●ショウタイム!
「お待たせしました、ただいまより歌劇『夢の国のアリス』を開幕します」
お決まりのアナウンスに心躍らせ、観客達はこれから始まる舞台を待っている。大人も子供も息を飲み目を輝かせて、パンフレットを握り締め。
――さあ、開幕だ。
『チェリーは女優…演じるのよ…完璧な役を…』
リリカルピンクのドレスを着こんで額には王冠の姿で呟くのは御手洗 紘人(
ja2549)君ですか?
いいえ私は女優にして魔法少女、そしてお姫様なプリンセス☆チェリー!的な存在。
姫切々と囚われの悲しみを歌い、両手を組んだ乙女のポーズで高い位置に目線を流す――と、姫から離れた位置にライトが当たる。
セットの上に綺麗な立ち姿が映し出された。見目麗しき王子然とした勇者様、桜木 真里(
ja5827)。
裾の長い儀礼服風の衣装に身を包み、マント捌きも軽やかに剣を捧げる姿は文句なしに見栄えがする。
「愛しいチェリー姫、この剣に誓って俺は必ず貴方を助ける」
隔たれた場所から二人はお互いを求めて歌い出す。
歌は重なるもののけして視線の交わらない二人。
更に、ライトは三点目もまた照らし出す。
魔女帽子の奥から、静謐を宿した黒の目が遥か遠くを見据える。伊御 夕菜(
ja7578)扮する善き魔女は杖を勇者に差し伸べて。
「勇者よ私が案内しましょう、貴方が運命に出会う為に」
魔女も加わっての三重唄。メロディを複雑で華やかに変化させていく。
劇団員演じるアリスがうっとり物語を覗いているところでシーンは終わる、と思いきや。
「ふふふ♪ どんな悪戯を仕掛けてみようかなぁ♪」
劇場の屋根にはいつの間にか、小さな影。
ドラグレイ・ミストダスト(
ja0664)がぴょんと跳ねて壁を伝い走り、一気に舞台袖までを駆け抜ける。
彼の手にはいつの間にかアリスのリボンが握られていた。
愛らしくも隙の無い早業に観客達は息を呑んだり恋物語に目を奪われたりと滑り出しは好調だ。
席を立つ者はおらず、むしろ新しく客席が埋まりだしたのが分かる、――のを狙ったかのように。
「何が姫君だ! 実は男なんじゃねえのか!」
「つまんねえ引っ込めよ!!」
醜い罵声と共に悪党が座席の背を蹴り出す。
『……ふうん、チェリーとやるっていうのね?』
マイクに拾わせない音声で呟いてから。
『なんてひどい竜王達…。あぁ…勇者様早く来てくださいませ…』
両手で顔を覆い、泣き崩れるふりをして舞台袖に引っ込んだ次の瞬間。
ドオオオオオオオオオオン!!!!!
轟音と稲光が盛大に響き渡った。チェリーの鬱憤を晴らすかの如く派手な雷に吹き荒れる焔は立派な演出効果。
悪党との戦いの幕も、こうして開けたのであった。
●竜王、登場
背に稲光と焔を背負って登場するのは竜王と二人の騎士。
「我が名はクリンゲル、竜王の刃なり! 」
百瀬 鈴(
ja0579)は華奢な体躯に似合う装飾鎧で、くるりとターンを決めてみせる。
客席に投げた目線の眼力は十分、びりびりと気迫が伝わりアウトローなオーラに圧倒された客席が思わず拍手。
「くうっ、癖になりそうー」
心底気持ちよさそうに百瀬、小さくガッツポーズ。
それにしてもこの騎士ノリノリである。
「…勇者達が姫を狙っているとか。どうなさいますか竜王陛下…」
黒を基調とした武装のいかにもこいつ悪い、みたいな恰好で言葉少なに進み出るのは佐倉 哲平(
ja0650)だ。
切れの良い動作で、中央の影に膝を折り命を待つ。
「ちょ、かっこよくない? っていうかかわいー」
「結構イケてるよね。もしかして竜王もイケメン?」
二人の対照的な姿は観客のお姉さん方にやけに受けている。自然、竜王にも視線は集まり。
満を持して、鈴木が被っていたマントを脱ぎ捨てる!
