●依頼受理
依頼が張り出された教室の掲示板。そのうちの1枚の依頼に、引き付けられた撃退士が5人いた。
「お、これは俺の出番だぜ」
千葉 真一(
ja0070)が呟いた。
「ふむ…動物好きからの依頼なら、放っておく訳にはいかないな」
自らも見た目が動物よりのジョン・ドゥ(
jb9083)は、すぐに受理手続きを行なった。
「小さな動物をいじめるなんて許せません!」
思わず大きく声に出してしまった木嶋香里(
jb7748)に、周りの視線が集まる。
「あ、あははは」
木嶋はわざとらしく笑って誤魔化した。
部屋に戻ると、早速自分なりの作戦を立て始める。犯人探しもするなら夜までいるはずだ。木嶋は屋外でも短時間で食べられるよう、サンドイッチと水筒いっぱいの暖かい緑茶を用意し始めた。
●動物保護施設
この日の朝。依頼を受けた5人は、例の動物保護施設の前にやってきた。
「もともと捨てられたりして保護されていた動物たちなのに、傷つけられたなんて、可哀想なことだね。人間のことを怖がってしまっているかもしれない。怪我だけじゃなく、恐怖心が癒えるのには時間がかかるかもしれないね」
感慨深そうに、腕を組んでそう言ったのは狩野 峰雪(
ja0345)だ。一番の年上ということもあり、その言葉には大きな説得力がある。みんなが一斉に頷いた。
「動物達はまだ子供です。傷つけられて怖かったでしょうね… 。お腹も空いてるかと思いますし、早く保護しなければなりませんね」
樒 和紗(
jb6970)が続いて言った。
「確かに。怪我をしているのなら、少しでも早めに保護しないとな。ここは、皆で手分けして迅速確実に行こう」
千葉はそう言うと、いくつかの捜索案を持ち出した。
「初めて怖い思いをさせられた訳だしな。身を護るために逃げ込む先は……。仔ネコは北側の樹々の枝の上、或いは身を隠せる丈がある草むら。仔リスは北側の樹々の枝の上。仔ウサギは建物の縁の下など、人の手の届き難く潜り込める場所。……とかじゃないのかな」
またもみんな頷いた。
「誰がどこを捜索するか、話し合いませんか?」
木嶋が提案すると、すぐに討論が始まった。
「遅れてすみません」
討論が一段落した所に、小走りで夕月がやってきた。ぺこりと頭を下げると、施設の塀にある門を開けた。
「なあ、夕月。この施設、他に誰か来るのか?」
ジョンが訊く。
「小さい施設ですから、経営者家族以外は私1人しか来ないのです」
「じゃあ、その経営者家族も含めて、最近なんか変わったことはないか?」
「特にないのです。でも、経営者家族とは1月以上会っていないので、よくわからないのです」
役に立てなくてすみません、と夕月は首をうなだれた。
「いや、早期発見できたことだけでも感謝されるべきだよ。質問に答えてくれてありがとうな。俺たち全員、精一杯保護に努めるよ」
ジョンがその肩にやさしく触れると、夕月は顔を上げた。
「ありがとうございます!」
「そうだ。夕月も捜索手伝ってくれるのか?」
「はい。もちろんですよ」
と、おしゃべりをしている内に穴の開いた柵の前に到着した。ここからは手分けして捜索する。
千葉と狩野、木嶋は道から外れて北側に向かった。たくさんの樹が植えられている。林と言ってもいいほどに、だ。
千葉は東側から木々の中に入った。スルスルと樹に登って行く。木登りは得意だった。辺りを見渡して、動物の痕跡がないかを探す。
ふと、その目線の先にある一本の樹で、何かが動いたような気がした。その樹に登ると、小さな洞が一つあった。その入り口から、仔リスの尻尾か飛び出している。
