それは少しだけ昔のおはなし。
大きな、大きな、森の中に二人の魔女の少女が住んでいました。
一人は大きな本を抱え、人間たちを興味津々に眺めている魔女、クラウディア。
一人はいつも人間たちに悪戯をしかけては楽しんでいる魔女、セーレ。
ある日、二人の動物園に訪問者が現れました。
●
森に一人で入るんじゃなかった。
黄昏ひりょ(
jb3452)は森の中で頭を抱えていた。
最初は出来心だったのだ。不思議な感覚に襲われてふらりと森に侵入したが最後、すっかり道に迷ってしまったのだ。
先ほどまであったはずの道すらもう見当たらない。さてはてどうしたものかと思案していると、つんつんと背中をつつかれる。
「ここは……、どこ……? 迷った、みたい……」
振り返れば黒髪の少女、酒守 夜ヱ香(
jb6073)が首をかしげてひりょの方をじぃと見ていた。
どこか、別の世界で会ったような気もするが、少なくとも彼女は今この森の中で自分と同じく迷子らしい。
「俺も迷子だけど、一緒に行くか……?」
少なくとも一人で迷い続けるよりは、状況は改善されるはずだ。
ひりょが恐る恐る聞いてみれば、こくりと夜ヱ香は大きく一つ頷く。
どちらから来たかもわからなくなった森の中、一先ず風に乗って幽かに音のする方へ。二人は茂みを掻き分けて進み始めた。
一方その頃森の上空。
真っ青な空とは対照的に、真っ赤な服を着た魔女が一人、空の散歩に勤しんでいた。
「ん〜っ……」
花弁の舞う深紅の翼をはためかせ、大きく伸びをしたErie Schwagerin(
ja9642)は、あたりの様子を見回す。
澄み切った青空と優しい陽光。遠くに見える故郷の町。その手前に広がる木々の茂る森。そして、森の広場に並んでいるのは、無数の飾り付けられたテントと何かを囲う柵。
「久々に帰ってきたけど、相変わらず何も変わってな……変わってな……変わって、る…… 」
こちらへと手を挙げるブロックのゴーレム。その周囲ではおもちゃの兵隊が整然と行進をしている。
「何よ、なんかこう……いろいろ集まってるのは……」
少なくとも、自分が出発した時にはこんなおかしな森ではなかったはずだ。うん、なかった……はずだ。
一体何が起こっているというのか……。
急ぎの帰郷でもなかったので、Erieはこのよくわからない集まりを見て帰る事にした。
魔女のいる森の中、やってくるのは人間ばかりではない。
「たしか、このあたりだったと思うのですけれど」
シスター服に身を包み、森の中をゆくフィルグリント ウルスマギナ(
jc0986)。
彼女は、同じ魔女仲間であるクラウディアから強烈な……熱心な招待を受け、見学のためにやってきたのだった。
「お客さんです?」
声が聞こえて顔を上げれば、森の中には場違いな無数の柵と飾りの下で、狐耳のメイドが手を振っているのが見える。
恐らく、招待をしてきた彼女の使い魔だろう。
「間違っていなくてよかったです」
「あぁ、辺鄙なとこですから。迷う人少なくないと思うです」
穏やかにフィルグリントが笑いかければ、さっきも騎士さんが迷ってたですよ、とコルネリアも苦笑しながら答える。こんなに深い森ならば、招待しても迷ってしまう。
「意外と他にも、迷ってらっしゃる方が――」
「ねぇ、お嬢さん。ここ、何?」
さっそく背後から声がかけられる。
「今度は旅の冒険者さんですね。ここは動物園ですよ」
「ふむ……どうぶつえん、ねぇ。なかなかいい機会だし、良かったら案内してくれない?」
魔物の気配に面倒な事かと思った砂原・ジェンティアン・竜胆(
jb7192)だが、そうでもないらしい。
