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マスター:青鳥
シナリオ形態:ショート
難易度:非常に難しい
形態:
参加人数:12人
サポート:2人
リプレイ完成日時:2012/08/03


みんなの思い出



オープニング

●追う者
「逃がしはしないわ」
 ナターシャの呟きは、風に乗って周囲へと響いていく。
「肝心なのは、この街から逃がさないという事ね」
 彼女の追う存在は決して逃がせるものではない。先ほどの攻撃では仕留め損なったが、次こそは仕留める事が出来るだろう。
 傷は深い筈だ。人ならば撃退士であろうと死んでいる程に。
 そう遠くに逃げられる訳がない。
 問題は冥魔の存在だ。ナターシャ自身の戦闘力は使徒としてはそこまで高いものではない。
 先程のようなヴァニタスの介入は危険なのだ。
「苦戦しているようだな」
 物陰から冷たい声が響く。
 先ほどの戦闘音を聞きつけ、現れたのは隻腕の青年。
 京都でその武を振るった使徒が一人、前田走矢だ。
 接近戦闘なら天使に匹敵する実力の持ち主。
「さっき見えた二体はヴァニタスか……退いたのか?」
「一応。互いに直接は争わないって事になったけど、でも諦めてくれた訳じゃないわね」
 再び捜索中に出会って、戦いにならない保証は全くない。
「ならば、そちらは俺が抑えよう」
「直接戦うのは――」
「そんな事を言っていられる状況なら良いがな」
 同じものを追っている――そう、決して逃がさないし、譲れない。
 そしてそれは、相手も同じだ。
「そちらは俺が行く。お前は自分の仕事に専念していろ」
 言うが早いが、疾風と化して駆ける前田。
「真面目なのはいいけど、真面目すぎるのよねぇ。悪魔に乗せられなきゃ良いけれど…」
 そう呟いて、ナターシャもその身をひるがえした。

 人の街が、夕焼けで照らされ、血の色に染まっていく。


●奪う者
 障害物を避けるのでは無く、薙ぎ倒す。
 傲然たる一つの暴力として街を破壊することも全く気に払わず、金髪のヴァニタスは白い影と並んで辺りを物色する。
「ったく、めんどくせェ話になってきちまったよなァ?」
 身内に向けて話しかける口元には、獰猛な笑みが浮かんでいる。
「あんのお上品なシュトラッサー、次はどっから喰らってやろうかね?」
 戦闘の高揚が眼差しを染めるのを見て、相棒であるアシュラは人知れず溜息をつく。
 この男は、放っておけば使徒を狩る方に夢中になりかねない。
「……ユグドラ、お前は先に行け。使徒の鼻をあかしてやればいい。新手のようだ。私は邪魔者の排除に控えるとしよう」
「へえ! 随分とサービスがいいなァ!」
 口笛を吹かんばかりの勢いで、ユグドラが駆けだす速度を上げるのを見送り。
 そして、彼女は己の首筋をびりびりと震わせる殺気、――白刃のような気配を改めてその身に受け止める。
 ユグドラも、もちろん気づいては居たのだろうが。
 彼女が引き受けるとなれば、遠慮などする性質ではない。
 それに、天魔の争いは避けるのが原則。
 『足止め』に抑えるならアシュラが適任だろう。
「増援のシュトラッサー…、か。随分な使い手と見受けるが」
 小柄な少女は、冷静な風に言ってのけるも未だ見ぬ敵に、腰の剣を強く握り締める。
「早急に片づけねばなるまいよ。我らが任の為にな――」
 白い影は方向を変えて、真っ直ぐと使徒を探しに走る。


●久遠ヶ原依頼斡旋所
「旧支配エリアで、ヴァニタスが不審な動きをしているようです」
 斡旋所バイトの観月 朱星(jz0086)は説明する。
 その表情は少しだけ、曇っている。
「詳しい事情は聞くな、ただ、ヴァニタスと牽制の意味を込めて戦って来いと」
 天冥の争いや、目的について撃退士達は知らされていない。
 もしかしたら、斡旋する観月すら聞いていないのかもしれない。
 それだけの大きなものが、――動こうとしている。
「ひきつけるだけで構わない、と。
 こんな厄介な依頼に、詳細の説明を求めない対価としてでしょう。報酬は破格です。
 学園を通した依頼ですし、出所自体は不審ではありません。
 ヴァニタスの能力を測ることは有益となる筈です。
 けれど、相手はヴァニタス。しかも、複数体と報告が上がっております」
 ひきつけるだけに、どれだけの命の危険が伴うか。
「――そういうことです。どうか、御覚悟の上臨んで下さいませ」
 深々と観月は、頭を下げる。
 命の危険すら時には覚悟して、行う依頼であるとのことだった。
「まず、現地で全員でディアボロを討伐。これによって、ヴァニタスの意識をこちらに向けさせ、交戦を開始とします。
 以後長時間の対応ですので二チームを想定しています。
 一チームが交戦しうまく『ヴァニタスをひきつけながらの』時間を稼いで一時撤退。
 そしてチームを交代しての迎撃や交戦を基本とする予定ですが詳細は皆様にお任せいたします。
  ヴァニタスの一人は好戦的で直情的な性格であるそうです。
 彼をひきつけるのだとしたら、その点を抑えることが何より重要かもしれません。
 時間はそうですわね、日暮れまで相手をすれば、と言われておりますので一時間くらいでしょうか」