ゆっくりと手を伸ばすと、気配に気づいた仔リスがサッと洞の中で身を縮めた。尻尾の間から、小さな目が4つ覗いている。
出来るだけ穏便に行こうと、千葉はそれ以上動かずに、仔リスが近づいてくるのを待った。すると、1匹の仔リスが顔を覗かせて、そっとその前足で千葉に触れる。
ゆっくりと、その手に乗った。
「よしよし、怖かったな。だが、もう大丈夫だ」
千葉がもう一方の手で仔リスを撫でると、洞に残っていた方も千葉に近づいて来た。2匹を手にとって、千葉は慎重に樹を下りる。
良く見ると、1匹は足に、もう1匹は尻尾に怪我がある。千葉は救急箱を取り出して、優しく手当てをしてあげた。
狩野は草に紛れた血痕の後を辿っていた。その血痕は確実に木々の中に向かっている。狩野は樹の陰にゲージを置いて、その中に動物達の餌を入れた。動物が来るのを待つ間、狩野は生命探知で木々の中を捜索する。
一つひとつ確かめて、そしてまだ背の低い樹の上に1匹の仔リスがいるのを見つけた。枝と幹の生え際のところでうずくまっている。
そっと手を伸ばすと、ぐったりとその手の中に納まった。怪我は足だけではなく背中にもある。
狩野の手の中で、仔リスは怯えて小さく震えていた。
「大丈夫だよ」
その頭を、狩野は優しく数回撫でてあげた。ライトヒールを使ってその傷を癒すと、仕掛けたゲージの様子を見に行った。
ゲージの中を覗いてみると、仔ネコが1匹餌を貪っている。よほどおなかが減っていたのか、狩野が近づいても見向きもしない。
この仔は怪我をしていないようだ。狩野は仔リスもゲージに入れると、一先ず木々の中から立ち去った。
木嶋は西側から木々の中に入った。樹のないところはあたり一面草だらけ。木嶋は慎重に、音を立てないように気をつけながら、草むらの中を探し回った。特に隠れやすい樹の根っこの付近は、しゃがみこんで丁寧に捜した。
ある樹の根元を探していると、後ろ手がサッと音がした。ネコの尻尾が草の間から見える。木嶋はゆっくりと近づいて行った。
仔ネコが2匹そこにいた。しかし、木嶋の気配を感じ取ったのか、身を翻して走り去る。
「あっ。待ってください」
木嶋の声がその尻尾を追いかける。ちゃんと大きすぎる声にならないように気をつけていた。
これ以上怯えさせないように、少し追いかけては止まってみる。その内仔ネコも木嶋に慣れて来て、自分たちを傷つけはしないと分かってきたのだろう。必死に逃げる一方ではなく、時おり足を止めて木嶋を振り返るようになった。
そのうちだんだん。何かの遊びみたいになってくる。仔ネコは少し進んでは立ち止まって、木嶋が追いつくのを待っているかのように振り返る。
でも、やっぱり襲われたダメージは大きかったようで、仔ネコたちはすぐにバテてしまった。草むらの中で体を休める。木嶋が近寄ってきても、もう逃げはしなかった。
仔ネコのうち1匹は前足に軽いかすり傷がある。木嶋はライトヒールでそれを治してあげた。
ジョンは夕月を連れて小川へ向かった。夕月が柵から小川までを捜索している間、ジョンは水辺で動物が水を飲みに来るのを待った。
夕月ははち切れそうな心配を抱えて、もちろん一切表情には出さずに、草むらの中を探し回った。そんな夕月の気配に驚いて、2つの影が走り出す。ちょうど、小川のほうだ。
ジョンが張り込みをしていると、焦った様子で仔ネコが2匹小川付近に駆け寄ってきた。ジョンはそぉっと仔ネコたちに近づいた。
最初、仔ネコたちはビクッと体を震わせて、今にも逃げ出しそうな雰囲気だった。しかしジョンが人間には見えなかったせいか、すぐに警戒を解いて寄って来る。まるで助けを求めているようだ。
「怪我はないか?」
