●会戦
京都は、宇治川の地。ずらりと並んだ戦陣は、撃退士だけで800強。
谷屋 逸治(
ja0330)は常の険しい表情を揺るがさず、強い意志を宿す眼差しは会戦の地のはるか向こう。
京都の中心を見据えている。
負けられない。
胸の中で、湧き起こる感情は一つ。
各々に表情を引き締める仲間達を見渡して、七種 戒(
ja1267)もまた静かに頷く。
京都を取り返す、その為の戦だと分かっている。
ただ彼女にとってこの戦は、もっと身近なリアルで。
例えば傍らに立つ友達。例えば、――右翼に立つ主。
否応でも心は急いてそちらに視線を流した、瞬。
声が、聴こえた気がした。
「はい! 主殿、どうかご無事で…!」
返事は届いただろうか?
「お互い、頑張ろうや」
同じ声を聞いたか宇田川 千鶴(
ja1613)が柔らかに言う。
彼女も強く先を見据えている。
京都、――友人達の故郷を。
鴇の声が、上がる。
人のうねりが、熱が奔流となり無数の異形の群れと真正面から、ぶつかりあう。
「大軍団同士が正面衝突たぁ景気がいいよね!」
御子柴 天花(
ja7025)の首元で、りん、と鈴が鳴る。
戦場には不釣り合いな程に涼やかな音、晴れやかな声で。
身体に満ちるは闘争の熱を凝縮したアウル。
此処に集う九と八人は戦場の先陣だ。各人が、素早く予定通りの配置に動き始める。
「また、後で」
故に時間はさして無く、だが気負わずに月居 愁也(
ja6837)の口元に笑みが浮かぶ。
「…後でな」
夜来野 遥久(
ja6843)と交す声も背中越しに。
見ずとも、振り向かずともお互いに分かる。表情も、心の色も。
今は違う場に立つ為に歩きながら。
●戦端
「じゃ、七種さんよろしゅうね」
千鶴が飛び出す隙を見計らいながら声を投げる。
彼女が見るのは、押し寄せる敵の最奥だ。
「任せろ、ちぃさん」
軽やかな笑みひとつで戒が請け負う。
狙撃手同士、谷屋と短く分担を合わせていると彼女達を当然に庇う広い背がある。
思わず戒の声が緩む。
「よろしゅーな遥久氏。…安心して、的に集中できるんだぜ」
「存分に集中を。援護をお願いします、私は盾として護りきりましょう」
分担は十分に揃っている。ならば、己の仕事を。
戒の銃が黒に染まり、銃弾へ込められるのはカオスレートを引き下げる術。
「2人が通る道…開けて貰う、な?」
高らかな銃声が開始の合図だった。
銃弾はコボルトの肩を過たずに撃ち抜き、腕が弾けて落ちる。
後わずか、と悟れば疾風が秋月 玄太郎(
ja3789)の持つ忍術書より生まれて立ち上がる気力を根こそぎ刈り取る
「戦線のフォローは引き受けた。この位置から、維持を行う」
秋月の判断は早い。細身の身体はしなやかに動いて、一歩後ろの距離を取り。
右翼へのフォローも出来る立ち位置を素早く掴むと、道が開く。
「なら、僕はこっちだ」
横合いから、距離を詰めてこられないとも限らない。
柊 夜鈴(
ja1014)は先へと進軍していく。
右目に宿る昏い炎は、彼の意志によって膨大なアウルを孕んだ黒の炎と化し全身を既に覆っている。
真横から白の毛並みを持つ狼へと、炎に包まれた腕でランスを振るう。
毛皮の厚さに加えて、異様な手応えがある。
ぎり、と噛み合う嫌な感触があるが逆手に込めた力が捩じ切り、瞬を逃さずに押し込んで。
「…行ってくれ」
「さんきゅ!」
月居は駆ける途中、頷きだけ残して。進路は真っ直ぐ北、丸裸の赤狼を目指して駆ける。
唸る獣へと距離を詰めるその背で、軽やかに笑う声。
「鬱陶しいワンちゃんや、止まっとき」
赤狼の影に絡み縫い付ける力は逃れることを許さない強さで縛り付け。