●交錯
 パンツスーツ姿のすらりとした立ち姿は、長時間の移動にも関わらず息ひとつ切らしてはいない。
「さあて、彷徨える子羊ちゃんはどこかしら?」
 腰に手を当て、迷子の子供でも探しているかのよう柔らかく笑う。
 かつて人間達の街であった、旧支配エリア。
 壊れかけた建物や廃墟は、格好の目隠しではあるだろう。
「あらあら、かくれんぼって趣向? いいわ、遊んであげる」
 とん、と軽い足取りで踏み込もうという刹那、背後に迫る力の塊を感じる。
 とっさに身を潜めてやり過ごせば、緑色の光を纏うヴァニタスが、通り過ぎて勢いの侭、大きなビルを叩き壊すところだった。
「……とんだ駄犬、ね。関わってられやしないわ」
 十分に時間をおいてから、彼女はするりと街を歩きだす。
 自分の方が先に見つけることが出来る、と確信を持って。

「あああもうめんどくせェな! 全部壊せばなんか出るんだろ!」
 降り落ちる瓦礫を踏みしだいて、金髪のヴァニタスは苛立たしげに唸る。
 有り余る力、衝動。
 壊したい、――喰らいたい。
 そして何よりも、『アレら』を奪った愚かな者どもに、懲罰を。
 捩じくれた爪の生えた手を強く握り、開く。
 そこに宿る緑の光は、凶悪な魔法のエネルギーとなって一薙ぎで気にくわぬものをぶち壊すことだって出来るだろう。
 例えば、少し離れた場所にあるあのビルを真ん中から抉りぬいたら、どれだけ楽しいだろう?
 広い街中でユグドラは首をめぐらす。
「見つけたら、ぶっこわせる。単純なルールだよ、なァ」
 どうせどちらが交戦にはいれば、物音でこちらだって駆けつけることが出来る。
 ならば焦ることもあるまい。
 アシュラが使徒を構っているなら、彼女の援護は得られないだろうがそれも大したことではない。
 彼女が長く手間取ることなど、想像もつかない。
 故にユグドラもまた悠然と街を歩く――。
 目についたものを、片端から壊す為に。


 かくして、天と魔が喰らい合い切り裂き合う。
 故に此処に、人が入り込む間隙が僅かにでも出来るのだった。


リプレイ本文

●冥に、挑む
 遠くに、緑の光が弾けた。
 同時に響く崩落音、土煙を上げて一つの建物が瓦礫の山へと変わっていく。
 探しているのか、それともただ破壊しているかも分からないヴァニタスの姿を遠目に確認して、フィオナ・ボールドウィン(ja2611)は薄く目を細める。
「泣き言言う暇があるなら足掻け、ということであろうな。これは」
 圧倒的な威を持つ者に対して、彼女の唇は挑戦的に引き上げられる。
「アレを相手に時間を稼げ、ですか…学生に依頼する内容ではありませんね」
 対して肩を竦めて見せるマキナ・ベルヴェルク(ja0067)は面差しも涼やかに。冷静に測る色ばかりが浮かぶ。
 反応は人それぞれ。天真爛漫な笑みで、少しでも姿を目に収めたいのかぴょんと軽く跳ねるのは御子柴 天花(ja7025)。
 何処か明るい目の色で眺めて言うことは曰く。
「あたいもビルぶっ壊してみたいなー」
 肩肘張らずの言葉に、微かな笑いが幾人から零れる。
 その間も、距離は次第に近く、――広場はすぐそこ。
 先にあるのは、三体のディアボロ。どれもが、常の依頼なら十分な討伐対象となるような。
 徘徊するそれらに向けて、神凪 宗(ja0435)はすらりと剣を抜き放つ。
「暴れているヴァニタスの下へ行く前に、邪魔なディアボロを殲滅だな」
 照り返しの光を持たぬ、艶消しの暗殺剣を逆手に構え。
 背筋を正して立つ姿は、怯えも憂いも無くただ障害としてディアボロを捕える。
 時を同じくして。
 がら、と瓦礫の一つが崩れてディアボロのやけに長い首が不気味に此方を向いた。
「残月の光にて殊類と成るも、その爪牙を以て災禍に立ち向かわん―」
 厳かに紅葉 虎葵(ja0059)は祝詞を口に、心は清澄に満ちながら同時に自身を守護の虎へと変じる為の儀式。
 

 不気味に唸る人狼の懐に、軽いステップで踊り込む影が開戦の合図。
 阻霊符の起動は、既に済んでいた。
 八東儀ほのか(ja0415)は小柄な体を生かしての立ち回りで大太刀が獣の首筋を横に掻き切る。
 同時に閃くのは、背後からの短剣。丁度裏側の位置から首を狙い掠めるのは神凪が投擲したもの。
「グ――ゥ…!!
 腹から唸る声を上げて、己の傷すら庇わぬ姿勢で人狼は至近の距離から、八東儀の腹を目がけて薙ぎ払う。
 細い体が大きく宙に舞い、無理やり距離を作られるものの負傷自体は大きく皮膚を裂いた程度。
 血飛沫の舞い散る空間に、迷わず神喰 茜(ja0200)が空いた場に飛び込んでいく。
 無邪気にも見える笑みながら、視線と狙いは迷わず厚い毛皮の切り裂かれた首筋。
「首元がお留守だよ」
 囁く音と共に浅く跳躍して、抜刀からの一閃。
 空飛ぶように舞って、紅い髪が虚空に広がる。
 俊敏な動作で人狼は紙一重の距離を生むが、彼女の影によって生まれる死角を利用する形で、常木 黎(ja0718)が精緻に射撃を重ねていく。
 着弾は狙い通りに獣の耳を弾き飛ばして、紅も塗られていないのに艶のある唇が浅く満足げな息を吐く。
「ここで手間取るのも面白く無いからねえ…」
 それにしても、と彼女は細く張りつめた意識を周囲へと巡らせる。
「この騒動でも今のところは増援無し、と」
 例のヴァニタスを除けば、他の敵の気配は無い。
 おそらくは大規模の掃討作戦とやらが上手く行ったのだろう。
 狩られる立場になる気はない。
 あくまで彼女は狩る者として。距離を空けながら、次の機を狙いに銃口を向ける。


