●打ち合わせ
音楽祭が開催される一週間前。依頼を受けた十人の学生が、とある音楽系の部活の部室に集合した。ユウ(
jb5639)は大分具合が悪そうだった。
「で、プランがあるんだろ。俺様に教えろ。それから、ケータリングの準備も手伝ったほうがいいか?」
江戸川 騎士(
jb5439)が実に偉そうに言った。ムッとした佐伯を抑えて、県が答える。
「俺達残りの部員全員で部の卒業ソングを演奏して歌う予定だ。その後の予定は今のところ特にない。ケータリングは、毎年使ってるところがあるから、当日に並べるのを手伝ってくれればそれでいいよ」
「プログラムは、こんな感じでどうだ?」
そう言ってAKIYA(
jb0593)が作ってきたプログラムを提案する。そこには部員用に二曲分のスペースがあった。
「先輩方に聞かせたい曲とか、思い出のある曲とか、あるだろ」
「ああ。あるさ。ありがとう。プログラムは、これでいいと思うよ。ありがとう」
県は少し遠い目で笑った。他のメンバーも頷いている。
「あと、司会進行なんだが……お、染井ちゃんやってくれんの?じゃ、頼むぜ」
見ると、染井 桜花(
ja4386)が静に小さく手を上げていた。
「客の年齢層は?」
江戸川が訊いた。
「は?」
佐伯がきょとんとすると、江戸川は見下したような目で続けた。
「年齢によって好まれる曲ってのがある。定番ってのもあるが、実際、新しく流行る卒業ソングってのは、あるだろ?」
「あ、ああ。でも、言えるほどの層なんてないぞ?30歳で大学部一年生の人とかいるからなぁ。一応、参加者は下は16で上は30だよ」
「ふむ……」
それからしばらくは、演奏する曲目を相談していた。曲が決まると、今度は練習日の調整だ。特に県たちが用意した曲は二つとも部活内で作ったオリジナルで、それを編曲したり合わせたりするのにはかなり骨が折れそうだった。
「とりあえず聞かせろ。15分ぐらいの曲なら1回聞貸せて貰えば完璧に覚えられるからな」
やっと編曲が終わった頃に江戸川が言った。丁度、部室にはほとんどの楽器がある。
県たちまだ音楽を始めて2年目とは言え、初見で曲をほぼ完璧に弾いて見せた。特に、たとえ編曲されたとしても、元は自分達の持ち曲である最後の一曲はかなりの出来栄えだった。
それからは時間のある人だけで集まって、毎日練習することになった。十人の中でも特に、ドラム担当の君田 夢野(
ja0561)はほぼ毎日参加していた。しかも全く妥協がない。
エルム(
ja6475)は今回ダンスを主にするということで、曲を聴いた打ち合わせの日から雰囲気に合ったダンスの考案に頭を裂いていた。そして練習の日に曲に合わせる。何回かダンスを作り直して、そうしてやっと完成形に辿りついた。
キーボードを担当する日比谷ひだまり(
jb5892)は、練習の合間に最後の曲の歌詞カードも作成していた。
●音楽祭当日、開場前
土曜日。音楽祭を主催する在校生と十人の依頼参加者は、他の参加者よりも早くに会場にやってきた。
部室から運んできた楽器を設置して、会場に机や椅子を並べた。
食事が届くまで、まだ少し時間がある。日比谷は会場を回って机や椅子に用意してきたカスタネットとタンバリン、歌詞カードを置いた。当の本人は、ショルダーキーボードを持参して、しかもクマ耳帽子で戦闘態勢だ。
準備してきたのは何も彼女だけではない。
染井は大きな扇子を二つ持ってきていたし、エルムは自前の衣装を三着も持ってきた。ユウは学園儀礼服で怪我を隠し、濃い目のメイクで顔色にも気を使っている。早めに来たとは言え、身体に負担を掛けるわけにもいかなくて、会場端の椅子で休んでいた。
レティシア・シャンテヒルト(
jb6767)は設置した楽器をじーっと眺めていた。大切に手入れされているのがよく分かる。
「良い子達ね」
そう言って小さく微笑んだ。
さて、いよいよ開場の時間だ。机の上にはもう食事が並べられている。落ち着いた感じのロングドレスに身を包んで、川澄文歌(
