●依頼受注後
指宿 瑠璃(
jb5401)は、桜のことについて調査していた。
「あ、あの。この人、知ってますか?」
桜が昔住んでいたとされる町で、ネットからコピーした桜の写真を手に、おどおどと聞き込みをする。
「う〜ん。あ、思い出した。この子、桜ちゃんね」
とある住宅街で、買い物袋を提げたおばさんが答えてくれた。
「どういう人、だったんですか?」
「う〜んとねぇ。確か、強気で、わがままな子だったよ。可愛らしいお姉さんとは正反対で」
「お姉さんが、いたんですね」
「ええ。それはもう仲のいい4人家族だったわよ。でもね、何年前だったかしら。お姉さんが天魔に襲われて死んじゃったのよ。かわいそうに、本当に可愛らしい子で、アイドルを目指してたくらいなのよ。それで、すぐに家族ごと引っ越して行ったわぁ。」
おばさんは、昔を懐かしむように、桜一家を同情するように、遠くを眺めて言った。
「そうですか。あ、ありがとうございます」
指宿は思いっきり頭を下げた。
同じ頃、佐藤 としお(
ja2489)は街中を掛け回っていた。
「どうせやるなら老若男女問わず、幅広くファンを付けましょう!」
依頼を受ける際、マネージャーに電話して大量のチラシを手に入れていた。
「こんにちはー!今度、この子がイベントやるんだ。おじいさん、見に来てよ!ずっと部屋にいても、やること無いだろう?」
桜のイベントが行なわれる公園を中心に、老人ホームと幼稚園を回る。
「坊ちゃん、お母さんと一緒に来るといいよ。楽しいからな!」
おじいさんの話し相手をしたかと思うと、今度は子供達の遊び相手になる。そうして確実に、チラシの量を減らしていった。
●イベント当日:打ち合わせ
時間は朝8時半。イベントが始まるまで、まだ大分時間がある。
公園の管理事務所の一室に、桜の依頼を受けた撃退士が集まってきた。ここが、サクラたちの控え室だ。
「おはよっす。みんなも早いな。同じ依頼を受けたからには、俺たちは仲間だぜ。まずは、情報共有な」
雪ノ下・正太郎(
ja0343)が、眩しいほどの笑顔で紙を配っていく。ネットで調べた桜の情報をコピーしたものだ。
「おお!ありがとう!」
佐藤の元気な声が響いた。瑠璃も、おどおどしながらそれを受け取る。
「大丈夫か、お前。今日は1日頑張ろうぜ」
雪ノ下が、瑠璃の肩をパンパンと叩いた。
「雪ノ下さん、熱血だな」
佐藤が言ったその言葉に、雪ノ下は豪快に笑った。
「そうですか?でも、みんなも依頼、頑張りますよね」
「確かに。僕自身は奇術にサクラを使ったりはしない方ですが、せっかくサクラをやるからには、最大限お役に立ちたいですねえ」
エイルズレトラ マステリオ(
ja2224)が言った。指では、トランプを弄んでいる。
「う〜ん、サクラねぇ。人気がありそうに見えたら、どんな子かなって、興味は持ってもらえるよね。その後繋ぎとめられるかは、結局実力次第だけど。でもこのサクラ要請、やったの桜ちゃんなのかな?だとしたら中々強かな子なのかもしれないね」
砂原・ジェンティアン・竜胆(
jb7192)は、ニヤリと狡猾そうな笑顔を浮かべた。
と、控え室の扉が開いてマネージャーが入ってきた。
「あの。皆さん、こちらへどうぞ」
そう言って、全員を桜の楽屋へ案内した。
「わぁ……桜ちゃんだ……」
さっきまでのヘタレようはどこへ行ったのか。指宿の目がキラキラと輝いている。
「桜ちゃん。こちらが、今回イベントを手伝ってくれる撃退士の皆さんだよ」
「おはようございま〜す!桜ちゃんで〜す♪今日わぁ、イベントを手伝いに来てくれて、ありがとうございま〜す!」