それでも己が身にかかる束縛を押して尚、狼は石礫を無数に呼ぶ。
雨あられと降り注ぐ礫は、冥の力をより受けている千鶴や月居には殊更鋭い。
しかし、千鶴の足は止まらずに右へ左へと跳んでひと時も止まらない。
「次は、撃たせねぇ!」
援護の足音を後ろに月居の方は避けるより近い間合いでの攻撃に意識を割く。
溢れる紅蓮はスネークバイトを構える腕に宿り、牙が横腹から首までを薙ぐ鮮やかな薙ぎ払いへ。
降り注ぐ礫の痛みは手を止めるに値しない。
「ここで怯むとか、みっともねえ真似見せられる訳ねえだろ!」
見事に迷いのない軌道で、赤の毛皮に血の華を咲かせて。
観月 朱星(jz0086)が秋月の手の届くラインから、癒しを紡いで彼の傷を直ぐに拭っていく。
序盤の流れは彼等のものだった。
●炎に向けて
真正面からのぶつかり合い。周囲では既に他の班の撃退士達も完全な交戦状態になっている。
戦端の最前で、天花は不敵に笑う。
「とにかく、ぜんぶぶったおして最後にあたいたちが立ってれば勝ちってことだろ」
圧倒的な力のぶつかり合いとくれば、彼女にとってこの上なく愉快で明快な戦場だ。
「一番強いのはあいつ?」
見据える先は、イフリート。だがまずは蹴散らしに行かなければ。
真っ先に地を蹴って、身を低め。無手と見えた片手はいつの間にか柄が生まれて。
真上から襲い掛かる狼を丁度、下から逆に撃ち落とす為スライディングの勢いで滑り込み。
無防備と見える彼女に落ちてくるその体を迎撃する。
眩くも溢れる鮮やかな緋は、絶対の凶器。
死角から振るう太刀筋も読ませない侭に、腹をやすやすと切裂き溢れる血を頭から浴びる羽目になるが、機嫌は上々だ。
援護も要らぬと判断すれば、谷屋が請け負うはその先にある焔を纏い、熱を辺りへとまき散らす巨人の姿へ。
頭上越しに巨体が飛翔にかかったところを狙い撃つ。
ライフルを肩に構えて、呼吸ひとつで。
「飛んで避けるか?だが、逃がさん」
削りきれない今は、牽制の度合いが大きい。空を制されることは脅威を膨れ上がらせることだと彼は十分に分かっている。
「ちょっとだけ耐えて、次はいける…!」
戒が声をかけると同時――一空が赤く染まった。
赤狼の石礫は、戦場へ均等に降り注ぐ。
盾を翳し、遥久が咄嗟に受けへと回るものの範囲全てはカバーしきれない。
承知で彼は毅然と背筋を正して声を張る。
「支援は任せて下さい。倒れさせません」
紡ぐのはアウルの鎧、紙一重で天花の身体を包み大幅に礫の力を減じさせている。
先の一撃で動けない狼の下から飛び出して、天花は目を輝かせて笑う。
「思いっきり、行くよ。この程度で怯むもんか!」
彼女の声を途中でかき消すが如く、ごう、と真っ赤な風が吹いた。
炎の塊が膨れ上がり、火の舌が舐めるかのように伸びるのを遥久が身を半ば焦がしながら防ぐ。
戒はその隙に両目へとアウルを注ぎ込む。視界が鮮やかな光を帯び、やけにクリアに見えて。
「……流れるな、耐えられるか」
イフリートへのみ意識を向けていた谷屋が、戒に駆け出した獣人へとすかさず銃口を向けて鋭い爪を弾く。
こちら側に残る獣人は数体、そう強さも無いが遥久をイフリートへの盾として置く陣形では挟撃の形で回り込まれるとどうしてもカバーが難しくなる。
一撃は弾くものの、獣の鋭い爪は谷屋や戒の背を好き勝手に引っ掻いていく。
「そっち、飛んだ!」
少女の、鋭い声が上がる。天花は返す刀で今度こそ、白狼の喉笛を掻き斬る。
次に捕えた目標は空を舞うイフリート。
その進路の先にアウルを撓めた銃弾が放たれる。スコープを覗き込む谷屋の表情は一筋も揺らがず、狙い撃つ弾道に僅かの乱れも無い。
「対空砲代わりだ、喰らえ」
