●まず運ぶから始まるっていう。
「さぁぁて、皆さま――!お集まり頂き――有難うございま――す!藤堂奈緒です!」
「同じく、主催者に当たる鈴鷹です」
嬉しそうに藤堂 奈緒(jz0366)が体育館前で叫ぶ。
餅を食べる為に現れた猛者が話しているのを一瞬やめ、奈緒のほうを向いた。
「こんなに来てくれて嬉しいわ!早速あの、巨大杵と臼を出しに行きましょうね!」
相変わらず早速例の倉庫へと向かおうとする奈緒が、鈴鷹良に首根っこを引っ張られて止められ、皆の方を向いたままの良が軽く説明をする。
「はいはい。という訳で、手伝ってくれる方は着いてきて下さい。それ以外の方は出来れば体育館内のテーブルとトッピングとか整理してくれると助かります。餅は今、蒸かしてるので、わかる人は調理室に行って下さい」
ざっくりとだが良が説明すると、一斉に動き出した。
鐘田将太郎(
ja0114)が奈緒の方へとやって来て肩をポンと叩く。
「よし、じゃあ行くか」
その声と共に数人が集まった。まぁ、撃退士数人が集まれば何とかなるだろう、大きいけど。
「使ってないなら埃を被っていそうだし、そうなると一度洗う必要があるだろうし」
言いながら礼野 智美(
ja3600)も一緒に着いてきてくれた。そして、天宮 佳槻(
jb1989)がもうこれ以上は増えなさそうだ、と判断したのか、後ろを一度振り向いてから一人ごちる。
「これだけか。なら、スレイプニルも使うか…?」
「んー、まぁとりあえず見てから全員で決めましょ!面白いほどおっきいんだから!」
「あと、蒸すのは調理室で毎回やってから運ぶの?いっそ体育館前にかまど設置するほうが早いかも」
「確かにそうだな。とりあえず今一回で小さいやつ分はあるはずだから、調理室と同時進行で体育館前でもやりますか。あれ運んだら手伝ってもらって設置しますかね」
「そっちも手伝うからな」
「あざす、鐘田さん」
それまで何回あの小さいので餅つきされてるのかな、とこの時良は思ったが、将太郎が後ろからかけてくれた言葉で大丈夫か、と安心した。
近づくと程にそもそも倉庫が大きいことに気付いたのか、全員が気持ち身構える。
「さーて、ここになるわよー!御開帳!」
言いながら大きな扉を容赦なく力の限りガラガラと、勢いよく開けた。
「うるさい。さて、あれになります」
扉に背を向けたまま良がくいっと親指で指したそれ。
明らかに見たことの無いサイズの杵と臼が何かのラスボスよろしく存在している。
昨日、奈央と良が二人で出すだけの道は作ったので本当に出すばかりなのだが、でかい。
全員が見上げるしかできず、首は見事に真上を向いた。
「デカくね!?」
「やっぱりスレイプニルは必須になるな」
「これは…」
とりあえず、使った形跡もなさそうなので、一旦外に出してから水で洗うことにした。時間が無いから使える程度にざっくりと、だが。
佳槻が召喚したスレイプニルにそこら辺にあった紐で臼と体を括り付けて引っ張らせ、全員で押す。
正直足りなくて一瞬全員が光纏した。一瞬だったけど。
「はっ…何とか、何とか出た…」
すれ違うように蓮城 真緋呂(
jb6120)が入り、その影にまだあったらしい普通のサイズの杵と臼をさくっと持ち、華麗に一言。
「これ運べば良いのよね?」
残った面子にできることなど、頷くぐらいしか無かった。
それくらい重かった。これから洗うのに。
短時間でそれなりにピカピカになった巨大杵と巨大臼。もう一踏ん張りだとスレイプニルを含めた全員で運びきり、その頃にはもう、普通サイズの杵と臼は全力で稼動していた。
木嶋香里(
jb7748)、松永 聖(
ja4988)、Rehni Nam(
ja5283)の三人が主導してそれはもうテキパキと済ませていてくれたようで、聖に至っては現在調理室でお餅ピザ、餅のみぞれ煮、揚げ餅を作っている、とのことだった。
大根おろしの仕込みなどは「仕込みは済ませておきましょう」とのことで、香里がしてきてくれていたらしく、更には立て札と共にタッパーに置かれている各々が用意したものが入っているのが見える。そちらはまだ全て終わっていないようだった。
「奈緒ちゃん、手伝ってくれますか?」
「はーい!任せてよ!この際誰の持ってきたものかも書きましょー!」
「そうですね♪」
「凄い!お汁粉まである!!」
「色んな人のがありますよー!皆さん、お腹一杯食べてくださいねー! 」
「ひゃああああ!」
「だからうるさい」
少しずつ違うお雑煮に、思わず何を入れたのかを聞き漁り始め、Rehniを始め、香里も説明をしてくれ、奈緒のテンションが上がる。
そしてそのタイミングと同時に、巨大臼へと入れるための蒸かされた大量のもち米は現れた。
●さぁ、お餅をつきなさい!
