●北の東屋
「綺麗な薔薇園だね。手入れが面倒そうだけど、でも凄い」
「お花がたくさんあって、きれいなのー☆」
神喰 朔桜(
ja2099)と鳳 優希(
ja3762)が上げた歓声は、静かだったこの庭を驚く程に明るくさせる。
何処か寂しげな薔薇園の雰囲気は変わり、訪れを歓迎しているようだった。
程なくして辿りつくのは、北側のテーブル。
「さ、頑張ろうなんだね!」
みつあみをぐるりと首に巻く気合い十分の四十宮 縁(
ja3294)が腕まくりをして。
「……ボーパル、かしら? ただウサギの形をしているだけなら良いのだけど」
冷静に暮居 凪(
ja0503)が指先を理知的な顎に当てて思案に呟き。
「俺が先行するよ。俺なら集中攻撃を受けても沈まないだろうし」
月詠 神削(
ja5265)がダアトの多い面々から一歩先んじて、凛々しく歩きだした、そのとき。
がさがさがさ、とテーブル下から這い出てくる三匹のディアボロ!
奴らは、いた。異常発達した前歯を閃かせ、紅い目を爛々と輝かせ。
「きゅーーー!」
雄々しく鳴いた!!!
「……さ、殴るか」
クールに言い放ち、素早く駆けだす前衛ダアトカルム・カーセス(
ja0429)。
「最初から当たりを引くとはのぅ」
「ここで憂いを断てば、後は卵探しだけになる。好機ね」
「今なら挟撃がいけるんだよ!」
子猫巻 璃琥(
ja6500)と博士・美月(
ja0044)は、縁の声に頷き合い、月詠が注意を引きつけている一瞬で陣形を整える。
挟撃は元々有効的な陣形ではあるが、今回はさらに利点がある。流れ弾や兎の攻撃で薔薇が傷つく可能性が飛躍的に減少するのだ。
兎に真っ先に群がられるのは月詠だが勿論、彼も承知のこと。
小型犬サイズの獣が全く同時に跳ね上がる。速度に長けた攻撃に月詠は全身に喰いつかれながらも薔薇を庇って一歩も引かない。
「見かけ通り、こいつら早い! けど、」
手にはいつの間にかショートソードが握られている。その切っ先は、既に血に濡れていた。
「俺も早いよ」
至近距離から暗器での抜き打ちは月詠のお家芸だ。装甲は薄く、やはり素早さがキーのようだ。
「蒼の舞姫、希の蒼のジプシーダンスなのー☆」
状況を把握した鳳がしなやかに舞う。しゃらしゃらと装身具が触れ合う音と共に肢体には蒼の雷を纏い――無数の光となって弱った兎を撃つ!
更に重なるのはこれも、雷。光輝で編み上げられた槍が兎の首筋に突き立てられ、後には物言わぬ焦げた毛皮が残るのみ。
放ったのは護符を掲げる子猫巻だ。獲物を狙う猫の如く細めた真剣な眼差しは、ただ当てるだけでなく薔薇園を護る為に。
「きゅきゅきゅーーー!!」
「わ、こっち来た!」
鳴き声だけは愛らしく兎が神喰に向かって鋭い牙を剥き出しに喰いつこうとする。
「来なさい。ここは通行止めよ」
割って入るのは暮居。盾と共に素早く神喰と兎の間に身体を割り込ませる。兎を弾き飛ばす方が容易だったが、敢えて全力で受け止める。
理由は言わずもがな、背後に庇うのは味方だけでなく、薔薇も。
もう一匹はカルムを狙って大きく跳躍――するが、目測を誤って茂みに突っ込みそうになる。だが、その先には縁の盾が閃いて叩き落とす。
「みんなも薔薇も傷つけさせないんだよ!」
言葉通り、自分の身体で全て引き受けるつもりの前衛達を見て取り美月は声を投げる。
「残り二体。おあつらえ向きね」
カルムは片手を上げて応える。瞬時の意志疎通を成すのは互いの信頼故に。
「見た目はハデなスタンガンだけど、見た目通り『ビリッ』じゃすまないわよ……!」
「……そりゃ結局ともかく派手ってことか?」
突っ込みを受けながらばち、と不穏な音がして一匹に電撃が襲いかかる。
