●朽ちた家屋に潜むのは
半ば崩れそうになった門柱、蔦の這った外壁、落書きだらけの塀。
散乱したゴミの山も、放置されるがままになっている家電も、そこに広がる光景はどれも確かに撃退士たちが昼間見たものと全く変わらない。
しかし――。
その空間が帯びる雰囲気は、全く異質なものに変化しているのが彼らにはわかった。
月は雲に閉ざされ、灯りは自身で持ち込んだもの以外に何もない。
廃屋の方から不快な湿気とともに吹きつけ肌を撫でる風は生温かく、淀んだ空気は重くのしかかってくるかのようで、その空間は人を不安にさせる何かで満ちている。
それは、昼間入念に探索した時にごみ以外なにも見つからなかったその廃屋に、『何か』が存在していることを強く主張しているかのようだった。
「チッ、動きづらくて敵わんな」
小さく呟き倒れた箪笥を避けながら、ディザイア・シーカー(
jb5989)は周囲を警戒する。
荒れてはいるものの建物としては壊れている箇所はほとんどなさそうだ。だが、散らばるゴミや家具は確かにとても動きにくい。
このご時勢に肝試しなんて危ない事をと思いつつ、後ろを警戒しながら進む同行者を気遣う。
麦わら帽子にペンライトを結び付けて作った簡易のヘッドライトをかぶり、辺りを見回しながら進むロード・グングニル(
jb5282)は携帯を確認した。
幸い電波は届いているようでまだ接続は維持されている。
ほっと、まずは一つ安心をしつつホイッスルをいつでも吹けるよう準備した。
ふと、視線を上げると居間とその先の一室を隔てるための障子はわずかに開いてる。
まるで、撃退士たちを誘うかのように。
一方、左側の廊下を進んだルルディ(
jb4008)とクロフィ・フェーン(
jb5188)、そしてルルディのヒリュウであるフィロは二つの扉の前へと差し掛かる。
お互いに一つ、目配せするとルルディは向かって右、玄関とは反対側の扉に手をかけた。
(「僕にも報告にあったようなおもちゃで遊んだことがあったのかな?))
その背中を守るように左の扉、通った廊下を注意深く照らしながら、クロフィはそう考える。
「フィロ君、お願いするんだよ」
小さく指示を出したルルディに従い、少しだけ開いた扉からフィロは辺りを伺いながら、部屋の中に入って行く。
その後ろからゆっくりと扉を開け、ルルディたちも部屋に入っていった。
(「JunkはJunkのままでいればいいんだよ」)
クロフィもそれに続き、部屋の中に入ろうとするとがさりと前後の部屋から同時に物音が聞こえた。
廃屋の外では、待ち伏せを担当する撃退士たちが、敵発見の報告を今か今かと待ちかまえている。
「隠れる場所が多いのは好都合にも不都合にもなるからね。慎重に行こう」
ソフィア・ヴァレッティ(
ja1133)はあらかじめゴミの散らばり方を確認し誘い込むのに最適な場所に目星をつけ、そのあたりで待機を行う。
(「子どもの頃はお人形遊びで楽しかった思い出……それが、子供に危害を加えるなんて……」)
絶対解決しなくちゃ、と決意を固めているのは夏野 夢希(
jb6694)だ。
今回集まった撃退士は8人。今は4人なので何とかなっているが、内心緊張でドキドキしている。
トワイライトを使用し、光源を確保したエステリーゼ・S・朝櫻(
jb6511)は光纏し阻霊符の効果を使用しておく。
「こんなの玩具じゃない。べ、別に怖いわけじゃないのよ。誰がこんな子供だましで怖がるものですか。そうよ、これは玩具、これは子供だまし……」
毅然と廃屋を見据えているものの小声で自分に言い聞かせるように呟いている。
その様子を見てか一際大柄な体躯の男が、彼女たちよりも廃屋に近いところで腕を組み仁王立ちする。
立ち上がった偉丈夫、桐山 晃毅(
jb6688)は言葉はないがここより先には進ませぬとでもいうように、まっすぐ廃屋に目を向けていた。
すると、ほどなくして夏の夜の静寂を裂いて鳴り響くのはホイッスルの音。
そして、一拍遅れて携帯からほぼ同時に報告が入った。
「クマとロボと遭遇なんだよ。誘導開始なんだよ!」
「姫発見だ。案の定騎士がついてる」
響いた言葉は闘いの始まりを意味していた。
●壊れた玩具を砕くのは
まず、戦場に現れたのは機動力に長けた二体のディアボロとそれを誘導するクロフィとルルディ。
「おいで、遊んであげる。あなた達の最期まで」
腰ほどまでの夜空のような藍色の髪を風になびかせ、一度大きく翼を羽ばたかせたクロフィは、待ち伏せしている味方の方へ駆けこもうとしていたクマの前に立ちはだかった。
邪魔だと言わんばかりに無造作に振り下ろされた爪の一撃を盾で受け止め、そのまま押しのける。