jb7507)は蛍の光や仰げば尊しを静に、ピアノで演奏し始めた。優しい音色が開場に響き渡る。
いよいよ始まると言うことで、県たちの顔にも緊張が見え隠れし始めた。それを見て取って、レティシアはそっと県と佐伯たちの前に出て来ると、
「上手く引こうとか、失敗したらなんて恐れないで貴方達の音、聞かせて?」
と言って、にっこりと笑った。
開場の重い扉が開いて、参加者がぞろぞろと、楽しそうに会話しながら入ってきた。
●プログラム1:卒業ソング
「……皆様、ようこそおいでくださいました。……それでは、引退の祝いに、卒業ソングを送りたいと思います。……『これからもあなたと』お聞きください」
司会の染井は、幕の前で一礼するとスッと裏にはけた。
ゆっくりと幕が開いて、在校生全員がそれぞれの楽器を手にステージに現れた。楽器を弾きながら、歌を歌う。
緩やかで、優しくて、ドラムやギターで演奏するよりも、オルガンで演奏したほうがいいような歌であった。
県たちが歌い演奏している間、他の人たちはステージの裏で控えていた。レティシアが平常心を保つためにゆったりと紅茶を口に運んでいる。くつろいでいるようで、しっかりと県たちの音を聞いていた。バラバラの音を1つのアンサンブルにする。そのために、県たちの演奏の特徴を掴もうとしていた。
会場がしんみりとした空気に包まれた頃、食事のために一旦休憩に入る。この時も、川澄は静にピアノを弾いてバックミュージックにした。
●プログラム2:自由曲
数十分後。また演奏が始まる。君田がドラム、レティシアがヴァイオリン、日比谷がキーボード、AKIYAがギター、江戸川がベースの位置に着いた。
砂原・ジェンティアン・竜胆(
jb7192)はコーラス、エルムと川澄はバックダンサー、ユウは他の客と一緒に会場で鑑賞することにした。コーラスには、江戸川も加わった。
県が第二ギターとしてバンドに入って、佐伯はコーラスを手伝った。
「県さん、佐伯さん。今日はよろしくお願いします。練習の成果をバッチリ魅せてやりましょう」
位置に着く時、エルムが元気良く頭を下げた。
「……それでは次の曲です」
染井が言うと、
「これならお前らも当然知ってるよな!…ってか知っててくれ、お願いだから。さあ、いくぜ!BLACK LORE!」
AKIYAが被せるように大声で叫んだ。しんみりした空気を一転させるため、いきなり盛り上げにかかる。バンド時代の代表曲だ。
激しいロックの中でも、レティシアのヴァイオリンは全く浮いていない。相当な腕があるようだ。
江戸川のベースと日比谷のキーボードもかなり激しいし、エルムもレザースーツで曲の雰囲気を盛り上げている。川澄だって制服風のアイドル衣装に着替えていた。二人のコーラスもいい感じだった。
たった一週間しか練習できなかったとは思えないほどの完成度だ。
その曲が終わると、次は砂原のピアノロックだ。本来はピアノをユウにお願いしたかったのだが、ユウの身体を考慮して、部員の人が弾くことになった。
エルムは急いで裏に戻って、パフォーマンスドレスに着替えた。タオルで汗を拭いて、牛乳で水分を補給する。
「さ、次もがんばるぞ!」
ステージに戻る前、小声で自分に活を入れた。
「……この曲のイメージをお聞かせください」
演奏陣の準備を待つ間に、染井が砂原にマイクを向けた。
「先輩君見送る後輩君の心情って、こんなかなと思ってね」
そう答えて、砂原は柔和な笑みを浮かべた。
「……ありがとうございました。……では、次の曲です。……『青空花火』、お聞きください」
染井がはけると、澄み渡るようなピアノの音が響いた。それにロックバンドの力強さが加わって、心地よい音色を奏でていく。
「次に出逢う時にも
僕は僕で 君は君で
誰にも似てない僕らがいい
他人の真似は必要ない
夜空を彩る華じゃなくても
音(こえ)は聴こえているだろう?
