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コンビニを出た2台の車は、まっすぐに目的の峠へと向かった。
天魔が出現するので迂回するようにうながす看板が、やがて見えてきた。車はその看板を無視して先へと進んでいく。
他に峠に車はない。
地元の警察に、撃退士たちが戦っている間は峠道を封鎖するよう依頼してきたので、おそらく後続の車は来ないはずだ。
もっとも、手続きや準備である程度の時間がかかるようだったので、とりあえず廃車になる予定の車だけ借りて出てきたのだが……。
「コンビニでなにを買ってきたんだ?」
2台のうち、後ろ側に位置する車の中で撃退士の1人がミハイル・エッカート(
jb0544)に問いかける。
「花と線香と酒と菓子。事故現場でこういうのが置いてあるのをたまに見かけるからな」
コンビニの袋に入れたまま、それを助手席の前にあるボックスへしまっておく。
使うのは戦いが終わってからだ。
「お供えか……そうだな。
「事故を起こす……? 自分、が……事故で……亡くなったから? それだけじゃない気がする。興味は無い、けど……何だか、気になる、よ」
一ノ瀬・白夜(
jb9446)は淡々とした口調で呟く。
「単に泣いているだけかもしれん」
指摘したのは鴉乃宮 歌音(
ja0427)だった。
「バンシーの原点は近くに死ぬという人間がいる場所で死を悲しんで泣く妖精だ。それ故に死を呼ぶと言われるがバンシー自体はただ泣いてるだけに過ぎん」
歌音は見た目に似合わない落ち着いた声音で語った。見た目は若い少女のようだが、れっきとした大学生だ。
「まあ今はサーバントだし似せただけで必ずしも伝承通りにはならないのが常だが」
推測することしかできないが、他に何かいる可能性は高いと考えるのは歌音だけではない。
そろそろ峠の入り口は封鎖されているだろうか。
進んでいく撃退士たちの車とすれ違う他の車は今のところなかった。
「美女とドライブなんて役得役得♪」
もう一方の車のハンドルを握るゼロ=シュバイツァー(
jb7501)は、天魔がいる場所へ向かうのに、緊張を見せる様子はない。
「役得……ですか?」
隣に乗っているロングヘアの女性が問いかけてきた。
「不謹慎やったかな? ま、気負わず行こうや」
色黒の顔には不敵な笑みが浮かんでいる。
「気負わずに……そうできればいいのかもしれませんねぇ〜。ですがぁ……」
神ヶ島 鈴歌(
jb9935)は曲がりくねった峠道の先をながめる。
まだ天魔の姿は見えない。
警察に協力を求めに行った時に、鈴歌は件の親子についても聞いてきていた。
借金がどうしたとか、とてもありきたりで……だからこそ、なおさら幼い命が失われたことが悲しい話だった。
「……可奈ちゃんは……きっと……」
きっと……その先は言葉にならずに、鈴歌はただ彼方へと視線を送った。
「自分のせいじゃないことで2度も殺されなきゃいけないってどんな気持ちなんだろうね」
夏木 夕乃(
ja9092)は、二の腕までを覆う黒手袋をはめた腕を窓枠にかけている。
「事故にあった少女の想い、それを利用し多くの事故を引き起こしているなんて……何としても少女を解放しなくてはいけませんね」
静かに前方を見つめるユウ(
jb5639)は、けして少女の姿を見逃すまいとしているようだ。
そして、事故が起こっている崖が近づいてきた。
もう1人、別の場所で車を走らせているのは佐藤 としお(
ja2489)だ。
彼は敵を挟み撃ちにできるよう、反対側の車線をさかのぼって現場に近づいていた。
回り道になるため時間はかかったが、峠が封鎖されているなら問題にならないはずだ。
もっとも、時間がかかった分、心ははやる。
