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秋田県能代市、能代公園……。
撃退士たちが訪れたとき、公園の前には警官が立っていた。
「お疲れさまっす!」
ハキハキとした声で挨拶する九 四郎(
jb4076)に、警官が挨拶を返す。
「早速で悪いが、公園の見取り図をもらえねぇか?」
「我々が使っているものでよろしいですか? よければコピーしてきますよ」
少し考えた後で、警官は懐から図面を取り出して笹鳴 十一(
ja0101)に見せる。
「ああ。それに、見つかっている人形の位置を書き込んでくれよ」
4ヶ所に印を入れた地図を受け取って、十一は仲間たちにそれを見せた。
近くのコンビニでコピーしてきたそれを手に、撃退士たちは公園に入る。
「遠くから監視していてくれ。行く先を間違っていたら声をかけてもらいたい」
リョウ(
ja0563)の要請に警官は頷く。
「出入り口の封鎖、宜しくお願いします。もし天魔の接近に気付いたら私達に直ぐに連絡をお願いします。くれぐれも気をつけて下さい」
念を押すように言ったのは、ユウ(
jb5639)だった。
「それから……上空や遠距離から戦闘を監視している者がいないか、警戒を」
警官は一瞬空を見上げて、リョウに了解と答える。
頼むべきことを頼むと、撃退士たちは印の位置へそれぞれに移動していった。
発見されている4つの人形に、4手に分かれた撃退士たちが近づく。
ピッタリとくっついて歩いているのは、眼鏡をかけた青年と真っ黒な印象を与える少女だった。
「待ち伏せねぇ……しかし、効果的なのは最初だけだぜー?」
眼鏡をクイと押し上げながら、麻生 遊夜(
ja1838)が油断なく銃口の先を人形に向ける。
「待ち伏せされるのがわかってたら対処は出来るしねぇ」
来崎 麻夜(
jb0905)は気だるげな表情のままで、大切な先輩と同じ場所を見つめる。
仲睦まじいその様子は、デートしているカップルを装おうという麻夜の提案によるもの。
ペットの子犬にそうするように、遊夜は麻夜の頭を撫でてやる。
そして、青年は黒と赤の二重のリング……彼のヒヒイロカネにさりげなく触れて、仲間たちが位置につくのを待った。
別の場所で、茶髪の少年がベンチに座る人形を遠目に見ながら呟く。
「蜘蛛ですか……。できればあまり直視したくないですがそんなこと言っている場合じゃないですね」
宮路 鈴也(
jb7784)と一緒にいるのは、黒いロングヘアの女性だった。
艶のある髪を首の後ろでまとめたユウは、一見すると人間と変わらない外見をしているが、悪魔であった。
「そうね。憩いの場である公園にサーバントを放つなんて……」
人といる時はいつも笑顔を絶やさない彼女も、さすがにこんな時まで笑ってはいられなかった。
「そろそろみんなも到着するでしょう。蜘蛛が周りにいないか確かめてみます」
鈴也は茶色の瞳を巡らせながら、周囲に他の生命反応がないか確かめ始めた。
四郎と共に移動しているのはリョウだった。
一般的に言えば背が高い部類に入るはずのリョウよりも、はるかに背が高い四郎。
「あったっすよ、リョウさん」
物理的には高い位置にいるものの、態度は四郎のほうが低かった。
大学生であるリョウは高校生の四郎にとって先輩だ。それに、『カラード』なる旅団を組織して学園に頼らずに活動しようと頑張っているのはきっとすごいことだ。
「ああ。罠を張って人を狩る、か。わざわざ手間を掛ける理由は何だ……?」
黒衣の腕を覆うように光纏の黒いオーラが立ち上る。
「わかんないっすけど、蜘蛛に人形、やりやすい相手ではあるっすね。問答無用、分かりやすくていいっす」
四郎はリョウより一歩下がって、いつでもフォローできるように身構える。
戦いは、もうすぐ始まるはずだった。
最後の一ヶ所へと移動しているのは、同年代の2人の青年だった。
いや、十一のほうがいくらか年上にも見えるかもしれない。ただし、学年は同じ。
「なるべく先手を取って動きたいところですね」
仁良井 叶伊(
ja0618)が大きな体を木の陰で縮こめて見せる。
四郎ほどではないが、叶伊の身長もかなりのものだ。大柄な体を、公園にいくつも立ち並ぶ木でできる限り人形から隠している。
「ああ。こないだは山間の村だったけど……こんな街中にもサーバントが出てんのはいただけん」
十一が言った。
先日も彼は撃退士として戦ってきたらしい。サーバントたちは、そしてその背後にいる天使やシュトラッサーは、いったいなにを考えているのだろうか。
「まあ天使の思惑なんかはひとまず置いといて、目に見える脅威をまず排除しねぇと。罠みてぇのは特に気に入らん……さっさと消してやる!」