「わ、我こそが竜王、なりーー!」
声を精一杯張り上げながら、現れるのはさらさらの茶色い髪、色白の肌の女子鈴木 紗矢子(
ja6949)
わりと出オチであった。
さっきまで、「うぅ……お客さんはかぼちゃ、お客さんはかぼちゃ…っ」なんて言ってた彼女とても頑張っている。
しかし見た目通り御しやすいと踏んだのか、悪党達はゴミを舞台に投げ込み始める。
「うっせえよ下手な芝居してんな」
「うう、部下は二人しか言うことを聞いてくれない…。やはり姫を攫って勇者を倒し力を認めさせるしか」
くまで芝居と言い張る竜王。駄目っこぷりと重なって確かに納得できそうだ。そんな彼女にゴミは集中砲火で襲いかかる。
「私の竜王に手をあげるか、愚か者め!」
竜王(萌属性)をさりげなく自分のもの扱いする騎士、百瀬が全力が立ち塞がり電光石火の勢いで一閃!
「こいつら…ただものじゃねえ!」
悪党達が戦きながら次に狙ったのはアリスだ。
彼女の額に直撃しそうな缶は、しかし一刀両断とばかり剣が追いつく。
「アリス、気を付けてください。貴女が迷い込んできたように、別世界から時折、物が落ちてくるのですよ」
颯爽と登場したのは勇者付きの騎士凪澤 小紅(
ja0266)。
身を越す程の大剣を軽々と自在に扱い、狙い過たず見事な太刀捌きは投擲物を切り捨て、受け止め、まるで剣舞の如くに魅せる。
一方、姫君は敢えて桜木が肩で庇い、隠して。その間も、片手は剣を操り、劇団員に降り注ぐゴミを排除していた。
「怪我はありませんか? ようやく会えた、魔女の案内に従って助けに来ました」
まあ、と瞳を潤ませる姫君は、小鳥が囀るよう歓びを歌い出す。
すかさず百瀬の声が高らかに重なる。晴れた空に染み渡るよう二人が奏でる歌。
「失礼、場違いに透き通った歌だったので思わず」
歌い終わって、深々と一礼する百瀬。竜王の陣営ながら、姫に心惹かれるという演出のようだ。お陰で、場の空気はだいぶ整っている。
しかし。
べしゃ、と嫌な音が響いた。
アリスが小道具と思い取り上げたのはインクの詰まったビニール袋。簡単に破れるように仕組まれたそれで、ドレスが汚れてしまう。
空気が固くなりかけたその手前で、ちゃららららーと鳩でも出てきそうなBGMが流れる。
「ふふふ♪どんな反応をしてくれるのか楽しみです♪」
ひょこ、と顔を覗かせる悪戯好きの小人、ドラグレイ。
変化によって小さくなっており、余計に小人らしさが際立っている。
ぴょん、と跳ねてはあちらこちらと壁を軽々と上るパフォーマンス。彼が走った後から、紙吹雪が散ったり、猫の鳴き声みたいなSEが聞こえたり。
(ふふふ♪木を隠すなら森の中♪演出の中に悪戯が盛り込まれるとそういう妨害は目立たないのですよ♪)
彼のお陰で全部が演出ではないか?と観客に思わせることに成功しているようだった。
「アリス、悪戯好きの小人にも困ったものだね。どうかこれを着て安全な場所に」
上着を脱いで、アリスに差し出すのは我らが王子様、違った勇者様桜木だ。彼はさりげなく劇団員達を避難させていく。
今だ、と鈴木と佐倉はアイコンタクト。
「魔物化する実験で、新しい手下にしてくれよう。――行け」
鈴木のネタふりに御意、と佐倉が一礼して、客席に降りていく。皆の視線が集まる中、真っ向から悪党に対する佐倉。
「…貴様等は、俺が預かる…」
「なんだとおおおお?」
襲いかかる悪党はしかし、佐倉の敵な訳もない。
一斉に飛びかかった先に佐倉は居らず、全力で跳び上がり後ろを取って悪党の肩に手を置く。指先には、しっかり力が入っていた。
これは怖い。
「…言葉の前と終わりにサーをつけろ、返事ぃ!」
