●茨の城
建物は灰の茨によって閉ざされている。
「わわっ、何か凄いことになってるね」
辿りついた永瀬 雫(
ja3899)はごく素直な感想を漏らした。見た目より余程幼い表情で、しみじみと見上げる。
その横で、茨が自動ドアを覆い尽くしていることを確認した森林(
ja2378)が振り返る。
「報告通り、厄介そうな茨ですね。打ち合わせの通りいきましょうか」
言葉と共に御影 蓮也(
ja0709)に場を譲る。
「それじゃ、始めるよ。……これに絡め取られたらかなり痛そうだしね」
率先して打刀を宛がい茨へと突き立てる。切り払う動きではなく、一気に引き抜くと硬い茨の何本かが折れた。石を切る手応えに似ている。
スキルを使わずに行くならば、それなりの時間を喰う覚悟が必要そうだ。
「これはこれは、たかだか盤面にも乗らぬ門番のくせに手間をかけさせるものだな」
傲然と言い放ち、頑強な両手剣を重さを感じさせない動作で抜き放ったのはフィオナ・ボールドウィン(
ja2611)。
「一気に行くぞ、皆」
「分かった。私も攻撃する、重ねてみるか」
言うが早いか尹 央輝(
ja6770)が無造作に、けれど繊細な蹴りを上段から放ち。
「いっせーのーで!」
さらに続くのは、レーザーの如く鋭く伸びる光条。みしり、と茨が確かに軋む。
「私も、参ります」
今は黒色の澄んだ眼差しを晒して神城 朔耶(
ja5843)は弓を構える。
鋭い音を立てて真っ直ぐ突き立つ矢は、一本、二本。森林が寄り添うようにしてタイミングを合わせた援護射撃を行っている。
「大分弱くなったみたいだね」
茨には罅が入っていた。御影がまた刀を突き立てると先程より容易に茨が落ちる。
フィオナと協力して作るのは二人程が突破出来そうな穴。
「……敵の気配は、ないね。今のところはだけど」
後方で、周囲を警戒していた月子(
ja2648)が考え深げに皆に報告をする。敵の門前で破壊活動に勤しんでいる以上警戒はするにこしたことがない。
「皆様、敵に気づかれている可能性は十分にあるのです。入った瞬間に攻撃されても対処できるよう注意しておいてくださいね」
月子の言葉に真摯に頷く神城は全員に再確認として投げる。
「ボクが扉を開いておくからさ、順番に行くのがいいかな?」
反応して、茶色のツインテールがひょこりと動いた。
細かな部分を払う役目を請け負っていた一色 万里(
ja0052)が、言葉通り刃先を自動ドアの僅かな隙間に差し込む。
完全に全ての茨が払われていない自動ドアは彼女が力を込めた分だけ道を開いた。
「なら、急いで動こう。茨もサーバントだから、注意して突破しないと。通り中に絡められたら一方的に負けるし」
御影は刀を握り締め、茨の反応をうかがう意味でも一番危険な先陣を迷わずに進み始める。
茨は動く様子はないが切り払った分が伸び始めている気がした。
「やはり、多少の時間は取りましたね」
打ち合わせていた分早く動けはしたが、着実な一点突破では多少の時間の消耗は否めない。
森林は慎重に時間を確かめながら、全員が潜り抜けたのを見届け一色と共に扉を後にする。
●盤面・序
ホールは黒と白のタイルで満ちていた。。
待ちうけるのは人間程の巨大な石像が、四体。
