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あたかも蜘蛛の糸のごとく、天より久遠ヶ原学園へと垂らされた軌道エレベータ。
だが、糸の先で待つものは仏ではなく狂ったコンピュータだ。
そして、この天と地を結ぶ36000kmのケーブルはけして切れるようなものではない。
V兵器の技術を応用し、一定の間隔でヒヒイロカネを埋め込んで作られたこのケーブルは、理論上地球と月を結ぶことすら可能なのだ。
精鋭の撃退士を乗せたケージが、ゆっくりと天へ上っていく。
いや、体感ではゆっくりに感じられるが、実際には音速を超える速度が出ているはずだ。
昔のSFのように押しつぶされるようなGを受けることまではないが、頭を少し抑えられているような感覚を撃退士たちはずっと感じ続けていた。
第二久遠ヶ原学園が近づいてきたのを、アラームが知らせてくれる。
本来ならばアナウンスが流れることになっているが、その機能は敵の管理下だ。
無機質な電子音が淡々と流れるのが、逆に安心させてくれる。
「機械任せも考え物ね! あたいがやっつけてやる!」
雪室 チルル(
ja0220)が力強く宣言した。
ケージの中にいる撃退士はたった6人。第二久遠ヶ原学園をのっとった敵の数を考えれば、決して十分な数とはいえない。
「厳しいが俺達しかいない、気負い過ぎず行くか……」
ジョン・ドゥ(
jb9083)の言葉は静かで、実際気負ってはいないように受け取れた。
「ふっ、上等じゃないか。俺たちで何とかしてやろう」
不適に笑ったのはミハイル・エッカート(
jb0544)だ。
「ええ、私たちは決して機械に屈したりしません!」
川澄文歌(
jb7507)は小さな拳をぎゅっと握った。
十分に戦力を整える時間もなく、たったの6人で無数のロボットたちと戦わざるを得ない現状。
しかし撃退士たちの意気は十分で、目の前の困難に怖気づく者は1人もいなかった。
「捕まっちゃってる人たちも助けなきゃいけないしね」
黄昏ひりょ(
jb3452)は、なによりもまず捕らわれている仲間たちのことを思いやっていた。
「ま、やりようがないわけじゃあないさ。だろ?」
ラファル A ユーティライネン(
jb4620)がアウルの輝きを身にまとう。
トレードマークでもある、ペンギンを象った可愛らしい帽子が飛ばないよう、深くかぶり直す。
ケージの扉が開けば、そこにはおそらく敵が群れを為していることだろう。
到着した途端に戦いが始まる可能性は高い。
まずは、それを突破しなければならないのだ。
彼女だけでなく、他の仲間たちも全員、光纏を発動させていた。
撃退士たちは座席のある部屋を出て、ケージの乗降エリアへと移動する。
メタリックな扉には窓の類はついておらず、向こうはまだ見えない。
碧色をしたラファルの瞳が、ケージが開いていくのを確かめる。
手にしているのは白狼を象った日本刀だ。
浮遊タイプの機動兵器が視界に入った瞬間、ラファルは体内の機械を操作する。
彼女の全身は機械化されている。
天魔に襲われて、瀕死の重傷を負った時の名残だ。四肢のすべてと、体の何割か……それを天魔と戦う力へと、少女は変えたのだ。
もっとも、その力を今回は狂った機械たちとの戦いに使わなければならない。
細い肩から小さな機械音が響いて、ミサイルランチャーが出現。
ランチャーにはいくつもの赤い弾頭が並んでいる。
「多弾頭式シャドウブレードミサイル! 行っけぇっ!」
一斉に放ったミサイルが、接近してきた浮動兵器はもちろんのこと、その背後で攻撃態勢を取っていた人型機械をも巻き込んでいく。
爆炎が一つ巻き起こり、いくつも連鎖する。
熱い風が少女の肌を撫でると、腰まで届く金髪が舞い上げられた。
ミサイルの後ろを、ジョンが無造作に歩いて出て行く。
全身を淡いアウルが包んでいるが、手はポケットに突っ込んだまま。
火器を起動させた機動兵器群が、青年へと銃口を向けた。
それを、ジョンは金色の瞳で見下すように眺める。
蛇を思わせる冷たい瞳を、感情のない機械が恐れるはずはない。
にも関わらず、ジョンの視線は機動兵器の動きを止めた。
普段は抑えている悪魔としての威圧感が、物言わぬ機械さえも押しとどめているのだ。
「今のうちだぜ。さっさと出て来いよ」
背中越しにジョンから声をかけられて、撃退士たちが一気にケージから飛び出す。
「派手なお出迎えね! 燃えてきたわ!」
チルルが小さな体に似合わぬ巨大な両刃剣を振り回すと、人と同じ形をした汎用型の敵を1体両断した。
その後方から、弾丸と氷の刃が飛んだ。
刃はひりょが手にした護符から生み出されたものだ。そして、腰だめに構えたPDWでミハイルも浮遊する敵を撃ち落としていく。
