●京の現状
街は、朽ちていた。戦禍も生々しく、硝子は割れ建物は壊れ。
「さて、…何度目の京都かな。来る度に、ここは」
天風 静流(
ja0373)の端正な表情は揺れずに、微かな息だけが漏れる。
「廃墟化が進んでいますね。……誰も、いない」
道明寺 詩愛(
ja3388)らが進む通りは、昔ながらの店も多い。
暖簾が外された店が目に入り沈痛な表情で小さく首を振る。
道具、暖簾、そして人。
老舗で育った少女には、十分過ぎる程に分かっていた。
培うには時間がかかり失われれば戻らぬものの重みを。
「アランさん緊張してるんですか?リラックスですよ!」
六道 鈴音(
ja4192)は明るい声を上げて街を闊歩していく。
その間も、メモやらカメラやらを構えるのに忙しい。
「この辺は破壊の跡がひどいなぁ、とメモメモ」
進軍予定の道は、基本的には自動車が通れる程の幅はあるがアスファルトがめくれ上がるなどの傷もある。
些細な情報が侵攻計画に影響を及ぼすかもしれないのだ。
早速思案を巡らす小さな少女の頭を、掌が軽く撫でる。
「バーカ、俺がこんな事で緊張する筈ねえだろ」
笑うのは、アラン・カートライト(
ja8773)がいつも見せる不敵な語調で。
声と足音だけが、無人の街に響く中、遠目に瓦礫の山が見える。
尾をくねらせる巨体の姿も。
撃退士達の、切り替えは早い。もとより、此処にいる以上倒すしかないのだ。
穏やかに皆と言葉を交わしていた御守 陸(
ja6074)が、表情を切り替える。
「狙撃します。ファイアレーベンの警戒も、任せて下さい」
片膝をつき銃を固定。小柄な体でぶれもせずに銃身を扱い、―――ファーストショットを決める。
ぬらりとした肌に正確に穿たれた弾痕は、しかし浅い。
強度に勝るのだと誰もが理解するが。
「藪から出てくるのは蛇ァ、それとも鬼かァ……百足じゃ足りないわねェ…?」
黒百合(
ja0422)は長い前髪の下から金の眼差しを無邪気に笑わせる。
次の瞬間、彼女の姿は一瞬で掻き消え、百足女までを肉薄する。
少女の姿は、闇に塗り潰されたのか少女こそが闇なのか。
闇で編まれたような鎌が素早く、百足女の喉を切り裂く。縦横に、二度。
カオスレートを引き下げた刃は流石に深く傷を切り刻むも、同時に獰猛な鉤爪が避けようもなく黒百合の肢体をやすやすと切裂く。
「……なんて、出来ると思ったかしらァ♪」
鉤爪に引っかかったのは、ただの服一枚だ。
「次は、私が行きます」
「頼むわねェ…♪」
黒百合と入れ替わる形で立つのは、龍仙 樹(
jb0212)。
淡い緑の光を纏い、一番至近の距離を取って注意を引く役を入れ違いで引き受ける。
翠の刃が、真正面から胴を斬り伏せに走り、彼の手元に硬い手応えを残す。
緒戦は上々、しかしながら問題は回復力。既に零れる血は少しずつ量を失せさせている。
「高々天使の走狗如きが。…とはいえ、今のわしの力は足りぬも事実」
強靭な生命力に、眉を寄せるのは白蛇(
jb0889)だ。
失われた力を悔いても仕様の無いことを彼女は冷静に理解している。ならば今、なせることを成すべき。
書から迸る影は、直線に這って百足女の眼前までを向かう。
「キシャアアアアア!!!!」
吠えて、事も無げに払おうとしたときには天風が動いている。
「短期決戦で、行くよ」
黒髪が涼やかに、空へと舞う。重みを感じさせぬ体躯は軽々と槍を振り回して腹を一気に薙ぎ払う。
込めるのは、己が槍に背負う威。巨躯と槍一本で張り合う天風は、一歩も気迫でも力でも負けてはいない。
駆け寄った六道が、軽やかに笑い。指先には符を宿す。