「さて、巨大臼を使うんだけど、サイズがサイズなんで、杵は付属のでかいのでも、魔改造武器でも何なら拳でもいいんで」
高さ5m超えの大きな臼を背景にして、淡々と説明をする良。それに頷く餅つき参加メンバー。
「順番はこいつで決めようと思う」
ジャンっと音でもしそうなノリで良が皆の前に手を突き出す。握られた数本の棒。
「それは…」
飛鷹 蓮(
jb3429)が何かを察したかのように指をさし、ユリア・スズノミヤ(
ja9826)がほわほわと楽しそうに答えを言う。
「うみゅ?じゃぱにーずくじびきにゃーん♪」
「しかもレトロに割り箸製です」
盛大なドヤ顔で言うと、餅つきをするメンバーの前にずいっと手を更に出す。
「これの順番通りに。異論は認めない。意見は聞く」
「俺はユリアと同じでいい」
「…搗かないんです?」
「みゅ、蓮は私の相棒だからね!」
「あぁ、理解しました、はい」
一瞬で理解をして、他は?と見回すが意見は無く、全員が良の手から割り箸を引いていく。そう、餅つきをする全員が。
「引きましたね?さ、一番どうぞ」
進めながら良は臼の上へと飛び上がる。高すぎて上に手をついて、最後は攀じ登っていたが。
誰だ、と周りが一瞬息を呑む中、小さく手を上げ、通常サイズの杵を手に持ち、高らかに飛んでいく亀山 淳紅(
ja2261)は、その美声を発することなくそれを振り下ろした。
「!?」
良がいることなどほぼ、お構いなしである。
ぐにぐにと潰す作業は話している間に奈緒がやっていたらしく、そして容赦なく搗かれる餅は、ぺったんと言うよりはびたーんとでも音がしそうなほど。
「怖い!待てよ、怖い!」
「…ひっくり返す方って、怖いやん?」
それはそれは可愛らしい、今まで何してたのかな?と思うくらいには可愛らしい顔と、声で言われ、良は「せ、せやな…」と引きつった表情で答えた。
ふと、下を見ると橋場 アイリス(
ja1078)が銀の髪を靡かせ、途端、足早に消え去った。
……突く。
……突く……バンカー……
……アスハさん
少し周りからは離れた所で餅ケーキを作ることに没頭していたアスハ・A・R(
ja8432)が連れて行かれたが、何をされるかは本人もなんとなく察していた。察していたから運ばれながら準備していた。
そして、淳紅の番が終わり、アイリスの番へと移ったその時、大きくジャンプをし、太陽をバックに振り下ろしたそれ。
「……さぁ、きn……アスハさん。お手伝いお願いしますね」
この一言を告げられ連れ去られてきたアスハは、見事に杵に姿を変えていた。
「……I deserted the ideal」
バンカーを身につけたアスハは筋力を増幅させたアイリスに力任せに足を掴まれ上下に振られている。
「……ふ!せ!や!」
白目を向いている気がするが、尚も振り下ろされ続けているアスハ。
良は見てられず、淵の部分に立ち尽くしたまま最早その力強く出ている杭と力任せの餅つきにより自動でひっくり返る餅のために水を撒くことくらいしかできなかった。
「…餅、搗きました」
「わかってはいたが…」
言い終わってからぱたりとその場に崩れ落ち、アイリスにまた担がれて二人は去っていった。
餅が一旦搗き終わった為、新しい餅米を入れ、出来立ての餅はすぐに回収されていく。
その後、美味しそうに餅を食べるアイリスの餅にはスライスチーズと海苔が散りばめられ、醤油がかけられていた。
