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能代市に向かった撃退士たちは、情報にあった屋敷に向かう。
日が落ちるのがまだ遅い時期ではあったが、ついた頃には太陽は海に沈もうとしていた。
周囲に普通に住宅街が広がっているのを見て、凪澤 小紅(
ja0266)が眉を不愉快げに寄せた。
「こんなに人の生活圏に近い場所にサーバントが……。早々に退場願おう」
クールな彼女だが、怒りの感情は比較的面に現れやすい。
「そうだね。こんな場所にサーバントがいるんじゃ、みんな安心して暮らせないよ」
グラルス・ガリアクルーズ(
ja0505)も左右で異なる色の瞳を周囲に巡らせる。普段は人当たりのよい青年も、戦いを前に表情を引き締めていた。
人の姿は今のところないようだ。
周辺の住人もここにはなるべく近づかないようにしているようだ。
いちおう小紅は屋敷に近づかないよう自治体に連絡してきたが、この短時間で住民たちに周知ができるわけがない。普段からこの状態ということなのだろう。
サーバントがいることを察し、怯えている者もいるかもしれない。
「ホント、まるでお化け屋敷ね! あたいは別に怖くないんだからね!」
雪室 チルル(
ja0220)は夏にも関わらずかぶっているウシャンカの下から屋敷を見上げる。
「お化けが蠢く館、ですか……。有事で無ければ肝試しでもしてみたいですわね」
シェリア・ロウ・ド・ロンド(
jb3671)もチルルほどではないが幼い顔立ちを屋敷に向けた。
「肝試し、か。早く終わらせて、心置きなくさせてあげたいものです……この場所が使えるかどうか、わかりませんけど」
黒髪を頭の後ろで結んだ神林 智(
ja0459)は、来る前に聞いた話を思い返しているようだ。
「そうですわね……」
残念そうにシェリアが息を吐いた。
お化けの正体を知らなければ彼女もここで肝試しができたかもしれない。
けれど、その正体がサーバントであることを彼女はすでに知っている。ホラーファンの彼女としては少しばかり残念なことだ。
夕刻の空はもう暗くなっており、自然の明かりだけでは探索は難しそうだった。
「えーと、電源がここで、調節が確かここだったか?」
暗視用のゴーグルをいじっているのは向坂 玲治(
ja6214)だった。
ぶっきらぼうな態度から粗雑な性格と思われがちだが、意外と手先が器用な玲冶は暗い中でもうまくゴーグルを調節した。
智も同じくゴーグルをかぶり、他にも用意してきた者たちはペンライトを取り出す。
「俺は明かりがなくても平気だよ。夜の山の中で遊び回ってたから」
一番幼い、元気そうな少年が言い放った。
感知に長けた緋野 慎(
ja8541)は、普通に動き回る程度なら確かに暗くても問題にならなそうだった。もっとも、戦闘への影響は多少不安がないでもないが。
「陽が完全に落ちる前になんとか片付けましょう」
シェリアが淡く輝く光の玉を手のひらの上に作り出した。
「ボクは夜のが都合いいんだけどね……」
気だるげな黒瞳を沈む太陽に向けたのは来崎 麻夜(
jb0905)だ。
「そんじゃま、屋敷の大掃除でもすっかね」
凧型の盾をヒヒイロカネから取り出し、玲司が言った。
橙色をした夕暮れの光の中でも、屋敷の中はとても暗く見える。それは、おそらく時間のせいばかりではないだろう。
しかし、撃退士たちは恐れることなく中へ足を踏み入れた。
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暗い家の中を、シェリアが光の玉で照らす。
「やはり電気が無いと本当に暗いですわね。少しわくわく……コホン、どうか足元にお気をつけて」
