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無限に広がる大宇宙――しかし、戦場は無限ではない。
暗礁空域を突き進む宇宙船の中で、銀河撃退士たちは行動を開始する。
「……どうする?」
黒衣の青年が短い言葉で問いかける。
「うっとうしい蠅じゃが今撃墜するのはまずいのじゃ」
美具 フランカー 29世(
jb3882)がレイヴン・ゴースト(
ja6986)の言葉に応じる。
黒百合(
ja0422)の細い指がコンソールの上を高速で走る。
「敵の通信量は増えてないわぁ……まだ、はっきりこっちを見つけたわけじゃ、ないわねぇ……」
操作しているのは通常端末に接続したハッキング用の小型端末。
幼く見える少女がかつて失った左腕は、今は精巧な義手がつながっている。
生身と変わらぬように見える彼女の指先は人には不可能な速度で動き回って、敵の通信データを監視しているのだ。
「仕掛けも終わりぃ……。それじゃまず、敵の目をごまかしてみようかしらねぇ……」
ハッキング用の端末から通常端末に向き直り、黒百合はエリュシオン号に備え付けられたデコイの動きをプログラムしはじめる。
「デコイは主力艦隊のほうに飛ばしてみてはどうでしょう。艦隊から放たれた偵察機が海賊側の偵察機に遭遇して逃げ出した……そう思われるように」
フリルのついた可愛らしいスペースジャケットに身を包んだ御堂島流紗(
jb3866)が言った。
「いや、迎撃コースを維持したほうがよいのではないか? 敵には見せたい物を見せてやることで油断を誘い裏をかくのじゃ」
美具も意見を述べる。
「それじゃ、両方やってみればいいんじゃないかしらねぇ……」
それぞれの意見を取り入れて動きをプログラムしたデコイが、艦から射出される。
スクリーンに映ったデコイの1つが一気にエリュシオンと同じ形にふくらむ。
いや、ただふくらむだけではない。敵のレーダーやソナーに対してもそれは宇宙船と同じ反応を返すようなシステムが組み込まれているのだ。
タイミングをずらして、2つめ、3つめのデコイが起動する。
「ジャマーも起動したよっ。上手く時間を稼げればいいんだけど」
元気よく言ったのはソフィア・ヴァレッティ(
ja1133)だ。
自席から仲間たちへ振り向く。ジャケットの留め具を押し開いていた、ベアトップのインナーから覗く小麦色の大きなふくらみが揺れた。
さらに、2機の小型戦闘機のうち1機がデコイにまぎれて飛び出していく。
まだ暗礁区域内。デコイから飛び出したとしても不自然でない距離のうちだ。
鈴木悠司(
ja0226)は敵に傍受されない近距離から通信を送った。
「俺がデコイと一緒に偵察機の目を引いておくから、その間に侵入してくれよ」
「了解だ。武運を祈っておく」
眼鏡をかけた年長の男が返信を送ってきた。
戸蔵 悠市 (
jb5251)に向けて片手をあげて見せてから、悠司は通信を封鎖した。
3機の偵察機に向けて戦闘機を飛ばす。
射程ぎりぎりの位置で、彼はミサイルの発射トリガーを親指で押し込んだ。
一直線に飛んでいくミサイルを偵察機が散開して回避する。
敵はそのまま戦闘体勢に入った。
「さあ、まずは気を引くのは成功だね。後はエリュシオン号が要塞にとりつくまで目をひきつけないと……」
要塞を背景に繰り広げられる1対3のドッグファイト。
しばし後、エリュシオン号が煙幕をはったのを悠市は確認していた。
煙幕は自分たちの視界もさえぎってしまうのが難だ。
「大丈夫、こんなこともあろうかと、ギア弱点をカバーする観測機を作っておいたから」
果たしていつのまに作ったのか。
まるで夢の中のようなタイミングで蒸姫 ギア(
jb4049)は有線式観測機を射出する。
煙幕にまぎれて一気に接近していく宇宙巡洋艦。
「外部ハッチを開けるわぁ……このまま接舷させちゃってねぇ……」
黒百合が再びハッキング用の端末に指を走らせている。
先刻通信を傍受した際コンピュータウィルスを送り込み、バックドアを仕掛けておいたのだ。
強制的に接続したボーディングブリッジへと撃退士たちが乗り込んでいく。
「『虹髭ドレッド』が略奪していった宝の中には稀少本も沢山あると聞く。何とかして傷つけんよう取り戻したいところだが……」
悠市が呟いた。
