●教室にて
時間はちょうど授業の間の休憩時間。生徒達がみんな外に遊びに出かけたので、小学部3年生のこの教室はガラガラである。そこにただ1人残っているのが、御門 夢歌だ。夢歌は寂しそうに目を伏せている。ぽたりと、水滴が机の上に落ちた。
夢歌の様子を教室の外から、隠れて見ている人がいた。雫(
ja1894)だ。彼女は胸を痛めながら、夢歌が涙を拭う様子をビデオカメラに収めていた。
「そういえば、私が此処に来たのも同じ3年生の時でしたっけ・・・彼女を見ていると、当時の私は依頼を受ける事で寂しさを紛らわせていたのかも知れません」
雫は小さな声で呟いた。
●夢歌の実家
水曜日。神谷春樹(
jb7335)は寮母からの情報で夢歌の両親を訪ねて行った。
降りた駅で、雫と出会う。
「おはようございます、雫さん。あなたも御門さんのご両親に会いに来たんですか?」
「はい。両親の代りに彼女への返信をしても根本的な解決にはならないでしょうし、事実を知った時に彼女は大きく傷ついてしまうかも知れませんから。ご両親と直接話すべきだと、いいと思いました」
「そうですよね。僕も、御門さんを元気づけるだけじゃなく、今後悲しまないようにするべきだと思うんです」
そうやって話しながら歩くいていると、目の前に目的の家が見えてきた。
「会ってくれますでしょうか?」
雫が今更心配すると、
「僕が事前に連絡を入れていますから、大丈夫です」
神谷は優しく微笑んで言った。
夢歌の実家のリビングで、夢歌の両親と向かい合う。母親には介護の疲れが目に見えていて、父親は撃退士相手に少し怯えているようだ。
「はじめまして、神谷春樹です」
神谷は友達汁を使用しながら、ご両親に手を差し伸べる。握手をした。幾分、2人の緊張が解けたようだ。
「あの、これを見てください」
雫が進み出る。ビデオカメラで録画を再生させてご両親に見せた。
「……1人で心細くして嘆いている彼女が、化物に見えますか?もし見えるのならば、私から見れば貴方達の方が人の心を解しない化物に感じます」
雫は真直ぐに言った。両親が顔を見合わせる。紳士的な優しい微笑を浮かべて、神谷が続ける。
「お二人の気持ちは少し想像がつきます。娘が普通じゃなくなった様に感じるんですよね?でも、実際撃退士って悪魔達に有効な攻撃ができるだけで、そこまで身体能力は馬鹿げていないんですよ?夢歌ちゃんの様に覚醒してすぐでも五輪の全種目で新記録を出せる位になりますが、正直それだけです。試しにこの子と腕相撲でもしてみます?」
そう言って隣の雫を手で示す。
「あ、大丈夫です。要するに、夢歌は普通の子と変わらないと、そう言うことですよね」
父親が言った。
「はい。娘さんはただ、卒業後の選択肢が増えただけですよ。一度、娘さんと会っていただけませんか?」
そう言って撃退士の他職種への就職実績表と学園の職業斡旋資料を差し出した。それを見る両親。まだ、何か迷っているようだ。
「何より、心は紛れもない人間です。痛いのは嫌だし、死ぬのは怖い。勿論、親と会えないのは寂しいんですよ?それは夢歌ちゃんの手紙で分かるでしょう?お願いですから、あの子ともう一度会って向き合ってあげて下さい」
見かねた神谷がすっとその場に土下座する。
「……考えておきます」
今まで黙っていた母親が、小さく答えた。
●朝(夢歌の部屋)
「元気づけるのはあたいの得意分野よ!気合入れてゴーってやつよ!」
土曜日。夢歌の部屋の前で、雪室 チルル(
ja0220)はひとりごちた。自分も1人寮暮らしなものだから、どうしても他人事には思えないのだ。部屋に入ると、もうすでに1人到着していた。
