●封都
一同を乗せたバスは密やかに児童館へと辿り着く。
アルテナ=R=クラインミヒェル(
ja6701)が地図を元に検討した結果バスは一台だけ借りることになった。
「急いで丁寧に探しましょう。――私達でも辛い場所に残される人を、少しでも減らさないと」
暮居 凪(
ja0503)が周囲を警戒しながら、正面玄関の扉をこじ開けにかかる。
脳裏には、先程挨拶して来たばかりの依頼人の声が未だ残っていた。
『お久しぶりだねえ。……貴方達のお陰で、私はこの年になって初めて撃退士達の力を信じることが出来た。
力だけじゃない、生徒さん達の気持ち。貴方達が、この子の為に頑張ってくれてる今も、同じ』
背負った信頼を確かに、彼女達八人はこの場に立っている。
手分けしての捜索で最初に声を上げたのは櫟 諏訪(
ja1215)だった。
「奥の方から物音がしますよー」
同じく捜索に回っていた佐倉 哲平(
ja0650)が無言で頷き、扉を静かに開く。
「…要救助者、発見だ」
会議室らしい一角で乱雑に折り重なっているのは、年端もいかない子供達。
「逃げ込んで、発見されたということでしょうかねー」
虚ろな表情で人形の如く投げ出された子供は、四人。
「こちらにも二人だ」
少女を抱き上げて、アルテナが合流する。端正な表情は今は、はっきりと曇った色を映している。
「ここも感情吸収の収容所、ということだろう。なら、サーバントがここを巡回する可能性もある」
児童館もけして安全ではないということだ。だが、拠点を確保出来なければ大幅に効率が落ちることも確かであり、完全に内部をチェックしているアドバンテージも大きい。
もう一人の要救助者である少年を腕の中に抱き上げ、若杉 英斗(
ja4230)が真っ直ぐ顔を上げる。
「自分達で守ります。皆さんは、行って下さい」
●糸を手繰る
朝霧宅を目指して大通りから細い路地へと折れ曲がる。
「お出迎えがいますねえ…」
鴉守 凛(
ja5462)が、常の口調で告げる。灰の狼が二匹。
地形の特徴から迂回して進むこと自体は可能だろう。
だが陣取っているのは目的付近故に見過ごすことも出来ない。
と一歩踏み出す鴉守の目には戦闘への高揚が揺らめく。
蜜珠 二葉(
ja0568)が銃を構え直して、後続の皆へと視線を流す。
「わたくし達が惹きつけます。どうか、今のうちに」
無言で佐倉は蜜珠の前に庇う形で立ち塞がり、星杜 焔(
ja5378)達三人は、足音を殺して手前の十字路を先に曲がる。
「――参りますわ!」
開幕は、蜜珠の銃声から。過たず真っ直ぐ伸びた弾丸は狼の腹を抉り、ぎゃん、と短い悲鳴が上がる。
「…早期撃破だな、狙って落としていく」
佐倉が抜き放つのは白の双剣。使いこなすことは難しい筈の二本を軽々と操り、踏み切りの速さが狼よりも先んじての一手を掴む。
身体を斜めに突き出した先の一本を囮に、踏み込んだ足を始点に身を翻して逆手に本命の一打を叩き込む!