「よぉ、かわいい(?)ウサギさん。卵知らねえかい?」
隣の兎はカルムの担当だ。茶化しながらも狙いは精緻に電気を迸らせる。
所詮は獣か目に見えて電気ショックに動きが鈍くなる。
「ASSERT CREATION(我此処に創造を宣言する)――BRIONAC(轟き穿つ五条の雷槍)」
神喰の詠唱が響く。渇望から齎す力の具象化、彼女が常に編み上げている力を一点に集中させ。
雷が生まれ、傲然と指す指先に従い一斉に射出される――。
「逃がさない――ブリューナク」
着弾と同時に、暮居が素早く身を走らせ、踏み込みの勢いその侭に剣を横薙ぎに払う。
大きく浮いて飛ばされた兎を標的に、鳳と子猫巻が新しい術を編み上げ――万全の八人を前に、兎達の駆除はあっという間に終わることになった。
「卵はどこかなー?」
「薔薇とお茶会ってアリスを思い出すだよー」
戦闘が終われば鳳と縁が率先して卵を探す。兎は卵を持ってなかったが。
「お皿の上にいたのー☆」
「ポットの中だよ、お湯を注いだら危ないんだね!」
宝物のよう二人が掲げるのは藍と緑に塗られた卵が一つずつ。
そうして、彼等は幸先よく薔薇園の奥地に向かうのだった。
●東の大樹
目立つのは、何よりも遊具。手入れされたジャングルジムは何処か余計に寂しさを誘った。
「そういや孫がいたんだったか…。復活祭に蘇るのは、どこぞの救世主だけだ。死者は還ってこねえ」
一人ごちてカルムが皆を振り返り。
「けど、いつまでも悲しい顔じゃダメだよな。俺たちが笑顔を作ってやれたらと思うよ」
「ええ、絶対に見つけましょう。私はジャングルジムの方を見てみるわね」
衒いなく頷くのは美月だ。衣服を汚すのに躊躇なくジムに上り、そこを足場に木の枝を覗き込んでいく。
ジムの中を調べようとしていた暮居は先に、あるものに気づく。
「これは、楽譜? ピアノもあったわ。歌詞が付いているわね……」
「へえ、どんな曲があんのかね?」
歌詞にヒントを探して確かめるカルム。真っ先に目に入ったのは「Sing Me!」という題名だ。
「ピアノにも書いてあるのー☆」
ピアノを弾いてみようかと鳳が調べると「Play Me!」の文字。
「やれやれ、そのまんまだな」
「子供向けのお遊びなのだから、簡単にしてるのね。唄ってみるわ」
暮居の言葉に、ならば鳳はピアノの鍵盤に指を当て素朴な音を紡ぎ始める。
「イースターの歌なのですよぅ」
鳳の伴奏で、二人は声を重ねて歌い始める。初見でも容易に歌える単純な音楽だ。
澄んだ青い空の下、若く伸びやかな女性の歌声が優しく満ちていく。
「見て、小鳥が」
美月が真っ先に気づく。皆がつられて顔を上げると、鮮やかな色の鳥が数羽舞い降りてきた。
鳥は歌に合わせて枝の側を舞い、美しい声で囀る。そして、歌の終わりと共に飛び立っていく。
「あった、あったわ!」
小鳥達が示した美月が手探りで調べると、赤と黄の卵が確かに置かれていた。
「小鳥さんが教えてくれたのー☆」
歌い終えた鳳達も、満足げに笑う。
「普通に探せば時間がかかるって趣向か。こいつらも、孫の為に準備してたのかね」
「卵も、新しいわね」
元より、たった一人の為に準備されているものだ。何もかもが清潔に整っているのを見て、美月は嘆息する。
「……こういう時に」
小さな、小さな暮居の声。胸は確かに痛むのに、どんな風に表せば良いのか。分からない、と主のいないピアノを指先だけが撫でた。
●南の小道
「薔薇園でのかくれんぼが大好きだったのじゃ。それから、ペットと仲良しだったらしいのぅ」
執事からの情報を伝えながら子猫巻は薔薇園を眺めゆったりと歩く。
