もいない。
「上っ!」
切羽詰まった声は誰のものだったのだろうか。
状況を確認するよりも先にソフィアは横に身を投げ出し、地面に転がる。
多少口の中に土が入ってしまったが気にしている場合ではない。
それとほぼ同時に、風を斬る音とともに一瞬前まで自身の体があった場所へと刀がつきたてられていた。
あれをまともに受けていたらと思うとぞっとする。
着地の衝撃をころし、再び彼女の方へと向き直った忍者に白銀の鎖が絡みついた。
「麻痺りゃ逃げられねぇだろ」
着地の隙を逃さずに、茶犬の相手をしていた虎落が放つ鎖に絡め取られ、満足に動くことができなくなっている忍者。
それを好機と見た神喰は忍者の方に駆けこんでいくとすれちがいざまに手にした剣を一閃した。
少女の放つ斬撃を防ごうと刀を持つ手に力を込めるが、がっちりと絡みついた鎖にがしゃりと音を立てるにとどまった。
ごっ、という鈍い音とともにくの字に折れた忍者の体が吹き飛ばされていく。
意識を刈り取られ、先程まで輝いていた禍々しい紅が消えた。
主人のピンチだと思ったのだろうか、二匹の忍犬がフォローをしようと吹き飛ばされた忍者の方へと向かおうとする。
「あなたの相手は僕たちです」
黒犬の足元からも白銀の鎖が立ち上り、今まさに走りだそうとしていた黒犬を絡め取る。
忍者へと鎖を打ちこんだ虎落をカバーするように前に出た楊は、一度大剣を仕舞い巻物を取りだした。
さぁっと広げられたその巻物にはびっしりと達筆な漢字が書き込まれている。
その通りの手順を踏み、呼び出されたのは雷撃の矢。
轟く雷撃は黒犬にぶつかるとドゴンと大きな音を響かせた。
茶犬が一度頭を振ると刀を構え直した刹那、鎖に絡め取られた槍に白く輝く槍が叩きつけられる。
わき腹を捕えたそのやりは装束ごとやわらかそうな生地をそぎ取って行った。
「タフっつってもこれなら効くだろ?」
槍を放った虎落がにっと笑みを浮かべる。
反撃には注意していたが忍者の方とは違い遠距離攻撃の手段を持ち合わせていないらしい。
「出来りゃ麻痺ってるうちに茶犬も忍者も撃破してーが……」
虎落の大剣がきらきらと夜空に輝く星のような光に包まれる。
横薙ぎに振り抜かれた大剣を茶犬は刀でガードをするが、そこにたたみかけるように楊もまた燃えるように紅い刀身を持つ巨大なクレイモアを叩きつける。
大上段持ち上げられてから降り抜かれたその一撃は茶犬の左腕を斬り落とした。
かかってこいと言わんばかりに手を手前に引き寄せる動きをした仁良井の挑発に、黒犬が刀を構え突っ込んでくる。
後ろを見れば、救出対象の少年を門の外へと離脱させることができたようだ。
このままそちらに向かわれるわけにはいかない。
突っ込んできた勢いに合わせ、振り上げた杖を渾身の力を込め叩きつける。
この外見だからか物理ダメージの方が効果を上げるらしい。
下から這いあがるようにふるわれた刃に、左手から出血するが傷は浅い。
「こんなモコモコしてても俺には無意味だぜ!この偽犬が!」
黒塗りの鞘から白銀の刃を抜くと同時に、紫電を纏った刃が茶犬へと向かう。
一振りで三条、放たれたオーラは正確に黒犬を装束ごと刻んでいった。
いつも以上に上手くいったのはぬいぐるみとはいえ忍犬を連れているのがうらやましかったからではない、もちろんだ。
返す刀でもう一閃、放たれた衝撃波を避けようとしたところに仁良井の振るう杖が棍のように突き出される。
戦いの流れは完全に撃退士たちに向いていた。
そのふりを悟ったか、忍者たちの動きはがらりと変化する。
既に二度、鎖の束縛により集中砲火を浴びていたにもかかわらず忍者はまだ健在だった。
だが、損傷が激しく勝利はできないと悟ったのだろう。
忍者は撤退しようと行動を開始する。
斬りはらわれた小太刀をいなし、振り下ろされた刀を受けた神喰と忍者は鍔迫り合いのような状態になる。
渾身の力を込め、神喰を突き飛ばすように後方へととび距離を取った忍者。
その向こうには廃屋が、そして森がある。
逃がしはしないと追いすがった神喰に忍者は牽制とばかりに小太刀を投げつけた。
だが、それこそがフェイク。
それを刀で打ち落そうとした神喰の目の前には忍者の紅い双眸があった。
脇腹に鋭い痛みが走る。
神喰を刺した忍者はそのまま、撃退士たちの方へと――救出対象の方へと進んでいった。
忍者の足元から3度目となる鎖が現れる、それは正確に忍者を絡め取ったが――。
――バキン。
同じ手は食わぬとでも言うのだろうか。鎖を砕き、忍者はその束縛から脱出する。
鎖と挑発をそれぞれ振り払った犬が今度こそ忍者のカバーに入るように動きだした。
ふと、忍者に纏わりつく花弁。
その風に乗った螺旋を描く花弁は忍者に到達すると霧散するように消えて行った。
残るのは激しい風の渦。