腹から赤黒い血と内臓を滴らせながら、狼は佐倉の手首を狙い剣の柄でいなせば狙いを逸れた牙は二の腕に突き立ち、僅かに彼は眉を揺らす。
「狙うなら私を・・・」
巨大な斧槍を引き出しながら、無機質な何処か熱の滲む口調で鴉守が囁く。血の匂いが噎せ返る戦場へと迷わずに細身の体は踊り出る。
動く速度は、ほぼ同時。狼は体勢を崩させようとでもするのか彼女の足に食いつくも、避ける様子すら見せず足首を食わせた侭手負い狼の胴体を断ち切る。
腿を鮮やかな朱が染めるも、うっすらと愉悦の笑みに唇が歪む。
蜜珠が状況を見て顔を狙い弾丸を撃ち放つ。佐倉も転身して、生き残った狼の腹を大きく蹴り上げ距離を離させて。
所詮は二体、しか戦いを終える頃には鴉守の身体は細かな噛み傷に覆われていた。斧槍にかけていた指が、血でぬめり。
「…大丈夫か」
短く、傍らに立っていた佐倉が声を投げる。
「あ・・・すみません・・・救助、でしたねえ・・・」
何処か呆けた面持ちで狼の死体から鴉守は眼差しを引き剥がした。
一方朝霧宅は、既に変わり果てて皆を迎えた。花壇や庭も今はもう見る影もない。
「……あ」
星杜が小さな声を上げ、立ち止まる。
ごく普通にただいまを言おうとした。
けれど、何もかも。
こわれていた。
胸を疼かせる記憶は、自然と口元をその形に慣れ親しみすぎた笑みの形へと変える。
「…今の俺にできるだけを」
(人狼もいるのかな)
過る思いに息は一瞬だけ止まる。捜索の手は留めなくとも。
「子供がいますねー。彩ちゃんと同じくらいの子ですー」
襖を開ければいたのは少年少女。
予想外の発見に、櫟が阻霊陣から阻霊符へと発動を切り替える。今は少しでも多くの捜索の手が必要だ。
更に、押入れを引きあけると、数人が転がり出てきた。
「朝霧さんが隠したのかしら?」
暮居が抱き起こしてみれば生活の跡や手当された痕跡もある。
娘とはぐれた母親は子供を探しながらも放っておけなかったのだろうか。母親自体は、行方不明の侭だ。
「もしかしたら、これを持ち帰っても悲しいだけかもしれないですけど、元気出してほしいですねー…」
櫟は、アルバムの数冊を手に抱える。確かめる為に捲っていけば、家族の揃う眩しげな笑顔が目に痛い。一度見た朝霧の表情とは余りにも違う。
写っていたぬいぐるみと同じものを見つけ、それも荷物とする。
「子供に、彩ちゃんにあんな顔をさせてたら、撃退士失格ですねー…」
封都の戦いで実際に成果として最良に近いものを彼らは得ている。
けれど、未だ痛みを抱える者達がいる。生々しい実感を、静かに彼は噛み締めていた。
●激戦
少人数なのが幸いしてか、敵の群れを幾度とB班はやり過ごす。
出会い頭に襲われる、ということは無かった。巡回する少数の群れを回避していく形だ。
「街の端の方でもありますし、大きな感情吸収の場ではないのかもしれませんわ。けれど、見落とせない場所でもあります」
会話を重ねながら探索するのは小さな民家が多く、手間がかかる。
だが見つける救助者は、老人や病人などその場を動けずにいる者達だ。
「…助けを求める者が声をあげられるとは限らないか」
車椅子に乗った侭で意識を失う老婆を抱え上げながら、佐倉は呟く。
感情を失う寸前の人々は積極的な反応を返してもくれないが歩かせることが出来る者もいる。
しかし元々自立歩行が出来ない状態の者は、抱えたりして連れて行くしかない。
他の区域でも避難所にもいかず取り残されている可能性を検討する為にも、民家を探す意味は、大きかったと言えるだろう。
「これからの為に…皆様の思い出の品々も、持っていけたらと思いますわ」
蜜珠が足を止めては、家の中を荒らさぬようそっと写真や手紙を探しては確保をしていく。彼らの回復に縁あることを祈りながら。
「また、おいでのようですねえ…」
玄関で警戒に当たっていた鴉守が警告する。腐った屍兵の腐臭、肉を引きずりたらす音。周囲を幾重にも囲み、緩慢に近づいてくる気配。
要救助者を抱えた状態での接敵に、緊張が走る。更に。
「――こちらC班。A班帰還途中に接敵、更に援軍を確認致しました。皆様、迎撃に移られております」
観月 朱星(jz0086)から通信が聞こえる。
躊躇うものはいなかった。
鴉守が玄関を蹴破り躍り出て、アウルを集中させる。異質な気配に、先頭へと立つ屍兵が一瞬気を惹かれる。
鬼神の如く背後に立つのは、佐倉の姿。双剣を交差するよう掲げたところで、白い刃に纏う黒の光。
「…騒がせて済まない、が!」
次の瞬間、轟音を上げて黒の光は迸る。直線の形で、その先にいた全てを薙ぎ払い、弾き飛ばす――!
