●廃園
既に人の住まない不毛の地を久方ぶりに人の声が賑わせる。
「…結局、よく分からなかったな」
金髪のウィッグに甘いワンピース、しかしながら口調はごく普通の男性のAKIYA(
jb0593)が肩を落とす。
もとは遊園地と探したものの既に天魔の領域となって長かった所為かネットに情報は上がっていなかった。
限られた時間と手でやれるだけのことをやった結果だ。
「やはり園内かしらね?」
黒衣の魔女、インニェラ=F=エヌムクライル(
ja7000)が悠然と首を傾げ。
頷いてフィオナ・ボールドウィン(
ja2611)やAKIYAは手分けして園内図を探す。
幸い朽ちてはいたが看板は見つかった。
手早く二部書き写したインニェラが、片方をAKIYAに渡し。
彼等は、予定通り手分けの段取りを素早くつける。
「さて隠れてるとすれば…より見つけづらい場所、たとえば閉鎖空間や瓦礫の影なんかあたりでしょうね」
インニェラの声に、反論は無い。皆の統一見解として地図のマッピングを各自が行う。
「じゃあ、お化け屋敷ね。さ〜て、何が出てきますやら♪」
雀原 麦子(
ja1553)は明るい口調で笑う。
手には、ビール片手の麦子と堕天使アルドラが控え目に写る写真が握られていた。
「出来る限りの情報は集めた。後は、探すだけだね」
此処にいるとは限らないがと天風 静流(
ja0373)も首を竦める。
情報共有は既に済ませている、――後は動くだけだ。
「ここも嘗ては、大勢の人で賑わっていたんでしょうか……」
皆が歩き出す中、足を止めて、フェリーナ・シーグラム(
ja6845)はぽつりと声を落とす。
壊滅的な被害を受ければ、街ごと死に絶える。それは故郷のように。
緩く首を振り、彼女もまた内部へと踏み込んでいく。
●探索
「こっち、……まだなにもいないみたい」
エルレーン・バルハザード(
ja0889)は息を潜めながら、室内迷路の扉を開く。
――天魔は壁をとおりぬける…なら、壊さないはずだし。
壊すとしたら、透過能力を持たない人間。それを聞きつければ、何処からかもっと強大な敵が来るかもしれないのだ。
防ぐべき脅威を警戒して、そろそろと彼女は進む。
「右方向、サーバントの群だ」
天風が短く警告を発する。皆壁や建物に張りつき、息を潜めた。
向かってくる敵に覚悟を決めてAKIYAが小石を投擲する。遠くの茂みで音がするのに立ち止まった隙を逃さず、建物の中へと手早く移動。
「ふむ、――暗いな。不意打ちを受けても厄介だ」
灯る明りはフィオナの持参したペンライト。遊園地の建物は構造上入り組んでいる上に、光が入らない。
これがなければ探索は更に厄介だったろう。
「まさかトコに放棄とかねぇよな…?」
掃除用具まで丁寧に見渡す、AKIYA。槍がモップと一緒に立てかけてある光景は少しシュールだ。
デッキブラシと一緒に倒れてくる箒を見て、沈黙。ちょっと上手いこと言いそうになりながらも、真面目に探索を続ける。。
敵影を、即座に切り捨てられないのは捜索対象の可能性があるからだ。
エルレーンは身を低め、フィオナが光を当てるのを待つ。
仄暗い明りに見えたのは骸骨の、空洞の眼差し。
確認と同時に、天風とエルレーンが風の如く駆ける。
双方から交差する、エネルギーブレードの眩い光と、斧槍の一閃。
「逃がさねぇ!」
増援を呼ぶ間も異界の呼び手で与えず、AKIYAが絡め取り。その胸を、フィオナが貫く。
「……とうせいされてるの。シュトラッサーが、いるのかな」
手数がいれば、数体程度は敵ではない。
しかし明らかに待ち伏せをしているサーバントの動きは、司令塔の存在を示している。