青空の真ん中 自己主張する花火
カタチは目に映らなくても
僕らはいつも傍にいるから
Always wishing you a good luck and happy days!」
日比谷のキーボードが優しく、サブメロディーでは程よく盛り上がった。砂原の歌声は、声域が広く、簡単に場の全員を惹き込んだ。
●プログラムナンバー3:ダンスステージ
砂原の歌声が止んで、会場がまだ音の余韻に使っている間に染井が司会のマイクを握った。黒を基調とした着物姿で、手には扇子が握られている。
「……ここで少し箸休め、ダンスステージ開幕!……さあ、御所浦あれ!」
マイクを置いて、ポーズを取る。すると、後ろから演奏が入ってきた。演奏陣は変わらず、ノリのいいダンス曲を奏でている。
染井は扇子を広げ、熱く、激しく、リズムに乗って。力強く、舞った。和が満ち溢れたダンスを、ロックの音楽に器用に合わせて舞い踊った。
染井が下がると、すぐにエルムが進み出た。手にはマジカルステッキ。足で軽快にリズムをふみながら、クルクルとステッキを回してパフォーマンスをする。魅せるために、良く考えられた動きだ。
ダンスはまだ終わらない。続いて出てきたのは川澄で、ダンススキルと舞台芸術を駆使して華やかに踊っていた。その合間にも、アイドルの微笑を観客に振りまくことを忘れなかった。
さて、女子達のダンスの後に続くのは、砂原だった。ストランプ的なパフォーマンスをしたいと思った彼は、楽器での演奏をやめてもらい代わりに鍋やらデッキブラシやらで音楽を演奏してもらった。その中で、砂原はアクロバティックなダンスを披露する。撃退士としての身体能力をフルに活用していた。
●プログラムナンバー4:演奏バトル
ダンスが終わると、ステージの上はさらに様変わりする。大量の楽器が上げられた。
「……質問がある方はいらっしゃいますか?」
今回は時間がかかるということで、染井は観客にマイクを向けた。
「ドラムの人に質問です。あなたにとっての音楽とはなんですか?」
質問を受けて、君田が染井の横に進み出た。
「俺にとって、音楽は『想い』だ。その音で何を表現するか、何を動かしたいか。自らの音楽哲学では、それが最も尊ばれるべき事だ。今は県君と佐伯君、そして多くの現役生の思いを代弁する事、それを叶える演奏を目指している」
「……さて、次はバンドステージ!激しく熱い演奏をお楽しみ下さい!」
ステージは二つになっていた。AKIYAと日比谷が県と部員と一チーム、江戸川と君田が佐伯と部員と一チーム。レティシアは真ん中で、基本となるラインを演奏する。一番前では、川澄が曲に合わせて歌い踊る準備をしていた。
曲は疾走間のあるアッパーなダンスチューンで、両チームが音を競い合っていた。
「江戸川ァ!てめぇの魔界テク、見せてみやがれ!」
「佐伯テメェ!後輩だからって遠慮してんじゃねえ!もっと弾けるだろ、かかってこいよ!」
演奏しながら、AKIYAは手当たり次第に喧嘩を売っていく。それに乗って、全体の音が熱くなっていった。
それでもかすかに聞き取れるレティシアのヴァイオリンの音色は、一度もぶれることなく真直ぐに美しく響いていた。
●プログラムナンバー5:自由曲
「……続いては、自由曲です。……『Breakthrough!』、お聞きください」
ステージはそのままに、染井は司会をする。
この曲は君田が持ち込んだ曲で、これから卒業する学生へ向けた激励の歌だ。
「Break the Wall!