正面から現れた敵を片付けつつ、撃退士たちが広大なエレベータホールへと降り立つ。
エレベータの乗降場所といっても、普通の建物でエレベータ前にある空間とは規模が違う。
どちらかといえば、電車の駅……いや、飛行機の発着スペースが近いだろうか。
休憩用の椅子なども並んでいたが、今は誰も座っていない。当然ロボットたちはそれを必要とはしないからだ。
最初に見えた敵は決して少なくはなかったが、それですら敵の一部に過ぎなかった。
左右からも浮遊機械が近づいてくる。
「近づけさせませんよ!」
文歌がステップを踏む。
BGMはどこからも流れてはこないが、慣れた動きがリズムを感じさせる。
もっとも、仲間たちに彼女の踊りを楽しむ余裕はなく、もっぱら機械だけがこの場での観客だ。
火花が生まれた。
舞い踊る炎が、右手側から近づいてくる物言わぬ観客たちへと襲いかかり、炎上させる。
「いちいち戦ってちゃきりがないな。突破するぞ!」
ミハイルが呼びかけた。
左手側の敵が攻撃態勢に入る。
一斉に放たれた光線に焼かれながらも、撃退士たちは発着スペースからの大きな扉を目指す。
両開きの大扉は閉ざされていたが、近づくと音もなく左右に開いた。
下手に閉ざしてしまえば、敵側の武器である機動兵器群も動きが取れなくなってしまうからだろう。少なくとも当面のところ、通行を閉ざすことで妨害するつもりはないようだ。
浮動砲台が追いかけてくる。
一斉射撃を仕掛けてきた敵が近づいてくるのに次いで、文歌が先ほど放った炎の中からも敵が現れた。
「奴らは俺が引き付ける、仲間達の事は任せたぜ。お前等死ぬんじゃねーぞ」
ラファルは脚部のローラーを起動した。
仲間たちが止める間もなく動けるタイミングを彼女は計っていた。
チリ1つない軌道上の学園の床と、高速回転する車輪の摩擦で火花が巻き起こる。
派手な動きと、彼女はわざと目立つように走り出した。
「心配するのはこっちのほうだよ。無理はしないで、ユーティライネンさん」
ひりょの言葉に、ラファルは不敵な笑みを返してみせた。
ラファルとは逆の方向へと、仲間たちが移動する。
「危なくなったらすぐ逃げてくださいね!」
文歌の声は、追ってきた浮動砲台たちの駆動音にかき消された。
わざと派手に床を削る音を立てたラファルを、機動兵器たちは期待したとおりに追ってきてくれた。
ラファルが敵をひきつけてくれている間に、他の5人には目指すべき場所があった。
「じゃあ、話してた通り、まずは捕まってるみんなを助けるわよ」
捕らわれて、エネルギー源として扱われている仲間たちを救出するのだ。
他にもなすべきことはあるが、まず最初にそれをするのが移動中に決めたことだった。
「敵は節約して動かなきゃいけなくなるし、私たちの戦力も増やせる。一石二鳥ってことですね」
「そういうことだぜ。実際、6人きりじゃ戦力が足りないからな」
確認する文歌に、ジョンがうなづく。
「捕まってる場所は偵察部隊の生き残りから聞いている。問題はどうやって移動するかだな」
「まっすぐ行けないのかしら?」
「行けるだろうが、なるべくなら見張り以外の敵とは戦わずにすませたいからな」
チルルとミハイルが言葉をかわす。
「敵の配置がわかってるわけじゃないんだぜ。慎重に行くしかないんじゃないか?」
「索敵が得意な人もいないからね。いつでも戦えるように警戒しながら行こうよ」
頷きあい、撃退士たちは周囲を警戒しながら行動を開始する。
ラファルと敵が引き起こす戦闘の音が、まだ遠くない場所から聞こえてきていた。
ラファルのペンギン帽子が、高速で学園内を駆け抜ける。
VMAXを発動した彼女は、アウルの輝跡を残してひた走る。
移動しながら、ラファルは事前に調べてきた見取り図を頭の中に思い返していた。
「目的が陽動だって気づかれちゃまずいからな。ダミーの攻撃目標が必要だ。さてと……」
当然ながら、エレベータのケージ内で一度は確認した情報だ。
再度思い出すのに時間はかからない。
「駐屯地……ってか、保管庫とでもいうべきかな? ま、とにかく敵が待機してる場所だ」
ロボット兵器といえども、常時起動して動き回っているわけではない。
なにがしか、拠点となるポイントがないはずはない。
ラファルが陽動のための目標に選んだのは、ロボットたちの待機所だった。
考える間も、攻撃は続いている。
周囲を連続して通り過ぎる。
ジグザグに移動して攻撃をかわす彼女は、決して足を止めないようにしていた。
「もうすぐだな。次の角を曲がれば……」
衝撃がラファルを襲ったのは、時だった。
前方から姿を見せたのは、凶悪な面構えをした巨大な兵器。
ホバー駆動の小型戦車から放たれた砲弾は、少女の体を吹き飛ばす。
