●
8人の撃退士たちは遠巻きに弘前城を観察していた。
城は静まりかえっている。
「敵がいっぱい居るところに襲撃をかけるのは……やっぱり怖いって思っちゃうの」
銀色の髪をした若菜 白兎(
ja2109)が呟く。
「お城見学……って訳じゃないっすよね……」
天羽 伊都(
jb2199)は少女を見やって、不安そうな表情を見せた。
「でも放っておいたら街や他のところで酷い事するかも……と思えば、怖がってはいられないの」
撃退士の中でも、まだまだ幼いと言える少女である。
名前のとおり、子兎にも似た印象を受ける彼女は戦うことへの抵抗はあるものの、誰かを守るためならば頑張れる少女だった。
「そうですね。誰かが困る前に、倒してしまわなければいけませんわね」
同じく銀髪の御堂・玲獅(
ja0388)が少女に声をかける。
「報告にあった『中学生くらいのおにいさん』の事も心配ですし……うん……だいじょうぶ、がんばるの」
玲獅を見上げて、白兎は気合を入れるかのように強くうなづく。
しかし、あえて水を差す者こそいないにしても、白兎の想いとは異なる予想をしている仲間たちも多かった。
「眷属が集まっているだけというのは妙だな。数体のロードだけで統率がとれる事もあるまいが……。上位者がいるのか……?」
リョウ(
ja0563)の声は静かだった。
白兎に聞こえないようにするためか、それとも単に冷静なその性格の故か。
「残党相手とはいえ数は多い、油断は出来んな。それに……入っていった少年とやらも気になる」
黒い翼を持つ天使、ディザイア・シーカー(
jb5989)は戦いを前にして、どこか厳つい雰囲気をまとっていた。
「ディアボロの隠れ家に少年……悪魔か眷属の可能性も? 疑うのも嫌な話だけど……」
陽波 透次(
ja0280)は穏やかそうな顔を曇らせる。
敵をヴァニタスや悪魔が統率している可能性もけして否定はできない。それが『少年』の正体である可能性は決して否定しきれなかった。
件の少年が、立ち入り禁止となっている城に入っていった理由も定かでないのだ。
1人になりたかったとか、好奇心であるとか、そんな平和的な理由だと思い込んでしまえないのは当然のこと。
それに、たった8人で30体もの敵を相手取らなければならない以上、警戒し過ぎて困るということはないだろう。
リョウが双眼鏡で弘前城の東門と北門を確認したが、敵の見張りなどが配置されている様子はなかった。
「警備はなし、か……? それともよほど巧妙に隠れているのか……」
下手に警備を立てて逆に怪しまれることを警戒したのか。リョウは奇襲を受けても対応できるよう、心構えだけはしておくことにした。
「文化財に潜むとは……全く、同族とは思いたくないのう」
少女のような外見をした悪魔、緋打石(
jb5225)は大きく息を吐いた。
「不穏の芽は早めに摘ませてもらうっすよ! これ以上東北の人に怖い思いはさせたくないっす!」
他の男性陣よりも、頭1つ……いや、2つ分は大きな青年は、勢い込んで言った。
九 四郎(
jb4076)は身の丈は人一倍大きいが、態度はけして大きくはない。
全体的に木々の生い茂った弘前城……弘前公園は遮蔽物にはあまり事欠かない。遮蔽物がより多い北門の護国神社周辺から撃退士たちは侵入する。
敵が潜んでいるのは2箇所。
逃がさないためには、同時に襲撃を仕掛けるのがもっとも順当な作戦だと考えた彼らは、途中で2手に分かれる。
伊都の提案により、敵がいないという2つの櫓も念のため確認しておいた。
3人は丑寅櫓、残る5人は天守側に。
(完全な掃討は難しいっすから……せめて、全員無事に帰れるようにしたいっすね)