「天使のみゅうだよ〜。仲良くしようね」
可愛らしい声で東雲みゅう(
jb7012)が言った。
「お父様お母様に甘えられないのって辛いよね。みゅうが何とか解決しちゃうのだ!」
「は、はい」
夢歌は少し怯えていてクマのぬいぐるみをギュッと抱きしめている。声も小さい。
「はじめまして!あたいは雪室 チルルよ。よろしくね」
自己紹介をすると、後ろからもう1人入ってきた。深森 木葉(
jb1711)だ。
「深森木葉ですぅ〜。小等部の1年生ですよぉ。このは、と呼んでくださいねぇ〜」
そう言って深森はえへへっと笑顔を浮かべた。
「夢歌ちゃ〜ん。い〜っぱい、遊びましょう〜。あ、この子は瑞葉ですよぉ〜。キツネさんなのですぅ」
そう言って持ってきた銀狐のぬいぐるみを突き出した。
「神谷春樹です」
神谷も入ってきた。その後ろから、女の子がピョンピョン入ってくる。
「ひっ!」
夢歌は小さく悲鳴を上げて後ずさった。
「お化けは怖くないアルヨー。お化けは友達アルネー」
キョン・シー(
jc1472)だ。が、夢歌はまだ震えている。
「キョン恐くナイヨー。この歌知ってるネー?この歌を覚えれば、下級幽霊程度鼻で笑って追い返セルネー。お化けなんてイナイアル〜♪お化けなんてウソヨ〜♪」
キョンは楽しそうに歌っている。夢歌は目をパチクリとさせてたが、どうやらもう恐れてはいないようだ。
「……雫です」
キョンの歌が終わるのを待って、雫も自己紹介をした。
「ねぇねぇ。クマさんのお名前はなぁ〜に?」
深森は銀狐の瑞葉の手をひょこひょこ振りながら、夢歌の近くによって行った。
「トム」
「トムちゃんですか?カッコイイ名前ですぅ。ねえ、夢歌ちゃん。その子も抱かせてもらっていい?」
「はい。どうぞ」
「じゃあ、代わりに夢歌ちゃんが瑞葉を抱いてください」
クマのトムを受け取ると、代わりに銀狐のぬいぐるみを夢歌に渡した。
「せっかくだからさ。ゴッゴ遊びしない?」
雪室が切り出した。
「いいですね。じゃあ、瑞葉とトムが兄弟で、みぅうちゃんとチルルちゃんが姉妹だね」
深森が言った。
「なら、僕がお父さんで、雫さんがお母さんかな。キョンさんは――」
神谷が言うと、
「キョンはペットアルヨー」
キョンは明るく口を挟んだ。
「おかあさん、おとうさんはいても、パパとママがいない」
夢歌の顔色が暗くなった。
「大丈夫。あたいがついてるよ!」
雪室が元気よく言う。
「そうですぅ。トムは夢歌ちゃんが大好きですから、これからもずっと側にいますよ」
深森が膝の上でトムをピョンピョンさせて言う。
「はい。わたしも、トムが好きです」
夢歌は恥ずかしそうに言った。
こうしてゴッゴ遊びは続いていく。その中で、雪室は何度も今の不安な家族が側にいない寂しさを元気良く和らげた。
1時間もすると、大分喉が渇いてくる。東雲は持ってきたジュースをコップに注いで、氷結晶を作って入れた。夢歌が目をまん丸にして驚いている。
「これ、手品じゃないよ。夢歌ちゃんも出来るようになるよ」
東雲はニコッと笑うとジュースを夢歌に渡して、ほぼ同時に天使の翼を出して見せた。
「ひゃっ!か、かわいい」
夢歌がニッコリと笑った。つられて、みんなも笑った。
●昼(共同スペース)
雫はそっと部屋を抜け出して、寮母に会いに来た。
「寮母さんにも、協力して欲しいです」
「そうしたいんだけどねぇ。何をしたらいいか、よく分からないのよ」
寮母は困り果てた顔をした。
「口が上手であったり、頭が良い必要は無いと思います。貴方が彼女を心配して依頼を出す。そんな彼女を思って行動する人が必要なんだと思いますよ」
「そう、ですか。分かりました。でも――」
