●捜索隊集合
「迷子の捜索か……なんか探偵みたいやな」
依頼を見て、ゼロ=シュバイツァー(
jb7501)が笑いながら呟いた。
「新しい本場の四川味わえるお店、俺も気になってたんだよね。でも、さすがに子供から報酬は貰えないかな〜」
集合場所に向かいながら、星杜 焔(
ja5378)は今さっき引き受けた依頼を思い返していた。
斡旋所に一角で、五人の撃退士が顔を合わせた。彼らが囲んでいるのは一人の女の子で、その子は大きな目いっぱいに涙を溜めていた。
「あ、茜と、いいます。弟を、探して、ください」
茜は何度も息を詰まらせながら彼らに頭を下げた。
その様子を見て、ゼム・クロスオーバー(
jc1027)はラクーンドックの腹話術人形を取り出した。茜の目の高さまでしゃがんで、恐がられないように少し緊張しながらも腹話術で話しかける。
『君が泣いていると、弟君も不安になっちゃうよ。だから、笑顔で待っていようね?』
茜がゼムの言葉にコクコクと頷くと、エルム(
ja6475)がスッとハンカチを渡してあげた。
「大丈夫、任せておいて。拓也君は私達が必ずみつけてあげるからね」
そう言って笑いかけると、茜もやっと泣き止んでくれた。
「自分を責めないようにね。子供の力で流れに逆らうのは大変な事だから。ましてや撃退士の浪では仕方がない。君のせいではないよ」
そう言って星杜が優しく茜の頭を撫でた。
多分星杜にしか感じられなかっただろうが、星杜の手がその頭に触れた途端、茜の身体が少しはねた。驚いたというよりは、怯えたといった方がしっくりくるような、そんなはね方だった。
「ね、茜ちゃん。拓也君とどこに行こうとしてたんですか?」
六道 鈴音(
ja4192)が訊ねた。
「カレーが食べたいって言ってたから、カレー屋さんに行こうとしてました」
「それで、どこら辺ではぐれたんですか?」
再び六道が訊く。
「ええと、たくさんの学生さんが出てくるところです」
茜の答えは曖昧だった。まあ、十一歳の女の子が詳しく地理状況を解説できるほうが不思議なのだが。
「これでいうと、どこら辺なんや?」
口を挟んだのはゼロで、手には簡易地図が握られている。飲食店街を中心に、北に商店街、南に服飾店街、東に学園の校舎がある。西は……描くのが面倒だったのか、白紙だった。
「たぶん。ここです」
茜が指差したのは、高等部から一番近い飲食街への入り口。つまり、飲食店街の真ん中辺りだ。カレー屋さんは、そこから北に向かってしばらく歩いた辺りにある。
「なるほどなぁ。で、拓也君の服装とか特徴とか、教えてもろうてもええか?」
「は、はい。ええと、黄色い半袖のシャツに、白い半ズボンです。特徴、……ええと。あたしより、頭一つ位小さくて、こめかみにホクロがあって、ええと……」
急に特徴を教えろといわれてもすぐには出てこない。茜はあたふたしながら、また少し恐くなって、目に涙が溜まり始めた。
「ああっ。焦らんでも大丈夫やで。それぐらいで十分や。あとは、拓也君の写真をもろてもええか?」
「は、はい。持ってきます」
茜は脱兎の如く斡旋所から飛び出して行った。
「この間に、連絡先を交換しませんか?」
六道が提案する。
「そうだな。その方が連絡もしやすい」
ゼムが一番先に同意を示した。
全員が連絡先を交換して連絡が取れるようになると、ゼロは拡声器を借りにいった。
「これが、弟です」
程なくして、茜が人数分の拓也の写真を手に戻って来た。丸顔の、可愛らしい男の子だ。
「よし。はい。これ、茜ちゃんの分や」
キョトンとする茜の前に、ゼロはスマホを一つ差し出した。
「見つけたら、これに連絡するからな。しっかり持っとき」
「は、はい」
「ところでね? 君は何で撃退士が嫌いなのかな? さっき、怯えてたよね」
星杜が、いきなり切り出した。
「……」
茜は少しだけ迷って、結局正直に話すことにした。拓也の言う通り、自分もそろそろここに、撃退士に、慣れないといけない。
「小さい頃に家族で天魔に襲われて、すぐに助けられたんですけど。その時に、お母さんがあたし達を守ろうとして、アウルを暴走させてしまったんです。その時の姿が、どうしても忘れられなくて、恐いんです。アウルなんて力を持った撃退士が、恐いんです」
「そっか…。お母さん、名前を教えてもらってもいいかな?」
「? 順子、です」
星杜は学園に電話すると、茜の母の名前を告げてそのアウル制御具合を問い合わせた。返ってきた答えは良好。星杜は電話を切ると、もう一度茜に向き直った。