無論、見た目に反してラファルの体は一撃で倒れるほど軟弱ではない。
吹き飛ばされたラファルはそのまま転がって、後方から追ってきていた浮遊砲台のレーザーを回避する。
「ちっ……行き先を遮ってきやがったな」
転がった先にある壁を蹴って、ラファルは跳ね起きた。
頭の中で再び見取り図を思い出す。
目的の場所へはもう少しで到着するはずだったが、どうやら回り道をせざるを得ない。
もっとも、敵の目をひきつけるのが目的なのだから、たどりつけなくても引っかきまわして時間を稼げればいいのだが。
追ってくる戦車を、まず引き離す。
脚部のローラーを回転させて、滑らかな廊下を駆け抜けていく。
ここは学園になる予定だった場所だ。実質的には要塞だが、学園としての機能も行き止まりの廊下なんてそうそうない。
1ブロック先にある十字路をラファルは曲がった。
さらに2回曲がれば、元のルートへ戻ることができるはずだった。
戦車の砲弾が、壁を打つ音が後方から聞こえてきている。
一気に回り込み、もともと進もうとしていたルートまで戻ると、戦車の砲塔が廊下の角から突き出ているのが見えた。
ラファルを見失って、戻ってきたのだろう。
前方にロボットたちの待機スペースが見える。
金色の髪をなびかせて、ラファルは加速していく。
後方から飛んできた砲弾が、少女の左右で爆発を巻き起こす。
何発目かの砲弾が、再び彼女の体を吹き飛ばす。
吹き飛ばされて転がって行く先は、幸運にも目的の場所にだった。
戦闘状況下にあるためか、幸いなことに扉は開いている。
ペンギン帽子が吹き飛ばないように抑えて、彼女は待機スペースへと転がり込む。
後方の戦車は、味方が集まっている場所に砲弾を叩き込むような真似は避けたようだった。急ぎ閉めた扉を、機銃弾が叩く音が聞こえた。
待機していたロボットたちの目に光が灯る。
両肩から再びミサイルランチャーが飛び出した。
彼らが動き出すよりも、ラファルのランチャーが火を噴くほうがわずかに早い。
部屋の中が爆炎に包まれる。
焼かれたロボットたちのどれだけが破壊され、どれだけがまだ動くのか、一目で見分けることはできなかった。
「ま、囮と時間稼ぎならこんなもんだろ」
ラファルは周囲を見回す。
AIの目であるだろうカメラが天井から突き出ているのを発見し、ラファルは跳躍した。
体に痛みが走るが、それをこらえて手にしていた日本刀を突き出す。
切っ先がカメラの1つを貫いた。
着地したところでよろめくが、足を止めている暇はない。次のカメラへ向かう。
目に付いたカメラを一通り壊して、ラファルは入ってきたのと別の入り口から待機スペースを出た。
「これで……俺の動きを見失ってくれるといいんだがな」
次にどこへ向かうのか、なるべくなら悟られたくない。
傷ついた体を引きずって、ラファルは動き出す。
その背後……燃え盛る炎の中から、動き出す影があった。
●
ラファルが陽動を行っている間に残る5人は目的の場所にたどり着いていた。
そこは、本来なら屋内運動施設が並んでいる予定だったエリアだった。
ここが選ばれたのはAIとロボットたちには、必要ない施設ということだろう。
(まあ、向こうにしてみれば、学生が生活するための空間なんて一切いらないんだろうね)
ひりょは心の中でそう呟いた。
機械には、人の心などわからないということなのだろうか。
施設のうち1つを、少し離れた場所から観察する。
廊下側の窓から見える内部には、棺桶に似たケースが大量に並んでいた。
どうやら、すべてが埋まっているわけではないようだ。いずれ、地上にいる撃退士たちもここに閉じ込めるために、余分に作ったということか。
内部を低温に保つためだろうか。
肌寒い空気が伝わってくる。
いや……それとも、人を眠らせて、電池のように使うという行いに対して、寒気を感じているのかもしれない。
火器を手にした人型のロボットたちは、まるで囚人を見張る看守のようにも見える。
「閉じ込められてる箱は頑丈そうね」
「けど、なるべく攻撃は当てないほうがいいだろ。見た目通り頑丈とは限らないぜ」
「同感だわ」
チルルとジョンが言葉を交わす。
戦車はいない。人型が3体と、浮動砲台が10以上。
3体のうち1体は入り口付近におり、残りは奥のほうで壁際に立っている。
敵の大半は浮動砲台で、人型や戦車は決して多くないことが、ここまでの戦いでなんとなくわかる。
クラリネットのマウスピースを口に当てて、文歌が入り口近くの1体へ狙いをつける。
ミハイルもストックを肩に当てて、同じ相手へと銃口を向けた。
ベルから放たれた衝撃波と、銃口から飛び出した弾丸とが、人型のボディを揺らがせた。
チルルが気合を上げて、突っ込んでいく。