「イ、イエスサー!」
成す統べなく悪党は佐倉に連れ去られて行く。それでも手荒にはしすぎないのは流石の気遣いだ。
そして三分後。
「…残念ですが、魔物化は失敗に終わりました」
「また失敗してしまった…」
淡々と告げる佐倉に、しょんぼりと肩を落とす魔王の姿があるのだった。
●
「おーほほっほほ私がいつまでも見てると思って?」
劣勢に苛立ったのか、化粧の濃い女が客席から立ち上がった。最終兵器、大根女優発動。
耳障りキンキン声と無駄な存在感に注目が集められてしまう。客席が不安げに舞台と女を見比べては、言葉を囁き交わし始める。
慌てず騒がずにらみ合うのは伊御だ。
「その笑い、姫が思い悩む訳です。止めさせてもらいましょう」
気迫と共に、杖を女に向かってつきつける。見えない力が伝わったかのように、女の顔が引きつり、身体が強張る。蛇に睨まれた蛙の如く。
「これが魔法ですよ、魔女の。貴方のような偽物の悪い魔女とは違うのです」
静かな笑みを僅かに浮かべて、伊御は流れるような動作で女に猿轡を噛ませてしまう。
皆が意識を取られるタイミングを心得て観客の目を引くゆったりとした動作でローブの裾を揺らし杖を持ち上げる伊御。
「勇者よ。戦いの時が来ました。姫君を悪の手から救い出すのです」
最後の活劇が今、幕を上げる。
「辿り着いたぞ、竜王よ。今こそ姫を返して貰おう」
「参りましょう、我が主。貴方の背は私が守る!」
勇者が正々堂々口上を述べれば凪澤は背中合わせに手下達を挑発する。
「何を小賢しい。我が部下を舐めるなよ…っ!」
鈴木の台詞に応じて百瀬は一気に勇者まで距離を詰めて勢いの儘切り払う! 姫にちらりと無念の視線は送り。
「この命竜王に捧げた身、裏切る事はできない…」
「ならば、無理矢理でも押し通るまで」
ふ、と口元に笑みを浮かべて桜木が鞘に入った剣で受け止めると黄色い歓声が客席から巻き起こる。
鞘から剣を抜き払い、一気に百瀬へと迫るが今度は彼女が後ろに大きく跳んで交わす。お互い計算し尽くされた熟練の技だ。
桜木が大きな動きを見せる度に服の裾が風をはらみ、翻る。彼自身が風のよう。幾度も火花が散るよう刃同士が打ち合い、最後は上段への突きから、百瀬の首筋へとひたり、剣が添う。
焦るような表情を浮かべて見せる百瀬はなかなかの演技派だ。
「そろそろ覚悟の時間だ、竜王」
十分盛り上がったところで凪澤が目で合図をしながら、竜王に切りかかる。
あわや、鈴木を刀が捕らえるその瞬間。
空から舞い降りる影がある。驚異の跳躍力を見せながら軽々と着地して、二人の間に割って入る佐倉。
「…俺が相手になろう」
逆手に持った剣で勢いを受け止め、押し払う。
「では、尋常に勝負を」
ぼう、と凪澤の体が赤い光を宿す。光纏を行った彼女はうっすらと光を放つ。
佐倉もならば、とやることは考える。数歩、一気に懐まで踏み込む彼女の突きをアクロバティックな動作で避けて一回転、着地地点は視線で示せばすかさず瞬時に凪澤が移動して彼を迎え打っている。
剣が交差し、凪澤が動く度、紅の残像が鮮やかに刻まれる。
剣の打ち合う効果音に合わせて舞台を大きく使っての大立ち回り。
二組の織りなす見事な殺陣にショーストップにならんばかりの拍手が響きわたった。
●華やかな幕引き
「こうなりゃ全部ぐちゃぐちゃにしてやる!」
定番の台詞を吐き捨て、残党が客席から舞台へと駆け出す。
まず無抵抗な張りぼてを木刀が狙うのに真っ先に飛び出した武道派魔女。背後から蹴りが容赦なく飛んだ。
蹴り技主体の動きはしなやかで、ダンスのステップを踏んでいるかのよう。