風に巻かれ動きを止めた忍者の元にもう少しで忍犬が届くと言ったところで、二匹の犬はほぼ同時に地に叩きつけられた。
「うちと噛み付き合わねぇッ?」
茶犬に強烈なかかと落としを見舞った革帯が叩きつけられた茶犬を見下ろす。
「こっちは大丈夫だ。ほぉ……撃退士ってのはそう言うもんか……」
まだ震えているアキラの肩にぽふと手を置いてやりつつ、撃退士たちの動きをみて呟く。
アキラもまた自分を守るために遠くで戦っている撃退士たちの様子を見て、傍で佇む男と竜へと視線を移した。
一歩間違ったら死ぬかも知れない。その恐怖は確かにまだ残っている。
しかし肩に乗ったその掌の暖かさは、言葉こそないものの絶対に大丈夫と言ってくれているようだ。
黒田はちらりとアキラの方を見ると、そっと目を細め仲間たちの方に視線を戻す。
彼はもう、震えてなどいなかった。
ほぼ同刻、黒犬に一撃を見舞ったのは日向だった。
「行かせねぇからな!」
まずは後ろに、小さく跳躍するとそこにあったのは粗大ゴミの山。
その側面に足をかけたかと思うとぐっと、力を込める。
このまま忍者と合流されてはまずい、それを足場に力を込めて蹴りだした日向はまっすぐ黒犬へと飛んだ。
その背後では、がらがらと大きな音を立てながら反動でゴミの山が崩れて行く。
「こういう使い方もできるんだよ!」
跳躍の勢いも乗せ、黒犬の頭部へと鞘をつけたままの抜刀・閃破を叩きつける。
クラリと、黒犬の体が傾いだ。
「これで終わりです」
仁良井の白い光を放つ長杖によるフルスイングを食らい、黒犬は地面で動かなくなった。
紫焔を纏った蹴りを受けた茶犬に自身が噛みつかれるのも厭わず革帯が噛みつく。
とても楽しそうな笑顔を浮かべたまま、革帯は茶犬を喰らい尽くした。
意識の混濁した忍者へと神喰が一閃を放つ。
それは、防御にと差し出された忍刀とぶつかりパキンと甲高い音を立て忍刀を砕いてなおも忍者へ迫り、その意識を完全に闇へ落す。
脇腹に受けた傷は楊の放った癒しの光により塞がり、血の跡がそこに残るのみ。
立ちすくむ忍者へ星の輝きを纏った大剣と燃え盛る炎のような大剣の一撃が浴びせられたかと思うと、光り輝く火球が迫る。
その火球は激突するとすぐに炸裂し、忍者の全身を炎で丹念に炙っていった。
「まぁ、楽しかったかな。さよなら」
満身創痍といった様子の忍者の前に立つ神喰は刀を振り下ろす。
その一撃は的確に首を捕え、胴と頭をまっすぐ両断した。
●戦いの後で
ディアボロ達を殲滅した撃退士たちは救出対象だった少年、アキラを家まで送り届ける。
間近で撃退士たちを見られて、嬉しいような申し訳ないような怖いような、複雑な表情のアキラに日向が声をかける。
「アキラ君?もし俺達が来なかったらゾンビのディアボロにされてたかもしれないんだぜ?だから危険なことはもうするなよ!人型の奴は倒すのが意外と苦痛な場合があるんだぜ!」
撃退士だって無敵じゃない、そういう彼の眼にはうっすら涙が浮かんでいた。
甘かった。
唯の好奇心でこんなに色々な人に迷惑をかけてしまった。それは申し訳のないことで……。
俯きそうになったアキラを見かねて、黒田が続ける。
「まぁなんだ、もう少し大きくなったら、もっと強くなれ。誰かを守れるようにな。もっと怖い、母ちゃんの説教がまってるぜ?」
どこか冗談めいた笑顔を浮かべ、少年の肩をぽんぽんと叩いてやった。
「……良く怖いのを我慢したね。今回無事で居られるのもその強い心があったからだよ。次からはもっとその強い心を正しく使おうね」
自分とそんなに年の変わらない撃退士の楊にそう言ってもらえると、どこか心強く、暖かかった。
落ち込んでいたままではいけない。
ありがとうございました、とアキラは頭を下げた。
顔を上げたアキラは、涙の跡でぐしゃぐしゃではあったけれど憧れと感謝とが混ざったような清々しい笑顔だった。
「さぁ、帰るか?」
差し出された黒田の大きな掌にアキラの小さな掌が重なる。
その掌はやがて同じくらい大きくなり、誰かの手を引くのだろう。
守れた物の大きさを感じながら、撃退士たちは帰路についた。
●
「わぁ……!」
撃退士たちの去った後の廃屋で、一人の少女が感嘆の声を上げる。
背の中ほどまで伸びた金色の髪を首の後ろあたりで束ね軍服を着込んだ少女はサファイア色の目を嬉しそうに輝かせた。
視線の先にあるのは首を刎ねられた忍者の玩具。
「複数の行動阻害の組み合わせ、ですか……!」
どこか楽しそうに手にした本に筆を走らせ、何事かを書きこんでいく。
「やっぱり、来てみて正解でしたね。ここには、もっともっと面白いことがありそうです」
そういうと少女は空を仰ぐ。
どこか遠くを見るような眼で呟いた言葉は、風に流れて消えて行った。
「見ていてくださいね、お母様」