「基本は大事です。みたらしあんこきなこお雑煮ぜんざいもいいですが、こういうご飯系も大事です」
勿論、その後はみたらしもあんこもきなこもお雑煮も善哉も全部食べるのだけれど。
さて、台に乗せられた餅を目を輝かせて見ている白野 小梅(
jb4012)は、ワクワクしたまま手を伸ばす。
「モチキター」
素早く餅を千切り、口の中へとポイっと入れ、次の瞬間に悶絶した。
「!!!!!!」
慌てて横にいた佳槻が少し冷めた柚子茶を差し出す。
それをゴクゴクと飲み、ぷはーっと息を吐く。
「ありがとー!」
「いいよ。ほら、もう一杯注いで置くから」
「うん!」
落ち着いたのか再びもぐもぐと食べ始めた。
「醤油♪きなこ♪いそべ♪あんこ♪大根おろしにぃ、まーしゅまろぉ♪」
ご機嫌でマシュマロを餅で包み食べている姿は微笑ましい。
気がついた黒井 明斗(
jb0525)が横に着き、一緒に餅を丸めつつ、皆の胃が満たされ始めたら次は鏡餅ですね、と思いながらいることなど、ここにいる誰も知らない。
鏡餅なんて、まず忘れている。
さて、再び餅つきの方へと視線を戻せば、そこには手馴れたように智美が餅をついている。この後はひっくり返す側にも回ってくれるらしい。
この待っている間に数人と協力して体育館前で餅米を蒸せるようにしてくれたのは有難いことで、調理室にも先ほど真緋呂が見つけた通常サイズの杵と臼を持ち込み、搗いては調理に回してくれている。
「ほら、お餅ピザにみぞれ煮に揚げ餅よ!フツーのアレンジに飽きたら、皆食べてみてよね?! 」
一通り作ったものを体育館へと持っていった聖が皆が集まるテーブルに置きながらそういうと、次々と人が群がる。
そこに誰よりも早く現れた小野友真(
ja6901)は、お皿にポイポイと揚げ餅と餅ピザを入れ、小さい器にはみぞれ煮も入れ、アスハの言葉の元に出来上がった空間へと去っていく。
「米粉のパンがあるんだ…餅のケーキがあっても、問題あるまい」
異様な雰囲気のそこには様々なものが散乱していた。
●どうしてそうなったのか詳しく
「ケーキといえば苺なのだが、この時期って高いのな。なので、じゃじゃーん!冷蔵庫の中にあった赤いもの持ってきました!」
青空・アルベール(
ja0732)は高らかに声を上げ、同時に掲げられた右手には明らかに赤いけれど苺ではない。
ましてや植物ですらない。
「茹でれば、赤くなるのだ……!!!」
蛸足であった。それはそれはご立派な蛸足。太さも長さも申し分は無いけれど、それは蛸足である。
「なんでこう、普通に楽しめないかなぁー!?!?」
明らかに遠巻きに見ていた人も含めて代弁者だと思われる一言を言ったのはエルナ ヴァーレ(
ja8327)で、がさりと袋を見せる。
中には色とりどりの綺麗なもの。
「あとケーキにするなら木の実とかドライフルーツでしょうがぁー!!!」
おかしい、色々勉強できたら新しいおつまみになるかしらね?とか思ったはずなのに、目の前には茹でられた真っ赤な蛸。そして真っ白な餅。
そういえば、と思い出したように外の巨大臼を見やる。
そろそろ自分の番だと思ってツッコミはかましたので先に餅つきに行こうと体育館の外へ出た。
ざわついている周り。
餅を持ったアイリスと倒れ込むアスハの姿。上では智美が餅つきを終えて一旦降りてきた所で、自分の出番と知る。