――ギアが個人用のフライトシステムを使用して単身、別ルートから侵入したことに仲間たちは何故か気づかなかった。
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小惑星を改造した海賊要塞は広く、簡単に虹髭ドレッドの居場所はつかめそうになかった。
決戦のために多くの戦力が艦隊戦に割かれているようで、内部に入ってすぐに海賊撃退士たちとの戦闘になることはない。
とはいえ、内部にいる戦力が味方よりも少ないということはないだろう。
囲まれないように慎重に行動しなければならない。
ソフィアはドッグの入り口に身を隠して先をうかがう。
「慎重に行かないとだ。なるべく単独行動は避けたほうがよさそう」
「そうねぇ……けど、私はちょっと仕掛けをさせてもらうわぁ……」
黒百合が身をひねると、もとより小さな彼女の体がさらに小さく縮んでいく。
「人間が部屋に居る以上は空気を送り込むラインを簡単に閉鎖するわけにはいかないわよねェ♪」
床を軽く蹴った。黒百合が移動した先にあるのは、要塞内を走る通風孔だった。
「気をつけろよ、黒百合」
「心配ないわぁ……敵地への潜入工作とか破壊工作とかドキドキワクワクの展開よねェ……♪」
縮んだ体を狭い穴に押し込んで、音もなく黒百合が通風口の奥にに消えていく。
「敵の首魁なれば、最深部で指揮を取っていることも考えられるが奴も撃退士のはしくれ、前線指揮官の可能性も捨てがたいのう」
自身の足元に、美具はスペースバハムートを召喚する。
「美具はここに残るのじゃ。表層部分にドレッドがおらぬか、こやつに確認させる。頼むぞ、『ロブロス』よ」
ヒリュウ種のスペースバハムートが、心得たというように美具の脚に鼻先を押し付けた。
感覚共有したバハムートに偵察させる美具を残して、撃退士たちは奥へと進む。
「これだけ広いと、手当たりしだいの捜索じゃドレッドは発見できないと思うんだよね。だから、少人数の敵を探すのはどうかな」
「なにか考えがあるんですのね?」
流紗に確認されて、ソフィアはうなづいた。
角ごとに立ち止まりながら、撃退士たちは慎重に進んでいく。
光線銃を構えて歩いている2人の海賊を見つけたのは、ほどなくのことだった。
撃退士たちがいる通路と交差する十字路を歩いて、近づいてくる。
レイヴンはアンティークの実弾銃を、両手でしっかりと構えた。
「……奴らを倒せばいいんだな?」
「うん、お願い」
ぶっきらぼうな言葉でソフィアに確認する。
「俺があいつらの気を引く。その間に仕掛けるんだ」
悠市が目配せすると、彼の足元にいたヒリュウが飛び出していく。
「なにかいたぞ!」
反対側の通路へ進んでいったヒリュウを追って、海賊たちが通路を曲がる。
通路においてあったコンテナの陰に飛び込んだヒリュウの召喚を、悠市が解除する。
サプレッサーつきの銃から小さな音が響いた。
「……1人」
狙い過たず急所に着弾。敵は衝撃のエネルギーのままに吹き飛んで、壁に激突した。
吹き飛んだ相棒の姿にもう1人の海賊が振り向くが、ソフィアの放った浮動砲台のレーザーがその体を貫く。
流紗がレースの下に隠した大きなボタン状の原子火薬を投じた。空気との摩擦で発火したそれは海賊の体に触れると同時に炸裂し、吹き飛ばす。
ソフィアが彼らの体を探って、目当てのものを見つけ出す。
それは携帯用の端末。
「海賊だってこんな広い要塞、全部は把握してないよ。きっと、この中に構造図があると思うんだ」
果たして、彼女の予測どおりそれにはある程度の地図が含まれていた。
ただし、下っぱの海賊に首魁の居場所までは開示されていない。それでも、彼らに進入できない重要ブロックがいくつかあることは判明した。
流紗は重要ブロックの配置を仔細に眺めて、そのうち1つを指した。
「……ここが怪しいと思いますの」
「何故だ?」
悠市が問いかけてくる。
「ドレッドさんの手口を考えたんですの。慎重かつ大胆な方ですから、私たちが接触しやすいけれど、脱出もしやすい場所にいらっしゃると思うんです」
「ありえそうだね。行ってみようよ」
ソフィアが同意する。撃退士たちは流紗が指定したブロックへと走り出した。
(艦隊をあげた作戦決して失敗するわけには行かないのですぅ。必ずや「海賊ドレッド」を撃破して海賊たちを壊滅に追い込んで見せますの!)