堅牢な鎧姿や大剣の目立つ騎士、石ながら肉体美を披露する女王に深くローブを被った僧侶。
「キングは奥かな? ここからじゃ見えないね。まだこっちに気づいてないみたい」
月子が物陰から慎重に観察するも、催眠サーバントの姿は確かめられなかった。
「狙いを絞りましょう。それで撃破できれば大分後が楽になります。私は、先に皆様に加護を」
「じゃあ、女王様を狙おっか」
神城の耳打ちに永瀬は護符を指先に挟み、取り出す。
「私も、ここから。クイーン、狙えそう」
狙撃手として銃を取り出し、射線を測るのは月子だ。
「カウント、俺が取ります。射撃に集中して下さい」
弓を構えて森林は連携を請け負う。
全員が目線を重ね、無言で頷き合った。
ここから先は、お互いの連携と行動が物を言う。
カウントは5から、森林が数え始め。
「3、2、1――ゼロ!」
銃弾が、編みあげられた魔力が、弓が――一斉に無防備なクイーンを狙う。
「ギィィィィィ!!!!」
クイーンの滑らかな岩肌に狙い過たず突き刺さり、石が軋むような悲鳴を上げて、石像達が皆の方を向く。
同時に神城が編み上げた柔らかな霊気のヴェールが皆を覆い、アウルを纏わせ加護を与えて。
盤面の戦いは始まる。
●盤面・前半戦
「後衛を速攻で頼んだ。ルークはこっちで抑える」
「ボクも御影殿と行くよ。鬼ごっこさ!」
カウントと同時に走り出し、距離を詰めていくのは御影と一色だ。
まずは走り抜ける勢いの侭、大きく御影が飛んだ。勢いと体重を乗せて膝めがけ横から蹴りを叩きこむが、重い。
「さすがに固い、でも衝撃を集中させれば」
装甲の分厚い感触が脚を痺れさせるのに、体勢を整えながら思案を巡らせる。
「ハロー、ガーディアン殿♪ わざわざ倒しにきてあげたよ、もちろん覚悟はできてるよね?」
風の速さで逆サイドから接敵、腰だめに深く構えて、次の瞬間弾むような勢いでショートソードを脇腹に抉り立てるのは一色だ。
刃が石を噛む、嫌な音がする。予想よりも振り抜ける感覚があり、一色の背筋が僅かに冷える。
向こうの一撃も彼女に多大なダメージを与える可能性があるのだと悟ったのだ。
表向きは涼しい顔で、攻撃の勢いを利用し斜めにステップを踏む。
「くのいち相手に追いつける? ボクと張り合うなんて、えーと…なんだっけ? ほら、国語の先生が言ってた言葉なんだけど…」
挑発途中で、中学生の目が助けを求めるように御影を見た。
「…万里や俺に挑むなんて百年早いな」
目が合い、御影が笑う。時間稼ぎだと悟らせてはいけない、真っ向から叩き潰す敵として認識されなければこの戦術は成り立たない。
「そう、そんな感じ!」
一色もまた笑う。そして二人は左右に位置を取り直し、ルークと対峙する。
一方でナイトも腰に穿いた剣を引き抜く。女王の敵に向かおうとするが。
「我は騎士、フィオナ・ボールドウィン。貴様の相手たることを光栄に思うがいい」
清澄な金色の髪が揺れ、真っ向から剣を打ち合わせに相対するのは堂々と名乗りを上げる騎士の姿だ。
「こちらも無視してもらっては困る。私を倒さずして先に行けると思うなよ」
言葉と共に威を示す、上段からの苛烈な足蹴り。腹に見事にめり込んだ足裏が、大きくナイトを蹴り放つ。
だが、石像も揺らがない。鍔迫り合いから剣を肩めがけて薙ぎ払う――!