「早くなんとかしてあげないとな……」
としおには少女が死んだときの光景が想像できるような気がしていた。
大好きな家族と楽しいドライブ、子は親を無条件に信じている。
きっと、窓の外を飛ぶように後ろへと過ぎ去っていく木々を、楽しそうにながめていたのだろう。
(それが無理心中とは……)
彼は小さくため息をついた。
ゼロは崖のそばに少女が立っているのを確認した。
崖から距離を取って車を止め、慎重に車から降りる。
後方の車でも撃退士たちが扉を開ける音が聞こえていた。
としおの車も停止している。
外に出た彼はかけていた眼鏡を外して、宙へと放り投げる。
ヒヒイロカネから武具を取り出して、撃退士たちが臨戦態勢に入ったのを見ると、少女の口から悲痛な悲鳴が響き渡った。
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鈴歌は、車の中で悲鳴を聞いて顔をしかめた。
彼女よりも幼い少女の声が、聞いていられないほどの悲しみがこもっていたからだ。
「悲しい叫び……女の子は涙より笑顔が一番なのですぅ〜!」
ドアを透過して外へ飛び出す。
そのまま、顕現させた翼で彼女は飛翔した。
白夜やゼロ、ユウもすでにそれぞれ空を飛んでいる。
「おう、そこの娘、こんな馬鹿なことは終わらせてすぐに楽にしてやるからな」
ミハイルが光の銃弾を放っている。
上空から状況を確かめてから、鈴歌は銃弾を受けたバンシー……いや、可奈へと接近する。
「可奈ちゃん……本当は家族ともっと一緒に居たかったですよねぇ〜……」
それなのに、彼女は悲しみの底へ引き込まれた。しかも独りで……。
きっと、聞く限りでは楽な人生ではなかっただろう。それでも、父親と母親が元気でいて、一緒に暮らしているならば……。
彼女が泣いているのは、もう両親に会えないからなのかもしれない。
だが、どれだけ悲しくとも、戦わないわけにはいかないのだ。
大鎌を振り上げ、鈴歌は力をこめて思い切りなぎ払った。
バンシーとの戦いを開始しながら、しかし撃退士たちはバンシーだけを警戒してはいなかった。
事前に他の敵がいるかもしれないという可能性は聞いていたが、状況を聞いた限りでは事実である可能性が高いのではないかと考えていたからだ。
歌音は軽い射撃音とともに赤いアウルをバンシーへと撃ち込んだ。
猟師をイメージしての攻撃は、ダメージを与えることはない。ただ、10分の間彼女の居場所が歌音には手に取るようにわかる。
「まずはこれでいいね。次は……」
頭の中を切り替え、別なイメージを浮かべる。
自らがオペレータになったことをイメージして、コンソールに指を走らせるように手を動かす。
周囲には青色の光が浮かんでいた。
あたかも、歌音が無数のモニタに囲まれているかのように。
としおやユウも同じように周囲を探っているようだった。
「隠れてないで出て来いっ!」
周囲を見回しながら、としおが鋭く声を放つ。
彼と、そして歌音の視線が崖の方でほとんど同時に止まった。
ガードレールの陰に隠れている『生物』がいることを発見したからだ。
「……蔦が動いてる」
正確にはガードレールの陰ではなく、崖の陰というべきか。
そして、隠れていたというのも実際には正確ではないかもしれない。
「気をつけろ、崖一面に蔦がはりついてる」
少し下った場所にいるとしおのほうが、敵の姿がよく見えているようだった。
「一面……全部がサーバントなのか? 夕乃、気をつけろ。そっちに行くぞ」
動じることなく歌音は蔦の動きを見極めて仲間に声をかける。
蔦が狙っているのは戦いながら徐々に崖際に移動していた夕乃だった。意図的に狙われるつもりで近づいていた節もある。
無数の蔦が、一気にガードレールの陰から飛び出していた。