天守側に回る伊都は離れていく3人を見送った。
●
北の郭を抜けて、本丸へ向かう撃退士たちは襲撃を警戒して身を隠しながら移動する。
白兎は小さな星々のように輝くアウルをなるべく抑えていた。
敵に見つからないようにするためだ。
弘前城の天守は意外とこじんまりとしていて、櫓の1つと言われても違和感のないほどだ。
伊都は剣を構えて体勢を低くする。
「あれなら、全部まとめて探知できるの」
櫓側からの連絡を待つ間に、白兎は天守内部の生物をアウルの力で察知する。
「敵の様子はどうじゃ?」
緋打石が問いかけてきた。
「えーと……入り口付近は避けてるみたいなのよ」
敵は奥のほうを中心にして散らばっているようだ。2階にも反応が1つあるのが気になるところだ。
「わかっていたことだが、やはり数は多いな」
「そうなの。絶対油断しちゃだめなのよ」
心配げな顔の白兎にディザイアが手を乗せた。
仲間たちに説明を終えたところで、つなぎっぱなしの携帯に櫓側から連絡があった。
「こっちも準備大丈夫っす」
「――仕掛けるぞ。一体も逃がすな」
携帯を切断せずに、撃退士たちはそれぞれに武器を構える。
阻霊符を発動させて、彼らは建物へと走る。
伊都は体の周りに黒い光をまとった。
身に着けている者も、すべて黒く見えているはずだ。
「さあ、行くっすよ!」
黒獅子モードと化した彼は、天守に飛び込むと近くにあった扉の1つを勢いよく開けた。
見えた敵の姿はちょうど3体。
タコのような頭部を持つ冥魔に反応する隙さえ与えずに、彼の動きが加速する。
構えていた大剣を突き出した……と、思った瞬間にそれはすでに3体の敵を一気に貫いていた。
白兎が彼に並んで、刃のついた円形盾をかまえて攻撃する。
ディザイアも同じだ。ナックルを装着した拳を白兎と同じ敵に向ける。
緋打石がオートマチックを構えて、奥へ逃げようとした敵を後ろから撃った。
他に2体いる傷ついた敵のうち1体へと四郎が幻影の蛇を放ち、毒に犯す。
攻撃を受けながら、敵は隣接する部屋へと移動していった。
撃退士たちもそれを追ってさらに奥へと突き進む。
見えたのはやはりタコのような頭部を持ち、杖を持ったディアボロ。
いや、次の間にいたのはロードだけではない。他のウォリアーなども5体ばかり群れを成している。
伊都は勢いをかって突っ込もうとしたが、一瞬冷静さを取り戻してもっとも傷ついた敵に狙いを定めた。
「調子に乗ってお城を壊す訳にもいかないっすから……」
内壁にぶつからぬようにしつつ、大剣を突き出す。
過たず背後から貫いた刃が、ブラッドウォリアーの体の前面から飛び出していた。
ロードが火球を撃退士たちへと放ってきた。
さらにその指示を受けたウォリアーたちが一気に撃退士たちへと向かってくる。
奥のほうからも敵が動き出した物音が聞こえ始めていた。
「出てくるっすね。気を引き締めてかかるっすよ」
四郎はアウルの網を作り出して、炎の礫から伊都を守った。
あと2回同じ技は使えるが、まだしばらくは温存だ。
ウォリアーたちの大剣が伊都やディザイア、白兎に向けられていた。
「みんな、がんばるの」
白兎がまとう星の輝きが散って、仲間たちの体を覆う透明なヴェールとなった。
魔法の大剣は撃退士たちを捕らえていたが、その攻撃は確実にヴェールにやわらげられている。
「数が多いっすから確実に行きましょう、出来れば全部倒したいっすけど、無理は禁物です」
敵の中に混ざっていたオークのところへ伊都が走りこみ、大剣を小さく振り上げる。
緋打石は鷲のような翼で敵の頭上を飛び越えて前進し、忍刀をロードへと向けていた。
