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再びスイカが跳ねた瞬間、割り込んだのはユウ(
jb5639)だった。
スイカ型ディアボロが持つ鋭い牙を、悪魔の名を冠した鎌が受け流す。
受け流したユウは、移動した勢いをそのまま殺さず突進し、スイカを弾き飛ばす。
「遅くなって申し訳ありません。彼を確り守っていて下さいね」
自分がかばった女性へと、わずかの間だけ顔を向ける。
うめき声を上げる男性のことが気にかからないわけではないが、残念ながらユウには彼を治療してやることはできない。
それに、この場に遊びに来ていた撃退士はユウだけではない。
誰かが治療を引き受けてくれることを信じて、彼女は今しがた吹き飛ばしたスイカへとさらに武器を向けた。
「何だか、パニックホラーを自称したコメディ映画みたいな……。……とか冗談言ってる状況じゃないのですよ?!」
同じく倒れている男と取りすがる女に視線を向けていたのはRehni Nam(
ja5283)だ。
ユウが引き離してくれた隙に、彼女は全力で接近する。
まずは腕の付け根を紐で縛って、血を止める。
それから傷口に手をやると、彼女は真剣な表情で言った。
「痛いの痛いの……飛んでいけ!」
言葉とともにアウルの光が彼の体内に入り込んでいく。
もっと頼りがいのあるアウルの使い方ができればよかったのだろうか。けれど、Rehniにできるのはこのやり方だけなのだ。
少なくとも、傷がいくらか和らいで、男の声が静まったのは間違いなかった。
砂浜にいた礼野 智美(
ja3600)は、それを見た時、なんなのか一瞬わからなかった。
「西瓜が跳ねている……」
スイカがひとりでに跳ねている……なかなかシュールな光景である。
一見すると男性に見間違えられる彼女は、水着を着ていると起伏のなさが際立つ。
「あれって……ディアボロでしょうか?」
近くにいた誰かが聞き捨てならない単語を放ったのを、智美は聞き逃さなかった。
前髪で目を隠した小学生らしき少女、只野黒子(
ja0049)は慌てることなく冷静に敵を見ていた。
「え、あれディアボロだって!?」
智美は幾分慌てた声を出してしまったが、しかし彼女も撃退士である。とっさに阻霊符を使うことは忘れなかった。
周囲を見回すと、跳ねているスイカは1つではない。
だが、それ以上に智美がの目をひいたのは海の家の建物だった。
(西瓜型……食べ物系ならそれを提供する海の家には多いし、人も休んでいるのでは)
ヒヒイロカネから武器を取り出す。
「海の家はまずい。様子を見てこよう!」
「お願いします。私は放送施設を確保します。避難を呼びかけないと」
「そうか……頭がいいなお前は。頼む!」
黒子と分かれて、智美は砂の上を走り出した。
悲鳴が聞こえてきたとき、咲・ギネヴィア・マックスウェル(
jb2817)は海の家にいた。
大食い悪魔は、安っぽいのになぜか食欲を揺さぶる海の家の焼きそばの皿を手にしている。
左の手にある皿にはスイカが乗っていた。
彼女は無言で周囲を見回した。
「あれは……ディアボロですぅ〜?」
バイト中だった神ヶ島 鈴歌(
jb9935)の呟きに、咲はぶんぶんと首を縦に振った。
咲は焼きそばを一気に吸い上げ、スイカを丸ごと口に放り込む。
「店長さぁ〜ん、救出にいってきますぅ〜♪」
「ああ、気をつけて……へ? なにがあったんだ?」
駆け出していく2人の背を、気の抜けた表情で店長が見送る。
さらに背後で、うごめくものがあることに、彼は気付かなかった。
ビーチチェアに寝転がっているのは、天使のアサニエル(
jb5431)だ。
「ずいぶんと騒がしいねえ」
目を細めて、騒ぎの元へと視線を送る。
すぐに起き上がらなかったのは、ケガをしているからだ。先日の依頼で重傷を負ってしまった彼女は、体を休めるためにこの海に来ていた。
……はずだったのだが。