●狼煙を上げよ
 何処からか、視線を感じる。
 デュアルに相対している樋渡・沙耶(ja0770)は、首裏がちりつくような嫌な感触に浅く、目を伏せる。
 ディアボロがうろつく場では、事前の準備は叶わなかった分、ただ今は全力での掃討のみが心にある。
 理不尽な依頼、不可解な意図。全てを、心ひとつで飲み込んで。
「…行かなきゃ」
 淡々とした語り口と裏腹に、圧縮され高められたアウルが陽炎の如く揺らめく。
「時間稼ぎ、の更に前哨戦というわけか」
 アスハ=タツヒラ(ja8432)が見据える先には、いかにも毒々しい液体を牙から滴らせる異形の姿。
「素早いが脆い。ならば、当てるまでよ」
 構えた直剣の刃は黄金の光を孕み、軽々と振り翳してフィオナは長くぬらりとした首から胴までを叩き伏せる。
 避けるという動作を端から許さない傲然とした一撃に、アスハが斜め横から牽制の銃弾を放つ。
 銃声は虚空に響くのみ、だがそれも織り込み済みだ。
 俊敏にアスハへと地を這って飛び掛かってくるデュアルを、真横から割り込んだ樋渡の精度を高めた薙刀が弾き飛ばす。
「……おしまい、です」
 終わりの、始まり。
 マキナの一方的な宣言で、黒焔を纏う拳が文字通り頭部を叩き潰し――。

「開封。光に呑まれなさい」
 暮居 凪(ja0503)が生み出すのは、闇を払う鮮やかな光の刃。
 異形の獣に降り注ぐ、力の質が相反するアウルは異様な方向に身体を捩じり曲げていなそうとする動作より早く届く。
「先手必勝ってね!」
 それだけで半ば以上が削れたと悟れば、御子柴は無刀の柄にアウルを流し込む。
 現れるのは、圧倒的なまでの威を持つ光の刀。
 光が閃き斜めから袈裟懸けに、デュアルの脚を一本叩き斬る。
 紅葉が彼女とすれ違うように割入って、カウンターの如く差し向けられた牙は盾が受け止めにいく。
 単純な力の押し合いだけなら、負けない。
 しかし牙が滴る毒を僅かに噛み切った手の甲から零そうとすれば、すかさずアウルを編み上げるのはフレイヤ(ja0715)。
 毒と把握すれば術を咄嗟に切り替える判断は、迅速だ。
 回復手のいないこの局面、盾役の体力を持って行かれることはそれだけ死に近くなる。
「やれるわ、やってやろうじゃないの」
 一手遅れたとしても、こちらの火力は十分。
 ディアボロの全てを沈めるまでには、多くの時間はかからないだろう。
 新しい魔法を手の中に作り上げ始めたところで、不意に嫌な風が吹く。

 響く、爆音。

 禍々しくも眩しい緑の光が彼等の直ぐ側で爆ぜ割れた。
 放ったのは、半ば倒壊したビルの瓦礫に立ち、見下ろす男。 
「――なァ、どうして俺様ほっといて遊んでんの?」
 先程から、誰もが視線を感じてはいた。
 気配を、分かってはいた。
 値踏みするような、確かめるような、同等の物ではなく玩具の価値を測る眼差し。
 人の形をしながら人とは異なる、悪魔の走狗。

 ごく身勝手な言い分に怯まず、御子柴が誇示する強さで刀を翻し辛うじて息を残していたデュアルを叩き伏せる。
「何言ってんの、あたいはあんたとやりたくってここにきたのさ!」
 彼女が声を上げた瞬間、十二の撃退士が彼を中心に陣を編み上げる。


