●月見のお供に
さて、お月見をするなら飲食は必須だろう。場合によっては花より団子になる可能性もあるにはあるが……。
「ワインにビーフジャーキーとスルメイカですか……趣味がよくわかりませんが、小説家ってこんなものですかね」
克己の家にやってきた仁良井 叶伊(
ja0618)は、テーブルの上に並べた食べ物と飲み物を見渡して小首を傾げた。
「う〜ん。小説化みんなかどうかは分からないけど、そんなに変かなぁ」
克己はハハ、と乾いた笑みをこぼしてベランダの縁に腰掛けた。
「俺、何か持ってくるよ」
美森 仁也(
jb2552)は腰を下ろす寸前に再び立ち上がって、一度外に出た。
「う〜ん。じゃあ、私が料理を作るのです」
澄空 蒼(
jb3338)はピョンと立ち上がった。台所へ行って使える器具を確かめる。
「何か出来る事あれば、遠慮なく言って?手伝うから」
カチャカチャと器具を取り出して並べる澄空に向かって、黄昏ひりょ(
jb3452)が言う。
「じゃあ、買出しをお願いするのです。鶏肉と、ジャガイモと、ニンジンと、卵と、アスパラガスと、ベーコンと、カレールーが欲しいのです」
「分かった。すぐに買ってくるよ」
黄昏がメモを取って買出しを承諾すると、澄空はうれしそうに笑った。
「ありがとうなのです。私は使うものを洗っておくのです」
しばらくすると、まずは美森が戻って来た。手に持ったビニール袋から、日本酒、カマンベールチーズ、ナッツ、そして焼き鳥と牡蠣の燻製の缶詰を取り出してテーブルに並べた。
黄昏が戻ってきたのはそのすぐ後である。買ってきた材料を持って、キッチンで料理をする澄空を手伝い始めた。
「ありがとう。ぼく、料理はからっきしだから助かるよ」
克己は料理組みに一言掛けると、ビールを開けてコップに注いだ。
「ぼくたちは先に飲もうか」
克己が勧めると、みんなコップに思い思いの飲み物を注いだ。ほとんどが麦茶かジュースだが、美森は日本酒を選んだ。
「じゃあ、月に乾杯」
「「「「乾杯」」」」
空に向かってコップを掲げ、それからお互いにコップをぶつけ合う。
「じゃーん!塩コショウを効かせたアスパラベーコンと少し甘めな玉子焼きなのです」
丁度良く、澄空と黄昏が料理を持ってテーブルに並べる。
美森もエイルズレトラ マステリオ(
ja2224)も克己を含めた他のみんなも、出されたものを適度につまみながら月を眺めた。
●月を見ながら
「そうだ。君たちが学園に来た経緯とか、教えてくれるかな。ぼくはたまたま受けた検査で適正が見つかったからなんだけど、君たちは?」
克己が問いかけると、まず最初にクリスティン・ノール(
jb5470)が手を上げた。
「クリスは天使ですの。でも、クリスには悪魔のお友達が居るですの。こっそり遊びに来た人間界で出会ったですの。……でも、天使と悪魔は仲良くしてるとダメ見たいですの……。だから、クリスは人間界に来たですの。お友達、沢山出来るように。お友達、大切に出来る様に。竪彦さまも、今日集まった皆さまも、お友達になれると嬉しいですの♪」
可愛らしく微笑んで答えた。
「天使なのか。すごいね。ぼくも君と友達になりたいよ」
克己は目を輝かせた。
「次は、僕が答えましょう。マステリオ家は先祖代々異能の家系で、退魔、傭兵、暗殺等を生業にしてきた一族です」
コップに新たな麦茶を注ぎ足しながら、エイルズレトラが続けた。
「僕はそこの当主となる長男として生まれましたが、戦いの才能に恵まれず、次の当主として力不足なのが悩みの種でした。僕は、マステリオ家の戦い方では自分は強くなれないと判断し、これはNINJAになるしかないと思って久遠が原に入学しました。どうやら撃退士としての戦い方は自分に合っているらしく、現在は撃退士として順調に成長中です。けれどここである程度力をつけたらいずれは撃退士を止めて実家に戻り、現当主の父から当主の座を引き継ぐ予定です」
「へぇ〜。当主になるんだ。マステリオ家かぁ。君が当主になったら、取材させてくれる?」
エイルズレトラの真面目な話に、克己は悪戯っぽく笑って答えた。
「俺は、自分の中に得体の知れない力があるのは感じでいたものの、それを隠すように過ごしていたんだ」
その次に、黄昏が克己の問いかけに答えた。
「ただ、そうもいかない出来事があって。友人が大怪我をしかねない出来事があった際に、自然に体が動いて友達を助けていた。でも、その友達にはその後気味悪がられたな……。お手柄!とか、地方の新聞に載ってしまって…。力をもっと制御出来るようになりたいって思いもあったけど、友達の視線から逃げるように学園に来たんだよな」
黄昏は遠い目で月の見つめながら、少し寂しそうに言う。
「君は?」
黄昏に申し訳なく感じて、克己は他の人に急いで話を振った。克己に声を掛けられたのは、仁良井である。