「へぇー、これを拳でぺったんぺったん…え?拳?うそでしょ?」
智美は手に杵を持っているのに、倒れて混んでいるアスハはほぼ拳である。
さっと手渡された杵を持って、エルナは餅を搗きに上へと上がった。
「ところで、啜り餅というとある地方の伝統を知ってるかしら?」
真緋呂がそろそろ搗き終わる餅を見つめながらふと奈緒に声をかけた。
「うん…?あの、搗きたてのやつを細くしてひたっすら飲み込むっていうあれ?」
「そう。藤堂さん、お餅LOVEなら是非に。大丈夫、私も啜るから」
若干目が据わっている真緋呂に肩をガシッと掴まれ、それはもう良い笑顔でにっこりと擬音語でもつきそうなくらいの良い笑顔で言われた奈緒は、一瞬考えたが考えることをやめた。
「いいよ!しようか!!!長さ決めて、先に飲みきったほうが勝ちでいいかしら!?」
何でも勝負にしたがる奈緒の一言のせいで唐突に始まった第一回啜り餅大会。参加者は真緋呂と奈緒だけである。ジャッジはいない。
二人が向かい合い、静かに目を合わせて何が通じ合ったのか二人は同時に食べ始める。
みるみる啜られていく餅。
長さというか、餅は二人で一升。明らかに食べすぎであるが気にしない。
五合の餅と言えば相当のはずなのだが、黙々と啜っていく。
「ごふっ、ぶふっ」
もう少しという所で奈緒が咽せ、その間に真緋呂がサラッと食べき切った。
思わず噛み千切って用意してあった柚子茶をゴクゴクと飲む。
「…勝ったわ」
「くぅぅぅぅ負けたぁぁぁ!ごほっ。凄すぎ!」
「そうかな?良かった、中々一緒にしてくれる人がいないのよね」
「時に、藤堂さん」
「ん?何かな!?」
「塩ミルクぜんざいもどう? とろみつけた甘い牛乳に生姜と林檎すりおろしてお餅入れるの。温まって優しい味よ。食べない?」
「食べるー!」
見ていた人は素直に思うだろう。まだ食べるのか、と。
だが、本日は無礼講である。勿論、そんなことは誰も言わないし、まだ食べるし。
そういう自分達も食べるのだ。
●餅つき続くよどこまでも
「次は私の番よねェ、いくわよォ♪」
エルナが降りたと同時に軽やかに飛び、漆黒の長槍の先に丸太を取り付けたらしい黒百合(
ja0422)の専用杵が、スラスターを全開にして餅を一気に叩き潰した。
「餅突き、ってストレス解消になるのよねェ、それェ、それェ♪」
全力で叩かれる餅は千切れそうなほどに弾けているが、黒百合は楽しそうに餅をついている。
巨大な杵は振りが大きいのでたまにタイミングよく智美と良がひっくり返しに一瞬臼に入るが、うまくいっているから良いのだろう。
「こんなものかしらァ?じゃあ私はこのお餅を持って下で焼き餅でも作ってもらうわねェ♪」
嬉しそうにできた餅を持って去っていった黒百合を、黙って二人は見送った。
「下の方も盛り上がってたがなぁ。こっちの方がやっぱり凄いな」
「凄いっていうか、でかいっす」
「間違いないな」
「つーことで、でかい杵使います?」
「ここらでガッツリとついてやらないとな。久遠ヶ原は大食いが多いんだ」
「っすね。折角なんで蒸し上がったの全部入れちゃうっすよ?」
「おう、入れろ入れろ。全部ついてやる」
「あざーす」
たまたま大量に蒸し上がった餅米を全部入れても少なく見える巨大臼。
とうとう備え付けられたセットの巨大杵が、本日初めて将太郎の元で使われることになった。