「料理の手伝いから始めたらいいと思いますよ。料理のコツか何かがあれば、教えてあげてくれますか?」
雫はほとんど無表情で、しかし穏やかに言った。
昼食前、みんなで共同スペースに移動した。机には人数分のまな板と包丁、それからニンジンとジャガイモが置いてある。
「みんなも手伝ってねぇ。さ、夢歌ちゃん。こっちこっち」
寮母は夢歌の手を取ってニンジンを切り始めた。
「今回はそこまで煮込まないから、小さめに切りましょうね」
1時間ほど煮込んだカレーを、正午にみんなで頬張った。
●昼(夢歌の部屋)
昼食の後。少し眠くなって、みんな夢歌の部屋でだらだらしていた。
「たくさんのご本ですねぇ〜。どのご本が面白いですかぁ〜?」
深森は夢歌の本棚に興味を持った。
「これ。すごく面白いよ」
夢歌は赤い表紙の絵本を引き出した。
「どんなお話なのぉ?聞かせてぇ〜」
深森が可愛らしく読み聞かせをねだる。
「えっと。分かった。……昔々――」
夢歌が本を開いて読み始めると、深森はその横にちょこんと座った。お姫様と王子様が困難を乗り越えて結ばれる話だ。
「みんなでアニメ見ない?」
読み聞かせが終わると、雪室が再生機を取り出した。レンタルした子供向けのアニメを上映する。動くお城に住む女の子のお話だった。
「ちょうど良かったの。みゅうおやつ持ってきたの」
東雲は大量に持ち込んだアンパンを全員に配った。アニメを見ながらアンパンを頬張る。のんびりした時間が過ぎて行った。
「夢歌さん、専攻決まりました?」
雫が訊いた。
「まだ、です」
「なら、バハムートテイマーがいいですよ。小手先の誤魔化しでしょうが、寂しい時にヒリュウ達を呼び出せば少しは紛らわせる事が出来ると思いますので。それに、一人の寂しさを知る人なら、契約した召喚獣達を家族の様に大切にするでしょうし」
雫が言うと、夢歌はじっと考え込んだ。
●午後(共同スペース)
一同は共同スペースに移動した。
「じゃあ、キョンシー体操を教エルネー」
共同スペースに着くと、キョンがいきなり躍り出た。
「先ずは左にぴょんっ。次は右にぴょんっ。飛び跳ねたと同時に両手を前へ突き出すアルヨー。この時指先が下を向いてるのがポイントネー。これ覚えれば、中級幽霊もボコボコに出来ルネー。キョンシージャンプも教エルネー。ジャンプはカンタンネー。ジャンプしてライダー○ック、アルヨー!これ覚えれば、上級幽霊も一撃必殺の足蹴りで木っ端微塵アルヨー」
あまりに明るくはしゃぐキョンに、夢歌は少し引き気味だ。
「これであなたも今日から熟練者アルヨー!じゃあ、最終試験としてキョンとバトルアルヨー!キョンはリミッターないから、120%の力が素で出チャウネー。強敵アルヨー」
そう言うと夢歌とバトルを始めようとするキョン。それを神谷がたしなめる。
「ダメですよ、キョンさん。怪我でもさせたら大変です」
「そうアルカー。仕方ないアルネー」
キョンはあっさりと引き下がった。
ちょうどそこに、取り込んだ洗濯物を持った寮母が通りかかる。
「寮母さん、手伝いますよ」
雫は寮母に声を掛けると、その洗濯物を受け取ってみんなで手分けして畳み始めた。もちろん、夢歌に畳み方を教えるのは寮母だ。
2人は大分打ち解けてきたようで、微笑ましく会話を交わしている。
「ねえ、ゲームしよう!」
洗濯物を畳み終わると、雪室は大型テレビにテレビゲームを繋いで、のんびり農園ゲームのソフトを差し込んだ。
「どうやって作ろうか?あたいはあんまり畑が欲しくないな」
「どうぶつさんがたくさんほしいです」
夢歌が言った。
「あたしは果物がたくさん欲しいですぅ」
深森が言う。