「お引きなさい、魔女の魔法を身を持って知りたくなければ」
気迫十分、再度魔法を使うことすら辞さない構えだ。
更には、その横から何故か様々な玩具の兵隊が続けざまに投げられる。
「増援兵ですよ♪」
いつもの悪戯、と見せかけてしかし、容赦なく悪党にぶつけているのが小人の恐ろしいところだった。
「ものども、かかれぇーっ! 勇者とその一味を、一人残らず始末するのだーっ!」
演出に切り替えようとする竜王、鈴木。しかしやるのは応援だけで、端っこで頑張れーとか手を一生懸命振っている。
佐倉と凪澤は斬り合うふりで互いが壁になり観客の視界を隠す間に一人沈め、二人沈め。屈んだ悪党の背を飛び越え、次は股下を潜ってとともかく派手に動き回る。
そして凪澤が一度膝をついてから、大きく跳ね起き佐倉の胸へと剣の腹を叩き込む。
「…ここまで、か」
跳躍で派手に吹っ飛びながら、佐倉は両脇の男をヘッドロックで確保。
背中でもう一人弾いて、彼らごと舞台袖に突っ込んでいく。
「これで、後は…」
彼女油断したその一瞬、ぐい、と引っ張られた。
ぐい?
のびた悪党が執念深く、掴んでいるのは彼女のズボン。
「えっ、あ、あの、こ、この悪辣な」
油断すればとんでもない大惨事になる。が、生真面目な彼女は懸命に演技を止めることはしない。
仲間達が慌てて駆けつけてくれるまで、顔を真っ赤にしながら闘する貴重なシーンを披露することになったのだった。
一方、姫君は。
『ああ、なんてことでしょう。やめて!』
腹に拳を埋め込んだ。
『チェリーの為に』
次は膝蹴り。狙うところがわりとえげつないこの姫。
『争わないでー!!』
最後は見事なアッパーで3コンボを決めて、スカートの裾を直す愛らしさ。
『唄が心を清めてくれるわ。さあ、みんなで歌いましょう!』
先人が言った。ミュージカルは歌えば何とかなる。
「姫もやっぱり捨てがたい…!」
悩みながらも歌いながらも竜王の刃たる百瀬は峰うちで悪党達を薙ぎ倒していく。
もう、敵も味方も、ともかく立っている者は殺陣に巻き込み、頃合いを見計らって。
「やはり私は竜王と共に…行くぞ!」
鈴木と手に手を取って、駆け落ちのようにフェードアウト。
残った桜木は、残党共を獅子奮迅の勢いで手加減しながらも派手に投げ飛ばし、舞台の裾に押し込んで行く。
真剣に惹き締めた面差しは、けれど姫を最後に見つけると光纏うよう微笑んで。
「姫、お探ししました…」
苦難の戦いを経て姫の手を取り、甲に口づけるよう身を屈める桜木。
楚々とした仕草で姫君はうっとりと微笑み、勇者に手を預ける。
『喜びは皆で分かち合うもの。アリス様。さぁ一緒に歌いましょう! 皆様もご一緒に!!』
姫君がそう合図をすれば、何処からか声が幾つにも重なる。舞台脇から、舞台下から。
役者達が声を添え、彼女達を祝福する。
次第にそれは観客の声とも重なり、――劇場は一体となってエンディングテーマを唱和していく。
歌が終わり幕が降りたところで、ワアアアアアと劇場が揺れる。
観客は総立ちでおひねりまで飛んでくる始末。
カーテンコールは止まらない。
結局、彼等は舞台に引っ張り出されては、演出家に泣きながら抱き締められた。
飛んできたおひねりは追加報酬として手渡されている。
「今日の舞台の感想をお願いするのですよ♪」
声をかけたドラグレイは、最高だ!!と更に小人の素晴らしさについて延々褒められる羽目になる。
余談だが。
罵声をとばした男は後程。
『さっき、チェリーの事男の娘って言ったよねぇ?』
チェリーに極上の笑顔と共に囁かれ、舞台裏の闇に消えていったのであった。
気をつけろ、舞台には魔物が棲んでいる。