バランスを崩したクマは千切れかけた腕で器用受け身を取ると、クロフィを標的と定めたのか、爪を構えて向き直る。
これはディアボロ。本当に玩具だったわけではないのだろうが、壊れてもなお動き続ける彼らをどこか憐れだとクロフィは感じた。
「君らの足止めは、ぼくがやるんだよ。かかっておいで?Junk」
天界の加護を受けたルルディを脅威と判断したのか、はたまたその言葉に反応したのかはわからないが、ロボは盾に半身を隠しながらルルディに向けマシンガンを乱射する。
薙ぎ払うようにばら撒かれた銃弾の数発が身を裂く痛みを感じながらも視線を逸らさず、笑顔のままのルルディは弓を引き絞る。
ルルディの放った矢はひゅぅと空気を裂く音とともに盾に守られていないロボの右半身を射抜いていった。
頭部を完全に破損し、それ以外のパーツも亀裂だらけの壊れたロボット。
JunkはJunkのままでいればいいが、壊れたものの気持ちは壊れたものにしかわからない、ルルディはそうも思うのだ。
少し遅れるようにして、ディザイアとロードもまた、ディアボロを誘導してくる。
着せ替え人形の姫は予想通り騎士の玩具に守られるようにして悠々と歩いて戦場へやってきた。
その姫に降りかかるのは花弁の螺旋。渦巻く花弁は姫に纏わりつくと霧散し思考な思考を阻害していく
「厄介なのから先に倒しておきたいね」
狙うのならば今がチャンス。意識を朦朧とさせている姫に気づき、騎士は姫のカバーに回ろうとした。
――だが。
「動かれちゃ困る、ここで痺れてろ!」
そこまでは撃退士たちにとっては予想済み。
ディザイアの声とともに虚空に出現したのは、雷で形成された剣。
それは鼓膜を震わせる轟音を響かせながら、騎士へと叩きつけられた。
とっさに盾を構え防御を試みる騎士であったが殺しきれなかった衝撃の強さに膝をつく。その体をバチバチと小さな紫電がまるで蛇のように駆けていた。
その横をすっと何者かが通過したかと思うと、盾を支えに立ち上がろうとした騎士は再び地面にたたきつけられる。
半ばフックのような拳を叩きつけた桐山はそのまま距離を詰め騎士に追撃を試みた。
だが、騎士もやられたままではない。
迎撃せんと振り下ろされた大盾が彼の肩を捕えようとするがカウンター気味の一撃が騎士の鎧へと叩きつけられる。
みしりという嫌な音がしたのは桐山の肩か、騎士の鎧か、或いは両方か。
それでも、桐山は揺るがない。自身が引きつけている間に味方が姫を撃破すると信じているからだ。
ふと、周囲の空気が異様な冷気を帯び始める。
それは暑さを緩和してくれる心地よさとは程遠い、凶暴さと残酷さを持った攻撃としての魔法。
その発生源は先程の花びらを振り払い、ステッキをかざす姫だ。
壊されたせいか、はたまた前からそうであったのかは分からないが、目のある場所には落ちくぼんだ空洞があるのみ。
しかし、ぼさぼさの髪の隙間からのぞくその空洞からは確かに憎悪のこもった視線を感じる。
少女が憧れる魔法使いのもつようなステッキの先端に集まった氷の魔力は、姫が杖を振るうと戦場の中央に巨大なブリザードが発生した。
荒れ狂う氷のつぶてと身を裂く冷気が白い奔流となり、撃退士たちを飲み込んでいく。
カタカタカタカタと、不気味な音を立てつつ首を動かしその様子をどこか満足げに見つめる姫は笑っているのかもしれない。
だが、白銀の渦を切り裂いて、薄紫の粒子を振り撒き進む一矢が姫の頭部に直撃し、その笑いを無理やり中断させる。
「此処に子どもは居ないわよ、私たちが片付けてあげるわ」
頬から流れ出た紅で身体にまとわりつく白を染めながら、エステリーゼは氷の欠片を振り払う。
「それにしてもこんなディアボロを作るなんて、悪魔も趣味が悪いわ。というかディアボロはみんな趣味悪いのよ」
その血を拭うと再度魔法の矢を姫の足を狙ってうちこむ。
足を損傷し、バランスを崩した姫に空気を裂き飛来するのは銀弾の雨。
絶え間なく撃ち込まれる弾丸の衝撃に姫人形は体をのけぞらせた。
(「大丈夫、守り神がついてる」)
銃弾を放った夏野は両手でしっかりとオプニノスを握り、まっすぐに姫を見据えている。その瞳にもはや怯えも緊張もない。
8人が揃い、その上見知らぬ環境で緊張は最高潮に達していたのだが、身につけた短剣を見やり、決意を再び固めた彼女は姫人形を正確に打ち抜いた。
そこにヒリュウのフィロが飛びかかり、強烈な突進を見舞う。
さらに飛来するのは虹色の刃。
幾重にも色を重ねた輝く尾を引きつつ、刃は姫を刻んでいく。
畳みかけるような連続攻撃をかろうじて耐えた姫が顔を上げ見たのは、太陽を思わせる光を放つ炎の球。
「いくらゴミが散乱している所でも、それっぽいディアボロは要らないよ」
