●
交差点に押し寄せるディアボロたちを、青森の撃退署の撃退士たちは必死に押し返していた。
「そろそろ限界だな……」
隊長格の男が難しい表情をする。
その間にも、ブラッドウォリアーたちは魔法の大剣を振るって攻撃をしかけてきている。
上空からそれをいち早く視認していたのは、不可視化していた翼を顕現させたロドルフォ・リウッツィ(
jb5648)だった。
「集まっているみたいだな。敵の先頭はブラッドウォリアーが15で……ロードが2、ヘルハウンドは3体いるか」
ゴーグルをかけた天使は39号線と31号線の交差点で戦う敵をすばやく把握する。
もっとも、確認したのは交戦している敵だけだ。
後方の道路を進んでくる敵もいれば、周囲の田畑をうろついている敵もまだまだいる。
――今のところは、一番危険な敵の姿はないようだ。
「急いでくれ、そろそろ危ない!」
撃退士たちの防衛線は突破されそうな状況で、どうにか持ちこたえている状態らしい。
堕天してから飛ぶことを好むようになったロドルフォだが、散らばる無数のディアボロを見ていれば楽しいなどと感じている余裕はない。
39号線を南下してきた仲間たちが、ブラッドウォリアーと交戦する撃退士との間に割り込んだ。
光の羽毛が交差点に舞った。
「あたし、参上です〜!」
告げたのはおっとりした雰囲気の少女だった。
森浦 萌々佳(
ja0835)の足元から光が立ち上る。ゆるくパーマのかかった髪がふわりと浮き上がり、彼女のまとうアウルの光が七色に変わった。
綺麗な緑色をした瞳が、ディアボロたちをまっすぐに見つめる。
「ここから先は進ませないよっ!」
元気よく告げたのは、キイ・ローランド(
jb5908)だった。
普段は女性的にも見える彼の童顔は、力強く見開かれている。構えているのは、上下に刃のついた円形の盾だ。
萌々佳が範囲攻撃に巻き込まれないよう、彼とは少し距離を取って敵を迎え撃つべく身構える。
「ここで敵を止めないと……」
敵の注目を集めた仲間たちの周囲に結界が展開する。
敵を迎え撃つ戦場の四囲に、四神の加護をもたらしたのは巫女装束に身を包んだ久遠寺 渚(
jb0685)だ。 タコ頭のブラッドウォリアーたちの魔法の大剣が、萌々香やキイに振り下ろされる。
だが、結界の加護を受けたディバインナイトたちは、その攻撃を揺らぐことなくしのいで見せた。
「渚さんは、攻撃に巻き込まれないようにねぇ〜」
苛烈な攻撃を受けながらも、萌々香が渚に声をかけてくる。
「大丈夫です……しらへび様が守ってくれますから」
生まれ育った神社のご神体である名もなき神に祈ると、渚の心が透き通るように静まった。
それと同時に、敵の注目を集める萌々香やキイとは逆に、彼女の気配が薄れる。
「久遠ヶ原の撃退士か……すまない!」
「気にするな。後は、私たちに任せてもらおう」
鳳 静矢(
ja3856)の紫の瞳がまっすぐに敵を見据えていた。
紫のオーラをまとった大太刀の鞘をつかみ、柄に手をかけていつでも抜けるように身構える。
萌々香とキイの間に踏み込んだ静矢は一気に刃を振りぬいた。
アウルの霧をまとった刃が一閃すると、霧が塊と化した。紫の鳥の形をとったそれはディアボロたちの群れの中を一直線に薙ぎ払った。
渚の結界を中心にして、撃退士たちが次々に布陣していく。
「おーおー、しぶとく残っている連中もいるモンなんだな。ま、ここは東北戦の後片付けとして――――交響撃団団長君田夢野、いざ出陣!」
後方からアサルトライフルで銃声の調べを奏でるのは、音楽家の少年君田 夢野(
ja0561)。