胸に秘めた激情を少しだけもらして、十一は大太刀を引き抜く。
「まずは一撃だけくわえて、それから皆さんと合流……ですよね」
「そうだったか? 全速で倒しちまうつもりだったんだがな」
周囲を警戒しながら、仲間たちと連絡を取る。
すでに全員が人形を確認しているようだ。
タイミングを合わせて、皆は作戦を開始する――。
「――敵は、俺たちの地点にいるかもしれません」
抑えた声で鈴也が連絡してきたのは、その時だった。
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鈴也は生命探知の技に反応があった場所を凝視していた。
確かに、そこには人形以外の生命が存在していることがわかる。
いや……確かにいる。
「ユウさん、蜘蛛がいます。気をつけてください」
「見えるんですか?」
いったいどうしてこれほど巨大なものの存在に今まで気づかなかったのか。
4mを超す巨大な蜘蛛が公園の木々を使って巧妙に姿を隠していたことに鈴也は気づいた。
獰猛な顔をした巨大なサーバントだが、敵は隠密行動を行う能力を秘めている。
けれど居場所を伝えてしまえばユウにもその存在がはっきりと伝わった。
偶然、鈴也がいるこの場所に敵がいたのでなければ人形に攻撃するまで身を隠したままだったのだろう。
気づかれたことに気づいた蜘蛛が動き出す。
巨大なマシンガンを構えてユウが前進。
「みんなが合流するまで牽制します。援護をお願いしますね」
「任せてください」
言葉に応じて、鈴也は聖なる刻印を彼女の背に刻み込む。
「直視したくないと思ってる俺のところにちょうどいるのも、巡り会わせってやつですかね」
ベンチから浮き上がった聖傀儡も、蜘蛛を援護するように動き始めた。
麻夜は先輩と共に人形に近づく。
「あ、人形がおいてあるよー?」
「ふむ、落し物かねぇ?」
ゆっくりと近づいた遊夜はごく当たり前のような顔をして銃を抜いた。
彼の腕に赤いアウルの光が螺旋状にまとわりつく。
麻夜の腕を毒々しく染め上げるのは背中からあふれ出た黒いアウル。
少女の頬を黒い涙のようにアウルが伝った。
赤黒いアウルの銃から、遊夜の銃撃と合わせて弾丸を放つ。
「危険物は消毒、だよ?」
「ま、落とし主に返すわけにゃいかねぇんだけどな」
遊夜の背中が麻夜の背に預けられる。
蜘蛛は鈴也とユウのところに現れているようだが、念のため先輩が牽制の動きを見せる。
「籤引きみたいだな。当たっても嬉しくねぇが……当たらねぇのもそれはそれでいい気分にはならねぇな」
無駄のない動きで遊夜が浮き上がった人形に追撃を加える。
ばら撒かれた銃弾が踊る隙に、麻夜は陰へ潜む。
鈴也が蜘蛛の存在をはっきり確認したことは、ハンズフリーで通話状態にしたままの携帯から聞こえてきている。
どうせ皆と合流すれば、人形も追ってくるだろう。
気配を殺したままで2人は動き出した。
四郎は自分たちが担当する場所の人形に狙いを定める。
「倒してしまっても構わんだろう? ……とはいかないっすよね。石になってろっす!」
澱んだ気のオーラが人形を包み込む。
ベンチの周りの地面から砂塵が舞い上がり、金髪の西洋人形を覆った。
「性質の悪い人形だ。ここで燃え尽きろ」
同時に、リョウも人形に攻撃をしかけている。
アウルで生み出した炎が形作るのは、槍。
一直線に放った炎槍が砂塵を貫く。
炎と砂塵が吹き荒れたその後に残ったのは、石と化した人形。
「よし、深追いはなしだ。鈴也たちのところへ行こう」
「わかったっす!」
四郎は蜘蛛が現れた地点に向けて全力で公園を突っ走る。
念のため槍を向けて警戒しつつ、リョウがついてくる。
敵が石から戻るのにどの程度時間がかかるかわからないが、あの人形はしばらくここから動けないだろう。
できれば、なるべく邪魔されないうちに倒してしまいたいところだった。
叶伊は挑発を繰り返しながら移動していた。
「どうしました? 早く追いつかないと、振り切ってしまいますよ」
雷の刃を放って牽制しながら、十一と共に蜘蛛のいる地点を目指す。
大柄な割に足の速い叶伊は、むしろ人形や十一を振り切ってしまわないように気を使っていた。
赤銅という名らしい戦鎚に得物を持ち替えて、十一は人形が放つ幻覚に耐えている。
追ってくる人形はすでにボロボロだ。
阿修羅である十一の攻撃はサーバントに対して痛烈な威力を発揮する。初撃で十一が叩き込んだ神速の一閃は、人形に大打撃を与えていた。
蜘蛛の脚に引き裂かれつつも、銃撃を加えているユウの姿が、ほどなく見えてきた。
人形が浮き上がり、髪の毛を伸ばして蜘蛛の後ろから追撃を加えている。