「焼き加減はウェルダンでいいわよね?再生できないよう念入りに焼いてあげるわ! ―――六道呪炎煉獄!!」
ごう、と炎が燃える。赤と黒、二色の炎が絡み合い、舞い踊りただ百足女だけを狙い全身を炎に包み込む。
身悶えする百足女と、涼しげな女二人を見比べアランは軽く肩を竦める。
「全く、派手なレディ達だぜ――比べて、どうよ」
位置取りは、丁度天風が斬り飛ばした背面。鈍重な百足女が振り向くより先、背にずぶりと直刀を差し込む。
「あ、こっち見なくていいわ醜いから。お前俺の妹の可愛さ見習えよ」
拳までも傷口に埋まり、返り血がアランの白い肌や豪奢な金の髪を汚していく。
それを如何にも煩わしげに、紅の眼差しは侮蔑の色と――戦場の高揚を僅かに映していた。
●反撃
「百足女…見かけたことはありますけど、戦うのは初めてですね。鈍重で…硬い」
資料にあるものとはいえ、実際に戦えば実際に感覚としてわかる。
詩愛が地を蹴り、幾度目かの蹴りを腹に放つと爪先がめり込む感触は、どうしても浅い。
だが、彼女の仕事は攻撃だけではない。
スタンから解ければ、真っ先に狙われる位置を樹と共に肩を並べて取る。
その両脇を固めるのは、アランと天風だ。一打ずつを重く、再生された端から傷口を抉り、切り裂いていく。
「来ました!」
御守の声が鋭く響く。空に見えるは、凶の大鴉。炎をその身に宿して一気に滑空する。
同時に、その羽ばたきからは無数の火の粉が散った。百足女をも巻き込むことを厭わず炎の雨が渦巻いて熱気が周囲に溢れる。
「…ッ…きゃ!」
悲鳴が幾つも漏れる。六道の傷が、一番深く火傷が白い肌を無残に焼く。
「六道先輩!」
冷静に戦況を見定めていた御守の表情が、初めて揺れる。
勿論己自身も火傷の痕はまざまざと刻まれているのだが、引き金を引く指があればいい。
静かに呼吸をして、感情の乱れを凪がせていく。
だが、その間も百足女は止まらない。二度目、鋭い爪が迸る。
詩愛の胸を切り裂きながら、その長い百足の尾は跳ねて天風を掻き毟ろうと蠢く。
「他に誰一人、傷付けさせません!」
龍仙は己が身体を天風の前に滑らせて、受けようとした武器はその侭逸らされ腹に爪が刺さる。
内臓が傷ついたのか、赤が口内から溢れるも彼は全く引く様子も無い。
「…今は、押さえじゃ。我が分体の一、此処に出でよ」
防御の力を司る巨大な昏い蒼の鱗を持つ龍が、召喚に従い彼女らの前へと踊り出る。
今は意を伝えるまでも無く、骨で編まれた弓を手に撃ち放つのは、百足女の気を少しでも反らす為だ。
「休んでる暇はないんだからね!」
弓へと持ち替えて、ロングボウを六道も引き放つ。二本の弓は巨体を外しようもない。
だが、どうしても火力には欠ける。
「その為に、僕がいるんです。――邪魔は、させません」
御守の眼差しは、澄んだ緑。スコープ越しに見るのは、燃え盛る大鴉のみ。
――狙い澄ましての、精緻な弾丸。炎に溢れた翼を、的確に穿っていく。
「こっちは、行き止まりよォ…♪」
片羽根をもがれて錐もみで下へと落ちかけるその頭部の位置すら完全に予測し切ったかのような軌道で、もう一発の発砲音。
着弾は見事に、頭部。
黒百合の銃が届く範囲を飛んで、それ以上逃がすことなどないと言わんばかりに彼女は紅い唇を艶やかに笑わせる。
背の向こうで銃声が聞こえようが、詩愛は振り向くつもりはない。
けして両の手は使わずに、身軽にスカートを翻してレガースに覆われた脚が多段での蹴りを放つ。
どうしても彼女を見て、相手をせざるを得ないよう。
「こちらです。……無視は、させません」
鉤爪を盾で引き受ければ小柄な少女の身体は百足女とは圧倒的なまでの体格差で吹っ飛ばされるも、