「あ、Rehniさんもついでにやっちゃいます?お雑煮とお汁粉作ってますもんね」
「私も同時で大丈夫ですか?」
「おう、いいぞ、やってけ」
「では、失礼しますね」
二人で掛け声を合わせて餅を搗き、10分もすれば出来上がり、その一部をもらってRehniは餅ピザを作っていた。
また、聖のとは少し違うらしく、耐熱皿に並べたお持ちの上に、普通のピザトーストみたいに、ピザソースとチーズ、具を載せてオーブンで少し焼くという感じらしい。
こちらも美味しそうである。
「磯辺焼きにスライスチーズも一緒に挟んだ物と甲乙付け難いですね。でも私が一番好きなのは辛味納豆ですかね。あ、出来ました」
焼きながら談笑し、出来たのを調理室に来たメンバーに配り、淳紅には手渡しをしに行くともう一度外へ出た。
「ジュンちゃん、出来上がったから、こちらもどうぞ!」
にこりと微笑んでお皿に乗せた諸々のお餅料理を手渡す。
「ありがとうなぁ」
二人、仲良く餅ピザや甘辛く味付けをされた、淳紅のために柔らかく作られた餅を食べ、再びRehniは調理室へと戻っていった。
「そろそろ、餅ケーキにも参加せなあかんかな」
楽しそうに…楽しそうにしているであろうあの場で、自分も少しばかり楽しんでこよう。
そう思って歩き出した。
「うみゅ、蓮、私について来なさい!白餅姫いきまぁ―――っす!!」
「白餅姫か 随分と活発的で…食欲に素直な姫だ」
言いながら物凄い勢いで走りぬけ、杵に突撃でもするかのようにやってくるユリア。そして迷わず返すほうへ回る蓮。
「お餅を搗くならえーんこらしょー♪」
「ユリア…何かが微妙にズレているような…惜しい気がする…」
楽しそうに餅を搗くユリアを穏やかな表情で見つめ…見つめすぎである。
ユリアに視線と心を奪われたのだろう。愛しい人の楽しい姿はそれはそれはもう魅力的で、返す手が危ないなんてものではない。
下手をすれば右手のみ重症になりかねない。
「みゅ、蓮。今はお餅見て?」
何度か蓮の手が危険なことになり、思わずユリアがそう言うと、やっと無事に手が動き始めた。
搗き終わった餅に砂糖をたっぷりと混ぜたきなこを塗し、美味しそうに頬張る、白餅姫ことユリア。それを幸せそうに眺める蓮。
「お餅ふわふわー☆ やっぱりお餅はきなこが一番にゃのだーん」
「ユリア、口にきなこが付いてるぞ」
親指で付いたきなこを拭い、自分も醤油と大根おろしと柚子の皮を散らした餅を咀嚼する。
「あ、蓮のも美味しそー。いただきにゃーん♪」
と、横からユリアがパクっと食べてきた。
「…君の頬も餅みたいだな。柔らかい」
蓮は今日も、ユリアがいれば幸せである。
巨大臼には近くにこっそりといたヘレシー・カンパネラ(
jc1966)がいた。
「餅つくの手伝ったほうがいい?……よな」
なんてことをこっそりと呟いたのが運の尽きだったのだと思う。
将太郎が何度か餅を出来上がらせ、そろそろ下で食べてはどうかと話していた頃である。
「あらぁ、じゃあ手伝いましょうよ!」
小休憩と言って奈緒が歩き回っていたのに捕まった。
「え、うわっ」
「せいや――!!」
手を引っ張られ、そのまま臼の上まで飛び、将太郎に声をかけ、巨大杵を持たせるまで僅か数十秒。
「じゃ、あたしまた違うとこいくわ!」
「お前、何しに来たの」
「気をつけてね、藤堂さん」
「うん!いってきまーす!」
「俺は無視かよ」