「これが……蜘蛛の巣という奴ですか」
他の地点にいた仲間たちが、叶伊たちとは別の方向から近づいてきているのも視界に入っている。
叶伊は蜘蛛から少し距離を置いた場所で立ち止まると、追ってきた人形へと再び雷の刃を叩き込んだ。
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ユウは闇の翼を顕現させて、飛翔した。
仲間たちはすでに集まってきている。
人形たちも集まってきているが、まず重要なのは強敵である蜘蛛を倒すことだ。
上空を旋回する彼女を追って、鬼蜘蛛も旋回を始める。
その大きな口から、猛烈な勢いで糸が吐き出された。
「早い……!」
高速で飛来する糸は空中にいる彼女を絡めとる。
けれど、それによって彼女の動きが止まることはなかった。
鈴也が刻んでくれた聖なる刻印が鬼蜘蛛の糸から彼女を逃れさせてくれた。
「回復は必要ですか?」
「まだ、大丈夫です!」
十一にも聖なる刻印を刻みながら、鈴也が問いかけてくる。
ユウは首を横に振ると、蜘蛛の横に回りこむように飛んだ。
蜘蛛の周囲には靄がかかっている。リョウが打ち込んだものだ。
敵の反対側で十一が蜘蛛に得物を叩き込む。
それにタイミングを合わせ、ユウは疾風のごとく敵に突撃した。
武器はすでに銃から槍に持ち替えている。
重量級の槍が巨大な胴体を捕らえたかと思うと、鬼蜘蛛の体がわずかに宙に浮いた。
ユウとは対角線上に当たる位置にいた十一を超え、巨体が飛んでいく。
「これ以上、あなたに人を傷つけさせはしません」
大好きな空も、今は見上げている暇はない。
態勢を立て直そうとする鬼蜘蛛を追って、ユウは再び上昇する。
遊夜は音もなく鬼蜘蛛に接近した。
一緒についてきていた麻夜が、追ってきた人形を迎え撃つために一度脚を止めている。放っておけば人形たちは片付けてくれるだろう。
「タフなんだってな? じっくり腐れてくれや」
流れるように抜いた銃を蜘蛛の脚へと向ける。
銃弾に練りこんだアウルは、敵を腐食させる力を秘めたもの。
放った銃弾が頑丈な装甲をかすめる。
傷はほとんどない。
「ずいぶんと硬い脚だな。まあ……いつまで硬いままじゃいられないだろうが」
ほとんど傷つかないままの脚に、小さな蕾のような模様が現れたのを確認して遊夜は不敵に笑みを浮かべる。
傷つけた脚が振り上げられる。
軽く身をそらして、連続で振り下ろされた爪を遊夜は回避。
少しずつ蕾が広がっていくのを横目に見ながら、なおも至近距離から遊夜は蜘蛛を狙う。
四郎や叶伊、麻夜はその間に人形たちを片付けていた。
人形をまとめて切り裂く戦神の剣は、四郎が呼んだもの。
「逃がさないよ……ここで、終わりなの」
麻夜の鎖鞭が、さらに傷ついた人形たちに追い打ちをかける。
叶伊の放った雷の刃が、傷ついた人形の1体にとどめを刺した。
十一は蜘蛛を挟んでユウの対角線上で戦っていた。
挟み込むことで、敵の注意が分散するようにするためだ。それに、広がる蜘蛛の糸に一気に巻き込まれないようにする意味もある。
「言葉は通じないようだな、あんたには」
大振りな戦鎚を神速で振り回し、十一は蜘蛛の巨体を削っていく。
蜘蛛が十一のほうを向いた。鋭い牙が彼の体を捕らえる。
痛烈な痛みが青年の全身を襲った。
鎚で口をこじ開けて、十一は飛びのく。近づいてきた鈴也が傷を癒してくれた。
悪魔に近い技を使う十一に、サーバントの攻撃は大きな威力を発揮する。
だが、それは十一の攻撃も敵に大ダメージを与えている証拠でもあった。
蜘蛛に刻んだ遊夜の蕾は徐々に花を咲かせていく。
人形を片付けた麻夜が、蜘蛛に近づく。
「黒に染まろう? 真っ黒に、ね」
脚の1本を狙う彼女の攻撃に、鬼蜘蛛が苦しげにうめいた。
「へえ……まだ切り落とせないんだ。頑丈、だね」
麻夜が呟く。
リョウは振り回される脚を、武器を盾にして回避した。
すでに敵は弱っている。
頑丈な外皮も、もう遊夜の弾のせいでボロボロだ。
ユウが突撃を仕掛けたかと思うと、遊夜と麻夜が隙を突いて立て続けに攻撃する。
叶伊や四郎も人形を片付け、蜘蛛に攻撃を加えた。
「今更巨大な蜘蛛程度で怯むものか。ここで仕留めさせてもらう!」
アウルで炎の槍を作る。
使い慣れた得物を象ったそれが、一直線に敵へ飛ぶ。
巨体が燃え上がり、そして炎の中で崩れていった。
――戦いの後。
ユウは公園を見回っていた。
飛び去ろうとする3本足のカラスを見つけてワイやを放つ。
けれど、鋼糸は空を切り、カラスは逃げ去っていった。
「あれもサーバント……? 見張っていたんでしょうか……」
敵を見失い、ユウは呟いた。