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とある寮の一室で、少年と青年は言葉を交わしていた。
「いや、僕は本当にすごいと思ったんですよ」
「は、はぁ……ありがとうございます」
エイルズレトラ マステリオ(
ja2224)の言葉に困惑顔だった平岸青年の表情に照れが混ざる。
感銘を受けた理由が『世の中にはこんなあほなことを考える輩がいるのか』というものだと知れば、はたしてどんな顔をしただろうか。
少し照れた様子を見せた後、平岸はまた疑問を顔に浮かべる。
戸惑うのも無理はない。自分を呼びつけた欧州系の顔立ちをした華奢な少年が、なぜか編笠をかぶり僧衣に似た和装を身につけているのだから。
「さあ、それじゃあ出かけましょう!」
僧形の少年は、さわやかに言った。
しばし後……。
「仁五兵衛〜、仁五兵衛〜、鈴が〜鳴る〜」
そんな怪しげな経文を唱えながらエイルズレトラは町を歩いていた。
「あ、あの……それはいったい?」
当然の疑問の言葉を平岸が問いかける。
――仁五兵衛祭。
昔々、榊仁五兵衛(さかきじんごべえ)なる男がいた。
ある年の暮れ、仁五兵衛は彼女が出来ないことを悲嘆し川に身を投げたが、それから夜な夜なリア充カップルの前に化けて出ては祟るようになったという。
やがて仁五兵衛の噂が広まり、鈴の音で悪霊を払うという徳の高い僧侶に懲らしめられた
以来、毎年暮れになると、撃退士は鈴の音を鳴らして練り歩くようになった。そして、リア充カップルと出会うごとに、仁五兵衛に悪さをされぬようお経を唱えるようになったという……。
本当にそんな伝承が存在するのか。
疑問を頭に渦巻かせている間に、エイルズレトラはリア充カップルを発見して平岸を引っ張っていく。
「ナンマンダブ、ナンマンダブ」
両手を合わせてリア充カップルへと祈るエイルズレトラと、不審な視線を送ってくるカップルを幾度も見た平岸は、とりあえず自分も手を合わせた。
もちろんカップルはより不審な目つきをするばかりだ。
カップルを見かけるたびに同じことを繰り返す。
……エイルズレトラが編笠をかぶっているおかげで、カップルたちに正体を知られたのは平岸だけだったが、そのことに気づく余裕は最後まで彼にはなかった。
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レンタルスペースでは集まった撃退士たちがパーティの準備を始めようとしていた。
「クリスマスのパチモン? と言ったら『諸人こぞりて栗よーかんパーティー』だろ、常識的に考えて」
虎落 九朗(
jb0008)が言った一言に、美園夜澄は首をかしげた。
「ごめんね、ボクはちょっと聞いたことないや」
「……え、常識じゃ、ない、だと……? そうか、マイナーなのか……」
「ごめん。いや、きっとボクが知らないだけだよ」
慌ててフォローする夜澄の言葉が、逆に九朗の心に突き刺さる。
「……まあ、いいさ。鍋でもつつこうぜ」
「鍋はいいわよね。あたいも手伝うわ!」
雪室 チルル(
ja0220)が元気いっぱいに言った。
料理は最近いろいろな仕事で経験している。
以前よりはまともにできるようになってきた……はずだ。
「鍋は、人数が人数だし何種類かあっても良いよな。水炊き・味噌・醤油・キムチ・カレーの5種類辺りがあればいいか? ……流石に多すぎっかな」
九朗が作る鍋について頭をひねり始める。
「ま、いいか。残った時ゃ、おじやにしてタッパーに詰めて持ち帰りゃ良いだけの話だよな。あ、味噌はバター入れるか? それともそのまんま?」
ただ、学生のパーティにしてはちょっと複雑に過ぎる。
「ん? 鶏の水炊き一種で良い? や、俺はどっちでも構わねぇぜ」