室内を見て回った帰路AKIYAが通信を拾う。
「A班から、緊急連絡だ――」
●捜索
両刃の剣でマミーを胴から大きく断ち割って南雲 輝瑠(
ja1738)は浅く息を吐く。
「探索に時間がかかるな」
漸く目は慣れてきたが室内は暗い。
「敵影です。迂回路を取りましょう」
可能な限り交戦を避けるべく、索敵を駆使してフェリーナが前方を示す。
結局、一周して幾つかのサーバント撃破だけが成果となっている。
「後は、……瓦礫でも探してみましょうか」
インニェラは交戦の後や壊された残骸を探しに目を走らせるがこれと言ったものは見つからない。
そして麦子が指し示すのは観覧車。今にも折れそうな、不安定な支柱。
「かくれんぼで隠れてそうなとこかしら? あの、上の方とか?」
確かに、小さなゴンドラは幾つかまだぶら下がっている。確かに閉鎖空間だ。
「行ってみるか」
南雲も頷いて、支柱へと皆が歩み寄る。
「――これは、敵から見れば狙い撃ちですね」
フェリーナの表情は険しく。下の一個から、順に。
「………あら?」
人の動いた痕跡をインニェラは注意深く捜索する。
透過能力があると言えど、隠れる際には透過を敢えて行わないこともあるだろう。
新しい痕跡を追い、割れた窓の中に、何か布が翻った気がして彼女は声を上げた。
そこには――果たして、泥に塗れた褐色の肌の女性が伏せていた。
全員、顔を見合わせた後は迅速にゴンドラへと取り掛かる。割れた扉を引き剥がして。
「ええと、……ミルザムちゃんかな?」
情報故に名を呼ぶのは容易。麦子は真っ先に写真を彼女に突き付ける。
「私達、怪しいものじゃないのよ。エリュシオンZでもどう?」
勧める彼女にミルザムは頷き躊躇なく瓶を呷る。
「人の世の飲み物か。成程、撃退士の歴史の産物か…」
「私も異界のビールっていうのに興味があるわ♪」
早速会話を交わし始める、二人。
「……噛み合ってるのかしらね?」
楽しげにインニェラが瞬く合間に、フェリーナは通信を立ち上げる。
しかし途中で視線を眼下に走らせたところでその表情が強張った。
――空中を泳ぐ巨体を見つけた故に。
送った符牒は二つ。
堕天使確保。
キラー遭遇。
●行方
「神器は!?」
剣に手をかけながら、南雲が早口で堕天使に問う。返答は、首を振る動作。
「分かった!」
支柱を蹴って一気に飛び降りる。まず体勢を整える為に。
「空飛ぶなんて非常識な鮫ね〜」
宙を泳ぎ来る鮫の姿に呆れ顔で、堕天使へと降りることを促す。阻霊符を起動することも忘れずに。
「おねーさん達は飛べないものね」
「はい、空中戦のメリットはありません」
フェリーナとインニェラも視線を交し合い。
鮫の牙は獰猛に、突進の勢いから南雲の首を食い千切ろうとするのを剣で反らして肩に血の華が咲く。
「…くそ!」
刃を縦に、硬い皮膚を抉ろうとするがそれは軽傷に終わった。皮膚の手応えは鬱陶しい程に厚い。
それを仲間に伝えながら彼は剣を持ち直す。
「冷静に、そして確実に。これが基本」
呟いて銃が立て続けに放たれるのは、鮫の鼻先。
決して容易な敵ではない。しかも、弱った堕天使を抱えているなら、ダメージの累積より行動阻害にと手数を費やす。
機動力を利用しての、死角からの射撃を念頭に。
「増援、ね」
インニェラが嘆息を零す。騒ぎを聞きつけたのか、ぞろぞろと湧き出るのはマミーや骸骨兵の姿だ。
主力の麦子も、堕天使を庇えば思う存分は動けない――。
「こちらも、増援だな」
不敵な声と共に、魔法の光がインニェラのそれと噛み合い弾ける。後ろに大きく引いたその瞬、一閃するのはエネルギーブレード。
「たすけに、きたよ!」
更に押し込むのは、目にも止まらぬ斧槍の二手。舞うように見事な動作が、骸骨兵の胸を打突で壊していく。
