.


マスター:柳 青葉
シナリオ形態:ショート
難易度:普通
参加人数:6人
サポート:1人
リプレイ完成日時:2015/05/19


みんなの思い出



オープニング

「ハーイ!桜ちゃんで~す♪今日わぁ、みんなに報告がありま~す♪1週間後、桜ちゃん、なんと、街頭握手イベントをすることになりましたぁ!ファンのみなさんに会えること、楽しみにしてま〜す♪イベントわぁ、全国にも中継されるので、来れないファンのみんなも、見〜てく〜ださ〜いね♪」
 ピンクのフリルが飽きるほど沢山付いたワンピースの裾を左右に振りながら、桜はカメラに向かって可愛らしくウインクして見せた。
「はい、カット!いいよ!可愛かったよ、桜ちゃん」
「ありがとうございま〜す、監督♪」
 桜は胸の前で手を握り締めて、ぶりっ子らしく笑って見せた。

 桜は駆け出しのアイドルである。およそ全ての駆け出しアイドルと同じく、桜もまたその時代の目印のようなトップアイドルになりたいと願っていた。この日は、イベント宣伝のVTRを撮影しにテレビ局に来ていた。まあ、地方局なのだが。その楽屋の中で、桜は撮影用のワンピースを脱いで、フェミニンなシャツとミニスカートに着替えた。
「本当によかったよ、桜ちゃん。これで、握手イベントは絶対成功だね」
 椅子に座ってスマホを弄ぶ桜に、気の弱そうなマネージャーがお茶の紙コップを差し出した。
「ありがと。でも、まだ安心できないから」
 お茶を1口で飲み干すと、コップをグシャリと握りつぶした。撮影の時とは全く違う、冷めた目でマネージャーを見上げる。
「あたしはまだデビューして3ヵ月。この握手イベントでどれだけのファンを増やすことができるかで、あたしの将来が左右されるんだから。こんなチャンスでもファンを手に入れられなかったら、トップアイドルになんて絶対無理だからっ」
 そう言いながら潰したコップをマネージャーの顔目掛けて投げつけた。
「っ!そ、そうだね。さすが、桜ちゃん」
 マネージャーが怯えた目をしているのは無視して、桜はスッと椅子から立ち上がるとスマホの画面をマネージャーに突きつけた。
 依頼はこちらへ、という文と共に電話番号が1行書いてある。
「へ?」
「なに寝ぼけたような顔してんの?さっさとここに電話しなさいよ」
「え?で、でも。別に天魔の被害は受けてないじゃないか」
「はあ?あんた馬鹿なの!撃退士は有名なんだよ。彼らがあたしの熱狂的なファンになってくれたら、『あ、この子結構有名なんだ』って興味を持ってくれる人が増えるでしょう。あたしのファンになってくれる人だって多くなるの!分かった!!」
 興奮した桜はマネージャーの胸倉を思いっきり掴んだ。
「は、はい。で、でも、学園島まで桜ちゃんのファンがいるとは限らないよ……」
 真面目すぎるマネージャーの返答に、桜はあきれ果てて手を離した。軽く首を振りながら椅子に座りなおす。大きくため息をついて、わざと言葉のスピードを落とした。
「あのね。あたしが言ってるのは、サクラなの。サ・ク・ラ、分かる?」
「はい」
「じゃあさっさと電話して来て!」
桜に気圧されて、マネージャーは転がるようにして楽屋を出て行った。
 誰もいなくなった楽屋で、桜はカバンから1枚の写真を取り出した。隠れるように、部屋の隅っこにうずくまる。写真には、桜によく似た女の子が写っている。桜よりも幾らか可愛らしく、華やかな笑顔がなんとも眩しい。写真を撫でていると、一滴の水がポトリと落ちた。急いで写真をぬぐって、それから自分の目を拭う。
「お姉ちゃん、夢、叶えるからね」
 ギュッと目を瞑って、写真を胸に抱きしめた。大きく深呼吸して、写真をカバンに戻す。アイドルになる夢は、もとは桜の姉のものだった。桜のぶりっ子キャラも、姉の性格がそうであったから。本来の、わがままで強気な性格を隠して、無理に明るく笑ってテレビに出る。その全ては、大好きな、もう二度とあえない姉の、叶えられなかった夢を叶える為である。
 桜の姉は、今の桜と同じ年のときに天魔の襲撃に巻き込まれて亡くなった。

