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倉庫の奥から現れた天使は3騎。
「思ったより少ないね」
「外の方々が善戦してくださっているようです」
夜来野 遥久(
ja6843)の返答を背で聞き来つつ、月居 愁也(
ja6837)は敵の側面へと駆け寄っていく。
事前にもたらされた情報によれば、もっと多くの天使が守っているはずだ。
それが、これだけしか残っていないということは外の脅威を大きく見積もったという事なのだろう。
敵が強大であるからこそ、数の有利もある今のうちにアドバンテージを稼いでおきたい。
「回復手から狙いましょう」
敵の天使は、杖もち、弓もち、盾もちが一騎ずつ。
遥久の言葉に応じるように、逆巻く龍のような焔が天使たちを巻き込み倉庫の天井へと吹き上がる。
「このコンテナ全部が目標のブツ?大漁じゃないっ」
天へと手を掲げたまま、周囲の白いコンテナへと視線を巡らせて、六道 鈴音(
ja4192)の零した声はどこか弾んだ様子。
それもそのはず。この中に収められた輝石一つで天使たちはしばらく活動ができる。これだけ多くの数があれば、エネルギーの供給を断たれた地球の天使たちも十分な活動ができる。
そうすることで多くの人を助けることができるだろう。 鈴音は
「あくまで一時的なものだと分かってはいます。でも嬉しいんです。分かり合う事が不可能じゃないって思えますから」
リネリア (jz0333) に光の祝福をもたらしながら、穂積 直(
jb8422)が告げるのは理想。
単純でしょうか、と付け足した彼にリネリアは首を小さく振って、盾を持った天使へと槍を振るう。
キィンと甲高い音と共に逸らされた槍は肩を軽く傷つけるのみ。
騎士たちには及ばないとはいえ天使は天使。
反撃にと振り上げられた剣がリネリアへと迫る、が――。
ガンと、大きな音と共に盾の天使が大きくよろめく。ぶれた剣は空を斬るのみでリネリアへは至らない。
「助かったっす」
「礼には及ばない」
天使に大剣を叩きつけた桝本 侑吾(
ja8758)は、敵へと向き直りつつそうそう、と言葉を続ける。
「仲直り、って言ってたけどさ。そもそも仲違いなんてしてたっけか」
何度も刃を交えた、ぶつかりあったこともあった。だが、それは仲違いをしていたわけではなかったのだろうか。
少なくとも、当時は分かり合えないと思っていたわけで――。
考え始めた視界の脇で、矢を番えた天使へと雷が食らいつく。
バヂッと短い音を轟かせ、菊の花を思わせる火花を散らしながら迸る雷撃の向こうでゼロ=シュバイツァー(
jb7501)が大鎌を振るうと再び構えなおす。
考えるのは後だ、今は戦いに集中する。
これが最後の機会ではない、これからもきっと共に過ごすことができるはずだから。
「今回は役者が多くて助かるわ。ぶっ倒す事だけ考えとったらええからな!」
ゼロの声が響き渡る。
雷鳴が戦いの始まりを告げた。
●
「応戦しろ、増援が来るまで耐えればいい」
盾の天使が短く指示を出し、白い燐光を零す剣を振り上げ突っ込んでくる。
倉庫に反響する激しい金属音。
後衛を寸断しようと突っ込んできた天使の一撃は、盾を翳した遥久によって防がれる。
一兵卒といえ天使は天使。その一撃は重く鋭いものだ。
だが、あの一撃ほどではない。
遥久は足を踏みしめ、天使の斬撃を受け止めきる。
「未来に繋ぐために、奪わせてもらうよ」
弓の天使に迫り、愁也が刃のついた盾を振るう。
選択を積み重ね勝ち取ってきた未来、誰が相手であろうと潰えさせるわけにはいかない。
「なぁ、リネリア」