走りながら、流紗は心の中で気合を入れなおした。
大きな爆発音が響いたのは、悠司が司令室を制圧したときだった。
偵察に来ていた美具のバハムートが悠司に近づいてくる。
「……やはり、ここにはドレッドはおらなんだの」
通信機をつなぐと、ため息と共に美具がそう言った。
「そうだね。俺はこのまま監視カメラの映像を確認して、ドレッドの居場所を調べてみる。ところで、さっきの爆発は?」
「黒百合殿じゃな。通信施設や外部施設に爆弾をしかけておるようじゃ」
「なるほどね……」
仲間たちに連絡を取る前に、悠司は内部放送で先ほどの爆発の被害が少ないことを告げた。もっとも、信じる者がどれだけいるかはわからなかったが……。
改めて黒百合へ通信を送る。
「流紗ちゃんがドレッドの居場所を見つけたみたいよぉ……これから、私もそっちに行くわぁ……」
「わかったのじゃ。ならば、美具もそちらへ行くのじゃ」
「爆弾は空調の中にもたくさん仕掛けておいたわぁ……一気に爆発させれば、基地は大混乱でしょうねぇ……」
黒百合の言葉は楽しげだった。
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ギアはステルスシステムを起動して、要塞内を駆け抜けていた。
加速装置『韋駄天』を起動した彼の動きは海賊たちの目に止まることはない。
「騒ぎが起これば、首領に報告にも行くだろう……でも、ギアは先に目当ての物を回収させて貰うよ」
少年の目当てはただドレッドを倒すことだけではなかったのだ。
時は未来、無限に広がるは大宇宙、光すら歪む空間の中、巡洋艦エリュシオン号に乗るこの少年、銀河系最大の物理学者にして撃退士蒸姫ギア、だが人は彼を超人ギアと呼ぶ。
ドレッドの財宝の中にある、宇宙最大の宝への地図こそ超人ギアの目的であった。
すでに真の目的を達した彼は、ドレッドと戦っているであろう仲間たちの元へと急いだ。
「宇宙撃退局め! その程度の戦力でこの虹髭ドレッドを倒そうとは、舐められたもんだな!」
数人の海賊撃退士を護衛に連れて、ドレッドは撃退士たちと戦っていた。
その名の通り彼はドレッドヘアだった。
だが、髪型以上に特徴的なのは、髪と同じようにロープ状に髭をまとめていることだ。七条の髭を虹の七色に染めている――それ故、彼は虹髭ドレッドとあだ名されているのだ。
突進しようとしたドレッドの出鼻をレイヴンの銃が牽制する。
舌打ちして、彼は海賊たちに号令を発した。
配下の海賊たちが一斉に撃退士たちにレイガンを向ける。だが、光線が発射されるよりも早く、彼らの周囲に霧が巻き起こっていた。
「余裕なんて与えないよ」
ソフィアの生み出した霧は海賊たちを眠りに誘う。
だが、さすがと言うべきか、ドレッドは平然と霧を振り払っていた。
「行くのじゃ、ロテム!」
美具が召喚したティアマット種のスペースバハムートが飛翔する。
宇宙に適応する形で進化したスペースバハムートは無重力下での戦闘を得意としているのだ。
悠市のヒリュウと共に、爆発的な力を発揮して縦横無尽に駆け巡る。
ドレッドのライトセイバーが竜たちを捉える。
真空にさえ耐える頑強な鱗が易々と切り裂かれていた。