●夕暮れまでの
「そこのヴァニタス!あたいと勝負だっ!
 あんたがあたいより強いなら、あたいの剣を避けてみな!」
 意気を見せるが先手と、御子柴が声を張り上げる。剣先を突き付けるのは真っ直ぐ、ヴァニタスへ。
 アウトロー自体は彼に通ずるものではないが、それも合わせて見せる意図に、十分声は彼へと届く。
「勝負?」
 くつ、とユグドラの喉が笑う。
 次の瞬間跳んだと思ったヴァニタスの姿は瞬きの間も与えずに、御子柴の真横へと現れる。
 拳に撓めた緑の光が凝縮され、彼女を横合いから腹を突き上げ殴り飛ばす――。
 無理を承知の回避に身体を逸らす余地も無い。
 細い身体が宙に浮くのを、紅葉が咄嗟に手を伸ばし、背後へなぎ倒されるのを防ぐ。
「群れなら群れで見せてみろよ、雑魚どもがなァ?」
 ごぼり、と御子柴の喉から血の塊が溢れる。内臓が潰れる苦痛に、息が止まった。
 対等の『勝負』を持ちかける局面として、十二の撃退士で陣を成す状況はけして適してはいない。
 未だ玩具としか見ていない彼に対しては特に足りないと身を持って彼女は知る。
 だが、そこまでで終わらせる気はない。
「そうね、なら此方を向いてもらうわ」
 庇うにも手が遅い、と悟った暮居は白く光る数式を纏い短い演算を瞬時に終える。
 細い指先に生まれる光の刃は、闇を切り裂くためのもの。
 十分に狙い澄ます精度より、今必要なのは布陣を整えること。
 顔を狙って放った刃がユグドラの頬を撫でて、掠めていく。
 彼の眼差しが僅かに動いた瞬を違わず、書の文字をそらんじている素振りで朗々と詠唱の声が重なり、響く。
 高らかに最後の音を宣言し、書を翳した途端にごう、と炎が猛り狂う。
「黄昏の魔女が、貴方の相手よ」
 青紫の焔を身に纏い、精一杯胸を張って宣言するフレイヤ。
 微かにユグドラの髪が熱風の衝撃で揺らぐ、それだけの。
「―――ふうん?」
 まるで散歩にでも行くように、気軽にユグドラの脚が地を蹴り、――肉薄する瞬間に割り込んでみせるのは紅葉だ。
 剣を水平に目の前に翳し、魔具を利用しての受けに拳がかみ合い、軋んで。
 後ろへと、数歩の蹈鞴。武器越しに伝わる振動に、腕の骨が折れる音が響いた。
「僕達は、この程度で折れるものじゃない!」
 腕が砕けても尚立ちはだかろうとする少女に、ユグドラの目が機嫌よく瞬く。
「じゃあ、死ねよ」
 撃ち込まれる拳にさらに力が掛かるのを、強引に払いのける瞬に、声も出せず僅かに肩を揺らす。
 合図とも言えないコンタクトに迷わずに飛び込むのは見事な朱金。
 髪は鮮やかな金に染まりながら、纏う色は血よりも紅い。
 華修羅としての顕現を遂げた、茜の姿が鮮やかに翻る。
 瓦礫の裏側から飛び出して、側面から刀が払おうとする一撃を、鋼よりもなお固いユグドラの腕が受け止めて金属がぶつかるような音が立つ。
「待ちなよ。まだ、始まったばかりなんだから」
 手応えは固く、反応は早い。
 それを感じて、茜はしかし声音を楽しげに弾ませる。
 何物も切り捨てられる筈の刃は彼の腕で止まり、肉薄する位置だけで肌が焼けつくような闘気が溢れる。
 彼はどれだけの強さを持つ、どれだけの存在か。
 自分は、どれだけの者か。
 真っ直ぐ、測れるこの場に純粋な高揚が彼女の胸を打つ。
 視線が噛み合い、ユグドラの眼差しが初めて踊るように笑った。
「なんだ、お前ら。戦いに来たのか? この、俺と?」
 見渡してみれば、傷の深い一班は下がって代わりに別の四人が、至近に。
 更には、もう一班も側面の位置へと控えている。
 確かにこれは、一つの陣形であり、戦う意志の表れだった。
「如何にもだ、そこの下僕。我が直に相手をしてやろう」
 威風堂々と剣を手に踏み込むのは、フィオナ。
 主攻撃は委ねているも、今は撤退支援の為に実質的には八人がかりの体制となっている。
 間合いを埋めることに躊躇いは無く、片側から斬りかかれば彼の腕がやはり造作も無く受け止めに向かう。
 影のように後ろを取る姿勢を崩さない常木は、直接ではなく彼の真横を狙って銃声を弾けさせる。
 左辺から迫るのは、八東儀だ。太刀を腰だめに構えて、持ち手は革紐で包まれた刀身を短く。
 右辺からは樋渡が、常の彼女よりも早く距離を詰めて薙刀を大降りに振るう。
 間合いの違う、三つの武器を受け止めるには彼の腕は足りない。
 肘で剣を弾き、身を低くして純粋な体術で八東儀の腹を蹴り飛ばす。薙刀が僅かに皮膚に食い込み、それも構わずに強引に腕を押し払った。
「成程、なァ」
 戦う形、戦う意志。
 息をつく暇も彼に与えず、魔力の詰まった銃弾が狙うのは軸足にした右の足首。
 アスハが放つ魔弾を弾いて、肘から殴りに身を低く走り込んだ瞬に、神凪が光を纏う刃を横合いから斬りつける。
 拳に纏った衝撃波が押し勝つように大きく緑の光を溢れさせ、刃を振り払い。
 終わりか、という間も与えずに縮地を使用しての一瞬の距離を詰め、高められたアウルの塊を拳に宿し側面から胸を狙い殴りつけに行くのはマキナだ。
「まるで狂犬ですね、貴方は」
 触れるものすべて喰らいつくすが如くの緑の光に真っ向から対峙して、冷淡に呟く。
 だが、彼女の声に侮蔑の色は無い。
 攻撃の重なる間合いに飛び込むタイミング、拳を撃ち込む位置と角度。
 如何に穿つか、如何に捕えるか。
 限りなく頭の芯は冷えながら、演算は留めることなく。
 すべては、彼と戦う為の思考。
 力と力の交し、重ねる形を彼女は歓喜とする。
 拳を膝と腹で挟み込むよう打たれても、後ろに跳ぶ瞬には次の間合いを既に考えながら。 
 一瞬の、猛攻と交錯。
 その間に、一班は下がって浅く息入れをしている。
「伊達に数を揃えたんじゃねェことは褒めてやる!」
 褒美だ、と彼は両の拳を打ち合わせる。
 陽炎の如く揺らめく緑の光が結晶して拳に纏わりつき、硬質の光撒くそれを大きく地面に叩き付け――。
 ユグドラを中心に、次の瞬間地響きとともに地が割れて、衝撃波が走った。
 扇状に広がる光の波が、人を飲み込んでいく。
 前衛の位置にいた、樋渡の肌が熱波に飲まれて大きく爛れる。
 八東儀は飛ばされた分距離があったが、それでも逃げ遅れた右足が焼けて皮膚の焦げる嫌な匂いが漂った。
 一瞬で体力の半ばを削り取られる、実感。
 すかさず神凪がダメージよりも意識の隙を狙った短剣の投擲を重ねて閃かせる。
「先に引け!」
 直撃を喰らわなかった彼は、ユグドラの視界にあえて踏み込み無事な姿を見せつける。
「こっちよ、せーの!」
 再度、放たれるのは鮮やかな紅蓮の炎。ユグドラの視界を一瞬おおって、弾幕代わりに貴重なスキルを惜しみなく使う。
 フレイヤ達が、前線へと立ち戻るその合図。
 見守りながら、数歩引いた位置で八東儀はロザリオを握り締める。
 活性化する体力が、じわりと己を満たしていく。
 今は、どれだけ時間がたったろうか。
 最初のディアボロの交戦と合わせて、三十分は?
 もっと短いのか、もっと長いのか。
 空を見上げて測れば、未だ長い日差しが山へと沈む気配は無い。
「1時間がこれほど長いとは…ね」
 口の中の血の味を飲み込み、掠れた息を吐く。
 前線での交戦は続き、僅かな休息の後彼女もまた戦線へ舞い戻るのだ。
 竦む足は、無い。
 活路は必ず、踏み込んだ先にあるのだから。 
 