「く…っ! 面白いではないか」
強烈な一撃は予め覚悟はしていても、受け流し切れはしない。魔装で衝撃を吸収しきれず、フィオナの肩に鈍痛が走る。
フィオナに、引く気はない。己が剣に緑の光を纏わせる。浮かび上がるのは、かつて伝説に名高き聖剣。
「我が剣の冴え、見るがいい」
横薙ぎに腹を切り払う――! 魔力を宿した剣は、やすやすとナイトの装甲を貫いていく。
「人の領土に我が物顔で居座るとは…良い度胸だ!!」
ナイトがフィオナに気を取られれば、アウルを脚に纏わせて横腹を蹴りあげに尹が飛び込む。
喧嘩慣れした彼女の戦術はナイトを翻弄し思いがけない角度からの攻撃を加えていく。
消耗覚悟の短期決戦が彼女達の戦い方だ。
ただ――。
「また、か」
思わず舌打ちする尹。ナイトの損傷が激しいと見てとるや、ビショップの癒しがナイトに届くのだ。
これがある限り、戦局はナイト優位と言って良いだろう。
僧衣の姿を取る石像、ビショップが手を祈りの形に組み合わせると不可思議の紅い光が漏れる。
ナイトを癒した光はクイーンも届いていた。
削れたばかりのクイーンの罅が時を撒き戻すか如く癒えていく。
「あー、もうやっぱり来たー」
弾痕が跡形もなく消え去るのに月子の眉が小さく寄る。
どれだけ早く撃破できるかが、今回の作戦の要だ。
「でも、完全には癒え切ってません。クイーンを先に押さえられそうです」
あまり表情を変えずに弓を構えなおす森林。
クイーンの杖が高く振り上げられ、青白い魔力が杖の先端に球体となって浮かび上がる。
射程が広いのは、向こうも同じ。更に後ろに下がって距離を作りながら、雷撃が杖から解き放たれた。
雷は途中で二本に割れ、永瀬と神城へと斜めから振り落ちる。
「私は大丈夫です、皆様、お怪我は?」
完全に持ちこたえ切ったのは神城だ。雷は彼女に到達するも、魔装の表面だけでばち、と弾け飛ぶ。
「うわ…っ! 雫も、だいじょうぶっ!」
魔法攻撃であったことも功を奏したのか、肩の焦げる嫌な匂いがするも致傷には至っていない。
ロッドを真っ直ぐ目の前に突き出して、クイーンを捕捉する。
その姿を見ると神城は弓を持ち直し癒しの行使より先に狙いを定め、清廉な動作で矢を立て続けに射る。
「悪い女王様見っけ!どかんと行くからねっ!」
お返し、とばかり永瀬の両脇に浮き上がる小さな魔法陣から、薄紫色の光の矢が直線の軌道でクイーンを貫く。
重ねて森林の手の中で弓がアウルを膨れ上がらせ――一気に、解き放つ!!
同じく、軌道は直線。先に放たれた矢に、永瀬の魔法に寄り添い、新たなが生まれ。
クイーンの頭部に突き立ち、ぱきん、と陶器が割れるような音が呆気なく響いた。
「回復より攻撃の方が多ければいいのよね」
銃口の向きを合わせてビショップへと変え、月子は軽く笑って見せる。
盤面の流れが変わった瞬間だった。
●盤面・後半戦
「何処までもつか、貴様と我等の根競べだな」
肩で息をしながらも、揺らぎはない。それがフィオナの矜持だ。
無言でまた尹も僅かに肯定を示し笑う。
フィオナの洗練された剣術も、尹のしなやかな体術も確かにナイトにはダメージを積み重ねていが未だ至らない。
原因は分かっている。無尽蔵とも思える癒しの所為だ。
だからこそ、彼女達は満身創痍で毅然と立てる。何故なら。
「これで、終わり!」
月子と森林の構えた銃は、ビショップへ確かに照準を合わせられた。
見ればもう、身を守る術のない像は消耗しきっている。そして、癒しの術を紡ごうとした手首ごと派手な銃声と共に吹っ飛び崩れ去った。
「援護します。お待たせしました」
森林が新たな矢を番え、狙いを正確にアウルを纏った一撃を先んじて解き放ち。
着弾するより先に、尹が素早く勢いをつけて走り出す。
「腕力より脚力が強いのは、自明だろう?」
堂々と言って捨てる、そのすんなりと伸びた脚はナイトの胸に届き、背中までを貫いた。
言葉を示してみせるかのように。
風圧だけで重みが分かるルークの拳が御影の間近を通る。
「固い上に回復させられたら、遣り様がない。今は耐え時だね」