ディアボロ退治は済んだけれど、彼女にとっての今回の依頼はまだ終わってはいない。救うことを、考えるなら。
「じゃあ隅々まで調べれば良いのかなっ」
無邪気に言うのは神喰。彼女は道々、あちらこちらを目を輝かせ覗いている。
「俺は子供の目線で探してみようと思う」
月詠も頷いて、薔薇の小道に辿りつく。早速、と膝をついて生垣の下を覗いてみると、白い籠。卵かと引き寄せてみた月詠、絶句、そして二度見。
「何かあったんだよー?」
「……こんなのがあった」
一緒になって屈む縁とお見合い状態で、籠を差し出す。そして、二人でしばらくの沈黙。
「……なぜにけもみみ?」
「さあ…」
二人して首を傾げながら、縁は子猫巻を手招き。そして流れるように虎猫耳を着用させようとする。にゃー、とか楽しくじゃれ合っていた。
「…え、これで卵が見るけられると?」
そんなばかな、と顔に書きながらも神喰は自主的装備。ひょこ、と黒猫の耳が生えた。
「……で、これでどうしろと」
月詠がぼんやり見渡すと、遠くからオン!と鳴き声が聞こえる。元気よく駆け寄ってくるのは、大きなゴールデンレトリバーだ。
「ええ? 一体何事!?」
首環をつけた立派な犬は、懐かしい匂いを見つけたと一目散にけもみみ着用の少女達に近づき。……不思議そうに、立ち止まる。
以前、そうやって遊んでいた別の少女の面影を探しているかのようだった。
だが、すぐに自分の仕事を思い出して小道の一点を示し、更にオン!と鳴く。
「この子が教えてくれてるのなら行ってみるのじゃ」
「璃琥ちゃんと一緒に行くんだよー!」
小柄な二人が手分けして示された方角へと進む。薔薇を傷つけないよう、慎重に、慎重に。
「あった…!!」
並んでいるのは、青と紫の卵達。大事に胸に抱きかかえて、少女が卵を取り出すと犬は満足げに走り去っていく。
「教えてくれたんだよ。……でも、ずっと」
一人の小さな女の子の為に、薔薇園に、卵に、動物に。何もかもが、まだ、彼女だけをずっと待っている。
「……身内失うのは、つらいよな。今も、取り残されてるんだろうか」
月詠の脳裏に浮かぶのは遠い遠い面影。けれど直ぐ彼は首を振って、立ち上がる。
見つけた卵を、届ける為に。
●薔薇の茶会
老女は、今日も薔薇園に赴く。何もかも一人の為に作られた場所に。
二度と、誰も訪れない場所に。
―――けれど、今、聞こえる声は?
テーブルに座る、八人の姿は……?
孫を失ってから初めて。
彼女は薔薇園の門を潜った。
迅速に兎を倒し、卵探しを最速で終わらせた皆には十分な時間があった。
荒れた土を整えたり、執事に連絡をしたりする時間が。
結果として――薔薇園の茶会は滞りなく始まるのだった。
三段トレイに飾られたプチケーキ、焼き立てのスコーンにサンドイッチ。焼き立てのアップルパイが湯気を立てて、華奢なデザインの揃いの紅茶碗になみなみとお茶が注がれる。
「美味しい……素敵ね」
暮居が淹れ立ての紅茶を口に運び、うっとりと微笑む。笑うと彼女の印象は一気に柔らかくなる。
「手が込んでる。毎日準備してたのか?」
卵を探し終えた月詠も着席。やけに絵になる風貌の彼は、サンドイッチを口に放り込む。
「美味しいんだよー。これ、すっごく」
「希はこのクリームが大好きなのですー☆」
手製のパイを一切れ平らげたかと思うと次はマカロンタワーに果敢に挑戦する全世界ダイエッターの敵は縁だ。
甘い苺のクリームをスコーンにつけて頬張る鳳も幸せそう。
他愛なく彼等が言葉を交わしていると、キィ、と門柱が軋む音。
「おう、どうだ一緒に?」
カルムがそこに立ち尽くす女性に笑いかけた。
ショールを纏う老婦人は、目を一杯に見開いて呆然と皆を見ている。
「失礼してるわ。良かったら、席はありますから」