「あっちもこっちも、忙しないな…!」
獣人へを蹴散らすか一瞬悩んだ戒も銃を構えるのは谷屋と同じ向き。
これを野放しにすれば、戦線自体が大きく崩れるのは炎の圧で分かる。
じり、と熱で頬を炙られながら細い息を吐く。
「やっぱイフリートの炎は熱いねー!」
彼等の弾道によって紙一重で炎から身をかわすことが出来た天花は、むしろ楽しげに汗を散らし笑っている。
巨人に面しながら一切の怯懦無く。
「早く、ぶちのめしたいなっ!」
笑顔の侭、目前に迫るコボルトの胸を袈裟懸けで一太刀の元へと切り捨てていく。
●戦線
白狼の牙が、大きく柊の肩の肉を食い千切る。
血の匂いは既に、味方のものか目の前の獣のものか己のものかも分からなくなっている。
「…全く、邪魔なんだけど」
この陣で厄介なのは、物理攻撃の幾分かに耐性を持つ白狼だ。
しかしながら、全く防ぐわけでもなく狼の方も既に毛皮は赤黒い血に塗れている。
秋月も忍術書を開き、炎の塊を鼻先へと叩き付けて、彼の怪我がひどくなれば入れ替わるよう下がっていた距離を詰める。
「朱星、一度下がってくれるか」
「はい、直ぐに参ります!」
観月へと声をかけて、代わりにさらに一歩踏み込むのはフォローを兼ねて。
釵捌きで狼の牙を器用に受け止め、牽制を鼻面に叩き付ける。観月が癒す最中に踏み込ませる気も無かった。
「暫くこちらに居た方が宜しいでしょうか」
傷の深さに眉を寄せる観月に柊は首を振る。
「大丈夫、もうすぐ終わるから。硬ければ、その分貫けばいいんだろ」
失血で顔色は白く、だが言い放つ口調には微塵の揺れも無い。
黒の炎を纏い、傷が治るが早いか最前線へと彼は駆け抜けていく。
炎は武器に集まり、高まっていくのは膨大なアウル。
踏み込みの速度は純粋な力と、強さで。地と泥に濡れながら牙をむき出す狼を、半歩擦れ違いとん、と後ろから槍を首筋に宛がう。
―――途端、炎が爆発した。地獄の業火もかくやと燃え盛る熱は、首筋からを焼き焦がして。
後には、首を失い胴体だけの狼がどう、と倒れ伏す。
ほぼ同時に、千鶴も獣人を屠っていた。首筋に差し込んだ刀は一振りすれば血曇りも無く。
何処かで勝鬨が聞こえる、何処かで悲鳴が聞こえる。
戦場に、彼女の眼差しは何処か楽しげな熱を持って。
逆手に刀を持った侭で、大きく半身を回転させた先には得物を待ち侘びる赤狼の牙がある。
しかし、その牙は空を噛む。一歩先んじた肘を軽く当てて、横面の軌道を逸らしながら刃が間に合わぬとわかれば柄を首筋に叩き込む。
「月居さん、今や!」
応じる声を返すより早く、月居が逆側から跳ぶ。千鶴に食いつく為に身を低くした狼の真上、研ぎ澄ました紅蓮の牙が頭部に自身の体重と重力分の落下。
頭蓋骨を叩き割る音が無残に響いて、は、と短い息入れ一つ。
「こちらは後、引き受けられる。残りは向こうだ」
更に黒狼へと目標を移すと、秋月の声が飛ぶ。牽制に激流が溢れ、狼を横薙ぎに叩き付けながら。
戦陣を押し上げる彼の動きにより、じりじりと敵は前に出ざるを得なくなっている。
逆に、敵の方を孤立させることに秋月は成功していた。
眼差しだけで頷き合い、彼等は駆ける。――目指すは、挟撃。
●挟撃
イフリートが生み出した炎は、球となって地上へと降り注ぐ。
「最前、譲る気はありません」
既に遥久の手足は焦げ、殊更身体の正面側は炎の痕が惨い程に広がっている。
だが、彼はたとえ弾道が己を逸れようとも盾を瞬時に引き出して、身体ごとで受けに向かう。
炎は一際強く燃え上がり、新しい火傷をまた生み出した。
それでもまだ保つと判断すれば味方の傷を癒しにアウルを行使する。
「遥久氏……。しっかり守られる、な」
