●会戦
ずらりと並ぶ撃退士――そして睨み合うのは、天の走狗たるサーバント達。
「この作戦が先駆けとなるか。面白い」
新田原 護(
ja0410)の手に顕現するのは、水泡の忍術書。
戦闘前にアウルの流れを慎重に確かめながらも、挑むような笑みが微かに口元に浮かぶ。
ひしめく有象無象のサーバントを眺めるラドゥ・V・アチェスタ(
ja4504)もまた、興が乗ったとばかりの傲然とした視線を下す。
「篭城は易し、為れど其れでは面白くはない…」
歌うよう、唇が動く。そうして、一度だけ左翼を担う側へと声を投げる。
「そちらは任せた。大いに、存分にやりたまえ」
所有物たる下僕、既知の愚民。彼等も含め、左翼をラドゥは信頼している。
故に、後れを取るつもりも毛頭は無い。頷くよう僅かに首を動かし、陣へと向き直る。
「これは好機です。……モノにできるかは、私たち次第の」
籠城、の言葉にレイラ(
ja0365)は穏やかな面持ちで頷く。
もっとも大きかった脅威が取り除かれた可能性、そしてこの戦場。
奪い返せるかは、この軍次第、皆次第。
「では、参りましょう」
大きく張り上げたでもない声は、戦端の合図に響く。
真っ先に正面へと踏み出すのは向坂 玲治(
ja6214)。
身長を超す戦槌を軽々と肩に背負い、仁科 皓一郎(
ja8777)と互いに距離を測って配置につく。
「随分と、大掛かりなコトだよな」
仁科が気だるげに、常の調子でゆったりと声をかけるのに向坂も首を竦めてみせる。
「向こうさんも必死に迎え撃ってくるな。まぁ、素直に迎え撃たれるつもりもないが」
「ソレだけ本気、つうワケか。…お互いによ」
そうして最前へと迷わずに踏み込む。軍の激突する、一番の前に。
「どれ、ひとつ戦働きでもするとしようか」
お互いに軽く武器を揺らして、―――向かい合うは左と右。
鏡写しのよう、悠然と各々が背筋を正して、アウルを己に注ぎ込む。
「ここを通りたきゃ、俺を倒してからにすることだ」
真っ直ぐ向坂は戦鎚の先端を突き付けて、獣人達を見据える。無視など、させるつもりはない。
否が応でもコボルト達が彼等へと進撃する、その瞬を狙って。
魔法書を悠然と広げ、カルム・カーセス(
ja0429)が気負わぬ姿で、前衛の後ろの位置へとふらりと現れる。
既に、スキルで高めたアウルの圧は、肌にぴりぴりと来る程高まりつつある。
「それじゃま、いっちょ行くかね」
軽快な語調と裏腹に、彼の手元から生み出される炎は次の瞬に火球となって中空へと浮き上がる。
狙いは、乱戦直前のコボルト達が押し寄せるその中心。
轟音と熱風が、弾け飛ぶ――!
