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「変わります!一端退いてくださいっ!」
金属の擦れる音を裂くように、穂積 直(
jb8422)の声が戦場に響き渡る。癒しの力を紡ぎ先遣隊がその光に包まれると、ほっと安堵のため息聞こえた。
攻撃を受け続け、体力は失われつつあるものの、まだ全員が立って動く事が出来ている。
退路を断つために回り込もうとしたブラッドリーの足元に炸裂する銃弾。
「……ほぅ」
感嘆の声を漏らしたブラッドリーを見据え、容赦なくアサルトライフルの銃弾を頭部へ連射したカイン=A=アルタイル(
ja8514)は横目で先遣隊に声を駆ける。
「無事だったか、取り敢えず一旦下がって少し休んでろ」
声には幽かに安堵が混じる。名も知らぬ、といえど仲間の死というのは気持ちの良いものではない。
「増援!助かります」
真っ先に癒しを受けたディバインナイトの先導で下がっていく先遣隊たち。
その背を追おうとした天使たちに降り注ぐのは、撃退士たちから放たれた攻撃だった。
尾を引き降り注ぐ流星、収縮し空間を圧壊せんとする魔力、爆発する魔方陣、炎を撒き散らす巨大な火の玉。
次々に放たれる攻撃の雨を天使と使徒は分かれて回避する。
――撃退士の狙い通りに。
「やっほぉ〜、リネリアちゃん♪お久しぶりぃ〜…って覚えてないか 」
リネリアとブラッドリーの間に割って入るよう動きつつ、場にそぐわぬ明るい声でErie Schwagerin(
ja9642)は目の前の天使へと言葉をかけた。
「借りのある相手を忘れはしないっすよ。相変わらず、ひっどい火力っすね」
リネリアは苦笑いを浮かべつつ、だが相応の圧力の篭められた声で応じ、Erie目がけ槍を振るおうとした刹那、空から再び流星が降り注ぐ。
「しばらく僕たちの相手をしてもらいますよ」
鈴代 征治(
ja1305)がリネリア前方に叩き落とした流星は、後方へと下がる事で回避される。だが、それは意図しての事。
「たった二人っすか、舐められたものっすね」
「そう思うならば試してみるんですね」
騎士を前にして臆さず、征治は言葉を返す。
強力な相手だからこそ連携を取らせるわけにはいかない、征治はちらりと後方の様子を伺いながら次の攻撃に備えた。
ブラッドリーは、増援で来た撃退士たちのほとんどが自分の方へと向かってきている事を視認すると、駆けだし合流を試みる。
「こんにちは、お目付け役さん♪よそ見しちゃったら、きついの一発いっちゃうゾ☆」
「だからあたしの相手、してもらえるかな」
頼むよ鳳凰、という言葉と共に焔を纏う神鳥を呼び出す藤井 雪彦(
jb4731)と雷撃を帯びた符を構える篠倉 茉莉花(
jc0698)が割って入った。
「ふむ……」
目の前にいるのは5人と1匹。無視して通れば背後を撃つ、二人の視線はそう言っていると判断し。
構えを取り、目の前の撃退士たちを睥睨すると老執事は告げる。
「少しばかり減らせば問題はありませんな」
「もし、やれるものならね」
あえて強気な言葉で返した茉莉花の放つ雷撃が、戦場を斬り裂いた。
●
当初撃退士たちは劣勢の闘いを強いられた。
少ない人数で騎士と使徒を相手取る事は、非常に困難であり損傷が累積していくがお互いに回復をし合う事で、誰も欠けずに戦いをつづけられている。
そして、ついに――。
「悪ぃ、待たせたな」
ルインズブレイドを先頭に、回復を終えた先遣隊が戻ってくる。
彼らは全員手筈通りにブラッドリーを包囲するように展開を開始する。
「そういう事だったわけですな」
その布陣をみたブラッドリーは撃退士たちが自分を先に撃破する事に決めている事を察知する。
最大の脅威であるErieを狙いに行くのは不可能。
気配を殺し、ならばターゲットにしたのは先遣隊のインフィルトレイター。
貫手でその防御を砕くとさらに追撃しようと迫る執事の前には、雪彦が立ちふさがる。
「撃退士は簡単には倒れないよ☆」
背中で庇うインフィルトレイターに回復をかける、が――。
「後ろから来てる!」
後ろへ退くということはリネリアに近づくと言う事で。
茉莉花の声がすると同時に、後方から長く伸びる鎖がインフィルトレイターを絡め取った。
鎖に絡め取られ、宙に舞う体。ブラッドリーの方へと叩きつけられたインフィルトレイターを庇う事はできない。
「まずは一人っすね」
まずは一撃、反撃にと放たれた銃弾をコートを翻した死角からの一撃。
もともと脆い防御が半減した状態で耐えきることは叶わずに。
援護能力を脅威と見たブラッドリーの手刀による二連撃により、先遣隊の一人は膝をつき崩れ落ちた。