大振りの拳が過ぎ去った瞬間の接敵を狙い、懐に一気に飛び込む。
刀を翻して、至近距離から手首を打ち、また離れ。ルークを翻弄しながら、何とか均衡を保っていた。
だが、――。
「――う、あ…っ!」
木の葉のように高く、高く一色が宙に舞った。
ひらひらと危険な鬼ごっこを繰り返していた彼女を、とうとうルークが捕らえたのだ。
腹を石で出来た拳が押し上げ、内臓が、骨が軋みを上げる。
一色の視界は真っ赤に染まり、唇から赤黒い色が伝った。
受け身も取れず崩れ落ちる彼女は、だが、迷わずに床に手をつき立ち上がろうとする。
「ボクは、逃げない。…だって先輩なら、あいつ吹っ飛ばせるでしょ?」
震える眼差しが映すのは、彼女の仲間だ。仲間の為に、役割を果たす。一色は、揺らがない。ルークが迫ろうとも。
「これ以上は、させません」
凛、と清冽な声。後方から、神城が癒しの術を使う。
一色の身体にアウルの柔らかな温度が流れ込む。身体の苦痛が癒されていくのが分かった。
「お待たせっ! 早く終わらせないとねっ」
永瀬のいつもと変わらない声に、頼む、と御影が刀で示すのは罅の入ったルークの脚。重心を支える、要の場所だ。
返事より、魔法陣から放たれる二条のレーザーの方が早い。
紫の光が大きく膨れ上がり――ルークの膝で過たず二本の光が、交差した。
二人が着実に積み重ねていたダメージは、水が穴を穿つようルークを侵食しており。
―――故に、ルークもまた地響きと共に地に伏せるしか、無かった。
●盤面・王手
奥には、一際灰の茨がカーテンの如く覆っている部分があった。
サーバントの最後の一体が崩れ落ちると共に、さらさらと灰の砂となり零れ落ちていき――後には、王の姿が晒された。
玉座に坐した姿勢の王の石像は足先が茨に繋がれており、彼の周辺の茨は無数の灰色の花を咲かせていた。
「…甘い匂いがしますね」
森林が鼻をひくつかせる。不愉快な人工的な香りだ。自然の花が齎してくれる物ではない。
「催眠術なのかもねー、これが」
撃退士には効かない、催眠の術。その維持に、サーバントは動けないのだと予め月子達は知らされている。
怪我したものには肩を貸しながら、彼等はやがて玉座へと辿り着く。
「あとはキングのみ、眠りの一角は崩させてもらうぞ」
躊躇わず御影は刀を振り上げ、石で出来た首筋へと突き立てる。
微かに、サーバントが身じろぎをするのが見て取れる。反撃なのか、術の持続なのかは分からなかったが。
「駒とはいえ王ならば散り際をわきまえよ」
強く、傲然たる声と共に緑の光を纏ったフィオナの剣がそれ以上の何一つも許さず、首をはね飛ばす。
すると――細い罅が、生まれる。王の身体に、建物を埋め尽くす茨に。
茨に咲く花弁にも亀裂が生まれ、弾け――崩れていく。
茨の崩れた後に王の姿はもう、原形を留めてはいなかった。
「私達は沢山の命を背負っている…貴方達天使の好きにはさせられないのですよ…」
哀悼にも似た、決意の言葉。神城は胸に手を当てて、その終焉を見届ける。
「戦いはこれからか…京都を守る為にしっかりと戦わないとね…」
「悪い天使さん達、やっつけなきゃね」
月子が静かに零すのに、永瀬もまた真っ直ぐ頷く。
彼女達を眩しげに見ていた一色が、口を開く。
「そうだ、先輩たちにお願いがあるんだよね。ボク、探し物したいんだ」
だが最後まで言い終わるより先に、大きく咳き込んでしまう。時間にも体力的にも限界を迎えている。
「一度戻ろう。増援の可能性もある」
尹が促すのを契機に各々は支え合い帰路を辿り始める。今は手当てをするにも時間が惜しかった。
ここは、天使達の本拠地なのだから。
しかし、――茨はもう、解けている。
京都の北にかけられた術を無くすことに、確かに彼等は成功した。
寄り添いながら、満身創痍の八人はしかし、背筋を正し胸を張り建物を後にする。
今は、振り返らない。
彼等の成果はこの街を救う糧になると分かっている、知っている。
そして、――また戻ってくるだろう。沢山の、仲間達と。
京都を、救いに。