そして、ウォリアーたちの側も撃退士たちと積極的に切り結ぶつもりはないようだった。
大剣の一撃を加えた後、さらにそばをすり抜けて入り口に向かおうとしている。
「行かせないっすよ。ここで止まっていてもらうっす」
四郎の巨体を中心として、結界が展開されていく。
身動きを止める結界は前進してきていたウォリアーを確実に絡めとっていた。
止まった敵のうち1体を、ディザイアのナックルが打ち倒し、叩き伏せた。
奥からさらなる敵が姿を見せる。
3倍もの数の敵が押し寄せるのを、撃退士たちは全力で迎え撃つよりなかった。
●
北東にある丑寅櫓に突入したのは2人だった。
玲獅と透次だ。
リョウは壁を駆け上り、2階の窓から体を滑り込ませる。
「敗残とはいえ城に立て籠もる敵相手に十人で攻め込む事になるとはな。世が世なら冗談の類だな」
気配を薄めたままでリョウは移動する。
櫓はけして大きくはない。下階へ下りる階段はすぐに見つかった。
ディアボロたちが動き出している物音が聞こえる。
2人の仲間が仕掛けたのだろう。
音もなく階段を下りたリョウは戦闘音がするほうへと移動する。
進入する前に玲獅が使った生命探知によって敵の居場所はだいたいわかっている。もちろん移動はしているだろうが……。
すぐに盾を構えて前衛に立つ玲獅と、その少し後ろから攻撃を行う透次の姿を見つけた。
対峙しているのはブラッドロードが1体と、7体ほどのブラッドウォリアーたち。
敵は玲獅を突破して、櫓から脱出しようとしているようだ。
背後から迫るリョウを警戒する者などいない。
「この城は返してもらう。最早この地に貴様らがいられる場所は無いと知れ」
腕を覆った黒い光纏より、アウルでできた黒い槍が生み出される。
リョウがもっとも得意とする武器のイメージ。
黒雷をまとった槍が彼の手を離れると、四分五裂して一直線上の敵を貫いていく。
すでに透次の攻撃で傷ついていたらしい2体が、槍に貫かれて動かなくなった。
玲獅は、倒した敵を乗り越えて進もうとするブラッドウォリアーに、指先を向けた。
「逃がすつもりはありません」
放った聖なる鎖を操ると、それはタコの頭部を持つディアボロの動きを制限する。
中衛から透次が放った鎖付きの鍵爪が別の1体を呪縛する。
ロードの放つ炎の礫が彼女を襲い、縛っていない別のタコが剣をなぎ払う。
だが、玲獅はもとより仲間の盾となるつもりでここにいるのだ。
白蛇の意匠が施された盾と、アウルによって生み出した鎧が彼女を守ってくれている。
身動きを止めた敵とロードに、再び後方より雷をまとった槍が降り注いだ。
弱った敵を、玲獅は復讐者の名を持つ双剣で止めを刺す。
「3人で阻止しきるには少し厳しい数ですが……」
玲獅と透次が動きを呪縛しながら敵を弱らせ、そしてリョウも加えた3人の攻撃で少しずつではあるが撃破していった。
敵の数を減らすうちに、さらに5体の敵が撃退士たちの前に姿を見せる。
透次はそこまで使っていたPDWを古びた刀へと持ち替えて、玲獅の横に並んだ。
「さすがに前衛1人じゃ厳しそうですからね」
「ありがとうございます。傷ついたときはすぐ癒しますから」
「お願いします。……回避しきれば必要ないですけどね」
穏やかな微笑を見せ、不敵にも透次はそう言いきった。
そしてまた、言い切れるだけの並外れた回避能力を彼は確かに持っていた。
増援の中に混ざるスケルトンなど、彼にとっては物の数ではない。
接近してきたウォーリアが大剣を振るった。魔法の大剣は少しばかり見切りにくいが、それでも見切るのが難しいというほどではない。