白夜は仲間たちが探索している間に、バンシーへと金属製の糸を飛ばしていた。
少女の姿をしたサーバントへ、容赦なく糸を巻きつける。
仲間たちの多くは多寡はあれど彼女に同情しているようだが、感情の希薄な白夜はそうではない。いや、仮に同情していたとしてもそれを表に現す術を彼は知らなかった。
観察していた限りでは、バンシーは悲鳴を上げる以外のことはしていない。
「悲鳴を……攻撃の合図に……してたみたいだね」
獲物が近づいてきたことを知らせる役を、バンシーは果たしていたのだろう。
首に巻きつけて金属糸を巻きつけて、締め上げる。
バンシーが悲鳴を上げて、脳が揺れるような衝撃を白夜は感じた。
「喉を潰しても……金切り声をあげられるみたいだね……。それとも……まだ、絞め方が足りなかった……かな?」
ダメージを受けつつも、淡々と白夜は敵を評価する。
「うるさい子にはおねんねしてもらおうかいな!」
漆黒のアウルを纏ったゼロがバンシーへ接近した。
体からごく小さな氷の結晶が散り、そして冷気を帯びた漆黒が広がる。黒に捕らわれたバンシーの動きが、鈍っていった。
ユウが頭上から黒いもやとともに打ち下ろした弾丸も、バンシーを確実に命中した。
バンシーとの戦いを任せて、白夜は敵を発見したらしい仲間たちのほうへと向き直る。
攻防の間に、夕乃が蔦に捕らわれていた。
としおはライフルを彼女のほうへと向けた。
蔦の動きはさして早くはないが、代わりに数が多い。大量の蔦が追われて、夕乃は逃げ切ることができなかった。
「あんな小さな子を操って利用するようなサーバントには、容赦はしない」
まず、夕乃を縛っている蔦を狙い撃つ。
としおの援護もあってか、夕乃は蔦から逃れる。
「助かりました。ありがとう!」
飛びのいた夕乃は無数の腕を呼び出して、なおも攻撃を追ってくる蔦を捕らえさせる。
白夜も加わって、動きの止まった蔦へ仲間たちが攻撃をしかけていった。
手にしていたライフルだけではなく、としおはすべての火器を周囲に展開する。
(……友達には、とてもなれそうにないな)
銃口を崖へ向けると、一斉にすべてが火を噴いた。
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白夜やゼロの攻撃を受けると、バンシーは青白い顔に涙を浮かべた。
泣きはらしたその姿のまま、少女の姿がゆっくりと上昇していく。
「逃げちゃいます! 誰か止めてください!」
「大丈夫ですよぉ〜。任せてくださいねぇ〜」
「こっから先は通行止めや。逃がすと思うなよ?」
鈴歌やゼロがバンシーの進行方向に回り込み、サーバントの動きを止める。
歌音が弓を構える動きをする。鋼の色をした矢のようなアウルを打ち出すと、バンシーはガードレールの上へと落下した。
「もういいんだよ、もうおやすみ」
あわてて起き上がろうとするバンシーに夕乃は声をかけた。
足元に、夕日の赤に輝く瞳の図形が現れる。
魔女の箒を構えて、彼女はバンシーへ向けて炎の塊を飛ばす。
炎に包まれながらも、なお少女は逃れようと爪を振り回していた。
ユウは上空から少女を見下ろしていた。
生き延びようと必死になる彼女のためにできることは、一刻も早く解放してあげることだけだ。
鈴歌へと突撃し、敵は鋭い爪を突き立てようとする。
「可愛い顔に涙は似合わないのですぅ〜……」
高速で護符を振るい、衝撃波を飛ばす。
ゼロも鎌を振るって少女の胴を薙ぐ。
「もう、眠りましょう」
得物を狙撃銃に変えると、ユウは弾丸にアウルを集中した。
引き金を引く。
黒い霧をまとった弾丸が頭上からバンシーを貫き、サーバントは浮く力を失って落下していった。
