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遥か遠く、上の方から聞こえ始めた何かが転がり落ちる音。
その音が響くとほぼ同時に撃退士たちは長い長い石段を駆けあがり始めた。
「疾風怒濤の短期戦と行こうじゃないっすか」
先陣を切り進むのは天羽 伊都(
jb2199)とクリフ・ロジャーズ(
jb2560)。
両眼が通った位置に金の軌跡を描きながら、階段を駆ける黒獅子はまるで放たれた漆黒の弾丸のよう。
目標が遠いのならば疾風怒濤の駆けあがりをみせようじゃないかという意気込み通り、もはや飛んでいると言っても過言ではない速度で駆け抜けていく。
対するクリフは文字通り飛んでいる。
時間経過と討ち漏らしで不利になるのは厄介だ。だが、後ろには信じるべき仲間たちがいる。
ちらりと振り返れば、はぐれの自分に対してわけ隔てなく接してくれた二人の友人。
そして、自己紹介を交わした同じはぐれだという悪魔もいる。
彼らがいるのならば、自分は自分の役割に専念できる。クリフは普段は見えない魔の翼を展開し、上へ上へと飛翔していった。
少し遅れて駆けあがるカイン 大澤 (
ja8514)。
敵の思惑はわからないが、仕事は仕事。さっさと片付けてしまおうと愛用の銃をいつでも撃てるよう備えたままで石段を登っていく。
「ん? 日本の化け物か?」
階段を駆け上がる彼の脇を燃える車輪に顔をつけたような魔物が転がり落ちて行く。
天魔と人間はそう変わらない。それをみて、カインは改めて思う。
人間と変わらず、敵もいれば味方もいる。
単なる異人種だな、とひとりごちて、遥か彼方の石段の先を見据えた。
「今回はコルネリアも戦うんだね。当てにしてるよ、よろしく 」
「はい、足手まといにならないように頑張るので、よろしくですよ」
黛 アイリ(
jb1291)が声をかけたのは、はぐれ悪魔のコルネリア。武器らしい竹箒を両手で握り、石段を駆けあがっている。
「気負いすぎないようにな」
どこか張り切っている様子のコルネリアに、桝本 侑吾(
ja8758)もまた言葉を投げかける。
コルネリアは打ち合わせ通りに頑張るです、と笑顔で応じた。
ある程度走ったはずだが、依然として目の前には遥かへ続く石段。
(「……メイドさんに筋トレ強要されてる気分だな」)
先の長いその階段にげんなりしながら、久瀬 悠人(
jb0684)が横を走るコルネリアに話しかけた。
「お前も妙な奴だよな、こんな事に首突っ込むんだから 」
その問いには首をかしげるコルネリア。
こんな面白い事、ほっとくわけないじゃないですかとも言わんばかりだ。
「俺としちゃ大歓迎、さぁ楽させてくれ」
胸を張って言いきったところ、周りからの視線が痛い。
冗談です仕事します。
前を走るカインから、一匹目が降りてきている事を聞いた悠人は、気合いを入れ直し石段を蹴り先を急ぐ。
「あ……っ」
零れる小さな声。
その声に釣られるようにして、撃退士たちが見たコルネリアの見据える先。
突如現れた蒼い焔は一瞬にして膨れ上がり、先行していた三人を飲み込まんと炸裂した。
●
ゴゥ。
空を焼き、木を焦がし、蒼い焔が撃退士たちを焼き尽くさんと広がる。
広範囲とは聞いていたがまさかこれほどとは。
自身の周囲を包んでいた深い闇から飛び出し、クリフは飛行を再開する。
視界全てを蒼く染める一撃に、周囲を見回せば石段はかなりの範囲にわたって焼け焦げていた。
カインと伊都も避けるのは無理だったようだが、手加減の多い初撃。まだまだ戦闘に支障はなさそうだ。
ふと、クリフは自身の損傷が思ったよりも少ない事に気づく。
ほぼ全周を覆うほどの炎、避けられたとは思い難いが避け方が功を奏したらしい。
気づけば鳥居はすぐ目の前、クリフはさらに速度を増して飛行した。