「まだ何か企んでいるのね――厄介な」
交響撃団のメンバーである暮居 凪(
ja0503)は2人のディバインナイトと並んでカイトシールドを冷静に構える。
ディアボロたちの狙いは不明だが、ろくなことではないのは間違いないだろう。
「ロードが1体弱ってる。もう少しで倒せるな……おっと、向こうからデスストーカーが来るぞ! 気をつけろ!」
周囲の偵察を続けるロドルフォが仲間たちに告げる。
その言葉に、真っ先に動いたのは織宮 歌乃(
jb5789)だった。
「暴れる前に落とさせていただきます」
駆け抜ける足取りは早く――そうでありながら、どこか儚げに。
真紅のアウルが
身にまとう力を刃にまとわせ、振り下ろした切っ先から鮮やかに椿の花びらが舞う。
踊る花びらの中を突っ切った気刃は巨大サソリの装甲を貫く――が。
気刃にこもる呪詛が発動すれば、敵は真紅の石と化すはずだった。しかし、ブラッドウォリアーと違いデスストーカーはけして状態異常に弱くはない。
痛打こそ与えたものの、呪詛に耐えた敵はそのまま前進を続ける。
「この先は通行止めだぜ冥魔の諸君!」
ロドルフォがとっさに結界の中に降下する。
「敵は鋏と尻尾で連続攻撃してくる。正面からは受け止めるなよ!」
天使の青年は、仲間たちに助言を与える。
「お、落ち着いて身を守れば……しらへび様の加護も、必ず守ってくれますから!」
渚が言った。
陣形を整えた撃退士たちは、押し寄せるディアボロたちの攻めを確実に押し返していた。
●
同じ頃、七里長浜でも戦いは始まっていた。
普段は津軽半島西岸を縦に長く伸びる単調な砂浜……。
だが、今、その砂浜は100を優に超すディアボロたちによって踏み荒らされていた。
海岸にそって長く続く、段差にうまった木々……埋没林の横で待ち構える。
「時間があったら、障害物を作ったりもできたのにね……」
「できれば有利だったんだがな……だが、仕方がないだろう」
田村 ケイ(
ja0582)と久遠 仁刀(
ja2464)は言葉を交わした。
学園に連絡が行われた時点で、すでに敵は行動を開始していた……と、なれば敵の進軍を阻むための準備をする時間はほとんどない。
簡易的なものとは言っても、柵や土嚢を用意するにはそれなりに時間がかかるのだ。短時間で作る方法を考えていればともかく、おいそれできることではない。
いちおうありあわせの柵を立てはしたが、迂回しようと思えばすぐにできる程度のものしかできてはいない。
「気休めだよね、これって。ま、ないよりマシかもしれないけど」
淡々と森田零菜(
jb4660)が言った。
彼女自身も作るのを手伝った柵だが、見つめる瞳が冷めているように見えるのは、冷静沈着な彼女の性質のためだろうか。
「多少障害物を用意したところで、前進はしてくるだろうしな」
端から見れば背の低い少年2人と少女1人が話をしているように見えたかもしれない。
ただ、ケイは男子の制服を着ているものの、実のところ女だった。スカートが苦手なのだ。
そんな彼女のほうが、仁刀よりもわずかに背が高かったが、そんなことを気にしない心の強さを彼は鍛錬によって身に着けていた。
ついでに言えば零菜はもう少し目線が上にあることも気にしていない。
ケイや零菜のほうも、別に背が高いとか低いとか、そんなことは気に留めていなかったし……。
「まるで大名行列だね……」
片刃の忍刀を手にする零菜。
「凄い数……まったく、面倒ね」
静かにショットガンを構えるケイ。
マイペースな彼女は敵の数の多さにもひるんだ様子は見えなかった。
だが、誰もが20倍以上のもの敵を相手に平然としていられるわけではない。