「我が護りは預かろう。――一気に、仕留めるか」
堕天使に近い位置を陣取り、フィオナはクレイモアを大きく振るう。
隙あらば彼女に近づこうとするマミーを、切って捨てて後ろへと下がらせ。
「ああ、少しの間もたせてくれ!」
味方のフォローが期待できる状況で、闘気の解放に南雲は一拍を置く。
インニェラの足元にも、自己エンチャントの方陣が膨れ上がりアウルの力を高めていく。
手数が足りず行えなかった自己強化に、漸く割く余裕が出来たのだ。
合間にフェリーナの狙撃で一体、骸骨兵が沈み。
鮫の一番前方にいたエルレーンは、突進は覚悟の上。その巨大な牙が彼女の身体を半分に断ち割る――かと思えば、無様にロングコートを噛み砕いただけだ。
反対に彼女は身を翻して、死角から思い切り横腹を雷を纏わせ蹴りつける! 直線に走った雷は、幾体かのサーバントを麻痺で絡め取る。
「サメだろ、通用するかわかんねぇけど!」
AKIYAのスクロールから、薄紫の矢は鼻先を目がけて。
鮫の性質を利用すれば後退は無い、と踏んでのものだが全く皮を焦がされることを臆せず進むキラーの動作は、性質か気質によるものかは分からない。
「あたりゃいいんだ、あたりゃ」
分かるのは、着実にダメージを重ねていることである。しかも、優勢に。
「ミルザムちゃんも預けたことだし、行きますか♪」
曲刀を手に、陽気な笑みを浮かべる麦子は遠慮なく鮫に向けて、跳躍。
足癖悪く顎を蹴って踏み台に、――綺麗なラインを描き、中の人間目がけて素早い、刺突。
大きく刃が正面から貫き、弾き飛ばされる巨体は動きが鈍い。
インニェラの細い指先が、合図のようすう、と上がる。
魔法陣から生まれた闇を纏う雷鳴は何処までも昏く、鮫の後退すら追尾して雷鳴を轟かせる。
片目が、大きく焦げて潰れた。
「「撃ち抜かせてもらいますッ!」
フェリーナがその逆側に銃弾を撃ち込み、一瞬の弾幕。腕から広がる、祈念の眩い蒼光。
鮫が身をよじった瞬には、南雲の太刀が間近まで接近している。
彼の周囲に張りつめたアウルは強大な力を持ち、軽く地を蹴る動作から横薙ぎに腹への一閃。
先程は固い、と感じた皮膚が今は豆腐にナイフでも入れるようすうっと通って、大きな傷を刻む。
「――後は、黄泉への道行だね。お休み、長くはかからない」
天風の黒髪は、風も無いのに大きく靡くのは彼女のアウルが起こす力の所為か。
言葉の終わり間際には、もう彼女は飛び出している。
見えるのは、蒼白の残光のみ。神の速さの一撃は彼女の姿を見せず、ただ黄泉に誘う風が吹き抜ける。
後には、地に倒れる鮫の死骸のみが転がっていて。
●遭遇
―――不意に、別の風が吹いた。
赤の影が真っ直ぐにこちらに向けて、疾走してくる。大剣を構えた、白の姿。
この地を預かる、使徒。
「……速い!」
真っ先に反応したのは、フェリーナだった。丁度、後方から来る彼の豪奢な剣は既に抜身、ならば切っ先は。
一瞬の起動予測と、最大脅威目標への照準設定。
戦士としての本能が、引き金を引く。攻撃では無く、援護の為に。
その一撃が、明暗を完全に分けた。
剣は弾道により僅か、軌道を逸らされ。堕天使は、紙一重で彼から飛びずさることに成功する。
一連の動作を冷静に目を細め見遣るのは、フィオナだ。ダメージの重さ、堕天使の身体能力。
測りながら、彼女は前へと踏み出す。完全に中倉の目標は、堕天使一体。
「我は、フィオナ・ボールドウィン。――名乗りも上げぬ抜き打ちか?」
傲然と顎を上げる仕草に、中倉は初めて彼等を認識したよう剣を持ち直す。
「戦う意思のない人も襲うのが正義なのかしら?ま、人それぞれだから私は何も思わないけどね?」
