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夏を間近に控えた四国の山中。
湿気を含んだ重い空気を吹き飛ばすかのように、木々を揺らして風が駆ける。
「すごく緑が濃いの……!」
あたりを見回す亀山 幸音(
jb6961)の傍で、ディアドラ(
jb7283)もまた感嘆の言葉を漏らす。
「素敵ですね。都心の便利さより、不便でもこういう景色の中で生きられるほうが幸せだと思ってしまいますわね……」
ふと横を見れば、腕まくりをして気合いを入れる幸音の頭に風の悪戯。
「あら幸音ちゃん、頭の上に葉っぱがついてますわよ」
「わ、ありがとうっ」
微笑ましげなその様子に、つい笑みを浮かべながら頭の葉をとってやれば、はにかんだ礼が返ってくる。
「今日はよろしくお願いしますなのっ」
ぺこりと幸音が挨拶すると、集まった撃退士たちは返事を返す。ふと視線を向けると、シルヴァリティアは普段通り訥々と、コルネリアはふにゃりとした笑みと共に応じていた。
「えぇ、よろしくお願いしますね♪」
荷物置き場へとクーラーボックスを置いた木嶋香里(
jb7748)もまた笑顔で答える。
あらかじめ下準備をしてきたボックスの中身は後でのお楽しみ。今はまず、掃除の事を考えなくては。
「これからここを使う方の為に、今日はがんばりましょう♪」
「そういうこと。んじゃ改めて、皆よろしくな。掃除頑張ろうぜ!」
香里の言葉に一つ頷き、千葉 真一(
ja0070)が声をかける。
掃除の開始を告げるその言葉にはそれぞれの言葉で応じつつ、撃退士たちは担当の箇所へと移動を開始した。
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暑く緩んだ空気はダラけるのにも最適。
コテージの脇を箒で掃きながら、久瀬 悠人(
jb0684)はぼんやりと考える。
彼の視界の先には、ちょうど木々が倒れたためか光の差し込む草原があった。
お昼寝をしたら、さぞ心地良いことだろう。
ふと、同じ場所を見つめている者がいる事に悠人は気づく。たしかコルネリアとかいうはぐれてきたらしい悪魔だ。
向こうもこちらが同じところを見ていた事に気がついたらしい。
そちらの方へと視線を向けると、ぱちぱちと何度か目を瞬かせたかと思うと、こちらの方へと手を突き出し――。
サムズアップ。
あいつ分かってる。
ならばすべきは、さっさと自分のノルマを片づけてサボるのみ。
「チビ、ちょっとウッドデッキの下掃除して来い」
ヒリュウを呼び出しそう命じると、その手に箒を無理やり持たせようとする。
しかし、ヒリュウのチビはいやいやと言わんばかりに首を振って逃げ出そうとするばかり。
「お前はサボるな、俺にサボらせろ」
「ちょっと、何やってるんですか悠人さん。ちゃんと働いて下さいっ」
自身の召喚獣と戯れていたら大きな塵取りと箒を手にした地領院 夢(
jb0762)に注意されてしまった。どうやらごみを回収に来たらしい。
「早く済ませれば早くのんびりできますよっ」
そう告げる夢に、自分はそんなに信用がないのかと思う悠人。残念なのかというとそんなことはなく、まったくもって予想通りなのだが。
それでも、悠人はコテージ前の落ち葉をしっかりと集めていたようで、夢はそれを回収し次の場所――調理場へと向かう。
前回出発した班の力もあり、調理場は比較的きれいになっている。
「すごいの……竈も綺麗になってるの……」
「本当に凄いですわねぇ。お風呂も素敵。いつか露天風呂とかも作れるようになりたいですわね!」
幸音とディアドラの二人は先に出発した者たちの掃除した個所を見て回る。
先に来た者たちの仕事ぶりに思いを馳せつつ、自分たちも負けていられないと気合を入れ直す。