撃退士たちが到着すると、ゆらりと鳥居の上の空間が揺らぐ。
現れたのは牙の生えた巨大な頭部を持つ、長い髪に全身を覆われた奇妙なディアボロ。
砦の上で待ち構える妖怪の名を冠したそのディアボロは、撃退士たちを見ると参道へと飛び降り咆哮を上げた。
「ささっと片づけたいっすね」
巨体に見合わぬ速度で距離を詰め、振り降ろされた爪の一撃を抜き放った刀で受け止めつつ伊都が言う。
やはり、単騎で待ち構えているだけあってその一撃はかなりの重さだ。
刀をずらし、爪を地に叩きつけさせると伊都は返す刀で、おとろしを一閃する。
伝わる鈍い手ごたえ。思ったよりも硬い。
だが、にんまり笑ったおとろしはすぐに、顔を驚愕に歪ませることになる。
目の前には突如火球が現れていたのだから。
クリフの放ったその火球は鼻にぶつかると炸裂し、あたりに色とりどりの火焔を撒き散らすと同時におとろしを焼く。
「来るぞ!」
そこに到着したカイン。
予算を越すためアサルトライフルは購入できなかったが、愛用の銃を抜き弾幕を張り、距離を詰めつつ注意を促す。
それとほぼ同時、おとろしは宙へと飛び上がった。
おとろしは、不信心な者が通ろうとすれば飛びかかり押しつぶしてしまう妖怪だと言う。
その性質を再現するように、口を大きく開き空中から伊都へと飛びかかった。
回避はできない。
膝から崩れ落ちそうになる衝撃に、伊都は歯を食いしばって耐えた。
地面がひび割れるほどの重量を受けてなおも立ち続ける黒獅子に、追撃を加えようとした刹那、おとろしへと銃器と魔力の炎が同時に迫る。
石段の上での闘いは一層激しさを増していった。
●
「その顔が転がるの割と心臓に悪いよ、大人しくしてて 」
言葉とともにアイリが放つ巨大な光の杭が、燃え盛る車輪に髭を蓄えた禿頭の男性の頭部をつけたディアボロを縫い止める。
「俺、こんな奴書店の雑誌で見たな」
縫い止められたというのに、車輪を回し攻撃をしようとする輪入道を二本の剣を器用に扱いいなしながら悠人は斬撃を浴びせかけた。
転がり落ちてきたもう一体はコルネリアが足元から噴出させた霧に車輪が固められその場に止まっている。
(「好機、か」)
炎を纏う車輪はどちらもその場にとどめられ、動けていない。
攻めるのならば今だろう。
「合わせていこう」
美しい碧の日本刀に力を込め侑吾は一気に振り抜いた。
放たれるのは、黒い輝きを放つ剣閃。刀の軌跡をそのままに、輪入道たちに深く傷をつけていく。
「コメットいくよ、気をつけて!」
畳みかけるようにコルネリアが炸裂する炎を浴びせると、怯んだ輪入道に降り注ぐ彗星。
アイリの呼びだした無数の石たちは、長く輝く尾を引きながら輪入道へとぶつかり車輪を砕き、焦がした。
さきほど悠人に傷つけられていた一体は倒れ、もう一体もボロボロな状態。
「来た」
押し込めば撃破できる、そう思った刹那、輪入道の後ろの空間に狐火のような炎が現れる。
それはさきほどと同じように、突如膨れ上がると辺り一帯を飲み込んだ。
青白く燃え盛る炎の渦が、撃退士たちをまるで舐めるように撫でて行く。
未だ一匹の輪入道をも取り逃さず、まだ始まってから数度の攻撃が襲ってきただけだというのに、その威力は増していた。
「急がないとまずいかな」
アイリの言葉に頷き、手負いの一体を斬り伏せた撃退士たちは、こちらへと転がってくる三体の輪入道を見ることになる。
「同時か……」
一気にいけば一体くらいはという算段らしい。
数の上では勝っているものの、下手をすれば突破される可能性も高い。
「通しはしないさ」
足に力を入れ侑吾は右から迫る輪入道を剣を水平に構え受け止め、そのまま脇の森へと叩きこんだ。
バキバキと音を立て、炎で単価した木々を圧し折りながら輪入道が停止する。
あれほどの炎に、表面の数本しか焦げていないことに侑吾は違和感を覚えたが今はそれでころではない。