隣に立ったのは黒神 未来(
jb9907)だ。
「ビーチでスイカ! スイカ割りやっ! って聞いたから来てみたんやけどなあ……」
黒い髪をボブカットにした彼女は肩を落としている。
手には布が巻きつけられ、脚甲も身に着けている。
「あんたも撃退士みたいだね」
「せや。ケガしとるとこ悪いけど、1人でカバーできる広さやないし協力してんか。……そっちのキミも、頼むで」
未来はふわりと広がった茶色の髪の少女に声をかける。
「もちろん、唯もそのつもりですわ。力を合わせて頑張りましょう」
唯・ケインズ(
jc0360)は可愛らしく微笑む。
アサニエルも腕に力を入れて、体をビーチチェアから起こす。
「あ痛たたた……療養に来て仕事ってのは勘弁してもらいたいね」
ディアボロから強烈な攻撃を受けた傷口を抑えて、アサニエルはビーチチェアから降りる。
「すまんなあ、ゆっくり休ませてやれんで」
「なに、あんたが謝るようなことじゃないさ」
苦しそうな顔は一瞬だけ。すぐにいつもの笑みを取り戻し、アサニエルはヒヒイロカネから装備を取り出した。
●
咲は砂浜を走りながら、アロハの背中に手を突っ込んだ。
逃げてくる一般人の一団とすれ違ってから、巨大な戦鎚を引き抜く。
ユウと交戦中のスイカに一気に接近する。
……食べ頃だ。
「あたしの相手は、お前だーッ!」
鈍色の鎚が唸りをあげてスイカへと向かう。
乾いた音と共に砕けたスイカの実が散らばった。
「ありがとうございます」
「なに、気にしないでいいよ。まだまだ食べ……いや、退治しなきゃね」
逃げる一般人を追ってきたスイカが近づいてくる。2人が撃退士であることを認識したのか、それが高々と跳ね上がった。
「絶好球ッ!」
嬉々とした表情で咲は鎚を振りかぶる。
片足を軽く持ち上げる。
力強く足を踏み出し、落下の軌道に合わせて彼女は思い切り鎚を振り抜く。
ユウも追撃を仕掛けていた。
Rehniは咲が加勢してきた時には手当を終えていた。
けれど他のスイカが近づいてきている。
スピーカーから少女の声が聞こえてきたのは、その時だ。
「現在、スイカ型の天魔が出現しています。スイカ、特に跳ねているスイカには絶対近づかないでください」
黒子が海水浴場の放送施設から呼びかけているのだ。
まだ騒ぎに気づいていなかった一般人たちが慌てて立ち上がる。
獲物を逃がすまいと、ディアボロたちの動きもまた活発になっているようだ。
遠くで逃げる者たちを誘導しているのは鈴歌のようだった。
そこに転がっていくスイカに向けて、Rehniは左の手を向けた。
「近づかせませんよ!」
アウルで構成した聖なる鎖が一気に飛んで、縛り上げる。
「急いでここを離れましょう。そっちのあなたも!」
手当てをした男に肩を貸す。
裂帛の気合を放つ咲を背後にして、Rehniは周囲の一般人を安全な場所へと誘導した。
智美はワイヤーを構えて、海の家の中に近づいていた。
内部はすでに騒ぎになっているようだ。
逃げようと入り口で押し合う人々を飛び越えて、彼女は内部へ飛び込む。
「学園の撃退士です!西瓜型ディアボロが現れました。西瓜に見える物に近づかずに避難して下さい。外で誘導を行っている者もいますので、彼らの言葉に従って下さい」
どれだけ聞いてくれるものがいるのか。
わからないが、今は店内で飛び跳ねているスイカたちと戦うよりない。
アウルの輝きをまとった智美は、金色の炎に包まれたように見えていた。
目にも留まらぬ速度で薙ぎ払ったワイヤーが、2体のスイカをまとめて切り裂く。
普通のスイカを押しつぶしながら、スイカ型のディアボロが智美に迫ってくる。
「前にも西瓜型のディアボロ退治があったし、知り合いが枝豆型のディアボロを退治したとか言ってたし……農作物系天魔ってディアボロが多いのか?」
呟きに答える者はいない。
スイカの牙が智美の腕を傷つける。
けれど彼女は凛とした表情で牙を引き剥がす。