 斡旋所の壁に、1枚の依頼状が張り出された。駆け出しアイドルの桜が今週末、とある大学近くの公園の中央広場にて仮設テントを立てて街頭握手イベント行うことになった。握手会は約3時間ほどを予定しておりその後は広場横のステージにてデビュー曲のポップス「心に愛を」とヒット曲でポップスの「夜桜」を披露する事になっている。このステージは40分程度を予定しており、歌っていない時はトークを行うことになっている。今回は、このイベントを盛り上げるためのサクラを依頼したい。


リプレイ本文

●依頼受注後
 指宿 瑠璃(jb5401)は、桜のことについて調査していた。
「あ、あの。この人、知ってますか?」
 桜が昔住んでいたとされる町で、ネットからコピーした桜の写真を手に、おどおどと聞き込みをする。
「う〜ん。あ、思い出した。この子、桜ちゃんね」
 とある住宅街で、買い物袋を提げたおばさんが答えてくれた。
「どういう人、だったんですか?」
「う〜んとねぇ。確か、強気で、わがままな子だったよ。可愛らしいお姉さんとは正反対で」
「お姉さんが、いたんですね」
「ええ。それはもう仲のいい4人家族だったわよ。でもね、何年前だったかしら。お姉さんが天魔に襲われて死んじゃったのよ。かわいそうに、本当に可愛らしい子で、アイドルを目指してたくらいなのよ。それで、すぐに家族ごと引っ越して行ったわぁ。」
 おばさんは、昔を懐かしむように、桜一家を同情するように、遠くを眺めて言った。
「そうですか。あ、ありがとうございます」
 指宿は思いっきり頭を下げた。
 同じ頃、佐藤 としお(ja2489)は街中を掛け回っていた。
「どうせやるなら老若男女問わず、幅広くファンを付けましょう!」
 依頼を受ける際、マネージャーに電話して大量のチラシを手に入れていた。
「こんにちはー!今度、この子がイベントやるんだ。おじいさん、見に来てよ!ずっと部屋にいても、やること無いだろう?」
 桜のイベントが行なわれる公園を中心に、老人ホームと幼稚園を回る。
「坊ちゃん、お母さんと一緒に来るといいよ。楽しいからな!」
 おじいさんの話し相手をしたかと思うと、今度は子供達の遊び相手になる。そうして確実に、チラシの量を減らしていった。