仔ネコたちを抱き上げて、ジョンは隅々までチェックした。幸い、怪我はかすり傷程度のもので、救急箱で簡単に治療するだけで済んだ。
「夕月。見つけたぜ」
「わあ。ありがとうございます」
ジョンが1匹、夕月が1匹仔ネコを抱いて、本棟に向かった。柵の修理が終わるまで、動物たちを本棟の中の離乳前保育室に入れておくことにしたのだ。
樒は本棟に向かっていた。建物の隙間から動物が潜り込んでいないかを確かめるためだ。鍵は、夕月のものを貸してもらった。
本棟1階。離乳前保育室のある場所だ。階段は高いから、恐らく2階へは行っていないだろう。樒は石の床で大きな音を立てることのないように、細心の注意を払って捜索した。ポケットには餌も持っている。
樒は隠れられそうな場所を、索敵を使って探して回った。ソファーの下、カーテン仕切りの物置の中、収納の下の小さな隙間。動物の子供でも届くような水のある場所――動物用のお風呂場――も見逃しはしなかった。
そしてついに、階段と壁の間の僅かな隙間に、2匹の仔ウサギを見つけた。
樒はゆっくりとしゃがみ込むと、餌をそっと出口付近に置いた。
「大丈夫です。怖くないですよ?」
そのまま静かに待つ。十分も経ったころだろうか。仔ウサギたちは、慎重に、臆病に、そっと隙間から出てきて餌に口をつける。
仔ウサギは耳が切れていた。樒はその怪我をライトヒールで治療する。身体が治ったおかげで、樒に対する警戒も少なくなったのか、仔ウサギたちは大人しく樒に抱かれて、離乳前保育室に連れて行かれた。
さて、動物たちを保護した所で、いよいよ犯人探しが始まった。もう一度、穴の開いた柵の前に集まる。
「開けられている穴は50センチくらいだから、小柄な人が犯人なのかな…?大人だと屈んでも入れないと思うし、子供かな。夜に子供がひとりで、なんでこんな場所に侵入するのかな?」
狩野が考え込むと、横から樒が口を挟んだ。
「塀の鍵が壊されてなかったという話ですし、天魔か内部の者の可能性が高いですよね」
「そうだね。でも、天魔なら石を投げることはしないかな」
「だとすると、内部犯の可能性が高いな。投げ込まれた石の量を考えると、外から持ち込んだ、という訳ではなさそうだし」
柵の中で石を拾い集めていた千葉が戻ってきて言った。石は結構な量がある。良く見れば、道に何かを引きずったような痕もあった。しかしこれでは、まだ誰が犯人かは特定できない。
「内部犯なら、もう一度ここに来る可能性がありますね」
樒が言った。
「でしたら、協力して犯人を止めましょう」
木嶋が元気よく言う。みんなもそれに賛成して、どうやって止めるか、その手段をすり合わせはじめた。
行動は恐らく夜だ。それまで、まだ少し時間がある。樒は柵の修理をしていた夕月のところに歩み寄った。
「夕月。ここの経営者家族のことを教えてくれますか?」
「はい。ここの経営者は3人家族なのです。オーナーと奥さんと、小学生の息子さんがいるのです。オーナーも奥さんもとても忙しくて、なかなか会えないのです。一応、みんな本棟の2階に住んでいますよ」
「そうですか。経営者家族と話すことはできますか?」
「ええと。いるかどうか分からないですけど、行ってみますか?」
「はい。じゃあ、俺、経営者に会ってきますね」
樒はそう言うと、夕月の後について本棟に向かった。
「あ、オーナー!」
本棟に入った所で、ちょうどオーナーに出会った。
「オーナー、実はちょっとした事件があったのです。ご家族で話せませんか?」
「?いいよ。おいで」
そう言って、オーナーは2人を2階に招きいれた。
ソファーに座って、テーブルを挟んで経営者家族と向かい合う。
「実は、この施設で動物の虐待事件が起きました」