「敵は相当な数のようですわね……」
身を守るように腕を組んだのは、金色の髪を持った天使の少女だった。
あからさまな怯えを見せるのは朱利崎・A・聖華(
jb5058)のプライドが許さないが、それでも不安の色は隠しきれはしなかった。
「大丈夫か?」
肩を軽く叩いたのは、蒼桐 遼布(
jb2501)。
あまり人間と変わらない姿を持つ青年だったが、青から銀へ変化していく髪の色が、少しだけ伸びた犬歯が、わずかにとがった耳が、彼が人でないことを伝えている。
悪魔の青年に声をかけられて、天使の少女はわずかに身構える。
「一緒に行動するやついないんだけど、俺近接メインだしよかったら援護たのめるか?」
少しの迷い。
「承知致しましたわ。期待に応えられる様、尽力致しますの」
学園所属の悪魔であることはわかっている。聖華は遼布にうなづいた。
「よし、任せたぜ」
彼女の迷いを知ってか知らずか、遼布は進軍する敵の前に立ちはだかる。
不可視にしていた翼を広げ、聖華は上空へと移動する。
「悪魔と天使のコンビだなんて、妙な感じですわ……」
久遠ヶ原においては別に珍しくもなんともない光景――けれども、いざ自分がその状況下に置かれてみれば、やはり違和感はぬぐえないものだ。
翼の文様が描かれた長大な和弓を構えて、彼女は狙いを定める。
もちろん、バカ正直に正面から敵を止めるばかりが撃退士たちの作戦ではない。
埋没林の上では雀原 麦子(
ja1553)が強弓を手に伏せていた。
「逃げる敵に鞭打つってのもなんだけど……それだけじゃなさそうなんで油断できないのよね〜」
古い古い林の埋まった土にはそれなりの高さがある。
巨大なデスストーカーなどならともかく、人間サイズのディアボロにならばそうそう見つからないはずだった。
段差の裏には赤坂白秋(
ja7030)も隠れていた。
白秋は鏡を使って、なるべく身を出さずに敵の動静を確認しているようだった。
「ああ、またぞろ何か企んでやがんなー? それが何かは分からないが、関係ない。食い千切るのみだ」
豪快な彼にしては珍しくというべきか、自動拳銃のスライドを引いていつでも撃てるようにしながら、静かに隠れているようだ。
敵が何を考えているかは、こんな状況ではろくにわからない。ただ、この大群が他のディアボロの勢力と結びついてはまずいのは確実だ。
2人だけでなく、他にも数名の仲間たちが横合いから敵に襲撃をかけるべく隠れている。
山といる敵の上空を、馬のような四肢を持つ竜が飛んでいる。
いや、それは敵ではない。
馬竜の背に見えるのは、白装束に銀髪の女性の姿。
偵察役の白蛇(
jb0889)と、彼女が使役する翼の司だろう。
彼女が大きく回って姿を消す頃には、敵はもう待ち構える撃退士たちのすぐ前まで迫ってきていた。
「さあ、始めましょう! なるべくたくさん足を止めますよ!」
背中の大きく開いた服を着た、知楽 琉命(
jb5410)のアウルが作り出した流星が、先頭を進む敵の中に降り注ぐ。
主に状態異常に弱いブラッドウォリアーたちが、流星雨が生み出す圧力によって進軍を遅められる。
銃声が響いた。
少し遅れて進軍を指揮していたブラッドロードの頭に、横合いから白秋の拳銃弾が撃ち込まれたのだ。
ほとんど同時に、戦場に煙が巻き起こった。
「まともに戦ったら押しつぶされる! 敵を撹乱して、流れを止めるんだ!」
仁刀とケイが投じた発煙手榴弾が、足止めされた敵の先頭で爆発していた。
煙の中で敵の渋滞が起こる……。
そこに、側面に潜んでいた撃退士たちが攻撃を叩き込んだ!