●イベント当日:打ち合わせ
 時間は朝8時半。イベントが始まるまで、まだ大分時間がある。
 公園の管理事務所の一室に、桜の依頼を受けた撃退士が集まってきた。ここが、サクラたちの控え室だ。
「おはよっす。みんなも早いな。同じ依頼を受けたからには、俺たちは仲間だぜ。まずは、情報共有な」
 雪ノ下・正太郎(ja0343)が、眩しいほどの笑顔で紙を配っていく。ネットで調べた桜の情報をコピーしたものだ。
「おお!ありがとう!」
 佐藤の元気な声が響いた。瑠璃も、おどおどしながらそれを受け取る。
「大丈夫か、お前。今日は1日頑張ろうぜ」
 雪ノ下が、瑠璃の肩をパンパンと叩いた。
「雪ノ下さん、熱血だな」
 佐藤が言ったその言葉に、雪ノ下は豪快に笑った。
「そうですか?でも、みんなも依頼、頑張りますよね」
「確かに。僕自身は奇術にサクラを使ったりはしない方ですが、せっかくサクラをやるからには、最大限お役に立ちたいですねえ」
 エイルズレトラ マステリオ(ja2224)が言った。指では、トランプを弄んでいる。
「う〜ん、サクラねぇ。人気がありそうに見えたら、どんな子かなって、興味は持ってもらえるよね。その後繋ぎとめられるかは、結局実力次第だけど。でもこのサクラ要請、やったの桜ちゃんなのかな?だとしたら中々強かな子なのかもしれないね」
 砂原・ジェンティアン・竜胆(jb7192)は、ニヤリと狡猾そうな笑顔を浮かべた。
 と、控え室の扉が開いてマネージャーが入ってきた。
「あの。皆さん、こちらへどうぞ」
 そう言って、全員を桜の楽屋へ案内した。
「わぁ……桜ちゃんだ……」
 さっきまでのヘタレようはどこへ行ったのか。指宿の目がキラキラと輝いている。
「桜ちゃん。こちらが、今回イベントを手伝ってくれる撃退士の皆さんだよ」
「おはようございま〜す!桜ちゃんで〜す♪今日わぁ、イベントを手伝いに来てくれて、ありがとうございま〜す!」
 桜は明るく元気に笑った。今日はフリフリのミニスカート姿だ。もちろん、ピンクである。
 雪ノ下たちは、1人ずつ名前を名乗った。
「砂原・ジェンティアンだよ。よろしくね、桜ちゃん」
 砂原は、竜胆まで名乗らなかった。
「俺は、雪ノ下・正太郎だ。そして――」
 雪ノ下は光纏した。制服姿が、青龍をモチーフにいたヒーロースーツに変わった。
「――変身ヒーロー、我龍転成リュウセイガーだぜ」
「うわぁ!すご〜い♪すっっごく、かっこいいですぅ〜」
 桜は、ピョンピョン飛び跳ねて喜びを示した。
 光纏を解いても、桜はまだ跳ねていた。飛び跳ねているものだから、当然、途中でスカートが捲れたりもする。そのスカートを、雪ノ下は食い入るように見た。鼻の下が伸びている。
「指宿 瑠璃です」
 雪ノ下を押しのけて、指宿が桜ちゃんに詰め寄った。
「よ、よろしくお願いしま〜す♪」
 さすがの桜も少し引いている。
「あのですね、桜ちゃん。握手会では、“釣り”の仕方が重要なんです。基本は顔を乗り出して近づいて、初めてで緊張している人には小声で、『初めて来てくれたのかな?緊張しないでね!次来てくれた時はゆっくりお話しようね、約束!』って言うんです。 好きだと言ってくれた人には『ありがとう、じゃあ桜、今日でもっと好きになってもらえるように頑張るね』って言ってみてください」
「は、は〜い。ありがとうございま〜す」
 心なしか、桜の笑顔が少し引き攣っている。
「あ、あの。とりあえずみなさん、座りましょう」
 見かねて、マネージャーが雪ノ下たちを椅子へ誘導した。