まだ、終わっていない場所があるからこそこうして自分たちがきたのだから。
(「次はあの方と一緒に来られるといいですわね……」)
ディアドラの胸の中の想い人。今度はともにここへと来るために。
香里は慣れた手つきで釜や鉄板を磨いてゆく。こういった場所ではどうしても煤や焦げがこびりつき、道具が黒ずんでしまうものだ。
しかし、香里が一つ一つ丁寧に手にとっては磨き、軽くすすげば、それらはまるで新品のように蘇る。
葉が詰まらぬよう掃き掃除をしていた幸音からのすごい、という声には慣れていることですから、と言葉を返す。
次の人が気持よく使えるように、ただその一心で。
ふと、香里が次の道具へと手を伸ばすと、懐かしい童謡の旋律が辺りに響く。
その旋律は、幸音が鼻歌で奏でていたようだ。
「上手ですね」
どうやら無意識だったようで、香里の言葉に驚いて少しはにかんだ笑顔を返す幸音。
そういえば、と思い至った事が聞いてみる。
「ディアドラさん、向こうにも童謡とかってあるの…?」
「えぇ、こちらで言う童謡に近いものはありましたわ」
天使であるディアドラに聞くと、場所は違えど、同じようなものはやはりあるらしい。
ちょうど傍を通りかかった悪魔にも同じことを聞いてみる。
「そういう歌はあるですけど、私は馴染みないですねー」
いつか聞いてみたい、そう言うコルネリアに後で必ずと嬉しそうに幸音は答えた。
備品の状況を確認するために倉庫から出てきた真一。
蓄えられていた品物のほとんどは、まだ使用に耐えることができそうだった。
「それじゃ、いっちょやりますか」
彼がどこか生き生きとしているのは、故郷の雰囲気に似ているからだろうか。
ショートカットにと草を分け入り、コテージの壁を軽々と登る、と――。
ふと、視界にコテージの前で首を傾げるシルヴァリティア=ドーン(jz0001)の姿が見えた。
「どうしたんだ?」
真一が傍に降り問えば、シルヴァリティアが指さすコテージの明かり。
どうやら電球が切れているらしい。
しかも、かなり高いところに取り付けてあり、足場なしでは交換するのは難しそうだ。
「あぁ、それならやっとくぜ」
脚立、持ってこなきゃという彼女から替えの電球を預かりそのまま壁を駆け上る。
一瞬で取り換え鮮やかに着地を決めると、拍手と感謝が返ってきた。
そういえば銀の魔女と接触をする機会は今までほとんどない。せっかくこうしてキャンプへ来たのだから、呼び方を聞いてみることにした。
「シルヴァリティア、シルヴィ、シルヴァ、ドーン、ドンちゃん、ティア……いろいろ、あるから……呼びやすいので、呼んで」
「そうだな。それじゃシルヴィ先輩ってことで」
名前が長いからか、呼ばれた事のある名は多く。
その中の一つを選び笑顔を向けると、銀の魔女は大きく一つ頷いた。
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燦々と照り付けていた日も徐々に傾き、やがて完全に沈んでしまうころには、撃退士たちの活躍によりほとんどの掃除作業は完了していた。
綺麗になったキャンプ場を前に、汗をぬぐい一息をつけば、後に待つのはお楽しみの時間。
少し開けた広間でキャンプファイアの準備をする。
「よいしょ……っと」
ふらふらと少しよたつきながら何かを運ぶ小柄な影。
自身の腕よりもはるかに太い薪を数本抱える幸音に、ディアドラが慌てて駆け寄っていく。
「幸音ちゃんその塊一人で運ぶの難しくないかしら!?」
「俺も手伝うぜ。代わりに、火種になりそうな小枝を持ってくれるか?」
太く重い薪も多いが、みんな運べば準備はすぐに。
真一が手際よく薪を組み上げ、ついに炎が灯される。
「皆さん、掃除お疲れ様でした。美味しいものを食べて、楽しんでいってくださいね♪」