「仮想砲身展開、ナパームショット装填。発射!」
重なるのは、護の声。燃え盛る炎に尚かき消されない、忍術書を持つ手から魔力が伝わる。
己の能力を高めた上で放つ、強烈な一撃が水の形を取り着弾と共に周囲を押し流していく。
炎に焼かれ集まり、焦げた数体に重なる様にしてそれでも立つものを狩り取り。
更に、レイラが炎を宿す符で辛うじて立つものまでを薙ぎ倒す。
そこから真っ先に迎撃を行うのはサブラヒナイトの強弓だ。
精緻な射撃は仁科の胸を狙い、咄嗟に顕現する楯で僅か矢の軌道を反らすも深々と肩に突き刺さる。
「盾の仕事させてくれるたァ、有難いわ」
流れていく血は、焼け焦げた獣人の死骸と地面で混ざる。
血で血を洗う戦場は、今幕を開けた。
●速攻
「さあ来い、走狗。少しは楽しませてくれるのだろう」
ラドゥが駆けるは、戦陣の右奥。左翼に視線をやるがこちらの戦場に敵の影響はないとだけ分かれば足は止めない。
低く唸りを上げて飛び掛かってくる白狼の目は完全にこちらを殺しにくるもの。
避けきれず肩に食いつく頭部を、ワンドの魔力で薙ぎ払いにかかる。
更にもう一匹の狼がラドゥの背に爪を立てて、背の肉を抉り取る。
威嚇射撃めいて撃つのは、天風 静流(
ja0373)の銃だ。
静かな面持ちが一瞬見るのは、指揮官たる鎧武者。だが、狙い過たず狼の鼻先を撃ち放つ。
「あれを倒すのは後回し、としようか」
表情はあくまでも冷静に、一度決めれば未練は残さない。
倒せば戦況は傾くだろうが、敵もそれを考えてのこの布陣だ。
幸いにして、殆どの獣人は倒れており奥へ切り込む道はある。
「さあ、相手をしてもらおう」
ラドゥにこれ以上構わせる暇を与えるつもりはないとばかり、巨大な斧槍へと持ち替え彼女もまた涼やかに笑う。
反対側、左方へと向かう前に神城 朔耶(
ja5843)は手を翳す。
清廉な少女から溢れるのは、癒しの力。目を閉じた侭の凛とした面差しは、迷わずにラドゥに向いて傷を癒す。
「一手、遅れます。お願いします」
左に動けば癒しが届かないことを懸念して、進行より先に護りを選ぶ。
「了解した。護衛役が厄介なら相手になるぞ」
左側の狼が雪崩れて前へと来るのを片目を細めて護が見遣り、威嚇とばかり鼻先に弾丸を撃ち込む。
「さてお相手願おうか……カスタムを加えた愛銃の慣らしをな」
手に馴染ませに触れた銃の重み、反動を確かめて次の標的へと顔を向ける。
丁度、中央にレイラが単騎颯爽と斬り込むところだ。シルバーレガースを纏う拳が、鎧武者の腹へと埋まり。
そこから、振り切るように薙ぎ払うが流石に、手応えは固い。
彼女の周囲に、黒と白、二頭の狼が縺れあうよう飛び掛かる。
「…お前の相手は、俺が引き受けっから来いよ」
強引に盾で仁科が受け止めに回る。ぎり、と彼が押し合う間にも鎧武者の太刀は続けざまレイラを袈裟懸けに振り下ろし――。
「……無事か?」
しかし、進路上に強引に割り込み代わりに肩を大きく薙がれるのは向坂だ。
「はい。――有難うございます」
レイラも真っ直ぐ顎を引き頷き、また正面を見据える。
癒しや狙撃を得手とする二人が対応する以上、左の戦線が押し下げられざるを得ない。
その上で、全員で引き上げていくしかないのは分かっている。
要となるのは護りの二人。じり、と後衛を庇いながら彼等もまた歩を進めていく。
●激突
「さて、これを仕留めねえことにはどうにもなんねえな」
レイラが相手取る鎧武者を見上げて、カルムは口端を引き上げる。
勇ましく真正面から向き合うレイラへと、まずは風の守護を。
「合わせてくぜ。時間稼ぎだ」
「はい!」
後方支援の体を崩さず、護り手の後ろの位置からは動かない。
「左側、援護に参ります」
神城が弓を手に颯爽と立ち、構える手には強弓。
戦場の混乱の中、巨大な和弓をきりりと乱れない呼吸で一気に引く。
敏捷に動く狼の頭部にぴたりと狙いは嵌り、構えから放つまで僅かの呼吸の間で。
僅かに弧を描き放たれる矢は、狼の腹部を過たずに射抜く。