微笑みを浮かべながら、コルネリアに声をかけると、もちろんです、と目の前の使い魔は小さく礼をした。
ふとジェンティアンは視界の端でゴーレムに乗る銀の魔女を見かける。
「へぇ、あれ乗れるの。二人乗りとかもできる? 一緒に乗ろう。えーと……名前聞いてなかったね。ジェンティアンだよ、キミは?」
「コルネリアですよ。せっかくですから、あれに乗って案内するですか」
苦笑を浮かべながら、それでもどこか嬉しそうにコルネリアは応えると、ジェンティアンはフィルグリントに振り返り手を差し伸べる。
「もちろん、キミも一緒に」
手を取ったフィルグリントとコルネリアが乗りやすいように支えてから、ジェンティアンもゴーレムの上に乗る。
三人が乗り込んだゴーレムはのしのしと動物園の中央へと歩き出した。
メイドさんが引き合わせてくれた目の前の金髪ちびっ子曰く、ここは「動物園」らしい。
楽しそうな相棒に背中を押され、はしゃいでいるのを止めに止めて、齧られながらもやっとメイドから教わったこの魔女に話をしに来たところ、久瀬 悠人(
jb0684)はそう説明を受けた。
「動物園なら、人間の方のほうが詳しいですよね。この動物園、しっかり再現できていると思いませんか?」
「移動動物園って感じだな。良くできてる」
でも騎士仲間が居たら、魔境だと思うぞきっと。そう思っても声には出さずに欠伸を一つ。
会ったのは初めてのはずだが、悠人には不思議と分かる事があった。
それを言ったらこの魔女は残念がる、確実に寂しそうな顔をする。なので、言わないことにしたのである。
「よろしければ、ゆっくり見ていってくださいね」
にこりとほほ笑んだ金髪の魔女の頭の上、先ほど使い魔メイドの胸にダイブしていこうとして捕えられた悠人の相棒がのっかっている。
「チビよ、何故お前はそのちびっ子魔女の頭に乗っているやめなさい」
ぐいっとひぺがす非常に嫌そうな顔をした相棒に、別に大丈夫ですのにと笑う魔女。
訓練なんてするよりも、こんな摩訶不思議な動物園を調査する方が先決だと悠人は考える。何よりもサボれるし。
後ろをゴーレムが滑走していった気がするが、見ないふりをしておいた。
●
「きゃぁぁ、ス・テ・キ!」
突如森から駆け込む人影。
何事かとそちらに目を向けると須藤 緋音(
jc0576)がちょうど座った熊のお腹に飛び込んだところだった。
本人は隠しているが緋音もまた魔女の一人。
「クラウディアとコルネリアもやってみない?」
この二人を知っていたり、使い魔と会話したりするあたり、バレる原因なのかもしれないが、この魔女にはどこ吹く風。
楽しそうな様子でぬいぐるみにじゃれつく姿はまるで人間の子どものよう。
「えぇ、では」
「ご一緒するです」
と三人でお腹に抱きついているのを、大きな熊は首をかしげながら見守っていた。
「こういうのお好きですよね」
「だって、小さな子どもの頃しか許してもらえないもの」
クラウディアの言葉に満面の笑みを浮かべて緋音は返す。大きなぬいぐるみのお腹に飛び込む、それはある種のロマン。
「柔らかいんですね」
フィルグリントは小ぶりなぬいぐるみを両手でもふもふと抱きしめている。
ぬいぐるみのほうも嬉しいようで、腕をパタパタ。道案内をしていたクラウディアもその様子には微笑ましそうにしていた。
「もふもふは正義だよな」
懐かれたようで大量のぬいぐるみに囲われ、もこもこの真ん中にいるひりょが言えば、全員がその言葉に肯定を返す。
ふわふわもこもこの真ん中にいられるなんて、ここは楽園だろうか。
魔物とあって戦わなければならないかと、一瞬身構えたが敵意はないらしい。
「クラウディアさんは、ここの動物園を作ったのか!凄いな君は」