背の傷が軽くなるのを感じて、戒もそちらを優先にとは言わない。
代わりに銃を構える。背後の獣人にシフトして一体、弱ったそれを叩き落とす援護をしたところで完全に道が、開けた。
「あいつ、落とせばいいんだよね! 遠当てだっ」
天花が言うが早いか、正眼に剣を構える。光の刀は彼女が目にも見えぬ速度で振る動作に衝撃波が生まれる。
イフリートの反射より速く肩に埋まる秋月の風刃も重ねて一瞬の契機。
「やっぱり手ごたえあるね!」
ずしりと硬く重い感触に、天花は喜色を隠さず。
「この一撃、外しはしない……!」
谷屋は、見逃さない。イフリートの顔面にレートを変動させた威力を備える魔弾が撃ち放たれ。
黒の軌跡は、二本。違わずに伸びるのは、戒の銃からも。
更に―――土が直線で零れて、炎をかき消さんとばかりに勢いよくぶつけに行く。何やら思案顔の秋月は、忍術書を片手に頷いて見せ。
そして、派手な音を立てて顔を庇った腕が弾け飛んだ。
ぐらりと身が傾いで、とうとう地に両足がつく。
「――来ます! 伏せて下さい」
着地の間近にいた遥久の声と爆発が、ほぼ同時。
足を置いた場を中心に、爆風が一気に巻き起こる。熱風が人を薙ぎ倒し、肌を焼け焦がす。
「もうすぐ、落とせます」
遥久は足に力を込めて堪え、言い切る。癒しを傷が酷い天花へと渡して。
見据えるは、前。
――道標だというのなら、ここで倒れるわけにはいかないだろう?
爆風に煙る中でも、見つけるものはある。
そして、炎を掻い潜り真っ先に飛び込んでくるのは白の影。細身の刀が疾く閃いて、誰より先に誰よりも近くに踏み込む。
炎を交わし切った故に身を庇うタイムラグ無しで千鶴の刀は斜めへと顔を掻き斬る。
「当たる思って油断したら、間に合わへんよ?」
囁く姿は、大きく後ろに跳ぶ。彼女の残像が残るその位置に、入れ替わりで現れるのは紅と黒の炎。
「…あいつの目の前で、無様な戦い方なんかできねえんだよ!」
鬼神の如く迫る月居が、斜めからその背を断つ。身体を完全に向けようとする、その胸板を容赦なく同時に貫くのは柊だ。
「やっぱ、こっちの方が行ける」
単純に力を込めた槍の一撃が、何より通るものであると独り言めいて静かに呟き。
残党の狼が彼の背に駆け寄る手前で、戒の放った弾が狙いを大きく反らさせる。
「…私とも遊んでくれな、っと」
背後にいた狼が戒に狙いを変えて押し寄せよせる前に、もう一発銃声。
「出し惜しみは無しだ…使える火力、全て使う…!」
腹の底から声を出して、精緻な射撃がまず戦線へ狼を参加させない。圧倒的な銃弾の嵐に重ねられる炎は、味方のもの。
燃え盛る熱は、今は秋月の手元、皆の味方として。骨も残さずに、狼を焼き尽くしていく。
「さー、帰ってお風呂はいろうか」
天花の一振りで、刀は掻き消える。既に、周囲の戦いも収まっていた。
晴れやかな顔で大きく伸びをする少女は、先程の鬼神の如き進撃具合とは随分とギャップがある。
谷屋が救急箱片手に遥久を手伝い治療して回る横、秋月は少し離れた場で辺りの状況を確かめていた。
右翼の方を少しだけ見遣る戒も、今は飛び出すつもりはなく穏やかな面持ちで千鶴と肩を並べ頷き合う。
「あっちも終わったみたいやねえ」
勝鬨の声は、あちら、こちらで大きく溢れいつか勝利の凱歌へと変わる。
「京都奪還まで一歩前進、だな……」
表情を変えない柊の声にも、僅かな高揚はある。
この一勝は、途方もない価値を持っている。未だ遠い封都への、確かな前進。
「…奪われたものは、奪い返す」
月居の言葉に、誰かが頷く。仲間達皆の想いとして。
暁の先駆けは西の端から、――いつか京の全てに届くよう。