●
鳴沢駅でもすでに戦いが始まっていた。
小さな無人駅には、幸いというべきか、巻き込まれるような一般人はいない。
けして少なくない数の敵が駅に向けて進んでいるのを撃退士たちはひたすら攻撃していた。
「働き甲斐ある数だねー」
ジェンティアン・砂原(
jb7192)は左右で色が違う瞳で、魔法の大剣を振り回す敵を見ていた。
飄々とした様子で、ダブルアクションのリボルバーでブラッドロードを撃ち抜く。
「駅は分散、交差点は消耗しているだろうから、この人数でもなんとかなるか?」
龍崎海(
ja0565)が投げたアウルの槍がブラッドウォリアーを一直線に貫いて、その後方にいたロードに止めを刺した。。
「最悪、浜の部隊は中断して市の方にきてもらうか」
「つがる市を守ることを最優先にするなら、それもありかもしれないですね」
傷ついた敵を、楯清十郎(
ja2990)が確実に物理攻撃で撃破する。
浜のメンバーもこちらに来てもらえば当面の被害は確実に防げるだろう。もっとも任務としては失敗になるだろうが……。
「駅にばかり集中してられませんよ。枝道の敵もだんだん31号線に近づいてます」
フリーハンドの通信機から、聞こえてきたのは偵察役のユウ(
jb5639)の声だった。
「もう少し南にいったところに、だいぶ近くまで来てるのがいます。急いで片付けないと」
「わかった。ユウは引き続き偵察を頼むよ」
「任せてください」
道路を進んでくる39号線と違い、鳴沢駅に近づいてくる敵は山の中を進むうちに分散している。
目につく敵を片付けて、海と清十郎はゆるやかにカーブする31号線を南下していく。
「はいはい、次はあっちーと」
厳しい戦場にあっても、ジェンティアンは笑顔を崩さない。
もっとも、彼の心のうちは笑顔に隠されて誰にもわからなかったけれど。
ユウの偵察を受けて、撃退士たちは南下していく。
やがて、田畑の間にある細い枝道から31号線に近づいてくる、数体のブラッドウォリアーとオークが見えた。
「ロードはなしですね。統率されてないのは助かります」
冷静に敵の陣容を確かめるのは黒井 明斗(
jb0525)だ。
銀縁眼鏡の少年は、その外見にふさわしく常に落ち着いて行動する性質であった。
近づいてくる敵に向けて、疾駆するのは赤い髪の青年。
少ないとはいえ複数の敵に切り込んでいく状況でも、ネームレス(
jb6475)の不敵な表情は変わらない。
「どの敵がいようがいまいが、俺はこれくらいしか能がないからな」
うそぶく名無しの青年には余裕の表情が浮かんでいた。
普段は布を巻いて持ち歩いている彼の長大な剣は、すでに解き放たれている。
先頭付近にいたブラッドウォリアーに骨董品の大剣を叩き込む。
魔法への守りに優れた敵は、明斗の攻撃ではほとんどダメージを受けていなかった。だが、ネームレスが行ったのはけして無謀な突進ではない。
仲間の援護が届く距離まで敵が近づいていたからこそ、ネームレスはは攻めに転じたのだ。
「一気に片付けましょう」
ネームレスが切り込む間に側面へと回りこんでいた明斗が、オークたちがいる辺りを狙って、彼はアウルの流星を降らせる。
オークには浅からぬ傷を与え、魔法に強いブラッドウォリアーたちにはダメージこそ薄いものの足を止めさせる。
「ここから先には行かせないですよ!」
力強く告げて、清十郎がネームレスと共に戦線を構築する。
さらに海や、ジェンティアンの攻撃も飛び、ディアボロたちを一気に打ち倒していった。
「……とりあえずここは片付いたね」
ユウが通信機に呼びかけてきたのは、ちょうど海が呟いたときだった。
「交差点までもうすぐつきますが、まだ他にも枝道を来る敵がいます。来られそうですか?」