●長い長い、一時間
 編み上げるのは、純粋な破壊力。
 ブレードに紫の焔がゆらりと宿り、正眼に御子柴は構えてユグドラを見据える。
 傷は深く、肺の一つが潰れてでもいるのか呼吸に嫌な音が混じる。
 だが、膝は折れていない。
「てぃやぁ」
 気の抜ける掛け声ではあるが、気勢は十分に。身体に溜めた力を、全身を使って跳ね上げ真正面から斬りかかる。
 手足の延長の如く、アウルで編み上げた光は確かな刀として彼女に馴染み、悠然と立ちはだかるユグドラの視線の動きよりも数瞬だけ早く彼の鼻先へと到達する。
「おおっと」
 片腕を翳した、その二の腕が狙い。刃は伸びて、熱を帯びた強さで抉りに向かう。
 守りよりも真っ直ぐ飛び込むことだけを意識した動作に、確かに腕へと届く――。
「まだ、全然いけるよっ!」
 勝負とはならなくても、そこで折れる程彼女は弱くは無い。
 一矢を報いて、――緑の焔が返礼の如く巻き起こる。
「じゃ、おしまいにしようぜ?」
 囁く、甘い声。
「いいや――」
「いいえ、終わらないわ」
 異口同音に重ねるのは、紅葉と暮居。
 先程と同じく、爆発型の攻撃が来ると悟れば仲間を退かせて、真っ向から己が盾を翳し立つ。
 山月流防御の型、背筋正し立つ姿勢は衝撃に備えて両手剣を刀身を支えながら、盾も重ねての二段の構え。
 暮居は無数の数式を緊急障壁の形に生み出す、ファイアーウォールの如き防壁を編み上げて。
 衝撃の形と威力を、既に把握した上での引かない位置は仲間へと飛び込まれることを防ぐ為だ。
 盾ごとにぶつかる強さに身体が震え、瓦礫に足がとられる。
 しかし、暮居が返す槍は強大なアウルを持って振るわれ風を薙いでユグドラの肩を弾きに向かう。
 紅葉の身体は、地を蹴って大きくの回転を勢いとして。白のオーラが溢れ、爆発するよう彼を巻き込みに二つのアウルが重なる、溢れる。
 砂埃が、大きく巻き起こった。巻き込めたのか、捕えられたのか全く分からない交錯。
 その中を突っ切って、大きく膝をばねにして茜は跳ぶ。重ねるのは、神凪だ。
 更にもう一つ、―――銃声が斜め方向から響いてユグドラの肩に掠め、弾ける。狙い澄ましての、ストライクショット。
 彼が警戒に僅か首の角度を逸らせば、太刀筋は迷わずにユグドラの首を狙う。
 視界を覆う一瞬が晴れた後には首を這い、断ち切る角度にひたりと押し当てる茜と、背後から逆位置に剣を交差させて刃の包囲網を生む。
「これが、圧倒的な力ってやつ?」
 首を傾げて見せる茜。
「――圧倒的な力、なァ?」
 ひどく、無防備に見える姿勢で彼は躊躇なく首を竦めてみせた。
 隙を逃す筈も無く、両脇から刃が引かれる。
 確かに弾ける紅の血飛沫。だが、何をどうしてか致命打を与えられる位置にも関わらず、傷は浅い。
 手応えが、弱い。
「今は、『遊んでる』んだぜェ? だから、お預けだ」
 腹部にこれ見よがしに晒された異様な口の姿を睨む茜に、殊更傲然と言い放つ。
 十二人の撃退士を交し、完全に彼もいなし切れているわけではない。
 無数の細かな傷はあり、またこちらも立っていられる程度の負傷だ。
 何処までがブラフか、何処までが本気かは見定められず。
 だが、重要なのは。
「勝ち、は力で押し勝つことじゃないのさ」
 相手が油断するも驕るも、戦術としてそれが生かせれば重畳。
 常木はごく冷静に、一人ごちる。
 今回の勝利条件は撃破ではなく、時を稼ぐこと。
 先程の銃声も、彼女のもの。
 着実な援護射撃を重ねて、時間と間隙を埋められればそれが勝利への道だ。
 だが、戦場で過ぎる時刻の短さと消耗を、彼女は感じ取っていた。
 退いたタイミングで自分を整える瞬に、静かに先を見据える。