入り口から入って程なく、手すりのついた広めの階段が見つかった。
8人の撃退士のうち、4人が上っていく。
「それじゃ、あたしたちは上に行くわ!」
チルルは元気よく階段に足を踏み出した。
「気をつけなよ。階段が壊れてるかもしれないから」
グラルスが声をかけてきた。
彼のほかに、玲司、慎がチルルとともに階段を上がってきた。
「気をつけてくださいね。こちらはこのまま1階を探します」
智が言った。
2階を通り越し、4人は3階まで進む。
二手に分かれ、1階と2階、3階と4階のそれぞれを探索するのが撃退士たちの計画だ。
幸いにもというべきか、階段を上っている間にサーバントと撃退士たちが遭遇することはなかった。3階の階段付近にもウィスプらしき明かりは今のところ見えない。
「あたいはここよ! おとなしく出てこい!」
手近にあった扉を勢いよく開けてチルルは叫んだ。
「……なにもいねえな」
ぶっきらぼうに玲司が言った。
「ま、しょうがねえよな。こんだけ部屋があるんじゃ」
「わかってるわよ! 次に行くわ!」
用意してきた蛍光スプレーを勢いよく振ると、チルルは扉に大きく×を書いた。
探し終えた場所に目印をつけておき、探索の効率をあげるためだ。
見取り図が手に入らなかったのは残念だが、チルルたちは3階の扉を順に開いていく。
炎が目に映ったのは、3つ目の扉を開けた時だった。
玲司はすぐさま、部屋の中に飛び込んだ。
「出てきたな、サーバント。そら、まずは俺から相手になるってやつだ」
手招きする彼に向かって、ウィスプが突進してくる。
構えた盾越しに、熱気が彼の肌を焼く。しかし、それは望むところ。
仲間が巻き込まれないように範囲攻撃を使わせたなら、目論みは果たしている。
アウルの力で慎が生み出した土が人魂へ降り注ぐ。
「さあ、突っ込むわよ!」
その後をグラルスの旋風と共に大剣を振りかざしたチルルが突進。
仲間たちの連続攻撃を、人魂は少なくとも一度しのいでみせた。
「ただのザコじゃないか……だが、思い通りには動かせないからな」
1体なら十分に抑えられる。結局、敵の炎が玲司以外の仲間を焼くことはなかった。
その頃、1階に残った4人も扉を開けながら通路を進んでいた。
智がチルルと同じように、蛍光スプレーで誰もいなかった扉に印をつけながら進む。
小紅はL字の角に近づいたところで足音を潜めた。
「こういう場所を一番警戒しなければな」
角の向こうで敵が待ち伏せているかもしれない。
いや、待ち伏せまではなくとも出会い頭に遭遇する可能性もありえる。
「なにかいますか?」
「……いない。進もう」
敵がいないことを確認しても、問いかけてきた智への返答は小声のままだ。
あくまでクールに、慎重に小紅は探索を進めていく。
「骸骨兵士なら、動く時に骨が擦れる音とかしないかしら?」
「可能性はあるだろう。忍び足などできないだろうしな」
シェルンの言葉に同意して、小紅は彼女と共に前方へ耳をすませる。
L字の通路を曲がってしばらく……大きな両開きの扉の向こうで物音がした。
ハンズフリーにした携帯に物音がしたことを伝える。
背丈より大きな両刃の剣を構えて、小紅は前衛を務めるべく部屋の中に飛び込んだ。
姿を見せた3体の骸骨戦士たちはボロボロの剣を手に撃退士たちを振り向く。
シェリアは手にしていた光の球をまず部屋に投げ入れる。
飛び込んで行く前衛たちの後ろから部屋を観察した。
パーティーが開けそうなほど広い部屋だ。庭に面した両開きのガラス戸で壁の一面がほとんど埋まっている。
外はとうに日が沈み、薄明の空が広がっている。
雨が入り込んで腐ったのか、床に開いた大穴がガラス戸の前に広がっていた。
「気をつけてください、床に穴が開いています!」
警告を発しつつ、敵が他にいないことをシェリアは確かめた。