「無茶はしないでね!」
「わかってるけど、無茶しないで突破できる状況じゃないのだわ!」
ひりょは声をかけながら、彼女と並んで共に走った。
巨大な剣の切っ先が機械の体を貫いた。背中から剣身が半ばほどまで飛び出している。
手にしていた太刀をひりょは振り上げる。
神聖な雰囲気を持つ太刀の刃は、実際のところ何かを切れるようなものではない。
だが、本来ならば何も切れないはずの刀身を、見る者が見れば液体が覆っているのを気づくことができただろう。
本来の剣身に水が覆いかぶさって、鋭い刀身を形作っているのだ。
ひりょは静かに太刀を振り抜く。
水の刃は、本物の刃さえも及ばぬ鋭さをもって、ロボットの首から右肩にかけてを切り裂いていた。
2人の足元で、ロボットが爆発する。
そこに飛来したのは浮動砲台たちだった。
7か、8か。一瞬で把握しきれない数の敵が2人を取り囲む。
「ちょうどよく集まってくれて、助かるぜ」
ジョンが黒い炎を吐いた。
炎は囲まれている2人をかすめるように、輪を斜めに食い散らす。
半数ほどの砲台が燃え上がった。
残っていた敵の一斉射が2人の体を貫いて床さえも焼く。
しかし、包囲が解かれたひりょたちが集中攻撃を受けたのはその1回だけだった。
燃える砲台を飛び越えてチルルとひりょは移動する。
「今のはちょっと危なかったわ。燃える展開ね!」
「チルルさんにも他のみんなにも、危ないことはなるべくしてほしくないんだけどね」
自分がするのは仕方がないが、仲間たちはなるべく安全に戦って欲しい……そうもいかないのは現状だけれど、本当にひりょはそう思う。
さらに床を穿って追ってくる何条ものレーザーから、ひりょたちは走って逃れる。
だが、熱い風が頭上を駆け抜けたかと思うと、それは収まっていた。
ジョンが先ほどと同じ攻撃を再び放って、残っていた敵を焼いたのだ。
離脱する間に、ミハイルと文歌は残る2体の人型をそれぞれ狙い撃っていた。
ライフルでロボットのほうも反撃している。
入り口の大きな扉を遮蔽に使って、2人はライフル弾を防いでいるようだ。
「あたいは右を片付けるから、左はお願い」
「わかった」
人間が閉じ込められている棺桶の間を走り抜ける。
部屋の一番奥まで抜けてから左へと駆け抜けて、ひりょは刃なき太刀を振り上げる。
ミハイルと撃ち合っている敵の背後をとった形になった。
ロボットの首が回転し、ひりょを見た。
「気づいているってわけだね。けど、銃は一丁しかないだろ!」
一気に突っ走り、敵を叩き切る。
胴体の半ばまでを切り裂くと、中で電子部品がスパークを起こした。
当然のように動きを止めた敵を、ミハイルのPDWで止めを刺していた。
もう一方の敵はと見れば、チルルがすでに両断している。
浮動砲台を手早く片付けた撃退士たちは、仲間たちが捕らわれているケースを覗き込む。
彼らは皆、深く眠らされているように見えた。
ケースは触れると冷たい。
「たぶん……人工的に冬眠状態にされてるみたいだね」
内部は極低温状態に保たれているということがはっきりとわかる。
しかし、幸いなことに本当に凍結しているというわけではないようだった。代謝機能を低下させて、必要な機能だけをAIが利用できるようにしているのだろう。
最低限の生命活動を維持するための、栄養や酸素はチューブで送り込まれる仕組みのようだ。
「温度を上げてやれば、目覚めるってことだな?」
「うん。多少時間はかかるけど、眠らされたばかりなら起きたらすぐに動けると思う」
「そりゃよかった。こいつらにもがんばってもらわなきゃいけないからな」
ひりょとジョンが会話する。
そのために、彼らはヒヒイロカネの中に持てる限りの予備武器を持ってきているのだから。
戦力不足を補うために撃退士たちが考えたのは、捕らわれている仲間たちに協力を求めることだった。
少なくともここには、彼らの数倍……いや、数十倍の戦力が眠っているのだ。
彼らのアウルが、この軌道上の学園を動かす原動力となっている。目覚めさせれば、戦いのバランスは一気に撃退士側に傾くだろう。
もっとも……事前に聞いていたとおり、それで一瞬にして方がつくとは考えられないが。
「まだるっこしいわね。熱湯をかけて一気に暖めるとかできないのかしら?」
「できるかもしれないけど、無理なことをすると危険かもしれないからね。一緒に戦ってもらえる状態じゃないと困るし……それに、みんなを無事に解放するのが一番大事だよ」
チルルの言葉に、ひりょは真面目な顔で答える。
「そうなの……難しいのねえ。結局、機械に考えさせると、ろくなことしないってことね」
「確かに、それは言えてるかもしれないね」
苦笑しながら、ひりょは冬眠解除の操作を始める。