「そろそろ、遊びは終えるかなァ」
 無邪気にも悪辣にも思える、悪童の如き笑みで。
 振り上げた片手には、醜い鉤爪。
 細く、鋭く、風が鳴る。
 疾風の如く進撃するユグドラが真っ先に狙うのは、後衛の陣。
 フレイヤと、目があった。背筋が一気に冷える。
 もしかしたら、避けられるタイミングかも知れない。だが、彼女がその場を退けば、別の仲間に狙いは向くことはあまりにも確実だった。
 前に立つものの守りが届かぬ位置で、彼女は己の脚を励まし、踏み止まる。
 単純で暴力的な、破壊の魔力を持って拳が打ち抜かれる刹那、目をそらさずに彼女はアウルを撓めて暴発の勢いで一気に解き放つ!
 ただ、壊すだけの力が気持ち悪くて堪らなかった。
「私は、撃退士なのよ」
 魔力の欠片の微かなものであっても。
 すべては何かを守る為に生み出され、行使する力。
 許さないし、許せない。
 この暴力を、――許してはならない。
 か細い全身から伝わる、アウルを燃焼させ尽くす拒否にユグドラは片腕を魔力に翳し、切り裂くことを受け止めながら。
 もう片手は、彼女の腹部を撃ち抜いて、内臓を貫き布のように切り裂いていく。
「フレイヤさん…!」
 咄嗟、声を上げる暮居に重い瞼を瞬かせ、膝から地面に崩れ伏しながら声が喘ぐ。
「私は、…の、…魔女、」
 これくらいで死んだりしないんだから。
 そんな風に言って見せる筈の冗談は、血の咳と共に掻き消えてしまう。
 胸が微かに上下している、それだけを確かめて暮居は地を蹴る、これ以上他を壊される前に。
「起動。ModelImotality」
 凛、と声。溢れ出す無数の数式、――阻害、防御、防衛。
 壁として在る、その矜持。
 時はまだ、流れている。


●その手に掴む
 少しずつ、生命力も、スキルも、何もかも削られていく。
 時間を稼ぐ戦術は組んだものの、戦闘だけでもたせるにはあまりにも長い、一時間という数字。
 ディアボロとの戦闘を含めたことが却って救いになった程だ。
 煙幕や瓦礫を使用しての移動戦闘、個人としての工夫では稼げるものに限度があることをアスハは身を持って実感をしていた。
「…それでも、稼がせて貰います」
 援護を、と言葉少なにマキナが告げれば、問うこともせずにアスハは頷く。
 機動力を活かした、接敵。そこからふるう拳は、既に軌道をユグドラに読まれている――。
 しかし、拳が肩に触れる瞬に溢れるのは、無数の鎖。
 何度も重ねる一撃離脱の手法に慣れたユグドラの油断を誘った、故に鎖はかのヴァニタスを捕える程の効果を示す。
 じゃら、と溢れる戒めに眉根が大きく寄せられる。
「…てめェ」
 瞬時の力を乗せる合間、アスハの腕が魔具もろとも、生み出した魔法陣を通過する。
 錬成、そして幻の槍の顕現。
 螺旋状の槍の射出はマキナが離脱する支援として、とっておきの秘策を解き放つ――!
 何度も狙い、位置を覚えさせた足首への射出が、間隙を生み出すことを成功する。
 動きの鈍い彼を、樋渡とフィオナが見逃す筈も無かった。
 離脱に合わせて二方向からの交錯。
 最初の陽動は、樋渡が燃焼させたアウルを解き放つ、加速による薙刀の一撃。
 袈裟懸けに両の手が振り抜いて、薄く細い傷を穿つ。
「余所見の暇など、貴様にあるか?」
 黄金の光がフィオナを中心に溢れるのは、王の至宝たる聖なる剣の模倣。
 未だ不完全に半透明に揺れる刀身は、しかし顕現される威によって精度も威力も引き上げられる。
 冥に属するものに対してなら、尚のこと。
 真正面から襲い来る剣に、ユグドラが両の腕を重ねて盾と成した先。
「今のが本気と誰が言いました? これが正真正銘、私の一撃です――!」
 圧倒的な、終焉の腕が真上から降る。
 包帯に覆われ、ナックルバンドが重なる拳は、既に一つの凶器と化して。
 黒焔が周囲を焼き尽くす絶対的な力として放たれる。
 各人の限界を乗せての、攻勢。
 幾種類ものアウルが爆ぜて噛み合い、一つの大きな嵐を生みながら。