「俺たちに、どういうことをやって欲しいかな?」
 桜も席に着くと、黄昏ひりょ(jb3452)が口を開いた。
「あのねぇ。まず、握手会でどんなぬいぐるみが好きなのか訊いて欲しいんですぅ。それで、インタビューの時に、急いで買ってきましたって、ピンクのテディーベアをプレゼントして欲しいなぁ♪」
「じゃあ、俺たちがやっちゃダメなことって、なんかあるか?」
 今度は雪ノ下が訊いた。
「う〜ん。特に無いですよぉ。サクラをお願いしてるけどぉ、桜ちゃん頑張るから、みんなにも楽しんでもらえたらうれしいなぁ♪」
(なんだろう。なんだか、無理してる感じがあるんだよね)
 黄昏ひりょは、桜の話を聞きながらそう思った。
(でも、イベントに対する意気込みは本物だと思うんだよね。もしかしたら、桜さん、何か人に言えないものを抱えているのかもしれないな。うん。俺のやれる形で応援しよう)
「頑張ってるから当然なんだけど、少し力入り過ぎかな」
 今まで様子を覗っていた砂原が、口を挟んだ。
「はい。桜ちゃん、あーん」
「?あーん」
 なんだか分からないまま、桜は口を開けた。ポイッと、砂原が何かを桜の口の中に放り込む。
「んっ!……ハーブ?のど飴ですか?」
「そうだよ。僕、甘いの苦手なんで、あまり甘くなくて悪いけど、緊張は保ちつつもリラックスね。無茶でも何でも、素直な気持ちをぶつけなよ、僕らはそれを叶えるのがお仕事だからね。どんなファンでも演じるよ?お姫様」
 砂原が微笑むと、桜の笑顔が少し強張った。
「は〜い♪じゃあ、桜ちゃん、熱狂的で桜ちゃん命なファンが欲しいですぅ。どう演じてくれますぅ?」
「桜さんのコスプレ、とか?」
 黄昏ひりょが答えた。
「……」
 そんな回答は、誰も予想していなかった。
「無理だ!」
 佐藤が、すぐに否定した。
「そうですかぁ。でも、頑張って考えてくれて、桜ちゃん、うれしいですぅ♪」
 桜が黄昏ひりょび笑顔を向ける。と、砂原の伊達眼鏡が、キラリと光った。
「……桜ちゃんも、演じてる印象はあるけどね」
 小さめの声で、はっきりと言う。
「…………」
 短い沈黙が流れた。桜の中で、何かのスイッチが、切れた。
「……演じてるけど、悪い?」
 見渡すと、いくつかの驚いた顔の中で、砂原と指宿だけがまったく動じていなかった。
「私、知ってます。お姉さんの夢を叶えるため、素の性格を隠しているんですよね?」
「だったら何?」
 桜は、すっくと立ち上がると、全員を見下ろして言う。
「さっき、何がNGか、聞いたよね。一つ付け加えとく、ファンに私の性格を話すな。話したら、一生許さないから」
 そう言うとすぐに、全員を楽屋から追い出した。
「同情なんか、要らないんだから」
 桜は、扉にもたれかかって呟いた。
「俺は1人の人間として、桜を応援するつもりだぜ」
 控え室で、雪ノ下が宣言する。
「僕もだ!」
 佐藤が続く。他の人も頷いた。
「じゃあ、掛け声の練習ですよね。皆さんいいーですかー?」
 佐藤が全員の顔を見渡す。
「いいですね」
 すぐに、雪ノ下が同意した。
「ごめん、僕、先に着替えてくるよ」
 そう言うと、砂原は荷物を持って出て行った。トイレで着替えるようだ。
「僕も、少し席を外しますよ」
 エイルズレトラは控え室を出ると、再び桜の楽屋をノックした。
「何?」
「あなたと、僕のハートを慣れさせておこうと思いまして」
 そう言って、ヒリュウを召喚した。
「実は、握手会で、こういうことをしたいんですよ」

●イベント
 イベント開始の一時間前、黄昏ひりょはみんなより一足先に控え室を出た。握手会用のテントの前には、まだ誰も並んでいない。
「ちょうど良い。俺が、最初の1人だ」
 黄昏ひりょは、待ち遠しそうに何度も時計を眺めながら、握手会の最初の客を装った。
 イベントが始まる頃には、公園も大分賑やかになった。握手会のテントにも、ファンの人が数十人並んでいる。
 桜は指宿に教えられた通り、黄昏ひりょに顔を近づけた。
「今日わぁ、来てくれてありがとうございま〜す!楽しんでいってくださいね♪」
 桜がニッコリと笑うと、黄昏ひりょは打ち合わせどおりの質問をした。
「ぬいぐるみが好きなんだよね。どういうのが好きなの?」
「桜ちゃんは、テディイーベアが大好きなんです♪」
 桜が答えると、ちょうどここで次の人に代わった。
 エイルズレトラは、タキシードにシルクハットという出で立ちで、召喚獣のハートをつれて、たまたま通りかかった風を装った。
 握手会のテントを通り過ぎる直前。ハートが突然桜の方に飛んで行って、桜の肩にじゃれ付いた。
「きゃあ。わっ、かわいい♪でも、くすぐったいよ〜」
 他のお客さんが驚く中、エイルズレトラが急いで桜に駆け寄った。
「珍しいですね、うちのハートが自発的に誰かにじゃれ付くなんて。きっと、あなたが優しい人だと分かったんでしょうね」
 そう言って微笑むと、桜は恥ずかしそうにはにかんだ。たくさんの人が、そのはにかんだ顔に釣られて列に並んだ。
 エイルズレトラは、スマホを取り出すと、ハートとじゃれる桜をカメラに収めた。ついでに、ハートを引き離してツーショットの写真も撮った。
 エイルズレトラは、握手会のテントの隣にあるのぼりに眼を遣ると、
「ああ、この後ステージをやるのですか!それは、ぜひ拝見させてもらいましょう!」
 と言って、手を差し出した。
「ありがとうございま〜す♪」
 桜が握手する。これは予定に無かった。
 ステージ前で待つ間、エイルズレトラは隣の客と桜について語り合った。もちろん、情報を覚えていないエイルズレトラは、スマホで情報を調べながら話している。
 砂原は、とびっきりおしゃれな服に着替えていた。日英ハーフの見た目も手伝って、かなり目立っている。
「桜ちゃんの歌う夜桜が大好きだよ。特に、宇宙の丘に立つ一本の桜。私の心は寂しくての部分が、気に入ってるんだよね」
 砂原は、事前に桜の歌を全て覚えて来たのだ。
「覚えてくれて、ありがとうございま〜す♪」
 ここで次の人に代わる。砂原は再び列の最後尾に並んだ。