闘気を全身にまとったまま、再び振るったワイヤーの一撃は2体のスイカをまとめて断ち切る。
だが、息をつく間もなく、さらなるスイカがケースから飛び出してきた。
アサニエルは転がっているスイカに近づいていく。
動いていないスイカが、本物のスイカなのか、それとも天魔なのかを判別しているのだ。
「そっちのとそれと……そっちにも隠れてるやつがいるよ。気をつけな」
生命反応を感知し、仲間たちに伝える。
「わかりましたわ、アサニエル様!」
渾身のエネルギーを剣に込めた唯が、一気に刃を振りぬく。
一直線に飛んだ黒い衝撃波が、スイカたちへと向かう。飛び跳ねて回避しようとするスイカのうち、何体かを衝撃波が捕らえた。
「まだまだ、敵のリズムがつかめていませんわね」
普段は優しい物腰で向日葵のように微笑む唯だが、敵に対しては硬い口調で呟く。
「悪いが頑張っておくれよ。あたしもケガしてなきゃもっと前に出るんだけどねえ」
金色に輝く円形盾を装備し、アサニエルはいつでも攻撃を受け止められるように構えていた。
本来の実力はともあれ、傷を負って能力が落ちている現状では無理はできない。
別の方向では、闇の力を纏った腕を薙ぎ払い、未来もスイカたちを攻撃している。
必要なら仲間たちを回復できるように構えながらアサニエルはさらに移動する。
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鈴歌は誘導してきた人々に優しく微笑みかける。
「大丈夫ですかぁ〜? ……お怪我はしてないようですねぇ〜……良かったですぅ〜♪」
不安げにしている人々に、いつもと変わらぬ笑顔で彼女は語りかける。
話題はあえてどうでもいいような話題だ。
皆が少しでも安心して移動することができるように。
「えへへ〜、実をいうと私レモンが大好きでして〜。スイカにもレモンをかけて食べるほどなのですよぉ〜♪」
穏やかな笑顔を振りまきながら、鈴歌はスイカが近づいてこないか確認していた。
敵が出現していた地点からはもう十分に距離をとっているはずだ。
Rehniがアウルの力で生命反応を探すが、この辺りには敵はいないようだった。
「この辺は安全地帯になりそうですね」
「そうですねぇ〜。それじゃ、こっちに近づいてきそうなスイカを割ってくるのですよぉ〜♪」
鈴歌は、大鎌を装備してもと来た道を戻っていく。
安全地帯の防衛はRehniに任せて問題ないだろう。
敵を狙うときもまた、鈴歌は笑顔だった。
「さぁ〜、スイカ割り大会の始まりなのですぅ〜♪」
高速で振りぬいた刃から衝撃波が飛び、スイカを断ち割っていた。
黒子は監視台に上っていた。
トランペット型の魔法武器を吹き鳴らす。
瞬間的にアウルを増加させてトランペットを奏でると、内部から衝撃波が飛んでいく。
高所からならば敵の動きが見やすい。
本来は溺れる者が出ないように見張る台だが、今は天魔を監視するために借用していた。
ユウも黒子と同じように高所から敵を警戒している。
背に悪魔の翼を広げた彼女は、スナイパーライフルで地上にいるスイカを狙い撃っていた。
「普通の人たちだけで助け合うのは無理でしたね。でも、Rehni様がいれば大丈夫でしょう」
遠くで固まっている人々のことも、監視台からは見えていた。
1体1体はそれほど強くはないようで、敵の数はだんだんと減ってきている。
海の家で戦いを繰り広げていた智美が姿を見せた。
傷ついた彼女にアサニエルがアウルの光を送り込んで、傷を癒す。
「あと少しですね。確実に敵を片付けましょう」
敵を倒して目立つ役は自分でなくてもいい。黒子は遠距離から跳ねるスイカたちを狙い撃ち、仲間たちを援護し続ける。
唯は不規則に跳ね回る敵の動きが、ようやく読めるようになってきていた。
「残念ですわね。せっかく頑張ったのに、もうこれで終わりだなんて」
ここに兄がいれば、唯の努力を褒めてくれただろうか?