時を遡ること、少し前。
櫟の緑の触覚?にも似たあほ毛がぴん、と立った。このあほ毛大変役に立つのだが、緊迫感が多少削がれることは否めない。
「なにかいましたよー」
しかし、腕の中に子供を隠す表情は真剣だ。要救助者を抱えた侭では全力で戦うことも、移動することも難しい。
身構えるのと同時生垣から飛び出してくるのは、巨大な兎型のサーバントが二体。
兎達は迷わずに撃退士達へと群がっていく。星杜の手にある少女へと攻撃を悟れば彼は咄嗟に背を向け自らを差し出す。
「…っ、…く!」
無防備な背中に食い込む、鋭い牙。けれど、彼の表情は笑いに固まった侭己が守った少女に大丈夫だよ、と浅く途切れる息で囁く。
「…この侭では嬲り殺しだわ。行ってちょうだい」
保護していた子供も、櫟へと預けて大きく別方向へと駆けだす。幸い、ここから拠点まではかなり近い。。
櫟と星杜は目を合わせ、言葉も無く走り出す。助けた人を抱え、更に抱えきれない大人の手を引きながら。
兎達もまた背を追い跳躍する。その後ろから、暮居は巨大な槍を振り回して突き付ける。鋭い風圧が兎を薙いだ。
「構う時間は無いけれど、手早く倒してあげるわ。さあ、来なさい?」
眼差しがかみ合えば、けして逸らしはしない。逸らせば負け、とばかり凛と立ち、背筋を伸ばして。けして侮られてはいけない。
背を向ければ必ず襲われる脅威として、威圧だけで敵に伝えなければならない。
睨み合いの果て一体が暮居へと鋭い牙を剥き出しに、突撃する。いつの間にか手には盾が呼び出され、突撃の勢いをほとんど殺して受け止める。
「……騙された? なら、私の勝ちよ」
今は攻勢ではなく守勢こそが彼女の神髄だと顎を上げてみせる。
――今を支えることにこそ意義があるのだから。
●手の中の、
連絡を受けて若杉らが待ち構えるのは児童館前。
要救助者達を無傷で守り通した星杜と櫟から、アルテナが受け取ってバスへと乗せていく。
観月もバスの方へ回り、護衛と通信を請け負うのに手いっぱいとなっている。
「よくここまで来てくれた。後は、必ず私達が護ろう」
真摯な表情でアルテナは言い。
玄関で出撃の準備をしていた若杉が、声の代わりに大きく銃を三発連射する。
彼の前には、吹き飛んだコボルトが屍を晒していた。
星杜達を追って兎が一体、更に人の気配を聞きつけてかボルトと灰色狼が合わせて五体。
押し寄せてくる敵を見て、若杉が真っ先に先へと踏み出す。
「来たな天魔共。ここから先は通さないぜ」
ばしん、と拳を掌に叩き付けながら言い放つ。真っ先に動いたのは兎だ。
体全部をバネにしての突進に、白く輝く盾が炎のような眩い光を放ち、ぐ、と踏み止まる。
「絶対に守りきる。ここで皆が掴んだ全部を、一つもくれてやる気はない!」
「その通りだ。私達の前で、護りを揺るがせると思うな?」
同じく盾を使って狼の牙を払いのけたアルテナが不敵に笑ってのける。
――守ること。
シンプルだが、それに特化した二人は負傷者と要救助者を抱えた今には一番適している。
コボルトが錆びた爪を肩に突き立てようとして、若杉が肘を叩き込み、蛇の牙を模した刃で逆に首を薙ぎ払われる。
アルテナに向けられた狼の跳躍は、避けるそぶりも無くむしろ腕で抱え込むように受け止めてから、トマホークが襲い掛かり。
「…俺も、まだやれる」
星杜がバスを守る位置へと加わる。虹色に揺らめく蝶が炎の癒しを術者へと伝え、傷が癒える端から白の剣を交差させ、一気に襲い掛かる数匹を蹴散らしに行く。