智美と良に見守られ、奈緒はその場を去っていった。
暴風のようである。
「これは、振り下ろせばいいんだよな…?」
「おう、こう、こうな」
後ろから将太郎が持ち方を教えて、振り下ろさせる。
「やってみる」
徐々にリズミカルに搗けるようになり、自分で搗いた餅ができあがった。
「楽しかったか?」
「楽しかった。またこういうのやりたいな」
「大丈夫だ、ここにいたら嫌でもあるからな」
おら、餅持っていってやれよ、と言われてヘレシーは返事をして下へと降りていく。
餅を持って移動をしていたらふと声を掛けられた。
「どこへ行くんだ?」
「いや、決めてないんだ」
「ふぅん?なら、あそこに顔を出してくると楽しいぞ」
「そうなのか…?なら行って見ようかな」
「あぁ、行ってこいよ。あと、その餅少しもらっても?」
「どうぞ?」
「ありがとな」
心の中でにたりと笑ったのは手帳を見えないようにポケットに忍ばせている逢見仙也(
jc1616)で、ヘレシーがあそこに入ってどうなるのかは興味がある。
そんなことを思いながら見送り、自分は持参した焼いた肉を貰った温かい餅に包んでぱくりと食べた。
少し近づいて観察しておくか、なんとことも考えながら。
そんな光景を見ながら、休憩で下に一緒に降りた良と近くにいた黒百合の三人で、良は香里特製のノンアルコールカクテルを片手に、将太郎と黒百合は日本酒やらと飲みながら愉快に餅を食べる。
「さてと、俺もあっちに行ってくるか」
●餅はケーキになり得るのか
茹でられた赤い蛸が餅に刺さっているのが見えたのは気のせいではない。
切られたり少し長いままだったりした蛸が、それっぽく餅に添えられている。
「えへへー結構かわいいね!」
満足げに自作の蛸餅ケーキを見つめているのはアルベールで、ふと横を見ると美味しそうにきなこ餅を食べる友真。
「美味いっ」
きなこ餅で幸せそうな顔をして、次に隣の皿にあるみたらしにつけて餅を食べる友真。
「美味いっ!」
「美味いもん食べて美味いの当たり前やで、友真君」
言いながら横から淳紅がもう一口と食べようとしていた友真の口に餅を突っ込んだ。
「ふぐっ」
入れられたら食べるのが友真だとわかっての所業である。
「チョコと生クリームでチョコケーキ風味や」
「んんっ?」
「あぁ、正確には餅チョコケーキ〜たこ焼きソース風味〜やで」
「ぐふっ」
「失敗しても友真君が食べてくれるって矢野さんが言ってたんやで!」
そっとコーラを添えてタタッと立ち去る淳紅。
何が隠し味なのかわかると落ち着いて咀嚼をして、コーラをゴクゴクと飲み干す。
「あかん、これはまだ来そうな予感や…!」
ごくり、今度は息を飲んだ。
友真の予想は的中したし、被害は自分だけでは無かったし、どこかで聞いたセリフを言われたのも気のせいでは無かった。
「失敗しても小野君が食べてくれるって亀山君が言ってた」
そう言って矢野 古代(
jb1679)はまだ温かい餅を切り、黒豆を入れ、気持ち大目に塩を混ぜ、そこにきなこを塗し、そこから生クリームを塗って、苺を突き立てたのを同じく餅ケーキを作っている全員へ差し出した。
「皆は容赦ないと思ったので箸休めに用意しました」
棒読み感が否めなかったが、、最初に渡された友真は一口食べて、思わず口を開く。
「待って?待って?塩と豆と餅の食感に生クリームが苺と一緒に暴力振るってくるんやけど、これ」