 しかし、未だヴァニタスは在る。
 火傷も、刃物の痕も大きく身に穿ちながら。
 目にあるのは怒りではなく、高揚。
「なァ、名乗れよお前」
 示したのは、銀の髪を持つ細身の少女。
「マキナ・ベルヴェルク。……貴方は」
 すい、とユグドラの腕が動く。ダンスに淑女を誘うが如き仕草で。
 そして、彼女の細い首を掴み最大の力の行使に動けぬことを承知の上か、指先に力を込めて握り潰そうとする。
「ユグドラだ、死ぬまで刻め」
 動けぬタイミングで、しかし金の姿が動く。フィオナの行動は素早く、的確に。
 強引に指先にクレイモアを突き付けて、僅かの時を稼いだ瞬に緑の光の鮮やかな爆発が起きる。
「させぬよ、我がいる」
 余裕に満ちた声で言い放ちながらも、既に彼女の身体もまた満身創痍だ。
 合間に生んだ再生の力も、既に追いつかない程の負傷が腕を、腹を、何もかもを切り刻んでいる。
「――ははァん、そういうからくりか。小細工にしちゃ、上等だ」
 魔力の流れを見て取り、彼女が気丈にふるまう訳を知れば余計に上機嫌に男は笑う。
 僅かに、時が止まった。
 何か更に面白いことがないかとヴァニタスが考える為の時間。
 時は、日暮れにもう近い。


●強襲
「――来るよ」
 油断は、出来ない。やり取りの間も意識を張り巡らせていた常木の警告が最初だった。
 青白い炎が、立ち上る。
 神速の一閃に、八東儀の身体を真横に断ち切る、僅かに一歩ずれる反射が彼女の命を確かに救う。
「何をしている。天使の狗は、急ぎ向かったぞ」
 髪の少女が場の空気を破り、満身創痍の姿で現れる。
 もう一体のヴァニタス、アシュラだ。
 時刻は、一時間に十分を足りぬ頃。
 少し前に片方の喧騒へと隻腕の使徒が向った結果とは誰も知らぬ事実ではあり。
 ただ、時間を稼がなければならないことが、事実としてのしかかる。
 二体のヴァニタスを相手取っての、十分。
 圧倒的で、絶望的な時間。
「できます。……だって」
 この五十分を、生き延びてきたのだから。
 八東儀は、血に濡れた手で何より自分の手に馴染む得物を引き寄せる。意識も、気を抜けば解けそうだったが、刀持つ瞬間は自分は確かに戦い手であるのだから。
「ふふ、捜し物はみつかりましたか?」
 柔らかな笑い声。
 体の中に残っている全てを、その間も探して、かき集めて振り絞る。
 指先から血の気が失せて、まだ、――まだ立っている。踏み込み一歩分の力に、全てをかけて。
 膨れ上がる力の発露の手前、射線を避けて瓦礫を利用しながら膝を低めて援護狙撃が入る。アシュラが避けに動くならば、最適の場を封じる形で。
「日当は苦手なのよ、日陰者なんで、ね」
 苦く笑う姿は、常木のもの。
 二体を巻き込む形で、漆黒の衝撃波が走る――!
 目に見える漆黒を、真正面から切り拓くのもまた黒の剣。
 抜身の剣を速攻の速さで振り抜いて衝撃の殆どを殺しながら、アシュラは緩慢にも思える足で数歩を踏む。
 八東儀とすれ違う瞬、肩から胸に光と見紛う一閃が走った。
 彼女の肩に埋まる筈の刀は――だが、巨大なる宝剣に遮られる。
「折れてない、僕達は一つも。これからも折れない!」
 受け止める重みがあまりにも負荷が強く、ほんの僅かしか折れた腕では支えられないと紅葉は悟る。だが、――もう誰もが傷つきすぎていた。
「でも、まだ斬れる!」
 意気を奮い立たせて、朱金の鬼に変じた茜は瓦礫を利用しての浅いステップで逆手から一気に蛍丸を引き払う。
 重みを乗せての薙ぎ払いで、彼の気を惹く心づもりは一向に失せない。
 楽しげにユグドラは片腕を広げて、刃を肉で受け止め彼女の身体を逆に腕から捕まえてしまえば投げ捨てる。
 次、起き上がることを期待するように。
「…けどま、迎えが来ちまったからな」
 多少は名残惜しげにぼやく声が呟いて、ユグドラは皆を睥睨する。
 ぱし、と拳を打ち合わせる乾いた音が、誰の耳にもやけに響いて。
 彼の周囲に薄く淡く輝く緑光は次第に、硬質の禍々しいエネルギーを噴き上げる。
「こればかりは、遂げさせん!」
 神凪が反応できたのは、ほぼ奇跡なのかもしれない。
 傷んだ四肢を無理矢理に駆って、背後から彼に飯綱落としでの組み付きを迫る。
 完全な捕縛は出来なかったものの体当たりに、爆散するはずのエネルギーは僅かに目測を誤り。
 皆を巻き込むことを防いだものの螺旋状に渦巻き捩じれたそれは、嵐の如く場に立つものを平等に引き裂き――食い荒らしていった。
 暴虐が止んだ時に、立っていたのは数人のみ。
 時間は、まだ、残っている。
 無表情に歩を進めるアシュラが迫るのは、暮居の目前に。
「退け、邪魔だ」
「――いいえ?」
 緩やかに、涼しげに彼女は首を傾げて見せる。一歩でも退けば、次に白刃が誰かを手にかけるのは確実に。
 手の中で槍が、くるりと翻される。切っ先は、少女の首に突き付けて。
 届くのか、護れるのか。
 測りながら、同時に暮居の思考はやけにクリアだった。
 刃が走る。
 胸が、裂ける。
 刃が走る。
 肩が、潰れる。
 刃が走る。
 受け止めれば受け止めるだけ、人が受ける太刀の数が減るのだと。
 当たり前のことが静かに胸に落ちる侭、自由にならない腕が最後まで少女を貫こうと伸ばす形でやがて、身体は静かに崩れ落ちていく。