そんなことを思いながら、彼女は剣を振るう。
敵よりもさらに高く跳躍しての一撃が、スイカを両断していた。
未来は高々と跳躍するスイカをよく観察していた。
残った敵は少ないが、退くつもりはないらしい。いや、退くような知能がないのか。
負傷でほとんど見えない左目に、一瞬だけ敵の動きがはっきりと映る。
高速で落下してきたスイカが未来の体をかすめて砂浜にめり込む。
「思いっきり踏み潰したるわ!」
脚甲を装着したその足で、彼女はスイカを思い切り踏みつける。
割れて動かなくなったスイカを踏みこえ、未来はさらに残り少ない敵に視線を向けて移動する。
本来は灰色をしている左目が、赤く輝いた。
その瞳に見据えられた敵は、本能的な恐怖を覚える。
近づいた敵が身動きできなくなったところに、未来は容赦なく脚を振り上げた。
「動けへんようになったら攻撃も回避もでけへんやろ! 赤子の手をひねるようなもんや!」
上空からユウのライフルが突き刺さり、鈴歌の衝撃波が切り裂く。
そして、咲の振り下ろす戦鎚が、動けない敵を完全に粉砕した。
「さっさと倒して海水浴しよ、そうしなうちの気がすまん」
撃退士以外に動く者の少なくなってきた海水浴場を、未来は右目で見渡した。
残った敵が片付くまで、さほどの時間はかからなかった。
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隠れている敵がいないか、撃退士たちは残っているスイカを一通り確認して回る。
「食べてみりゃわかるんじゃないかしら。おいしいのはスイカ、おいしくないのはニセスイカ」
シンプルな理屈で、咲がスイカに噛み付いて回っている。
見落としがないように、ユウはまだ空から砂浜全体を観察していた。
しばし後、撃退士たちは安全を確認し終えた。
「もう大丈夫みたいですね」
「ああ。みんな、よくやったな。えらいぞ」
黒子や唯の頭を、智美が優しく撫でた。
「やれやれ、これでようやく休暇に戻れるさね」
アサニエルが大きく息を吐いて、ビーチチェアに再び戻った。
遠くから救急車のサイレンが聞こえてくる。
Rehniが重傷を負った一般人のために呼んだものだ。
「荷物を取りに戻りたい人がいたら、護衛してあげなきゃね。処理班も来るし、今日はもうこのビーチは商売にならないんじゃないかしら」
「せやなー。けど、うちは泳がせてもらうで! うち自慢のDカップ見せたるわ、どや! すごいやろ!」
咲の言葉に頷きつつも、未来はお気に入りの黒いビキニに着替える。
なにしろ彼女はまだ泳いでいないのだ。
後のことは専門の者に任せて泳いでもいいはずだ。
どや顔で胸を突き出す彼女の顔には、はっきりとそう書いてあった。
「そうですねぇ〜、それじゃ、残ったスイカは皆さんで美味しくいただきましょうかぁ〜」
鈴歌がそう提案した。
おそらくは、まだ海の家のスイカは残っているはずだ。
「……食べるのはええけど、割るのは勘弁な。もうここ一年分のスイカは見て割ったさかいね……」
未来の言葉には、心底うんざりした気持ちがしっかりこもっていた。