 いよいよステージの時間が始まった。
 指宿が、事前にお客さんの全員にピンク色のサイリウムを配っていたので、会場はピンク1色だ。最初の曲は『心に愛を』。最初のサビに入ると、コールが始まった。
 もちろん、指宿が先導している。
「超絶かわいい!」
 指宿が叫ぶと、
「「「「「桜!」」」」」
 みんなが続いた。佐藤が練習を持ちかけたおかげで、みんな揃っている。その中でも特に、黄昏ひりょの声が大きかった。
 おかげで、次の曲の『夜桜』では、会場全体でコールがそろった。
 そして、トークが始まった。桜が数分しゃべると、いよいよ会場へのインタビューに入る。
「みなさん、今の気持ちと、桜ちゃんのどこが好きなのか、教えてください!」
 最初に、雪ノ下にマイクが渡される。
「妹みたいに可愛い、これからも良い歌を聞かせて欲しい」
 そして、砂原にマイクが渡される。
「頑張ってる桜ちゃんを間近で見られて嬉しいよ。大事な人を亡くしても一生懸命頑張ってるとこ、すごく可愛いよね。ありのままの桜ちゃんをこれからも応援して行きたいな。もっと色々な顔を見せてね」
 最後に、黄昏ひりょがマイクを持った。
「大好きです!!桜さん!さっき、テディーベアが好きって言ってたよね。俺、買ってきた!貰って!!」
 熱の篭った声を装って言った。
「ありがとうございま〜す!桜ちゃん、感激ですぅ♪」
 桜はステージの上で、涙を拭うフリをした。

●終わりに
「みんな上手だったな。桜さんの歌も綺麗だったよ。お疲れ様」
 桜の控え室で、佐藤はスタッフの1人1人にまで労いの言葉を掛けて行った。ドアのすぐ傍では、エイルズレトラが写メをSNSで拡散している。
 「サインください!」
 情熱的な目で桜を見つめて、指宿が桜に色紙を突きつける。
「う、うん。いいけど。あんた、ちょっと押しが強すぎるよ。正直、引く」
 そう言いながらも、ちゃんとサインはした。
 その隙に、黄昏ひりょはそっと化粧台に何かを置いた。
「それでは、今日はこれで」
 マネージャーに言われて、佐藤たちは控え室に戻った。
「あ〜あ、疲れた」
 そう言って、桜は化粧台の前に腰掛ける。ふと、何かが置いてあることに気がついた。手に取ると、それはメッセージカードだった。
『俺には君の事情はわからない。でも、何か大事なものの為に、必死になって頑張っているのは感じる。その思いは本物だろう。例え違う自分を演じてでも、成し遂げたい何か。そういうものがあるんだろうな。月並みな言葉しか出てこないが。応援している。君と君が大切にする何かの夢、達成できるといいね』
 そこに書いてある文字を読んで、桜は涙を流した。
「桜ちゃん?」
 マネージャーが心配そうに声をかける。
「絶対、成し遂げて見せるもん」
 カードに向かって呟いてから、振り返った。
「今日は、ありがとう。これからも、たくさん仕事を取ってきてよね、マネージャー」
 いつもとは違って、強気に笑っている。久しぶりに、素の自分で笑っている。
「あ、ああ!」

 学園島への帰り道。
「成功してよかった。だよな」
 雪ノ下が言った。
「は、はい……そう、ですね」
 桜に直接引くと言われて、指宿はいつも以上にヘタレてしまっている。
「ちゃんと、ファンが増えてるといいなー!」
 後ろ向きに歩きながら、元気良く、佐藤が言う。



依頼結果