「すまんのう……ロテム。じゃが、役目は果たしたぞ!」
敵がバハムートに気を取られた隙に、流紗と黒百合が背後に回りこんだのが美具には見えていた。
輝く金属翼を羽ばたかせて、流紗が背後から原子火薬の塊を投げつける。
「今度はそっちか!」
背後から焼かれたドレッドは怒りの表情を流紗に向ける。
「やらせない……第3宙間騎兵参上なんだからなっ!」
遅れてきたギアが手をドレッドに向けて突き出した。
超能力が空間の裂け目を生み出していた。
とっさに避けたドレッドの髪が一房弾け飛ぶ。
「だめよぉ……そんな隙を見せちゃ」
突進した黒百合の手にしていた大型のクローアームがドレッドを捕らえた。
薄く笑った少女の口元から、牙のように伸びた犬歯が覗く。
虹色の髭を噛み破って喉元へそれを突き立てる。牙に仕込んだ猛毒がドレッドへと流れ込む。
眠りから起き上がり、首領を助けようとする海賊たちを仲間たちが止めている。
噛み付いたままの黒百合の口から、高密度のアウルが発射された。同時に、ドレッドの背に流紗が投げた原子火薬が張り付く。
「ぐがあああああっ!」
前後からの衝撃を受けた海賊は獣のような咆哮を上げ、その場に倒れる。
「……やりやがったな……こうなったらてめえらも道連れだ!」
血を吐きながら叫んだドレッドが強く奥歯を噛み締めると、なにかのスイッチが入る音が響いた。
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まだ生き残っていた配下が、一斉に逃亡する。
けれど、彼らが逃げた先で見たものは破壊された脱出艇と、待ち構えている悠司の姿だけだ。
戦意を喪失した海賊たちを打ち倒し、悠司が合流して来る。
「片付いたみたいだね」
「じゃが、ドレッドが自爆装置を起動したらしい。急いで脱出するのじゃ」
スイッチの正体を確かめていた美具が告げる。
「生憎だけど、ギアにはそろそろ別の迎えが来るから……じゃあまた、いずれ」
「ギアさん、どうするつもりですの?」
流紗に軽く指を振って見せ、ギアはフライトシステムを起動する。
淡雪のような肌をした美少年は、撃退士たちを残して飛び去っていった。
「……先に脱出していてくれ。私は取り戻しておかねばならないものがある」
悠市はそう言って、ギアとも別の方向へ走り出した。
「無茶だよ! もう時間がない!」
ソフィアの制止を背中に聞きながら、悠市が足を止めることはない。
目指すべき場所は手に入れた構造図から確認しておいた特別倉庫。
「本の保管は摂氏22度・湿度55%前後の場所が最適だ。直射日光は日焼けの元なので厳禁。また、紙が曲がらないよう、立てるのではなく寝せて置く事……紙で残されている本は数も少なく貴重なのだ」
ケースに保管された本に、悠市が手を伸ばす。
要塞の最奥部から爆音が響いたのは、彼がそれをしっかりとつかんだ瞬間だった。
――悠市は、自室の椅子の上で目を覚ました。
どうやら、本を読みながら、転寝をしてしまったらしい。
設定をうっかり変えてしまったのか、やたら大きな音で携帯電話が鳴っている。
ふと、手にしていた本に目を落とす。
表紙に書かれた題名は、爆発する要塞の中で手に取った本と同じものだった。
「……夢か」