「い、いえ!? お褒めいただけるようなものでは……」
言葉とは裏腹に脱いだ帽子で顔を隠しながら嬉しそうに笑うクラウディア。
「人間の村でも普段は見ないもの。素敵、素敵だわ♪」
「はい、こういうのも楽しいと思います」
緋音とフィルグリントに言われればクラウディアはますます赤くなる。
じっと犬のぬいぐるみと見つめあう夜ヱ香。
こてんと首を傾げた犬を抱き上げて、取り出したのは針と糸。
森の中を歩き回って綻びたところを繕ってあげれば、犬は嬉しそうに踊りだし、どこかへと駆けだしてしまった。
「あ……」
行っちゃった、と少しさみしそうな夜ヱ香だったが、すぐに向こうから犬が戻ってくるのが見える。
連れ出されたのはおもちゃの兵隊に人形たち。先ほどのわんこが旗を振っていた。
「お礼のパレードのつもりかな?」
くるくると行進が始まれば不思議と楽しくなってきた。
「せっかくだから、ゴーレムでお茶でもしましょうか」
緋音の提案に、その場にいたものたちは大型のゴーレムの背へと移動する。
(「運転、しなければ大丈夫だよな……」)
乗り物運転すると性格豹変するみたいと釘を刺されていたが、乗っただけならば大丈夫そうだった。
「お口にあうと良いのだけれど」
と、緋音が取り出したのはスコーンとジャムサンド。紅茶はクラウディアが淹れてきたらしい。
「クリームが甘すぎないから、紅茶とよく合いますね」
「スコーンもサクサクで美味しいよ」
料理自体が美味しいうえに大勢で食べればきっと美味しさは何倍にも膨れ上がる。
魔女や使い魔にも好評で、たくさんあった料理はみるみるうちに減っていく。緋音は好評だった事を喜びつつ、パレードと演奏のついたお茶会を楽しんだ。
「この子はなんていうのかしらぁ?」
「ふーちゃんって言うんすよ。サラサラした毛並みの白い虎っす」
蒼い小竜を抱きしめながら、スケッチブックを捲り、横に座るErieへ今までスケッチした魔物たちを見せるリネリア。
「へぇ……絵、上手なのね」
「そ、そんなでもないっすよ!?Erieさんは描いたりしないんすか?」
抱きつくのを竜の主が昼寝に入ったのを言いことにくっついてきた竜を抱きしめ、ふと顔を上げればジェンティアンの姿。
「こんにちは。絵を描くの楽しそうだね。……見ていい?」
スケッチブックを覗き込みつつ、微笑みを浮かべたジェンティアンの問いにリネリアはもちろんと笑顔で返した。
パラパラとスケッチブックを眺めると、今は向こうで始まったお茶会を描いているらしい。
ゴーレムの上で紅茶を傾ける人々と、周りを回る兵士や人形が描かれている。
「へぇ上手いねー。僕の身内も絵を描くのが大好きでさ。キミ見たら思い出しちゃった。ここには、絵を描きに来たのかな?」
「それはいつか話してみたいっすね。っと、ホントは狩りの途中だったんすけど、珍しいのがいっぱいいたっすから」
と、今度はジェンティアンも交えて三人での話が弾んで行く。
集ったのはそれぞれ放浪をする者同士、いろいろな経験を積んでいたのだろう。
遺跡の奥に封印された魔導の書物に関する話があれば、一人の少女を助けたことから始まる冒険譚。狩りの際に出会った奇妙な魔物の話もあった。
話がはずめば当然喉も渇くもので。
「せっかくだから、こっちもお茶にするのもいいわねぇ」
「えぇ、喉も渇いてきちゃったからね」
紅茶を注いで話の続きを。コルネリアが運んできたポットとカップをErieが手際よく配っていく。
お茶受けはお菓子よりもっぱらそれぞれの話。
途中から目を覚ました悠人も加わって、個性豊かなお茶会は和やかに進行していった。
●
高かった日もすっかり傾き、辺りは夕焼けに包まれる。