左の一体もまた、アイリの放った杭が縫い止めている。
後一体。
中央に迫る輪入道を束縛せんと、コルネリアの煙が立ち上るが――。
「……っ!?」
抵抗され、勢いを殺しきれず転がり落ちていった輪入道。
その目前にはコルネリア。このままでは、彼女の体が階段の下の方へと突き落とされることは想像に難くない。
衝突音。それに次いで何かが石畳に叩きつけられる音が響く。
しかし、それは石段の上の方から。
「痛い……」
閉じてしまった目を少しずつ開いたコルネリアが見たのは、黒い服の背中。
騎竜を駆り、文字通り正面から突っ込んだ悠人だった。
「また、ごっつんこすることになるとは」
突き飛ばされた輪入道は数段上で横転していた。悠人が騎竜の頭に足をかけるのと同時に、竜もまた頭を振りあげ主人を飛ばす。
飛び出す加速を乗せ、振り抜かれた双剣。
額からうっすらと血を流しながらも振るわれた剣は輪入道の頭部を両断していた。
「先行きな」
剣を構え直し、自身の傷を癒しながら侑吾は悠人とアイリに告げた。
上から聞こえる剣劇の音が、戦いの苛烈さを伝えてくる。
「運んでくれ、ランパード」
一つ頷くと、騎竜を走らせ階段を駆け上がる悠人を追いアイリもまた全力で階段を登っていく。
目の前には動きを封じられた輪入道が二体。
今までの個体から判断するに、二人でも動きだす前に一体は落とせるだろう。
「残念だが、ここから先には通せないんだ」
侑吾は刀を正眼に構えると、目の前の輪入道へと斬り込んでいった。
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石段上での闘いは熾烈を極めていた。
唯一初手から近接攻撃を主軸としていた伊都を脅威と見たおとろしは、彼へ攻撃を集中し背面をなかなかとれずにいた。
身にも損傷が増えはじめ、鎧の隙間から石畳に数滴の赤を零している。
その一方で、それはほかの二人が存分に攻撃をする事が出来たと言い換えれば伊都の果たした功績は大きい。
カインの手にした火炎放射器が炎を放ち、その炎がまだ消えぬうちに駆けだした彼の手の中にあるのは巨大な戦鋏。
本来は物を断ち切るのに使用されるそれを渾身の力を込めて突き刺せば、さすがの化け物からも悲鳴が上がる。
だが、彼の攻撃はそれで終わりではない。
ググと腕に力を込め、傷口をこじ開け空いた体へとショットガンを突っ込むとトリガーを引く。
一発、二発、拡散する弾丸をその身に受けるたびにおとろしの体は跳ね上がるが、それでもなお崩れはしない。
半ば這いずるようになりながらも、傍にいた伊都とカインへ我武者羅に振るわれた爪。
既に気合だけで立っていた伊都には致命傷になりえる一撃だった、が――。
体に力がみなぎっていく。振り返れば、騎竜を駆りおとろしに突貫する悠人とアイリの姿。
アイリの倒れる者を鼓舞するスキルが間に合った。
剣を構え直した黒獅子は、目の前の相手へと向き直る。何故立っている、そういわんばかりの表情だった。
敵には畏怖を、味方には守護者の象徴を、それこそが自分の望むヒーローとしてあるべき獅子の姿。
「爪の一撃に気をつけて。顔を振ったらジャンプが来るよ」
後から来た仲間たちにクリフが敵の特徴を伝える。
それと同時に、呼びだした漆黒のカードをおとろしの目玉へと飛ばした。
今までは目を閉じいくらでも防げていたそれだが、敵が増えた今とっさにガードする事は出来ず。
叫び声を上げ、のたうつおとろし。行くならばきっと今だろう。
今度こそ、と背面へと回った伊都が刀を構え駆けだす。
半ば浮くように、或いは飛ぶように。地を蹴り走る伊都はふわりと宙へ飛ぶ。
目を潰され悶えるおとろしが振り返ってしまったのは幸か不幸か、長い刀身をなぞる様に焔を纏わせた伊都の一撃は吸い込まれるように眉間へと突き刺さり――。
――ゴァァァァァッ!