Break it All!
Break for Goal!
さぁ運命よ俺を阻んでみせろよ
どんな逆風ですらも俺は止められない
高い壁の先に掴むべき夢がある、そうだろう?
I'll be the achiever!
誰も限界なんて決めちゃいない!
今が駄目なら今さえ変える
そのためのBreakthrough――――Ah, Yeah!」
熱く激しい曲調が、若さからくる情熱を未来へと駆り立てる。ハードロックの演奏は激しさの中にも清涼さがあり、時として動と静を入り混じらせている。
その後に続くのは、県たちの曲だ。
演奏するのは県と佐伯、それから部員が三人。ステージを交代するとき、AKIYAはそっと県に囁いた。
「ここはお前らだけでやれよ、僕ら見てるからさ」
選んだ曲は、先輩方が教えてくれた初めての曲だ。最も思い出深く、最も心に残っている曲。激しく、強く、狂おしいほどの愛を歌った曲だ。
●プログラムナンバー6:閉会曲
最後の曲は全員参加だ。
「県、アレ、やれよほら、ソロ前に名前呼ぶあれな!」
AKIYAがそっと斜め後ろを振り向いた。
「ああ。分かったよ。まずは、ギター、AKIYA!!!」
県の叫び声と共に、AKIYAのソロが始まった。
「ドラム、君田!!!」
次はドラムのソロパート。
「ヴァイオリン、レティシア!!!」
ヴァイオリンにももちろんソロがある。
「ピアノ、ユウ!!!」
全員参加ということで、ユウも多少簡単な楽譜で参加することになった。
「ベース、江戸川!!!」
ベースの音が空気を震わした。
「キーボード、日比谷!!!」
日比谷はフルフラワーを使ってタップダンスをしながら、ポップな曲調で鍵盤を叩いた。
「コーラス、染井!!!」
「……これが最後の曲、宜しければ、皆さんもご一緒にお願いします」
ここでも司会の仕事を忘れなかった。
「コーラス、砂原!!!」
砂原はマイクを使わず、本気でソロを歌った。その声のあまりの素晴らしさに、会場は完全に圧倒された。
「コーラス、川澄!!!」
「私たちは音楽を通じて,心を一つにできるんですっ。卒業生の皆さんも一緒に歌いましょう!皆さんの在校生に対する想いを最後に曲にのせて伝えてください!」
川澄が叫んだ。
最後には一人ずつソロを被せていって、大人数の演奏になった。凄まじい音量が会場に響く。迫力満点だ。
全員の演奏が重なると、次第にメロディーが聞いたことのあるものに変わっていった。
「先輩方、お疲れ様でした!」
エルムがペンライトを振りながら、歌が始まる前に言った。歌い始めたのは部の人なら誰もが歌える曲で、感謝の気持ちに溢れた打ち上げで歌っていた曲だった。
「さあさ、一緒に最後を飾りますわよ!」
日比谷はステージから降りて、置いてある楽器を手渡したり、歌詞カードを持たせたりして参加を促した。
会場が声を合わせると、AKIYAもギターを弾きながら歌いだした。この空気の中では、歌わずにはいられない。
●最後に
音楽祭は最高の盛り上がりの中で終わった。誰もが、疲れ切っている。レティシアはヴァイオリンをケースに仕舞って、再び紅茶を手に休憩している。
県たちはステージの上で大の字になっていた。
「48人で合奏だとオーケストラみたいですね」
川澄が言った。
君田が頷いた。ユウも頷く。
他のみんなはまだ、余韻から出てきていない。だから、遠くを見つめた。
楽しかった、と帰っていく先輩方が言った言葉を思い出しながら……。