刀で刃を受け流すと、鎖付きの鍵爪で呪縛する。
だが受け流しても敵は次々に押し寄せる。
振り向くとロードと3体のウォリアーが入り口に向かうところだった。
いや、ロードの前に羽の生えた光の玉が浮いている。
動きを止めたところに、壁を駆け抜けながらリョウがライフルを放った。
「――行かせません」
透次も同じ敵に向けて跳躍した。
膨大なアウルを溜め込んだ刀を振り上げて、一気に振り下ろす。
母から受け継いだその技は、魔法の杖を持つタコの頭部を断ち割っていた。
……3体のウォリアーは逃がしたものの、残った敵はすべて阻むことができた。
「敵の行動が腑に落ちない。上位者がいる可能性もある。警戒は怠らないようにしよう」
リョウの言葉に、透次と玲獅はうなづいた。
●
天守側の戦いは続いていた。
敵の数は減っている……だが、倒した敵ばかりでなく、何体かすでに逃亡を許してしまっていた。
皆、逃がさないように意識はしていた。ただ、突破されたときに足止めする具体的な方法まで考えておいたほうがよかったかもしれない。
緋打石はロードの1体に張り付いて、刀で身を削っていた。
「兵法では先ず指揮系統を最優先で潰すという……」
さほど攻撃力が高いとはいえない彼女だが、それでも突き刺し続ければ敵は倒れる。
その時――城の奥から、眼鏡をかけた少年が足音を潜めて近づいてきた。
敵か味方か……もう1体のロードに接近しながら、緋打石は監視の目を向ける。
「おにいさん、こんな場所にいちゃ危ないの!」
思わず彼を護ろうと近づいたのは白兎だった。
「なにやってる、お前ら! 見つかったらさっさと逃げろって言っただろうが!」
怒声と共に、跳躍した少年の手足から血のように赤い湾曲した刃が生えた。
飛翔する4つの刃が白兎の小さな体に向かう。
少女の構えていた円形盾が貫かれる。
警告の声を発するのは間に合わなかった。
間に合ったのは、四郎の作り出したアウルの網。
それでどうにか持ちこたえた白兎は自らの体を癒し始める。
「どうやら敵なのは明らかなようだ」
ディザイアが言った。
「なるほど……悪趣味の親玉は貴様ということじゃな」
あざける緋打石に少年が不機嫌そうな顔をする。
「僕が……この月寒里音がお前らに見つからないように頑張って集めてたってのに……まったく、簡単に台無しにしてくれるよな、撃退士ってのはさあ。師匠に顔が立たないじゃないか!」
里音という名らしい彼が、爪を噛む。
「……援護してやるから、さっさと逃げろ!」
少年が腕を振って号令を下す。
いや、その腕を振る動きが攻撃だった。
ディザイアは翼に痛みが走ったことに気づく。
突き刺さっていたのはナイフだった。
敵が青年の横を突破して、入り口方面に向けて全力で移動を始めた。
流れるような動きで里音はさらにナイフをどこかから取り出した。何本も持っているらしい。
伊都が姿勢を低くして、里音に突撃する。
緋打石は飛翔し、逃亡するディアボロたちの前をふさごうとした。
足止めを食った数体を、四郎が結界で呪縛する。
「そう簡単に……逃げられると思うな」
ぶっきらぼうな口調で言い放ち、ライフルに持ち替えてディザイアは射撃する。
天使の銃撃は、逃げる敵の1体を撃ち抜いた。
だが……妨害はそれが限界だった。
すでに逃げていた数体と合わせ、気づくと10体弱には逃げられてしまっていた。
多少逃げられることは想定のうちだが、さすがに逃げられた数が多い。
「だいぶ減らしてくれたな! 今回は見逃してやるけど、お前らの顔は覚えたからな!」
里音は子犬のように甲高い声でそう告げた。
だが、撃退士たちにしても勝ったとはとても感じられなかった。