直ぐに体制を整えて口の中の血の味を飲み込む。
「私は少し丈夫ですから…今のうちに攻撃を」
声はあくまで、穏やかに。
表情を動かさず、僅かに天風は頷く。蹴る足音は、あくまでも軽く。
しかしながら次の瞬間、彼女の速度は神の如く。
青白い光を纏う槍の穂先は、百足女の身体を背後の瓦礫へと深々と撃ち貫く。それは黄泉へ向かう道。
「喰らえ!六道鬼雷刃!!」
六道の腕が翳し示す先、更に別種の光が閃く。
彼女の霊力が雷へと置換し、収束し―――凝縮されたそれは天空より使わされた刃として。
ファイアーレーベンが落ちた今、彼女の魔力を遮るものは何一つ存在しない。
「俺とデートしたいなら生まれ変わって出直せ」
それでもなお蠢こうと身じろぐ、百足女へとアランの身体は音も無く近づく。
槍を外そうともがく腕、がら空きになったその脇腹を彼が外す筈もない。
既に血に塗れた白の刃がずぶりと肉を割き、骨を絶ち。着実に命の緒を断ち切る。
●その先を
横たわった百足女の頭を華奢な爪先が踏み、力を込めれば水風船のようはぜわれる。
「油断は出来ないですね」
常と変らぬ優しげな口調で告げるのは、詩愛だ。
彼女は更に、アウルを行使し無数の桜の花びらを舞い散らせる。
幾つもの傷口を触れて、癒していくひかり。
効果を見るが早いか、彼女達は駆け出す。この先に、――要塞があるのだ。
背を見送り、アラン達は目の前の巨大な瓦礫に視線を向ける。
「んじゃ、さっさとやっちまおうぜ」
「ですね、最大火力です!」
ぐ、と拳を握って応える六道。
「耐久度を測ってみましょうか」
既にいつもの温和な面差しで、早速御守が銃弾を放つ。
アウルを込めた銃弾は彼の背をも越す瓦礫を幾つか打ち壊していく。
零れ出たものに、少しだけ御守の表情が歪む。
小さな、子供の靴だ。
近くで見れば、建物の倒壊は明らかに人為的なもの――例えば、此処に立てこもっていた人間達を引きずり出す為に、強引に破壊に及んだ、だとか。
「――壊そう、それが何よりも目的に近づく」
此処に残っているとしたら遺骸、残っていないとしたら既に救出されたか、収容所が。
天風も銃で、幾つかのポイントに亀裂を入れる。彼女の表情は変わらず冷静だ。
「流石に固いな…ならばこうするまで」
言うが早いか、彼女は周囲に一言断って気を練り、――次の瞬には爆発的なアウルの一撃として叩き込む。
「…全く、京都旅行の先は長いな。いや、短いか」
アランが厚みのある剣で切り拓けば、残った瓦礫は少しずつ減っていく。手分けをすれば、ということだろう。
「きっと、もうすぐですよ」
六道は小さく黙とうじみて目を閉じた後に、両手を掲げる。
生まれるのは、真紅の竜。炎を纏う、いや炎で作られた巨大な竜が圧倒的な熱を持ち、瓦礫やガラスを溶かして。
高く、今は封じられた都へ鮮やかな炎を上らせる。いつか訪れる、解放の先駆けとして。
「……攻めがたい、ですね」
炎を見送り、地形のメモを取りながら御守が改めて周囲を見渡す。
とかく、この辺りは道が細い。実際に来てみて分かったが、巨大な補給車の類が遮られるのは明白だ。
「瓦礫も、撤去は出来るが…普通の車を通すとタイヤがやられるだろうね」
天風もめくれ上がったアスファルトやら道路やらを指で叩いて確かめる。
彼等で手分けして壊した瓦礫をどけるくらいの時間はあるが、それだけでは到底足りない。
六道も辺りの写真を多く撮り、報告を纏める為に準備をしていく。
「どれくらい、時間がかかるか。……出来れば短期決戦にしちまいたいとこだな」
見慣れぬ京都の地図は、碁盤の目だ。通りを迂回することも比較的容易となれば、皆は実際に足で他の通りまで踏み出しては場所のチェックをする。