穏やかそうにみえる侑吾の様子は普段通り。
「俺の動きはもう知ってるだろ? 上手く使えよ」
使えるもんは全部使ってさ。
「ぶっつけ本番。無茶を言うんすね」
言葉とは裏腹に満更ではなさそうな様子で、ひらりと空へ浮かぶ。
彼らは自分を信じてくれている。
それなら――。
「私も信じなきゃ騎士の名折れ、っすよね」
言葉と共に宙へと溶け込む。
敵の早期撃破が私の役割ならば、それに応えよう、と。
回復が飛び交い、盾がカバーし、隙あらば銃弾と矢が乱れ飛ぶ。
撃退士たちがやや有利であったものの、膠着した戦況が続いていた。
長引けば増援が来てしまう。
若干の焦りが滲む最中、均衡を崩したのは鈴音の一手。
天使たちの意識が逸れた隙をつき、彼らの背面に位置するコンテナ上に移動する。
「ここからなら――」
杖と弓の天使を射程に捉え、天へと大きく腕を突き上げる。
応じるように一際大きい焔の柱が熱を以て天使たちを焼くように飲み込んだ。
戦場を見渡す鈴音はまだ、その場にとどまっていた。再転位はしない。
杖の天使は弓の天使へと癒しの力を振るい、弓の天使は反撃の矢を放つ。
飛来した一撃が掠めた鈴音の腕からは赤い血が流れた。
でも、これでいい。
「なぁ」
ぬらり、と杖の天使の背後から黒い人影が現れる。白い天界には異質な暗い暗い闇を帯びた人影。
「余所見か?余裕やな、自分」
鈴音には見えていたのだ。隙を伺うゼロの姿が。
振り返るにはもう遅い。
ゼロの振るう光を返さぬ凝縮された闇を纏った鎌が杖の天使の背後に突き刺さると、一拍遅れて鎧が内側から爆ぜる。
「このへん全部俺の間合いやで?」
他者へ回復を優先していた天使に、鈴音とゼロの攻撃を受けきる余裕などあるはずもなく。
杖の天使は地に伏し、回復役が倒れたことで総崩れする結果となった。
「今が好機か」
杖の天使が倒れたのを見て、侑吾が盾の天使へと斬撃を放つ。
振り上げられ大剣の一撃は盾によって受け止められる。しかし、本命はこれではない。
「やると思ったっすよ」
空間がゆがむように盾の天使の背面にもやがかかると、そこからまっすぐに槍が突き出される。
「たたみかけるべきだと思った」
「奇遇っすね、自分もその判断っす」
話す言葉とは裏腹に、 侑吾は鋭く激しい斬撃を盾の天使へと振るう。
正面、逆袈裟、横薙ぎ。
流れるように剣を振るう侑吾に合わせて、リネリアは死角から槍や鎖を叩きこむ。
盾の天使を守るように飛来する矢は、愁也が遮り撃ち落とす。
弓の天使へと迫る愁也。
被弾箇所は徐々に増えていくが、小さな白い薔薇が花開き、バチッと雷光のように白く散りゆけばそこにもう傷はなく。
「あまり無茶はしすぎないように」
「大丈夫」
信じる相方がついているのだから、全力で攻撃に専念することができる。
盾から延びた刃を振るい、矢は受け流し、弓を引かせまいと距離を詰める。
ふと、盾の天使のほうへ目を向けると、リネリアはじっと愁也の方を見つめていた。
もはや言葉も不要。視線に気づいた愁也 は大きく頷くと盾を構え突進を開始する。
狙うは目の前の天使。体からぶつかるように弓の天使を押し出せば、衝撃に耐えきれず天使は吹っ飛んでいく、と。
ガコンと激しい音が響き渡る。
リネリアの鎖にからめとられた盾の天使が、弓の天使にぶつかるように投げ出されていた。
「終わりにしよう」
大剣を正眼に構えて、侑吾は目の前の天使を見据える。
「資源ごときに……増援はまだなのか!」
増援は、まだ訪れない。
侑吾が振り抜いた剣の軌跡をなぞるように剣閃が天使たちへと迫る。それに続くように、紅焔の竜が、破壊を伴う衝撃が、菊花咲く雷撃が、次々と降り注ぐ。
「これでとどめです」