「お母さんに連絡してもいい?」
「ダメですっ! 心配、掛けたくないです」
茜の答えは速かった。
「君は優しいのだね」
星杜は優しく笑いながら膝をついて茜と目線を合わせた。
「お母さんも撃退士だから君の依頼が見れるし、隠し通せないかもしれないよ。それに、俺にも息子がいてね。もし迷子になったら、秘密にされたくないよ。自分で何としても探したい。親は子供の事をいつだって心配してる。隠す必要なんてないのだよ」
それに、と星杜は優しい笑みを深くした。
「子供は親に心配かけるのが頼るのが仕事だよ」
星杜はまた茜の頭を撫でた。コクリと、茜が頷くと、早速お母さんの電話番号を聞いて連絡を取った。
茜の母はひどく驚いた。そして詳しく話を聞いた後、学園に迷い込んだ可能性を考えて、高等部の付近を捜すと言った。そして、娘と息子をよろしく頼むと、電話の向こうで何度も頭を下げた。
●はぐれた場所から
ゼロとゼム、星杜は茜の案内で拓也とはぐれた場所に向かった。
丁度昼時で、飲食店街は思った以上に込んでいる。ゼロは凶翼を使って空中に飛び上がった。その状態で、拡声器を口許に持ってくると、下に向かって呼びかけ始めた。
「ハイどうもこんにちわ〜!迷子センターの者です!皆さん元気ですかー!?と、まぁ冗談は置いておいてこの辺で子供が迷子になってるみたいやねん。弟思いの姉ちゃんが困ってるから手開いてる人は手伝ってくれるとうれしい!頼む!!」
すると、いくつかの手が上がった。その人たちに拓也の写真を見せて、連絡先を交換する。
たくさんの撃退士が、弟探しに協力してくれているのを見て、茜は目を丸くして驚いていた。ここで協力してくれる人たちには、依頼もしていなければ報酬も払わないのだ。
「案外、いい人たち?」
茜の中で、何かが変わった気がした。
茜が見守る中、ゼロは飲食店街を空から捜索した。
星杜は北に進んだ。商店街で一番是の高いお店の屋上を借りて、そこから双眼鏡で表通りをくまなく見渡した。
しかし、どうやら表にはいないようだ。星杜は屋上から下りると、今度は捜索の手を裏通りに伸ばした。
「俺も心細い時よく物陰にいたのだよね…。拓也君!!!どこにいるの!!」
大きな声で拓也を呼びながら裏を覗いていく。
広い商店街だ、足で回るにはあまりにも時間がかかる。星杜は電話番号が分かる店には電話で連絡を入れた。
「忙しいのにすみません。近くや裏口付近に迷子がいないか、確かめてもらえませんか?」
星杜が掛けた電話は確実に有効で、噂で迷子を知った撃退士たちが捜索への協力を申し出てくれたのだ。
おかげで、商店街は思いがけず大人数での捜索となった。
ゼムは商店街、飲食店街、服飾店街の全てを捜索しようと決めていた。
飲食店街ではゼロが、商店街では星杜がすでに協力を呼びかけていたから、ゼムは小さな子供が興味を引かれそうなお菓子屋やオモチャ屋の付近とを捜索した。
それにしても人が多い。
混んでくると、ゼムは陰陽の翼で空中に浮かんで捜索した。もちろん、一番いそうだと思った場所でのみだ。その他の場所や道の中は変化の術で子供の姿になって捜索した。
子供を捜すなら子供の視線で。実に単純な発想だった。
飲食店街から南。服飾店街へ捜索の手を伸ばす。ここで、あることに気がついた。
「そう言えば昔、俺が迷子になった時は隅っこで震えていたっけ。こんな時って人ごみも怖くなるんだよな。念の為、人通りの少ない所も見てみるか」
と、言うことで、ゼムは裏通りも見て回ることにした。
●カレー屋さんにて
エルムと六道は茜たちの目的地、カレー屋さんにやってきた。カレーの香りが店内から漂ってくる。
「もしかしたら、拓也君が来てたかもしれない。店員さんに訊いてみよう!あ、でもタダで訊くのも悪いから、ついでにカレーを食べていこう。うん、そうしよう」
もはや本末転倒に近いくらいに嬉々としながら、六道はカレー屋さんの扉を押し開ける。
「ちょっと鈴音。カレーを食べてる場合じゃないでしょ」
「だって、ちょうどお昼時だし、おなかすいたし……。脳に新しいブドウ糖を送った方が、きっといい考えも浮かぶはずよ!店員さん。カレー、甘口で。あと、チーズをトッピングで!」
六道は少し強引に理由を付けたが、どうやらエルムは説得されてしまったらしい。それとも、お店から漂うおいしそうな匂いエルムもに耐え切れなくなったのだろうか。
それじゃ私も……。辛口でお願いします」
遠慮がちに、エルムもカレーを頼んだ。