返礼とばかり肩に食いつく攻撃は、円形の盾が受け流す。
柔よく剛を制すとばかりの鮮やかな動作で、狼の一体を彼女は引き受けに向かう。
「護る事であれば誰にも負けない自信があるのですよ」
毅然と紡ぐ声は、確かな自負に満ちたもの。
「あまり、時間をかける訳にもいかないね」
右側から布陣の乱れを見遣って、天風が槍を軽々と回す。
各個撃破の体勢を取っている以上、どうしても各個体の殲滅に時間がかかる策とはなっている。
その分の負担は、鎧武者と戦うものに行くのは分かっていた。
ラドゥと背を互いに合わせ、それぞれの敵に向き合う合間に小さく囁き交す。
「疾く片づけてしまうがよかろうな。なに、得手ではないが覚えが無い訳ではない」
ロータスワンドを杖術の如く扱い、両手で狼の食いつく牙を弾いたところで大きくラドゥは後ろへと跳ぶ。
魔力の通りが良いのは事前情報通り。刃物の切れ味は無い代わりに、放たれる不可視のエネルギーに弾かれ白狼の背にまた傷が刻まれていく。
ラドゥが退いたその隙間へと短いステップで天風が下がり、目に見えぬ速さで槍を繰り出す。
風の動きは、縦と横の見事な十字。二刀目、より素早い穂先を見極めきれず、狼の黒い喉が掻き斬られる。
それでも唸り、血を流しながら即時に喉笛目がけて食いつくのは、執念か。
避けきれず反らした手首の肉をごそりと奪われ、天風は片手で槍を握り直す。
溢れる血に、足場が滑ることを厭って砂をかける背にもう一体覆い被さる様子に小さく息を吐き。
「走狗と言えど統率のとれたものだな。―――構わぬ、蹂躙するまでよ」
魔法での攻撃も、次第に手に馴染んでいる。
瞬時のバネでは勝る狼に、ラドゥは臆した様子も無く次はこちらへ二体が群がろうと、肘を噛ませながら無理矢理一体を払いのけ。
更に、重ねての打擲で大きく魔力を膨れ上がらせる。
そして―――躊躇わず、後ろへと跳ぶと代わりに躍り出るのは天風だ。
二体の前で槍を正眼に構えたかと思うと、穂先が片方の喉から顎を刺し貫いたかと思えば、丁度もう一体が飛び出す位置に斧の部分が待ち構えている。
無残に頭蓋骨を鈍く叩き割られるのを見届け、彼女はその勢いで駆ける。
悠然とラドゥが向かう、その仕草だけでこちらの戦果は既に確定していた。
●排除
狼は、残り二体。
仁科の背から引く形で、護の銃の音が派手に響き渡る。
「今、支援する!持ちこたえてくれ!」
サブラヒまで辿り着くに、狼が群がっていれば集中できない。
レイラとカルムにともすれば流れ込む狼を押さえるのは、神城と仁科のほぼ二人がかり。
向坂はサブラヒに面する二人への援護で、スキルもダメージも手一杯だ。
「お二人、――癒します」
範囲に敵を巻き込まぬ形で神城が行使する癒しも、もうかなりの手数を消費していた。
柔らかな風が吹き、幾人かに活力が宿っていく。
けれど、スキルには限界がある。同時に癒しに手一杯で、彼女がなかなか攻撃手まで回れない。
狼の波状の攻撃、分断するような動き方。
「……これが、司令塔の力でしょうか」
胸に手を当てて、一呼吸だけ飲み込む。癒しても尚追いつかぬ、この状況。
それでも。
「凌いで、みせます」
各個撃破の強みは、落としたところから手が空くことだ。
「さすがに、足を止めませんか!」
レイラは幾度目かの薙ぎ払いを片手で受け止められ、表情を厳しくする。
最善はスタンでの足止めだが、悉く弾かれるのに頭を切り替え、足をクッションに撓めて横へと身体を反らす。
瞬間で、魔力の塊が頭部に目がけて撃ち放たれる。カルムの攻撃だ。
少し身を傾いだその瞬間には、レイラが勢いをつけて斜め方向からの正拳。
手応えは、硬い。
物理を半減する鎧とやらの硬さを、身を持って実感しながら彼女も動くことは止めない。
敵に休む余地を、動く余地を与える訳にはいかないのだ。
魔力を振り絞るカルムに――横から切り捨てようとする白刃が迫る。
鎧武者の一撃を避けきれないと悟れば、カルムは無駄に動くことをしない。