素早い身のこなしで攻撃を裂け、隙あらば手刀の一撃を見舞ってくる老執事。
倒れたインフィルトレイターへと、とどめを刺そうと迫る執事の攻撃は雪彦が変わりに受けきり、直により安全なところへと下げられた。
無数の銃弾を撃ち込み、大剣を振り抜いたカインの中に生まれた小さな疑念は大きくなり、やがては一つの決心をさせる。
「決めた」
剣を打ち捨て、新たに取り出したのは拳布。
目の前にいる執事から感情の動きはほとんど読み取れないものの、動きは覚悟も誇りも持った武人のそれ。
例え甘いと言われても、侮辱にあたるやり方はもう続けられない。
「後の事なんざしらねえしぶっ殺されてもいい、お前の土俵で戦ってやるよ」
「ここまでされて、お相手せぬのは無粋でしょうな」
これは意外にもブラッドリーの視線を比較的落としやすい先遣隊から、学園の撃退士たちへと向けさせることに効果を発揮した。
カインのとったジークムンドーの構えに、気配を消し再び姿を眩まそうとしていたブラッドリーは、真正面で両手を構える。
「来られると良いでしょう、若人よ」
「カイン、だ!」
カインが言うと同時に強化された脚力で一気に踏み込み放つストレートリードパンチ、次いで放たれたクロスパンチとひじ打ちと畳みかけるような連撃を、ブラッドリーは首の動きで避けつつ両手で受け止める。
だが、カインの攻撃はまだ終わってはいない。顔に意識を集中させたところで、下からえぐるような蹴りを放ち、ガードに伸ばされた手をつかむと頭部への頭突きを叩きこむ。
「カイン、その名は覚えておきましょう」
老執事は断ち切られそうな意識を強靭な精神で維持し、放たれた抜き手を顔をずらし回避する。そのまま放たれた蹴りを抑え、強烈な足払いを放った。
バランスを崩し、転倒するカインに追撃を加えんと、間合いを詰めたブラッドリーの背後に迫る橙の影。
「飛んでるだけだと思ったんですがな。これはなかなか無視できぬようで」
「あたしたちは、一人じゃないから」
例え目の前の相手には遠く及ばないとしても、支え合い補い合う事でその力は非常に大きなものとなる。
上空から様子を見ていれば、ブラッドリーのとる行動の予想は可能。
茉莉花はすぐに高度を落とし、ブラッドリーの背へと雷撃を打ちつけた。その雷は射程を犠牲に幾重にも織り重ねられ圧縮され、磁場すら帯びて突き刺さる。
だが、攻撃時にこそ大きな隙が出来る。
ブラッドリーは振り返りざまに肘の一撃を見舞おうとするが。
「残念!見えてたからね♪」
ブラッドリーの肘打ちは茉莉花に届くことなく、雪彦の纏った網が絡め取り受け止める。
仲間を目の前で傷つけさせはしない。
使徒の一撃とあり、その威力はすさまじいものだったが表には出さず、雪彦は笑みすら浮かべて応じてみせる。
その間にカインには、直からの癒しの光が降り注いだ。
「良い連携ですな」
再びターゲットが先遣隊へと移る。
次に叩くは回復手。体力は回復してから来たものの、続く戦いで疲弊しつつある。
「今度はもうさせねぇよ」
最後の網を身にまとい、アストラルヴァンガードへと放たれた手刀を雪彦が受け止める。
もうこれ以上他人が傷つくところを見てはいられない。誰も倒れさせはしない。
「もう一回、行くよ」
再び茉莉花の手に青白い雷撃が収束する。
「同じ攻撃を二度は喰らいませんぞ」
放出された雷撃を避け、後ろに跳躍するブラッドリー。
だが、それこそが彼女の狙い。彼女は一人で戦っているわけではないのだから。
「――ボクさぁ、ちゃんと言ったよね?」
地を走る閃光が陣を描く。
「よそ見したらきついの一発いっちゃうゾ、って」
完成した魔方陣は眩い輝きを放ち、陣の内部にいる者の移動を阻害しようと試みる。
下がった事で味方と距離が出来る。ここなら巻き込まない。
相手は手練れ、手ごたえはあったが動きを止めるのは長く持たないだろう。だが、一瞬でも動きを止められたのならば。
――直の癒しを受け、体勢を立て直したカインの拳が綺麗にブラッドリーの顎をとらえた。
「一体どうやって立ってるんすかね」
たった二人で騎士の攻撃を受け続けた征治とErie。
着衣は既に双方の血で真っ赤に染まっており、その体力は既に意識を手放すどころか命にかかわってもおかしくない領域に入りつつあった。
「これ以上やったら、死ぬっすよ?」
短い警告。だが、撃退士二人は動じない。
「せっかくだから、一つお話でもしようかしらぁ。ロベルくん…だっけ?陽動に動いてたみたいだけど」
形の良い唇を血に濡らし、はっきりと通る声でErieは切りだした。
ロベル、自身の従士の名に気配を断ち、強引に突破しようとしていたリネリアの動きが止まる。
「ボロボロで帰ってくるはずよぉ……腕一本無くして。ま、私たちから奪おうって言うんだから、奪われても文句言わないわよねぇ? 」