桜は明るく元気に笑った。今日はフリフリのミニスカート姿だ。もちろん、ピンクである。
雪ノ下たちは、1人ずつ名前を名乗った。
「砂原・ジェンティアンだよ。よろしくね、桜ちゃん」
砂原は、竜胆まで名乗らなかった。
「俺は、雪ノ下・正太郎だ。そして――」
雪ノ下は光纏した。制服姿が、青龍をモチーフにいたヒーロースーツに変わった。
「――変身ヒーロー、我龍転成リュウセイガーだぜ」
「うわぁ!すご〜い♪すっっごく、かっこいいですぅ〜」
桜は、ピョンピョン飛び跳ねて喜びを示した。
光纏を解いても、桜はまだ跳ねていた。飛び跳ねているものだから、当然、途中でスカートが捲れたりもする。そのスカートを、雪ノ下は食い入るように見た。鼻の下が伸びている。
「指宿 瑠璃です」
雪ノ下を押しのけて、指宿が桜ちゃんに詰め寄った。
「よ、よろしくお願いしま〜す♪」
さすがの桜も少し引いている。
「あのですね、桜ちゃん。握手会では、“釣り”の仕方が重要なんです。基本は顔を乗り出して近づいて、初めてで緊張している人には小声で、『初めて来てくれたのかな?緊張しないでね!次来てくれた時はゆっくりお話しようね、約束!』って言うんです。 好きだと言ってくれた人には『ありがとう、じゃあ桜、今日でもっと好きになってもらえるように頑張るね』って言ってみてください」
「は、は〜い。ありがとうございま〜す」
心なしか、桜の笑顔が少し引き攣っている。
「あ、あの。とりあえずみなさん、座りましょう」
見かねて、マネージャーが雪ノ下たちを椅子へ誘導した。
「俺たちに、どういうことをやって欲しいかな?」
桜も席に着くと、黄昏ひりょ(
jb3452)が口を開いた。
「あのねぇ。まず、握手会でどんなぬいぐるみが好きなのか訊いて欲しいんですぅ。それで、インタビューの時に、急いで買ってきましたって、ピンクのテディーベアをプレゼントして欲しいなぁ♪」
「じゃあ、俺たちがやっちゃダメなことって、なんかあるか?」
今度は雪ノ下が訊いた。
「う〜ん。特に無いですよぉ。サクラをお願いしてるけどぉ、桜ちゃん頑張るから、みんなにも楽しんでもらえたらうれしいなぁ♪」
(なんだろう。なんだか、無理してる感じがあるんだよね)
黄昏ひりょは、桜の話を聞きながらそう思った。
(でも、イベントに対する意気込みは本物だと思うんだよね。もしかしたら、桜さん、何か人に言えないものを抱えているのかもしれないな。うん。俺のやれる形で応援しよう)
「頑張ってるから当然なんだけど、少し力入り過ぎかな」
今まで様子を覗っていた砂原が、口を挟んだ。
「はい。桜ちゃん、あーん」
「?あーん」
なんだか分からないまま、桜は口を開けた。ポイッと、砂原が何かを桜の口の中に放り込む。
「んっ!……ハーブ?のど飴ですか?」
「そうだよ。僕、甘いの苦手なんで、あまり甘くなくて悪いけど、緊張は保ちつつもリラックスね。無茶でも何でも、素直な気持ちをぶつけなよ、僕らはそれを叶えるのがお仕事だからね。どんなファンでも演じるよ?お姫様」
砂原が微笑むと、桜の笑顔が少し強張った。
「は〜い♪じゃあ、桜ちゃん、熱狂的で桜ちゃん命なファンが欲しいですぅ。どう演じてくれますぅ?」
「桜さんのコスプレ、とか?」
黄昏ひりょが答えた。
「……」
そんな回答は、誰も予想していなかった。
「無理だ!」
佐藤が、すぐに否定した。
「そうですかぁ。でも、頑張って考えてくれて、桜ちゃん、うれしいですぅ♪」
桜が黄昏ひりょび笑顔を向ける。と、砂原の伊達眼鏡が、キラリと光った。
「……桜ちゃんも、演じてる印象はあるけどね」