「大丈夫……今回は、休む間もないらしいね」
傷はほとんど受けていない。手当する時間も惜しんで、撃退士たちは再び南下を始めた。
●
七里長浜を進むディアボロたちの先頭は、混乱に陥っていた。
麦子は強弓をひいては、闘争心のおもむくままブラッドロードの1体へと放つ。
「できたら、早めに敵を倒して、一杯やりたいところだけど……さすがに無理よねえ」
ビールが燃料だといわれるほど酒好きの彼女ではあったが、この状況では飲むわけにはいかない。なにせ、弓は両手を使わなければ射ることができないのだ。
埋没林のある崖は人間の身長よりも高い。
もちろんディアボロならば登るのはたやすい……が、登る瞬間は隙となる。
煙幕と足止めによって混乱している現状ならばなおさらだ。
「ま、あんまり好みの戦い方じゃないけど、前に立ちはだかったとこで数に潰されちゃうのよね〜」
地の利を得て放たれる彼女の強弓は、敵に混乱から回復する暇を与えなかった。
リミットを一段階外して、指揮官であるブラッドロードに連続して矢を放つ。4本の矢が、過たずロードを貫いた。
白秋の放つ銃弾も、ディアボロたちの体を貫通していき、ついにはブラッドロードに届く。
そして、空から降ってきた銃弾が、傷ついたブラッドロードをしとめた。
「ふむ……あれだけ傷ついておれば、さすがに1発で落とせるか」
言葉とともに、吐き出された清浄な白い靄。
埋没林よりもさらに上空から白蛇が狙撃したのだ。
白鱗金瞳の馬竜を駆っている、見た目には幼い少女。
けれど同じく金色をした彼女の瞳は、光纏により蛇のように縦に細長く変じていた。
正面側ではケイが放つショットガンと、琉命のアサルトライフルの銃声が響いていた。
混乱する敵への牽制であるのと同時に側面から攻撃する者たちのために削る意味もある。
「援護はお任せ下さいませっ!」
聖華の生み出した透明なヴェールが仲間たちを覆い、ウォリアーたちの大剣やロードの魔法から守護する。
「双極active。Re-generete。んじゃ、行きますか」
矛を手にした遼布は敵に接近し、足を狙ってなぎ払う。
高らかに跳躍した零菜も別の相手の頭部を狙って忍刀を振り下ろした。
月白のオーラが煙の中を貫く。
仁刀が持つ大太刀は、振りぬいた瞬間に霧虹のごとく煌めいていた。
一直線に伸びたオーラは、少年が手にした太刀の延長としてディアボロたちを切り裂いていく。
正面側の仲間の攻撃で傷ついた敵の足元から、紅紫色をした無数の剣や刀と槍が出現した。
ハートファシア(
ja7617)の生み出す魔法の武器群が、敵に物理的な打撃を与えることはない。
魔の力で敵を削り取って、そして巨大な花弁のごとくに消えていく――。
だが、タコ頭のディアボロたちが装備する魔法のマントはその攻撃を防いでいた。
「スタイリッシュスカート捲り……効果はないようですね」
撃退士たちの防具にしたところで、スカート状だから足元からの攻撃に弱いということはない。同じように、彼らのマントも足元からの攻撃もその神秘の力で防いでいるようだ。
魔術師……ダアトでありながら接近戦を好むハートファシアに、ブラッドウォリアーたちは大剣を振りかざして反撃をしてくる。
「そう簡単にはやられません。魔法剣士らしく行きますよ」
絡み合う蛇の杖を手にしてハートファシアは敵の攻撃をしのぐ。少女の周囲には紫の蝶が現れては消えていた。
敵が移動して層の薄くなった場所へと、小柄な少女が飛び込んでいく。
「ダメよォ……そんなところで集まったりしたらァ……」
待ち構えていた黒百合(
ja0422)の漆黒の大鎌が妖しく煌めく。
砂浜が腐泥に変わり、血と混ざり合った色をした巨大な腕が起き上がった。