カバーに身体ごとで入る、向坂の姿が見えるからだ。
誰もが既に怪我を負っていて、スキルも気力も根こそぎ使い、振り絞っている。
だが、カルムの膝は崩れない。肩で、浅く息をつく。
この先に、京都がある。
彼が助けると約束した母親のいた場所。封都の混乱で、本当に助けられたかは未だ彼にも分からない。
がむしゃらに家族に向かおうとした少年達。
「…負けてらんねえよな」
知らず、浮かぶのは浅い笑い。助けたとしても、まだ助けてないとしても。
この先に、未だ助けを待つ者がいる。帰りを待つ者がいる。
それが、事実だ。
「こっちの本気、見せてやるかよ」
同じよう踏み止まる仁科が、彼の前に立ち血を吐きながら言葉を返す。
表情は見えないが、声は不敵な笑いに近い。
既に満身創痍の四肢を自己再生で癒しては、新しい傷を狼の牙に抉られ、時には自分から飛び込んでいく。
「雑魚は引き受けるわ」
だから、と言葉にはしないで殆ど意地でレガースが狼の横面を殴り倒す。
「後一押しだ――押し込んでやる!」
護の声が、重なる。水泡が押し出されて、血と内臓をまき散らしまだ戦おうとする狼を押し流す力として。
「あいにく魔法は苦手なんでな。出来れば銃器メインで通用する奴が相手でいてほしいが、そうも言えんのがこの世界。恨むのは神様と魔王様にしておくさ」
狼の白の毛皮を泥に汚しながら、顎を上げて護は笑う。
届きづらい、それでも届かせに行くのもまた彼の矜持だ。
戦闘障害を排除して、勝利への近道を。
●終焉
幾つもの守りの手が彼女を庇う。彼等が傷つくその横で、レイラにもまた庇いきれない傷が入る。
「退きません。ここは、通しません」
決然と、故に彼女は宣言する。地面を蹴り、懐へと潜り込んでそこから撃ち放つ拳。
衝撃を吸収される鈍い感触にも、彼女はもう慣れている。
そして、ふと彼女は僅かに息を緩める。近づいてくる気配は、彼女が責務を完遂した証。
他が来るまで、持ち堪えることが出来たのだ。
鬼神の如く振るわれる槍がある。レイラが砕きかけた鎧、そこに穂先を埋め込むようにして。
「幾ら頑丈だろうと私のやる事は変わらん・・疾く砕け散れ」
ぐ、と力を込める睨み合いがしばし。天風の手にも、硬い感触はダイレクトに伝わる。
威力を高めたその力で、けれど貫き通すまでには至らぬ強靭な鎧武者。
「成程、面白い。……良き戦だ」
彼女を払いのけようとする腕に、ラドゥの身体が割って入る。
杖を両手で支え、反対の方向に力を込めて自由を奪い。同時に魔力が溢れ、鎧武者の首筋で大きく弾けていく。
レイラも手を緩めず、その懐へ飛び込む。庇いも出来ない胸を強く殴り飛ばす。今です、と声にならない声が響いた。
「そろそろ引導ってとこだろ?」
応えて、カルムが魔法書を翳す。
変わらず、ずっと狙っていた頭部。魔力が凝縮し、狙いは過たず。
魔法書から溢れる力は不可視の、魔力の塊として鎧武者を撃ち―――幾度もの攻撃を受け、精彩を欠いていた武者の頭が弾け飛ぶ!
封都での強大な敵であった鎧武者、力でもってその撃破を彼等は成し遂げていた。
それだけの力を、既に持っているのだ。
「これで、おしまいです」
神城は目を閉じた侭、癒しを紡ぎかけた手を止め梓弓を顕現させる。
彼女の持つアウルが光の矢へと変化して、―――最後に残る狼の胸へと吸い込まれていく。
やけに耳につく、弓の鳴る音は、祓いの涼やかな。
それが、終焉の合図だった。
「ふぅ……これでひとまずは落ち着けるな」
向坂が鎚を肩に担ぎながら一息つくのに、釣られたよう皆魔具を一度下ろす。
近くの剣戟も既に終焉に向かっていた。
「手伝いに…行く必要もねェな」
「そのようだね」
考えていたのは支援、仁科と天風が目を合わせて思わず笑う。
勝鬨の声が、次第に彼等の居る場所まで広がってくる。戦場の幾つもから、人の勝利を言祝ぐ声ばかり聴こえた。
会戦の一部隊、文句なしの快勝が彼等の成果だ。
一つの、これは契機として。
いつか京に暁を取り戻す、先駆けの勝利を。