「決まったようですから、あたしもお手伝いさせていただきますね」
一見して小動物系といった様子の小柄な少女が、手伝いを申し出た。
赤紫の着物をまとい、黒っぽい鹿模様の帯を締めている。
「おう、よろしくな。鍋はこれでいいとしてえーと、それからケーキ代わりが饅頭タワーと練り切りの飾りか。豪華だな」
小鹿 あけび(
jc1037)の言葉に、片手を上げて九朗が応じる。
チルルや他に何人かをともなって、九朗は買い出しに出かけていった。
残った者たちは、パーティのための飾り付けをはじめていた。
「美園様も手伝ってくださるですの?」
「うん。平岸君も手伝うって言ってたんだけど、遅いね。なにかあったのかな」
城里 万里(
jb6411)に問われて、リア充との戦いなど知る由もなく夜澄がうなづく。
「クリスマスリースやモールの代わりに、折り紙で飾りを作ってみようと思いますの」
「いいんじゃないかな。折り方を教えてもらえたら、ボクも手伝うよ」
色とりどりの折り紙を準備する万里に夜澄が言った。
「和風か……花吹雪でも作るか?」
思案顔を見せているのはアイリス・レイバルド(
jb1510)だった。
職人系撃退士である彼女にとって細かい装飾は大得意で大好物だ。時間は短いが、十分な細工を作り上げる自信がある。
「それと、もみの木代わりに松ノ木の装飾でも作るか。企画からして台無し感が漂うが、受けたからには全力で挑むのが淑女というものだ」
いつも通りに無表情だが、服装はいつもと違う。
クリスマスらしからぬ服装をしようという趣旨に答えて、和服を着ていたからだ。
万里も山吹色の地に、菊の花車をあしらった服を身に着けている。
ただ、いつも黒一色の服装でまとめているアイリスは、和服を着る場合にもやっぱり選んだのは黒だった。
むしろ黒以外を着るつもりは最初からないのだろう。
アイリスは無表情に、松ノ木に精緻な飾り付けを施していた。
万里は折り紙をたくさん折って、それを窓や扉、門松や天井へ貼り付けていく。
「これは、こちらでよろしいですか?」
「そうですね、よろしくお願いします、マーヴェリック様」
華子=マーヴェリック(
jc0898)も万里の飾り付けを手伝っている。
万里が作る折り紙は、どうやら七夕の飾りをイメージしているようだった。
「打倒リア充ではなく打倒クリスマスというのが、チキンなはずなのに壮大な計画になってますの」
「そうですわねえ……なにかよくわからないことになっていますが、皆さんが楽しめたら良いと思います♪」
万里の言葉にうなづきながら、青い髪のハーフ天使は楽しげに部屋の中を動き回っていた。
……提灯や笹つづり、輪っかつづりなどが彩る部屋の一角にそれはいつの間にか鎮座していた。
憤怒の表情を浮かべた仁王像。
クリスマスの飾りではないのだが、それはそれとして一種異様な雰囲気を感じさせる。
何故なら像にはいくつもの呪符が吊るされていたからだ。
符にはなにか赤で文字が記されているのだが、すべて血文字で書かれているようで、仁王像の周囲には血臭がただよっている。
「さあ、これで完成なのだわ」
天道 花梨(
ja4264)はわら人形を像に打ち付け、『しっとツリー』を完成させていた。
そのそばにはハロウィン風に飾り付けられた棺(
jc1044)がひっそりと置かれている。
ようやくたどり着いた平岸が、その一角に目を向けた後、見なかったふりをして目をそらした。
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こたつの天板の上に鍋が並ぶ頃には、とうに窓の外は真っ暗だった。
「鍋をみんなで突くのなら、やっぱりこたつなのだわ!」