樒が言うと、オーナー夫妻は心底驚いた顔をした。真ん中の息子の顔が、少しだけ下を向く。目が、泳いでいる。
「怪我をして逃げ出した動物達は保護して、治療してあります。柵の修理が今日中に終わるので、この後柵の中に戻します」
「全然知らなかったよ。ごめんね、夕月ちゃん。ここ1ヵ月、全部君に任せっきりにしてしまった」
「大丈夫ですよ」
オーナーと夕月が会話をしている間。樒はオーナーの息子の様子をこっそり観察していた。内部犯だということは伏せてあるが、明らかに動揺している。
ついに日が沈んで、夜がやってきた。
樒は侵入を使って気配を消し、柵の右側で待機。ジョンは物質透過で柵の左側に待機。千葉と狩野、木嶋は道の北側の草むらで、木嶋の暗視鏡を使って、ローテーションで様子を見ていた。動物達は、もう柵の中に戻してある。
夕月は次の日に以来を抱えており、先に帰らないといけなかった。
「しかし、内部犯で子供となると、目的は何なのかな?」
張り込みをする前に木嶋がみんなに配ったサンドイッチと緑茶を頬張りながら、狩野が訊いた。
「分からないですね。でも、もう1回の行動は許せません」
木嶋がそれに答える。そして暗視鏡を覗いていた千葉に声をかけた。
「そろそろ交代しますよ」
「ああ、ありがとうな」
「無理せず、万全の態勢で動きましょうね」
そして時は経ち、深夜も近くなった。小さな人影が、ゆっくりと柵に近づいて来る。ペンチで柵を壊そうとした所で、
「そこまでだ」
千葉の声がかかった。
その声に反応して、ジョンがその人影の背後から現れて、首根っこを掴んで宙に持ち上げた。
「ほう…また来るとは大した根性だ。…さて、今度は撃退士の腕力でお前に石でも投げてみようか?」
もちろん脅しの言葉だが、目が本気っぽく見える。小さな人影は泣き出してしまった。
見かねて、柵の右側から樒が出てきた。
「如何して此の様なことを?」
優しい声で、少年に声を掛けた。この少年、経営者の息子である。
「グスッ。だって、パパもママも、仕事ばっかりで。たまの休日も、こいつらばっかりで。全然僕にかまってくれないんだもん」
なるほど、動物達がいなくなれば、両親にかまってもらえると思ったのだろう。
「でも、動物達だって同じ命なんです。大切な、命なんですよ」
木嶋はジョンの手から離れた少年に語りかけた。
「そうだよ。動物だってあなたと同じように痛みを感じるし、身体だけではなく、心も傷つくんだよ。もし死んでしまったら、ゲームのように生き返ることはないんだよ。取り返しがつかないことなんだよ。あなただって、僕達みたいに自分より大きくて力のある存在に襲われたら、恐いよね。動物も同じなんだよ」
狩野が続けると、少年も次第にうなだれ始めた。
「寂しいのは分かります。でも、貴方はこの子達と違って喋れるのですから、伝えたい事は言葉で伝えないと…ね?」
樒が少年の肩に手を置いて語りかけると、少年はコクリと頷いた。そして動物達のほうを向いて「ごめんね」と、自発的に彼らにも謝った。
「よし、反省してるみたいだな。どうせなら弱い者を護れる男になれ。その方がカッコイイぞ」
そう言って、千葉は少年に軽くでこピンをする。
「イタッ!」
少年は両手で額を押さえた。
「この子のご両親にもっと時間が出来るように、もっとボランティアに来てくれる人を集めませんか?」
少年の悩みを解決するために、木嶋がみんなに提案した。
しばらくして、5人であの保護施設の様子を見に行くと、たくさんのボランティアがいて、経営者の家族は仲良くピクニックをしていた。
「これでもう大丈夫ですね」
樒が微笑んで言った。