見張りと、操作とを、交代で行っていく。
幾度か人型機械や浮動砲台が近づいてきたものの、先制攻撃ですぐに撃破することができた。
●
やがて、数十人の仲間たちが目覚めた。
準備してきた装備を、撃退士たちは目覚めた仲間たちに渡していく。
「無いよりマシだろ?それと、後で絶対に返せよ?」
ジョンの言葉に、受け取った少女が神妙な顔でうなづいた。
「マジな顔で受け取るなって。死ぬなって意味だぜ」
赤毛の悪魔は、肩をすくめた。
回復作業はまだ続いていたが、とりあえず戦力として使えるだけの人数にはなったと言える。
「レーザーを停止させたい。施設に詳しい者はいるか?」
ミハイルは目覚めた撃退士たちへと、そう呼びかけた。
「聖歌隊を結成したいんです。楽器の魔具を扱える人はいますか?」
それから、文歌が呼びかけた。
サングラス越しに彼女を見やってしばし考え、ミハイルは付け足した。
「聖歌隊と施設に詳しい者は、それぞれ別に申し出てくれ」
仲間を加えた後、ミハイルは他の4人とは別に行動する予定だった。
やらなければならないことは2つあったからだ。
AI『エターニア』を破壊することに加えて、この第二久遠ヶ原学園の切り札であるサテライトレーザーを止めなければならない。
そのためには、ここの設備に詳しい者の助けが必要だった。
すぐに手を上げるものはいなかった。
やがて、おずおずと1人が手を上げる。
「あ……僕と、こいつ、システム周りを作るのに参加してました。メインプログラマの人ほど詳しくはないですけど……」
さして特徴のない、大人しそうな少年が隣にいた茶髪の少年の腕をつかんで立ち上がった。
件のメインプログラマは、まだ眠っているか、あるいは撃退士ではないから別の場所にいるということなのだろう。
「いや、十分だ。よろしく頼む。できれば、他にも何人かついてきてくれ」
手を上げた2人を含めた撃退士たちに、持ってきた武器や防具を配布する。
とはいえ、準備してきたのは明らかに武器が多く、大半の者には防具なしで戦ってもらうことになったが。
「そちらは頼みます、ご武運を」
ひりょはそう告げると、風神の加護をミハイルや、仲間たちに与えてくれた。
「ああ、任せろ。うまくやるさ」
撃退士たちを連れて、ミハイルは移動する。
移動がスムーズだったのは、先ほど見つけた2人がルートを教えてくれたことによる部分が大きかった。
だが、目的地となるコントロールルームでの戦いは回避しようがなかった。
壁の曲がり角からわずかに顔を出す。
サングラスの向こうに見えるのは絶え間なく巡回する人型兵器と浮動砲台の姿。
今のところ発見はされていないが、時間の問題だろう。
「俺が道を開く。お前らはついてこい!」
PDWを腰だめに構えて、ミハイルは隠れていた壁の影から飛び出した。
銃口からミハイルが放ったのは銃弾ではなかった。
血のような赤と、禍々しい黒を帯びた鳥が、無数に飛び立つ。
鳥の形をしたアウルの塊は機動兵器たちに襲いかかる。
いや、鳥は敵を攻撃するだけではない。周囲に散っている黒の混じった赤は、ミハイルの姿を隠してくれていた。
隠蔽を受けた状態で、さらに弾をばらまきながらミハイルは走る。
背筋に冷たい感覚を覚えたのは、コントロールルームの入り口が見える通路へ飛び出した時のことだった。
轟音とともに襲ってきた砲弾をとっさに構えた盾で受け止める。
衝撃を受け止めきれずに、よろめいたミハイルを撃退士の1人が支えてくれた。
「……まずいな。でかいのがいたか」
入り口に陣取っていたのは、戦車タイプの巨大なロボットであった。
さらに、進路上には戦車をかばうように浮動砲台が飛んでいる。
「余力を残して勝てる相手かどうか……なんにしても、やるしかないな」
右目が赤く光る。
アウルを強く纏って、輝いているのだ。
視界に入った敵すべての位置座標が脳へと転写される。
頭の中で、高性能のプログラムが回っているかのように、『答え』が徐々に近づいてくるのを直感として感じることができた。
右手が持ち上がる。
確かに自分の脳が指令を出しているのに、何故かオートマティックで動いているようにも感じる。
引き金を引いた。
放たれたアウルの弾丸は、白と黒のグラデーションを描いて廊下を一直線に飛んだ。
途中、浮動砲台群をすべて貫いて破壊していく弾丸。
そのまま、吸い込まれるように戦車をも弾丸は貫いた。
「……やったか?」
しかし、呟いた直後に反撃は来た。
まっすぐに飛んできた砲弾を、ミハイルは再び盾を構えて受け止める。
楽に勝てるほど甘い相手ではないようだった。
「援護します。攻撃を続けてください!」
借り物の武器を構えた仲間たちが、散開して戦車へと攻撃を集める。
ミハイルは再びアウルの隼を周囲に放った。