「夜はボクの領分だー! お化け退治なら任せろー!」
麻夜の背中に、黒いアウルが翼を形作る。
あたかも吸血鬼のごとき紅い瞳と化し、彼女は拳銃を手に薄闇を苦にせず前進する。
小紅も闘気を放って剣を構えた。
智の弓から放たれた衝撃波が、一丸となった骸骨たちをまとめて打ち抜く。
敵が小紅を連続で狙う。彼女が囲まれるのをうまく避けたため、1体は麻夜に単発の攻撃をするよりなかった。
いかに連携を得手とするとは言え、所詮4対3だ。
「屍が動くなんて自然の摂理に反します。大人しく土に還りなさい!」
シェリアの放った炎が、固まっていた敵の真ん中で爆発する。
2体が炎の中で崩れ落ちる。
小紅の刃が最後の1体を打ち砕き、戦いは終わった。
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3階の戦闘を終えた4人は、探索を再開していた。
敵の姿が見当たらないことを確認し、撃退士たちは階段へと向かう。
慎は階段につながる廊下で脚を止めた。
「なんか、光ってる?」
外はもう暗くなっている。
なのに階段のあたりがかすかに明るいように見えたのだ。
階段を下りてきた2体の人魂に向けてとっさに術を放つ。
「火には水だって? いいや、火には土だね! 飲み込んでやる!」
アウルによって生み出した土の塊が階段の入口を埋める。
その中から炎が揺らめいた。
身をひねったが駆け抜けていくウィスプを避けきれず、慎は炎に包まれる。
「やったわね! だけどあんたたちの出番はもう終わりよ!」
やはり攻撃に巻き込まれたらしいチルルが叫ぶ。
振り向くと、玲司が敵の注意を引き付けているところだった。
1体は彼を追ってさらなる突進を行うが、もう1体は戻ってくる軌道で体当たりしてくる。
避けきれない……けれど、今度敵が炎に包んだのは慎のジャケットのみ。
「それは幻炎だよ」
焼けて消えていく英雄への敬意を心に秘めて、慎は武器を忍術書に持ち替えた。
グラルスは、漆黒の風の渦で弱っている敵を確実に狙う。
風に飲み込まれながらも、敵はなお突進攻撃を繰り出し続ける。
動き回る敵は、いつの間にか玲司のところへ集まっていた。いや、彼が挑発して集めたのだ。
廊下の反対側から2体の骸骨が現れたのは、その時だ。
「気をつけて。後ろから来ているよ」
「回り込んできやがったか。だがちょうどいい。一度言ってみたかったんでな……俺ごとやれ!」
肉体を活性化させながら、玲司が仲間たちに告げる。
「骸骨は焼却だー!」
言葉が終わるか終わらないかのうちに慎が嬉しそうに炎をまとわせた腕を振りぬいた。鮮やかな緋線が骸骨だけを突き抜ける。
「当てる気はないけど、当たっても文句は聞かないからね!」
チルルが突剣を突き出すと、衝撃波が敵を薙ぎ払う。
後に残るのは、彼女が胸元に飾っているのと同じ、トレードマークの雪の結晶。
空気に溶けゆく結晶を、漆黒の風が包み込んだ。
「黒玉の渦よ、すべてを呑み込め!」
グラルスが生んだ、名のごとく黒玉のように黒い風は骸骨とウィスプたちを巻き込む。
骸骨と、2体の人魂のうち1体が風の中で砕け散る。
「もう1体は任せるよ。とどめを頼むね」
青年の呼びかけに応じるかのように、アウルの輝きを秘めた玲司の一撃が黒玉の中から放たれ、最後の敵を打ち倒した。
2階では、広い応接間らしき場所で2体の骸骨戦士と撃退士たちが戦っていた。
麻夜は黒で十字の描かれた拳銃で骸骨たちを狙う。
「これで5体か。……連携能力が高いらしいから、油断しないようにしないと」
だんだん増えていっているというなら、8体どころかもっと敵がいる可能性もある。
特に、人が出入りしやすいように作られているのか、この部屋は扉が多い。