「進級おめでとう」
「ありがとうな、それでこの苺のケーキ?ならしゃーないわー、いや、違ごほっ」
きなこのフェイントで咽せながらも自分に渡された分はとりあえずコーラ片手に何とか食べきる。
「どうして自分の分は黒蜜やねん!美味そうやんか!」
「違うんだ皆、わかってほしい。 ケーキには生クリームと苺が必要だろう……?」
友真の言葉に頷いた面々に心外だとばかりに古代がそう言うと、ふーんという態度で淳紅が近寄り、口の中にズボっと強制あーんをして立ち去っていった。
「甘い、しょっぱい、チョコレートなのか醤油なのかわからない味がする…」
「食べさせられるほうって、そうなるやん?」
振り向きざまの笑顔は大層輝いていた。
そしてその複雑な味に古代はその場に崩れ落ちた。
「小野君は、進級おめでとうございます」
「春彦さん、ありがとうございますー」
落ち着いてもくもくと食べている友真はちらりとそこらを確認しては作っている所からつまんだりしているらしく、それを苦笑して見守りつつ、どうぞと二上 春彦(
ja1805)は餅をベーコンで巻いたものやチーズなどをトッピングしたものを渡す。
「皆の分は、残しておいてくださいね」
「そういう春彦さんこそ食べてるんです?」
「食べてますよ」
ビタンッ
「!?」
唐突な謎の餅の音に誰もが振り向いた。
「いや、ほら、パイ投げとかあるだろう?…いや、この場合餅投げか?」
「だからって投げるのはびっくりですよねー」
「しっかり掴んだから良いだろう」
「生クリーム、溶けちゃってますよー?」
「それを見たらそうだ投げようとなるだろう?」
どうやらアスハが櫟 諏訪(
ja1215)に餅を投げつけたようである。
それを素手で取り、とりあえずと皿に置く。
「さて、ちょっと真面目に作ってみますかねー?」
傍にあった搗き立ての餅を一口サイズに切り分けて層を作り、アスハの投げた物も同じように切り分ける。
餡と抹茶クリームを挟み和風仕立てにし、アスハが投げた方はそのままアイスクリームと苺を挟んだ。
それと、熱心に作りこんでいたらしい餅をお皿にさっと盛り付けて皆の前に出す。
「こういう感じなら、スイーツとしても合いそうですよねー?」
穏やかに笑いながら差し出され、感動して皆が食べ始めた。
が。
「んん?」
「チョコチップじゃない…」
「コーヒーゼリーだと思ったら、これは鰹出汁じゃないのぉー!」
「レアチーズじゃなくてホタテのクリーム煮…だと…美味い」
「上手くできたと思いますけれどどうですかねー?」
「あの、これ、美味しいです…」
アイスクリームと苺が挟まれている餅ケーキを食べながら華桜りりか(
jb6883)がそう言うと、諏訪が嬉しそうに微笑む。
「あの、えと…小野さん…これも、どうぞなの、ですよ」
「おお、本当のチョコケーキやん…!」
「ほんとう…の…?」
りりかが頭に「?」を浮かべている中、本当のチョコケーキだと喜んでいる友真を見て、喜んでくれてよかった、とホッとしながら自分は手作りのほっとちょこれーとを飲んでいた。
●食べ物は大事にしましょう。
その頃、アスハが餅を投げたことにより、アルベールは思った。
食べ物を投げるのはよくない……が正月前イベントなら仕方ないな 。
食材を無駄にする訳にはいかないから、クイックショットで皆の口へ餅ケーキを放り込んでいくよ!