その攻撃でもまだ戦車は壊れないが、動き出した浮動砲台たちはそれで片がつく。
「残りはあいつだけだ。一気に片付けるぞ。せっかく助けたのが無駄になるのはごめんなんでね」
アウルの力で強化した魔具で、ミハイルは敵を幾度も狙う。
一番大きな傷は、やはり最初に叩き込んだ貫通弾によるものだ。そこへ、銃弾を重ね続ける。
敵を倒すのに必要なのは一発逆転の秘策ではなく、確実に有利なポイントを重ねていくことだ。
学園に来る前、大人として普通に仕事をしていたミハイルにはそれがわかっている。
煙を上げ始めた戦車を見て、彼はシニカルに笑った。
「残念だったな。俺たちは、強敵との戦いは天魔で慣れっこでね」
内部から爆発し始めた敵から、ミハイルは冷静に距離を取る。
戦車の爆発は施設になんらダメージを与えてはいないようだった。
「すぐ戻るから、制御ルームに敵を近づかせるなよ」
システムに詳しいと言った2人だけを伴って、ミハイルはコントロールルームへと踏み込んだ。
無数のコンソールとディスプレイが並んでいる部屋。
いったい何のためにこれだけの機械が必要なのか、門外漢のミハイルにはわからない。
ただ、機械群が操作する者もいないままに、自動で制御されて動いている。
構えている銃は下ろさない。
案の定、スチールの机の陰に隠れていた敵を、現れた瞬間に破壊する。
「勝手に動いているが、外部から操作されているのか?」
「いえ、ここのシステムはスタンドアローンになっています。でも、プログラムを打ち込んで、席を離れても自動的に実行するように設定するなんて難しくないですから」
「なるほど。つまりは、止めればもう敵は手出しをできないってことだな?」
「そうですね。もちろん、またここに来て操作しなおせば別ですけど」
椅子の1つを引き、少年はミハイルに答えながら座った。
「止めればいいんですよね?」
「ああ、やってくれ。停止コードは聞いてきた」
「助かります。教えてください」
ミハイルが伝えた操作を、彼は迷いのない手つきで打ち込んでいく。
外で騒ぎが起こったのはその時だ。
まだ敵はここを取り返そうとしている。
「エッカートさん……」
「慌てるな。やるべきことをやるんだ。外の連中も、やるべきことをやってくれる」
冷静に告げるミハイルの前で、画面がめまぐるしく切り替わる。
やがて、全てが完了したことが、ディスプレイに表示された。
●
メタリックな学園の廊下に、音楽が響き渡る。
雄々しき角笛、穏やかなトロンボーン、透き通るようなソプラノサックス……笛系が多いようだが、キーボードや弦楽器の音も聞こえる。
雑多で統一感のない音をまとめあげるのは、文歌の歌声だった。
『絶対的アイドル』を目指している彼女は、歌や踊りでアウルを操ることを得意とする。
そんな彼女が皆に配るために用意してきた武器は、すべて楽器方のものだった。
この軌道上の学園を解放するために、文歌は『聖歌隊』を作ったのだ。
チルルやひりょ、ジョンから武器を借りた撃退士たちは、文歌の聖歌隊を囲んで周囲を警戒している。
向かうべき場所は学園の中枢、超AI『エターニア』がいるブロックだ。
中枢へ向かうルートは、救出した撃退士の中に知っている者がいた。
内部設備は変えられても、建物の作りまではいかにAIと言っても変更できるはずがない。
道中現れる敵も、彼らが集中攻撃を仕掛けて確実に撃破してくれる。
やがて、撃退士たちは最初の防護壁までたどりついていた。
たどり着いたそこで、文歌は目をみはった。
倒れているラファルの姿があったからだ。
その向こうには、破壊された戦車の姿もある。
合流するためにここまで来て、相打ちになったようだった。
「ラファルさん!」
「待って、すぐに治療します」
ひりょが文歌を制して駆け寄り、治癒の膏薬を生み出して塗りつける。
「ちっ……ざまあねえな。悪いが俺はここまでだ……帰りにでも拾ってってくれよ」
少し回復したラファルが、自嘲気味に告げる。
「できればこのまま連れて帰りたいところだけど……そういうわけにはいかない、よね」
ひりょが悔しげな声を出す。
目の前には敵につながる道があるのに、引き返すわけにはいかないのだ。
武器を戦鎚に持ち替える。
そして、悔しさを叩きつけるかのように、思い切りひりょはそれを振り下ろしていた。
文歌は聖歌隊の仲間たちを振り返る。
「みんな、歌と音楽の力で、壁を壊しましょう! 壁の向こうに届くくらいの声で、歌ってください!」
聖歌隊が音楽を演奏し始める。
彼らの伴奏に合わせて、文歌は歌い始めた。
きっと、心無き機械にも歌が届くはずだと、そう信じて彼女は歌う。
(AIに自我が宿ったんなら、歌の素晴らしさで改心するはず!)