重ねるインニェラの声に、歳浅い青年の表情が静かに見据え。
「君達に戦意がなければ引け。――中倉洋介。僕は、裏切り者を処分しに来ただけだ。僕は僕の、正道に乗っ取り主君が敵を討ち果たす」
「縋って与えられた力で正義を行使だと? 笑わせるな。渡さんよ」
フィオナの言はあくまで真っ向から、己を対象に含めさせる為。
「武力による正義と秩序なんて、そんなの…仮初に過ぎません!!」
血を吐くよう、フェリーナが叫ぶ。この荒涼たる地、内戦の地獄。失われた故郷。
武力による統制が、踏み躙るものを彼女は知っている。
中倉が一瞬銃を見て、―――囁く声は低く。
「そうでなければ救えぬものも、ある。……まず裏切り者を君達から奪うよ」
応える背後――遁甲しながらエルレーンは距離を測り、陰に向かって縫いにかかるが彼は僅かに足を止めるだけだ。
上位シュトラッサー―――倒すとなれば、策も手も万全以上を要する敵。
だが、目的は打倒ではない。エルレーンは、迷わずに堕天使の手を掴み、駆けだす。
「天魔でも…私たち、人間にみかたしてくれるなら。 助けてあげるよ、やってみせるッ!」
逃げる、と言うのはこの場合容易なことではない。目標を抱えながら、一番の的になるということだ。
「逃げ延びるわよ!!」
麦子はエルレーンの進行方向を空けて、自分がかわりに射線へと援護に立つ。こんなところで死ぬ気は、さらさらない。
「まもるよ、私は楯!!」
強く引いて、走り出す彼女に向かい中倉が剣を振り翳す。ごう、と途端に鈍い風圧が吹き荒れ、一気に彼女を巻き込む形で風が爆発する!
フィオナが顔色一つ変えず、防御の陣を組み上げる。フェリーナが、両手で銃を支え二度目の阻害を試みる。
巻き込まれた者は鎌鼬に身体を切り裂かれながら、対抗の手を組み上げていく。
「させるかよ、っつうことだ!」
インニェラと視線を交して二人が呼ぶは、無数の異界の手。それを弾幕代わりに、黄泉路へと誘う風が天風の側から吹き荒れる。
麦子の剣が割り入って、剣の方をフェイクに身体ごとで全力の蹴りを与えに。
片腕で中倉がそれを止めた瞬間――。
「まだ、だ!」
南雲の闘気を撓めた一撃は、漆黒の龍を纏い紅い目を真っ直ぐ見据えて――後も先も無い、ただ研ぎ澄まされた乾坤の一擲!!
死角から降り注ぐ刃と、中倉の刃が噛み合い、弾ける。
「行かせぬよ。暫くは、我に付き合って貰おう」
既にフィオナは満身創痍、殆ど気力だけで立っている状態だ。だが、それでも彼女は言い放つ。前に立つものは全く引く気も無く。
中倉の視線は、堕天使から逸れて撃退士達に向き直る。僅かに、彼の目が細められ。
――――その瞬間、東の空が猛烈な光へ塗り潰される。
空を仰いだ中倉は、悔しげに小さく眉を寄せ。大剣を、鞘へと収める。
「行かなければ、ならない」
中座を詫びる響きを残して、彼もまた駆け出していく。
「……神器、かしらね」
インニェラの口調は、殆ど確信に近く。彼女らに、追う気は欠片もない。
むしろ、福音ともいえるのだから。
「じゃ、帰ろっか♪」
麦子が気安く、堕天使に声をかけると考え深げな表情で静かに頷く。
何処かで簡単な治療だけでもとエルレーンは救急箱を用意しているのに、深い眼差しが向いて。
「君達の歴史は、非常に、非常に興味深い。是非話がしたい」
幾度か言葉を交わす堕天使は、口を開ければ知りたい、どうなのだ、と質問ばかり。
「後で頼むぜ」
AKIYAが肩を竦めて笑い。彼等は帰路へ向かう。
使徒を僅かなりと凌ぎ堕天使を確かに確保したという朗報と共に。
「―――助かった、有難う」
道行の途中。小さく、堕天使から言葉が遅れて零れた。