 惨状を大きく首を巡らせ、腕を組みユグドラは眺める。
 ややあって。
「なんつうか、まァ。――面白かったな」
「……目的を忘れるな」
 釘を刺すアシュラにも文句をどこ吹く風と、彼は軽く伸びをする。
 追撃は可能、だがその理由ももう彼には無い。
「お前らもまァ、悪くはねえよ! 指し手じゃねェ、駒の方がだ。爆弾渡してやる気には到底ならねーけど」
 ひら、と片手を振りアシュラと連れ立っていく男を、もう誰もが止めない。
 日は、暮れていたのだから。

●番外の、
「…終わった…?」
 か細く、淡々と樋渡が呟く。
 爆発の後に、立っていた者は数名と居ない。
 血に濡れて倒れ伏した仲間達も、命ばかりは残っている。
 時間は稼げた。
 彼女らは任務を、確かに達成した。
 意味も、理由もわからぬ侭。
「だが、我が駒と甘んじるわけもなかろうよ」
 フィオナは、胸を張る見下ろす姿勢で確かに告げる。
 依頼を受けて立ったのは、自身の意志でただ一つも他者に強要されたわけでもなく、矜持の上で。
 ならば結果に恥じることなどない。今必要なのは、負傷者を回収し学園へと戻ること。
 安全圏への合流に、仲間達を支えながら遅々とした歩みが向かう、―――その途中。
「ねえ、あれ――」
 常木が示したのは、宵闇に紛れる細い影。水際の流木に引っかかり倒れ伏しているのは、確かに人間だ。
 比較的余地のある神凪が、慎重に足を進める。
 水に濡れた重い、アイスブルーの髪が絡み付く少女。
 ――アニエス・ブランネージュ(ja8264)。
 体はひどく冷え切り、緩く抱き起せば唇から水が溢れる。けれど、水を吐き出す咳は確かに彼女が生きていることを示している。
 自分達が気づかなければ、手を伸ばせる状況でなければ。
 一瞬の想像は水よりも意識を冷えさせるが、静かに神凪は彼女を抱えて仲間の元へと連れて行く。
「…大丈夫?」
 問いただすより、少しでもこちらに引き留めようと樋渡が声をかけると、少女の指先は震えながら水辺の上流を示す。
「――どうか、」
 掠れた音を最後に、彼女は蒼白の顔色で意識を再度手放す。適切な治療がなければ、命にすら関わる領域の負傷が見て取れた。
「連れて帰ろう。今は」
 茜が他の者に手を貸しながら、言う。もう抜身の刀は収めて、相対するヴァニタスはこの場にいないけれど。
「必ず、斬るから」
 確かに胸の内に彼女は収める。
 倒れたものも、立つものも意志はそれぞれに。
 一つの、『依頼』は終わった。
 それは誰かの意図の描く結果だったのかもしれない。

 だが、天魔の間隙を抜いて得たものは確かにある。
 腕に抱く冷たい身体、ヴァニタスの存在、裏側の謎――己という個の在りよう。

 目を瞑るのか強く抱くのか、何処に踏み出すのか。
 己一つは、己の物だ。

 故に、彼らは帰還する。
 明日を生きる為に、学園へ。



依頼結果

依頼成功度:普通
MVP: 撃退士・マキナ・ベルヴェルク(ja0067)
 凍気を砕きし嚮後の先駆者・神凪 宗(ja0435)
 Wizard・暮居 凪(ja0503)
 『天』盟約の王・フィオナ・ボールドウィン(ja2611)
重体: −
面白かった!:18人

堅刃の真榊・
紅葉 虎葵(ja0059)

卒業 女 ディバインナイト
撃退士・
マキナ・ベルヴェルク(ja0067)

卒業 女 阿修羅
血花繚乱・
神喰 茜(ja0200)

大学部2年45組 女 阿修羅
天狗狩・
八東儀ほのか(ja0415)

大学部4年176組 女 ルインズブレイド
凍気を砕きし嚮後の先駆者・
神凪 宗(ja0435)

大学部8年49組 男 鬼道忍軍
Wizard・
暮居 凪(ja0503)

大学部7年72組 女 ルインズブレイド
今生に笑福の幸紡ぎ・
フレイヤ(ja0715)

卒業 女 ダアト
筧撃退士事務所就職内定・
常木 黎(ja0718)

卒業 女 インフィルトレイター
無音の探求者・
樋渡・沙耶(ja0770)

大学部2年315組 女 阿修羅
『天』盟約の王・
フィオナ・ボールドウィン(ja2611)

大学部6年1組 女 ディバインナイト
光の刃・
御子柴 天花(ja7025)

大学部3年220組 女 阿修羅
蒼を継ぐ魔術師・
アスハ・A・R(ja8432)

卒業 男 ダアト