小さめの声で、はっきりと言う。
「…………」
短い沈黙が流れた。桜の中で、何かのスイッチが、切れた。
「……演じてるけど、悪い?」
見渡すと、いくつかの驚いた顔の中で、砂原と指宿だけがまったく動じていなかった。
「私、知ってます。お姉さんの夢を叶えるため、素の性格を隠しているんですよね?」
「だったら何?」
桜は、すっくと立ち上がると、全員を見下ろして言う。
「さっき、何がNGか、聞いたよね。一つ付け加えとく、ファンに私の性格を話すな。話したら、一生許さないから」
そう言うとすぐに、全員を楽屋から追い出した。
「同情なんか、要らないんだから」
桜は、扉にもたれかかって呟いた。
「俺は1人の人間として、桜を応援するつもりだぜ」
控え室で、雪ノ下が宣言する。
「僕もだ!」
佐藤が続く。他の人も頷いた。
「じゃあ、掛け声の練習ですよね。皆さんいいーですかー?」
佐藤が全員の顔を見渡す。
「いいですね」
すぐに、雪ノ下が同意した。
「ごめん、僕、先に着替えてくるよ」
そう言うと、砂原は荷物を持って出て行った。トイレで着替えるようだ。
「僕も、少し席を外しますよ」
エイルズレトラは控え室を出ると、再び桜の楽屋をノックした。
「何?」
「あなたと、僕のハートを慣れさせておこうと思いまして」
そう言って、ヒリュウを召喚した。
「実は、握手会で、こういうことをしたいんですよ」
●イベント
イベント開始の一時間前、黄昏ひりょはみんなより一足先に控え室を出た。握手会用のテントの前には、まだ誰も並んでいない。
「ちょうど良い。俺が、最初の1人だ」
黄昏ひりょは、待ち遠しそうに何度も時計を眺めながら、握手会の最初の客を装った。
イベントが始まる頃には、公園も大分賑やかになった。握手会のテントにも、ファンの人が数十人並んでいる。
桜は指宿に教えられた通り、黄昏ひりょに顔を近づけた。
「今日わぁ、来てくれてありがとうございま〜す!楽しんでいってくださいね♪」
桜がニッコリと笑うと、黄昏ひりょは打ち合わせどおりの質問をした。
「ぬいぐるみが好きなんだよね。どういうのが好きなの?」
「桜ちゃんは、テディイーベアが大好きなんです♪」
桜が答えると、ちょうどここで次の人に代わった。
エイルズレトラは、タキシードにシルクハットという出で立ちで、召喚獣のハートをつれて、たまたま通りかかった風を装った。
握手会のテントを通り過ぎる直前。ハートが突然桜の方に飛んで行って、桜の肩にじゃれ付いた。
「きゃあ。わっ、かわいい♪でも、くすぐったいよ〜」
他のお客さんが驚く中、エイルズレトラが急いで桜に駆け寄った。
「珍しいですね、うちのハートが自発的に誰かにじゃれ付くなんて。きっと、あなたが優しい人だと分かったんでしょうね」
そう言って微笑むと、桜は恥ずかしそうにはにかんだ。たくさんの人が、そのはにかんだ顔に釣られて列に並んだ。
エイルズレトラは、スマホを取り出すと、ハートとじゃれる桜をカメラに収めた。ついでに、ハートを引き離してツーショットの写真も撮った。
エイルズレトラは、握手会のテントの隣にあるのぼりに眼を遣ると、
「ああ、この後ステージをやるのですか!それは、ぜひ拝見させてもらいましょう!」
と言って、手を差し出した。
「ありがとうございま〜す♪」
桜が握手する。これは予定に無かった。
ステージ前で待つ間、エイルズレトラは隣の客と桜について語り合った。もちろん、情報を覚えていないエイルズレトラは、スマホで情報を調べながら話している。
砂原は、とびっきりおしゃれな服に着替えていた。日英ハーフの見た目も手伝って、かなり目立っている。