遥久が手を掲げると、空に無数の流星が浮かび上がる。
尾を引く流星は未だ動けぬ2騎の天使へと降り注ぎ――。
杖の天使と同じ結末を辿ることとなった。
増援の天使たちが戻ってきたのはそれから少し時間がたった後。
偽の壁で誘導し、コンテナで遮蔽をとり戦った撃退士たち。
準備を十分にとり、敵を寸断し天使たちを待ち構えた学園の撃退士たちに、浮足立った天使たちが敵うことはなく。
「ほんと味方でよかったっす」
しかし、そう称えたリネリアの言葉には、それ以上の意味が籠められていたのだろう。
思い思いに彼女に頷いた撃退士達もまた同様に。
倉庫内の天使たちは全て撃破できたが、これほど大きな騒ぎだ。
強力な増援が来ることも予想される。そうなれば、現在の状況で防ぎきるのは難しい。
ならば。
「さぁ、目的のブツをいただいてさっさとずらかりましょう!」
鈴音が高く高く手を掲げて宣言する。
戦場になっていた倉庫内の反対側。
出口にほど近い場所に並ぶ台車――――と、ロープでその上に括りつけられた寝袋の山。
幸い、増援の天使たちが来るまでの間に十分集めることができた。
「コンテナはさすがに無理だったか」
「乗せられはしますが、戻りのゲートまでは持ちそうになかったです」
「ま、こんだけあれば十分っしょ」
事実、これだけの数があれば当面の間地球の天使たちが活動するのに困ることはないだろう。
神器の修理にも十分エネルギーをまわすことができそうだ。
「な、なんっすかこれ!?」
台車の一台に鎮座するものをみてリネリアが声をあげる。
「すまない、普通のも用意したんやけど俺が持ってる寝袋はこれし――」
「すっごい可愛いっす!!」
ゼロの用意した鮫の形をした寝袋に目を輝かせる騎士。
動物好きには大変クリティカルな造形だったらしい。
「ゼロさんのはあれだ、キャビアだと思えば楽しい」
それを聞いた愁也が言えば、皆でしげしげと鮫の寝袋を見つめる。
鮫の中に詰まった濃紺の球体。なるほど、確かにキャビアに見える。
「それなら、他の寝袋はタラコでしょうか」
「あったかいご飯に乗せて食べたくなってきました」
「さ、盗るもん盗ったらさっさとずらかるで!」
美味しい食事は帰ったのちに。
台車を押し、倉庫を去ろうとしたところでふと愁也が振り返る。
「リネリアさん」
「なんっすか?」
「これって、壊しといたほうがいいんじゃない?」
指すのは室内に残ったコンテナ。
戦闘に巻き込まれて壊れたものも多くあるとはいえ、未だ健在なものや中身に影響のないものも多くある。
盲点だった。
残しておいても天王派が使い切るだろう。置いておくメリットは殆どないに等しい。
「もちょっと手伝ってほしいっすよ」
やるからには徹底的に。
数刻後。
被害を確認しに来た天使が見たものは、破壊しつくされたコンテナと鉱石の破片だけだったという。
●
幸い追手に遭う事なく、撃退士たちは撤退することができた。
石鎚山で撃退士たちはほっと息をつく。
「こういう形で『戦う』ことになるとは思わなかったけれどさ、こういうのも悪くないと思うぞ」
「奇遇っすね。相手したことあるからか、むしろやりやすかったっす」
侑吾の言葉にリネリアは笑顔を返す。もちろん、自分の動きに合わせてくれた者が多くいたのも大きな理由だが、意外であることに変わりはない。
「っと、そういえばあの時、水かけちゃったけど、風邪ひかなかった?」
「大丈夫っすよ! むしろその前、水どころじゃないものぶつけちゃった気がするっすから……」
この騎士と最後に相対した時のことを告げる愁也の言葉に、リネリアの申し訳なさそうな視線は遥久の方へ。