のんびり農園はその名の通り、のんびりしたゲームだった。みんながそれぞれに口出ししながら、望む形に作っていく。
「みゅぅ〜、ちょっとおトイレ行ってくんね」
その途中で、東雲が席を立った。寮母に声を掛けると、夢歌の両親の連絡先を貰って電話を掛けた。
「学園撃退士の東雲みゅうと申します。お嬢さんの夢歌ちゃんは…今、病気になっちゃってます。寮母さんに代わりますね」
そう言って寮母にバトンタッチする。こういうことを言って、と小さな声で指示する。寮母は小さく頷いて、電話を受け取った。
「あ、あの。夢歌ちゃん、いま酷い高熱にうなされています。看病のためにご両親にそばに居てもらう必要があると思うんですけど。ちょっとだけでも、来られませんか?」
『はい。今すぐ行きます!』
電話の向こうから聞こえてきた声に、東雲は笑顔を浮かべた。共同スペースに戻ると、東雲はそっと神谷に耳打ちをする。神谷は頷くと、そっと寮を抜け出した。夢歌はゲームし夢中で、全く気づかなかった。
●夢歌の両親
神谷は夢歌の両親を迎えに行った。
「お久しぶりです。ご案内しますよ」
「はい。お願いします、神谷さん」
夢歌の両親は相当慌てているようだ。寮の前に付くと、東雲が外で待っていた。
「夢歌ちゃんは病気になってないよ。でも、夢歌ちゃんの『心』が高熱出しちゃったの。寂しい、悲しいって泣き出しちゃってるんだ」
天使の微笑みを使っている。
「みゅうも毎日お母さん探してるの。でも見つからない。すごく寂しい、悲しいんだ。でも、夢歌ちゃんにはお父さんお母さんが居て、こうしてしゃべれる、抱きしめあえる。だから、もう夢歌ちゃんを悲しませないで」
東雲は上目遣いで両親を見上げた。
寮の共同スペースでは、農園ゲームが終盤を迎えていた。
「いい感じじゃない!」
雪室が楽しそうに声を上げる。
「はい!」
夢歌も楽しそうだ。
「じゃあ、みんなで遊んだ記念に写真を撮ろうよ」
雪室はカメラを取り出すと、みんなをテレビの周りに並べた。ちょうど神谷と東雲も戻ってきて、雪室は寮母に集合写真を撮ってもらった。
●夕方(外の公園)
「ずっと室内に居るのもなんだし、御門さん、僕と公園に行きましょう」
そう言って、神谷は夢歌を連れて寮を出た。
「御門さん、あっちを見てごらん」
公園に付くと、神谷はブランコの方を指差した。
「ママっ!パパっ!」
夢歌は駆け出した。駆け出して、2人に飛びついた。
ここからは親子3人水入らず。神谷は公園から出ると、静かに3人を見守った。父親に背中を押されるブランコの夢歌も、砂場で母親とトンネルを作る夢歌も、実に楽しそうに笑っていた。
日が完全に暮れて夜になると、神谷は夢歌と手を繋いで寮に戻った。両親はまた来ると言って先に家に帰った。
●夜(寮)
みんなと楽しく晩御飯を食べる夢歌は、明らかに前よりも元気だった。
ご飯が済むと、雪室はケーキの箱を持ち出した。
「みんなで食べよう!」
そう言ってケーキを切り分ける。甘いお菓子に、みんな幸せそうな顔になった。
雫たちが帰るとき、夢歌は寮の門までみんなを見送りにいった。
「大丈夫ですよ。連絡をくれたら、また遊びに来ますから」
神谷は微笑んで、夢歌の頭を優しく撫でた。
「夢歌ちゃ〜ん。また、遊ぼうねぇ〜」
深森は可愛らしくパタパタと自分の、そして瑞葉の手を振った。背を向けて、そしてあっと何かを思いついて振り返った。
「ねぇねぇ、『夢歌お姉ちゃん』って呼んでいいですかぁ?」
夢歌の耳元で、小さくささやいた。
「うん。ありがとう、このはちゃん」
「またね。夢歌お姉ちゃん!」
深森は大きく手をぶんぶん振って帰って行った。
「もう寂しくないね」
夢歌が呟いた。