香里が持ってきたクーラーボックスの中身、牛肉と玉ねぎの串をこんがり焼けば、ほんのり焦げたタレの香ばしい香りが辺りに広がる。
「俺もとうもろこし持ってきたんで、焼いて食おうぜ」
こちらも醤油が塗られたとうもろこしにとろけたバター。
体を動かした後だからこそ、それは抗いがたく
「肉の味と染み込んだタレの味がすっごく合ってるですね。玉ねぎのしゃきしゃきがアクセントになってておいしいですー」
「醤油、焦がすとおいしいの、ね。バターとも、相性が……いいみたい」
みんなで焼けたものから分け合って、楽しく食事をしている横で悠人もまた持ち込んだ肉や野菜を焼いていく。
ふと目に入った自身のヒリュウ、チビ。
自分も熱いからやらないが、焼いてみたかったと思うと当然のごとくチビから突っ込みが入る。
掃除の時の続きとばかりに、喧嘩する二人はじゃれあってるようにも見えて。
その様子を見て楽しそうに笑う仲間たちを見て、笑われただろと本人たちはじゃれあっていた。
キャンプファイアと言えばダンスに歌も。
食事に串焼きを選択したのも、遊びながら食べられるようにする意図があっての事だ。
辺りにヴァイオリンの音色が奏でられる。
空気を震わせ心に直接響きわたるようなディアドラの演奏に合わせ、高く澄み渡る歌声が響いた。
(「幸音ちゃん、また歌がうまくなってますわね」)
以前よりどんどん上手くなっていく少女に合わせ、一層心をこめて。奏でられる音色に熱が籠る。
二人が選んだのは流行りの歌。
知っている歌ならば入りやすいだろうという考え通り、シルヴァリティアも歌い始める。
片やふわふわと弾むように、もう片やほろほろと零れるように。
不思議と調和した二人の歌声に、夢がダンスを踊り始める。
見ている方までも楽しくなってきそうな踊りに、恐る恐る真似をするコルネリア。
「踊りはこんな風にしてみると楽しいですよ。まずはやってみるのがいいですね」
「そうそう、思うがままが一番です」
コルネリアの手をとりエスコートする香里の踊りは、流石のもので。
最初はゆったりと、伝統の舞を思わせる動きでコルネリアをリードしていく。
まず足のステップから、次第に手の動きや体の動きを加えることで、次第に踊りになれていったようだ。
「お前確か踊るの好きじゃなかったか?」
傍のヒリュウに悠人が言えば、一目散に踊りの輪へと飛んでいく。相当踊りたかったらしい。
おいでおいで、と手招きした夢と一緒に、小さな手足でステップを刻むチビはなかなか様になっていて。
「シルヴァリティアさん達も一緒に行きましょう!男性の方も♪」
一度楽器を置き、幸音と共に夢のレクチャーを受けるディアドラの言葉。
撃退士たちのキャンプファイアはまだまだ続く。
あれほど食べた後だと言うのに、踊って歌えば小腹は空くものだ。
「せっかくですから、マシュマロを焼きませんか」
鞄から取り出した袋を掲げ問えば、ぜひぜひやろうと賛同の声が返ってくる。
近づけすぎて火がつかぬよう気をつけつつ、撃退士たちはそれぞれのマシュマロを火にかける。
とろけたマシュマロをチョコレートと一緒にビスケットで挟み齧れば、口の中でとろける甘さに穏やかな気分になってきた。
「デザートに小豆と抹茶二種類の金つばもどうぞ♪」
香里が振る舞う和菓子。
表面が固く焼いてある金つばは手を汚さずに片手で食べることができる。
金つばをかじりつつ、蒼き竜を枕代わりに空を仰ぐ悠人に突如降り注ぐ火花の雨。
「悠人さん、寝るまでまだ時間がありますよ、寝ないで下さ……あっ」
夢の手にした花火はまだ火が付いていたようで、近づいた拍子に火の粉が降り注いだようだ。怪我しないとはいえ、熱いものは熱い。
ごめんなさいと謝る夢に、竜が防いでくれたから大丈夫と答える。