バンシーとの戦いが終わっても、大量にはびこった蔦は尽きる様子がなかった。
ゼロは崖の向こうへと飛び出していた。
崖に緑色の顔がはりついているのが見える。
それはあたかも死の苦痛に顔を歪めているように見えた。
「苦しそうな顔やな。けど、人を殺しといて、自分が苦しそうな顔されても困るわ」
巨大な漆黒の大鎌を振るい、崖にはりついた蔦を切り飛ばしていく。
うごめく蔦が空中へと伸びてきてゼロを狙ってくるが、としおが銃を撃って勢いをわずかに弱めてくれた。その隙に距離を取って回避する。
白夜がアウルの力で大量の土を作り出して、蔦へと降り注がせていた。
「女の子捕まえて悪事の片棒担がせるとは、なかなかの下衆じゃないですか。……楽に死ねると思わないでくださいね?」
怒りをこめた笑顔で宣言し、夕乃が炎でサーバントを焼き払う。
歌音もガードレールから身を乗り出して攻撃をしかけていた。
崖の上部に生えている辺りから、蔦は撃退士たちの攻撃によって消えていった。
飛びながら攻撃している者たちが降下していき、だんだんと戦場は崖下へ移動していく。
ミハイルが崖の下を覗き込んでいる。
「敵はかなり下のほうまではびこってやがるな」
「降りるか? こいつを使ってええで」
用意してきたロープの先端を、ゼロはミハイルへと放った。
「……ありがたく使わせてもらおう」
ミハイルは崖の下へと降りていく。
「歌音と夕乃も、攻撃が届かんようになったら遠慮なく言ってええよ。ああ、としおもな」
上空ではゼロが飛行能力を持たない仲間に声をかけている。
ロープを手放し、両足だけでなく片手をついてミハイルは衝撃を殺した。
崖下は森になっていたが、蔦はその一番下までしっかりとはりついている。
その根っこの部分になにかがある。
「これが大元……か」
半ば地面に埋まった人の骨。蔦はそれに絡み付いている。探知してみたが、天魔ではなくただの死体だ。あくまで天魔と化しているのは蔦のみ。
死者の恨みを吸ったか、それとも恨みが蔦を育てたか。
省みられることのなかった死体が、蔦のサーバントを生み……少女を手先としたのだろう。
「無念だったのかもしれんがな。子供になんてことさせやがるんだ。趣味悪いぜ」
アウルを無数の彗星へと変える。
仲間たちが降下しながら、蔦を消し去っていっている。
彗星を降り注がせて、ミハイルは残った蔦をすべて押しつぶしていた。
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ガードレールにはたくさんの花とワンカップの酒、お菓子が備えられていた。
線香から静かに煙が上がっている。
花はとしおや鈴歌、ユウも用意していたので、ミハイルが買ってきた分とあわせてけっこうな数になる。
「悪趣味なヤツは倒したぜ」
ミハイルがもういない少女へと語りかけた。
「これまでの犠牲者の魂は天界に吸収されちまったか、まだ漂っているのか分からんが、安心して眠れよ」
「……どうか生まれ変わった世界では幸せな人生を送れますようにですぅ〜……」
鈴歌が祈りをささげている。
ユウやとしお、夕乃も静かに目を閉じて、それぞれに少女や犠牲者のために祈っていた。
他の者たちも祈るまではせずともそれを邪魔するようなことはしない。
皆が目を開けてから、ゼロは車に乗らずに歩き出した。
「どこに行くつもりだい? 自信あるみたいだから、帰りも運転してくれるのかと思ってたけど」
「帰りは運転任すわ♪ 俺は野暮用あるんでな♪」
片手を上げて、ゼロは歩き去る。
同じように天魔と化した蔦がないかどうか、念のため確かめるつもりだったのだ。
(ま、なにもないならないで、自然を感じるのもたまには悪ないやろ)
背を見せたまま、高く上げた手を振って、ゼロはのんびりと歩いていった。