激しい勢いで敵へと振り下ろされたその腕が、血と腐泥を撒き散らす。
腕は器用にハートファシアを避けて、周囲にいたブラッドウォリアーたちだけを襲っていた。
幾体かのウォリアーが倒れ、残った敵も今や強烈な激痛と悪寒にさらされているはずだ。
黒百合はもっとも弱っている1体を見極めると、神速で大鎌を突き出して葬る。
そして、素早く自陣へと撤退していった。
「さてェ……可能な限り相手に出血を強いらせないとねェ……♪」
敵はとても倒しきることができる数ではない……だからこそ、少女は戦況を見極めて確実に敵の数を削っていった。
●
枝道から31号線に乗ってきたスケルトンの1体を、横から猛烈な勢いで槍が貫いた。
「だんだんたどり着く敵が増えてきましたね……」
ユウの槍だ。
仲間たちは散発的にたどり着くディアボロたちを撃破している。
ペースは悪くはないが、敵の数は徐々に増えて手が回りきらなくなっていた。
「でも、討ち漏らしがあれば、一般人に危害が及ぶ可能性がありますからね」
その中には、かつて悪魔の一兵卒として戦い、重傷を負った彼女を救ってくれたような心優しい人もいるのだ。
誓いをたがえぬためにも、気を抜くわけには行かない。
スケルトンたちを撃破しながらも、ユウは飛翔して周囲の敵の動きに気を配る。
遠くでブラッドロードに率いられた群れと戦う仲間たちの姿が見える……その付近の枝道を、さらに別のロードが率いる群れが進んでいた。
「海さん、別の部隊が近くにいます、気をつけてください!」
とっさに、ユウは悪魔の力で海に直接語りかけていた。
青年が槍を振ってそれにこたえてくれる。
スケルトンの群れを撃破したユウは翼を広げる。
仲間たちがあの敵を倒すまで、まだしばらくかかるだろう。その間に、別の群れが道路を越えてしまう可能性もある。
足元にアウルの力を集め、彼女は一気に空中を加速する。
39号線の交差点付近での戦いもまだ続いていた。
このあたりでは広めと言える県道を通る敵は多いようだった。
ただ、けして組織的に動いているわけでないのが救いだろうか。
「後続が減ってきてる! きっと後一息だ!」
空中からロドルフォが仲間たちに呼びかけてきた。
けれど、その『後一息』として出現した敵は、今までよりも一際大きな群れだった。
押し寄せるブラッドウォリアーたちと接敵した歌乃は敵を惑わす陣を展開する。
奇門遁甲にとらわれた敵は方向感覚を狂わされ、幻惑にとらわれる。
「申し訳ありませんが、同士討ちをしていただきましょう」
状態異常に弱いウォリアーたちに、彼女が用いた術はてき面に効果を現す。
自然体の姿勢で、静かに敵中に立つ歌乃を無視して味方に攻撃する敵が多数……。
「飛んで火にいる秋の虫ッ! ってか」
両手剣に持ち替えた夢野が刃を振りぬくと、そこから音の刃が伸びた。
歌うような音とともに伸びていく剣は同士討ちで傷ついた敵を貫いていった。
運よく奇門遁甲にとらわれなかった敵も、歌乃の横を通り抜けて虹色に輝く萌々香へと向かっていく。
「森浦さん、大丈夫? 私が時間を稼ぐから、一度下がってもかまわないわよ」
凪が奇門遁甲の影響を受けていない敵の1体に盾を叩きつけ、吹き飛ばす。
「大丈夫です。これ以上、好き勝手させませんよ〜!」
傷ついた少女は、自らの肉体を活性化させて癒していった。
「ヘルハウンドが4体回り込んだ! 取りこぼさないでくれよ!」
ロドルフォの声が響いた。
「はい、任せてください!」
駆け抜けようとする敵の注意をキイがひきつけ、その牙を盾で受け止める。
「そこでじっとしていてくださいね〜」
集まったところで、渚が展開した結界がヘルハウンドたちの動きを縛っていた。