「それで、店員さん。8歳ぐらいの男の子が来ませんでしたか?服装は――」
カレーが運ばれてくると、六道は店員を呼び止めて拓也が来ていなかったか尋ねた。しかし店員は残念そうに首を振って、来ていないと答えた。
「もしいま言った男の子がお店に来たら、ココに連絡をいただけますか?すみません。よろしくお願いします」
そう言って、エルムは店員に久遠ヶ原学園斡旋所と自分の連絡先を紙に書いて渡した。
カレー屋さんから出ると、六道はお腹を擦りながらエルムを振り向いた。
「あー、おいしかった。インドと較べて日本のカレーはどうよ?」
「たしかに私はハーフだけど、インドで暮らしたことは一度もないから……」
エルムは困った顔で答えた。
カレー屋さんで情報を得られなかった二人は、手分けして飲食店街を片っ端から探すことにした。
エルムは南に、茜が拓也とはぐれた場所に向かって歩いて捜索した。
「拓也くーん!聞こえたら返事してー。茜お姉ちゃんが探してるよー」
いくら叫んでも、どんなにキョロキョロしても、拓也の姿は見えなかった。
(う〜ん。はぐれてからそう時間は経ってないし、小さい子の足ならまだ近くにいる可能性が高いと思うんだけど。すぐみつからないって事は、建物の影に入っちゃってるのかな?例えば、裏道とか……)
そう思って、エルムは細い道にも足を進めて、裏通りも覗きながら捜し歩いた。
六道はカレー屋さんより北を捜索した。手当たり次第に、子供が入り込みそうな場所には全て足を運んだ。
飲食店街には細い裏通りがたくさんある。そこまで自分の足で探していたらさすがに時間が足りない。
そこで、六道は込み入った裏口に出会うとヒリュウを召喚した。
「いい? ヒリュウ。男の子をみつけたら、私に知らせるのよ」
六道はヒリュウに空から探させて、子供しか入れないような狭い裏道も見逃しはしなかった。
●拓也発見!
太陽が傾き始めた頃。ゼムは服飾店街の裏道を捜索していた。表は安くかわいい物が買えると、女の子に大人気のアクセサシー屋さんだ。お店は中を見るまでもなく繁盛している。裏まで女子の声が聞こえてきて来るくらいなのだから。
そろそろ裏から表に出ようとしたとき、壁が作る暗がりの中に何かがうずくまっているのが見えた。男の子だ。
「拓也君かな?」
なるべく恐がらせないように、ゼムは優しく拓也に話しかけた。拓也がコクリと頷いた。目が腫れていて、頬にはまだ水滴がついている。
「お姉ちゃんに頼まれて迎えにきたんだ」
安心させようと、ゼムはポンと拓也の頭に手を乗せた。
「大変な冒険だったな」
ゼムは大きな笑顔を浮かべて、頭に乗せていた手で拓也の髪の毛をクシャクシャ掻き乱した。
拓也が落ち着くと、ゼムはスマホで全員に連絡を入れた。最後に茜に電話して拓也に渡した。
『拓也?』
「お姉ちゃん!」
電話の向こうから聞こえる姉の声に、拓也もすっかり安心したのか、斡旋所への帰り道は終始笑顔だった。
拓也に歩調を合わせていたせいか、斡旋所には他のみんなのほうが先に到着していた。
「拓也!」
茜はすぐに拓也の許に駆け寄って抱きしめた。
「よかったね、茜ちゃん。拓也君」
エルムが言った。
「ね、これからカレー屋さんに行こうよ。拓也君、ごはんまだだよね? お姉さんがおごってあげるからさ」
六道が楽しそうに言う。よほどさっきのカレーが美味しかったようだ。
「心配してるだろうから、食事するならご両親に連絡してからね、鈴音」
はしゃぐ六道を、エルムが冷静に抑えた。
星杜からの連絡を受けて、まもなく茜の母がやってきた。
「ありがとうございました。ご迷惑をおかけしました」
母親は何度も何度も頭を下げた。
「迷惑なことはないで。ほれ、俺の分は大丈夫や。それでおいしもんでも食べてき♪」
ゼロはさっき貰った依頼報酬を、そのまま茜に差し出した。
「いえいえ。そう言うわけにはいきません。人に何かをお願いしたら、その分何かお返ししないといけません。茜への教育でもありますから、これはそのまま受けとってください」
母親が急いでそれを押し戻した。
ゼロと茜の母親が押し問答をしている時、ゼムはそっと後ろから茜の肩を叩いた。
『まだ撃退士……怖い?』
腹話術人形を介して茜に話しかける。
「……アウルは恐いです。でも、お母さんとお兄さんたちは恐くないです」
茜は少し考えてから答える。
『じゃあ、俺と友達になって欲しいな』
「はい!よろしくお願いします、お兄さん」
仲良く手を繋いで家に帰る茜と拓也とその母親。その後ろ姿を、五人は微笑ましく思いながら見送った。