枝門攻略の際に向けられた敵意と拒絶は確かに覚えている。
それでも。
「ですがリネリア殿、今はこうして共に戦うことまでできました」
告げる言葉は偽りなく。まっすぐにリネリアを見て遥久は告げる。
「今すぐじゃなくていいから、少しずつ俺らを知ってくれたら嬉しいよ」
その手の先に、思い描いた未来があると信じて。
差し出される愁也の掌。
応じようと伸ばされたリネリアの手。近づくにつれて震え、止まりそうになった刹那――。
「避けてばっかりじゃ駄目です!!」
よく通る鈴音の声に、はっとリネリアは顔を上げる。いつのまにか傍にいた直の声が鈴音に続いた。
「僕は人間と悪魔どちらにも属せない半端者です。でも、半端者だからこそ手を差し伸べられる事もある。そう信じています」
直の伸ばした掌が、何も掴めずにいたリネリアの手を愁也の手へと重ねる。
「リネリアさん、貴女の守りたいものは何ですか?」
「私の、守りたいもの……」
しばらくの間沈黙が下りる。
だが、今度は視線を逸らさずに。
「……平和を、守りたいっす」
争いのない未来を。それがきっと最初のきっかけであり、今も変わらぬ願い。
「だから、こっちからもお願いするっす。みんなのことを教えてほしい、って」
それがきっと、同じ道を歩むための一歩になるから。
「もちろん!」
真剣な面持ちはやがて蕾が開くように笑顔へと転じる。重なり合った掌に力をこめてぶんぶんと上下に振った。
「よぉし、そんなら帰りはシューヤさんとハルヒサさんと一緒にしてきた冒険譚を聞かせたるわ」
「ほんとっすか!?」
思えば戦場でしかあったことがなかった、普段の様子はとても興味がある。
きっととても刺激的な冒険だったのだろう。
ぽんと肩に侑吾の手が置かれる。
「何時の日か迷わない君と戦おうっていったよな?」
「あ……っ」
最後に交わした言葉を思い出す。
約束が果たせなくなってしまうかと思い、焦るリネリアの様子にふふと侑吾は笑い始める。
「な、何がおかしいんすか!?」
「何も敵対だけが戦う理由じゃないさ」
戦う理由は敵対だけじゃない、戦う方法も攻撃だけではない。
「どんなのでも負けないっすから!」
この先はまだ分からないけれど、また新たに約束を結ぶこととした。
「あの!」
両手でバスケットを抱え、直がリネリアに声をかける。
「エネルギー補給です!どうぞ!」
差し出されたバスケットに入っていたサンドイッチと牛乳。
短く礼をいうと、恐る恐る手に取って一口食べてみる。
「……美味しいっす」
食べること自体は嫌いではないが、これほど食べ物を美味しいと思ったのはいつぶりだろうか。
これはどこで、と問えば学園の購買部で売っているとのこと。
「もっと美味しいものだってあるんですよ」
「学園に来る機会があったら案内しますからね」
ちょっと今はゆっくりできないかもしれませんが、と直と鈴音は付け足した。
戦いが一区切りついたのなら、行ってみるのもいいかもしれない。
これからのことは分からないけれど、きっと、いつか。
「……魂を継ぐ、と言い切るには、まだまだでしょうかね」
少し離れてその様子を見ていた遥久の言葉は風に乗って空へと舞っていく。
目指す未来は遠くとも、誓灯は確かに繋がれた。
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共闘はいったんここでお終い。
ここからまた、それぞれの戦場へ戻る。
でもきっと、これで最後ではないのだろう。
だから――。
ずいぶん時間はかかってしまったけれど。
彼が信じ、私を信じてくれた戦友たちに。
――ありがとう。
あの日言えなかった言葉を、今、ちゃんと届けよう。