そもそも、進路について考えながらうとうとしていただけだ。寝ていたわけではない……たぶん。
「星が綺麗ですね」
夢が見上げた空には、無数の星がキラキラと輝いている。
都会で見るのとは全然違う、暗い夜の空のキャンパスを彩る無数の星と、それを繋いで先人が作った絵。
「星座って全然わからないけれども、悠人さん、分かります?」
問いかけられた悠人は身を起こし空を見上げると、傍らの蒼竜へとまた問いかける。
「星座か、ちょっとしか知らん。エルダーお前何か知らね?」
思慮深い蒼竜は空を仰ぎ、何も語らない。
「綺麗な星。おにいちゃんやおねえちゃんとも一緒に来たかったな」
「私も、今度はお姉ちゃんとも来たいな」
帰ったら見せようと空やキャンプファイアの様子を写真に収めつつ、幸音が言葉を零す。
その言葉に夢もまた、自身の姉を思い浮かべた。また、のんびりとこの地で過ごす事ができる日もくるだろう。
「そうだな。恋さんも楽しめるだろうな、あの人って結構乙女な感じだし」
「かっこいいおねえちゃんだって聞いたことあるの!」
ふと気づけば全員上の兄弟を持つもの同士。
徐々に月が傾いていく中、それぞれの兄・姉について語り明かすこととなった。
「楽しいですわね!これ!」
大型の手持ち花火を持ってくるくるとその場で回るディアドラ。
その様子はまるで花のよう。
「私もやってみるですー!」
混ざったコルネリアと一緒に、しばし花火を手に踊るように。
「私はこういう場所のほうが馴染みがありますが、お二人はいかがでした?」
シルヴァリティアとコルネリアへと問えば、どちらも慣れぬ土地だったらしい。
「私は、図書館にばかり、いたから……」
「こんなに緑でいっぱいなのは初めてです!」
とはいえ、これほど楽しんでいる辺り二人も気にいっているのかもしれない。
「そういえば、さっきは教えてくれて感謝感謝です!」
ダンスを教えてくれた香里にコルネリアが礼を告げる。
「いえいえ、お安いご用です。花火も色々遊びましたがどれが楽しかったですか?」
彼女は花火も初体験だと言っていた。
初めて見た花火というものの中では、悪魔は何を好むのだろうか。
「えっと……、ひゅーって飛んで空でばって開くのが楽しかったです。また、みんなでしたいですね」
最近来たばかりだというこの悪魔。この学園はどう映っているのだろう。
「学園の事、好きになってくれたら嬉しいな」
「はいっ!楽しい人がいっぱいの、素敵なとこですねー」
花の咲いたような笑顔で言う幸音の言葉に、コルネリアもほわりと笑って応じた。
「やっぱり締めは線香花火だな」
大量にたまった燃えがらを片付け終わった真一が線香花火に火をつける。
その横でシルヴァリティアもまた、ぱちぱちと火花を散らす線香花火を眺めていた。
わずかな時間ではあるが、懸命に輝く線香花火。散り際が潔いのも魅力かもしれない。
「……綺麗、ね」
その言葉に、真一は頷きで返す。手にした線香花火は今まさに大きく輝きを放っている。
「今日は……楽しかった、わ」
ぽつりと呟かれた言葉はいつも通りの無表情。
ただ、真一にはその言葉の中に実感を伴う感情が籠っているように感じられた。
こうして夜は更けてゆく。
撃退士たちのつかの間の休息。
ただ、今宵の思い出は火の粉を巻き上げ空を焦がさんとする焔の煌きと共に、撃退士たちの心に残った。
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「キャンプって楽しかったね、コルネリア!」
「そうですね。花火、とってもとっても綺麗でした」
「温泉も楽しかったよ! 花火も今度見たいな」
「温泉は気持ちいいんでしょうか。今度一緒に入るですよ」
2つの初花は並んで四国の星空を眺めていた。