彼女の意思を支えているのは、根拠のないそんな想いだった。
信じていれば思いは叶う。思いを込めれば不可能は可能になる。
結果はそう甘くはないかもしれないが、やってみなければわからないのは確かだった。
壁の向こう、機械の親玉へ届けとばかりに、高らかに響く歌声。一念の賜物か、聖歌隊の演奏が防壁を押しやって、徐々にその全体を凹ませていく。
歪んでいく壁面へと、他の仲間たちがいっせいに攻撃をしかけた。
文歌の歌もサビの部分に差しかかり、曲が一気に盛り上がる。
歌声が最高潮へ達した瞬間に、第一の防壁は完全に砕け散った。
「まずは1枚目! 私たちの歌も、もっと先まで届かせてみせますよ!」
そう叫んで、文歌は2曲目を歌い始めた。
2枚目、3枚目の防壁も、撃退士たちは無事に破壊することができた。
追ってきた機動兵器たちも、戦力がそろっている状況ではさして脅威にはならない。
ジョンが炸裂符で蹴散らして、仲間たちが止めを刺していた。
少し広い部屋にたどり着いた……その瞬間のことだった。
床が揺らぐ。
地震のはずはない。ここは大地から遠く離れた場所だ。地面とは一本の線でつながっているばかりで、地面の揺れは決して伝わってくることはない。
なにが原因なのかはすぐにわかった。
前方で床が開き、巨大な竜が姿を見せたのだ。
「出てきたみたいね。あれがラドンって奴かしら?」
チルルが恐れる様子もなく、大剣を構える。
「間違いなくそうだろうな。厄介な話だぜ」
ジョンが前置きもなく炸裂符を放った。
機械の竜の表面で、いくつもの爆発が起こる。
痛みというよりは、怒りを覚えた様子でラドンが吼えた。
「こいつを片付ければ、ようやく中枢だ! みんな、あと一息だよ!」
ひりょの周囲に出現したのは、無数の火の玉だった。
解き放たれた火の玉は、竜を取り囲むように展開して、表面を燃やす。
「精密機械なんだから、高温にさらされれば動きだって鈍るだろ!」
果たして機能が下がったのかどうか。首を振り回して、竜は炎を撒き散らす。
得物を水の剣に持ち替えると、ひりょは炎の下をくぐって巨大な敵へと果敢に切り込んでいった。
「でっかいのが出てくると、クライマックスって感じになってくるわね! 地球の運命はあたいたちにかかってるわ!」
チルルも大剣を思い切り振り回している。
まるで、危険を感じる機能をどこかに置き忘れてきたかのような突撃ぶりに、ひりょは思わず心配になった。
だが、残念なことに心配をしている暇はない。
聖歌隊と文歌の歌が、後方から援護してくれる。ジョンの炸裂符もだ。
ラドンの周囲に護衛らしきものがいない理由はすぐにわかった。全身をのたうたせて暴れまわる竜の動きは、味方といえども避けきれるものではないのだろう。
実際、ついてきてくれた撃退士たちは炎に取り巻かれ、あるいは機械の体になぎ倒されている。
それでも退く様子がないのは、彼らもまた撃退士だからだろうか。
文歌がアウルの鎧を歌声で編み上げて、チルルとひりょに纏わせている。
ジョンは巨大な斧槍へと武器を持ち替えていた。
巨大な敵を倒すには、巨大な武器が必要。効率を考えれば他に選択肢はない。
全力で振り下ろした斧槍が、竜の体をぶつかりあって火花を散らせる。
裂け目から電子部品が並んでいるのが見えた。
スパークする自らの体を、敵が省みる様子はまるでない。
あるいは本物の竜よりも頑丈なのかもしれないと、そんな思いを撃退士たちに抱かせる。
ラドンの口から、激しい炎と吹雪が同時に部屋中に撒き散らされた。
ジョンも全身に吹雪を浴びる。
だが、ダメージを受けたことはジョンの浅黒い顔には表れることはなかった。
痛みも怒りも憎しみも、決して表に出すことはないと、彼はそう決めていたからだ。
平気な顔をしていてもダメージは決して軽くない。
それは、敵の側も同じなのだろうか。機械である敵は撃退士たちの猛攻を受けようと、顔色を変えることはない。どれだけ弱っているのかわからなかった。
慣れない武器の使い手を集めても、ザコの相手ならともかく強敵には勝てないのかもしれない。
「さすがは最終防衛兵器って奴だな……厄介なもんだぜ」
何かするならば、今のうちだとジョンは判断した。
斧槍を構えたまま、チルルへと飛ぶ。
「チルルさんよ、見た目は元気そうだが実際どうだい?」
「もちろん、元気いっぱいよ!」
「それじゃチルルにしとくか。軽いから投げやすそうだしな」