一瞬にして白き焔が全身を駆け廻り、その身を焼き尽くしていく。
断末魔の叫びを上げたおとろしは、びくりと一度鳴動すると、もう二度と動きだす事はなかった。
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「これで終わりみたいですね」
上空から周囲を見渡したクリフは、ゆっくりと地上に降り背の翼を解除した。
辺りには撃退士たち以外に動くものはなく、ただ心地良い風が吹き抜けるのみだ。
遅れてきた侑吾も無事だったようで、クリフはほっと胸をなでおろす。
「ということは、と」
伊都がカラーカードを取り出すと、待っていたと言わんばかりにメッセージが綴られはじめた。
『お疲れ様です。よくぞ突破できたものですね』
「お前は俺らを殺す気か」
手加減付きでもあの殺意。
肩を竦めて、悠人が告げると、どこか踊った文字が返ってくる。
『あのくらいならば耐えてくれる、と信頼してるんですから。事実、耐えてくださったようですし』
勘弁してくれと言わんばかりに肩を落とす悠人の隣で、カインは自身の疑問をこの悪魔に聞いてみることにした。
「妖怪とか好きなの? 日本人じゃない俺でもわかるようなメジャーなのばかり選んでるけど。後そっちからすると俺らは動物程度の存在なのか? 思考のレベルはそこまで変わらないみたいだけど」
『はい、と私はいいえ、ですかね』
矢継ぎ早に告げられた質問にはひとまず返答が。
『妖怪は好きですよ。今なお伝承として残ってるなんて興味深いじゃないですか』
次いで細かい回答が返ってくる。文字を見ると本当に楽しそうだ。
『動物というよりは資源ですかね。個人的には興味の対象ですが。確かに私とはそんなに思考レベルは変わんないかもです』
私とは、とこの悪魔は言った。つまりはそうでない者もいるということを暗に示しているのだろう。
「回答感謝する」
返ってきた答えには礼を言い、自分なりに応えを吟味するカイン。
「俺たちに何を求めてる?」
その次に疑問をぶつけたのは、輪入道をコルネリアと共に倒しきり合流した侑吾。
悪魔の中にはこういうゲームが好きだから、という理由で仕掛けてくるものもいたが彼女たちはそういうわけではなさそうだ。
単刀直入なその問い、対する答えもまたシンプルに。
『至って欲しいんです。次の階梯に』
転移の際に聞こえた声、その内容と全く同じ。
つまりは試しているのだろう。撃退士たちが、次の階梯に至っているのか、至るにたるのかどうかを。
前回と同じように唐突に消えていくカード。
その最後の残滓がかき消えると同時に、鳥居が眩く光を放つ。
これが今回の帰り道らしい。
「戻りましょう」
クリフの声に頷いて、次々と光の向こうへと進んでいく撃退士たち。
ふとアイリが振り返ると、そこには変わらぬ笑みを湛えたコルネリアがいる。
胸に渦巻く違和感は言葉にしない。
試されるのも戦うのも本当は好きではないけれど、そこまでしてでも付き合って欲しい事があるのだろう。
帰ろうかと声をかけ、飛び込んだ光の中。
「期待してるからここにいるんです、私は」
確かにそう、聞こえたような気がした。