花梨がそう言い放ったので、和室用のこたつを皆で囲むことになっている。
もちろんこたつの必需品であるみかんも完備だ。
用意された鍋はしっかりと昆布で出汁をとった本格的な水炊きだった。人参、大根、ネギや白菜が煮えたスープの中に、一口サイズの鶏肉が浮いている。丸い塊は鶏肉で作った団子のようだ。
炊飯器の中に入っているのは、五目炊き込みご飯。
ケーキの代わりは、シュータワーのように円錐状に盛られた饅頭タワー。九朗とあけびが積み上げたものだ。それに、練り切りで作った飾り付けがなされている。
「時間がないからちょいと不恰好だが、まあ何とかなった……か」
九朗が作った練り切りの形は、万里が作った内装に合わせて七夕風味。
それから九朗は栗羊羹をテーブルに並べた。
「栗羊羹も買ってきたんだね」
「ああ、俺が食いたいだけだが、なにか問題あるか?」
「問題ないよ。ボクにも分けてくれるなら」
夜澄はちょっとだけ口の端を上げて、九朗に答えた。
内装も……特に仁王像のせいでだいぶカオスなことになっているが、完成している。
最中や煎餅はアイリスが用意したものだ。
万里がお茶をついで回り、パーティが始まった。
「今日は俺のために集まってくれてどうもありがとう……乾杯!」
平岸の音頭に、皆が乾杯と唱和した。
やがて鍋が煮え立ち、九朗が1人1人に食べたいものを聞きながら器に盛り始めた。
玄妙なる琴の音が、スペースの中に響き渡る。
奏でているのは金髪の少女だったが、黒い和服に身を包んだアイリスがそれをすると不思議と絵になる。
「流石に本職には敵わんがな」
本人はそううそぶくが、パーティの余興には十分以上だ。
部屋の片隅では、あけびがピアノで琴に伴奏をつけていた。
「小鹿もなかなかの腕じゃないか」
「近所の商店街で毎年カラオケ大会があって、よく聴いてましたから」
アイリスに声をかけられて、あけびは柔らかく微笑んだ。
チルルが用意したマイクで部屋の中に響いているのは、演歌の歌詞だ。
演歌の定番ともいえる叶わぬ恋やら切ない恋やらの歌は、ある意味でこの日のパーティには相応しいかもしれない。盛り下がりそうな歌詞ばかりが流れることに対して、逆に皆は盛り上がっていた。
そして、演歌のテーマを背景に、今1つの戦いが始まろうとしていた。
「次は実際に行動を起こすのよ! 闘わなきゃ何も変わらないのだわ!」
平岸へと熱く語るのは花梨だった。
彼女はもてない撃退士の味方、しっと団の総帥であったのだ。
「天道さんの言うとおりです、平岸君。戦わない者に明日は来ませんからね」
おそらく悪ノリでエイルズレトラが煽る。
ちなみに彼は部屋に着いたらしれっと普段着に着替えていた。
「い、いや、でも俺は別に……」
「どうやら特訓が必要みたいなのだわ。幸いテレビやDVDプレイヤーは部屋に備え付けられている……しっとブートキャンプには持ってこいの環境なのだわ」
準備してきたDVDやゲームの山をカバンから取り出す。
それは、すべて恋愛ものであった。
しっとブートキャンプ……それは恋愛映画やゲームを鑑賞することでしっと心を高め、どんなイチャラブを見せつけられても折れぬ不屈の意思を養うためのものだ。
当然ながら、平岸に拒否権はない。
「あれは……放っておいてよろしいんでしょうか?」
「可愛い女の子と一緒なんだから平岸君も嬉しいさ。たぶん、きっと」
歯を食いしばって恋愛映画を見据える女の子と一緒に映画を見るのは果たして楽しいのだろうか。華子にはわからなかったが、夜澄はやる気なさげに言い放つ。
カラオケマイクを手に、チルルが童謡を歌う声が響く。
「さ、さすがの私も心が折れそうなのだわ……でも負けない!」
楽しげなチルルの歌声に、花梨の苦しげな声が混ざっていた。