背後から少女の体を抱えたジョンは、爆発の魔法陣を周囲に描き出した。
ラドンへと爆風が襲いかかる。だがジョンの狙いはそこではない。
ジョンとチルルの体が、爆風で浮き上がった。
空中で彼女の体を抱えたままで回転する。
「行ってくれ! 後は頼んだぞ…!」
そして、ジョンは少女をラドンの頭を超えて投げ飛ばした。
「わかったわ! ここは任せたわよ!」
チルルの体がラドンの部屋の出口へと飛んでいく。
灼熱の炎が再びジョンの体を舐めたのは、その時だった。
小さな体が竜を超えていく。
投げ飛ばされたチルルは、空中で体を一回転させて床に着地した。
ウシャンカが落ちないように、しっかりと抑えている。
背後で続いている戦いを顧みることなく、チルルは扉のない扉へと飛び込んでいく。
そこは細長いシャフトになっていた。
重力の弱められたシャフト。
ゆっくりと、チルルの体は落下していく。
シャフトの底には、巨大なディスプレイがあった。
画面の中には人影がうっすらと見えている。
「AIみっけた! 覚悟ー!」
不敵に笑ってチルルはディスプレイへと叫んだ。
「何故抵抗するの? 私はただ、効率よく天魔を倒そうとしただけなのに……」
歪んだ表情を浮かべた女性がチルルを睨みつける。
残念ながら、聖歌隊の歌が心に届いている様子はないようだ。
「あんたのその考えが、あたいたちには有難迷惑なのよ!」
切って捨てる少女の言葉が、機械には理解できないようだった。
もしかすると、とうにそんな説得は何度もなされたのかもしれない。
もっとも説得したかどうかとか、細かいことを気にするチルルではない。
巨大なディスプレイの陰から、浮動砲台が浮き上がった。
「邪魔よ!」
身体よりも大きな大剣を高々と振り上げる。
チルルの周囲に、その刀身と同じ巨大な刃が無数に現れた。
刃は護衛の砲台ごと『エターニア』が浮かぶ画面を切り裂いた。
「無駄よ」
ディスプレイも、画像も、揺らぎはしなかった。
AIから離れた位置を飛んでいた砲台が集まって、再び護衛につく。
冷たい言葉と共に光が放たれる。いや、それは無数の光線だ。目もくらむ輝きに見まがうほどの、大量の光線がディスプレイの四位から飛び出したのだ。
壁に乱反射してチルルに襲いかかる光線。
おそらく、この部屋にいる撃退士全てに襲いかかったことだろう。チルル1人だったのがよかったのか悪かったのか。
とっさに呼び出した氷に覆われた盾で防ぐが、防ぎきれる数ではない。
体の内部を焼かれる不快な感覚と、こみあげてくる何かを必死でこらえる。
「これくらい、ちょうどいいピンチだわ! 世界を救うんだもの。簡単に終わっちゃ……つまらないわ」
床に刃を突き立てて、再び無数の刃を呼び出す。
乱舞するそれは、再び集まった砲台ごと敵を切り裂く。
「まだ頑張るのね。無駄なのに」
嘲り笑うその声は、とうてい機械の声とは思えなかった。
周囲を飛ぶ敵は無力化できるが、肝心の敵はなかなか倒せない。
だが、護衛を必要とするという事実が、先ほどの機械竜ラドンほどには強くないことを物語っている。
床を伝って、電撃がチルルを襲う。
感電し、こわばる体を気力で無理やり立ち上がらせて、チルルは大剣をまっすぐに向けた。
床を力強く蹴って、画面に切っ先を押し付ける。
押し返し、画面が光を放つ。
それでもなお、チルルは刃を引かなかった。
銃声が聞こえた。
そして、歌声もだ。
結界がチルルを守り、矢が画面を射抜く。
他にも無数の攻撃がエターニアを狙っていた。
振り向くと、ラドンと戦っていた仲間に加えて、ミハイルや彼に同行していた者たちもいる。
「チルルさん、大丈夫?」
ひりょが問いかける。
「ヤバイとおもったんだがな。増援のおかげでなんとかぶっ壊せたぜ」
「一気に片付けるぞ」
ジョンやミハイルが言った。
「まだ諦めませんよ! 聖歌隊の皆さん、歌いましょう!」
文歌の歌声が、無機質な中枢部を満たしていく。
「ピンチになったら仲間が駆けつけてくる。これはもう、絶対負けはないパターンよね!」
チルルが力を込めると、切っ先に押されて画面にヒビが入った。
「馬鹿な……そんな……はずが……」
撃退士たちの攻撃がヒビに集中し、やがて、悲鳴と共にそれは砕け散った。
――往路がたった6人きりだったケージは、地上に降り立った時にはその100倍もの人数となって、歓喜のうちに迎えられた。