暮居がすかさず席を立ち、中央の空けていた場所へと椅子を引く。
「あの、良かったらこっちに」
老女は今にも崩れ落ちてしまいそう、と見てとると月詠は押し付けがましくない動作で、そっと支えに手を伸ばす。
彼に縋るようにして、一歩、二歩。言葉もなく歩く老女にぱっと表情を明るくして。
「みっけたー! ねぇ、お婆ちゃん、見つけたよっ!」
テーブルの真ん中に並んだ卵を示して、子供のよう胸を張る神喰。褒めて欲しそうに、撫でて欲しそうに。
「簡単だったわ。でも、楽しかった」
白衣を泥だらけにして、自信満々に笑う美月。
「はじめまして、奥様。お茶を飲みましょう?」
コルネリアと名乗った子猫巻が礼儀正しくしとやかに礼。
堪らずに老女はその三人を抱え、枯れた身体のどこに力があるのかと思うような強さで抱きすくめる。
「そう、貴方達が…有難う、有難う、私の小さなレイディ達……」
声は途中で嗚咽に変わった。それぞれの思いを抱えながら、寄り添う三人の少女達に囲まれて。
老女はただ、ただ、子供のように泣いていた。
「よかったなのですよぅ」
鳳はこっそり仲間達と笑い合う。家族を想う気持ち、愛しい人を想う気持ち。自然にそれを助けようと思える彼女は、優しくあどけなく笑う。
「おばーちゃんの卵全部見つけられたのかな?」
「全部、探せてたらいいな」
一生懸命卵を探していたのは縁や月詠、皆で。だから、ここにはちゃんと卵が並んでいる。
「六つ、……かしら?」
揃えた卵は赤黄緑青藍紫の六色。暮居はふと、何か気付いたのか瞬く。
――一番上に卵が一つ、重ねられた。
「……これで、七つ目。七つ目の卵は、亜里沙がお茶会に辿りつけたご褒美だからねえ」
目を赤くしながら卵を差し出すのはこの庭の主人だ。
「あの子達も……貴方達も皆で、探してくれたんだねえ」
全員に有難う、と老女は皆に向かいあい頭を下げ。そっと、口にする。
「虹の色。この世界の綺麗な物は、全部…あの子にあげたかったんだ…」
悲痛の色を見てとって子猫巻は口を開く。彼女もまた、自分のことを話す。誠意を持って、偽らず。
「二人は私が悲しい顔をすると心配だろうから、楽しんで生きないと。いつか向こうで再会した時、喜んで欲しいから……」
いっぱい、お土産話を作ろうと添えて。
「それに、私…友達になりたい。奥様と」
「ああ、機会があれば、今度はゆっくりと見せてもらいたいもんだ」
洗練された仕草で茶器を置き、カルムが何気なく言う。彼等が言うのは、先の機会、次の話。
「…如何、お婆ちゃん。似合ってる?」
ひょこ、と横から顔を出す神喰は祖母に懐く孫の如く天真爛漫な笑顔で。老女が頷くと、ならいっか、と納得した様子。
それは何処にでもある、優しい子供達の姿だった。
「また…来てくれるかい…?」
問いかけた言葉に、返されるのは優しい優しい笑顔達。
薔薇園を護り卵を探し、ただ依頼だけでなく彼女の心にまで触れてくれた八人。
皆の心が揃い実際に最高の成果を上げたからこそ―――全ては、届く。時間、行動、言葉と心、何一つ欠けてもこの結果は無かった。
夕暮れは直ぐそこ。けれど、今日は少しも寒くない。
薔薇園では賑やかな声が満ちる。子供達にふるまわれるお菓子達。
一般開放された薔薇園に訪れる人々は多い。もてなしにと活き活きと駆け回る老女の姿も見られるように。
執事は丁寧に招待状を書き記す。宛先は依頼した学園。主人はいつでも、再訪を心待ちにしているのだと添えて。
そして、最後に彼は自分の言葉を記して封をする。
「貴方達にお願いして良かった。本当に、……有難うございます」
溢れきれぬ感謝の念と薔薇の花弁を乗せて手紙は、いつか届く。