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六角形の箱は、おみくじ……という名のくじ引きのために準備されたものだった。
プレゼント交換もそのおみくじで行われることになった。足りない分は、食べ物でまかなっている。
「……竹刀、よね?」
「カロリーブロックですわね。保存食にいただきましょうか」
それぞれもらったプレゼントを開けると、困惑や喜びの声があがる。
なお、竹刀はエイルズレトラ、カロリーブロックは九朗が用意したプレゼントだ。
「これは……着てみせろっていう挑戦と受け取るべきでしょうか?」
エイルズレトラが高級感あふれる桐箱を覗き込むと、そこには女性用の下着が入っていた。しかもかなりセクシーで際どいやつが。
「男の子が当てたら喜ぶかと思って……出来心だったのだわ」
マヨネーズを握り締めて、花梨が横を向く。
「なるほど、思春期の男の子らしく、頬を赤らめつつこっそり持ち帰ってニヤニヤしながら見るのが期待されていた反応なんですね」
「っていうかこれが学校の購買に売ってるっておかしいでしょ!!」
手にしたマヨネーズをシェイクしながら花梨が叫んだ。
「あ……あんまり振り回さないほうが……」
ちなみに贈り主は控えめに告げたあけびである。
余すところなく装飾の施されたエプロンを手にしていたのは九朗だった。
「エプロンか。どうせなら料理する前にもらえたらすぐに使えたんだがな」
「ふむ。一理あるが、準備するときには誰に当たるかわからなかったからな。仕方あるまい」
アイリスが言う。
誰が贈ったかわかってみれば、限界まで施された装飾が、ツリー代わりの松ノ木に通じる精緻なものであったことが九朗にも理解できた。
その彼女が手にしているのはたい焼き。
たい焼きそのものよりも、アイリスの目を引いたのは同封されていたメモだ。
『頭と尻尾どこから食べる? お腹?!』
(試されているということなのかな……?)
たぶん、贈り主は上品に微笑みかけてきた万里だろう。
アイリスはしばしどこから食べるか考えた。
あけびが開けた雪結晶をあしらった風呂敷には、鏡餅が入っていた。
小さいお餅の部分に顔らしきものが描かれている。まるで、お餅の雪だるまだ。頭に赤い烏帽子をかぶっているのは、もしかしてサンタクロースの偽物という意味だろうか。
「まあ……とっても素敵ですね。嬉しいです」
「やっぱりそうよね。我ながら完璧なアイディアだと思っていたのよ」
喜びの声に、チルルが得意げな顔を見せた。
しばらく雪だるまを見つめていたあけびはふと、仁王像のそばにある箱……棺に気づいた。
「あら? こちらはプレゼントではなかったので……」
「サプラ〜イズッ!!」
突然カボチャの被り物をかぶった男が飛び出してきて、あけびが悲鳴を上げた。
実戦経験がある者たちが、とっさに臨戦態勢に入る。
「……あれ? やってしまいましたか……」
きょときょとと周囲を見回す棺。
不器用な彼なりに皆と仲良くなりたいと考えた趣向だったのだが、やりすぎだったのだろうか。
しばし沈黙が続いて……それから、あけびの小さな笑い声が聞こえてきた。
「ちょっと驚いちゃったけど……楽しいですよ。来る前はどんな風にしたら楽しいか考えてましたけど……色んなやり方があるんですね」
あけびにとっては両親と過ごさない初めてのクリスマス。
両親の笑顔が見られない分、おいしい料理を食べて、みんなの笑顔が見られた。
この学園でどうすればいいか迷っていたが、なんとなく頑張れそうな気になってくる。
おみくじが終わると、もうすぐパーティは終わりの時間だった。
万里や華子、あけびなど有志が残って、後片付けをする夜澄を手伝う。
よいお年を――そう言って、撃退士たちはクリスマスの夜へと帰っていった。