ソフィアの言葉が聞こえたのか聞こえていないのか、身をよじり回避を試みた姫であったが時はすでに遅い。
一瞬あたりが昼間のように明るく照らされ、花びらが舞い散る中、ステッキを取りおとした姫はそのまま地面に崩れ落ちた。
姫が撃破されたのを見てか偶然か、残されたディアボロ達は捨て身の攻勢にかかる。
「いーやー!こないでー!」
先程の矢を脅威と感じたのか、素早いクマがエステリーゼの元へと爪を振るわんと駆け寄っていく。
近寄るなとばかりに撃ち込まれた魔法の矢が直撃をするのも厭わずに、クマが赤黒く染まった爪を全力で叩きつける。
――ガキン。
堅い金属と金属がぶつかり合うような音が響き、エステリーゼが気がつくと目の前には黒い光をはらはらと散らした純白の大きな翼。
エステリーゼが短く感謝を伝えると、クロフィは小さくうなずいて応じた。
お互い消耗しつつはあるが、まだ倒れるには程遠い。
クロフィの持つ盾に攻撃を阻まれたクマはそれならばと振り返る反動で再び飛び出し、近くにいたロードへと駆け進んでいく。
彼が行っていたのは遠距離攻撃。懐に入れば勝機はあるのではないかと、そのディアボロは考えたのかもしれない。
だが――。
走り抜けると同時に横薙ぎに切り裂いた一閃に手ごたえはなく、カンッという軽い音とともに弾き飛ばされた何かが飛んで行く。
カランと地面に転がったそれは簡素な盾。
「どこ狙ってんだ?」
声とともにクマが感じたのは強い衝撃だった。
ゆっくりとクマが下を見るとまっすぐに夜の闇を映したかのような漆黒の大剣が貫いている。
先程の隙に背後へと回り込んだロードに突き刺され、クマは完全にその機能を停止する。
そのほぼ同刻、騎士はその動きを止められていた。
身に纏わりつくのは花咲く蔓。ソフィアの呼び出したその蔓は、騎士をがっちりと縛り動きを阻害する。
その捕縛から逃れようともがく騎士だが、蔓は全く千切れない。
その胴部に夏野の放つ弾丸が命中する。
――ピシッ
すでに何度も攻撃を受け、耐久度も限界だったのだろう。頑丈そうに見えた鎧もついに目に見える亀裂が走る。
「これで、終わりだ」
桐山の拳に、ぱきぱきと亀裂は数を増していく。
やがて全身に亀裂が走ったかと思うと、 騎士の鎧は粉々に砕け散った。
最後に一人残ったロボはマシンガンをサーベルに持ち替え、フィロに切りかかる。
既に盾を持っていた左腕も肘から先を失い、剣一本で切りかかる姿はまさにジャンクといった様相だった。
もう一撃とばかりに剣を振り上げるロボの懐に入り込みフィロが渾身の一撃を放つと、輝くまばゆい光と共に矢と槍に形作られた光が突き刺さる。
ルルディの放つ矢に射抜かれ傾いだロボの体を水晶のように透き通った大剣が両断する。
「汝に幸あらんことを」
壊れてもなおも動き続けた玩具たちは、もう二度と動くことはなかった。
●夏の夜に響くのは
「皆、人形たちがこのままだと可哀想だからお炊き上げをしたいから手伝ってくれる?」
戦闘が終わり、撃退士たちが息を整え終わったところで夏野はそう切り出した。
玩具の残骸は未だにゴミとともに転がっている。
確かに悪魔達とはいえ、このまま放置するのも忍びない。
撃退士たちは、他のゴミや廃材などに火が燃え移らないように場所を確保しそこに残骸を集めて火をつけた。
「今度は子供たちと楽しく遊ぼうね」
火を見つめながら夏野がつぶやく。
燃える残骸は徐々に黒く変色し、炭となり灰に変化していく。
その様子を眺めつつ、このディアボロも元は人間だったのだろうかと桐山は思いを馳せる。
そうだったとすれば、本当に「終わる」ことが出来たのは良かったのかもしれない。
自分が肝試しに参加するとすれば怪物役になりそうだなと思う桐山の横で、うっすらと涙を浮かべているのはエステリーゼ。
「こ、怖くなんてなかったんだから……子供だましよ、あんなもの」
強がってはいるものの相当怖かったのか涙がこぼれそうになっている。
それをみたロードがそっとハンカチを差し出すと、エステリーゼはぐしぐしと目をこすった。
「まぁ、無事にすんだしよかったってことで」
ディザイアが肩にぽんと手を乗せてやると、エステリーゼも普段の調子を取り戻す。
メイドに見られたらなんて言われるやらと、小さく一つため息をついた。
「もっと遊びたかったかもしれないけどもう終わりだよ。おやすみなさい」
クロフィが立ち上る煙を追って空を見上げるとちょうど雲が散り、丸い月が現れたところだった。
まっすぐと月に向かって煙が上って行く様子はまるで魂が天に還っていくようで。
――ありがとう。
撃退士たちは雑木林を吹き抜ける風の中に小さく、そんな声を聞いた気がした。