防御に優れた三者の後ろの位置を取る櫟は、援護の射撃として立て続けに撃ち放つ。
数は多いものの耐久力に劣るコボルトが倒れて、それでもまだ敵は多い。
技を振るう気力にもまた、限りがある。
大きく、若杉の肩に狼が食らいつき、肩の骨が潰れる嫌な音が聞こえた。完全に癒えてはいない星杜の背にコボルトが錆びた剣を突き立てる。
「…ここから先は、通さないって言ったろ!」
狼がもう一体拳に向かって食い掛かるのに、逆にこちらから叩き付ける勢いで顎をスネークバイトが貫く! 膝が折れそうに揺らいで、だが、誰も倒れない。
あと何撃、保つか。
頭に浮いた考えを、アルテナは払うように首を振る。
「…どれだけでも、私達は保たせてやろう。護り抜くことが使命であるのだから」
その彼女に、狼の顎が肉薄し――不意に、消滅する。
追いついてきた蜜珠が銃を構えるのが見えた。
更に鴉守が斧槍を構えて、――背後から巨大な兎を弾き飛ばす! 全身を朱に染めた暮居と佐倉が最後に続いた。
「お待たせしました、援護いたしますわ」
集まってくるサーバントの全ては到底蹴散らせない為、弾幕を張っての移動補助に使う。
最後まで持ちこたえていた若杉と暮居がバスに身体を引きずるように辿りつく頃には、既に全員満身創痍だった。
少人数故に確保は叶い、その代償として迅速な撃破には至らなかった。
だが多くの怪我を負いながらも、救助した人数は実に二十名近く。更には、得た成果も大きい。
「…結局俺たちの腕の長さも、手のひらの大きさも、大したもんじゃない」
佐倉が、低く声を落とす。けして後ろを向く為の言葉ではなかった。
できる限りを掴む、という意志の表れ。
星杜もまた、子供に目を落とす。この子供は目が覚めたとき、どんな苦痛を、不幸を思うのだろう。
「今の俺に、出来るだけを」
合わせた掌の形は祈りに似ている。
血に濡れた手をだらりと垂らしながら、鴉守は救い損ねた人を思う。
「母親・・・生きているだけ私はマシなんでしょうねえ」
顧みることも無い母と、行方知れずの誰かと。はかりにかけることなど、出来ないかもしれないけれど。
辛抱強く聞き取りや救助を行っていた蜜珠が、顔を上げる。
「お母様は、生きていらっしゃるかもしれないそうですわ」
一筋の希望の如く、聞こえた言葉。
やり取りを横目に、若杉は老女の手を掴み、静かに励ます。
「もうすぐ結界外に出られます。もう少し頑張ってください」
少しでも心をつなぐ、感情を思い出させようと重ねる声に、僅かに老女の瞼が震えた。
結界を通り抜けた瞬間、丁度空が晴れたのか眩しい、初夏の光を顔に受け止めながら。
●微かな光
「お母さんを、家族を助けられなくて、ごめんなさいですよー?」
櫟が差し出したぬいぐるみに、彩はただしがみついて泣いた。
それが、彼女にとってあの戦い以来初めて見せた涙であるのだという。
最初は小さく、微かに。けれど、次第に皆に聞こえる音で。
「…まま、…たすけて、おねがい」
絶望の淵から、一縷の希望を見出したように。何度も、何度も貴方達に哀願した。
観月は静かに後程別室で彼らに告げる。
「今回の成果は、確かなものでした。本来の目的である救助と偵察に加えて、回収した所持品から、いくつかの避難所や避難者の情報を確保しています。
その中には、彼女の母親の消息と確認されるものもありました。
――できるだけ早急に、また依頼を行いましょう。皆様の掴んだものを、この朱星必ず次につなげて見せます」
深く、深く頭を下げられて。
掴んだ物は、確かに。