「さぁ、皆、蛸ケーキだよ」
笑顔で言うと、開いている口に蛸ケーキを入れ、そこらにある餅も入れていく。
投げてはいない。投げては。
「マズイ程度で俺が食べられないとでも?」
マキナ(
ja7016)がもぐもぐと勢いよく蛸を噛み砕き、とりあえずとケーキっぽくチョコを生クリームと混ぜ、綺麗に形を整えておいた餅にコーティングをしておいたものを差し出す。
「なんとも言えず硬いのと、やはり生臭い」
アスハがもごもごと口を動かしてそういうと、口直しにマキナの作った餅ケーキを口に含み、美味しいな、と食べる。
視界に写る完全キャッチをする友真に思わず諏訪の作ったコーヒーゼリー風鰹出汁の餅をひょいっと投げてみるアスハ。
それをやはりキャッチする友真。そして投げた先を見て二人は一瞬睨み合い、数分の間アスハが手当たり次第に餅を投げ、友真が口でキャッチするという姿が見えたそうな。
「皆さん、飲み物は足りてます?」
全員に聞いていたらしく、ここにも来てくれたようだった。
「ノンアルコールカクテルを持ってきたので、どうぞ。こちらに置いておきますね」
ふわりと微笑み、また別のテーブルへと移動していく。
「いかが?」
「あ、じゃあ貰います」
ヘレシーは近づいたのは良いが、飛んでいる餅を見て餅を食べていた。
香里が持ってきてくれたノンアルコールカクテルを片手にその光景を見ていると、自分の口にも餅が入ってきたようで。
「もぐっ」
変な声が思わず出たが、もぐもぐと食べるとこれはチョコチップ風の餅だったようだ。
「鰹節…?チップになってるのか」
仄かにする鰹節の香りが良いアクセントになっている。
「ごめんね、大丈夫だったかな?」
気付いたらしいアルベールに声をかけられ、大丈夫だと返事をし、ついでに持参のタッパーに餅を確保させてもらうことにした。マキナの作ったものと、諏訪が作ったもの、それと自分が確保した餅にトッピングを施したものである。
家に帰ってまたゆっくり食べよう。
中々に搗き立ての餅は美味しい。
中々に面白いことになってるな、と手帳にメモをしている仙也は、やはりあそこに行かせて正解だったかな、と内心ほくそ笑んだ。
●片づけまでが餅つきです。
良いだけ餅は食べた。
それはもう、持ってきた袋が無くなるまで食べた。
本当、影の功労者は何人いることやら。それくらいの無礼講っぷりだった。
まだ年も越していないのに雑煮も良いだけ食べた。お正月もまた食べたいくらいには。
「そろそろ皆も落ち着いてきたよね!餅も無いけど!」
「片付けまでが餅搗きにゃーん」
「そうよねぇ。片付けましょうか!」
ユリアの一言で一斉に片付けが始まる。杵と臼は洗って後日片付け、トッピングも含めて持ち帰れるものは各自自由に持ち帰りである。
大方片付いた辺りで奈緒は明斗に声をかけられた。
「あ、藤堂さん。やっと見つけました」
「えーと、黒井くん!」
「はい。そうです。これ、主催者のお二人とお友達にどうぞ」
「うわぁ有難う!すっかり忘れてた!!」
「えぇ、多分皆さんそうだと思いましたので、作って置きました。鏡餅です」
「有難うね!ほんっと有難う!」
袋に綺麗に入れられている大きい鏡餅を2袋とそれよりも一回り程小さい鏡餅を1袋。
手渡された奈緒は大層喜んだ。
「皆さんも早い者勝ちになりますがこちらに置いておくので、必要な方はどうぞ」
言った瞬間に群がって無くなってしまったけれど、小さい鏡餅も全て持ち帰りになり。
「そうだわ。ちょっとあんたスマホ持ってる?」
「ん?おう。あるぞ。ほら」
「皆、最後に記念撮影しましょー!大きい鏡餅持って!」
「良いな、藤堂」
「でっしょー?鐘田さんなら言うと思ったわ!」
「全員で写れるのか?」
「大丈夫です、俺のなんで、やります」
アスハに言われて良が申し出る。
「じゃあ、行きますよー」
はい、チーズ!
写真には大きい鏡餅を持った奈緒、そして全員の笑顔が映り、その後貰った鏡餅は奈緒の友人の手にも渡った。
「所で、美味しい餅だったけれど、あの餅米はどこのなの?」
帰り際、智美が奈緒を呼び止める。
「あぁ、あれは北海道の北の方にある餅米の産地のだったはず…あ、これがその農家さんの連絡先です!」
「有難う。これで美味しい餅に有りつけるよ」
その後、持ち帰った餅の中にタバスコ入りがあって辛い思いをした者もいたとかなんとか。
何はともあれ、今年も一年、お疲れさまでした。
また、来年も頑張って行きましょう!