「桜ちゃんの歌う夜桜が大好きだよ。特に、宇宙の丘に立つ一本の桜。私の心は寂しくての部分が、気に入ってるんだよね」
砂原は、事前に桜の歌を全て覚えて来たのだ。
「覚えてくれて、ありがとうございま〜す♪」
ここで次の人に代わる。砂原は再び列の最後尾に並んだ。
いよいよステージの時間が始まった。
指宿が、事前にお客さんの全員にピンク色のサイリウムを配っていたので、会場はピンク1色だ。最初の曲は『心に愛を』。最初のサビに入ると、コールが始まった。
もちろん、指宿が先導している。
「超絶かわいい!」
指宿が叫ぶと、
「「「「「桜!」」」」」
みんなが続いた。佐藤が練習を持ちかけたおかげで、みんな揃っている。その中でも特に、黄昏ひりょの声が大きかった。
おかげで、次の曲の『夜桜』では、会場全体でコールがそろった。
そして、トークが始まった。桜が数分しゃべると、いよいよ会場へのインタビューに入る。
「みなさん、今の気持ちと、桜ちゃんのどこが好きなのか、教えてください!」
最初に、雪ノ下にマイクが渡される。
「妹みたいに可愛い、これからも良い歌を聞かせて欲しい」
そして、砂原にマイクが渡される。
「頑張ってる桜ちゃんを間近で見られて嬉しいよ。大事な人を亡くしても一生懸命頑張ってるとこ、すごく可愛いよね。ありのままの桜ちゃんをこれからも応援して行きたいな。もっと色々な顔を見せてね」
最後に、黄昏ひりょがマイクを持った。
「大好きです!!桜さん!さっき、テディーベアが好きって言ってたよね。俺、買ってきた!貰って!!」
熱の篭った声を装って言った。
「ありがとうございま〜す!桜ちゃん、感激ですぅ♪」
桜はステージの上で、涙を拭うフリをした。
●終わりに
「みんな上手だったな。桜さんの歌も綺麗だったよ。お疲れ様」
桜の控え室で、佐藤はスタッフの1人1人にまで労いの言葉を掛けて行った。ドアのすぐ傍では、エイルズレトラが写メをSNSで拡散している。
「サインください!」
情熱的な目で桜を見つめて、指宿が桜に色紙を突きつける。
「う、うん。いいけど。あんた、ちょっと押しが強すぎるよ。正直、引く」
そう言いながらも、ちゃんとサインはした。
その隙に、黄昏ひりょはそっと化粧台に何かを置いた。
「それでは、今日はこれで」
マネージャーに言われて、佐藤たちは控え室に戻った。
「あ〜あ、疲れた」
そう言って、桜は化粧台の前に腰掛ける。ふと、何かが置いてあることに気がついた。手に取ると、それはメッセージカードだった。
『俺には君の事情はわからない。でも、何か大事なものの為に、必死になって頑張っているのは感じる。その思いは本物だろう。例え違う自分を演じてでも、成し遂げたい何か。そういうものがあるんだろうな。月並みな言葉しか出てこないが。応援している。君と君が大切にする何かの夢、達成できるといいね』
そこに書いてある文字を読んで、桜は涙を流した。
「桜ちゃん?」
マネージャーが心配そうに声をかける。
「絶対、成し遂げて見せるもん」
カードに向かって呟いてから、振り返った。
「今日は、ありがとう。これからも、たくさん仕事を取ってきてよね、マネージャー」
いつもとは違って、強気に笑っている。久しぶりに、素の自分で笑っている。
「あ、ああ!」
学園島への帰り道。
「成功してよかった。だよな」
雪ノ下が言った。
「は、はい……そう、ですね」
桜に直接引くと言われて、指宿はいつも以上にヘタレてしまっている。
「ちゃんと、ファンが増えてるといいなー!」
後ろ向きに歩きながら、元気良く、佐藤が言う。