同士討ちから徐々に回復し始めたウォリアーたちの中で紫の輝きが放たれる。
高速で刃を振りぬいた静矢の周囲で敵が数体まとめて倒れた。
残った敵の刃が彼を捕らえた。
さらに、配下をいっせいに倒した彼へと怒ったような声を出してロードが炎を放ってくる……。
「倒れはしないぞっ!」
苛烈な炎を浴びても、静矢は倒れなかった。
高まった集中力にまとったアウルが紫に輝き始めた。
飛び退いた静矢は武器を銃に持ち替える。
紫に光るアウルをこめた弾丸がロードを打ち倒していた。
遊撃部隊は2体のロードが率いる部隊を同時に相手取っていた。
片方の部隊の後方に回り込んだ明斗が、彗星を降らせる。
隙ができたと見て、清十郎がロードへと突っ込んだ。
太陽のように輝くアウルが一対の直剣に集中する。
闇夜を切り裂く光のごとく突き進む刃がロードを貫いた。
「後どれくらい残ってるんでしょう。これだけの数を次の侵攻に持ち込まれたら厄介ですね」
「なにを企んでいようと、好きにはさせませんよ」
2人は言葉を交わし、残った敵を掃討していく。
もう1方のロードが炎を爆発させた。
だが、ジェンティアンがはった透明なヴェールが炎を和らげる。
「僕、重労働苦手なんだけどなぁ」
自身も炎を受けた青年が、小さなアウルの光で仲間を癒していく。
「これぞ戦場、って感じだな」
ウォリアーの1体が切りつけてきた大剣を受け止めて、ネームレスが逆にその刃を敵に押し返し、叩き切る。
倒れそうになっても、海のアウルが仲間たちに立ち上がる力を与えていた。
ロードへ接近した海が、力をこめて十字槍を叩き込む。
「悪いが、お前たちにいつまでも時間をかけていられないんだ」
背中まで貫通した槍を引き抜くと、ブラッドロードが倒れていく。
指揮役を失ったディアボロの群れを倒すのは容易なことだった。
警戒していたような強力な悪魔が出現することなく、撃退士たちはつがる市に向かうディアボロたちを撃破することができた。
だが、それは、本命である七里長浜側にディアボロたちをまとめる悪魔がいるということを意味していた――。
●
七里長浜での戦いは順調に進んでいた。
ディアボロたちを殲滅するのはもとよりできるはずもないが、少なくとも数は確実に減らしていっている。
倒した数は20か、30に届いたかもしれない……だが、順調なのはそこまでだった。
気づいたのは白蛇だった。
彼女の蛇瞳が、脅威の接近をとらえたのだ。
「皆、気をつけよ! 悪魔が来るぞ!」
配下のディアボロたちを飛び越えて、前線に近づいてくるのは悪魔の騎士ソングレイ。
冥魔たちの指揮をしていたのは確かにブラッドロードのようだったが、いったいどこに隠れていたのだろうか。
半ば龍と化した姿の遼布の矛が、ブラッドロードをなぎ払った。同じ敵を聖華が上空から弓で射抜く。
悪魔の騎士は、そんな2人の前に降り立った。
「よォ、楽しんでるみたいじゃねぇか。俺にもつきあってもらうぜ」
一気に引き抜いたのは漆黒の大鎌。
「ソングレイが来ましたわ!」
白蛇に続き、聖華も警告の叫びをあげる。
「削竜active。Re-generete!」
遼布はソングレイの姿を見て、武器を矛から3本の刀身を持つ大剣に持ち替えた。
けして背が低くない遼布の身長ほどもある剣の威圧感は、ソングレイが持つ大鎌にも劣らない。
だが、敵も味方も得物に畏怖を覚えるようなことはなかった。
振り下ろされた大鎌。血脈に眠っていた龍の血はすでに目覚めていたが、それでも騎士の斬撃をかわすことはできない。
聖華が付与してくれたアウルの衣も物理攻撃には意味がない。
武器を持ち替えたおかげでどうにか持ちこたえたが、遼布は一歩後ずさった。