「そうですねぇ。この学園の近くの港に辿り着いた漂流物に紛れていた所を発見され、保護されたのが私の今の記憶の最初で、その時の学園関係者の驚愕の表情は今でも覚えています。その後、今の身元引受人に撃退士になる事を条件に名前を貰い、居候させてもらっているのが現状です」
仁良井はごく普通の出来事のように話した。
「なんか、ごめんね。えーと、君たちが受けてきた依頼についても聞かせてくれるかな」
克己は急いで話題を逸らした。
「えーと。最初の依頼ですね。実質、ゴーレム退治ですが……体を動かす事すら難儀だった当初の力では、相当苦労した様に覚えてます」
仁良井が答える。克己はやっと一息ついた。
「僕の場合は、まだ撃退士として活動を始めたばかりのころ受けた依頼ですね」
続いてエイルズレトラが答える。その横で、美森が二杯目の日本酒を飲み始めた。
「授業中の、ごく普通の中学校をディアボロの群が襲撃し、居合わせた僕達は無力な人々を必死に守りました。けれど、犠牲者47名の大惨事。学園に帰ったら、『よくやった。十分に仕事をこなした』と言われましたが、冗談ではありません。僕は、自分の無力を痛感し、それ以来ただひたすらに強さを求めています。このご時勢、弱くて得なことなど何一つありません。自分の理想を貫くなら、守りたい人々の盾になるなら、強くなければ話になりません。たった一人で千の敵に負けぬ力を、たった独りで万の敵を屠る力を、強く、強く、もっと強く、どこまでも。それが、今の僕の生きる理由でしょうか」
エイルズレトラの答えを聞いて、克己はまた気持ちが沈んでしまった。やっぱりこのタイプの質問はやめたほうが良かったのかもしれない、とまで思った。
●雰囲気を立て直して
「そろそろカレーが出来たかな?」
場の雰囲気を立て直そうと、黄昏がさりげなく話を逸らした。
「そろそろできる頃なのです」
黄昏は澄空と一緒に席を立って、キッチンへ向かった。しばらくすると、熱々の鶏肉のカレーを持って出て来た。カレーには、綺麗に焼かれた目玉焼きが乗せられている。
「澄空さんが作ってくれたお月見カレーだよ」
黄昏が言った。そして澄空と一緒にみんなにカレーを配っていく。
「うん。やっぱり手作りはすごいね。おいしいよ、澄空くん、黄昏くん」
克己が口いっぱいにカレーを詰め込みながら言った。
みんながおいしそうにカレーを頬張ると、エイルズレトラが急に立ち上がってテーブルの向こう側に回った。
「まあ、余興ですよ」
そう言って手品を披露し始める。トランプを使った簡単なマジックだが、場の雰囲気は格段に軽くなった。
「すみません。少し、トイレを借りてもいいですかね?」
手品の途中で仁良井が克己に声を掛けた。
「ああ。いいよ。廊下の右にあるから」
仁良井がトイレから戻って来た時、エイルズレトラの手品が丁度終わった。
「そういえば、印象の強い依頼なのですよね」
大分場が和んだところで、澄空が話を元に戻した。
「私は悲しみに沈みこみそうな学園の人を元気づける依頼、ですかね。この依頼を見た時に、私達悪魔がしてきた事の影響を強く感じてかなりショックを感じましたねー。恨まれるかと思いましたけど、そんな事は表に出さず前向きになって……今でも悲しみと戦っていますですよ」
そう言うと、ポケットからチョコバーを取り出して克己に見せた。
「このチョコバー、今でもその友達がちょくちょく作ってくれるのです。私の一番大好きで大切な宝物なのですよ」
大きく笑みを浮かべると、もぐもぐとチョコバーを食べ始めた。
「クリスも答えるですの」
一気にジュースを飲み干したクリスティンが澄空からバトンを受け取った。
「えとえと、悪魔のメイドさんと、戦ったですの。…でも、始めはお友達だったと思っていたですの。…でも、敵さん…だった…ですの……。だけど、結局、お友達になれたのですの!今は久遠ヶ原に居るはずですの。お友達に…敵じゃなくなった時には、凄く嬉しかったですの」
クリスティンはキラキラと輝くような笑顔で言った。
●興味の赴くままに
「ねえ、どんな天魔に出会ってきたの?」
克己がさらに訊いた。
「色んな天魔と出会ったですの。クリスはまだ、弱いですの。実戦経験も少ない…ですの。だから、やっぱり印象に残っている天魔は、先にあげた、悪魔のメイドさんですの。…本当は、戦いたくないですの…。怖いのではなくて…きっとお友達になれるはずですの!」
クリスティンが答えた。根拠のない自信に満ち溢れた笑顔は、見ている人を楽しくさせる。
「俺は大規模で戦った男爵級悪魔かな。初めて大きな戦いで陣頭指揮を臨時とはいえ行った時の事なんだけど。結構追い詰めるも、他方面での劣勢が大きく影響し最後は総崩れになったんだ。かなり苦い思いをしたよ」