楽しい時間が終わりを告げ自分が迷子だったことを思い出した夜ヱ香は、呼び出したケセランを手に乗せ、空を見上げた。
思い浮かぶのは誰かの顔。
穏やかな笑みと優しげな瞳。引かれた手のぬくもりが幽かに蘇った。
彼に、会わなくてはいけない。
じっと、ケセランの消えた後の掌を見つめていた夜ヱ香は、ゆっくりと森へと歩き始める。
「あら、もうお帰りですか?」
「誰かが待っていてくれる……気がするから……」
楽しかったと付け足して、会いたい誰かを探すために。
「さってと、そろそろ自分も帰るっすかねぇ。楽しかったっすよ」
スケッチブックをパタンとたたんだリネリアも立ち上がり、荷物を纏める。
中の絵はきっと大切な思い出だ。
「せっかくだから、大事にするわねぇ」
「す、すぐ処分してもいいんすよ!?」
Erieが取り出した紙に書かれていたのもまたErie。
魔物を描く合間にリネリアがこっそり描いていたものを見かけ、そのままもらったものだった。
絵の中の紅蓮の魔女はどこか純粋な笑顔で笑っていた。
そっちの方がずっといいっす、とリネリアが恥ずかしげに付け足したのは聞かなかった事にしておいてあげよう。
「リネリアちゃんと話してたら、身内に会いたくなったわ。もう長いこと帰ってないけど、久しぶりに故郷に帰ってみようかなぁ」
「それがいいっすよ。いろんな話持って帰ったら、きっと喜ぶと思うっすよ」
ジェンティアンの言葉にリネリアはにかっと笑って応える。
「今日もいっぱい素敵な話をもらえたからね。また会えたら、どんな魔物の話が聞けるのか楽しみにしているよ」
優しげな微笑みをリネリアに向け、ジェンティアンはリネリアに手を振る。
故郷への道の中でもきっと土産話は増えていくことだろう。脳裏に浮かぶ懐かしい故郷の景色に、少し郷愁を感じつつ。
「途中までなら送れるぞ」
白銀に赤い瞳の騎竜を召喚し、ぽんぽんとその後ろを示す悠人。
「知らない人にはついていかない主義っすけど、ま、騎士さんならいいっすよね」
「見習いだけどな」
「ほんとに見習いっすか?」
気難しい子っぽいっすけど、よく懐いてるみたいっすから。
笑いながらリネリアは竜の背に跨る。どこか慣れた様子だった。
「皆さま今回は来てくださってありがとうございました。楽しんでいただけたらよかったですが」
と自信なさげに言うクラウディアに、手を振ってひりょが応える。
「いやいや、最初はびっくりはしたけれど物珍しいものがたくさんで、とても楽しかったよ」
「ちょっと、人間と友達になりたくて。もし、なれたなら良かったです」
俺でよかったら友達になるからね、とひりょが笑顔でつけ足せば寂しがり屋の魔女もたちまち笑顔に。友達になれたら凄く素敵だと思うから。
「今日は楽しい時間を過ごせましたよ。せっかくの魔女仲間ですから、また呼んでください」
と、フィルグリントのかけた言葉にクラウディアは必ずと約束して、コルネリアとともに腕を振って見送ってくれた。
いつかまた会おう、そう言いあって集ったものたちは去っていき、動物園には再び静寂が訪れる。
だが、寂しがりの魔女はもう寂しくなんてない。多くの人が訪れ、友達になってくれる人までいたのだから。
御伽話はハッピーエンドで幕を下ろした。
●
どうやら、夢を見ていたらしい。
残念ながら細かい内容は覚えていないけれど、普段の自分にはできないことを思いっきりやった夢。
まるで、子どもの頃のような楽しさやわくわく感がそこにはあった。
「さて、と……」
どこか満ち足りた気分のまま読みかけのまま寝てしまった本を置いて、緋音は部屋を後にする。
開きっぱなしの項の挿絵では森の魔女たちが楽しそうに微笑んでいた。