「こんなところでもたもたしてねェで、やられた奴らは無視してさっさと進め!」
戦いながら、ソングレイがディアボロたちを一喝する。
「犠牲は無視ってわけかい?」
「多少目減りしても、困るのは俺じゃねェ」
渋滞していたディアボロが流れ始める。
押し流されるように、ケイがロードの衝撃波やヘルハウンドの突進を受けて吹き飛ばされる。
倒れた彼女を助けている余裕はない。
圧力を与えて動きを鈍らせるコメットは、すでに琉命は使い切ってしまっていた。
仁刀が横薙ぎの一閃を繰り出して敵を牽制しながら、少しずつ後ずさる。
アサルトライフルに持ち替えた黒百合の狙撃や、力強く放たれる麦子の強弓がなおも敵を削るが、敵はすでに流れ出していた。
ソングレイが大鎌を振るう。
漆黒の鎌から放たれた衝撃波が、上空にいた聖華を切り裂いた。
「そんな……!」
即席とはいえパートナーだった少女を倒され、遼布は怒りをこめて剣を振るった。
「目の前の相手を無視して、女から攻撃するのか」
「落とせる敵から倒すさ。天使をほっておいたら大ダメージをくらうかもしれないしな」
悪びれる様子もなくソングレイは剣を軽々と受け流して見せた。
白蛇がソングレイから少し離れた場所に降下する。
翼の司から乗り換えるためだ。
新たに召喚した竜は、先ほどと同じく白鱗に金瞳であったが、その翼は空中を飛ぶ力を持っていなかった。
「頼むぞ、壁の司よ。おぬしの守りの力を貸しておくれ」
竜を乗り換えた白蛇が高らかに鬨の声を上げる。
その間に大鎌に切り倒された遼布に代わって、白蛇はソングレイの前に立ちはだかる。
「隠れてたんなら、ずっと引っ込んでればいいのに。失敗しそうになってから、あわててでてきたってわけ?」
側面に回りこんだ零菜がさらにソングレイに声をかけた。
「そいつは、挑発のつもりか?」
淡々とした表情で告げる零菜へと大鎌を振り下ろす。刃から放たれた暗い光が零菜に襲いかかった。
白蛇の竜が生み出していた結界さえ切り裂いて、少女の体が一撃で倒れる。
進軍するディアボロたちのほうはと見れば、仁刀を回復していた琉命もまた群れにおしつぶされていた。
「これは……危険ですね。撤退するタイミングだと思います」
ハートファシアが仲間たちに呼びかける。
「おいおい、せっかく来たんだからもう少し楽しませろよ。こっちは、面倒な仕事させられて辟易してるんだからな」
ソングレイが大鎌を振り上げる。
その瞬間――。
アウルをまとい、背後から飛来した弾丸がソングレイの頭を直撃する。
舌打ちをして、悪魔が振り向いた場所にいたのは白いコートの男だった。
「楽しそうな事を始めるみてえだな。招待状はまだかよ?」
白秋が悪魔へと不敵に笑いかける。
「招待状なら送っただろ、つがる市とかいうとこに。……ま、なにか始めるんじゃなくて、最後のお遊びってとこだがな、俺としちゃ」
ソングレイが大鎌を振りかぶる。
「なァ、不意打ちして、そのまま逃げ出すようなつまらない真似はしねえよな?」
「さあね。俺はやりたいことをするだけさ」
勝ち目のない敵に対しても、白秋は余裕のある表情を崩さなかった。
凶悪な表情を浮かべて悪魔が地を蹴った。
……しばし後、十三湖へと向かうディアボロの群れを、撤退してきた撃退士たちは見送った。
「最初に見た数に比べれば、だいぶ減っておるのう」
「傷はたっぷりつけたわぁ……。戦力が足りなくなってるといいんだけどぉ……」
白蛇と黒百合が言葉をかわした。
もとより完全に壊滅させられるような数ではないが、目に見えて敵の数は減っている。
悪魔たちがどれだけの数を必要としていたかわからないのが不安要素ではあるが……撃退士たちが十分な成果を上げたことは、間違いなかった。