雰囲気が重くならないように、黄昏は出来るだけ詳細を省いて答えた。
「向こう側の人達はあまり面白い人達いませんでしたけど、こちらの天魔さん達はメイド服着て斧振り回したり、人と同じように家族ドラマしていたりする人とか色々いて個性的ですねぇ。こちらの方が面白い天魔多くて、この世界は面白いと実感するのです」
澄空は本当に人間界が好きなようで、こちらで出会った天魔のことを実に楽しそうに答えてくれた。
「君は?」
そう言って克己は美森を振り返った。美森は日本酒を飲み尽くして、今度はワインを注いでいた。
「ん、ああ、俺は悪魔だから――まだ依頼では奉仕種族以外にあった事はないかな?俺の悪魔の姿、見てみる?」
「ぜひ」
他のメンバーも頷いて同意を示したものだから、美森は一度もとの姿に戻った。濃紫の二本角と被膜の翼と悪魔の尻尾を持つ銀髪金目の悪魔。克己は大きく口を開けて、しばらく動くことも出来なかった。
「どうかな?」
「す、すごいよ。ぼく、悪魔の本当の姿を見るのは初めてなんだ。ありがとう」
人の姿に戻ると、克己にめちゃくちゃ感謝された。
「私からも質問を一つ、いいですか?」
仁良井が克己の方を向いて訊ねた。
「もちろんだよ」
「今の天魔のことを、どう思いますか?私からすれば、天魔全てが『人間の生存競争』の相手であり、それには正義も悪も無くて只生きる為のエゴがあるのみで、そのエゴが撃退士だと思いますね」
仁良井の問いかけに、克己はう〜んと呻りながら考え込んだ。
「そう、だなぁ。競争相手、ではない様に思うんだ。元々違う世界の住民だし。もしぼくたちに知能がなければ、おそらく天魔にとっては飼い馴らす前の家畜と同じだろう。だから、ぼくは天魔を敵と思う。確かに君の言う通り、そこに善悪はないと思うよ。敵は必ずしも悪ではないからね」
悩みながら、ゆっくりと一つの答えを口にした。仁良井は完全にその答えを理解したわけではないが、なんとなくそのニュアンスは分かった。だからコクリと頷いた。
「ぼくさ、友達がいないんだけど。君たちはどうやって友達と過ごすの?」
たくさん考えた後だから、克己はほとんど考えずに純粋な疑問を口にする。
「クリスは色んな所を見て回りますですの。クリスはまだ人間界の事、良く知らないですの。だから、色んな所、とっても楽しいですの♪大好きなお友達となら、もっと楽しいですの♪」
最初に答えたのはクリスティン。思い出すだけで楽しいとでも言うように、言葉の隅々がはしゃいでいる。
「俺は部室で過ごしたり、皆と歓談の場でのんびりお喋りしたりするかな。どちらかというと、皆とのんびりお喋りするのが好きだから、こういう時間は凄く大事に思うんだ。そういう時間で心のエネルギーを補充してる感じだな」
黄昏は今の時間も大切なんだ、とでも言うように周りを見渡しながら答えた。
「いいねぇ。のんびりおしゃべりか〜。学園に来てからだと、今日が初めてなんだ」
克己は少しうらやましそうに黄昏を見た。
「じゃあさ、じゃあさ。君たちの恋愛とか、教えてくれないかな」
雰囲気がよくなってきたことで、克己は完全に調子に乗っていた。
「恋愛は、無いですの。でも、大好きな人はいっぱいですの!」
クリスティンが笑顔で答えると、克己の目線は自然と黄昏に向かった。
「色々、とありましたね」
黄昏の顔には一瞬だけ寂しそうな表情が浮かんで、消えた。
「この話題は他の方へ振りましょう!美森さんは?」
黄昏は笑顔で言った。何かを誤魔化すような、そんな笑顔だった。
「そうだね。俺の場合は、どういう恋愛をしているかと学園に来た経緯がほぼ直結しているからね。時折こちらには来ていたけれど、15年位前かな。事前偵察のつもりで来た時に一人の女の子に一目惚れしてね」
美森の懐かしそうな目に、克己は少しうらやましく思った。
「その娘は孤児だったから、大人になるまで自分の手で育てようと思って、その場ではぐれて人間の経歴手に入れて。暫くは穏やかに暮らしていたけど、彼女やその友人、幼馴染なんかに同時期にアウルが発現したんだ。丁度学園で天魔も受け入れる事になった時期も合致していたので、隠れ住む危険性と彼女の身の安全を考えて学園に来たんだ。育てていた娘が今の妻。彼女と出会う前は恋愛なんてした事なかったよ」
美森は幸せそうに微笑んだ。
「一目ぼれして、育てて、そのまま結婚か。なんか、光源氏みたいだね」
そう言って克己は微笑み返した。
●夜が明けて
月が西に深く沈みかける前には、学生たちはそれぞれの家に帰って行った。
「なかなか楽しかったです」
部屋を出るとき、仁良井が克己に向かってそう言った。
「ありがとう。みんな、たまには遊びに来てよ。ぼくの部屋、溜まり場にしてもいいからさ」
立ち去る仁良井たちの背中を、克己は名残惜しそうに見つめた。