それは、恐ろしく地道な作業で――だが確かな戦果だ。
今はサーバントがいなくとも、いざ砦攻めとなればこのルートに対して透過能力を使えるサーバントのアドバンテージは高い。
増援に補給など撃退士の行動に気づかれればこの辺りで乱戦が起こり得る可能性が高く、そういった際の対処の道が開ける。
「全く、大規模な戦争だな」
天風は、軽く肩を竦める。軍隊のぶつかり合い、攻城戦に戦略。一つの街を奪い返そうとするのは、そういうことだ。
「まあ何とも楽しそうなことじゃねえか。それに――有名な京都に観光行きたいって煩えんだよ」
叶えてやらねえとな、と遥か先の中京城に視線を投げるアランは兄の顔で笑う。
故に、彼等は彼等の出来ることを。
皆で作り上げた地図や資料は、後の作戦の根幹となる。
●偵察
「今は敵とは遭遇したくないですね」
あくまで偵察、とばかり樹が先頭に立って辺りを窺い見るが残念ながら眼前、要塞の手前に狛犬宜しく並ぶのは灰色狼。
「あらァ…♪」
違法パーツ満載の散弾銃からスコープを覗いて、黒百合はむしろ楽しげに銃口は頭部へと照準。
既に樹と詩愛は駆け出す姿勢を整えている。
黒百合の銃撃で狼の頭部の半ばが弾け飛ぶ。
更に白蛇が操る影が伸びてあっけなく一体を仕留めてしまう。
「こっちだ!」
残り一体に真っ先に肉薄を狙うのは樹だ。駆けよりがてら縦に毛皮と腹を一気に切り裂く。
殆ど相打ちのよう手首に噛みついた、その腹を詩愛が蹴り上げる。
注意が彼女に逸れた瞬間、無理やりに自分の身体をねじ入れて、その爪が彼女の華奢な胴を抉る瞬に、膝で蹴り上げ。
既に狼は彼女達の敵ではなかった。
「いくら素早くても攻撃している瞬間は避けれないでしょう?」
静かに囁く彼女の間近で、遠距離からの銃声が弾ける。
狼の喉を、踵で踏み潰すまでがごく自然な動作。
「……これが、要塞」
改めて眼前を見遣れば、聳え立つ城壁。中央には門が設えられている。
「ここで出来るだけ情報を集められれば、必ず次に繋がるはずです…!」
樹がまず調べるのは、周辺の地形だ。建物が密集している筈だが、今は更地。
「保身の為に焼いたようじゃのう」
白蛇が確認すると焼け跡ばかりが残っている。城壁への足がかりを防ぐ為だ。
「高い塔ねェ…狙撃には丁度良さそうだわァ…」
扉の両脇に立つは高い監視塔、スコープ越しに見れば何かが蠢く気配。
黒百合は更に距離を詰めに、都市迷彩で偽装した身を近付けていく。
城壁から数Mの距離で、ふ、と姿は二つに分けられる。
「うむ、…そちらも御苦労じゃった」
ルート確保の報を受け、目視と写真で確かめてから白蛇は小さな獣を呼び出す。
共有の視覚でもってヒリュウが見るのは、城壁を見下ろす形で。
上空から見れば将棋の駒のような歪な多角形の壁。角ごとに塔が立ち、中央には殊更大きな建物がある。
「あれが本陣…塔を落とすが先か……、すまぬがわしは倒れるじゃろう、」
更にルートを模索しようと宣言した、瞬間。
左右の塔から、無数の矢が降り注ぐ。――見えたのは、弓を番える鎧武者が双方二対。
躊躇わず、ヒリュウを撃ち、更には分身ごと黒百合も撃ち抜く。
崩れそうになる白蛇に、すかさず詩愛の生む蕾が支えて辛うじて立ち直す。
黒百合の方は空蝉で難を逃れ即時、地を蹴る。
「ここまで、ですね」
背後に蠢く気配をもう振り返る余地も無く、詩愛は駆け出す。
「生きて帰ってこそ…です」
樹も頷き、白蛇を庇うように支えながら合流場所へと向う。
堅固な城壁と門、両脇の監視塔にはサブラヒナイトの布陣。城攻めの課題を次なる道の足掛かりとして。
そう、道は続いている。彼等が培い、勝ち取った道が。