大きな扉が押し開かれるのを、赤く染まった麻夜の瞳は見逃さなかった。
飛び込んできた2体の骸骨にも麻夜が焦りを見せることはない。
「わぁ、過激ー。でも、それじゃダメだね」
振り下ろされる剣をその身に受けながら、黒い少女の姿が闇に流れる。
すでに日は完全に沈みきっている。
ナイトウォーカーの彼女がいる以上、夜は彼らには味方しない。
踊るような動きで死角に舞い込み、銃を頭に突きつけると同時に引き金を引く。
「ふふ、先輩から教えてもらった技に死角はないよ」
舞を終えた少女が銃口を別の扉に向ける。そこには、ウィスプが姿を見せていた。骸骨の不意打ちの後に、さらに滑空して仕掛けてくるつもりだったのだろう。
「ええい、怖いというより邪魔です!」
体当たりをしようと滑空する敵を智の和弓より放った衝撃波が迎え撃つ。
「まとめて叩き切る!」
小紅の振り下ろした巨大剣が空間に衝撃を伝える。
麻夜の銃撃で傷ついていた骸骨たちが、一気に吹き飛んでいた。
そこに、人魂が滑り込んできて小紅や麻夜をまとめて焼いた。
智はウィスプに弓を向けて、濃い闇をまとった矢を放つ。
闇の力はサーバントに痛烈な打撃を与えたはずだ。
「人魂に骸骨、作った天使はサーバントのお化け屋敷でも作りたいんでしょうか? 命に関わる上夢のないアトラクションは遠慮してもらいたいものです」
滑空による炎は仲間たちを焼いていたが、敵はおかげで攻撃しやすい位置に踏み込んでいた。
「日本の夏は高校野球の季節……球遊びに乗じて、ノック練習でもしましょうかしら?」
釘バットを手にしたシェリアがウィスプを思い切り殴り飛ばす。
「あら、ごめんあそばせ。わたくしスポーツに詳しくなくて、間違って釘杖を出してしまいました」
「貴方は邪魔……だから、消えてね?」
黒く染まった腕に麻夜が手にしているのは赤黒い拳銃。光の消えた瞳でウィスプを見据えて、彼女は敵を撃ち抜く。
声がしたのは、その時だった。
「なあ、今こっちのほうですごい音がしなかったか?」
子供の声。
近くの住民だろうか。
動揺する様子もなく小紅が敵を切る。
「……来る前に、片付ける!」
巨大な弓矢にまとわせた闇はまだ残っている。
機敏な動きから放った矢は人魂を貫き、かき消していた。
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戦いが終わった後、入り込んだ子供たちを撃退士たちはまず外へと送っていった。
「ここにいるのはお化けじゃないの。お化けのふりした天魔の兵隊が居座ってるから、お化けも嫌がってここには出てきたくないって」
子供たちは智に説得されて、しょんぼりしながら帰っていった。
「子供の肝試しも満足に出来ないなんてつまらないです。その為に戦うというなら、私向きですね」
小さな背中を見送って、智は呟いた。
いちおう、3階を探索していた4人も一度合流している。
「聞いていたくらいの数は片付けたみたいだね。でも、ちゃんと全部確認しておかないと」
グラルスがまだ探索していない最上階を見上げる。
「単に住み着いただけならいいけど、サーバントが出現していた原因があるかもしれないしね」
「そうですわね……え?」
相槌を打ちながら、シェリアも何気なく4階を見上げて、そして、声を上げた。
端にある窓にかかった朽ちたカーテンが揺れ……一瞬だけ、薄笑いを浮かべた白い顔が見えた気がしたのだ。
「今のは……?」
仲間たちも何事かと見上げるが、その時にはもうなにも見えなくなっていた。
いや、シェリア自身もはっきり見たわけではない。
……4階にサーバントたちの姿はなかった。
他の何かの姿も。
きっと錯覚だろう……仲間たちと共に帰路に着きながら、シェリアはそう自分に言い聞かせた。