クスクスと笑いながら、紅の魔女はリネリアに告げる。
彼女が槍を持つ手が、怒りで震えはじめているのが見て取れる。
「そんな、こと」
「嘘は言っていないわよぉ……前回も、嘘は言わなかったでしょ? 」
効いてる。そう判断し、Erieはさらに畳みかける。
自身の負傷を顧みず、ただ少しでも長くリネリアをこの場にとどめておく時間を稼ぐために。
「――!!」
言葉はなかった。
素早さを売りとする騎士だけあり、目で追うのすらも困難な速度でリネリアが一条の鎖を投げつける。
――キィン。
甲高い音を立て、鎖は逸れ、何もない地面へと突き刺さった。
「もう、その手は覚えましたよ」
いくら速度が速くとも、軌道さえ読めれば対策をすることは可能。
幾度となく攻撃を受けるたびに、予備動作やタイミングを測った征治の持つワイヤーが鎖の軌道を逸らしたのだ。
「それなら、こうさせてもらうっす!」
言葉と同時に羽ばたきを一つ。
一気に距離を詰めると同時に槍を前へと突き出す。
狙うは征治。ワイヤーを撒きつけた腕で槍の勢いを殺すが、加速の乗った槍は征治の左肩へと深々と突き刺さり貫通する。
「捕まえました」
流れる赤い血で服を汚しながらも、しっかりと目の前の騎士を見据えながら征治は告げる。
それを聞いてリネリアは初めて、自身の失敗に気づいた。
相手の方が数が多い場合、槍は薙ぎ払うのが良い。なぜならば突いてしまえば抜くまでには少なからず隙が生じる。
それは、自身の武器であり身を護るための盾でもある機動力を完全に失った瞬間でもある。
「嘘……っ」
目の前の征治の瞳に宿るのは強固な意志。
槍を引き抜き、下がろうとするリネリアへと征治は渾身の力を込めて騎兵槍を薙ぎ払う。
突き飛ばされるリネリアへと襲いかかるのは青白い雷を帯びる車輪。
「ほんとは紅茶でも飲みながら楽しくおしゃべりしたいんだけどねぇ」
バチバチと音を響かせながら、殺到する車輪の直撃がリネリアの体を轢き飛ばし、体は地へと転がった。
空に数枚純白の羽がはらりと舞い散る。
●
ちらりとリネリアはブラッドリーの様子を見遣った。
平静を装ってはいるものの、おそらくもう少しで限界だろう。また、紫焔蝶を通じて見えたシスの方も撤退は時間の問題だ。
対して、自身の前にはまだ11人もの撃退士がいる。目の前の二人も限界は既に突破しているというのに今だ膝をつかず、戦意は衰えた様子がない。
「潮時っすかねぇ」
一際大きく槍を振るうと後方へと跳躍し、距離を稼ぐ。ブラッドリーもまた、背は見せぬように撤退を開始した。
「まさか、押し切られるとは思わなかったっす。今度は勝たせてもらうっすよ」
これ以上負けるわけにはいかないっすから、そう言い去っていこうとするリネリアの背に、直は言葉をかける。
「貴方達の目的はなんですか? それはここの人達の生活を蹂躙しなきゃ叶わない物なんですか?」
返事はない。だがぴたり、と退こうとしていたリネリアはその場に止まった。
その様子に自分を奮い立たせながら、直は言葉を続ける。
「……天使様と人間が手を取り合えないなんて、思いたくないです。父ですら……悪魔ですら、人間を大切に思えるのに!」
普通の人たちが普通に生活していたはずの地域に、突如開かれた天使たちのゲート。
しかし、四国を侵略している一方で目の前の天使は護るために戦っているように直には見えた。
そのまましばらく天使は黙っていた。
辺りに緊張感が漂う中、背を向けたままぽつりと言葉を返す。
「自分は騎士っすから、指令の意図までは推測しないっすけど」
あくまで個人的な見解でしかない、と前置きをしたうえで紫髪の騎士は振りかえる。
「敵の味方は、敵っすからね」
最近四国の地で増している脅威、それに対抗するためなのかもしれない。
敵と断じてもなお、それを告げたのは今まで戦ってきた中で、撃退士との間に生まれた何かに拠るものなのかもしれない。
「だからと言って、こちらも引き下がるわけにはいかないよ?」
「こちらにだって、護るべきものがありますからね」
色々な物を奪い合う倒すべき敵同士。
だと言うのに何故だろうか、心から憎む事は出来ない。それこそ、状況さえ違えば共にお茶を飲むのも悪くないと思う自分が可笑しくて。
ふぅと一つ溜息をつくと、張り詰めていた空気が和らぐ。
「そしたら、何度でもお相手するだけっすよ。次こそは負けないっすから」
「こっちだって、負けないんだから」
返答には小さな笑みと頷きを返し、天使は空へと消えていく。
リネリアが去るのとほぼ同時。
別働隊も天使を退けたと言う報告がもたらされる。
後は目の前の瑠璃色の天に聳える城。
戦いの時はすぐそこに迫っていた。